第二幕〜俺の屍を越えて行け・B〜  
 
「最近はアニメの多くが踏み台にされています!」  
改蔵はTATSUYAの店内にある人気DVDコーナーの前に立ち、羽美と地丹、それからすずと  
向かい合う形で言った。学校の授業を模した方式である。  
どちらかと言うと塾やゼミナール方式と言った方が正しいのかも知れないが。  
「例えば?」  
例えばだなと言って、改蔵は羽美の前に一本のアニメDVDを差し出した。  
「あ、これさっき神崎さんが持ってたマンガと同じ奴じゃない? へーそう言うタイトルなのか」  
「ガンダムを踏み台にしたガンダム、キャシャーンを踏み台にしたキャシャーン、ハットリくんを  
踏み台にしたハットリくんに、ナディアを踏み台にしたナディアとか……名作を踏み台にして  
あの程度ですか?!」  
テンションの上がった改蔵とは対照的に、羽美と地丹の顔から血の気と力が同時に抜ける。  
二人の思考が同調し、何を言い出すのだ、と声を揃えて言った。  
「なるほど、昔の作品をリメイクした物の事を言ってるのね」  
すずは流石に顔色を変えず、しれっと言って頷いた。改蔵の言う事を素早く飲み込める辺りが、すずのすずたる  
由縁であろう。話が余計な方向に脱線しなくて宜しい。  
いや、彼女が折角話を纏めた所で、それを掻き回す要因が二人もいる以上、決して油断は出来ない。  
改蔵は棚を慎重に見渡し、一本のDVDジャケットを見つけ出す。三人に言い聞かせるように、  
彼は振り向いた。  
「踏み台にされたのはアニメに限りませんよ、例えばこれ」  
改蔵は言いながら、洋画のジャケットを指差した。  
「ゴジラじゃないの。ハリウッド映画と踏み台と、どういう関係があるって言うのよ?」  
「君は何にも知らないんだな羽美ちゃん。ゴジラの元は邦画でしょうに」  
羽美は厭味ったらしい目付きで皮肉った地丹に向かって、何ですって、と目を吊り上げながら叫んだ。  
二人は互いに意味不明の言語で罵りながら、相手の首を締め上げる。爬虫類のように長い舌を出し、  
蛇の如き威嚇音で互いを牽制する。  
 
店内で殺意の亜空間を発生させた二人を無視して、改蔵は外国製ゴジラのDVDを手に取って言った。  
「ゴジラを踏み台にしたゴジラ!さも続編がありそうな締め方したのに、未だに続編が作られる気配もなし!  
ハッキリ言って人気はイマイチ!」  
「あーなるほど。確かにあの内容じゃ、ジュラシックパークと被ってたわよね。向こうの人に取ってみれば、  
もうお腹一杯ってトコじゃない?」  
すずが普段の涼しい顔でしれっと答えた。  
背後できょーきょーと奇声を上げて、羽美と地丹が戦っている。コブラとマングースの闘いを思わせる  
それを横目に、改蔵は続ける。  
「他にもありますよ。リングを踏み台にしたリングとか、白い巨塔を踏み台にした白い巨塔とか……」  
そこで頭の中に何かが閃いたのか、改蔵は言葉に詰まった。  
羽美が仕留めた地丹を片手に、改蔵の顔に視線を注いだ。すず共々改蔵が次に発する言葉をじっと待つ。  
誰も喋らない。店内に流れる『名もなき詩』の歌詞まで、ハッキリと聞き取れる程だ。  
皆がだんまりを決め込む、気不味い場を破ったのは、すずの呼び掛けだった。  
「どうしたの改蔵くん。何で白い巨塔で止まっちゃったの?」  
ううん、と唸って、改蔵は迷いを隠す事なく吐き出した。  
「踏み台にした方の白い巨塔は面白かったものなぁ」  
「何よそのオチは。私もあれ好きだったけど。江口もいい味出してたし、財前先生の最期で泣いちゃったし」  
改蔵はそれを呆敢と眺めるより他になかった。ここまで話を進めて来たのは改蔵だというのに、  
二人はそれを差し置いてかってに話を進めている。  
ネタの不発が続いている。矢張り不調なのか。改蔵がそう思っていると、すずがしれっと口を挟んで来た。  
「それに唐沢で人気が出たから、田宮二郎版も復活したんじゃない。世代を繋ぐいい契機になったんだから  
いいじゃない。それより改蔵くん、踏み台って言うならそう――ヘルシングを忘れてない?」  
改蔵はあっと短く叫び、苦悶の表情を浮かべて頭を抱え込む。  
「どうしたの改蔵、一体何を想像したのよ」  
改蔵はそのまま、棚の前の床に蹲る。隣にはライOンキングのパッケージが、貸し出し中のまま三つ並んでいた。  
 
そうだっ・・・忘れて・・・完全に忘れていたっ・・・!  
何でこのオレがっ・・・あんなわかり易い、踏み台の例をっ・・・  
由緒あるドラキュラ伯爵とっ・・・世界中で有名なフランケンシュタインがっ・・・  
同時に出るなんてっ・・・  
無理っ、無茶っ、理不尽極まりないっ・・・!  
それもっ・・・みんなのヒーローとして活躍するならまだしもっ・・・  
ポッと出のっ・・・どこの馬の骨とも知れないキャラクターのっ・・・引き立て役っ・・・!  
これではお飾りっ、当て馬っ、噛ませ犬に過ぎないじゃないかっ・・・!  
ヒドいっ・・・ヒドすぎるっ・・・こんな話がっ・・・あっていいのかっ・・・?  
ヴァン・ヘルシングっ・・・  
全く以ってっ・・・NON-SENCEっ・・・!!  
 
