「うう・・・・・・酷い目にあったのデ」  
先程までフェリーに揺られ、船酔いになってしまった貧相な少年。  
青井則生、通称青ムシ。  
右目に掛かる長髪と黒ブチの丸眼鏡が印象的な、根暗な少年。  
”砂夢猫”というペンネームで、成年男性向けの雑誌”ドエロH2”で卑猥な漫画を描いている。  
今回彼は、その”ドエロH2”の副編集長の黒川の誘いで、同じ漫画家の白田琢郎、通称白ブタと共に三日月島へやって来た。  
雑誌掲載をちらつかせたいわば脅迫紛いの誘いであるが。  
引きつった笑みを浮かべ、黒川は言う。  
「ほお・・・・・・そうかそうか。なら、今回の雑誌掲載は白ブタで決まりという訳だな。ご苦労さん、帰っていいよ」  
「ブヒッ・・・・・・! そうだ帰れ帰れっ」  
白ブタと黒川の続けざまの台詞を聞き青ムシは慌てて答える。  
「いや本気ではないのデ! 先程から期待で胸を震わせてるのデ!」  
「よしよし、そうだよなあ。青井センセイも、白田センセイも取材でここに来ているんだからなあ。よろしく頼むよ、ホント」  
冷や汗を流しつつ、青ムシはそっと溜息をついた。  
この男の気まぐれは今に始まった訳ではない。  
「しかし・・・・・・ここ無人島なのデ? 先程から人っ子一人見あたらないんですがネェ」  
「ああ、いろいろいわく付きの島でな。一年前にも殺人事件もあったらしいぜ」  
殺人!  
何て事だろうか、そんなに恐ろしい場所へ考え無しにのこのこ来てしまったとは。  
「まあ、実際犯人は波に飲まれて死んだって話だから、問題ない。現在は香山とかいうおっさんが所有者らしい」  
一安心したのも束の間、最後の語尾に疑問を感じる。  
「らしい・・・・・・とは、知り合いでは無いのデ?」  
「見た事ねえよ、一度も」  
・・・・・・  
「なッ」  
「ブヒィッ」  
青ざめながら、思わず白ブタと顔を見合わせる。  
それでは、ここには無断で入った事になる。  
「心配ねえ、心配ねえ。それよりも今回の目的だがな」  
それは悪魔の様な笑顔であった。  
「お前らに素晴らしい体験をしてもらうよ。武器はちゃんと用意してるか?」  
島に向かう前に渡されている。  
大量の、各種モデルガン、ナイフ、スタンガン、ネット、催涙スプレー・・・・・・。  
「ブフッ、ハイッ!」  
「じゅ、準備は完了してますのデ!」  
二人の台詞に満足そうに頷く黒川。  
「よし、それでは狩りを始めるか」  
「狩り? 動物でも撃つのデ?」  
首を横に振りにやりと笑う。  
「人間さ」  
 
「に・・・・・・人間?」  
「ちょっと俺の知り合いにさ、そのセンで有名な祈祷師がいるのよ。  
 そいつに頼んでな。一年前の事件に関係のある人達を集めて貰う様、香山に言い包めさせた。  
 そんで邪魔させない様、フェリーは一週間後まで来ないそうだ。つまりその間、他に立ち寄る奴は居ない。  
 ちなみに俺達が来ている事を知っている奴はいない。  
 誰にもバレない様にする為、高い金出したんだからな。  
 わざわざこの目立たない裏側に、船を付けてもらったのもそんな訳だ。  
 つまりこの一週間の間、島内で俺達が何をしようが、好き放題。  
 俺達には様々な武器がある。うまく活用すれば、めくるめくハッピーな狩りが楽しめるワケだ」  
「ブ、ブヒッ、も、もしかして ここに居る人間は皆殺しってヤツですかあ!?」  
 白ブタの意見に黒川は苦笑した。   
「いやいや、別に痛い目に合わせるぐらいでいいんだ。正体さえばれなきゃな。  
 相手は元々俺達の事を知らないって事もあるし、目出し帽でも被ってりゃ大丈夫さ。それと今回の一番の目的は・・・・・・女だ」  
「「女!!」」  
 二人にとって 二次元では一番縁が有り、三次元では全く縁の無い、存在だ。  
「今回参加している女はどれもなかなかの美人だ。写真も手に入れている。あ、男の方は正直どうでもいいんで写真は無いがな」  
 そう言うと黒川は腰に掛けたポーチから四枚の写真を取り出した。  
 そのまま青ムシに手渡す。  
「ブ、ブヒ。俺にも見せて。あ、このぽっちゃりした娘、好みだ」  
 汗臭い体を押しつけながら無理やり写真を見ようとする白ブタを押さえつけながら叫ぶ。  
「あんまり近付くんじゃないのデ! まったく・・・・・・こ、これハ!!」  
 興奮を隠し切れない。  
 そんな、まさか、この流れるようなロングヘアー、輝かんばかりの美しい笑顔。  
「セーラードールズ三号にそっくりなのデ!」  
 にやりと笑う黒川。  
「やはり、目の付け所が違うな。その美少女は小林真理ちゃんというそうだ」  
 真理ちゃん・・・・・・。いい名前だ。  
 写真を見る度、鼓動が早くなる。  
「その娘を好きに出来るんだぜ」  
 はっと黒川の方を向く。  
 日頃の妄想が頭を擡げる。  
 セーラードールズ三号をボクが好きに・・・・・・?  
