我は死と腐敗を支配するもの。  
 真の名は決して語ってはならぬもの。  
 畏怖と絶対服従を与えるもの。  
 暗黒の快楽と解放を与えるもの。  
 
 ぬるぬると光る触手。  
   刺だらけの大きなハサミ。  
     不規則な牙。  
       腐った舌。  
         無数の眼球。  
 
どうやら……わたしは……みきもとさんの  
心の深層にひそむ……かいぶつを…………  
闇の中に棲むそれを…………引き出して…  
消えていく…………わたしの意識が………  
帰るんだ…………わたしは………家に……  
……  
 
             *  
 
 気が付くと私はヌメヌメとした何かの中に横たわっていた。  
 それが何なのか……すぐに気づいたが、心は何も感じなかった。  
 血。  
 肉。  
 骨。  
 今はまだ何となくあたたかい、有機物と無機物の海。  
 ほんの少し前まで、人だったもの。  
 こうなったのは……あれのせいだ。  
 私は目を上に向けた。  
 そこに、化け物がいた。  
 これもまた、ほんの少し前までは、人だったはずだ。  
 『美樹本洋介』という名前の。  
 それから無数に伸びる黒い触手が、私をがんじがらめにしている。  
 いくつもの眼が、私を見ている。  
 
 どうして?  
 どうして私は、みんなのようになっていないの?  
 なぜ生きているの?  
 
 薄れゆく記憶の中で、こいつに殺されるんだと思った。  
 なのに私は生きている。  
 ……生きている? 本当に?  
 本当は死んでいるんじゃない?  
 あんな化け物を呼び起こしてしまったんだから。  
 地獄で罰を受けているのかも。  
 ……その方がいいかもしれない。  
 こんな状態で生きている方が、よほど……  
 
 ざしゅっという音と、肌の痛みに、現実に引き戻された。  
「え……!?」  
 訳が分からない。  
 一本の触手が、私の服をはぎ取った。  
 こんな時だというのに、羞恥心がわいてくる。いや、それが正常なのだが。  
「な、何を、す……」  
 掠れた声で呻く。だけど、そいつは何も言わない。  
 こんな化け物が、人の言葉を喋るわけもない。  
 そいつの動きが止まる。  
 ……何かを訴えている?  
 そうだ……サイコメトリーを……  
 
 私はぬめる触手に触れ、サイコメトリーを試みた。  
 
殺せ  
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ  
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ  
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ  
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ  
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ  
 
 言葉が流れ込んでくる。  
 ああ。  
 私はこんなものを呼び起こしてしまったんだ。  
 
「後悔しているのか?」  
「美樹本……さん……」  
「安心しろよ。俺は怪物にされて嫌なわけじゃない」  
「……?」  
「とても心地いいんだ……こんな気分は、生まれて初めてだ」  
「……美樹本さんの一番深いところに閉じこめていたものを、解放したから……」  
「欲望をストレートに吐き出せるってのはいいもんだ……」  
 彼はニヤリと嗤った。  
「“死と腐敗を支配するもの”……俺の本能。殺人が快楽。見ろよ。みんな死んだ。あんたと俺以外は」  
「なぜ、私を……殺さないの」  
「死にたいのか。まあな、ひとり生き残ってもな。  
 この先、まともな生き方も死に方もできないだろう。そう思っているんだろ? なら……」  
 
おまえは俺を解放してくれた。  
せめて快楽を与えてから、殺してやるさ。  
 
「きゃあっ」  
 不意に意識が戻る。  
 既に私の身体に衣服は残っていない。  
 生まれたままの姿で、手足は触手に巻き取られ、身動きひとつ出来なかった。  
 そして身体は、血と肉の海につかり、赤く染まっている。  
 ……今のサイコメトリーのやりとりから考えて……こいつがやろうとしていることは……  
「や、やめて……!」  
 触手が伸びてくる。ぬめぬめとしたそれが、私の両胸をまさぐった。  
「やめ……はぅ」  
 喚く私の口に、触手が突っ込まれる。  
「んうう……あぁ……」  
 目の前でバシッと光が跳ねた。無意識にサイコメトリーが発動している。  
<変態だな。乳がビンビンに立ってるぞ>  
 美樹本さんの声。  
<自分で言うのもアレだが、こんな怪物相手に欲情しやがって>  
「ち……ちはふう……あ……んっ」  
 違う、と言いたかった。  
 でも、触手に塞がれた口からは、まともな言葉は出てこない。  
<サイコメトリーしているなら、伝わってくるだろう?  
 俺の悦びが。  
 俺は感じているぜ。おまえの死に怯える恐怖と、死に向かう快楽と>  
 ……感じていた。  
 “死と腐敗を支配するもの”が得ている快楽は、普通の人間では到底得られることのできない領域にあった。  
 その快楽は……私の中で性的快感に変換されて……  
「あうっ」  
 両足を目一杯開かれる。無数の眼が覗き込む。  
 
