夏美は呆然とした。  
「う、うそや……なんであの男がここにおるん」  
香山に連れられて訪れた三日月島の館に、見覚えのある男の顔を  
見た夏美はその場で崩れ落ちそうになった。嫌な偶然を信じられ  
なかった。  
「紹介しとこ。わしの女房の夏美や」  
香山の声に、夏美ははっとなって笑顔を作った。運良く、香山の  
背後にいたおかげで泳ぐ目を香山に覚られる事はなかった。冷や  
汗がこめかみからつうっと流れる。ちらりと一瞬だけ、夏美はそ  
の男を見遣った。夏美の想像通り、男はこちらをじっと見つめて  
いた。夏美はすぐに目を逸らす。視界の端で、男がにやにやと笑っ  
ているのが分かった。  
「関係ない……もう、あの男とは関係ないんや」  
香山との仲を見せつけるために、夏美は香山と軽く抱き合った。  
少し腰を折って片脚を香山に絡ませる。ミニスカートから白い太  
腿が際どい所まで覗き、誰かが生唾を飲み込んだ音が聞こえた。  
「うち、この人のお友達のこととかよう知りませんの。これから  
うちのこともうちの人同様よろしゅうに」  
 
真っ赤なルージュを引いた唇を少し上げて皆に微笑む。だが、あ  
の男とは視線を合わせなかった。そのため、男がどんな反応を見  
せたのかが分からなかったが、それを確認するほどの勇気を、夏  
美は持てなかった。とにかく、赤の他人を押し通そうと、あの男  
の存在を無視する事にした。だが、どうしても視界からは追い払  
えず、気を紛らわそうと、夏美は饒舌に無駄話を捲くし立てた。  
村上という人物の機嫌を損ねたみたいだが、夏美にはそんな事に  
気を遣う余裕などない。むしろ、それに乗じて口任せに喋り続け  
た。男は、招待客と思われる女性を言葉巧みに口説いているよう  
に見えた。夏美は両手で耳を塞ぎたい衝動に駆られつつ、それを  
必死に我慢していた。あの男が何か話し出すだけで、全身の血が  
引いていく感覚に陥り、身の毛がよだった。凄惨な過去をようや  
く忘れかけていた頃に、なぜこんな場所で再会してしまったのだ  
ろう。それも、寄りによって愛する香山を目の前に……。  
夏美は行き場のない苛立ちを感じ、運命を呪った。  
「あの男に隙を見せちゃあかん。あの事がバレたら、何もかもお  
終いや……」  
 
先に声を掛けてきたのは正岡だった。  
キヨが食事の準備が整ったと報告に来た後、皆でぞろぞろと食堂  
へ向かっている途中、夏美の背後から囁くような小声で言った。  
「……夏美、元気そうじゃないか」  
夏美は激しく狼狽し、咄嗟に香山を探した。常に夏美といっしょ  
に歩いている香山が、いつの間にか香山は夏美より一歩先で、ペ  
ンション・シュプールのオーナー、小林と肩を並べて楽しげに会  
話をしていた。運が良いのか、悪いのか、夏美は複雑な表情で香  
山の背中を見つめた。そして、横目で正岡を睨みつける。  
「どちらさん? うち、あんたのこと知らんで」  
夏美は知らぬ顔で言った。正岡は表情を歪ませて軽く噴き出す。  
「それはないだろ。お前の事、忘れた日はなかったよ……その肉  
体もな」  
正岡はそう言い放つと、いやらしく舌なめずりした。夏美は嫌悪  
と恐怖の入り交じった表情で正岡を見つめた。全身が総毛立つ。  
顔面蒼白になった夏美の耳元に、正岡は大胆不敵に口を近づけた。  
「さっきはあの親父と仲良さそうなシーン、よくも見せつけてく  
れたな。おかげでこっちは爆発寸前だよ。いろいろとな」  
 
