『あ、地丹君…ああ…いい、そこ、もっと…』  
モニタの中から亜留美のかわいい声がする。あれだけ酷使されながら未だに整った形の小陰唇の隙間か  
ら、透明なしずくが滴るのがモニタにもはっきり見える。  
すずは窓の外、隔離病棟の中庭を見た。患者達がいつも日向ぼっこをしている。  
患者たちは、当然だが、すぐそこ10メートルと離れていない病室で、今まさに一組の男女が激しくフ  
ァックしつつあることにまったく気づいていない。  
車椅子の少女(地丹が妹だと思い込んでいる眼鏡の少女)が中庭に出てくる。恐る恐る立ち上がってす  
ぐにまた座った。彼女は脊髄の感染症が原因で下半身が麻痺に近い状態となり、短時間しか自分で立っ  
ていることが出来ない。感染症自体は治癒したが、精神的な理由からリハビリが進まないのだ。その為、  
現在は精神科病棟に移され、若先生が心理療法を試みているところなのだが…。  
すずはそれらを横目で見つつ、再びレポートに目を戻した。地丹のレポート部分である。  
 
『坪内 地丹。中学三年生の時、家族の一家心中に遭遇。本人のみ一命を取り留める。  
事件前の彼はきわめて陽気でお調子者、ただしクラスではその明るさが上滑りして浮いている…という  
タイプであった。一命を取り留めた後はそれが一変し、極めて内向的で悲観的、没交渉的な人格を装う  
ようになった。周囲との断絶のために彼を取り巻く状況が破綻をきたしたため病院へ。  
箱庭療法中、初めのうち彼は冴えないがも普通の少年を演じていたが、まもなく(名取羽美より早い時  
期に)きわめて内にこもる問題の多い性格を箱庭世界の中に吐き出すようになった。  
箱庭世界内での登場人物としての坪内地丹が病的なくらいマイナスの性格の塊なのは、地丹自身がそう  
いうふうに演じ続けたからに他ならない。箱庭内で彼が蒙った悲惨で破滅的な出来事の数々は、自ら改  
蔵たちに願ってそうさせてもらっていたものである。  
治療中に彼のあまりのネガティブさに辟易した改蔵や羽美が、「ごんぶと(改蔵による)」や「めがねを  
取ったら美少年(羽美による)」といったポジティブな属性を与えようとしたが、本人は取り合わずにそ  
の設定は立ち消えに。  
 
ちなみに、名取羽美が病的性格を箱庭内に吐き出せるようになったのは、地丹が先にそうなった事に引  
きずられたから、という可能性が高い。  
現在もまだ現実と妄想の区別があいまいなままで、改蔵や羽美が退院したのも、自分に黙って勝手に転  
校していったものだと思っている。  
2004年4月現在、入院・治療続行中。』  
 
液晶画面の中では、地丹と亜留美の行為の真っ最中。後背位で犬のように交わっている所だ。やわらか  
そうな巨乳がぷるんぷるんと揺れる。桃のようなお尻は地丹の両手で鷲掴みにされている。可愛らしい  
喘ぎ声も聞こえる。  
それを見ていても、すずは今日は身体も疼いてこない。夕べは身体の状態が何か特別だったらしい。  
『治療』は佳境に入った。モニタの中で二人は、位置を入れ替え正常位になった。一心不乱に腰を動か  
している地丹。ぐちゅぐちゅ…と音が聞こえてくる。モニタからは見えないが、繋がった所からは泡立  
った愛液が滴り落ちてるのだろう。  
地丹はもう射精に向けて限界のようだ。亜留美のあえぎ声も次第に大きくなる。と、急に、  
『地丹くん…好き…好きだよ…あ、ああ…好き…』  
下になっている亜留美が感極まったように言った。顔を地丹の顔に近づけキスをし何度も…そして。  
『あ、ああ、地丹くん…イキそう…あ、イク…あ、ダメ、ダメダメ、死んじゃう――――っ!!』  
響き渡る亜留美の絶叫に、中庭の患者たちが一斉に地丹の病室のほうを見た。  
しかし、あまり関心を寄せているようではない。そして皆、すぐにそれを忘れた。  
亜留美はまだビクッ、ビクッ…と痙攣しつつ恍惚の表情だ。地丹が肩で喘いでいる。背中から血が滲む。  
すずは、ふう、とため息をつくと、ふと思いついてレポートに以下の文章を付け加えた。  
 
『付記:坪内地丹に関しては本レポート作成後、新しい治療を彼に試行中。  
女性(看護師の一人:箱庭内では彼がストーキングをしていた相手の上級生役)をパートナーとして性  
交渉のある関係にすることで、状況を打開しようというもの。  
これによる状況の変化、およびそれに伴う彼の心理状態の変化については、別途レポートが発行される  
予定なのでそちらを参照されたい…』  
 
