-透-  
 
僕は真理を愛している。それは確かに今でもそうだ。  
最も大切な人は真理であり、愛すべき人は真理しかいない。  
にもかかわらず、僕は可奈子ちゃんの誘惑に負けてしまった。  
けれど、果たして本当に僕は負けたのか。  
いつの間にか、そう、あのシュプールでの旅行の後から、  
僕と真理との間に、知らないうちに生まれつつあった溝を認めるのを恐れていたのではなかったか。  
いつの間にか、僕は真理のことを諦めつつあったのでは――。  
その時だ。談話室の方から、小林さんと美樹本さんの話し声が聞こえてきた。  
「全く、あんなに簡単に思い通りになるなんて思ってなかったよ」  
「いやぁ、何か感じがえらく変わったなと思っていたんですよ。まさか、小林さんがそんなことをねぇ」  
「……モデル並みのスタイルだ。血縁者でも抱きたくさせるような体をしている」  
僕はそっと覗き見た。二人はウイスキーをあおって話している。その赤い顔は醜い豚のようにしか見えない。  
「確かに。罪な体ですよ、真理ちゃんは」  
そう言って美樹本さんは顔を歪ませて笑った。  
「所で、さっき言ってた、シュプールでの隠し撮りのテープの件お願いしますよ」  
小林さんは不敵な笑みを浮かべた。  
「ああ、構わんよ。ただ、値は張るよ? 何と言っても、正真正銘処女だったからね」  
「ええ、どうせネットで売り出せば、いくらでも元は取れますからね」  
そして、二人は大きく口を開けて笑った。  
僕はそれ以上そこにいることが出来なかった。  
怒りや悔しさが本当なら込み上げて来るのだろう。けれど、可奈子ちゃんとの過ちがそれをさせなかった。  
僕は何も言えずに、何も出来ずにそこを立ち去った。  
僕をぎりぎりまで支え続けた幻想が、粉々に砕かれるのを感じながら。  
 
 
-真理-  
 
透は私のすべてを見抜いていたんじゃないだろうか。  
叔父さんに犯されて以来、こんなに汚れてしまった私をすべて見破っていたんじゃないだろうか。  
そして、一年半ぶりの再会を果たし、透は私を助けに来た。  
……しかし、私はそこから立ち直ることも出来ず、むしろより汚れる一方だった。  
船頭さんのモノを咥え、香山のような男と、性欲を満たすためだけに体を重ねる私を、  
きっと透は見破ったのだ。そして、彼は私を見限ったのだ。  
信じていた人に裏切られたのは、誰のせいでもない。この私のせいだったのだ。  
私はしばらくの間、自分の部屋で泣いた後、透の部屋へ行くことにした。  
今更言い訳するつもりはない。ただ謝りたかったのだ。許してもらわなくとも構わない。  
そして、この三日月館を出た後、二度と彼には会わないことを決意した。  
……もう、愛してもいない人に抱かれることも。テープをばら撒かれようとも、写真をネット上に流されようとも、  
私は私を見失わずに生きていくのだ。  
廊下には誰もいなかった。遠く向こうからわずかに叔父さんと美樹本さんの声が聞こえた。  
私は耳を塞ぎながら、透の部屋へと向かった。  
息を静めてノックをする。しかし返事はなかった。もしかしたら、可奈子ちゃんの部屋にまだいるのかもしれない。  
けれど、可奈子ちゃんの部屋に行くわけにはいかず、私はもう一度ノックをしてみた。けれど返答はない。  
ドアノブを回してみる。すると、すんなりと開いた。  
私は部屋に誰もいないことを確認し、電気を点けて透が帰ってくるのを待った。  
例え、今彼が可奈子ちゃんと抱き合っているとしても、私は待ち続けるのだ。  
 
 
-透-  
 
果たして、今僕は生きているのだろうか。  
目の前に続く歪んだ廊下は、本当に歪んでいるのだろうか。  
僕の意識がおかしくなっているのか。  
とにかく、僕は何もしたくなかった。誰とも話したくなかった。何も求めてはいなかった。  
もう、僕は疲れ果てていたのだ。そうだ、眠ってしまえば朝になって、何もかもが現実世界に戻るのだ。  
こんな馬鹿げた世界にはもう付き合っていられない……。  
いつの間にか辿り着いた自分の部屋のドアを体で押し込むようにして開いた。  
 
