三日月館の応接室の中央にある高級座卓の、周りを囲むように置かれた二人掛けのソファの一つに透は腰を深く下ろしていた。
先程までずっと、香山の指示により、他のメンバーの分まで雑用やら力作業やらをやらされて、すっかりと疲れ果てた為だ。
真理達を探しに行く気概は最早無く、疲労を癒そうと、瞼をしっかりと瞑り半ば眠っている様に休息していた。
がたん、がさりとした音が耳元に聞こえて、何だろうと思い、半眼にて様子を窺った。
テーブルを挟んで正面にある、同様のソファに俊夫が足を組んで座っていた。
先程の音は、俊夫が部屋に入って、ソファに座り込んだ時に生じたものだろう。
赤ら顔に焦点の合わぬ目、酒臭い匂いが透の鼻に伝わり、先程まで酒を呑んでいた事が窺える。
話し掛けるにはどうも気が進まないので、再び目を閉じ、疲労から来る睡魔に身を任せようとした。
がちゃり、と再び音が聞こえた。更に、正直今の状態では遠慮したい大声が飛び込んでくる。
「おっ、俊夫君。戻ってきたんやな。丁度ええ。今から、倉庫から結構重たいもん持ってこなあかんのでな。透君と二人じゃちょっと難儀するとこやったわ」
香山ががははと、五臓六腑に染みわたりそうな、大声で、徹は悪酔いしそうな気分だった。
これ以上、便利屋扱いで重労働をさせられては堪らないと、狸寝入りを――実際かなり眠いのだが――継続する事にした。
誰かが立ち上がり、やがて遠ざかる足音が響いてきた。
「お、おいっ! 俊夫君どこ行くんや? 」
「散歩ですよ散歩」
どうやら俊夫も関わり合いになりたくない様で、この場を立ち去る事に決めたみたいだった。
「他の人がいたら、屋敷に戻る様伝えときますよ」
「あ、ああ。あ、でも俊夫君。何だかふらふらとしてるけど、動いても大丈夫なんか? 」
相当酔っ払っている様子を見て取ったらしく、香山は心配そうだった。
「――平気ですよ。放って置いてください……ふん」
荒々しく扉を閉めた為、ソファに座ったままの透にも振動が伝わってきた。
しばし応接室には、静寂と、どことなく気まずい雰囲気が漂っていた。
「透君」
――僕は眠っている。眠っているのだ。
自己暗示の如く、透は何度もそう自分に言い聞かせる。
「ぐうぐう」
「こら、寝たふりすんな。起きてるんやろ。別にいますぐ手伝え、と言ってる訳やないから」
恐る恐る面を上げて、真意を窺うように
「――本当ですか」
「嘘や。さ、行くで」
香山は足を踏み出すと、透の襟首を掴まえて、そのままずるずると引きずっていった。
「ひ、ひどい」
青ムシは手錠をしたままの真理を促しつつ、洞窟から出ると少し離れた木陰に移動した。
仄暗く、やけにじめじめとした雰囲気が、青ムシには心地良く、真理にとっては気味が悪く感じられた。
真理に止まる様指示すると、右手に携えていた――先程黒田から渡されたものだ――紙袋の中をごそごそと探り出した。
やがて目当ての物を見つけ、顔をにんまりと輝かせると、白ビニール袋に入れてあるそれを真理に差し出す。
「こ、これに着替えるのデ! 」
「――? 」
真理の面差しは不安と不審の入り混じった物となっていた。
手錠により不自由な両手で、ビニール袋の中身を確認すると、表情が固まった。
「……何これ」
「セーラードールズ3号……まさかご存知ないのデっ? ククク……」
「何かいかがわしいタイトルね。――腐臭がするわ」
途端、真理の右頬を、青ムシの握っていたワルサーPPK――の改造モデルガンだが――で殴りつけた。
「――ふうっ、ふうっ、セーラードールズ3号を侮辱するのは許さないのデ! 」
青ムシ自身、同人等の二次創作にて、原作者にとって見れば許容しがたい妄想を叩き付けているが、それ自体は本人にとって作品愛によるものと広言している。
