美樹本
……俺はあいつのばらばらになった死体を窓際に放り出した。もう血の匂いもしない。
あと、窓の仕掛けをすれば、俺は完全犯罪を遂行することが出来る……はずだ。
夕食時に見た限りでは、頭がキレるタイプの人間はいなかった。大丈夫だ、恐れることは何もない。
俺は窓を開いた。痛いほどの冷たい風が俺の頬に当たった。付け髭を少し撫でてみる。
完璧だ、と思う。俺は、視界を遮る狂気にも似た吹雪を見つめ、思わずにやついてしまった。
ロープの片方を窓にかけ、バッグの底板をもう片方にきつく結び、身を乗り出して屋根に積もる雪の
一番奥にそれを差し込んだ。
このペンションには罪はない。が、しばらくの間だけ、恐怖を感じてくれ……。
俺は二階の窓から飛び降りた。
透
「わっ……何か、落ちたよ」
窓の向こうから、どさっと大きな音が聞こえ、僕は思わず声を上げてしまった。
そんな僕を見て、真理は笑う。
「屋根に積もった雪が落ちたんでしょ、多分」
「なんだ、雪か……」
僕はそう言って、自分の臆病さにほとほと愛想が尽きた。
窓の向こうでは、雪が荒れ狂っている。
「ホント、透じゃなくて、もっと他の度胸のある人だったら、ナイターだって行けたのにな」
真理はまだそんなことを言う。
「俊夫さんだって、今日はやめといたほうがいいって言ってたじゃないか。スキーなんてやろうと思えば、
いつだって出来るだろ?」
そう言うと、真理は急に沈んだ顔をした。
「いつだってって言ったって、なかなか二人で旅行に来るチャンスなんかないじゃない……」
僕はその真理の落ち込み様に慌てた。
「え、あ、じゃあ、また来ればいいじゃないか。二人で今度は北海道でも行けばさ……」
「冗談よ。確かにいつだって出来るものね」
途端にけろりとした顔で僕を見つめた。そのときの僕がまたよほど間抜けな顔をしていたのだろう。
真理はまた笑った。
僕はそんな真理のことを憎む気になどなれるはずもない。僕の恋心は募るばかりだ。
その時、車のエンジン音が聞こえた。窓の向こうを見ると、わずかだがライトが迫ってくるのが見える。
エンジン音は途切れて、代わりに、玄関についた鐘の音が大きく響き渡った。
「すいません、美樹本ですが! どなたかいらっしゃいませんか!」
すぐに台所から小林さんが飛んで出てきた。
「ああ、美樹本様ですね。お待ちしておりました」
美樹本、という男はドスドスと廊下を歩き、すぐに二階へと上がって行った。
美樹本
俺は部屋の中で深呼吸をする。そして、ドアを開け、階段の上から声を掛ける。
「いやあ、皆さんはビールですか? まいったなぁ、ここに凍えかけた人間がいるっていうのに」
仮面を付けた様な笑顔を俺は浮かべて、ソファの一角に座った。白痴そうなOL連中もやって来て、
恋人同士だか知らない大学生の男女は階段に座った。
俺はココアを飲みながら、時計を見た。まだまだ時間は掛かりそうだ。
「じゃあ、自己紹介でもしようかな。僕は美樹本洋介。フリーのカメラマンをやっている。
普段は風景なんかを撮っているけど、ヌードを撮ってほしいっていう人がいたら、遠慮せずに言ってくれ」
そこにいる連中は俺のその言葉に笑った。俺に対する警戒心は完全に無くなったようだ……と思った。
階段に座る女が、俺のことを軽蔑したような目で見た。隣の男はぎこちない笑顔を浮かべていたが。
あの女、まさか俺に気付いたか……?
俺はさりげなく、女の傍に腰掛けた。
「どうしたんだい? どこかで会ったことでもあったかな?」
それは俺にとって一つの賭けだった。が、変に隠していたとあとあと言われても困る。
今勝負しておかないと……、俺はこの女を殺さざるを得なくなる。
「……いえ、そういうわけじゃないんだけど……」
女は俺を見ずにそう言った。すると、隣の男が強引に話しに入り込んできた。
「真理、まだナイターに行きたがってるのかい?」
「……ナイター?」
「ええ、スキーをしたいってこんな吹雪なのに言うんですよ」
真理と呼ばれた女はちらりと俺の方を向いた。その瞳が俺にすべてを語っていた。
「じゃあ、僕の車で行くか?」
ほんの少しなら、ここを離れていても問題あるまい。万一のことがあったとしても、
今このラウンジにいない者と同一の条件になるだけだ。俺を特定できるだけの要素はない。
「……本当ですか?」
真理は俺の方を向いた。
「ダメだって、外はきっとさっきよりも……」
そう言って気弱そうな男は窓へと近づいた。その一瞬、誰も俺と真理に視線を送っていない一瞬、
俺は真理の足の付け根に手を這わせた。わずかに、真理は腰をうかせた。
「ダメだよ、ひどい吹雪だ。危ないよ」
男が振り返った途端に、俺は手を離した。真理の頬は紅潮していた。
「いいよ、透君だったかな? 僕らはナイターに行ってくるよ」
俺はそう言って、真理の手を取った。それを見ただけで、透は慌てふためいた。
「ダ、ダメですよ! 危ないし、ふ、二人だけで行く気ですか?」
「なら、君だって来ればいいじゃないか。危なければすぐに引き返す。その判断は君に任せるよ」
俺は車のキーをポケットから出し、透に手渡した。徹は少しためらっていたが、
真理が一向に止める気配を見せないので、
「……わかりました、行きましょう」
と言った。
俺たち三人がスキーウェアを着て玄関へ向かうと、オーナーが
「ちょっと、こんな時にナイターは危険すぎるよ!?」
と声を掛けた。俺がどう言おうかと思っていると、透が、
「大丈夫です、どうせすぐ戻ることになるんだから」
と言って真理の方を恨めしそうに見た。
外はひどい吹雪だった。俺たちは走って車へと乗り込んだ。
透が運転席のドアを開けたとき、助手席に座ろうとした真理を引き止め、後部座席へと促した。
「すまんね、ちょっと助手席にガタが来てるんだ」
俺は何食わぬ顔で真理の隣に座った。……確かにガタが来ているのは本当だ。
しかし、助手席に残るあいつの血痕だけは悟られるわけにはいかなかった。
「どうするんですか? 本当に行くんですか?」
「ああ、スキー場までとりあえず行ってみよう。ダメなら引き返す」
透は意を決したようにキーを回した。彼女の手前、弱音は吐けないらしい。
窓にばらばらと音がするほど、雪がかなぐり降っている。視界はほとんどないに等しい。
「透君、絶対に前を向いて運転しろよ。君が少しでも目を逸らしたら、僕らの命はない」
俺はそう言いながら、隣にいる真理のウェアの隙間から手を差し入れた。
「わかってますよ、そんなこと。全く、真理もおかしいよ、こんな天気なのにわざわざさ」
外の風景とは裏腹に、真理のすべすべとした肌は火照っていた。俺は内腿のあたりを、
決してそれ以上は進まないようにじらして撫でる。
「ごめんね、透……あっ」
彼女が口を開いた瞬間に、俺はパンティー越しに秘部に触れた。火照るどころか熱い。
「『あっ』? 何、何かあった?」
透はそう言って、ミラー越しにこちらを見た。
「透君」
俺は落ち着いた様子でそう言った。右手の指先に彼女の粘液を感じる。
「はいはい、わかってます」