底なし沼のごとく全身に絡みつく暗黒の異次元空間で苦悶していた改蔵の姿は、見る者が見れば  
兵頭会長を前にした伊藤カイジ、あるいは赤木しげると相対峙した鷲巣巌にも似ていた事だろう。  
勝手に話を進めていた羽美は、少し身体を引きながらも、改蔵を現世に呼び戻すべく声を掛けてみる。  
「改蔵、あんた何考えてるの」  
改蔵は唸ったままで、返事をしない。困った彼女を横目に、すずがしれっと口を開いた。  
「私他人を踏み台にしてる集団を知ってるんだけど、今からそこに行こうと思うの。ついて来る?」  
「ええと……」  
返答に詰まった羽美と地丹を、行きます、と即答する改蔵の声が圧して結論が出た。  
つい今し方までうんうん唸っていたとは思えない切り替えの早さに、羽美がこれまた素早く  
突っ込みを入れた事は言うまでもあるまい。  
 
四人はTATSUYAを出ると、とらうま駅から都心に向かう私鉄電車に乗り込んだ。  
数度の乗換えを経て、彼らはとあるドーム球場にやって来る。中に入ろうとすると、当然のように  
入り口で係員に券の提示を求められる。が、すずの顔を見た途端に青ヒゲの濃い彼は、  
お入りくださいと自ら案内役を買って出た。  
何と彼の案内先は客席ではなくグラウンドの、それもマウンドの真上だった。一体彼女には  
どんなコネクションがどの程度存在しているのだろう。  
「部長、一体何者なんですか?」  
羽美に聞かれても、すずは曖昧に頷いて答えない。羽美はあっさりと返事を諦めて客席を一望した。  
 
まだ試合は始まっておらず、客席には清掃作業員以外誰も見られない。これが試合開始ともなれば  
客席が埋まるのだが、それでも観客が以前ほどの盛り上がりを見せる事はあまりないだろう。  
一方の改蔵は真っ直ぐな姿勢でマウンドに立ちながら、納得した面持ちで頷いていた。ここなら  
確かにすずの言う通り、踏み台のネタには事欠かないだろうと確信していたのだ。  
視界に何かを見つけた。機敏な動作で指差して叫ぶ。  
「あれを見ろ!」  
条件反射的に地丹がその方向に目を遣った。この手に釣られて馬鹿を見たことも一度や二度では  
足りない筈なのに、それでも身体が反応してしまうのだ。  
今回は結果的に、馬鹿を見る事はなかった。地丹の見たものは馬鹿ではなく、  
右に少久保が  
左にロース  
真上を見ればベタジーニ――  
「空中浮遊かよオイ!」  
地丹の突っ込みは兎も角として、確かに高額年俸の野球選手達がスイングの練習をしていたのである。  
流石は金満拒人軍、他のチームに居れば四番打者を務め切るであろう豪華な顔触れが揃っているものだ。  
彼らの抜けたチームでは、毎年空いた穴を埋めるのに頭を悩ませている事だろう、そこまで考えが  
至った瞬間、地丹はぽつりと呟いた。  
「今日は何だか」  
「今日は何だか? 何なのよ地丹くん、引っ張らないで」  
 
「話の筋が読めるような気がする。もしかして踏み台って…」  
下っぱと見下している少年に続きを言われるよりも早く、改蔵は電車の運転手が指差し確認を  
行うが如き機敏な姿勢で、少久保、ロース、ベタジーニらを順に差して言った。  
「そう、他球団を踏み台にして金満球団に入団した選手達!」  
ほっとけ、と野球選手達が手を止めて怒り、あーなるほどねと羽美がやる気無さげに頷く。  
こんな誰もが知っている話など、彼女にとって一々感心する程の物ではなかった。  
それより寧ろ自分の興味と関係が深い、踏み台の例が欲しい。もっと黒魔術に捧げる生贄とか、  
昔の西洋で魔女を踏み台にして領地の秩序を保った領主のケースとか、そう言った内容の  
話ならば得意なのだが。  
それにスポーツの話ならば、国民栄誉賞を踏み台にして人気を取り戻そうとする首相の例が  
あるではないか。そう言えばあの人、前任者の不人気を踏み台にして自分の人気を取ってなかったっけ――  
誰も同調しない様子を全く気にする事なく、マウンド上の改蔵はただひたすら魂を込めて叫ぶ。  
「可哀想だ、なかうち会長やあつやが可哀想だ!他球団を踏み台にして選手補強を行うオーナーに  
とっては、強い選手さえ揃えれば、後は球界がどうなっても良しだからな!」  
改蔵の興奮が最高潮に達そうとしている。頃合を見計らうように、すずがよく通る声で喋り出す。  
「まあスター選手の年俸高騰とか各球団の慢性赤字とか、球界も色々問題を抱えてるのよ。それにね」  
「それに―― 一体何があるんですか?」  
 