……そこには真理がいた。僕の目の前で涙を浮かべている。  
幻だ。僕はそっと手を差し出してみる。指先が彼女の頬に触れた。その途端に彼女の瞳から涙がこぼれた。  
「透、ごめんね……」  
彼女は僕に俯いてそう言った。少し震えていた。僕はその小さな頭をそっと撫でた。黒く艶のある髪の毛が、  
僕に何かを取り戻させた。  
僕は彼女を抱きしめた。  
「謝ることなんかないよ。何も悪くないんだ」  
そして、僕らは互いに自然と唇を求め合った。真理との初めてのキス。暖かく柔らかなその体温が  
愛しく思えた。僕らは唇を貪り合いながら、ベッドに腰を下ろした。  
 
少しずつ真理を押し倒しながら、彼女を抱く手をTシャツの裾へと下ろしていく。  
僕は唇を離し、真理を見つめた。その憂いを含んだ表情は、レイプされ、それをきっかけに  
欲情の塊と化した女性の顔とは何一つ思わせる要素はない。  
僕はそっとTシャツとすべるような白い肌との間に手を差し入れた。  
異常なほどの高揚感が襲い掛かってきた。  
下着越しにその柔らかな隆起に手が届くと、真理は熱い吐息を僕の耳元に吹き掛けた。  
真理を愛している――その当たり前の事実がもう一度彼の胸の中に灯った。  
首筋にキスをしながら、Tシャツを捲り上げていく。  
そして現れた、その優しい二つのふくらみの間にあるホックに手を掛ける。  
「あっ……」  
それがわずかに弾けるようにして外れると、真理は少し怯えに似た声を上げた。  
「綺麗だ……」  
僕は知らず知らずそう呟き、首筋からその隆起の桃色に染まる頂上へと唇を這わせた。  
「私、もう綺麗なんかじゃないの」  
次第に熱を帯びていく喘ぎの合間に真理はそう言った。  
「そんなことない。やっぱり、真理は綺麗だ」  
両手でちょうど収まるその乳房を何度も揉みながら、僕は右足を真理の股の間に入れた。  
膝の先がジーンズ越しでさえ、秘部に少し触れただけで、真理は腰をびくっとくねらせた。  
 
真理の顔は赤らんでいる。淫乱なのを隠すようにしているらしかった。僕はそこに手を触れてみる。  
デニム生地がすこし湿っていた。  
「もう、次に何されるか考えるだけでイキそうなの……」  
僕は真理のジーンズのファスナーを下ろし、それを脱がせた。  
もう真理が身に着けているものは水色の小さな下着と白い靴下だけだ。  
「……ここ、直接触られたらって?」  
真理は強く目を瞑ってうなづいた。僕はパンティーのじっとりと濡れた部分に中指を当てた。  
「はっぁ、はぁ、はぁ……」  
本当に今にもイキそうに腰をくねらせている。僕はパンティーの隙間から指を滑り込ませ、  
その蜜が溢れる奥に第一関節あたりまで入れた。  
「すごい濡れてるよ、真理……」  
僕がそう言うと、真理はその美しい掌を僕の股間に妖しく這わせた。その感触が僕の理性を失わせかける。  
「ダメ、もう我慢できないの。私も透を気持ちよくさせたいの」  
そう言いながら真理は体を起こし、僕のジーンズを脱がせた。そして僕を仰向けに寝かせ、  
彼女はパンティーを脱ぎ去り、逆を向いて僕に跨った。僕の視界は彼女の臀部だけになり、そこはいやらしく蜜が垂れ続けている。  
僕はそれを見つめながら、真理が僕のパンツを下ろしていることを知る。  
僕の堅くなったペニスにしなやかな指がまとわりつき、熱い吐息がかけられる。  
僕はさっき可奈子ちゃんの中で射精したにも関わらず、今にもイキそうだった。  
 