透はすぐに前を向いた。俺はパンティーを横にずらし、中指を彼女の入り口に当てた。
「真理ちゃんと透君は付き合ってるのかい?」
真理は目を瞑り、唇を噛み締めていた。が、足だけはだらしなく大きく開きつつあった。
そんな姿を見ながら、俺は中指で入り口をなぞり、突起物を見つけてそれを撫でる。
「いや、付き合ってはいないです」
「付き合ってはいないってことは、結構仲が良いんだね」
真理は俺をきつい目つきで見つめていた。「何て事を言い出すの?」――多分そんなところだろう。
俺は構わず、じらし続けた指を奥へと侵入させた。
「うーん、仲は良い方だよね?」
のんきに透は話している。俺がこんな話を振るからには、俺が真理に対して気がないとでも思って安心しているのか。
「……う、うん、いい、ほうかな……」
「へぇー、じゃあ、これからもしかしたら、二人は付き合う可能性だってあるわけだ」
俺はそう言いながら、指を動かした。真理は両手を座席に付かせ、艶めかしく動く腰をうかせはじめた。
目の前にいる友人にバレないようにするスリル感――真理はすぐにそれに酔いしれだしたようだった。
「どうだろうな……、ねえ、真理」
「あ、うん、わかんないものね……」
彼女の呼吸は明らかに荒くなりつつあった。が、雪の降りつける音がそれをかき消している。
それが無ければ、秘部からネチャネチャと卑猥な音だって聞こえたかもしれない。
「そうだよね、わかんないよね! これから、もしかしたら……」
透は本当に嬉しそうにそう言った。俺は右手の指の動きをさらに早めながら、
左手で彼女の手を取り、俺の股間へと導いた。
彼女はその意味をすぐに悟り、その白く美しい手を俺のズボンの奥へと差し込んだ。
静かに指先で亀頭を撫で、すでにそそり立っている俺のモノを掴んだ。
「この辺がゲレンデになるのかな……。どうします? 一回車から降りますか?」
透は何も知らずに、なぜか誇らしげにそう言った。見てみろ、スキーなんか出来ないだろう……、と言ったところか。
「これじゃ無理だな。よし、悪かった、このままペンションに引き返そう」
「そうですね。真理、もう今日は諦めなよ」
夢うつつの中にいた真理は、目を閉じて荒い息を吐きながら、
「ごめんね、透……」
と言った。
車はすぐにUターンをして、走り出した。俺は右手を真理のウェアから引き抜き、真理に見せ付けてやる。
その蜜で汚れた掌を見て、真理は少し恥ずかしそうにしていた。
俺はその手で、俺のモノを握る真理の手を包んで、上下に動かす。
俺と真理は俺のズボンの中で濡れた手を絡ませた。
そして、真理は濡れた瞳で俺を見つめながら、また俺の手を自分の股間へと導き返した。
俺はその期待に応えるように、真理の奥にまた指を差し入れた。
「戻ったら、みんなに馬鹿にされそうだ……な……」
俺は透に話しかけたが、真理の蜜が潤滑油になって、イカされそうになった。
「そうですね。……真理?」
「……」
「真理?」
今度は俺が真理の中を乱暴にかき回した。
「なに……?」
きれぎれに真理は何とか言葉を発した。
「熱でもあるのかい? 息が荒いみたいだけど」
俺は透がそう言うのを聞いて、思わずにやついた。そして、残酷な意識が芽生え、
今この瞬間に真理をイカせてやろうと思った。真理の腰は妖しげな弧を描くのを止めたが、
彼女の奥底は何度か痙攣しかけていた。
「真理ちゃん、大丈夫?」
俺は残酷な笑みを浮かべて、彼女にそう言った。
「う! ううぅっ……、はぁっ、はぁっ、はぁ……」
彼女は声を押し殺してイッた。けれど、俺のモノをしごくことを止めようとはしない。
彼女は腰をニ三度大きく痙攣させながら、
「大丈夫、ちょっと、暑くなってきただけだから……」
と言った。
「もうシュプールに着くよ」
と透は言った。その通りに、シュプールの概観の淵が白い世界の中にぼうっと浮かび上がった。
俺が掌を彼女のウェアから抜くと、彼女もまた、名残惜しそうに俺のモノを大きく撫で回してから手を抜いた。
この雪だと、もしかしたらもう窓は割れているかもしれない……。
俺がそう思っていると、
「あれ、玄関閉められてるな」
と透は言いながら、呼び鈴を鳴らした。
しばらくすると、扉の向こうに人影が見えた。
「……誰だ?」
「誰だじゃないですよ、小林さん! 僕らもう凍えそうです!」
必死のその呼び掛けに、扉はわずかに開いた。オーナーは疑いの眼差しで俺たちを見た。
どうやら、もう死体は見つかったらしい。
オーナーはそのまま無言で、俺たちをペンションに入れた。透と真理はオーナーに不満をぶつけている。
とは言っても、それは透だけの話で、真理は夢うつつの状態だ。
まだ残る熱のしこりを思いながら、適当に返事しているに過ぎない。
その証拠に、真理は熱っぽい目で俺のことを何度か盗み見た。
ラウンジでは、全員が揃って青ざめた顔をしていた。重苦しい空気が場を占めている。
透と真理は不安げに階段に腰掛けた。
「何かあったんですか?」
俺は善人ぶってそう聞いた。
「殺人だよ。……田中さんが鍵の掛かった部屋の中でバラバラの死体になっていたんだ」
オーナーは俺たちに熱いコーヒーを差し出しながら、そう言った。
「……殺人」
さすがに間抜けな透も驚いたらしい。真理も息を飲んだ。
「……田中さんっていうのは?」
我ながら大した演技力だと思う。オーナーは俺の隣に腰掛け、深いため息を吐いた。
「美樹本さんは遅れてきたから知らないんだな……。今日うちに泊まりに来た客でね。
夕食の後はずっと部屋にいたみたいだったんだがね……」
「警察は? 連絡したんですか?」
「警察は? やあらへんで」
一番奥に座っていた大きな体躯の関西人が不意に立ち上がった。
「あんたらがやったんやろ?」
男は俺から目を逸らすことなく言った。「あんたら」というのは、多分俺と透と真理のことだろう。
「ちょっと、香山さん! 何てことを……」
オーナーが慌てて男を止めた。男は視線の矛先をオーナーに向けた。
「小林君、君も三人が怪しいって言うたやないか。
いくら姪っ子がおるからって一番の容疑者をかばうんかいな」
「私は、可能性を述べただけですよ?」
オーナーと関西人の距離は近づき、今にも取っ組み合いの喧嘩になりそうだった。
互いの妻であろう、二人の女がうろたえながらも立ち上がって止めようとした。
女三人組は顔を上げようともしない。かなり精神的に参っているらしい。
「ちょっと、待ってください!」
険悪になりかけた空気を、透のその一声がかき消した。
「密室だったんでしょ? 外にいた僕らがどうやって田中さんを殺せるんですか?」
コーヒーを静かに飲んでいた長髪の男が、やはり疑いの眼差しで透を見つめて言った。
「窓が割れたんだ……。完全な密室じゃない」
「窓? 窓って言っても、二階の窓ですよ? 窓を割って、田中さんを三人がかりでばらばらにして、
それで何食わぬ顔で、玄関から入ったとでも? 本気で言ってるんですか?」
「そうよ、透君の言うとおりよ」
長髪の隣に座っていた女が口を開いた。
「窓が割れて一分もしないうちに、バラバラの死体をオーナーは見たんでしょう?