――ネット長者よ  
 
その言葉をすずが口にした瞬間、改蔵の刻が止まって見える。改蔵だけではない、羽美と  
地丹の刻も止まり、血の気を失った真っ白な顔で一同がすずに注目した。  
知名度の為に、野球チームのオーナーまで踏み台にする長者様の根性。  
他の存在を踏み台にしていた者が、やがては別の物に踏み台にされる世の無常。  
皆がその事を考えていたのだろうか。  
やがて時が動き出すと、改蔵が感極まった様子で口を開いた。異様なテンションが復活している。  
「食うか食われるか、正にダメマーベリック! そんな厳しい世界、繊細なボクにはとても耐えられません!」  
「あれも踏み台の繰り返しだったな」  
地丹が諦めたように言った。親が子を子が親を、男が女を女が男を、強い奴が弱い奴を弱い奴が  
強い奴を食い物にする、弱肉強食下克上の十九世紀アメリカ西部。つくづく踏み台の例に  
事欠かない世界だったろう。  
あんたなんかスグに死んじゃうんじゃない、と冷たく言い放った羽美の喉元に、地丹が飛び掛った。  
本日二度目の、殺意の亜空間がマウンドで渦巻く。その様子を暫く横目に見た後、改蔵は肩を落とし、  
すっかり興奮の冷め切った顔ですずに言った。  
もう話の展開に疲れたのだ。  
「今日はもう帰ります、帰って寝ます」  
「そう。じゃ改蔵くん、女の子に気をつけてね」  
どういう意味だ、と改蔵は問うたが、すずが無言で微笑む姿に押し黙った。  
何かを知っている微笑であると彼にも気付いたが、そんな時彼女は何も教えず何も語らない事は  
彼も知っていた。  
改蔵は彼女が握っているであろう答えを諦めて、皆に背を向ける。人工芝の上から立ち去って行く。  
客席を出ようとした改蔵の背中に向けて、羽美がマウンドから呼び掛けた。彼女の手には何時の間にか、  
ぐったりとしたうさぎさんが提げられている。  
「改蔵、今日はまっすぐ家に帰るのよ! 女の家に寄り道なんかしたらタダじゃ置かないからね!」  
同居人である羽美の呼び掛けに応じる事なく、彼はそのまま出入口に通じる通路へと無言で姿を消した。  
 
 
――午後十時  
都心から見て通勤圏にある住宅街に、ごく平凡な一戸建ての住宅が建っている。  
十畳程の広さを持つ中の一室はきちんと片付けられ、見るからに少女趣味の内観であった。  
桃紅色のカーペットが敷かれた部屋の一角には、象やライオンのデフォルメされたぬいぐるみが  
纏めて置かれ、厚手のカーテンが引かれた窓際の勉強机にはキリンの形をしたピアス、  
壁にはハルウララのポスター。  
脇に竹刀が置かれた本棚には剣道の指南書と共に、「王国案内」「動物のお医者さん」  
「イワマル」「みかん絵日記」など動物マンガのタイトルがずらりと並んでいる。  
一見する限りにおいては、女の子らしく可愛い風景であるのだが――  
くちゅくちゅとした水っぽい音が部屋中に響き、生臭く淫蕩な匂いが充満していた。  
 
自分の下半身で立てられる淫猥な音を聞きながら、改蔵は目の前に迫った肉の花弁に左手の  
親指を宛がった。花弁は既に濡れており、点け放しになった天井の灯りを反射して妖しく  
光っている。そのまま小さく亀裂を開く。  
襞の隙間から姿を見せた深紅の粘膜を、改蔵は右手の人差し指腹で軽くなぞった。人差し指を  
第一関節まで肉の割れ目に埋め込み、襞を擦りながら引き抜き様に、彼の視界下側にあった  
小突起も指先で捉える。舐めるとそこにはしえの味に混じって、微かに改蔵の匂いが残っていた。  
彼の視界を取り囲む尻の白い肌がびくん、と震えて、改蔵の顔を柔らかな内股が挟み込んだ。  
改蔵のいきり立った先端に加えられていた、吸い上げられるような刺激がそれと同時に止まる。  
少し不満そうな声で、改蔵は下半身の方に文句を言った。  
「ちょっと動きが止まってるぞ。オレばっかり御奉仕してるようなモンじゃないか」  
改蔵の濡れた先端が空気に触れる感触と共に、だって気持ちいいんだもんと返事が来る。  
引き締まった弾力のある太腿の向こうで白いボブカットが揺れ、唇を妖しく濡らした少女が  
恍惚の表情で恥ずかしげに微笑んでいた。  
 
改蔵は昼間の出来事の後、真っ直ぐ自宅に帰るような真似をする男では無かった。  
ドーム前から電車に乗ってしがらみ町へ戻った頃、ふと女の肌が恋しくなって  
クラスメートであるしえの家に上がりこんだのである。  
しえを選んだ理由はそれこそ適当だった。彼には一緒に寝てくれる女たちが幾らでもいたのだ。  
まだ高校生だと言うのに、彼はアルバイト探偵のごとき爛れた性生活を送っていた。  
 