 あんな事や、こんな事も・・・・・・しかし・・・・・・。  
「で、でも、それは犯罪なのデハ?」  
だが青ムシに呆れた様に黒川は言う。  
「犯罪? お前何言ってるんだ?  
 さっきも言ったろ、ばれなきゃ犯罪じゃねえんだよ。  
 それに、こんなチャンス二度と来ないぞ?」  
 うっと呻く青ムシに黒川は畳み掛ける。   
「なあ、青ムシ、白ブタ。俺達は揃って社会の不適合者だ。  
 ぶっちゃけクズ以下の存在だ。  
 しかし決して俺達が悪い訳じゃない。  
 社会が無理やり爪弾きにしているだけだ。  
 そんなもの納得できるか?」  
 はっとした。  
 常日頃から不満を感じていた。納得出来る筈が無い。  
 二人は同時に何度も首を振る。  
「「出来ませんっ!!」」  
 そうだと言わんばかりに大きく頷く黒川。  
「なら判ってるな、始めようじゃないか、狩りを!  
 それではこれから計画の内容をを伝える!!」  
 
 
「気に食わないなぁ……」  
美樹本が、デジタルカメラの背面モニタから、島に来てから撮影したと思しき写真を確認しつつ呟いていた。  
「何がですか? 」  
知らぬ間に女性陣は連れ立って海岸の方に出掛けてしまい、暇を持て余した透は何と無しに美樹本の不満に疑問を投げかけた。  
片方の口を歪ませて、鼻息を立てると  
「何故って? そりゃあ当たり前じゃないか。僕は一応プロのカメラマンだぜ。素材の良し悪しぐらい良く判るさ。はっきり言って三日月島の風景は素材としては不適当であるとしか言えないね」  
それは自分の腕が拙いだけじゃないですか、と口に出す程、性根が悪い訳では無い透は、はあそうですかと、返事を返した後、欠伸を一つかく。  
「ああ、駄目だ駄目だ。気に入らない。全部消してしまおう」  
「容量に余裕あるんじゃないですか? 後で修正したりすれば……」  
「おいおい、プロに言う言葉じゃないな。修正を前提に写真を撮るならば、さっさと廃業した方が良い。ワンショットワンキル。それがプロの精神ってやつだ」  
分ってないなあ、わざとらしいと言える程に大仰な溜息を付くので、さすがに透もむっとして  
「じゃあ、プロとしてはどんな素材を求めてるんですか? 教えて下さいよ」  
意外にも真面目な顔付きになり  
「そうだな……。所謂アーティスト的な考えで恐縮だが、やはり自分の感性に近い物。例えば、そう、大切な恋人の笑顔なんかいいんじゃないか? 」  
「大切な恋人……ですか」  
透の脳裏に、――真理が不貞腐れつつも、その美しい顔は薄っすらと笑みを浮かべている――そんな光景が思い浮かぶ。  
ついつい口元が緩んでしまい、気恥ずかしさから、頭を振る。  
ふと悪寒を感じ、美樹本の方を向くと、何故か、こちらに熱い視線を向けながら、口を満面に広げつつ嫌らしい笑みを浮かべている。  
「ちょ、美樹本さんっ!? どうしたんです、にやにや笑って気持ち悪いですよ? 」  
「――え? あ、ああ、ごめんごめん。ついつい色々想像してしまってね」  
妄想じゃねえのかしかも胸糞悪くなる様な、と、やはり口に出す程、子供じみてはいない透は、はあそうですかと、反射的に身の危険を感じ、部屋を離れる事にした。  
 
「ほ、本当にやるのデ? 」  
青ムシは茂みから談笑にふける女性達を横目に、緊張と興奮を半々に、震えつつ、尋ねた。  
「当たり前だろ。今更怖気づいたってのか? やはりゴミはゴミか……」  
「ぶひひひっ、何だったら、俺達がいたしているのを見ながら、そこで黙ってマスかいてろよ」  
嘲笑混じりに言われ、むきになって言い返す。  
