「なんだよ改蔵も羽美ちゃんも、オレにだまって勝手に転校していきやがって!」
地丹は、とらうま町の駅前商店街(といっても、今ではとらうま町の商店街は『すべて駅前』商店街な
ようなものなのだが)の真ん中に腕を組んで仁王立ちになり、今では一日3回はつぶやくのが習慣にな
ってしまったいつもの愚痴を言っていたのだが。
「あら地丹くん元気?」
「あ、部長こんにちは。」
すずはブラウスにセーター、すれすれのミニスカートに紺のソックスといういつも通りの格好だ。18
歳にしては大人びて見える、20代前半と言われても通用するその熟れた肉体を制服で包んで…。
ええっと…そうか、今は放課後なんだっけ。地丹は再確認する。
すずはぐるっと周囲を見回す。
「しかしこの街も、異様に鉄道網だけ充実してきたわよね。」
「でしょう?目をみはる発展ですよ、我がとらうま町は!JR、私鉄含め、16線が乗り入れるという
いまや日本屈指のターミナルですよ!」
「すごいねえ。そのうち空港できるかもね。」
「空港はできないんですよ。そのかわりに来年には新幹線も通る予定ですよ!」
地丹は得意そうに、建設途上の新幹線の駅を見つめている。
<以下、病院内>
地丹は得意そうに、新幹線の駅を紙工作で作り続ける。少し離れてすずは立っている。
若先生がその病室にふらっと入ってきた。地丹の様子を黙ってみている。特に用事はないらしい。
天井の隅などにビデオカメラが複数あり、治療の様子は常に撮影され続けている。改蔵たちが最初に何
もないテーブルの上に普通高校を作り始めた時からの記録テープは膨大な量になる。それらはいつか、
新しい治療法のための貴重な資料として役立つ筈だ。
若先生がすずと会話を始める。
「なんかすごいことになってますね、彼の街。」
「これをただの治療法や戯言と言ってしまうのは簡単だけど、彼等にとっては紛れもない現実の一部…」
すずは時折窓の外の『現実』を眺めて対応させるようなそぶりを見せる。
「まあ、かくいう私たちも、それぞれの街、そして国家という共同の幻想の中で戯れてるに過ぎない。」
「夢のむこうはまた夢…ですか。」
「そして、現実の向こうはまた現実。」
そこに事務員がパタパタ走って入ってきた。すずを見つけると伝言を。
「あ、彩園先生、探しましたよ。青松理事がお呼びです。至急来て欲しいって。」
若先生の顔が曇り、すずをチラッと見る。
その理事が以前に『そんな療法では治るはずがない!』と言い放ち、それに反して改蔵と羽美が治癒し
たことですずに恥をかかされたと思っている、それやこれやで何とか彼女を追い落とそうとしている…
というのは院内においてほとんど公然の秘密であった。
そして、追い落としたあかつきには、すずを自分の愛人にしようと画策しているということも。
「君のあの治療法によって勝改蔵と名取羽美が退院して、8ヶ月が経過した。」
理事は彼の部屋で、深々と椅子に腰掛けたまま言った。理事室には豪華なソファがあるが、すずに腰を
下ろせとも言わない。
「で、もう一人…坪内地丹はいつになったら治るのかね?先の二人が治ったとき、地丹もすぐに治るん
じゃなかったのかね?」
「私はそれを請合った覚えはありませんが。」
すずは無表情のままだ。特に表情を作る必要は感じなかった。箱庭世界での『つまらないものを欲しが
るヘンな社長』のモデルとなった彼は、さもつまらなそうにすずを見上げている。
「つまりいつ治るかわからないということかね?いつまで君の実験に予算をつぎ込まねばならないのか
ね?予算は無限にあるわけではないんだよ?」
「それはわかっています。理事が予算決定の権限のかなりの部分を持ってらっしゃることも十分認識し
てるつもりです。」
「わかってるならいいんだ。ただね…」
理事は椅子から身を乗り出した。
「あまり長引くようだと、私も考えなくちゃいけない。私は院長ほど気が長くもないんでね。」
「前も言いましたが、地丹くんの快復のペースは予想より特に遅いわけではないんです。改蔵くんと羽