家に上がり込んだ改蔵を、しえは機嫌良く迎え入れてくれた。  
都合の良い事に彼女の両親は旅行に出かけていて、この家には今夜彼女一人しか居なかったのである。  
改蔵にとってしえの家に上がる最大の目的は、何と言っても彼女とのセックスである。かと  
いって彼女の両親がいる家で事を遂げるのは、流石の改蔵といえども気が引ける。  
しえも思いは同じだったようで、「今日はウチの両親帰って来ないんだ」と言って  
まるで新妻よろしくキッチンへと駆けて行ったのだった。  
彼女が用意した夕食を、向かい合ってダイニングで摂る。改蔵はその卓上でしえに、  
何故食事まで提供してくれるのかと聞いた。  
しえの答えは、ごく単純なものだった。  
「一人でご飯食べても美味しくないんだもん。それに二人分作っても大して食費掛からないから  
安上がりよ。改蔵くん一緒に食べてくれる?」  
改蔵はその答えに頷くと、嬉しそうに見つめるしえの目の前で彼女の手料理を平らげた。  
彼はその後テレビを観たり、買って来た「モー」を読んだりして時間を過ごしていたのだが、  
結局は手持ち無沙汰になって、キッチンで皿洗いをしていたしえに近付いて尻を撫で――  
風呂で一度乳繰り合った後、しえの部屋に上がりこんで続きをしていたのである。  
 
改蔵の竿と先端を扱いていた、指先の優しい動きが急に止んだ。改蔵が肘をシーツに突いて  
肩を起こし、太腿の向こうにあったしえの顔を伺う。  
「ねぇ改蔵くん、そろそろ――ねぇ」  
自分の内股を掌で撫でていた改蔵にしえが振り向き、媚びた甘い声で呼び掛けた。  
四つん這いのままで白いボブカットを耳の後ろに掻き上げる。その下に見える頬は淡い桜色に  
上気し、瞳はすっかり涙で潤んでいる。  
まるで酔っているかの如き妖艶な表情だった。雛祭りの時に白酒を飲み、改蔵の穿いていた  
ジーンズのファスナーを自分から開けて積極的に求めてきた時と同じ顔である。  
改蔵の掌に撫で回された太腿も湧き出た汗でしっとりと濡れ、陰毛の下にある肝心の場所も  
入念な準備運動により自然と開いていた。  
 
秘唇どころか内股全体がびっしょりと濡れ、改蔵の侵入を今かと待ち構えている。  
しえが身体を浮かせてくれたお蔭で、改蔵はするりと彼女の下から抜け出す。しえの後ろに  
膝を立て、しえの御奉仕ですっかり固く反り返ったものに左手を添える。  
右手でしえの陰唇に触れると、彼女はあっと短く声を上げた。先端をしえの裂け目に宛がう。  
一連の緩慢な動作に、しえは切羽詰って挿入をせがんだ。  
「お願い……改蔵くん」  
改蔵の唾液と、それからしえ自身が分泌した蜜にすっかり塗れた花弁は、改蔵の目の前で  
亀頭、竿と徐々に男を飲み込んで行く。  
「あ……ああ……」  
喜びと安堵の声を上げ、しえは自分の中に入り込んだ改蔵の感覚を肉で味わう。  
引き締まった尻の肉に腰を押し付ける程深く繋がってから、改蔵はしえの尻を掴んで  
ゆっくりと抽送を始めた。  
改蔵が動く度に、甲高く妖艶な声でしえが喘ぐ。  
交わる二人に合わせて、本来は一人用のベッドが軋み出した。  
 
シーツを掴んで快感に耐えているしえに覆い被さり、後ろから抱き締める。  
自重で下向きに突き出た大き目の胸を揺らすように弄る度に、おっぱいのように柔らかい耳たぶを  
甘噛みする度に、彼女の中が妖しく蠢いて改蔵に絡み付く。噛んだついでに耳の後ろをぺろりと  
舐め上げ、改蔵はしえちゃん気持ちいいよと甘く囁いた。  
「かいぞうくん……かいぞう、くん……」  
しえが頷きながら、切なく苦しげに答える。何度も改蔵の名を呼んで、殆ど羽交い絞めにされている  
密着した状態で、少しでも改蔵を貪ろうと自分でも腰を使う。  
捻りと締め付けの二重攻撃に晒され、改蔵は射精寸前まで追い詰められた。このままでは駄目だと、  
改蔵は身を起こし、しえの腰を力強く掴んで自分を根元まで埋めて行く。  
しえの最奥に、改蔵の先端がぐいと押し付けられた。しえの動きが止まる。  
「ふぁっ……あああぁぁ……」  
改蔵の亀頭が、しえの子宮口にぐりぐりと擦り付けられる。しえは首を仰け反らせて叫んだ。  
泣き声の間に流れる喘ぎ声は、息も絶え絶えといった呈を示している。絶頂は近い。  
しえの中が、改蔵のものを妖しく締め付けて蠢く。彼が彼女を愛した証を、身体の中に注ぎ込んで欲しいと  
声にならない声で切なく訴えかける。  
途中で果てても構うものかとばかりに、改蔵の往復運動がそのスピードを上げて――  
――イッちゃうよ  
しえは絶叫して、背中を痙攣させながら仰け反った。  
改蔵も絶頂に達し、ここぞとばかり膣の奥へと注ぎ込む。しえがその脈動にリズムを合わせて、  
激しく荒い呼吸を繰り返す。  
脈動が勢いを衰えさせ、改蔵が最後の一滴を彼女の膣へと送り込むと、ようやくしえが脱力して  
シーツに上半身をばたりと落とした。  
 