いくら三人でも一分じゃ無理だわ」
「みどり、こいつらは何かトリックを使ったんだよ」
「……俊夫、もう止めときなよ。互いに疑心暗鬼になったってしょうがないじゃない」
「かまいたち、じゃないかな」
俺は外を吹き荒れる風を見つめて、ポツリと呟いた。
「かまいたち……?」
透が俺に尋ねる。
「ああ、強い突風で体が切れたりすることがたまにあるらしいんだ。
昔の人は、それを鎌を持ったイタチがやったって思ってたらしい」
少し芝居がかっているような気がして、俺は深呼吸をした。
「こんな強い風だ。窓を割り、中にいた男をばらばらにすることだって出来るかもしれない」
「……かまいたちって、あの、一匹が脅かして、もう一匹が切りつけて、
最後の一匹が傷薬を付けるってやつ?」
三人組の女のうち、めがねをかけた女が顔を上げてそう言った。
「三人組? なんや、自分から自白したようなもんちゃうんか、今のは。
透君、真理ちゃん、ほんで君や。かまいたちの出来上がりやないか」
「いや、そこのOLさん達だって三人組だ」
俺は静かにそう言った。
「ちょっと、変な言いがかりは止めて下さい!」
そう言って、少し太めの女が立ち上がって部屋に戻ろうとした。
「待って!」
透が、呼び止めた。
「待って、啓子ちゃん。一人は危ない。もしかしたら、
第三者がこのペンションのどこかに潜んでいるかも……」
「じゃあ、三人で部屋に閉じこもっとくわ。可奈子、亜季、行こう?」
女の目は血走っていた。
「それじゃ、君たちは疑われたままだよ? それに女の子だけじゃ危ない」
「僕にいい提案がある」
俺がそう言うと、透が、
「取り合えず、美樹本さんの提案だけ聞いてみようよ」
と、その太った女に囁くように言った。それでいくらか女は落ち着きを取り戻したようだった。
俺だって、全員が錯乱状態に陥っていくのは歓迎できる状況ではなかった。
「ここで全員で固まってても、互いが互いを疑って、気が狂ってしまう。
だから、やはり部屋で休むのが一番だ」
誰も何も言わない。皆、ベッドに倒れこんでしまいたいのだろう。
「けど、やっぱり僕と透君と真理ちゃんが一緒にいたり、OLの子が固まってたりすると、
不安は募ってしまう。だから、それぞれ、自分とは関係のないけど、安心の出来る
今日会ったばかりの人と組になって部屋で休むんだ」
「そんなもん、上手くいくかいな」
関西人は馬鹿にしたように言ったが、
「とにかくやってみましょう。案外すんなり行くかもしれない……。
オーナーからどうぞ、決めてください。あなたが自分の持つペンションで
殺人を起こす可能性はまずないですからね」
オーナーは少し、奥さんの方を見て、躊躇してから、啓子と呼ばれた女に近づいた。
「啓子ちゃん、いいね?」
透がそう言うと、啓子は俯いたまま頷いた。俺の説明が効いたらしい。
「じゃあ、次は、あなた」
俺は関西人を指差した。
「わしは春子と一緒におる」
「……それはいけません。共犯である可能性がありますからね」
「共犯? ふざけとんのか、わしは何言われてもかまわんが、春子が人殺しやっちゅうんかい」
関西人は俺に詰め寄ってきたが、おとなしいその女は何も言わずに、長髪の男に寄り添った。
「私、俊夫君といます」
「な、なんやと? 何でそんな男と……」
「何かあったときに一番頼れそうですし……。みどりちゃん、ごめんなさいね」
その言葉で、わずかに場の空気が和んだ。
「なら、わしはみどりちゃんとおる。俊夫君、人質交換や」
俊夫は何も言わずに頷いた。
「後は……どうやら、僕と透君は嫌われ者みたいだな。そこの亜季ちゃんだったかな? どうする?」
亜季は黙って、今日子を指差した。
「女の人二人で大丈夫ですか?」
透がそう言った。
「余った六人で三三に分けるわけにはいかないからね。いかんせん、かまいたちが三人だ。
不安感をあおるだけだ。なら女性二人のほうがいい。ただ、奥さんたちはオーナーの隣の部屋にしましょう」
そう言って、俺は残った女に目をやった。冬だというのに、デニムのミニスカートを履いている。
気の強そうな、きつい目を透に向けた。
「うん、そうだな。何にしろ、君と真理ちゃんより、
僕と真理ちゃんの組み合わせの方が共犯としては有り得ないだろうしね」
俺はそう言って、立ち上がった。
「鍵は必ず掛ける。互いに見張りあう。何かあったら、大声を出す。
マスターキーは……オーナーが持ってるんですよね?」
オーナーは何も言わずにマスターキーの束をテーブルの上に置いた。
「じゃあ、ここにおいて置くようにしましょう。誰も、この鍵に触れない。いいですね?」
皆、俺の案に首肯せざるを得ないようだった。
皆、何も言わずに立ち上がり、二階の部屋へと戻っていく。
俺と真理は一番後ろから、階段を上っていく。右手を真理の腰に回し、
そのやわらかい臀部を舐めるように撫でた。その手を押しのけようとする真理を無視して、
俺は細く冷たいうなじに舌を這わせた。
透
僕は部屋に入り、自分の荷物を取って来ると言った可奈子ちゃんを待っていた。
ベッドに仰向けになって、僕はあることについて考えていた。
――こんな強い風だ。窓を割り、中にいた男をばらばらにすることだって出来るかもしれない――。
美樹本さんははっきりと言った。中にいた「男」――と。
誰も、田中さんの性別を口にはしなかったが、それなのに、男だと言った。
たまたまかもしれない。けれど、中にいた人間、とかいう風に言った方が自然なのではないだろうか。
けれど、田中さんが殺された時間、僕は一緒に彼といたのだ。完全なアリバイがある。
だが、真理と二人きりにしておいて良いのだろうか……?
しかし、この状況で誰かを殺すということは、リスクが大きすぎる。
間違いなく、部屋に残ったもう一人が犯人なのだから。たとえ美樹本さんが犯人だとしても、
真理には危害は加えられないはずだ……。
僕は安心して目を瞑った。
……遅い。もう十分近く経っている。それなのに、可奈子ちゃんはやってこない。
まさか……?
僕はベットから飛び起きて、ドアを開いた。すると、
真理と美樹本さんがいる部屋の前に可奈子ちゃんは立っていた。
「可奈子ちゃん? 何かあった?」
すると、前の部屋のドアが開き、香山さんが顔を出す。
「何や、どうした?」
可奈子ちゃんは驚いた様子でこちらを向き、走り寄ってきた。
「ごめんなさい。何でもないです」
「……さっきあんなことがあったんやからな。心配させたらあかんで」
優しくそう言う香山さんに可奈子ちゃんはもう一度謝ってから部屋に入ってきた。
彼女はバッグを部屋の片隅に置き、ベッドに腰掛けた。僕は部屋の鍵を閉める。
「大丈夫? 本当に何もない?」
僕はそう言って彼女の隣に腰掛けた。
「うん……平気。何でもない」
彼女は真理にも負けない綺麗な手を組みあわせて、短いスカートの裾に置いていた。
僕は自然にそこに目が行く。何を考えてるんだと頭の一方で思いながら、
白く細い腿をじっと見つめていた。香水のいい香りもする。
「あのさ、本当に窓が割れてから、すぐに田中さんの死体を確認したの?」
僕は意識を取り戻すために言葉を発した。
「……私は見てないけど、オーナーさんが窓際でばらばらになってたのを見たみたい」
「ばらばらってどのくらいかわかる?」
「腕も首も足も……みたいなこと言ってたけど」
「そうか……」
となると、ばらばらにしておいてから、窓を割ったということになるな……。
「窓が割れたとき、皆一緒にいたの?」
「ううん、俊夫さんだけ奥のスタッフルームにいたみたいだけど、すぐに出てきた」
窓は、割ったんじゃなくて割れたのかもしれない。しかし、田中さんはいつ殺されたんだろう?