美ちゃんがあの時期に快復した方が予想外に早かったわけで…」
理事は黙ってすずの身体を嘗め回すように眺める。
実年齢よりずっと若く見える。20歳代前半と言われても通用する若々しい肉体を白衣で包んで…。
(箱庭世界でこの女は、患者達に自分を女子高生と信じ込ませてきた、いや今も一人信じ込ませている
わけだが…実際、高校の制服を着たら女子高生と見まがうルックスだな。いや実に…)
すずは理事がそんな目で自分を見ているのを気づいていたが、あえて無視して本題を続けている。
「改蔵くんたち二人に関しては、ちょっと早い、時期尚早かもしれないと思ったくらいなんです。だか
ら、地丹くんの件についてはもう少し待っていただけませんか。」
「もう少しってどのくらいかね?2年かね3年かね?」
「わかりません。あとは何をすれば彼が良くなるかは判っているんです。ただ今の研究段階では、それ
はかなり強引な手法になるので…別な方法がないか探ろうとさらなるデータの蓄積を試みてるんです。」
「そんなことを言って研究を長引かせて、予算を多く取ろうという方便なんじゃないのかね?」
「別にそんなつもりは。」
すずは独特の『しれっ』とした表情で微笑んだ。
「つまり、どうしても今期予算内に彼を退院させて研究を終わりにしろとおっしゃる訳ですね?でした
ら今考えている手段で彼の治療を完了させますが…さっきも申し上げましたが少し強引ですよ?」
すずは、精神科病棟の自分の診察室に戻る廊下で考えを巡らせていた。
実は今、はっきり言って箱庭療法は行き詰りかけている。
長いことあの療法が続けられてきたのは、改蔵というストーリー作りの才能を持った患者の存在が大き
かったのだ。無限に湧き出すヘンなネタやエピソード、それらが3人にどれだけ刺激になったか。
だが改蔵がいなくなった後、地丹には自分でストーリーを発展させることはできなかった。際限なく鉄
道が増殖するだけで…そしてすずも万能ではない。その箱庭世界を軌道修正できるほど豊かなストーリ
ー創造能力があるわけではなかった。
局面を打開するためのきっかけが欲しい。そう思っていたところなのだ。
診察室に着いた。部屋に入り椅子に座ると、内線でナースセンターを呼び出した。
「彩園です。今そっちに泊亜留美さんはいるわね?私の所へよこして欲しいんだけど。」
コンコン、とノックをすると、返答を待たずに亜留美はすずの診察室に入ってきた。
「お呼びでしょうか彩園先生?」
すずは黙って亜留美の顔を見ている。執務机に両肘をつき両手の指を組んで口を隠すようなポーズ、ま
るで某アニメの司令官のような。
彼女には珍しいことだが、すこし逡巡しているのだ。
(強引な手法…これをやれば地丹くんも改蔵君たちみたいに上手くいくはず…でも…この娘にこれをさ
せてしまって、果たしていいんだろうか?地丹くんは彼女を好いているし、これをしてもらう適任者は
彼女しかいないんだけど…)
成功しても恨まれるだろうし、失敗すれば全て失う…
いいだろう、全責任は私が負おう。すずは決心し、静かに切り出した。
「あのね亜留美ちゃん…あなた、配属になって自己アピールの時、『私の目標は、身も心も捧げつくす
ような看護で、患者さんの快癒に貢献することです』って言ってたわね?」
「はいっ!私、それが目的で看護師になったんです!」
握りこぶしを作って、元気いっぱいのポーズ。
「そもそも私がそう思うようになったきっかけは、小学2年生のとき…」
「ごめん、その話はもう4回聞いたからいいわ。でね、ひとつ聞きたいんだけど…それを本当にやって
みるつもり、ないかしら?」
「ありますよっ!」
「相手…つまり対象の患者さんは、坪内地丹くんなの。あなたも見たあの箱庭で、彼に身も心も捧げ…」
「ああ地丹くんですか!やりがいありそう、俄然ファイトが沸いてきました!」
「最後まで聞いて。彼には催眠誘導で偽りの記憶を与えるわ…『ずっと亜留美ちゃんと恋仲で、今も毎
晩愛し合っている仲だ』っていう記憶。あなたはそういう役割を演じることで彼の治療に貢献するの。」