――互いに舐め合うのは初めてだったが、その割には上手くいった方かも知れないな  
しえの中を揺蕩いながら、改蔵は数日前の出来事を思い出していた。  
あの日――  
風呂から上り、改蔵の前に下着姿を晒していた羽美を、母親が調度したダブルベッドの上に  
押し倒して、愛撫しながら一枚一枚剥ぎ取る。この時点で羽美には抵抗する様子も無く、  
寧ろはしゃぎながらキスをせがみ、彼の手に自分の手を重ねて作業を助けてさえいた。  
好きだと告白した訳でもない。最初に肉体関係を持った時も、契機はただ『なんとなく』という奴だ。  
ごく自然に関係を持つようになって、何時の間にかそれが羽美との日常の一部になっていた。  
ただこの夜は、少しばかり事情が違った。  
 
すっかり羽美を丸裸にしてしまうと、改蔵はシーツに彼女の身体を挿入する時とは逆位置に  
彼女へと覆い被さったのだった。  
「ちょっと改蔵、何しようとしてるの?!」  
普段とは違う展開に、羽美は当惑を隠さずに呼びかける。彼女の身体はすっかり最初に関係を  
持った頃と同じように、固く強張ってしまった。  
手足をばたばたと動かして改蔵の腹を叩く。肌を爪で引っ掻いて抵抗する。  
――いやだ  
――止めて改蔵、こんな乱暴なの厭だよ  
泣きそうな声で哀願する羽美に答えず、改蔵は彼女の陰毛を掻き分けて、潤んでいた肉襞を弄った。  
その刺激に耐えられず、自然に開いた両脚に腕を巻きつけて固定し、無防備になった彼女の花弁と  
濃厚なキスを交わす。顔を掴んで腰に宛がい、口元を自分のモノで突付く。  
自分の下腹部に行われていた陵辱に負けたのか、羽美は結局それを口に含んだ。  
 
腰を使い、苦しげに呻く羽美の口の中を往復する。歯が物に当たる。  
痛っと短く叫ぶと、改蔵の物が呻き声と共に左右に揺れた。羽美がいやいやをしたのだ。いくら  
屹立に歯が当たると痛いと言っても、呼吸が満足に出来ない苦しさの比ではなかろう。  
放って置いても吸い上げては貰えないので、彼は羽美の舌に自分を擦り付けるように腰を使った。  
普通に抱いた時とは違い、棒自体が舌のざらつきに包まれる。その感覚が新鮮だった。  
 
肉襞の中に指を軽く埋め、にちゃっと引き抜く。男に抱かれる事を予感して固く勃起した、  
鋭敏な箇所を剥き出しにして、すっかり愛液に塗れた指で弄くる。その度に彼女は喉の奥で  
苦しそうに呻き、内股の白い柔肌を改蔵の目の前で震わせ、亀裂をひくつかせる。  
いつしか羽美の身体からすっかり抵抗の姿勢が消え去り、彼女は改蔵の為すがままに身体を任せていた。  
限界に達した改蔵が、短く声を上げる。  
彼女の口内へと、ありったけの欲望を一気に解き放つ。  
やがて組み伏せた羽美から改蔵が離れると、羽美は仰向けに横たわったまま、噎せ返って咳をする。  
粘り気のある生臭い白濁液が彼女の口から毀れ出て、それはティッシュで受け止める間もなく  
ダブルベッドのシーツの上に流れ落ちた。  
 
羽美は呼吸を取り戻し、口の中に残った物をティッシュに吐き出すと、惚けていた改蔵の目をぎっと睨み付ける。  
何も喋らない。怒りのあまり、彼女は言うべき言葉も見当たらなかったのだ。  
本来なら改蔵と一緒に潜り込む二人用の毛布を手元に寄せ、裸のまま頭から被って一人で包まる。  
おい羽美、と呼び掛けた改蔵に対し、険のある声が布越しに返事した。  
「そのまま寝たら。お布団なしで裸で寝て、風邪でも引いたらいいじゃない」  
結局その晩羽美は改蔵に抱かれる事を拒み、改蔵は布団のない肌寒い夜を過ごす羽目に陥った。  
 