全員に殺す時間はありそうだけど、切り刻むなんて時間はきっとない。
ならば、切り刻んだのはもっと前かもしれない。田中さん自身が切り刻んだ死体を部屋にぶちまけて、
失踪すれば、その死体は田中さんだと僕らは思い込んでしまう。それを利用したのかもしれない。
けれど、この雪の中、田中さんは生きてどこかへ辿り着けるだろうか……。
僕の推理と呼べるのかすら怪しいその考えが形になりそうでならないその時、可奈子ちゃんが不意に
「ねえ、熱い」
と言った。
「暑い? 空調の温度下げようか?」
僕が立ち上がろうとすると、彼女は僕の右手を掴んだ。
「違うの……体が熱いの」
彼女は僕の右手を、胸へと誘った。初めて知る柔らかい感触に、僕は思わず手を引っ込めた。
「……ちょ、ちょっと、可奈子ちゃん?」
「お願い、真理ちゃんには絶対言わないから。お願い、熱いの」
彼女はベッドに仰向けになって、白い足をくねらせた。デニムのスカートの奥に、
ピンク色の下着が見えた。僕は知らぬうちにそこに目が釘付けになっていた。
可奈子ちゃんは笑顔を浮かべながら、
「初めて? 透君、ここ見るの」
と言って、右手の中指をパンティー越しに当てた。
その仕草がぞっとするくらい艶っぽく、さっきまでの推理なんかどこかに消し飛んでしまい、
僕は知らないうちに彼女の上に体を倒れ込ませてしまっていた。
彼女は僕のものをジーンズの上からさすりながら、僕の唇を奪った。
甘い香りが強く鼻を突いた。と思っていると、彼女の熱い舌が僕の口の中を
貪るように進入してきた。僕はその舌を捉えようとするのだけれど、上手くかわされて
僕の脳が溶けるほどに僕の口を犯し続けた。
僕はもうイキそうになっていた。彼女の右手が僕のものの先ばかりを優しく撫で続けるのだから。
誰かに性器を触ってもらうという初めての感覚がジーンズ越しでさえ刺激的過ぎた。
彼女は僕から唇を離すと、いやに熱っぽい目で僕を見つめ、両手で僕の顔をはさんだ。
そして、彼女は体を起こして、上半身を壁にもたせ掛けた。
「すごい興奮してきちゃった……」
そう言って彼女は長い足を開いた。パンティーに大きく染みが出来ている。
窓を締め切っていても、外から風のうなり声が小さく聞こえていた。
彼女は僕を見つめたまま、今度はスカートに手をやってそれを脱ぎ捨て、
妖しく微笑んだまま、ブラウスに手を掛けた。
僕は、ゆっくりと彼女の胸が現わになる様をほうけたように見ていた。
細く白い体に合わない豊かな胸が、下着の下に隠れていたのを
目の当たりにし、僕は今更ながら男と女がこれほど違うのかと言うことを思い知る。
僕は彼女の胸に顔を近づけ、尖りつつある桃色の突起物に唇を付けた。
彼女は呼吸のペースを上げながら、僕の右手を自分の下着の中へと導いた。
濡れた茂みが掌に当たる。そして、指先は熱い肉の襞に触れていた。
僕は指先を不器用に動かした。と、途端に襞の奥へと指がぬめって滑り込んでいった。
「ああっ……」
と声を上げたのは僕のほうだ。初めて知る女性の中の感覚が、
僕の指を締め付けようとする感覚が、僕を少し驚かせた。
彼女はそんな僕の右手の手首を両手でしがみ付くように持った。
「透君、もっと深く入れて……」
濡れた瞳を薄く開けて僕を見つめていた。僕は言われるがままに、中指を押し込んだ。
きゅっと締め付けられる感覚。こんな所に……。僕はいきり立ち、ジーンズの中で
膨れ上がった自分のものを見ていた。
「こうやって……動かして」
可奈子ちゃんは僕の手を上下に揺らした。下着の奥から、卑猥な水音が聞こえる。
僕は要領を得て、手首を動かしながら、指で中をかき乱した。
次第に可奈子ちゃんの体からは力が抜けていって、
観念したみたいに壁に体をもたせ掛けて、荒く熱い呼吸をしていた。
僕の理性のタガは、目を閉じ口を開いて、天井にその綺麗な顔を向けている
可奈子ちゃんを見たときに外れてしまった。
僕は乱暴に左手で可奈子ちゃんの胸を強く揉みしだきながら、その先を口に含み、
右手で最後に残った下着を剥ぎ取った。
可奈子ちゃんは逃げ場もないのに、腰をくねらせて後退しようとしていた。
僕は彼女を冒しているような感覚に陥っていた。壁に追い詰め、服を脱がせ、密室の中で
彼女の体すべてを知ろうとしている。
「あぁ、イキそう! ダメ、あっ、イク……!」
可奈子ちゃんが声にならない声でそう言うから、
僕は肉壷に埋まったままの指をさらに激しく動かそうとした、ちょうどその時、
僕の目の前を虫が横切った。
「うわっ!」
僕は思わず仰け反った。その虫はカナブンに似ていた。
虫は僕らのことなど意にも介さずに部屋中を飛び回った後、
窓のサッシに止まった。
僕は窓を開け、虫を追い出した。異様なほどの冷気が流れ込む。雪はまだまだ止まないようだ。
窓を閉め、振り返ると、そこに可奈子ちゃんが立っていた。
「私、まだイッてなかったのに……」
「ごめん。でも、どこも開いてなかったのに、どこから入ってきたんだろう?」
「わからないわ」
可奈子ちゃんはそう言いながら、僕のベルトに手を掛けた。
「それより、もう入れたいの。透君、もう立ってるんでしょ?」
彼女は手馴れた様子でベルトを外し、ズボンを下ろして、僕のものを剥き出しにした。
「ほら、透君だってイキそうでしょう?」
そう言って、彼女は僕の前にひざまずいて、僕のものに舌をべろりとつけた。
「入れたら、気持ちよさそうだな……」
可奈子ちゃんはそう言いながら、僕のものを咥え、指で自分を弄った。
ゆっくりと口でしごかれた僕は、
「もう、入れたいんだよ僕も……」
と言ったが、可奈子ちゃんは上目遣いで僕を見て、
「ダメ、もうちょっとだけ私も気持ちよくさせたい」
と言って今度は手でしごきだした。僕は情けないくらいの声を出したくもないのに出してしまう。
「はぁっ! ダメ、出そうなんだ、あっ、もう入れさせて……」
僕の意識が白くなり出した頃に、可奈子ちゃんは途端に手を止めてベッドに上がった。
「じゃあ、透君、仰向けに寝て……」
僕の中にはもう真理は存在していなかった。言われるがままに僕はベッドに寝そべった。
可奈子ちゃんは僕に跨り、僕を掴み、濡れた肉にその先を当てた。
「入れたい? 入れたくない?」
彼女は腰を浮かせたまま、僕にそう聞いた。
「入れたい……」
彼女の長い髪が僕の鼻先に当たっている。
「真理ちゃんは? いいの?」
彼女は笑みを浮かべて僕にそう聞いた。そう言えば、僕がひるむとでも思ったのだろうか。
僕は、腰を突き上げて、無理やりに彼女の中へと押し入った。
一瞬、彼女は不意を衝かれたからか苦しそうな表情を浮かべたけれど、
すぐに先ほどのように我を忘れて体を仰け反らした。
形の良い、大きな胸が張りを持って揺れ動くのを僕は見ながら、
腰を突き上げていた。
可奈子ちゃんは僕にもたれかかって来て、僕の唇を塞いだ。
そして、彼女は自分からも腰を動かした。
「真理なんて、君には適わない……」
僕は耳元でそう言ったが、もう彼女の耳には何も聞こえていないようだった。
僕も、次第に快楽の渦に飲み込まれていき、そんなものはどうでもよくなった。
彼女が飲み込もうとする僕を押入れ、引き抜き、僕らは
獣の喜びを感じていた。
そして、僕らは意識を失うかのように、互いに頂点へと上り詰めた。
美樹本
俺は真理を部屋に入れるとすぐに真理の腰をがっちりと掴んだ。
真理は助けを求めるようにドアへと駆け寄ったが、
俺は彼女を追い詰め、結果的に彼女の背中がドアを閉めることになった。
ドアに追い詰められた彼女は、尖った目つきで俺を睨んだ。
「……殺人があったのよ? 何考えてるの?」
俺はその問いに何も答えず、その目を見つめ返した。
彼女は耐え切れなくなったように、俺から目を逸らした。
「さっき車の中で、それも君に好意を寄せている男の前で、だ。
イッたんだろう? 俺のモノをしごきながら。
今更、殺人がどうしたって感じじゃないのか?」
真理は何も言わない。身を捩じらせて俺から逃れようとするが、
力はそんなに入っていない。
俺は、彼女を見つめたまま、彼女の股間に掌を当てた。
「どうせ、濡れてるんだろう?」
分厚いスキーウェアのままの彼女は、途端に体の力を抜いた。
俺は彼女から一歩離れた。
「脱げ。スキーウェアも、下着も全部、そこで脱ぐんだ」
俺はそう言いながら、自分のスキーウェアを脱ぎ捨てた。俺は下着はまだ脱がない。
そして、俺は煙草に火を点けた。
「早くするんだ」
そう言って濃い煙を吐き出した。
真理はおずおずとしながらも、その美しい体をあらわにした。
彼女の流れ出したものが内腿を伝っているのを、彼女は隠そうとした。
俺は煙草を咥えて、彼女の前にしゃがみ込んだ。
「このドア一枚向こうには、君のことが大好きな透君がまだいるかな。