「へー、すごいですねー、偽の記憶ですか、そんなこと可能なんですかぁ。」
「…亜留美ちゃん、『恋仲になって毎晩愛し合う』の意味判ってる?男と女が毎晩愛し合うって、何をど
うする事なのか、ちゃんと把握してる?」
「はいっ。」
やっぱりわかってない。すずはそう思った。噛んで含むように説明するしかない。
「ここでの『愛し合う』っていうのは、つまり肉体的な関係を結ぶ、って事なのよ、わかる?」
「はいっ。」
「あのね、亜留美ちゃん…肉体的な関係って、性交渉をするって事なのよ?」
「はいっ。」
「もっと直接的に言うとね…あなた、地丹くんと毎晩SEXをする事になるのよ?」
「はいっ。」
「…それでもいいの?」
「はいっ。」
もう一回、胸の前で両手に握りこぶしを作って引き寄せ、元気いっぱいのポーズ。
「もちろんですよっ!患者さんが治るお手伝いになるなら私、SEXだってしますし火の中に飛込みだ
ってします!初めからその覚悟でこの世界に入ったんですよ!」
「…」
「そういうのって、そんなに特別なことじゃないと思ってますよ私。だいたい、しえ先輩だって、改蔵
くんを治すために彼とそういう仲になったじゃないですか、私はあれを知って『立派だなぁ、献身的だ
なぁ、すごいなぁ』って思ったんですよ。」
「しえちゃんが改蔵くんとSEXしたのはアクシデントに近かったんだけど…まあいいわ。それより、
これを実行したら、あなたはもしかすると一生後悔する心の傷を負うかもしれない。身体だって…」
「大丈夫です!私こう見えてもタフなんですよ、ちょっとやそっとじゃくじけません!」
なんだか瞳の中に星飛雄馬のように炎がめらめら燃えてるような気がする。
「さーがんばるぞぉー。まずは地丹くんの好きなものから覚えなきゃ。確か彼、鉄道関連が好きなんで
すよね。そうそうそれより、女の子のタイプはどんなのが好みなんでしょう、先生知ってます?」
すずはため息をついた。本当に彼女に任せて大丈夫だろうか。
<以下、箱庭世界>
とらうま町新設の新幹線の駅「新とらうま中央駅」は、ほぼ外観が完成した。
まだまだこれから開通するまでは中に色々工事が入る。でも見学会に出席した地丹はご満悦であった。
見学会が終わって駅から出てきたところですずに会った。
「あ、部長。部長も新駅を見に来たんですか?」
「まあね。なかなか立派な駅じゃない。」
「でしょ?しかものぞみもこまちも止まりますからね、日本でここだけですよそんな駅は。」
「そりゃそうでしょうね。」
休日なのですずは春めいたブラウスに膝丈のスカート姿だ。地丹に下半身由来のモヤモヤした感情が。
「ぐふふ。ねえすずちゃん?」
「なに?」
「コネで特典として新鹿児島まで無期限無記名の定期を貰ったんだけど…それも2枚ね。どう?欲しく
ない?僕と一緒に、そうだな3泊4日くらいで出かける気があるなら、あげてもいいんだけどなぁ。」
「なーに言ってんの、そんなことしたら婚約者に怒られちゃうわよ。」
「へ?婚約者?すずちゃん婚約してるの?」
「ちょっと地丹くん大丈夫?私じゃないわ、あなたの婚約者よ。おうちで帰りを待ってる筈でしょ。」
「僕に?婚約者?」
「…見学会の興奮が行き過ぎてぼけちゃったのかしら。地丹くんには、ひょんなことで肉体関係を結ん
であなたを好きになった娘がお部屋に押しかけてきて、なし崩し的に婚約者になって、今では寝起きも
一緒、毎晩エッチする仲…家族と私以外には内緒でだけど。そんな大事なこと忘れちゃったの?」
地丹は呆然とした。なんだって?
「ほら、早く帰ってあげなさい。寂しがってるんじゃないの?」
「え…で、でもだって、い、いきなりそんなこと言われても…」
「いきなり?もうずいぶん前からずっとこんな状況でしょ?さあ早く。」
すずはにっこり微笑んだ。
「婚約者が…亜留美ちゃんが待ってるわよ。」
地丹は弾き飛ばされたように走り出した。
走って家に帰りながら考える。
亜留美ちゃんが僕の婚約者だって?ずっと前に押しかけてきて、それ以来うちに一緒に住んでるって?
