「みどりさんの事情編」
私は……、なんという恐ろしいことをしてしまったんだろう……。
今朝新聞で見た、雪深い崖下にて発見された女性の遺体、あれは、私が……私が殺したも同然……!
「みどり、どうした?顔色悪いぞ。」
「あ…俊夫さん……。ごめんなさい、なんでもないわ。」
「具合悪いんだったら、片づけは俺がやるから、部屋で休んでろよ。」
「え、ええ……。ありがとう。」
勧められるまま、スタッフルームのベッドで横になる。
こないだ起こした事故と、今朝の新聞記事のことが頭から離れない。
ひとりになると、これまで平静を保とうとしていた反動で、涙があふれて止まらなくなった。
嗚咽が部屋から外に漏れないように、気をつけなければ……。
静かな室内。俊夫さんが掃除をする音がかすかに聞こえてくる。安心する音だ。
オーナーは今頃、ゲレンデでスキー教室――ペンションに来た客達にスキーを教えている。
奥さんは、用事があると言って出かけていて今はいない。
今、ペンションにいるのは、私の他は俊夫さんだけ――。
きっと、掃除を済ませた俊夫さんはすぐにここに来るだろう。
そしておそらく、ここで私を抱く……。
俊夫さんは私のことを、恋人だと思っているから、自然にそうするだろう。
私はというと……――。
初めて俊夫さんに抱かれたのは、ほんのひと月半ほど前のことだ。
私達は恋人同士などでは全然なかった。少なくとも私は、ただの仕事仲間という認識だった。
それが、クリスマスイヴの夜、ペンションでのささやかなパーティで出された
美味しいワインをつい飲みすぎてしまった。……酔ったはずみだったのだ。
俊夫さんは以前から、私のことが好きだ好きだと言っていたが、本気で言っているとは思わなかった。
簡単に好きだなんて口に出来る男に、ろくなヤツはいない。
けれど、その晩は、くどき落とされてしまった。まぁいいか…、と思えてしまったのだ。
俊夫さんはオーナーや客人達の手前、酔った私を介抱するふりをして、スタッフルームへ連れていった。
部屋に入ると俊夫さんは、軽く私に口づけをした。
私の反応――嫌がらないのを確認すると、今度は深く口づけ、激しく舌を絡ませてくる。
かなり、興奮しているのがわかる。
「ん…っ。んぅ…っ。」
少し反応をみせると、抱きしめている手がいっそうきつくなった。
酔いながらも、流されてる自分を自覚しているので、頭の隅が妙に冷めている。
こんな時、もし自分が、俊夫さんに惚れていたのなら……、一緒に我を忘れて獣になれたことだろう。
いっそ、そうだったら良かったのに、と、おかしなことを思う。
もちろん、嫌いなわけじゃない。(それだったらいくら酔っていてもこんなことはしない。)
でも、好き、とまではまだ言えない。恋愛感情は理屈ではないのだ。
ベッドに倒れ込むと、俊夫さんは私の服をもどかしそうに脱がせ始めた。
暖房を効かせていても、この時期は冷える。
上着を脱がされて少しふるえると、「あ、…悪い。」と言って、毛布を自分ごと被せてくれた。
(やさしいんだな……。) そう思った。慣れてるんだろうか。
私は、これが初めてという訳ではないけれど、セックスの経験はほとんど無いに等しい。
高校の頃、当時つきあっていた彼氏と初体験は済ませたものの、その後すぐに別れてしまい、
それ以後まったく色恋沙汰に縁が無かったのだ。
そんな私は、ちゃんと濡れるかどうかすら心配だったが、杞憂だった。
俊夫さんの指は、器用に私の敏感な部分を、やさしく、激しく愛撫し、すぐに蜜でとろとろになった。
ぐちゅぐちゅ音がするので、恥ずかしくて死にそうなほどだった。
「みどり……、いくよ。」
「うん……。」
しかし、私のあそこはもう、十分ほぐされたはずなのだが、うまく入っていかなかった。
ちらっと見た感じ、俊夫さんのあれはかなり大きなモノのように思えたので、
経験の少ない私には荷が勝ちすぎてるのかもしれない。
さらに、指で拡げて挿入しようしてきた。まだ入らない。かなり、痛い。
「と、俊夫さん……、待って、痛いの……。」
そう言えばすぐにやめてくれると思ったのだが、甘かった。
「……はぁ、はぁ」
息を荒くしたまま、なんとかして挿入しようとするので、思わず身をよじって逃れた。
すると、ガッと腕を強くつかまれ、戻されるとさっきの数倍の力であそこを押し広げられた。
「いた、痛い…、やめて俊夫さんっ。」
ズグゥッ!