語尾に意味を持たせるような言い方をして、正岡は挑戦的な視線  
を夏美に向けた。夏美は戦慄し、敗北を認めた。  
「……うちが悪かった。だから、あの時の事をあの人に言わんと  
いて。な? 今、うち……ほんまに幸せなんや。崩しとうないんや。  
頼む、堪忍して」  
夏美は縋るように正岡に哀願した。正岡は鼻で笑って夏美の臀部  
につぅっと触れた。夏美は四肢をぴんと強張らせる。  
「大丈夫、後ろには誰もいない」  
そう言って、正岡は夏美の臀部を卑猥に撫でまわした。夏美は小  
さく首を振って腰を前に突き出した。しかし、正岡は手を緩めず、  
臀部から太腿へじわじわと滑らせ、やがて内腿を擦り出した。  
「か、堪忍して……」  
夏美は絞り出すように言うと、目を潤ませて正岡を見つめた。正  
岡はにやりと笑う。  
「……あとで部屋を訪ねてこい。無理にとは言わない……行くか  
行かないかは夏美の自由だ。まぁ、来なかったとしたら明日、あ  
の親父がお前に離婚を言い出すかもしれないけどね」  
正岡はそう言って嘲笑し、目の前の香山を追い越していった。正  
岡の卑劣な言動に、夏美は暗然と香山の背後を歩き続けた。食堂  
までの短くて長い距離の間、夏美は究極の選択を迫られていた。  
 
食堂で不可解な出来事が起きた際にも、夏美は他の客のような  
激しい動揺を見せなかった。それよりも、先程の正岡の言葉が気  
になって仕方がなかった。  
「行きとうない……そやけど、もし行かへんかったら……」  
しかし、自分がやるべき答えは一つだった。何としてでも今を守  
る。隠し通す。それしかないのだ。  
そう決心した夏美は、それから淡々を食事に専念した。  
 
食事が終わり、キヨに部屋を案内されてから、招待客の皆は再び  
応接室に集まって酒盛りと相成った。香山は大声で笑いながら  
ビール瓶をどんどん空けていった。夏美もそれに付き合うように  
酒を口にしていたが、一向に酔いは訪れなかった。そして、何分  
か経った頃、美樹本という人物と正岡に小競り合いが生じた。夏  
美は物思いに耽っていたので、どういう経緯で二人が諍いを起こ  
したのかを把握出来なかったが、どうやら正岡が美樹本に仕事上  
の悪態をついた様子だった。正岡は美樹本に捨てぜりふを残し、  
応接室を出ていった。その後、招待客の一人、渡瀬可奈子が泥酔  
した正岡を心配したのか後を追いかけて行ったが、夏美は正岡が  
可奈子を囮に自分を呼び出しているのだと思った。  
「もし、うちが行かへんかったら……可奈子さんを……?」  
渡瀬可奈子は今日初めて会った見ず知らずの他人だった。だが、  
今は気の合う友人の一人となっていた。正岡の毒牙にかかると分  
かっていて、看過する訳にはいかない。夏美はグラスをテーブル  
に置き、腰を上げた。  
「あんた、うち……酔ってしもたから先に休ませてもらうわ」  
夏美は香山にそう告げて、応接室の扉に向かった。香山が部屋に  
送ろうかと心配げに声を掛けてきたが、夏美は微笑みながら首を  
振った。香山の何気ない優しさが、今は辛く感じた。  
 
心の中で香山に何度も謝りつつ、ゆっくりとした足取りで正岡の  
部屋を目指す。二階へ昇る階段を一歩一歩踏み締める度に、これ  
から起こるであろう出来事を予想し、そして頭を振った。  
「行くしかない。もしかしたら、話し合いだけで済むかもしれへ  
ん……」  
心にも無い事を思いつつ、夏美は階段を昇りきった後、正岡の部  
屋がある方向へ足を向けた。その時、招待客の一人、久保田俊夫  
が正岡の部屋から出て来たのに気付き、夏美は首をひねった。  
「あれ? 夏美さん、どうしたの?」  
「あ、あの……そこ、正岡さんの部屋やないの?」  
夏美はそれとない風を気取って俊夫に尋ねた。俊夫は困ったよう  
な表情でため息をついた。  
「いやね、なんか窓のない部屋は嫌だからみどりの部屋と替えて  
くれってみどりに頼みに来たらしくってね。まぁ、俺の部屋の隣  
りになるから俺はいいんだけど……今、みどりの荷物を運び終わっ  
たところ」  
そう言うと、俊夫は腕を組んで正岡の部屋だった扉を眺めた。気  
分がすぐれないからと応接室に来なかったみどりを、ふと夏美は  
思い出し、そうかと頷いた。  
「そ、そうやったな。みどりさんも災難やったなぁ。せっかくの  
宴会やったのに参加出来へんで。ほな、うちももう休むから」  
夏美はその場を取り繕うように笑うと、俊夫に軽く手を振って踵  
を返した。そして、俊夫が階段を降りてしまう足音が消えてしま  
うまで、自分の部屋の前でじっと立ち尽くしていた。  
「……みどりさんの部屋って、確か一番奥やったな」  
そう呟くと、夏美は唇をきつく締めて廊下の奥へ歩いていった。  
 