<もうぐちゃぐちゃに濡れてるな>  
 違う。違う……ちがう、ちがう……ちがう……  
<どうして否定する? どうせ死ぬんだ。本能に従っておけよ>  
 触手が太股に巻き付く。  
 私は足をばたつかせた。足先がびちゃびちゃと、血肉の海に触れるだけ。何もできない。  
<……行くぞ>  
「あああああああああ!」  
 ずりゅっ。  
 触手が膣めがけて打ち込まれた。  
<熱い……締め付けてくるぜ……どこだ? どこがいい>  
 どんどん奥に入っていく。私の快楽を呼び覚まそうと蠢く。  
「あ、ん……んあっ」  
<ん? ここか? もっとイイ声出してくれよ、可愛いぜ>  
「んっ、ふあぁあっ」  
 触手の刺激と、美樹本さんの言葉責めと、死と腐敗を支配するものから送られてくる快楽……  
 い、いや。  
 壊れてしまう。  
<壊れちまえよ>  
 サイコメトリーのせいだ。美樹本さんに、私の考えが筒抜けになっている。  
<……ああ。そうか、やっとわかった。なぜそこまでいやがるのか。  
 透、だな? 透以外の男に、ヤられたくないんだな>  
 透……。  
 私は泣いた。  
 透は死んだ。  
 この血の海に融けてしまった……  
 私もさっさと殺してくれればいいのに。  
 ……透とひとつになりたい……  
 
<そうなるさ。その前に気持ちよくさせてやるって言ってるんだろ?  
 “死と腐敗を支配するもの”の、最期の慈悲だ>  
 そんなもの、要らない……  
<……強情な女だな。まあ、これくらいの方が面白いか>  
 私は目を見開いた。  
 触手が数を増し、私の足の間に潜り込む。  
 ずりゅっ。すびゃっ。  
 ……は……入った……中に……  
 最初の一本に加え、二本、三本……  
「や、やへれああああああ……あぁ!」  
 それらが一斉にピストン運動を開始した。  
 同時に胸の触手も乳頭を締め上げる。  
「あああああ……!」  
 私の身体がビクン、ビクンと痙攣した。  
 だ……だめ。  
 私の快感と恐怖が美樹本さんの快楽を増幅し、美樹本さんの快楽が私の快感を増幅して……  
 
…………いい。  
きもちいい。  
もっとほしい。  
もっとおくまでいれてほしい。  
ぐちゃぐちゃにかきまわしてほしい。  
もっと、もっと、もっと、もっと……  
 
<ああ、こりゃいい。凄い。女がイク時はこんな感じか。さあ。イッちまえ>  
「……ぁあああ……あ、ああああ!!」  
<……くぅ……うああああ……ッ!>  
 
 ……ああ。  
 イッてしまった。  
 しかも、美樹本さんと一緒に。  
 もっと最悪なのは。  
 私がこの化け物に、快楽を感じたこと。  
 あんなに感じたのは初めてだった。  
 一瞬でも、気持ちいい、と思ってしまった……  
 ……でも、もう終わる。  
 全て、終わる。  
 これでこの化け物も満足しただろう。  
 私は、殺される。  
<やめた>  
「……え?」  
 いつの間にか、口を塞いでいた触手はなくなっていた。  
 身体は今も拘束されたままで、サイコメトリーも続いていたが。  
「な、何を言って……」  
<最高だ。こんな怪物になっても、性的快楽が得られるなんて。  
 今から“死と腐敗と性交を支配するもの”に改名するか。  
 全て、あんたのその便利な力のおかげだよ。  
 女のオーガズムまで体験できちまった。  
 ……あんたも気持ちよかっただろう。  
 お互い、いいパートナーを得たじゃないか。  
 さあ、もう一度行こうぜ……>  
 
 化け物は嗤っていた。気が狂ったように、嗤っていた。  
 私の身体から、力が抜けていく。  
 かろうじてわかったことは……  
 永久に、この化け物から解放されることは、ないだろうということ……  
 視界の片隅に、再び膣めがけて蠢く触手が映った……  
 
 殺して。  
 お願いだから。  
 わたしを……ころして……  
 

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