すずの診察室の窓の外では、元天才だった人たちが、若先生に引率されてぞろぞろと中庭に現れた。  
彼らの入院も長くなった。彼らに箱庭療法の応用は効かないものか…。  
そこで、すずはふと、亜留美がイク間際に地丹に『好き』と言ったのに気づいた。亜留美は地丹とのS  
EXにではなく、地丹自身に溺れ始めているのだ。  
これはよくない兆候だ。  
予測していた出来事ではある。しかし思っていたより早い…もうあまり時間はないのかもしれない。  
治療の最終段階を、開始すべき時が近づいている。  
 
二日後、すずは決断を下し、彼女を…亜留美を内線で自分の部屋に呼び出した。  
彼女が部屋に来るまでの間、地丹と亜留美のそれぞれの「変化」について思いを巡らせる。  
亜留美はこの十日ほどで大きく変わった。  
『治療』開始前までは、下着は子供っぽい柄のプリントのパンツやブラ、白衣でないときの服装はキャ  
ラクター物のTシャツにジーンズというのが彼女の普通の姿だった。  
それが今では、下着はシルクかレースをあしらった白やベージュのものを身に着けるようになり(一度  
だけ、黒のTバックを穿いてきて先輩看護師たちを驚かせたこともあった)、上着も大人の女らしいブ  
ラウスに落ち着いた色のスカートを着るようになっている。  
そして立ち振る舞い、表情なども急激に子供っぽさが抜け…年齢相応か、場合によってはそれ以上に大  
人びた雰囲気を感じさせるようになった。  
長い間蕾だった花が急に咲き始めたかのように、彼女は『女』へと変貌を遂げつつあるのだ。  
病院勤務の若い男達(医者やらX線技師やら薬剤師やら)の間でも『精神科病棟の新人の看護師のコが  
急に色っぽくなった』という噂はかなり広まっているようであった。もっとも、彼らは『治療』の事は  
知らないのであるが。  
 
地丹のほうはと言えば、見た目ではそれほど劇的な変化は見せていなかった。  
あいかわらずに箱庭でせっせと鉄道を増殖させている。そのペースは鈍っているが、それは別に鉄道へ  
の興味が薄れたからではなく、亜留美との夜の営みに時間を取られるせいらしかった。  
 
ただし、さすがに女性関係の経験値は上がっているようで、竹田先生によれば、『よう竹田、女って言  
うのはよぉ…』と薀蓄を垂れる際の内容は、かなり具体的かつ現実的なものになってきているそうだ。  
こんな例もある。ついこの間だが、地丹はすずに冗談でちょっかいを出してきた。  
『亜留美ちゃんばっかりも飽きたし、すずちゃん、今晩どう?』  
その時すずはしれっと微笑んだだけのつもりだったのだが、地丹はすぐに  
『あ、冗談冗談、今のは忘れて。』  
と取り消しをかけてきた。すずがほんの一瞬、普通の男なら気づかないほど僅かにみせた拒絶の仕草を  
感じ取ったのだ。昔の地丹なら絶対に無理だったはずだ。  
SEXの経験値も上がってきており、まあ普通の成人男子並みのテクニックと持続力になった。亜留美  
を相手になら、ほぼ毎晩少なくとも一度は彼女を絶頂に導くことが出来ている。  
そして、彼の、表には見えないところで、何かが変わりつつある。それがなんなのかをまだすずにも説  
明することは出来ないのだが、一種の精神科医としての勘のようなものとして、彼の快復への兆候のよ  
うなものを感じ取れているのだ。そう、改蔵と羽美の時と同様に…条件は整ったのだ。  
すずがそこまで考えた所で、部屋に亜留美が入ってきた。  
 
「…わかりました。」  
話を聞くと悲しそうな顔をした亜留美。だがそろそろ来るべき出来事だとは思っていたようだ。  
「いいの?あなたが望むなら、このまま二人の関係、いや恋仲を続行させてあげても…」  
「いやだなあ、それじゃいつまでたっても地丹くんの治療が完了しないじゃないですか。もともと治療  
目的で始めたことですよ。もっとも自分の感情がこんなほうに動くって言うのは、想定外でしたけどね。」  
「亜留美ちゃん…。」  
「さ、全部教えてください。治療の最終段階って、何をするんですか?私はどう振舞って、彼の反応に  
どう対応すればいいんですか?それと…」  
―――そしてさらに翌日、『それ』は実行に移されることになった。  
 