ある種の歪んだ独占的な欲望とコンプレックスが、現在の青ムシを構成しているのだ。
真理は痛む頬を押さえつつも、生来の気の強さの為か、青ムシを上目遣いで睨みつけた。
「……早く着替えるのデ」
「これでどうしろと? 」
わざわざ手錠に繋がった両手首を上げながら
「服を脱ぐのも一苦労だわ」
「それなら大丈夫なのデ……おっと、動かない方がよろしいのデハ? 」
そう言うやいなや、腰に差していたビクトリノックス製のアーミーナイフの柄を掴むと、真理の着ているTシャツの胸元から一直線に切り裂いた。
「手伝ってあげるのデ」
「――いやああああっっ!!!!!! 」
啓子の重心の入った豪腕ラリアットは、黒川の喉元を真正面から捉え、そのまま力任せに振りきられる。
勢いのまま黒川の体が宙に舞い、縦方向に一回転した後、地面を幾度とバウンドしながら、不自然な格好で倒れ伏した。
意識を失った状態でいる黒川に近付くと、しゃがみ込んで胸元やらズボンのポケットをまさぐった。
漸く目当ての物――手錠の鍵を見つけると、胸に疼く焦燥感にせかされるまま手錠の鍵穴に押し当てる。
震える手で鍵穴を何度も小刻みに動かすとやがて、かちり、という音がして手錠が手首から離れた。
溜息一つ付いて、黒川を後ろ手にした状態にして手錠を掛けると、鍵を自慢の怪力で圧し折った。
よいしょ、と全身の筋肉を用いて近くの木陰に男の体を放り込んで、未だ虜であろう加奈子と真理をどうするか思案した。
一番厄介であろうと目された黒川は、相手が油断していた事もあったが、あっさりと片付いた。
順番からいえば、先に倒すべき容易な相手は、見るからに貧弱な体格の青ムシだろう。
隙を突いて、死角から頭部なりに強烈な打撃を与えれば、一撃で仕留める事も可能な筈だ。
しかし、真理には悪いが、優先順位は加奈子の方が上だ。
とある事情で気まずい関係にはなっているが、それでも親友である事には違いないのだから。
他の場所に移動する様な事を話していたのを思い出し、舌打ちを禁じえない。
あまり遅くなる様だと、二人の身に何が起こるか知れたものではない。
――だが……それはある意味では好都合かもしれない。
啓子はふと考えた。
心身共にどうしようもないくらい打ちのめされれば――。
わたしが助け、慰めてあげれば――。
あの一年前の陰惨な事件の時みたいに――。
そうすれば、美樹本では無く、わたしが加奈子の――。
しばし、その様なよからぬ思索に耽っていた為、既に起き上がった黒川が背後から忍び寄るのに気付かなかった。
目は異様なまでに血走り、ラリアットを受けた際に生じた鼻血をだらだらと垂らしながら、一歩一歩静かに足を踏み出してくる。
そうして、手を伸ばすと――。
地面に散乱した真理の無惨なまでに裂き千切れた衣服を、足で払い除けると、青ムシは顔一面に歪んだ笑みを広げて
「ささっ、早く着るのデ! 」
右手の親指と人差し指とを用いて、セーラードールズ三号のコスチュームが入れられたビニール袋の端を掴むと、真理の目前に揺らした。
真理は不自由な両手のまま露出された肌を隠す様にして、悔しげな表情を浮べながらその場に佇んでいた。
相変わらずの真理の反応に、青ムシはもう片方の手に握られたナイフをちらつかせる。
「聞こえなかったのデ? これ以上待たせるのは得策では無いのデハ? このナイフの次の獲物は服だけとは限らないのデ……」
「分かったわ……」
舌打ち混じりに溜息を付くと、青ムシから乱暴に袋を引っ手繰るように奪った。
「こっち見ないでよ」
「見張ってなきゃ何するか分からないのデ」
渋々、ビニール袋からセーラー服に似た――しかし男性に好まれそうに所々露出のあるそのコスチュームを取り出す。