ついに俊夫さんの陰茎が、私の中に納まった。
それはすでに恐怖だった。
もう私の声など、興奮した彼の耳には届いていない。
何度「痛い」と口にしただろう。
私は彼の好きなように突かれ、揺らされた。
気の遠くなりそうな時間が流れた後、彼は私の中で果てた。
(やっと終わった……。)
俊夫さんは、少ししてから引き抜くと、何も言わずに後処理をはじめた。
私の頬は、汗と痛みの涙でべとべとになっていたが、見ていないのか全く気づかないようだ。
私はむしょうにかなしくなったが、これもしかたないのかも、と思いなおした。
思えば、本気で好きになってもいないのにセックスに応じた私も、不実だったのだから。
「じゃ、俺もう行くわ。これ以上ここにいたらオーナーが心配するかもしれないからな。」
そんな思ってもないようなことを言って、私をひとり残し彼は部屋から出ていった。
それで、終わった、と思った。
この夜のことは忘れよう、酔ったはずみで、勢いでしてしまっただけのことだ。
俊夫さんなどはもうすでに忘れているかもしれない。
2人の間には、何もなかったのだ……――――。
しかし、次の日、思いもかけない言葉をオーナーから聞かされた。
「みどりちゃん、俊夫くんとデキ……、いや、恋人同士になったんだって?」
「……え?」
「俊夫くんに聞いたよ。いやはや、若いっていいねぇ。」
私は、ポカーンとなった。
俊夫さんにとっては、まったく終わってなどいなかったのだ。
それどころか、恋人同士とすら思っているなんて。
複雑だった。ほんの少しくらいは、うれしい気持ちも混じっていたかもしれない。
でも、複雑としか言いようのない感情が頭と体を駆けめぐっていた。
乾燥室で荷物を整頓していた俊夫さんに声をかけると、いきなり抱きしめられ、軽くキスをされた。
「な、あとでまた……、いいかな。」
「え……、う、うん。」
ここで断るのもおかしいと思い、そう返事をした。
思えば昨日の晩も、途中まではやさしかったし、今度はもっと落ち着いてしてくれるのかもしれない。
だいたい、あの状況で「入らない」からと言ってやめられる男の方が、珍しいだろう。
お互い、酔っていたというのもあるし……。
そしてその日、私は俊夫さんと2度目の夜を迎えた。
しかし、希望的観測に反して、私は2度目の恐怖を味わうことになったのだ。
「みどりちゃん、今日はもうあがっていいよ」
「あ、はーい」
「俊夫くんもあがってることだしね。どうぞお二人でごゆっくり」
「…えー、やだ、マスターってばもう」
そして、仕事を終わらせた私は、俊夫さんの待つ部屋へ向かった。
ドアの前で、昨夜のことを思い出し一瞬躊躇した。
意を決して、ノックして入る。
俊夫さんはベッドに腰掛けてTVを見ていた。
「みどり。おつかれさん」
笑顔でそう言い、私に隣に座るよううながす。
いつも通りのリラックスした雰囲気だ。私はホッとした。
隣に座ると、彼は肩を寄せてきた。
「みどり……」
手をまわし、自然にキスをしてくる。
間近で見た俊夫さんのやさしい目に、安心した私は、
昨夜のこと――私がどう思ったか、を少し話してみた。
出来るだけ、軽い調子で。
「私、あんまり経験なかったからサ……。
昨日の俊夫さん、ちょっとこわかったよ」
「……こわかった?」
なんとなく、声のトーンが変わった……気がした。
だが、気にせずつづけた。
「う、うん。だからね、今度はもう少し、やさしくしてほしいの。
おねが――……んうっ!」
何が起きたのか、と思った。気がついたらタオルを口に巻き付けられていた。
頭の後ろでぎゅうっときつく縛られる。
(と、俊夫さん……!?)
「……黙れ」
低い声でそれだけ言うと、無言でTVを消し、おもむろに覆い被さってきた。
そして腕をきつく掴み、顔を近づけ、「……抵抗するなよ」と、つぶやいた。
その声の怖さに、私は動けなくなった。
その後は、また、されるがままだった。
服を捲り上げられ、胸を乱暴にもみしだかれる。
俊夫さんの手はとても熱かった。
冷えていた体は、触られた箇所からどんどん熱くなっていく。汗が出る。
生まれたままの姿にされた下半身からも、汗が吹き出る。
俊夫さんの中指が、私のいちばん熱くなっている部分をこねまわした。
瞬間、痛みが走る。
「…………んうっ!」
中指に加え、人差し指まで入れられた時、
昨日のセックスで擦れて出来た傷が開いたようだった。
(うそ……どうしよう……!)