スケベそうな関西人だっているかもしれない。君の叔父さんも、叔母さんもいるかな?」
俺は彼女の中に指を入れた。ゆっくりと動かす。クチュクチュと卑猥な音が漏れている。
真理はわずかに足を痙攣させているが、何とか声も出さずに立っている。が、俺の腕に
彼女の愛液が垂れ続けている。
「殺人鬼だっているかもな。でも、君なら色仕掛けで何とか助けてくれるか」
俺は次第に手を動かすペースを速めた。
「……うっ、あはぁ、あっ、うん……」
「もうそろそろ、皆部屋に入った頃か。ちょっと……」
俺は煙草を床に捨て、すぐに足で揉み消した。カーペットに黒く焦げた跡が残った。
「きつめにいくぞ」
俺は左手で真理の腰を掴み、小さめの乳首に口付けをしながら、思い切り、
彼女の奥をかき乱した。
「あぁ! ダメっ! イッちゃうから! そんなにやったら……!」
「いいのか? そんなに大きな声出して。透君の部屋はすぐそこだぞ?」
俺はそう言いながら、さらに強めた。カーペットには一面、彼女の愛液が飛び散っていた。
彼女の足はがくがくと振るえ、俺にもたれかかっていないともう立ってはいられないようだ。
「もう関係、うぅ……ん、あっ、なくなってきた……」
「どうでもよくなったか? ん?」
彼女は顔を大きく上下に振って、イエスの意思表示をした。
「よし、じゃあ、もう入れてやろうか?」
彼女はまた中毒者のように首を振った。
「よし」
俺は下着を脱ぎ、シャツを脱いだ。意識朦朧とした真理は俺が手を離すと途端に崩れ落ちた。
肩で息をしながら、潤んだ瞳で俺を見つめている。
そして、真理は俺の足元に赤ん坊のように四つんばいで歩み寄り、
俺の脚を掴み、口を付けて、そのままその口を俺のモノへとスライドさせた。
真理は膝で立って、俺のモノを一心不乱に咥え始めた。
「本当に、君は淫乱だな。スケベだ」
俺のモノはすぐにがちがちに硬くなった。俺は真理の頭を両手で抱き、腰を動かした。
のどの奥に俺の先がぶつかる。その度、真理は嬉しそうな声を上げた。
「上手いな……。舌使いがいい……」
真理の舌はねっとりと俺のモノを吸い上げ、放そうとしなかった。
その時、廊下からドタドタと誰かの慌てた足音が聞こえた。
俺は反射的にドアを見た。真理は全く物音に気がついていない。夢中で俺にしゃぶりついている。
ドアには鍵が掛かっていなかった。俺は鍵を掛けようかと思ったが、誰が訪ねてくるわけでもなし、
そのままにすることにした。……皆が恐れている殺人者は紛れも無く、この俺なのだから。
俺は真理の頭を、そっと離し、その唇にキスをした。
舌を絡ませあったまま彼女を立たせて、ベットへと誘った。
俺はうつぶせに倒れこむようにして寝た真理の尻をがっちりと掴み、
肉の襞を開いた。彼女は感じ取ったように、膝を突かせて
尻を後ろに突き出した。エグいほどに濡れきったその
肉の間に、俺は俺のモノを突き入れた。
「うぅっ……ん! はっ、はっ……」
落ち着きを取り戻そうとする真理のことなど
意にも介さずに、俺はすぐにリズムを早めた。
「あっ! あっ! うあっ……!」
舌を口の中にしまっておく事さえ出来ない真理のあえぎ声は、
異様な淫靡な印象を与えた。
「最高だよ、真理ちゃん……。こんなに絡み付いてくるのは、初めてだ……」
女など掃いて捨てるほど抱いてきたが、間違いなく、トップクラスの
名器だった。俺は我慢が利かなくなって、思い切り真理を突き続けた。
肉と肉がぶつかる音と、その合い間から互いの体液の絡み合う音が
いやらしく聞こえていた。
真理は何度も、喘ぎ、声にならなくなり、脱力する――そのパターンを繰り返した。
俺は尻を掴んでいた手を彼女の胸に持って行き、柔らかく若い肉を包んだまま、
彼女を抱き起こし、そのまま後ろに倒れた。
彼女は俺の上で仰向けになっていても、腰だけは浮かせて、まるで俺の上でブリッジをしているようだった。
「もう、何回イッたんだ……?」
俺は彼女の耳元でそうささやいた。彼女は喘ぎの間から、呂律の回らない舌で「わからない」と言った。
左手は乳首をいじったまま、俺は右手を結合部に持って行った。
「……どっちも、すごく尖ってるぞ……」
俺がそう言うと、
「ダメっ……! 触らないで……」
と言いながら、彼女も手を結合部に持って行ったが、その手は拒否するどころか、自分で弄り出した。
「またイクのか?」
と言いながら、俺は一気に腰の動きを速めた。俺の頬に真理の唾液が垂れる。
俺は真理の唇も求めて行った。だらりと垂れた舌が途端に俺の口内を貪り出す。
「本当に、君は最高だ……」
俺はそう言いながら、また腰に力を入れた真理の中に、すべてをぶちまけた。
中で出すつもりは無かったのだ。しかし、真理の肉襞は、俺のすべてを吸い尽くすまで、
きつく俺を締め続けたのだった。
透
……時間が経ち、冷静になるにつれて罪悪感が沸き起こってくる。
僕は心から真理を愛しているのに。真理は僕にとって女神なのに。そう、いつだって微笑みかけてくれる。
僕と同じベッドで裸のまま眠っている可奈子ちゃんは、時折僕の股間に手を伸ばす。
僕は疲れてるから、と言ってその手を何度も押し返した。
可奈子ちゃんはつまらなくなったのか立ち上がり、裸のまま部屋をうろついていた。
僕は目を瞑る。が、暗闇の中から真理が微笑みかけている。
耐え切れなくなって、目を開く。そのとき、可奈子ちゃんが僕の鞄に手を掛けているのに気がついた。
「触るなっ!」
僕はベッドから飛び起き、鞄をひったくった。
可奈子ちゃんは心底驚いた様子で僕を見つめた。
「……煙草ないかと思って……、それでちょっと探そうかと思っただけなの。透君、寝ちゃったかと思って……」
「僕は煙草は吸わない」
僕はバッグを手にとって、ベッドに腰掛けたが、それでも不安でバッグを抱きしめた。
可奈子ちゃんは悪くなった場の空気を紛らわすみたいに僕の横に明るく振舞って坐った。
そして、こう言った。
「ね、透君は犯人誰だと思うの?」
「……誰? この中にはいないと思うよ」
「どうして?」
「皆アリバイが……あるしね」
僕の心はそれどころではない。誰にも鞄の中身を見られたくないのだ。
「そっか……。そうだよね」
彼女は話を途切れさせまいと、また聞く。
「さっき美樹本さん、やたらに仕切ってたよね?」
「ああ……。でも、一番賢いやり方だと思ったけど」
「うん。でも、一番遅れてきてさ、途中でスキーしに行くし、それなのに偉そうだったと思わない?」
「ああ、運転も僕がさせられたし……」
遅れてきた客……。
そのとき、突然、僕の頭に天啓が閃いた。
田中さんは、ばらばらの死体をぶちまけ、部屋を出て、どこかへ消えてしまう。
だが、この吹雪の中、どこかへ辿り着けるはずもない。
一番安全なのは、ここシュプール。ここへ来ればいいのだ。――全くの別人として。
「へぇー、そうだったんだ……」
そう言いながら、可奈子ちゃんは僕の耳元に口を近づけた。
僕は全身に鳥肌が立つのを感じた。出来ないことではない。しかし、他にやりようがない。
犯人は、美樹本さんだ。
僕はあまりのことに思わず立ち上がった。
「真理が危ない」
またも出鼻をくじかれた可奈子ちゃんは、飽きれたように言った。
「真理ちゃんのことなんかどうでもいいじゃない。さっき透君もそう言ったでしょ?」
「違う、真理が危ないんだ」
「危なくなんかないわよ」
可奈子ちゃんは、僕の前に立った。その瞳は妖しいものへと変わっていた。
「だって、私、さっき聞いちゃったんだもん……」
「……何を?」
「真理ちゃんのよがり声」
「よがり、声……?」
「そう、すっごく気持ちよさそうな声。まだ部屋に入って三分も経ってないわ。それなのに、
美樹本さんとエッチしてたのよ、真理ちゃん」
僕は頭が真っ白になるのを感じていた。それでいて、ひどく冷静な自分もいて、僕は静かに手にしていた
バッグをベッドに置いた。
「だから、彼女今すごく楽しんでるわ。危なくなんかない」
可奈子ちゃんはそう言いながら、僕に歩み寄り、僕の股間を掌で抱いた。
「ねえ、真理ちゃんのことなんてほっといてさ。私たちは私たちで楽しもうよ」
そう言って彼女は僕の胸板に口づけをし、その口付けは腹へと移り、脇腹へと移り、僕のペニスに届いた。
「んっ……、おいしい……」
彼女は上目遣いで僕のことを見てそう言うと、目を瞑って咥え始めた。
彼女が嬉しそうに僕にしゃぶりついている。彼女のその表情は、白痴に思えた。
僕は、腰を引いて彼女に咥えるのをやめさせた。
一瞬の戸惑いを見せてから、彼女はひざまずいたまま、僕のことをつまらないといった様子で見つめた。
「気にしたってしょうがないじゃない」
僕はその言葉に何も反応しなかった。出来なかったのか何なのか。
裸体のまま、両手を腰に当ててあきれた様子で続ける。
「じゃあ何、透君、止めさせに行こうとか思ってるわけ?