目的の部屋の扉をノックすると、すぐに中から返事が返って来た。  
夏美はおそるおそるノブを回して入室し、真っ先に正岡の姿を探  
すべく部屋奥へ視線を向けた。正岡はベッドサイドに腰掛け、一  
人でビールを飲んでいた。夏美は扉を後ろ手で閉め、次に可奈子  
を探すように視線をきょろきょろと左右に振った。それに気付い  
た正岡は、酔った目付きでにやりと笑い、口を開いた。  
「可奈子ちゃんには帰ってもらったよ。お前が来るって信じてい  
たからな」  
そう言うと、正岡はビール缶をサイドテーブルに置き、夏美を手  
招いた。夏美は逡巡した後、ゆっくりと正岡に近付いていった。  
そして、正岡から一歩手前で立ち止まり、息を吸い込んだ。  
「……あの時の事はあの人には黙っといてくれへんか? あんたか  
ら逃げたんは謝るさかい……もう、水に流してほしいんや」  
夏美は俯きつつ、消え入りそうな声で告げる。正岡は表情を歪め  
て大袈裟にため息をついた。  
「それは無理だな。大体、俺はお前の事、許してないし」  
へらへらと笑いながら、正岡はそう言って夏美の顔を覗き込んだ。  
夏美は眉をひそめて正岡から視線を逸らした。あの時の生活状態  
を考えれば、逃げ出すしか方法がなかった。ただただ毎日、正岡  
の娯楽費を稼ぐ日々。自分が自由に使える金銭など皆無に近かった。  
「ゆ、許してへんって……それはこっちの台詞や! あん時はあん  
たから逃げるしかなかったんやもん! あんた、うちを殺す気やっ  
たんやろ?!」  
夏美は言葉を荒げて正岡に言い返す。だが、正岡はそれに怯む事  
なく、余裕げな表情で煙草に火を付けた。  
「へぇ〜……そんな言い方していいのかな? な・つ・み・ちゃん」  
おどけた口調でそう言うと、正岡は煙を吐き出し、組んでいた脚  
を解いて膝を左右に広げた。それを見た夏美は目を見開き、はっ  
と息を呑んだ。  
 
「あ、おぼえてるんだ……俺がこうしたら、この後何をすればい  
いか……」  
正岡は下品に笑みを浮かべた。夏美は何をすべきかをおぼえてい  
る自分を情けなく思い、そしてそれを行わなければならないのだ  
と覚り、悔しげな表情で唇を噛んだ。  
「早くやれよ。あの親父と別れたいのか」  
「……もうこれっきりにして。うちはもう……あんたとは関係な  
いねんから」  
そう言い切ると、夏美は正岡の脚の間に跪き、正岡のベルトとジッ  
パーに手をかけた。正岡は含み笑いながらそれを手助けするよう  
に脚を更に広げる。夏美は悔しさを抑えて、まだ硬化していない  
肉幹を取り出した。それを両手で包み込み、舌先で先端をちろっと  
舐めて口に含む。そしてじょじょに幹をきり揉みしていった。  
その微妙な力加減の刺激に、正岡のそれは間もなく屹立し始める。  
正岡は健気に奉仕する夏美の頭を優しく撫でた。  
「そうそう、その調子……お前、変わってないな。あの親父にも  
こんな風にするのか? 少し妬けるね」  
冗談めいた正岡の言葉を無視するように、夏美は肉幹を口いっぱ  
い頬張り、息苦しいのを堪えて懸命に舌戯を駆使した。並大抵の  
技ではこの男は満足しない。それは過去の経験から承知の上だった。  
肉幹に唾液をたっぷりとまぶし、じゅるっと音を出しつつ頭を上  
下させる。次第に艶っぽい喘ぎ声が洩れてきて、夏美は上目遣い  
で正岡の様子を窺った。  
「よし、今度は夏美の肉体を久しぶりに味わおうかな……」  
正岡は潤んだ夏美の目を見つめて卑猥な笑うと、夏美の上衣に手  
をかけた。巻き付いているだけの衣服は簡単にずり下がり、ぷる  
んっと白桃のような豊満な乳房が露わになった。  
 