改蔵自身はシックスナインを一度やってみたいと思っていた。  
だが悲しいかな、彼がそう持ち掛けて応じてくれそうな娘も、あるいは自分から積極的に責めて  
くれそうな娘も、彼の周囲には見当たらなかった。要するに、何の契機もなかったのである。  
いきなり「やろう」と言っても、十分に経験を積んだよし子先生以外では、誰も応じてくれるとは考えられなかった。  
だから不意打ちのような形で、羽美に有無を言わさず行為を強いたのだったが――  
羽美に対して、悪いことをしたという後ろめたさは確かにある。  
ともあれあの夜はそれなりに収穫があった。男が上から圧し掛かると、女の子が苦しい思いをする。  
それとは対照的に自分が下になれば、それほどの苦しさは感じない。基本的には女の子の体重が  
男よりも軽い為だ。  
それに御奉仕を受けたければ、相手に任せてしまった方がその分期待が持てる。その事が  
分かっただけでも、先に羽美で試した甲斐があったというものだ。彼女を実験台に使ったと  
言われても仕方のない面はあろう。  
そう、改蔵は――  
今宵しえとシックスナインをする為に、羽美を踏み台にしたも同然だった。  
 
「改蔵くん、もう一回しようか?」  
しえは一つ毛布に包まった改蔵の、胸板を指先で弄りながら言った。  
改蔵が自然に衰え、中に放った自分の精液と共に押し出されるまで繋がっていたのだった。  
唾液と精液と、そして愛液によってべとべとに濡れた性器をティッシュで拭き取った他には、  
後始末らしき事は何一つやっていない。シャワーを浴びようかとも思ったのだが、それもせず  
一つ布団の中裸で抱き合っている。改蔵はしえの布団を汚す事に躊躇いを覚えていたが、しえ曰く改蔵の  
匂いが残る布団で眠ると一人でも寂しくないのだそうだ。  
「次やると三回目だよしえちゃん。オレとご無沙汰だったから溜まってたの?」  
「男の子と一緒にしないでよ。改蔵くんがエッチするのは、溜まったモノを出すみたいな感じかも  
知れないけど、私はそうじゃないんだからね」  
「分かってるよ」  
改蔵はふふ、と笑い声を溢した。確かに最近しえとはご無沙汰だったが、でもそれ以上に  
今夜の彼女は改蔵を引き止めたかったのだろう。  
 
行為が終われば改蔵は帰ってしまう。その代り改蔵がしえを求め続ける限り、しえはそれだけ長く  
彼を手元に留めておく事が出来る。実際彼女は失神するまで続けるつもりだったに違いない。  
そんな心の内を見透かしたように、改蔵は甘えるようなしえの仕草を暖かく見守っていた。  
彼女は夕食の時「一人で食べても美味しくない」と言っていた。誰もいない家で一人過ごす  
心細さは、高校生になった今でも、否大人になっても一生付きまとうものかも知れない。  
自身が一人っ子である改蔵にとって、しえの気持ちは手に取るように分かっていた。だから。  
改蔵はしえの肩を抱き寄せ、耳元に穏やかな声を吹き込んだ。  
「今日はここに泊まるよ。家には連絡しておくから」  
本当、としえが嬉しそうに言った。耳に息を吹きかけられて身を竦め、改蔵の身体に縋り付く。  
しえの肩を抱いていた方とは違う改蔵の手が、しえの胸に伸びる。大き目の乳房を掌の中で  
たぷたぷと泳がせながら、改蔵は彼女の頬に唇を落として言った。  
「でもやっぱり、寝る前にもう一回ぐらいはしたいなぁ」  
「やだ……改蔵くんのエッチ……」  
 
しえの反応は早かった。胸を揉まれただけで嬉しそうに喘ぐ。改蔵が内股を撫でて確かめたが、  
前戯の必要もないと彼には判断できた。  
改蔵がしえを仰向けに寝かせて圧し掛かる。何時の間にかいきり立った自分の物を、しえの下腹部に押し当てる。  
しえの肩にしがみ付き、彼女の中に入る前にもう一度唇を合わせようとしたその時――  
 
どくん  
 
心音にも似た大きくて不気味な震動が、二人のじゃれ合っていた部屋を揺らす。  
同時に部屋の電気が消え、すぐさま扉が音も無く開き、二階の廊下に突如現れた気配にしえが跳ね起きる。  
改蔵は半ば撥ね退けられるように彼女のから離れ、振り返ってしえと同じく扉の向こうに視線を遣った。  
 
どくん  
 
廊下から差し込む逆光の中に、人影が立っている。心音にも、あるいは地響きにも良く似た震動が  
もう一度部屋を揺らし、改蔵としえが見守る中、入り口に立った影は女の声で喋りだした。  
「改蔵見つけた、こんな所にいたんだ」  
あくまでも冷静な口調、聞き覚えのある朗らかな声。姿がよく見えずとも、改蔵は即座に人影の  
正体を思い知らされた。  
――どうやってここを嗅ぎ付けたのだろう。  
人影がドア枠近くに手を伸ばすと、廊下の灯りも消える。果たせるかな廊下からの逆光が無くなると、  
それは暗闇に浮かぶ白い和装束姿の女へと姿を変えた。  
 
一体何時の間にこの部屋は暗闇に閉ざされたのか。人影が電灯を消したのだと仮定すると、  
人影は扉を開く前に外側から電気を消した事になる。物理的に辻褄が合わないではないか。  
 