「そ、そんな事ないのデ! セーラードールズ三号とイケナイ事が出来るのなら、死んでも悔いは無いのデ! 」  
「お、おい。あんまり大声を出すなっ。やる気はよぉく伝わったからっ」  
「死にたくは無いなぁ……」  
半刻前、意気揚々と準備に励む青ムシ達は、雑談の音が聞こえるやいなや、武器を手に、慌てて木や草の中に飛び込んだ。  
背を屈めて様子を窺うと、今回の主な標的である女性陣三名全てが姿を現したのだ。  
予定外ではあったが、寧ろ好都合であると、黒川は断言した。  
「いいか、チャンスが与えられたならば、直ぐに実行すべきだ。そうだな? 」  
「そ、そうでありますっ。平均的な人間より報われない屑である我々は、そもそも機会すら与えられませんっ。万に一つのチャンスが飛び込んで来たのならば、直ぐ活用するのは当然の事でありますっ」  
うむうむ、と嬉しそうに幾度と無く強く頷きながら、白ブタの意見を聞き、次に青ムシの方に目を向ける。  
「美味しい食べ物が目の前にある。食べ頃はいつだ? 」  
「す、すぐに食べるのが良いでありますっ。果物はもぎたてっ、魚介類は獲りたてっ、ですっ」  
「ようし」  
二人の意見は黒田を満足させ、邪悪な笑みを浮かべさせる。  
その笑みは、青ムシと白ブタにとって心強い物で、眺める内に震えは収まり、再び真剣な目付きで獲物を窺い始める。  
「帽子を被れ」  
スキーで用いられるのが主目的である目出し帽。だが、小説や映画では、犯罪行為を行う上で、自らの身元を隠す為の必需品としてのイメージが強い。  
三人は両手で皺がなくなるまでしっかりと――白ブタは頭が図抜けて大きいので、少し糸が解れてしまったが――被る。  
「武器は手に持ったか? 」  
交互に頷く二人を見て、顔を上げる。  
「それでは……突撃っ!! 」  
 
 
透は屋敷から出ると、地面に座り、一人長々と溜息を付いた。  
三日月島に着いてから、どうも美樹本の様子がおかしく思える。  
気が付けば、意味有り気に熱っぽく視線を向け、眼が合うと、慌てて視点を逸らすのだ。  
あれは、普通の男性に対する態度では無い。もっと生々しいものだ。  
「伊右衛門の仕業やな、それは」  
いつの間にか、香山が隣で腕を組みながら、真剣な面持ちで答えていた。  
どうやら気付かずに考えていた事をそのまま呟いていたらしい。  
「伊右衛門……? 」  
「そうや。この三日月館には悪霊が住み着いていると祈祷師が言ってた。それが伊右衛門や」  
禿げ上がった広い額をぺちぺちと叩きながら  
「ちゅうか忘れたんか? ワシらがここに来た目的っちゅうのは供養やぞ? 」  
「へ? あ、ああそうでしたよね」  
実際の所、透は真理と一緒に旅行が出来るという事だけで、すっかり舞い上がっていた為、今まで失念していたのだが。  
「じゃあ、美樹本さんの様子がおかしいのも伊右衛門のせいなんですね? しかし何の為に……」  
「恐らく供養を邪魔する為やないか? 何にせよ、目を離さんようにしとかなな」  
「向こうが目を合わそうとして来るんですよ。あれ、気持ち悪いんですよね……」  
「ううむ。まあ、何かあったら……って何かあったら困るわな。そうやな、俊夫君にも相談してみよか」  
「そうですね。いざとなったら男三人でかかれば、何とかなりますよね」  
やはり年の功と言うべきか、それとも長年の事業経験からか。  
香山の存在は透にとって、頼もしい物に思えた。  
「しかし、俊夫君はどこ行ったんやろ? 」  
「未だにみどりさんの事で悩んでいるみたいで……。たぶん、そこら辺をうろついてると思うんですが」  