「あっ……や……」  
夏美は正岡の肉幹を口内から抜き、両腕を交差させて身を抱える  
ように胸を隠した。気の強い夏美が予想外に恥じらう姿を、正岡  
は内心仰天しつつも、それは香山によって植えつけられた偽の羞  
恥だと判断し、不機嫌になるもそれ以上に夏美を辱める欲望が高  
まった。下半身にそびえる肉欲の権化は、夏美の口淫によって卑  
猥に輝き、献身的とも言える奉仕によって、正岡を急くように屹  
立している。  
「夏美、そこの壁に手をついて尻をこっちに向けろ」  
煙草を灰皿に押し付けて揉み消すと、正岡は腰を上げて夏美を見  
下ろし、蔑むような口調で言った。夏美は身を丸めたまま肩をび  
くっと震わせて、沈黙したまま暫く動かなかった。だが、やがて  
意を決したようによろよろと立ち上がると、くるりと身体を返し、  
両手を壁につけて腰を突き出した。ミニスカート越しに豊かな双  
臀が浮き上がる。それを目の当たりにした正岡は早く突き入れた  
い欲を抑えて、夏美の背後から両手を回し、むき出しになってい  
る乳房を鷲掴みして荒々しく揉みしだいた。  
「っんっっ! い、いたっ……」  
夏美は小声で鈍痛を訴える。それに構わず、正岡は更に力を入れ  
て先端にある桜色の粒を指先で強く摘み上げた。  
「いっ! いやあぁっっ!!」  
 
鈍痛が鋭い刺激に変わり、夏美は甲高い悲鳴を上げて片手を壁か  
ら離し、粒を嬲る正岡の手を押さえた。正岡はその手をはね退け、  
ミニスカートを乱暴に捲り上げる。そして、ショーツをずり下げ  
て肉付きのよい臀部をいやらしく撫でまわした。  
「相変わらずいい尻しやがって。あの親父もこの尻を振って誘惑  
したんだろう?」  
正岡は夏美にそう囁き、夏美のうなじに舌を這わせて肉幹を双臀  
の間に擦りつけた。その感触を夏美はひどく嫌悪し、正岡の言葉  
を否定するように頭を振った。唇を噛み締め、手をつけている壁  
に引っ掻き跡を残さんばかりに爪を立てる。だが、正岡が猛攻を  
止める気配は無い。  
「こっちはどんな具合かな」  
そう言うが否や、正岡は双臀の間に手のひらを滑らせ、夏美の秘  
部に指先を忍び込ませた。そして、にやりと笑みを浮かべる。  
「なんだ、夏美もやる気満々じゃないか……こんなに濡らしちゃ  
ってさ」  
夏美はびくっと身を強張らせた。その気など全く無いのにも関わ  
らず、先程正岡の肉幹に奉仕している時から秘部が潤み始めてい  
たことに夏美は気付いていた。だが、懸命にそれを抑える努力も  
していた。  
「そ、そんなことあらへん……何言うとんの……」  
「へぇ〜、じゃあこの音は何?」  
正岡は舌なめずりして夏美の膣に二本の指を挿入し、激しく抽送  
させて卑猥な水音を鳴り響かせた。溢れ出していた愛液が飛沫を  
あげて夏美の内腿や床に滴り落ちる。夏美は腰をくねらせて、正  
岡の仕打ちに苦痛の喘ぎ声を洩らした。  
 