まず、明らかに校則違反と言われかねない、膝上までしかないミニスカートを履くと、青ムシは鼻息荒く凝視していた。
「手錠が邪魔で上の服は着れないんだけど」
「分かったのデ。今外すのデ」
調子外れた口笛を吹きながら、胸ポケットから小さな鍵を取り出す。
「手を差し出すのデ。――それと変な動きしたら容赦ないのデ」
左手のナイフを真理の首筋に突きつけながら、真理が差し出した手錠の鍵穴に器用にも右手一本で鍵を入れる。
きっちりと合わせて右回転――真理から見れば左回転だが――に回すと、カチッと手錠から開錠されたらしい金属音が鳴る。
青ムシがナイフを向けながら、そのまま少し後ろに下がると、
「自分で手錠を取るのデ」
予想以上に慎重で隙を見せない青ムシの様子に手を出す暇も無く、半ば落胆と諦観の面持ちで促された通り動き辛そうに手錠を外し、下に落とした。
赤くなった手首を幾度と擦った後、ビニール袋からセーラー服――らしきもの――を取り出すと、順に袖を通していった。
「おおっ、おおっ、おおおおおぉぉぉぉっ!!!!!!!! 」
両目を大きく見開いて真理の全身を余す事無く見つめながら、胸の内から込み上げて来る興奮から、感嘆の声を高らかに上げる。
場所が変わり、鬱蒼と茂る森の奥――そこに可奈子と白ブタはいた。
白ブタは場所を変えるや否や、重量ある肉体を利用して押し倒し、スカートを力任せに破りそのまま何ら前戯無しに挿入した。
あらゆる部位に付随した脂肪を揺動させながら、可奈子と繋がった腰を奔放に振っていた。
黒味がかった緑の草むらの上、湿った泥や砂が付着するのにも構わず、ただ一心に行為に没頭していた。
可奈子は既に抵抗を諦めた様で小さい呻き声を不規則に上げながら、されるがままになっていた。
生理的な反応から性器を密着させた部分は粘着音を立てているが、快楽を感じているのは白ブタのみ。
その目は興奮のあまり輝きを放っている――可奈子の澱んだ諦観を示すものとは逆に。
あまりの心地良さに三分と保てずに膣内に射精すると、可奈子が絶望的な面持ちで悲しげに呻いた。
先刻まで童貞であり、青ムシと比しても甲乙付け難い捻じ曲がった性癖を持ち合わせる白ブタが、一度の射精で満足するわけも無く、再び腰を暴力的なまでに強烈に動かし始めた。
心の中で美樹本に助けを呼びながらも、可奈子はすっかり諦めの境地に至っている。
もう駄目だ私はここでこいつに弄ばれて……そしてそのまま――
そう思考する最中、二度目の射精が行われ、再び尋常でない量の黄色掛けた精液が再び大量に注ぎ込まれた。
信じられない事だがそれでも動きを止め様としない白ブタの異様なまでの性欲は留まる事を知らない。
荒い鼻息の立てる音と豚の様な醜い男の喘ぎ声が実に耳障りで、名は体を現すの言葉通り、正に豚――動物の理性無く衝動のみの生殖行動そのものだった。
こいつは人間では無いなにかなのだ、と得体の知れない恐怖感をより高めさせた。
その後も幾度と全て中に射精され、ようやく体から離れたのは白ブタが十五度目の絶頂を終えてからだった。
可奈子自身は絶頂を感じる事無く、股間が何百度、何千度と性器を擦り合わせた事により生じた熱が痛々しく感じられた。
だが白ブタはそれだけでは満足していなかったらしく、互いの粘液で濡れた皮被ったペニスを可奈子の前にやると
「はぁッ、はぁッ、綺麗にしろよ」
頬に無理矢理擦り付けつつ、切羽詰ったかの様に語尾を高くながら言い放った。
自分自身作家として参加しているエロ漫画の数多の展開やらが白ブタの脳内に飛び回っており、そして出来る限りその全ての欲望を具現化させんと――
「早くしろよッ!!! 殺すぞッ!!!!」
左手の銃を可奈子のこめかみにぐりぐりと突き付けると、可奈子は両目蓋をつむり溜息一つ付いて舌を性器に這わせた。