でも、もし今、俊夫さんの指から逃れようとしたら……?
彼の反応が怖かったので、ただ耐えることにした。
ぎゅっと閉じた瞳から、涙がこぼれる。
彼はそれに気づかないまま気の済むまでいじくると、
自らのあつくなったものをあてがい、挿入した。
「んっ……ふぅううっ」
入ってくる時の抵抗感は、昨日ほどはない。しかし――――。
「んっ、んんっ、んうっ」
痛みは昨日以上に感じた。
「みどり……っ」
ふいに、口を縛っていたタオルが、彼によってほどかれた。
そして腰を打ちつけながら、何度となくキスをしてくる。
私は、ほどかれた後も何も言わず、ただひたすら、彼が果てるのを待った。
……待ちながら思った。
(あぁ…私……、私、どうしてここに来たんだろう……!)
恋人じゃない、私は、俊夫さんの恋人じゃないのに。
でも彼はそう思ってる。その上で、こういうセックスをしているのだ。
(もう、流されちゃいけない……!)
ことが終わると、私はすぐに自分のスタッフルームに帰って眠った……。
それからのちの日も、彼は私のことを恋人だと思っているように接してきた。
流されまいと思いつつも、何も反論するようなことは言えてないので、
仕方ないのだが……。
時には「結婚しよう」とも言われた。
そんな時は、冗談をかわしているようなふりをして逃げた。
セックスは、……なんだかんだと理由をつけて避けたが、
それでも2回くらいはした気がする。
出来るだけおとなしくしていれば、そう怖いことはされなかった。
しかし、スキーシーズンが終わったら、バイトをやめよう。
実家に戻って、遠距離恋愛状態にでもなれば、きっと自然消滅するだろう……。
――――と、そんなふうに、考えていた。
でも、今日は……私は俊夫さんが来るのを待っている。
待ちこがれている。
「あ……」
彼がこちらに向かってくる足音が聞こえた。
私は急いで、目にたまっていた涙を拭いた。
やがて、ノックの音がし、ドアが開いて俊夫さんが入ってきた。
「みどり、具合はどう?」
「うん…、もう平気…かな」
彼はベッドの端に腰掛けると、私の髪を撫でながら言った。
「ここんとこ、客も増えて忙しかったからな。
まぁ、今日のところは俺に任せてゆっくりしてな」
…普段の彼は、いつもこちらがとまどう程にやさしい。
頬に触れる心地よい手のぬくもり。ずっとこのままでいられたら、とすら思う。
でも、今日の私は、…心の奥底でもっと先の、別のことを願っていた。
「ところで、今…、オーナーいないんだけどさ…」
「うん……」
俊夫さんの雰囲気が変わるのを感じた。顔が近づいてくる。(あ……!)
キスされる瞬間、彼の腕を強く押した…!
――抵抗。
「え……」
一瞬、驚いた表情。
「なんだよ、みどり……」
「あ……、あの、あのね……」
心臓が早鐘のように鳴りはじめた。どうしよう。やはり危険だったかもしれない。
<一度、こういう状況で思いきり拒否してみたら、どうなるだろう。>なんて……!
しかし、俊夫さんの表情を見て、もう手遅れだと気づく。
私は、遺体が発見されたと聞いて、
シーズンが終わるのを待たずに、バイトをやめようと決意していた。
それこそもう、明日にでも、早々に実家に帰ろうと思っている。
誰も私が起こした事故のことを知らなくても、ここにはもういたくない。いられない。
私が帰ってしまえば、俊夫さんとのこの中途半端な関係は終わるだろう。
――――だが、その前に。
確かめたいことがあった。
いや、その言い方は正確じゃない……。
されたいことがあった。
俊夫さんに。……何を?