闇の中でさえ艶を放つ、長く真っ直ぐな髪。切り揃えられた前髪の下には、無垢であどけない笑顔。  
装束を羽織った撫で肩、襟が開いている割には盛り上がりの目立たない胸元、装束の裾まで視線を移すと、  
白い素足。それらが闇の中で淡く光り、一見した限りでは幽霊と見紛えられてしまうだろう。  
呪術を行なう時の装束を纏った羽美は、ゆっくりと部屋の出入り口から一人用のベッドに足を進めた。  
とにかく血の雨が降る前に誤魔化さないと。  
以前自宅にしえちゃんを呼んで寝た時と同様に、目の錯覚だと思い込ませようか。  
改蔵は声を上ずらせ、少しテンポのずれた音程で歌い始めた。断っておくが、普段の彼は決して  
音痴ではない。羽美からすれば浮気現場に踏み込んだ筈なのに、彼女が全く笑顔を絶やさないという  
異常事態と場の雰囲気に呑まれていた為だった。  
――みま――  
 
どくん  
再び部屋が震えた。しえがきゃっと短く叫び、怯えたように目をきつく瞑って耳を手で塞ぐ。  
改蔵はシーツに蹲って小刻みに震えるしえの傍に寄り、彼女の肩を抱いて羽美の顔を上目遣いに確かめる。  
羽美は怒るどころか、見る者に安堵感すら与えるほど眩しい笑顔で改蔵達を見下ろしている。だが羽美から  
立ち昇り、重苦しく部屋の中を支配する禍々しい威圧感は、彼女の笑顔が作り物でしかない事を  
如実に物語っていた。  
恐る恐る続きを歌おうと、改蔵は口を開く。  
――ちがえた――  
 
どくん  
 
震動は部屋の窓ガラスや机の置物ばかりか、内臓まで水袋のように揺らす。その度に改蔵は、脱力感と  
疲労感と、内臓を鷲掴みにされるが如き不快感とに同時に襲われる。  
それは改蔵の歌を妨害するタイミングで部屋の空気を震わせる。表情には現れていない羽美の怒りが、  
改蔵の歌をきっかけにして噴き出しているようだと改蔵は思った。  
残りの力を振り絞って、彼は歯の奥から歌の続きをなんとか搾り出す。  
――のさ――  
 
どくん  
 
脳髄まで響く震動に抗いながらそこまで歌うと、改蔵の皮膚から冷たい汗がどっと吹き出る。  
土下座をするようにがくんと両腕をシーツに突き、彼は肩で息を始めた。  
 
「そんなに怖がる事ないのに、改蔵。私全然怒ってないんだからね」  
羽美は暗闇の中で天使のような笑みを浮かべ、顔から血の気を失って冷たい汗を掻いている  
改蔵を見下ろして言った。  
「帰って来ないから心配してたんだよ。お義母様はご飯早く食べなさいって仰ったけど、  
私改蔵と一緒に食べようと思って待ってたの。でもいつまで待っても帰って来ないから」  
「じゃあ、先に飯食ったんだな――」  
どくん  
脈動に臓腑を揺らされ、改蔵は声にならない声を上げてシーツの上に蹲った。  
余計な事を言う必要はない、という意味が今の衝撃に込められていたのだろうか。  
とにかく空気を読んで、気分を損ねないようにしなければ。  
改蔵が苦しげに呼吸しながら羽美を見上げる。彼女は改蔵の怯えた目を一瞥して続けた。  
「見りゃ判るでしょ、迎えに来たのよ。ほらもうこんな時間」  
言って羽美は、勉強机の上に置いてあるめざまし君を一瞥した。あと三十分で日付が変わる。テレビでは  
丁度トレたまがやっている頃合だった。  
もしかして今まで食事も我慢して待っていたのか――?  
 
改蔵が呼び掛けたが、羽美はまるで相手にする事なくしえに目を向けた。がたがた震えながら頭から枕を被り、  
見ざる言わざる聞かざるを決め込んでいる。音も無く彼女の傍へと移動して、羽美は枕を取り上げた。  
「あらしえちゃん、さっきは私の改蔵に御奉仕してくれたのね」  
しえは答えず、奪われた枕の替わりに、自分の手で耳を塞いでシーツに顔を押し付けた。  
 
怖い改蔵くん助けて怖いよ羽美ちゃんが怖いよお願いだからタスケテワタシトッテモコワイヨ――  
 
小動物のように怯えるしえを、羽美は不思議そうな顔で見下ろした。  
「改蔵にも御奉仕してもらって、さぞや気持ち良かったでしょうね。あいつ乱暴者だとばっかり思ってたけど、  
結構優しいトコもあるじゃない」  
オレはいつも優しいぞ、と喉元まで出掛かった反論の言葉を、改蔵は辛うじて飲み込んだ。  
無理矢理口に捻じ込んだ当の本人が言っても説得力に欠けるし、羽美の怒りを余計に買って  
再び脈動を受けたくはなかった。  
あれは精神的にも肉体的にも辛すぎる。連発で食らうと身体が持たない。  
改蔵は蹲ったままの状態からほとんど体勢を動かさず、顔をシーツに伏せた。傍目に見れば  
彼の格好は土下座と変わらない。と言うよりも、実際本人は土下座していたつもりだったのだろう。  
羽美はひたすら震え続けていたしえから目を外し、改蔵を捉える。  
「羽美、一昨日は本当に悪かったゴメン。もう二度と無理矢理あんな事しないから怒らないでくれ」  
懇願するような改蔵の口調だった。この土壇場でもさりげなく「無理矢理」という条件を入れている  
辺りが、改蔵らしい謝罪と言えなくもないのだが――  
 