「んうほぅッ、そっ、そう!! もっとよだれいっぱい垂らしてッ!!! 」
言われた通りに唾液をたっぷりと垂らしつつ満遍なく舐め回すと、口内へと進入させた。
白ブタは漫画で行われる様な卑猥な行為に恍惚とした表情を浮かべながら、可奈子のされるがままになっていた。
あまりの気持ち良さに十五度も精を放った化け物染みた自身が再び脈動せんとしていた。
そうして射精寸前――名状し難い引き裂かれる様な激痛が股間より発し思わず絶叫した。
「うぎゃあああああああッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」
可奈子が咥えていた精液を放出する寸前の敏感な性器を噛み千切らんばかりに一思いに歯を立てたのだ。
「いいッ! いいのデッ!!」
青ムシはどこから取り出したのか愛用のデジタルカメラを、ファン心理を丸出しにしながら何度もシャッターを切った。
「右腕を上げて――そう、それで左膝を曲げて――そのまま! そのまま動かないで欲しいのデ!!」
「え……あ、うん」
呆然とした面貌で言われるがまま青ムシの指示通りのポーズをとり、感嘆の声を上げつつ青ムシは一つたりとも逃さんとカメラを向ける。
それはさながら撮影会と言わんばかりで、真理の脳裏には青ムシの行動に対して疑問符が湧き出すのだ。
確かに恥ずかしいコスチュームのまま胸元を強調させたり股を開かされたりと卑猥なポーズをとらされたりはしたが、残虐非道の限りを尽くす外道と想像していた真理は正直何とも言い難い気分になった。
「どうしたのデ? 早く次のポーズを取って欲しいのですガ……」
「――質問があるんだけど……」
「?」
「一体何をしてるの?」
真理の問いに青ムシはそんな事も分らないのかと言いたげに唇の右端のみを歪めると
「セーラードールズ三号のコスプレ写真! ――を撮っているに決まっているのデ!!」
「いやそれは判るんだけど――意図は何? 私達を拉致して……それだけが目的なの?」
青ムシはシャッターから指を離しカメラに備え付けられた紐を首に掛け、不思議な程落ち着いた面差しを下ろし
「違うのデ」
「?」
「もちろん考えられる限りのスケベな欲望を三号に叩き付けたいのですガ……その前に――」
言いながら段々と躊躇する様に語感を小さくしていき、青ムシは何か決めかねている様子を身悶えする事で表していた。
その後も何度か口を開こうとするがどうしても言い出せない様で押し黙ってしまった。
拉致された被害者であるにも関わらず、真理は自分の方が何か悪い事をしたのでは無いかという気分に陥った。
先程と比べ意気消沈した様子を見せる青ムシに優しく問いかける。
「何か言い出せない事でもあるの?」
「……ぃのデ」
「ごめん、聞こえないわ」
何故自分が謝っているのだろうと真理は内心疑問に感じた。
「もう一度大きな声で言ってくれる?」
再度の問いに漸く青ムシは決意新たに真剣な表情の面貌を上げ、口を開く。
「三号に――ボクの事を好きになって欲しいのデ……」
コスプレを強要させた変態男の口から発せられたのは、真理――もとい三号に対する愛の告白であった。
いきなり何を言い出すのかと思えば――自分の立場を忘れ青ムシの唐突で身勝手な告白に憤りを覚えた。
「あなた何言ってるのか分ってるの? 私達を暴力で脅して連れてきて、無理矢理変な衣装を着せられて、それで好きになって欲しい?」
透を幾度と無く絶望の淵へと叩き込んだトラウマ発生装置とも言える絶対零度の冷たい視線を、立場を自覚させんと見下す様に言い放つ。
「ふざけないで!! お断りよッ!!!」
そんな胃臓を抉らんばかりの痛烈なる一言にも多少びくついてはいたが、その欲望を内包した両眼はじっと真理を見据えていた。