『治療』開始からは、12日が経過していた。  
 
『その時』は来た。地丹は例によって箱庭の部屋にいるようだ。  
すずはそっと彼の後ろに立つ。地丹は新幹線の駅の最後の仕上げを行っている所だ。後頭部、毛が薄く  
なっている所(ただし、毎晩の行為で男性ホルモンが活性化されているのか、だいぶ修復されつつある  
のだが)をこちらに向けて一心不乱に細々した加工を行っている。  
足元に何か手製の二つ折りの書き物が落ちている。すずが屈みこんでみるとそれは新幹線開業記念行事  
の(自作の)プログラムらしかった。  
そうこうするうち地丹は、自分の人形をとらうま町の中で動かし、箱庭内の学校の場所に持っていった。  
科特部の部室に向かった、ということらしい。  
すずは、彼に聞こえないように合図をして、亜留美をすぐ傍らに待機させた。  
 
<以下、箱庭世界>  
間もなく行われる新幹線のとらうま町の新駅開業記念行事に向け、地丹は忙しそうに準備を進めている。  
色々とコネがあって、彼もその行事には(下っ端でだが)出席できるのだ。  
やっとここまで来たか、これが開業した暁には盛岡も新鹿児島もあっという間だ…などと思いつつ、記  
念行事のプログラムを部室で見返している地丹。そこに、亜留美が入ってきた。  
「なにしてるのー?」  
後ろから首っ玉に両腕をまとわりつかせる。  
「い、いや、今度の駅の開業記念パーティーの。」  
「もう、電車電車で私の事を構ってくれないのね。今みたいに毎日一緒、毎晩一緒ってのは来週いっぱ  
い、3月いっぱいで終わりなんだよ?もっと愛し合おうよー。」  
そういやここんとこ、こっちに忙しくて、夜の亜留美との行為も少し手抜きになってるな、今夜あたり  
は濃厚にしてあげて機嫌を取らないとまずいかな…。  
甘えつつ亜留美は地丹の股間をズボンの上からさする。同時に隠れ居乳を後ろから背中に押し付ける。  
(あはは…このコ、こういう大胆な行為も最近は平気でやるようになってきたなぁ…恥じらいはもとも  
とあんまりないコだけど…でも気持ちいいなあ。)  
チュ、と後ろから頬にキスし、ズボンのチャックを下ろし、手をパンツの中にまで入れる。  
 
地丹はボッキし始める。亜留美は心得ていて、それに応じ手の動きを変えて刺激する。  
(上手になったな…だけど、なんかさっきの後半の言葉が引っかかるな、どういう意味だろう?)  
地丹がそれを訊こうとした所で今度はすずが部室に入ってきた。亜留美はぱっと身体を離す。  
「あら、続けてていいのよ。私に構わないで。」  
「そ、そんなことできるわけないじゃないですかっ。」  
「でも、せっかく、二人が部室でもSEXができるようにと思って、部室にもベッドを置いたのに。」  
「使えるわけないじゃないですかぁ。」  
すずと亜留美の会話を聞いていて、ちょっとだけこのベッド使いたいなと考えたことは内緒にしておこ  
うと思った地丹である。  
「残念ねぇ…だって、このベッドを普段の放課後のプレイとして使えるの、もう今日と明日しかチャン  
スはないのよ?それを過ぎたら、わざわざ学校に訪れて来て使うことになるわ、それって変でしょ?」  
「まあそうですけどぉ。」  
「とりあえずこのベッドは来年もこのまま置いておくけど…そうそう遊びに来るわけにもいかないんで  
しょ?看護学校に入ったら忙しいだろうし。」  
「そうなんですよねー。入学直後から色々結構あって、時間が取れないらしいんですよ。」  
「…何の話をしてるの?」  
地丹が会話に割って入る。すずと亜留美はきょとんとした表情で地丹のほうを。  
「何って、地丹くん、亜留美ちゃんの来月…4月からの話だけど。」  
「あーあ、ホントもうちょっと近い看護学校に行ければよかったのになー。ごめんね地丹くん、でも私  
だってさびしいんだよー。」  
「いや…話が全然見えないんだけど…4月からって何?あれ?今って3月だったっけ、あれ?」  
「どうしちゃったの地丹くん?こないだもそうだったけど…あなた、また自分と亜留美ちゃんに関する  
大事な事…あんなに大事な事を忘れちゃったの?」  
すずは不思議そうな顔をして、そしてその顔のまま言い続ける。  
「例年どおり彼女だけは歳を取るから、あさっての卒業式で亜留美ちゃんは卒業するんじゃないの。」  
 
つづく  
 

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