「なんやの話って…?」  
僕は夕食後「皆に聞かれたくない話があるから」と  
いって、夏美さんを呼び出した。  
ここは三日月館内の一室。  
客室として使われていないこの部屋は、掃除もあまり  
行き届いていないらしく、埃っぽかった。  
 
「どうしても聞いて欲しいことがあるんです」  
「……」  
「いけないことだとは分かっているんです。けれど、  
今伝えなければ僕は一生後悔することになる」  
真摯な表情で告げる。  
次に出てくる台詞がどういったものか本能的に  
悟ったのか、夏美さんの身体が強張ったように  
見えた。  
「僕は…」  
「ストップ」  
顔の前で手を交差させ、彼女は先を遮った。  
「それを言った方が後悔することになるで。  
あんたには真理さんいう可愛い彼女がおるや  
ないか。うちは人妻やで。馬鹿な気は起こさん  
とき」  
「真理は関係ない!」  
おもわず大きな声が出てしまった。  
貴女が好きなんです。たとえ、あなたが誰かの  
ものであろうと…。貴女を手に入れられるのなら  
倫理も道徳もクソくらえだ!!  
 
しかし想いとは裏腹に告白は、声にはなって  
いなかった。  
自分はどうなってもいい。が、一方的な感情を押し  
付けることは彼女を苦しませるだけじゃない  
のか? そう気づいてしまった僕は、もう何も言う  
べき言葉を持たなかった。  
 
「すみません…。忘れて下さい」  
「……」  
「…僕はしばらくここにいます。夏美さんは  
行ってください」  
自己嫌悪に陥って近くのベッドに腰を下ろした。  
「ほんま…馬鹿やわ」  
夏美さんはあきらめたようにため息をついた。  
「こんな子供っぽい子に惚れるなんて」  
え…?  
「ほんまは大人の男性が好みなんやけどなぁ」  
といいながら、僕の横に座り、次の瞬間、  
柔らかいものが口に触れて…  
 
キスされたのだと分かったのは、数秒後だった。  
 
「でもうちはあの人を捨てることは出来ん。大切な  
人であることに変わりあらへん。それでもいいか?  
この旅行が終わったらあんたとはニ度と会わん。  
後悔しないんか?」  
信じられなかった。  
彼女も僕のことを…?  
 
目の前に突きつけられたのは辛い現実だったが、  
僕の心は決まっていた。  
「あなたを知らないで終わるよりはずっといい…」  
 
今度は僕からキスをした。  
まるで初めてかのような気持ちで。  
壊れ物に触れるかのように優しく。  
 
背中に彼女の腕がまわされた。  
僕達は埃っぽいベッドに縺れるように倒れこんだ。  
 
                         
 
                    〜つづく(かは不明)  
 
 

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