「あのね……あたしもういやなの。いつも人の気持ち無視して強引にしてきて……。
だいたい最初から、流されてただけだったのよ。でももうはっきり言うわ。いやなの」
「なんだよそれ……! 俺はみどりがダメだと言って、
無理にしようとしたことなんか一度もないぞ」
それは本当だった。普段時は、というよりおそらく、
完全に2人きりにさえならなければ、拒否は簡単に出来たのだ。
「それにお前、流されてただけ、って何だよ。どういう意味なんだよ」
「……言葉通りの意味よ」
「――ふざけんな!」
ものすごい勢いで胸ぐらをつかまれると、無理矢理起こされ、
パンッ! と、顔を平手で殴られた。
瞬間、目の前が真っ暗になり、頭の中がぐるっと回転するのを感じた。
頬がかぁっと熱くなり、じんじんしびれてくる。
「…………かはっ」
しゃべろうとしても言葉が出てこなかった。
俊夫さんが大声で何かしゃべっているが、耳に届いてこない。
ぶたれた後、ベッドに倒れ込んだ形になった私の上に、のしかかってくる。
「あ……っ」
服のボタンが引きちぎられた。
前がはだけ、ブラが乱暴に取り除かれた。
彼は、あらわになった胸に身体をおしつけながら言った。
「……みどり、お前は俺のモノだ。……それをわからせてやる」
「…い、や……っ」
恐怖を感じるままにおとなしくしていればいいものを、私はさらに抵抗を重ねた。
すると、俊夫さんの手が、私の腕をきつく掴んだ。
「やあぁっ……!」
そして両の手首を片手で掴み直すと、頭上へ押し上げ、空いた方の手で
もう一度、頬を殴ってきた。パン、パンッと、2回。
ふっ、と、私は気を失った。
その間に、俊夫さんは私のズボンと下着を脱がす。
そして、彼も下半身を剥き出しにし、私の肌にこすりつけてきた。
腰の辺りやふとももに、いとおしそうに、あつくなったものをなでつける。
指が私のあそこを拡げ、ぐいと押し入れられた時、意識が戻った。
「……んっ……!」
思いの外、指は抵抗なくすべり入ってくる。
「何お前、すげぇ、濡れてんな……っ」
ぐちゅぐちゅぐちゅ、と、出し入れするたび、いやらしい音が聞こえた。
「みどり、本当は、俺を求めているんだろう」
「知らない……っ、求めてなんかないわ……!」
そう言いながらも、やわらかな液体が、お尻の下まで垂れていくのを感じた。
顔が熱い。熱いのは頬の腫れのせいだけではない気がした。
「俊夫さん、やめて……っ!」
私は、再度、はげしく抵抗した。
……そして、また……、私は俊夫さんの大きな手でぶたれた。
今度は背中を。お尻を。ふとももを。
「あっ、…やっ、…うあっ」
ぶたれるたび、奇妙なことに私は、安堵していくような感覚を感じていた。
(私は……、俊夫さんにぶたれたい……?)
恐怖感をはねのけて、抵抗してまで。
(私は……、私の、あの犯した罪を、誰かに罰して欲しかったのでは……?)
その結論は、おそらく当たっているだろう。
もちろん、彼に、罰を与えているつもりなどまったくないのだが。
身体中に赤い痕をつくった私は、
しまいには泣きじゃくりながら、俊夫さんにすがっていた。
「ゆるして、もうゆるして……っ。……ゆるして……」
彼が、それをどういう意味にとったのかはわからない。
私の身体を抱き起こすと、深く深く、やさしいキスをしてきた。
そして、ぐったりした私を静かに寝かせると、足を拡げ、彼自身を挿入してきた。
私の身体は、それを受け入れたようだった。
そう感じるのも、彼の動きが、深い快感を運んできてくれるからだ。
こんな感覚は初めてだった。
「あっ……ああ……俊夫さん……!」
「みどり……、みどり……!!」
私は、彼にしがみつきながら、初めて達した。彼も同時に果てたようだった。
引き抜かれた後も、びくっ、びくっ、と心地よいけいれんが残る。
俊夫さんは、時計を見ると、急いで後処理をし身支度を整え、
「ちょっと待ってな」と言って出ていった。
落ち着くと、あらためて俊夫さんにぶたれた箇所が痛んできた。
特に腫れてしまった頬がひりひりと痛む。
手でさすっていると、そのうち、彼が戻ってきた。
「これで冷やしとけ」と、冷えたおしぼりを渡される。
「……うん。……ありがと」
おかしな人だ…………。
「オーナーがそろそろ戻ってくるけど……、今日は具合悪くて休んでるって
そう伝えておくから」
「あ……、うん、ごめんね」
「じゃ、もう行くよ」
「あ、待って、俊夫さん。あの……」
お願いがあるの。
私を、一生、つなぎとめていて。
けがれてしまった私を、きまぐれなあなたの手で罰してやって。
私はそれを、どんなことでもすべて、受け入れるから。
――――その後、私は彼と結婚し、それを理由に2人で「シュプール」を辞めた。
(完)