はっきり言ってね、あんた、美樹本さんに負けたのよ。真理ちゃんは彼を選んだの。
ったく、いまさら、負け犬が何しに行くんだか……」
――何の躊躇もなかった。僕は脇にあった電気スタンドを掴むと、それを一気に彼女の頭に振り下ろした。
鈍い音がして、彼女は横に倒れた。
カーペットに赤いものが滲んでいた。白目をむいて、舌をたらしている。
――また部屋に虫が入ってきている。一匹見つけるともう一匹。気付けば、部屋中が虫で一杯だ。
その虫は珍しい。羽が黄金に輝いている。たくさんの虫が可奈子ちゃんに群がる。
羽音が聞こえる。うなるような無数の羽音。壁を、床を、天井を、ベッドを、可奈子ちゃんを、
かさこそと言って這い回る。僕は可奈子ちゃんに群がるその虫を叩き潰そうとして、何度も
彼女に向かって電気スタンドを振り下ろす。が、いくらやってもきりがない。
可奈子ちゃんの体は変な風に曲がっていた。
僕はめんどくさくなって電気スタンドをその辺に投げ出して、真理を助けにいこうと思った。
真理、真理、真理。愛しき君、微笑の女神。あの男から君を助けに行くよ。
僕はドアを開け、階下に向かう。人殺しと戦うには、武器が必要だ。
階段を降りる。が、ぎしぎしという音と一緒に、かさこそという音が聞こえる。
虫の姿は今はない。けれど、音が聞こえる。かさこそかさこそ。
僕の頭は割れるように痛い。我慢する。我慢して、小林さんが持っていた
草狩用の鎌を取りに行く。どこにある、どこにある。
虫の這う音は依然聞こえる。かさこそ、と。
僕は何とか見つけ出す。鎌を見つける。それを手に取る。
人殺しの下へ行く。
みどり
「困ったなぁ……」
我知らずそう呟いていた。時刻は十二時過ぎ。時計の音がカチカチと響いている。
二つ置かれたベッドの廊下側の方に私が腰掛けて、窓側に香山さんがいる。
彼は眼を開けたり閉じたり、起き上がったり寝そべったりしていた。
時々、自分に落ち着きがないのをごまかすみたいにして私に笑いかけたりした。
私もそれに笑い返すのだけど、こっちはそれどころじゃない。
何か気を紛らわせないと……。そうだ、会話をしていれば。
「香山さん、大丈夫ですか? 落ち着きないみたいだけど」
「ん、そうか? そんな風にみどりちゃんには見えんのんかいな」
私は少し坐り直した。殺人事件があったって言うのに、何でこんなときに……。
「じゃあ、落ち着いてるんですか?」
香山さんは大きなため息を吐いてから、煙草を吸ってもいいかと私に聞いた。
「どうぞ、お構いなく」
「おおきに」
彼はそう言って、何か高そうな金色のライターを取り出し、その石を擦った。
白い煙が部屋に広がる。
落ち着いてないのは私の方なのに……。
「煙草なんて何年ぶりに吸うんやろう……。三十前くらいに禁煙したんや。
でも、月に一箱は絶対に買うてな。無いから吸わへんいうのは、ホンマに禁煙したことになるんか
思て、ずっと持っとくんや。で、一ヶ月買ったら、うちの若いもんにプレゼントや。
意志も強なる、下のやつとコミュニケーションは取れる。一石二鳥や」
……ああ、頭痛いわ。世界が回る。おどけてそう言って、灰皿に煙草を押し付けた。
「まあ、こんなときくらいは罰当たらんやろ」
そうして会話は途切れた。初めて会ったもの同士、話すことなんて何もない。
不気味なくらい何も聞こえない。シュプールは客間の防音にこだわっているとオーナーが言っていた。
「話し声が隣に聞こえたりしてるって思っただけで萎縮しないか?
逆に隣の声が聞こえてきたら嫌だろう?」
私がまだここに来た頃、そう聞かされた。私はそれに最もだと答えたけれど、
こんな状況で異様な静かさというのは不安を募らせるばかりだ。
そんな不安があるくせに、私は私でまた困ったことになっていた。何か気を紛らわせないと。
……何か、こうした状況のことをいう言葉があったような。
他に何が出来るでもないから、その言葉を探る。
「俊夫君と結婚なんてことは考えてんのんか?」
「え?」
「俊夫君や、君のこれちゃうんか」
香山さんは親指を立てて笑う。私は不意打ちを食らって、
困ったことがどんどんひどいことになっていく。俊夫……。
「説教するようなおっさんにはなりたないけどやな、大学六年生言うてるような男はあかんで。
いざっちゅうときに役に立たん。みどりちゃんくらいの年なら
俊夫君みたいな生き方がかっこええ思うかもしれんけどな。
人生っちゅうのは、そんな好き勝手やるような人間のためには都合よく出来てへんのやで」
「そうですね……」
私は俊夫という言葉を聞くだけで変になりそうだった。
まさか自分がこんなことになっているだなんて。私は俯いて、唇を噛み締めた。
パブロフの犬――不意に思い出した。中学生か高校生か、理科の教科書に載っていた
ベルを鳴らされるだけで涎を垂らす犬。こんな馬鹿にはなりたくない、何て思ったっけ。
そんな犬に私は今、なっている。毎晩十二時、俊夫が私の部屋にやってくる。
何度も抱かれて、毎日抱かれて、欲望を貪り合って――私の体はそれに適応するものになっていた。
十二時になると、十二時になっただけで、こんなに濡れてくるなんて。
「みどりちゃん」
私の肩に手が乗せられる。思わず私は体を縮こませる。
「すまん、ちょっと疲れてるみたいや。みどりちゃんに意地悪するつもりはなかったんや」
香山さんは私に微笑みかける。私はそれどころではない。体中が求めだしている。
今、その今日初めて会った関西人の掌からさえ私は男を感じ取ってしまっている。
今坐っているベッドに染みが出来ていてもおかしくないほどだ。
「いえ、別に気を悪くしたわけじゃないんです。私も、いろんなことを考えてて……」
そう言いながら、さりげなく坐る位置を変えて、布団に手をさらしてみる。と、すぐにわかる。
私から流れ出たものが、ジーンズを超えてさらにそこに薄く染みこんでいるのが。俊夫の元へ行きたくても、それは叶わない。
ならばこの際、自分でやっても構わない。何とか、一人にならないと……。
私は意を決して立ち上がり、バスルームへと向かう。とにかく、この状況を何とかしなくてはならない。
「なんや、どうしたんや?」
香山さんは驚いた顔で私を呼び止める。そう言えば、今さっき殺人があった所なのだ。
私だって、こうなる以前は一田中さんをバラバラに切り刻んだ殺人者のことで頭が一杯だったはず。
急に動かれては香山さんが驚くのも無理はない。
「あ……あの、シャワー浴びたいんですけど……」
「シャワー? そんなもん我慢せえ」
「え、でも、私、どうしても……」
香山さんは一瞬険しい顔つきになったかと思うと、腕を組んでうなりだした。
「うーん……」
「あの、香山さん……?」
「みどりちゃん、わしもスケベであることは否定せえへんけどやな、これはスケベ心で言うてんのやない。
……ドアを開けてシャワーを浴びた方がええ」
「えっ?」
「シャワーを浴びてるときなんか一番無防備や。
例えばの話やけど、君がそんなことしてるときに、わしが君を殺そうとすんのは簡単な話やで」
「でも嫌です、困ります! そんなの……!」
こんなになってしまった私を見られてしまうことだけは防ぎたい。
が、同時に見られても構わないという思いも確かにある。いや、見られたいという思いと言うべきか……。
「困りますて、君のためを思うて言うてんのやがな。せやから、我慢せえて。シャワーなんか一日二日入らんでも死なへんがな」
頭の芯がぼうっとしてきて、気が気ではない。なんだか全身が膨れ上がるような感覚がして、体中の神経が過敏になっている。
「私、どうしても……」
香山さんはまた煙草に火をつけ、煙を物憂げに吐き出した。
「なら、浴びたらええがな。こんなおっさんに体見られてでもの理由があるならな」
もう、耐えられない。
「……私、入ります」
バスルームのドアを開け、トレーナーを脱ぐ。
「おい、本気か? みどりちゃん、落ち着いてやな……」
