「本当にいいのかい?」  
「あら。私が誘ったんだもの。いいに決まってるでしょ?」  
真理はベッドサイドに腰掛けて、セーターを脱ぎはじめた。  
――それにしても。美樹本は思う。  
計画が少々、狂ってしまったな。  
平和なペンションで、突然起こる殺人事件。  
閉じこめられ、狂気に駆り立てられていく人々。  
あげく、大阪弁でやかましく騒ぐ男が犯人呼ばわりされて、地下に閉じこめられた。  
ようやく安心、と一同眠りにつく。  
そして、寝静まった頃合いを見計らい、殺戮――  
という予定だったのだが。  
下で皆が話をしている時から、妙だとは思っていた。  
時折熱っぽい目で美樹本を見ている女。  
最初は、犯人だと勘ぐられたかと思った。女のカンは時に恐ろしい。  
が、そうではなかった。  
彼女は、皆が部屋に引き上げる途中、美樹本に囁いたのだ。  
「私の部屋に来ない?」  
と。  
……どう考えても、そういう意味でのお誘いに違いない。  
しかし、この女、恋人と思わしき男と一緒にここに来たようだが……?  
「いや、そうじゃなくて。きみ、彼氏がいるんだろう」  
「え?」  
彼女はきょとんとし、その後、笑いながら手を振った。  
「やだあ。透のこと? 彼はお財布兼、足」  
「随分な言い方だな。純朴そうな男の子じゃないか」  
「だからお財布にも足にもなるのよ」  
顔は可愛いが、中身は相当だな。美樹本は舌を巻いた。  
「間違いなく童貞だし。私の経験からするとね、あの手の男は粗チンに決まってる。遊んでいる男の方がセックスは上手いと決まってるのよ」  
「おいおい、僕は遊んでいそうだと?」  
この女も相当遊んでいるに違いない。  
「あら。違うの?」  
「ははは。ごもっとも」  
真理はブラジャーとショーツのみになって、ベッドに倒れる。美樹本はじっくりとその身体を観察した。  
上等だ。胸は大きすぎず小さすぎず、腰からヒップにかけてのバランスも最高だ。  
そして何より、その表情。男を求める、媚びた目。  
美樹本の理性が、失われていく。  
……何しろ、今回の強盗計画と実行で、ここのところロクに息抜きしていない。  
下半身の欲も、かなり溜め込んでいる。  
どうせ、この女も殺すのだ。  
最後に良い思いをさせてやってもいいだろう――  
 
「それにしても、いい度胸だな」  
「……何が? 見知らぬ男と寝るのはしょっちゅうよ」  
「それもだけど。だって、殺人が起こったんだよ? 怖くないのか?」  
「見知らぬ人にはついていってはいけません、なんて、小学生じゃあるまいし」  
「……でもさ」  
美樹本は真理の背中に手を回しながら、ニヤリとした。  
「もしも。さっき下でみんながやってた推理、あれが間違っていて、実は僕が犯人だったりしたら、どうする」  
「それ、おもしろい」  
真理は美樹本の首筋に手を回し抱きついた。  
「一番怪しくない人物が犯人。推理小説の定番ね。……もし、そうだったとしたら」  
「……そうだったとしたら?」  
「殺人犯とのセックスも、悪くないわ」  
美樹本はブラジャーを引きはがした。同時に、唇を唇で塞ぐ。手は豊かな両胸をまさぐる。  
「ふぅ、んッ……!」  
真理は喘ぎながら、舌を絡めてきた。美樹本はそれに応じる。  
手を胸から下に伸ばす。ショーツの下に手を入れる。  
「あんッ」  
彼女は腰をくねらせた。  
「……なんだ。もう濡れてるのか」  
唇を離すと、美樹本はニヤリとした。  
「ふふ……私、淫乱だから」  
「自分で淫乱っていう女は四人目だ」  
「前の三人は誰」  
「あるデリヘル嬢と、あるソープ嬢と、あるキャバ嬢」  
「風俗ばっかり」  
「というか、きみ、そういう所の経験あるんじゃないの?」  
「あったらどうなの? っていうか、いつまでパンティに手突っ込んでる気?」  
「これは失礼」  
ショーツを下ろす。改めて陰部に触れる。  
「さて、弱点はどこかな」  
そっと中に指を入れる。クリトリスを摘んだとたん、真理はよがり声をあげた。  
「ああん、いい……もっといじって……」  
くちゅくちゅ、とイヤらしい音を立てて、美樹本の指が吸い込まれていく。  
「いいわ……ああ、とっても上手」  
「きみのココがいいからだよ」  
「ん……そうやって、口説くのね」  
「ああ、これで九割は口説けるね」  
「女は褒め言葉に弱いから……んっ! そ、そこ……」  
「ここがイイのか?」  
「あ、ああ……そこを、もっとぉ」  
もう自分の欲しか考えていない顔だ、と美樹本は思った。  
こういう女は、男なんかどうでもいいのだ。自分の快楽さえ得られれば。  
「い、イッちゃう、あ、あっ……」  
「イッちゃいなよ」  
いっそう力を込めて内壁を擦る。真理はのけぞりながら喘いだ。  
「あ……あああああッ」  
ビクン、と細い身体が跳ねる。  
 