「あはぁっっ!! やめっ……やめてぇ……」  
苦悶の表情を浮かべ、夏美は迫り来る快楽の波に堪え忍ぶ。こん  
な下賎な男相手に感じたくない。その一心で歯を食いしばる。  
だが、夏美の弱点を熟知している正岡は、その弱点を次々に苛み、  
夏美が堪えれば堪える程、正岡自身を悦ばせる結果となった。  
「ふん、嫌だね。ほら〜、もっと腰振れよ」  
夏美に嘲笑を浴びせると、正岡は胸の粒を弄っていた手をじょじょ  
に下げてみぞおち周辺をくすぐるように撫で、やがて秘裂へと指  
先を移した。そして充血して固くなっている肉芽を指腹で捏ねま  
わし、更に後ろから手を差し込んで抽送を繰り返している指の動  
きに緩急をつけ始め、膣壁を擦って責めた。夏美は顔を上げて、  
膝をぴんと張って下肢を引き攣らせる。  
「いぃぃっ! あ、あかん!! そこは……ああぁぁっ!」  
そして、上体を仰け反らせると多量の愛液を噴き出して絶頂へと  
追いやられた。こめかみから汗が流れ、呼吸を整えようと胸が激  
しく波打つ。  
「なんだ、呆気ないなぁ……ま、いいや。こっちもそろそろ限界  
だし」  
正岡はそう言い放つと、秘部から手を離して夏美の腰を掴み、い  
きり立つ肉幹を夏美の後ろから突き入れた。絶頂の余韻に浸る間  
もなく突然貫かれて、夏美は表情を歪ませて再び快楽の波にのま  
れた。  
 
「うぅ……あ、あぁ……」  
背後からリズミカルに衝き上げられ、夏美は意識が遠くなるよう  
な快美感に包まれた。次第に夏美の洩らす喘ぎ声が艶めきだす。  
「いい声で鳴くねぇ……ほら、これがいいんだろ?」  
正岡は強く腰を打ちつけて、夏美の最奥を衝き上げた。  
「きひぃっっ!! いいっ……ま、また、いってまう……」  
夏美は絞り出すように言うと、自ら腰を動かし始めた。あまりに  
強烈な快感に身も心も完全に惚け、無我夢中で快楽を貪る。  
「やれば出来るじゃないか。それでいい……」  
正岡はそう言って、夏美の背中を抱くように身体を密着させた。  
そして、双房を強く揉みこみ、尖りきった粒を摘みしごく。  
「い、いくぅ! ……あ、あ、ああぁぁんんっっ!!」  
張り裂けんばかりに声を上げて、夏美は再度絶頂を迎えた。夏美  
の蠢動する膣壁と締めつけに、正岡も小さくうめき声を洩らして  
肉幹を最奥まで押し込み、熱い白濁液を迸らせた。  
 
「……これでええな? もう、うちとあんたは終わりやで」  
壁際で身繕いをしつつ、夏美はぽつりと呟いた。ベッドサイドに  
腰掛けてくつろいでいる正岡は、悠々と二本目の煙草に火を付け、  
横目で夏美を見る。  
「さぁて。そんなこと決められないなぁ……あの親父だけに、こ  
んな美味いご馳走食わせたくないし」  
煙を吐き出して、正岡は意味深に笑った。  
「な、何言うとんの!? もううちはあんたの事何とも思ってへ  
んし、どちらかと言えば嫌いや。出来る事ならもう二度と顔も  
見とうない」  
「冷たいねぇ……これでも褒めてるんだよ?」  
 
へらへらと笑いながら正岡は灰皿に煙草の灰を落とし、腰を上げ  
てつかつかと夏美の前まで歩いていった。夏美は正岡を睨みつけ、  
正岡の挙動に注意を払った。これ以上何かするとは思えないが用  
心に超した事はない。そんな夏美の態度に気付いた正岡は夏美の  
顔を覗き込んで、くわえ煙草でにやりと薄笑う。  
「俺達の再会と復活を祝して、乾杯でもしようか?」  
それを聞いた夏美は、かっと目を見開いて正岡に平手打ちした。  
煙草が弧をえがいて床に落ち、風船を割ったような音が部屋中に響く。  
「最っ低やな。もう、あんたと話す事なんかないわ……ほんまに  
あの美樹本とかいう人に殺されたらええんや」  
夏美は眉をひそめてそう言うと、ぷいっと正岡から顔を背けて部  
屋を飛び出した。怒り心頭に頭の中が真っ白になり、香山に過去  
の事を告げ口されるかも知れないと気付いたのは、それからかな  
り後の事だった。だが、今更戻った所で自分の願いに応じる男で  
はないと思い、自室で頭を抱える羽目になった。そして、ポケッ  
トに入っているはずのナイフが無くなっている事に気付く事はな  
く、それを香山に拾われるなどとは想像すらしていなかった。  
 
終  
 
 

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