香山さんはそう言いながらも、ブラ一つになった私の胸元に視線を注ぐ。
「見たかったら、もっと見ればいいじゃないですか」
ジーンズを脱ぐと、パンティーがどうしようもないほどに濡れていた。それでも、躊躇なくすべてをスケベな関西人の前でさらけ出していく。
すでに乳首は尖り切っている。パンティーを脱ぐときに、布地と私の間に卑猥な糸が引いた。
蛇口をひねり、私はその湯を浴びようとするのだが、四肢に力が入らず、ちょうど香山さんと向き合う形で浴槽の壁に凭れ掛かった。
シャワーから流れ出す湯は、私の額に掛かり、肩、胸、臍、足と体の曲線を伝って排水溝へと落ちていく。
私はその湯をなぞるように、掌を体に伝わせた。左手の指先が乳首に触れると、別に出したくもない声が出る。
指は私の意識を離れて、独りでに胸をまさぐった。そうする間に、もう片方の手は足と足の付け根の間へと滑り込んでいく。
途切れそうになるリアルな私の視界は、ほうけたように私を見つめる中年男を映していた。
股の間から、湯とは違う液体が滴り落ちていく。その源泉を辿っていると、全身に響き渡る快楽のせいで、さらに力は抜けていく。
私は前かがみになり、足を内股に震わせて、唯一動き回る掌に私を任せた。
「はっ、はっ、あっ……」
炎天下の犬のような息遣い。自分のそのだらしない呼吸が空洞になりかける頭にかすかに響く。
次第に掌も痺れた様に動かなくなってきて、私は何とか自分をかき乱し続けた。
股の間から垂れ続ける粘液がいくら垂れても欲望は止まない。
そのとき、私の頭は不意に持ち上げられ、体を起こされる。
朦朧とした視界に、必死で焦点を合わせる。どうやら香山さんだ。
香山さんは蛇口をひねって湯を止め、私のことを真剣な眼差しでじっと見つめる。
――怒られるのだろうか。
そう思ったとき、私の内腿に短く太い五本の指が舐め回すように這うのを感じた。私は反射的に香山さんの腰辺りに手を伸ばす。
「えらい好き者なんやな」
香山さんは私の左足をバスタブの上に上げさせた。
「めちゃめちゃ濡れてるがな。はじめて見たで、こんなにスケベな女」
香山さんは私の濡れ切った秘部に躊躇なく太い指を入れる。
私は無意識のうちに腰を動かしてしまう。
「こらええわ、ええ具合や。みどりちゃん、こんなしけたペンションおるより、風俗で働いたらどないや。
今稼いでる額とは桁ちゃうで」
「あっ、もうダメっ……、我慢出来ない……」
震えの来る両手を何とか言い聞かせて、香山さんのベルトを外す。
香山さんは私の胸に音を立ててしゃぶりついた。そして、私の肩を抱き、立ち上がらせて浴室のタイルに両手を付かせた。
「いや、風俗に売るにはもったいないなぁ。わしが世話見たろうか?」
後ろから私のお尻を鷲づかみにして、強く開く。
「ほら、もっと突き出して足を開かんかい、足を……」
私は言われたとおりにするが、それ以上は体に力が入らず、顔を上げることさえできない。その視界に、香山さんが映り込む。
香山さんは私の一番恥ずかしいところに顔を近づけて、まじまじと見つめている。
「色も悪ない、形も抜群や。ええなあ、みどりちゃん、堪らんなあ……」
また快楽が突き抜ける。熱い舌が私の中に入り込もうとしている。
「ああ、ええわ、最高や。なあ、みどりちゃん、何ぼでわしの愛人になってくれる?」
「はあ、はぁ、もう……早く……」
「そうやな、一回試してから交渉してもええわなぁ」
香山さんは私の視界から消えて、今度はズボンを脱いで醜く短い足が現れる。
「こんなにたっとるわ。もう少々のことではうんともすんとも言わんようになりかけてたのになぁ……ほな、いただきまっせ」
ようやく待ちわびた感覚。香山さんは俊夫のものよりも大きさが物足りなくても、私を自由にさせていく動き方を知っていた。
「ああん……、あぁ、はぁ、気持ちいい……」
「みどりちゃん、ええわ……、ホンマに最高やがな……」
感触を確かめるようにゆっくりと前後運動を繰り返される。その度、頭が痺れる。
香山さんは両手で私の胸をまさぐり、背中にキスをする。
「もう、アカンわ……。辛抱でけんようになってきたな……」
私は不意に体を起こされ、壁に貼り付けにされる。両腕は掴まれて上げられたままにされて、耳や首筋に
キスをされる。そのむさぼるような口の動きが独立した生き物のようだ。
ピストン運動は速度を増し、肉のぶつかる音が浴室に響き渡る。
「イクか? もうイキそうか?」
香山さんの問いに私は声にならない声で、
「イクっ、イッちゃう……!」
と答える。
「ほな、わしもイカせてもらおうかな……」
速度は加速的に速まる一方だ。
「ダメっ! イク、イク、あぁ、イク、イクっ……!」
香山さんは躊躇することなく、私の中で欲望を吐き出した。
私は香山さんのモノが引き抜かれた後でも、タイルに寄りかかったまま、しばらく痙攣していた。
そして、それが収まる頃、また体の芯の方が熱くなって来た。
啓子
オーナーの後ろを付いて部屋に入る。美樹本さんが言った通り、オーナーである彼が自分のペンションで
殺人を犯すという可能性は少ないのは間違いない。よっぽどの恨みがあるのならば別だが、
そうだとしても、田中さんを殺したのだから、関係のない自分が殺されることはまずない。
何より、今最も疑いの掛かっている美樹本さん透君真理ちゃんの三人とは離れられたのだ。
気掛かりなのは、透君と一緒になった可奈子だが、仮に彼が犯人だとしても、
気の弱そうな彼が一人で犯行に及ぶことはまずなさそうだ。もし、万一のことがあっても、
彼女のことだから色仕掛けでも何でもして生き残るのだろう・・・。
私は「とりあえず」の安堵のため息を漏らして、ベッドに腰掛けた。
オーナーも鍵を掛けると大きくため息をついた。彼もひとまずの安心なのだろう。
「とんでもないことになったね」
「・・・でも、これで天候さえ回復すれば大丈夫ですよね?」
「ああ、回復すれば、の話だけどね。この案は吹雪がずっと続くとしたら、余計恐ろしいよ。
そのうち、皆発狂するんじゃないかな。それを殺人鬼は待ってるかもしれない」
・・。
私はそれに何も答えられなかった。考えてみればそうだ。こんな案はその場しのぎでしかない。
やはり、殺人犯が誰なのかを考えるべきなのだろうか。けれど、密室でほぼ全員にアリバイがあり、
それもバラバラにされているとなると、私なんかにわかるはずもない。それにこれは推理小説ではない。
現実の事件が論理で導き出されるとも思わないし、上手い具合に犯人はヒントなど残してはいかない。
「でも、こうする以外に・・・」
オーナーは私の目の前に立った。
「ねえ、啓子ちゃん。僕がどうして君を選んだかわかるかい?」
私はその言葉の響きに嫌な気配を感じた。ただ、首を横に振る。まさか・・・。
彼は私に顔を近づけてさらに続ける。
「わからないか・・・じゃあ、僕が殺人鬼だって言ったらどうする?」
また私は首を横に振る。目に涙が浮かぶのを感じた。
「どうする?だ。イエスノーで答える質問じゃない」
私は震えていた。
「わから、ない・・・」
そう答えると、私は張り手を食らった。目の前が真っ白になる。ベッドに倒れた私に馬乗りになって、彼は私を追い詰める。
「答えろ。どうするんだ?」
「こ、殺さないで・・・」
彼の手は乱暴に私の股に掛けられた。私は太ももに強く力を込めた。彼は右手でそれをこじ開けながら、
「殺されたくないんだろう?」
と言った。私は思い切り首を縦に振る。
「じゃあ、どうするんだ?」
涙が目じりを伝って流れていった。私は足の力を抜いた。彼はすばやく手を滑り込ませて、
まだ誰にも触れられたことのない箇所まですぐに到達した。彼は笑っていた。
「そう、それでいいんだよ。そしたら、君は助かるんだ」
彼は丁寧に私の服を脱がした。それがいっそう恐ろしく感じられた。私は何も見たくなくて、目を閉じた。
胸を触られているのが分かる。醜い手で、汚れた舌で私は胸を犯されている。