毎晩濃厚に愛し合ってるって?みんなにはそれを内緒にしながら、だって?
そんなばかな。なんだその、出来損ないのエロゲーみたいなシチュエーションは?
いや…
そういえば、ずっとそんな状況で暮らしてた…記憶がある。
毎晩、欲望のおもむくままお互いの身体を求め合っていた…記憶がある。
今朝だって出がけに玄関でキスされて送り出された…記憶がある。
そして「帰ったらすぐ、晩御飯前に一度エッチしようね」って言われた…記憶がある。
何でそんな大事なこと忘れてたんだろう?
うちの玄関が見えてきた。
いつもどおりただいまも言わず家の中へ。
母親が「おかえりなさい、晩御飯まではまだ一時間くらい…」と言いかけるのを遮り「るせぇババァ!」
と返す。そうだこのあたりはいつも通りだ、それには確信がある。問題はこの後だ。記憶が確かなら…。
階段を駆け上って自室のドアを開ける。
「おかえりー!!」
たたたと駆け寄る足音と共に甘々な声を出したキャミソールの胸がボディアタックしてきた。
むにゅう、と柔らかく暖かい乳房の感触と共に、細くすらっとした両腕が地丹の頭を抱きしめる。
「ねー遅かったじゃない、『帰ったらすぐ、晩御飯前に一度エッチしようね』って約束したでしょー?
ほら、もうあと一時間で晩御飯なんだよっ。ほら、こっちこっち。」
地丹は心の半分でそれを聞きながら、残りの半分は亜留美の姿態に気を取られている。
目の前すぐには半分あらわになった胸の谷間(隠れ巨乳とはよく言ったものだ)。かなり肉付きの良い長
い脚。マンボウ柄のパンツがキャミソールの裾から丸見えになってる。
「どしたの地丹くん?なに…じろじろ見てるのよ、恥ずかしいじゃない。」
「え?い、いや、だって…亜留美ちゃん、そのカッコ…」
「あ、これ?このキャミ可愛いでしょ?」
「そうじゃなくって、あの、何でそんな下着姿で…」
亜留美は訝しそうな表情になる。
「へんかなぁ?でもエッチの前って私、だいたいこんなカッコでしょ、いつも?」
そ、そうだったっけ…そういわれてみればそうだったような気も…。
「ねえ、早くしようよー。いつもみたいにしてよぉ。してくれないなら、私の方からしちゃうぞ。」
亜留美は自分からキスをしてきた。
地丹はどうしても頭の中の整理が出来ずにいる。
デ・ジャ・ビュ(既視感)というのがある。初めて見る・体験するものが、なぜか前から記憶にあるよ
うな気がする錯覚の事だ。今の地丹はちょうどその逆の感覚を味わっているのだ。
つまり、確かに前からそれを体験していた記憶があるのに、頭のどこかではどうしてもそれが初めての
体験なような気がしてならない…そんな奇妙な感覚だ。
記憶だと二人は毎日十回以上の割合でキスをしている筈だ。でもなぜかこれが初キスのような気が…
キスはまだ続いている。それどころか亜留美は舌を絡めてきた。唾液を交換するような濃厚なキス。
地丹は下半身が反応し、強くボッキしてくる。ズボンの中で張り詰めて痛いくらいな怒張。
「ほら、元気になった…さ、ズボン脱いで。」
亜留美は地丹のズボンに手をかけ脱がせて行く。ズボンを脱がせるとパンツも…と思ったら、パンツの
すごい盛り上がりを見て手が止まった。
「あ、あとは…自分で出来るよね…私、自分が脱ぐからね。」
何かをごまかしているような感じで急いでキャミソールを脱ぐ。
まんまるなおっぱいがあらわになり、元気そうにぷるんとゆれた。中央より少し上に乳輪のほとんどな
い薄桃色の乳首がつん、と飛び出している。
ついで、するするっとパンツを下ろす。ベッドに横になった。恥ずかしそうに脚を開く。
陰毛は恥丘にのみ生え、割れ目の両脇には全く生えていない。ほんの縦すじだけのピンク色の部分。
地丹はまだ半分確信をもてないまま、パンツを下ろしてベッドに登り、彼女の両脚の間に割って入った。
つづく