真理が僕のペニスに舌を這わせる。下半身に気持ちのいい鳥肌が立つ。  
そう思うと、その舌は生き物のように根元から先端へと動き回り、そして、僕のペニスは真理に咥えられた。  
すぐに指と口による摩擦運動が始まる。  
「あ、はぁ、あ! あ!」  
僕の意識が薄れ掛けたとき、真理は僕の根元を強く掴んだ。  
何度か更なる膨張を繰り返すようにペニスは動いたが、射精はしなかった。  
「はぁ、はぁ……」  
真理が艶めかしい仕草で僕の方を振り返る。その瞳は秘部と同じように濡れていた。  
「ねえ、透も舐めて……」  
そう言うと、また真理は僕のペニスに舌を這わせた。  
僕は唇を真理のクリトリスに強く当てた。右手の人差し指と中指で、穴の奥をかき乱しながら。  
「ああぁん! そう! もっと舐めて!」  
僕の顔には真理の蜜が滴り落ちる。全身をくねらせるようにして感じているにもかかわらず、  
真理は僕のペニスを攻める手を休めない。  
何度も意識が飛びそうになる度に、真理が僕の根元を締める。そして、僕は再び攻められる。  
真理はと言えば、少なくとももう五回は絶頂に達していた。  
「あ! あ! いいっ! もっとして! あっ、イクッ……!」  
真理が何度目かの絶頂に達したとき、僕は真理を仰向けに寝かせた。  
 
力の抜けきった真理の両足首を掴み、開いて、頭の方へとやった。秘部はまだ絶頂の余韻か、ヒクヒクとその  
襞を痙攣させていた。  
僕はペニスをその濡れる肉の襞の間に押し込み、深くその中へと沈めた。これだけ濡れていれば  
すんなり入るだろうと思っていたが、その中は異様なほどに狭く、  
何とか中に押し込んでも、すぐに追い出されるようにされた。  
僕はその作業に何度か没頭するうちに、その締め付けが真理本人によって行われていることに気が付いた。  
シーツを掴み、涙を流しながら、彼女は膣を動かしているのだ。もう、本能的に行われているのだ。  
僕は真理の胸に顔を押し付けながら、彼女を抱き上げた。  
僕は意識が遠のくのを必死で堪えながら腰を振り続けていると、真理はそっと僕を押し倒した。  
真理は僕の上に騎乗位になり、僕らがつながったまま、トイレ座りをした。  
そして、真理は一心不乱に腰を振り出した。連結された部分からいやらしい音が立つ。  
「イクッ! 透の……すごく気持ちいい!」  
「僕ももうイクよ……、はぁっ……!」  
僕は思い切り腰を打ち付けて、彼女の中に射精した。  
 
……僕らはようやく、一つになれたのだ……。  
 
 
僕はベッドの上で真理と抱き合いながら、互いの本心を語り合った。  
 
互いの行き違いを悔やみながら、僕はあることをぼんやりと考えていた。  
真理は僕のそんな表情を見て不思議そうにしている。  
「……真理」  
「何?」  
彼女は僕に微笑みをくれた。いとおしい。僕は、真理といつまでも一緒に幸せでいたい。  
けれど、彼女のレイプされたビデオテープが、美樹本の撮った写真が、船頭が、香山が、それを邪魔する。  
「ねえ、かまいたちの夜をやっただろう?」  
「あのテレビゲーム?」  
「そう」  
僕はベッドから起き上がり、Tシャツとジーンズを身に着けた。そして、ドアを開いて、周りに誰もいないことを確かめた。  
「僕らには人に知られちゃいけないことが多すぎる」  
そう言うと、真理はとても寂しそうな顔をした。  
僕は部屋に一つきりの窓を開けた。途端に突風が部屋を襲う。  
真理はベッドからゆっくりと体を起こし、「すごい風ね」と言った。  
「明日は、かまいたちの夜なんだって」  
「……どういう意味?」  
 
「この島に吹く局地的な強い風が、しばらくの間、僕らをこの館に閉じ込める。僕らは多分、当分出られない」  
「……」  
「ここは大きな密室になる。もし、僕らの秘密を知る人たちをここから永遠に出られなくさせて、  
僕らがここにいたという証拠を完全に消し去ることが出来れば」  
「出来れば?」  
「僕らは自由になれるかもしれない」  
真理は俯いて何も言わなかった。  
「僕は、何をやってでも、真理を守るよ」  
僕は窓を締めた。音は止んだ。闇の奥で波が揺らぐのがわずかに見える。  
「……本当に?」  
真理はポツリと呟いた。  
「本当に、私、自由になれるの? 昔みたいに戻れる?」  
「戻れるとも。心配ないさ。二人で力を合わせよう」  
僕はそう言って、真理の頬にキスをした。  
「明日から、かまいたちの夜が始まるんだ」 
 
 
 

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