舌で体を舐め上げられる度に、鳥肌が立った。病気なのではないかと思うほど、彼は私の胸を弄る。
男の人は皆そうなのだろうか。嫌悪感以外の何ものでもない。
下着の間から指を入れようとする。思考回路が奪われていく。
「何だ、全然濡れて来ないな。バージンか?」
そう聞くけれど、私には何を答える気もなくなっていた。
「まあ、それはそれでいい」
一瞬、何もされなくなったので、私は目をわずかに開いた。そこには醜いとしか表現のしようのない
男性器があった。恐怖だった。あんなものが入れられるなんて。これなら、死んだ方がまだマシかもしれない。
思い切り息を吸い込んだ。
「誰か助けてっーーー!!」
私は命懸けで、それはもう本当に身が引き裂かれんばかりの大声を張り上げた。
これで殺されるのだろうと思った。以外にも、彼は落ち着いていた。
私は願った。早く誰か助けに来てくれと。けれど、風のうなり声がほんの少しするだけで、
一向に誰かがやってくる気配はなかった。
「防音設備はうちの自慢なんだ」
そう言って彼は笑った。本当におかしそうに。狂ったように笑った。そして、気味の悪い笑みを浮かべながら、
私に入り込んできた。激痛が走る。
「隣くらいには聞こえたかなぁ?隣のバラバラの死体には、ね」
私のことなどお構いなしに動物のように腰を振る。体に覆い被さるこの男の首でも絞めてやろうかと思ったが、
私は私がわからなくなりつつあった。ふと、母親の顔が浮かんだ。
「っんあぁ!・・・あぁ!・・・」
奇妙な声を上げて、彼は私の体に体を擦り付ける。ざらついた砂を噛んでいる様な感覚が全身を襲い続ける。
涙が止まらない。母親が私に笑い掛けている。私は知らないうちに舌を噛んでいた。上手く噛み切れない。
血の味が口に広がる。彼は慌てて布団を私の口に押し込んだ。息が出来ない。これなら、殺された方がよかった。
無理矢理に動きを速めるから、私のわずか欠片の思考を支えるのは痛みだけだ。
熱を帯びた体液を放たれる。熱が私の体に残る。息を荒くさせながら、彼はまた私をぶった。
そして、また汚れた舌で私の体を舐め回し始める・・・。
今日子
どうして、こんな再会の日に殺人事件などというものが起こるのだろう。
先程から、私は何度も彼女のことをじっと見つめてしまう。その度に、彼女は照れてるような、
少し不安がっているような笑みを浮かべて俯く。これが私の娘なのか・・・。
目は私にそっくりだ。口元はあの人のもののような気がする。
大きく育ってくれたことだけが愛おしくて仕方ない。喉元から、私が母親だという言葉が何度も出そうになる。
部屋割りをする際、彼女は私を選んだ。それは、単に一番安心できるという理由からなのか、
それとも彼女はもうすでにすべてを知っているからなのかが私にはわからなかった。
けれど、それを問いただすつもりはない。そんなことをする必要など何もないし、今彼女を動揺させるのは
いいことだとは思えない。けれど、もし万一私たちに身の危険が及ぶようなことがあるかもしれない。
そのとき、私はどうするべきなのだろう。
「あの、何か話でもしませんか・・・?」
急に問いかけられて、私はどぎまぎした。
「きっとその方が落ち着くと思うし」
「え、ええそうね。何を話そうかしら」
動揺を押し殺すのに苦労する。
「あの、私プラズマのしわざだと思うんです!」
目を見張って彼女はそう言った。
「プラズマ・・・?」
「はい、私学生時代そういうこと勉強してたからわかるんです!絶対そうなんですよ」
「へぇ・・・学生時代、あなたはどんな子だったの?」
彼女は拍子抜けしたようだった。
「あの、そういうことじゃなくて」
「ううん、今はそういう話をしたほうがきっといいと思うの。しばらくは事件については考えないでおきましょうよ」
彼女は俯いて考え込んだ。そういう仕草一つ一つに私の心は揺れた。
「・・・勉強したり、本読んだりそういうことが好きで、ちょっと暗い子だったかもしれないです」
「お友達は?たくさんいた?」
「う〜ん、たくさんじゃなかったです。たくさんは欲しくもなかったし」
「恋人は?今いるの?」
そんなことまで聞かれるの?と少し呆れた風に、でもそんなに嫌がってはいない様子ではにかんだ。
「つい最近、別れました。・・・それで一緒に来た二人が慰めてくれて、この旅行も、私には言わないけどその一環で」
「そう・・・いい人に出会えると良いわね」
「はい・・・奥さんはオーナーとどうやって知り合ったんですか?」
私は、「ちょっと待って」と冷蔵庫から飲み物を出し、彼女に手渡した。
「あったかいものの方がいいかしら」
彼女は笑顔を浮かべて「大丈夫です」と言った。
さあ、どうやって上手くごまかしながら、二郎さんとの出会いを話そうかしら・・・。
私は少し気合を入れて、話し始めた。殺人者という一抹の不安は拭いきれないままだけれど。
俊夫
一体誰なんだ・・・?
俺の頭の中を巡るのはそのことだけだった。誰がやったんだ、あのサングラスの男を。
まともに考えてみれば、やはり美樹本、透、真理ちゃんは怪しい。
三人であの男の体を切り刻んでいる場面を想像すると、身震いがした。
「考えるのは止めにしたら?」
春子さんが優しくそう言ってくれた。俺ははにかんで、
「考えないようにしようとは思ってるんですけど、どうしても・・・」
「わかるわ。だけど、体に良くないわ。これから長期戦なんだもの」
確かに彼女の言うとおりだ。俺は言うことを聞いて、何も考えないようにする。
彼女のことを盗み見る。美しい。妖艶という言葉がふさわしい。
何故あんな下卑た男と結婚しているのかが、まったくわからない。
もっと上質な人間と共にいるべきではないか。
「犯人はあの、美樹本っていう人よ」
「はっ?」
「美樹本さんが犯人よ」
「・・・どうして?」
「さあ、それはわからないけど、あの顔は人を殺したことのある人間の顔よ」
あまりにも唐突過ぎて馬鹿げた理由だが、不思議な説得力があった。俺は何も言えなくなる。
「もう彼も無茶はしないわ、きっと。だから、吹雪が過ぎるのを待てば私たちは助かるわ」
彼女は窓の向こうを見つめていた。吹雪は止みそうにない。・・・
十二時を過ぎる。いつもなら、みどりの部屋に行っている時間だ。
毎日の習慣を欠かすと、何だか体が変な感じがする。俺はそわそわし出していた。
「どうしたの?」
窓の向こうを見つめていた春子さんは、俺に問いかけた。
「いや、別に」
彼女は立ち上がって、俺に近づく。そして、俺の太ももに手を置いた。
「どうしたの?」
そう言いながら、彼女の白い手がきわどい方へと動いていく。俺のモノが情けないくらいにまともに反応する。
「いや、どうもないですよ・・・」
「どうかしてるじゃない、このあたりが」
「いや、これは春子さんが・・・」
彼女は妖しい目つきで俺を見つめ、微笑み、それから俺の首筋に顔を埋めた。
「どうして私があなたと同じ部屋を選んだか、わかる?」
小さな声の熱い息が俺の体に掛かる。みどりとは全く違う女の濃い香りがする。
唇が耳たぶに触れている。左手は俺のモノをズボン越しにさすっている。
足を開いて、俺と絡まろうとする様が艶めかしい。
「ねえ、わかる・・・?」
彼女が話すと、熱い舌が俺の耳を撫でる。彼女は何度も俺に問いかける。その度に俺の呼吸は荒くなっていく。
俺の耳をなぞる様にしながら唇を動かしながら、ズボンのファスナーを下ろす。
「・・・はい、わかります・・・」
俺がそう言うと、彼女は右手で俺を振り向かせて、キスをした。
甘く卑猥な舌の動きが、俺の理性を奪っていく。いつもはみどりをリードする俺が、春子さんの奴隷になっていく。
腰をくねらせて俺の太ももを犯しながら、俺のモノをさらけ出させる。痛いほどに立ったそれを見て、
彼女は満足げな表情を浮かべた。そして、指を裏筋に這わせた。
体が勝手に仰向けに倒れる。同時に春子さんも俺に重なり合ってくる。