「はあ……はあ……ゆ、指だけでイッちゃった。久しぶり、こんなスゴイの」  
言いながら、美樹本の服に手をかけている。  
「こらこら」  
「次は、そっちで」  
真理はもう充分にふくらんだ美樹本の股間に触れた。  
「わかったわかった」  
次は男の肉棒でイクことしか頭にないようだ。美樹本は苦笑しつつ、服を脱ぎ、下半身を解き放った。  
「挿れて」  
真理は足を開く。先ほどイッたばかりのそこは、濡れてヒクヒクと蠢いている。  
「どっちの穴?」  
「……アナルセックスの趣味はないわ」  
「慣れればこっちも結構イケるんだがな」  
「そういうのは他の女でやってよ」  
「仕方ない」  
「んもう、はやくしてよ」  
美樹本は真理の足の間に入る。真理は美樹本のイチモツを見て、ああ、と声をあげた。  
「いい大きさ」  
「そうやって男を口説くんだな?」  
「あら、私は小さい奴にはちゃんと言ってやるわよ」  
「厳しいな」  
言いながら、美樹本は一気に己の欲望を真理に突っ込んだ。  
「ああッ」  
「く……いい締め付け具合だ……本気で理性が吹っ飛びそうだよ」  
「いい……んじゃないの、あん、もっと奥まで……ッ」  
「そこまで言うなら……容赦しないよ」  
美樹本は激しく動きはじめた。  
「あ、あ、あ、はあっ、はや、速いってば」  
「なんだ、もう音を上げるのか?」  
「そっ、そんなことっ」  
「もっと、楽しませろ……!」  
「ああんッ!」  
残虐な己の血が目覚めたのを、美樹本は感じた。  
人を殺す時の快楽。  
それがセックスよりもずっといいものだと気付いたのはいつのことだったか。  
そして今。  
俺はこの女をイカせ、そして、殺す。  
「はあ、はあ、あ、もう、ダメぇ……ッ」  
「いくぞ……全部、飲み込め……!」  
「あ……あああッ!」  
「ぐ……っ!」  
ふたりは共に果て、ベッドに倒れた。  
しばらく、言葉もなかった。  
それぞれの快楽に、身を任せていた。  
……だが。  
 
かちゃり。  
ふたりはその音にハッとして、ドアを見る。  
美樹本は舌打ちする。  
久しぶりの女の誘惑とはいえ、うっかりしていた。ドアに鍵をかけるのを忘れていた。  
そこには、呆然とした表情の透が立っていた。  
口をパクパクさせている。あまりのことに声が出ないのだろう。  
もっともだ、恋人と思っていた女が赤の他人と裸でベッドに横たわっているのだから。  
おそらく、彼女のあられもない喘ぎ声も聞いていただろう。  
「なんてことを……」  
ようやく、かすれた声を出す。  
「ノックぐらいしたらどう」  
真理は冷たく言うと、横の毛布を身体に巻いた。  
「で、何か言いたいの。言っときますけど、非難されるいわれはないわよ。私はあなたの恋人でも何でもないんですから」  
「そんな……」  
「あのね、美樹本さんは私から誘ったのよ。部屋に遊びに来ないかって。やめてよ、そんな目をするの。勝手に純粋だの何だのって思い込まれても迷惑なのよ。第一」  
真理はベッドの脇にある棚から、紙の束を出すと、透につきつけた。  
「いまどきこんなもので女が口説けるとでも思ってたの?」  
その紙束の一番上には、「微笑む女神」と、汚い文字が書かれている。  
美樹本は笑ってしまった。  
若いときに罹りがちな病だ。彼女を想い、浮かれて、詩やら小説やら書いてみたくなる。  
しかし、せいぜい中学生までだろ?  
そんなバカげたことをするのは。  
ばさり、と真理は紙束を投げつけた。  
透はじりじりと後ずさりし、そして、逃げていった。  
「いいのか? ちょっと、可哀想だぞ」  
「これを見てもそう思うの?」  
真理は床に散らばった、汚い字の“詩集”を指す。  
――俺にもあんなに一途な頃があったような、気がする……  
ふと、美樹本は思った。  
こんなに汚れる前。血と暴力と快楽を知る前。  
(何を考えている)  
(もういいだろう。終わりにするんだ)  
「ねえ、もう一回。いいでしょ」  
真理が抱きつく。美樹本はキスをした。舌を絡めて深く――  
(殺すには惜しい女だったな……)  
美樹本の手が真理の首に伸びる。細い首だ。一瞬で絞め殺せるだろう。  
人を殺す時の快楽が美樹本を襲う。  
これだ。俺の求めるものは……  
ぐっと力を込めた、その時。  
真理の目が恐怖に染まった。  
美樹本は背中に走った衝撃と苦痛に、身悶える。  
何が、起こった?  
振り返ったその瞬間、無表情の透が、どこから持ってきたのやら、鈍く光る鎌を振り下ろした。  
美樹本の首筋から、血の噴水が湧き起こる。  
薄れていく意識の中で、わずかに女の悲鳴が聞こえた。  
女の血が、崩れ落ちる自分の身体に降り注ぐ。  
この男は、俺よりも恐ろしい悪魔になってしまったんだな。美樹本は思った。  
さっきまで抱いていた、あの悪魔のせいで――  
 
 
後日。  
ペンション・シュプールの惨劇は、マスコミが大きく取り上げ、日本中の話題になった。  
だが、現行犯逮捕された犯人の名前が公表されることはなかった。  
犯人が、いわゆる“精神状態を詳しく調べる必要がある”状態だったからだ。  
決して報道されることのなかった、逮捕時のエピソード。  
シュプールの中は、血と死体の山だった。  
犯人は、二階の一室で発見された。  
その時犯人は、惨殺された女性に対して、血まみれで性行動に及んでいた。  
また、その隣にあった男性の遺体は、特に損傷が激しかったという。  
 
終  
 

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