「真理ちゃん達もおらんな」  
「海岸の方に出掛けてるみたいですよ」  
「何っ!? 全く遊びに来た訳やないんやでっ!? 夏美は未だ館に囚われているんやっ! 早く解放してやらなあかんのやっ!! 」  
「そ、そうですよねぇ……」  
突如豹変して、凄い剣幕で捲くし立てるので、透は冷や汗を流しつつ、体を固くして聞いていた。  
「しゃあないから、他の人の分まで、透君に手伝って貰うで? ええな? 」  
「そ、そんな――って、い、いえっ! 喜んでっ!! 」  
憤怒の表情を浮かべる香山を見て、慌てて透は首を何度も縦に振った。  
「ほな、行こか」  
あっさりと怒りを引っ込めて、屋敷に戻ろうとする香山の背中を見つめながら、透は暗澹たる思いでいた。  
「――真理、どこ行ったんだよう……」  
 
三日月島の最南端にある洞窟。  
その中には、3対3、同数の男女が違える立場にて存在していた。  
手足を拘束され体を震わせる女性達は、間違いなく社会の底辺で燻り続けるであろう醜い男達に見下ろされている。  
それでも真理は、気丈にも、敵意を隠さず睨みつけるが、それすら心地良いのか、相手は下卑た笑みを隠そうともしない。  
「ブヒヒッ! うまくいきましたねぇっ!! 」  
白ブタが立派な腹を震わせつつ、興奮気味にまくし立てると、  
「ああ、全くだ。物分りの良いお嬢さん達で良かった」  
遠慮無しに、女性達に厭らしい視線を向けつつ、空の手で指差しながら品定めを始めた。  
「一杯色んなグッズを持って来たから、楽しめるぞ。さあて、ど・れ・に・し・よ・う・か・な」  
黒田の意図は明らかであり、その醜悪さに可奈子は思わず小さな悲鳴を上げる。  
「ちょっと待って欲しいのデ! 」  
「ああん? 」  
突然口を挟んだ青ムシを、訝しげに思いながらも黒田は、先を促す。  
「僕は……僕にまず決めさせて欲しいのデ! 」  
少し思考した後、島に到着した時の事を思い出し、ようやく合点がいく。  
「――ああ、そう言えば、お前セーラードールズ3号ちゃん似のあの娘が欲しいって言ってたな? 」  
「そうなのデ! 黒田さんお願いするのデ! 僕の操は3号に捧げたいのデ! 」  
セーラードールズ3号がいかなる存在なのか、女性陣には見当も付かなかったが、正直自分では無い事だけを祈っていた。  
「ふふうん? まあいいや。じゃ、俺はそのぽっちゃりとした娘にするか」  
ぽっちゃりという表現が似合う女性は一人しかいない。啓子は目尻に涙を浮かべながら、嫌々するように首を振った。  
「ブヒヒ、じゃあ、俺は残りもので」  
舌なめずりしながら、美味しそうな料理に例えるかの様な視線で可奈子の全身を遠慮無しに見る。  
彼女はそんな白ブタを一瞥すると、美樹本の名を小さく呟き、項垂れた。  
「じゃ、各自お楽しみタイムと洒落こもうかっ! 」  
互いに顔を見合わせ酷薄な笑みを浮かべると、それぞれの希望の相手に銃やナイフを突き付け、立たせる。  
後ろを向かせると、銘々、場所を移動する様に促した。  
「おい、青ムシ! これを持って行けっ!! 」  
疑問の表情のまま、黒田から紙袋を受け取り、中を確認すると、にやりと笑う。  
「黒田さん……感謝するのデ」  
「うまくやれよ」  
親指を立てて片目を瞑る黒田に一礼すると、真理を連れて足早に立ち去った。  
「フフフ……、待ちきれないのデ……」  
「……くっ」  
 

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