どくん  
 
キリンの形をしたピアスが、勉強机の上でかたかたと音を立てて鳴る。  
土下座をしたまま震え上がった改蔵を冷ややかに眺めながら、羽美は少し困った声で言う。  
「だから私怒ってないってば。それに改蔵、新しいやり方教えてくれて、アンタには感謝してるわよ。  
お蔭で一昨日までの臆病な私は、もうすっかり消えてなくなっちゃったわ」  
羽美はにっこりと微笑んで、どこまでも穏やかな口調だった。  
 
羽美の左腕がすうっと降りて、人形のような物体がカーペットの上に落ちて軽い音を立てた。  
改蔵は亀のように首を前に伸ばして見る。しえは何も聞かず何も見ない。  
それはスルメのような色合いの透き通った肌を持ち、末端に行くほど枯れ木のように細く縮れている。  
グレイを思わせる膨れた頭部と、それから幾筋も浮き彫りになった胸部の様子が、小枝を連想させる  
手足などの末端部とは対照的だ。  
「乾いた雑巾をさらに絞る」といった具合に、徹底的に水気を抜かれた紛う事無きミイラである。  
顔には大き目の眼鏡、頭頂部は禿げ上がっていて、改蔵は一瞬それを『モー』で見た  
河童のミイラかと錯覚した。  
だが大きく枝分かれした股間部を、僅かばかりの白い布切れが覆っている。それが唯一着衣と呼べる物だったが、  
改蔵は着衣の河童が存在する話など聞いたこともない。ではあれは――  
あれは――下っぱなのか?!  
「おい下っぱ、お前一体何をされたんだよ」  
改蔵は完全に干上がった下っぱこと坪内地丹に呼び掛けた。地丹が返事する事はない。  
寄生虫の卵でもあるまいし、水分のない状態で生命反応を示す生物などあろう筈もないのだ。  
地丹とてその例には漏れない。  
 
どくん  
 
何の反応も示さない地丹の干物に代わり、羽美がくすくすと嗤って答えた。  
「お腹減ってたからつまみ食いしちゃった。したらこうなったの」  
「何をやったんだ羽美?! いつぞやの乾燥保護団体でもここまで干上がらせる事は出来ないぞ!」  
羽美は目を細めた。暗闇で良く判らないが、表情から診る限りでは頬にも紅味が差していることだろう。  
それは彼女が物言わずに愛をねだる時の艶っぽい表情そのものだったが、顔の作りが幼い羽美に  
そんな顔で見られると、改蔵は中々断り切れなかった。羽美は普段駄乳とか色気が無いとか  
言われているが、改蔵に開発された結果、彼女なりに男のツボを理解し始めていたのだろう。  
だが今日の羽美は違うと、改蔵には解っていた。  
呪術の正式な装束姿に加えて、先程から真っ暗な部屋の中と自分の体内とで同時に鳴り響く脈動が、  
彼女の艶っぽい表情や仕草に底知れぬ毒を孕ませている。  
野に咲く可憐な白菊も、棺桶にあっては死の香りを帯びた不吉な花へと様変わりするような、  
無垢で不気味な笑顔。それが今の羽美にとって、一番相応しい形容だった。  
長く見ていると、逆に魅入られてしまう。  
此の世ならぬ、危険な世界に――  
 
どくん  
 
「だから今から、それを見せてあげる。改蔵が私を踏み台にして技を覚えたみたいに、  
私も改蔵を踏み台にしてこんな事が出来るようになったの」  
改蔵に背を向けて、羽美は俯く。長い髪が肩から前に流れ、薄い産毛に覆われたうなじが  
闇と同じ色でありながらも溶け込まない黒髪の隙間から姿を現した。  
装束の帯に手を掛ける。衣擦れに続いて帯が床に落とされ、襟が肩口からするりと抜けて  
「改蔵、あんたはもうすぐすっかり」  
――私の肥料になってしまうんだねえ――  
暗闇の向こう側で、羽美の声が言った。  
装束の襟が、尻から太腿を伝って消える。呪術を行なう時の習いで、彼女は下着を身に付けていなかった。  
だが改蔵が魅入られてしまったのは彼女の裸身そのものではなく、羽美の背中を一面覆い尽くす模様だった。  
 
どくん  
 
馬鹿な。  
この光景は、俺が見ている物は現実なのだろうか。  
しえちゃんに聞こうと思ったが無駄だった。恐怖のあまりすっかり失神して、  
ベッドの上に仰向けで伸びている。口から泡まで出している始末だ。  
もっとも彼女にとっては、その方が結果的に良かったと言える。こんな恐ろしい光景を  
目の当たりにしたら、彼女なら発狂してしまいかねない。俺だって怖い位だから――  
前に彼女の背中を見た時には、あんな物は影も形も有りはしなかった。  
大体あんな立派な刺青が出来上がる筈がない。羽美とはここの処ずっと一緒に  
寝起きしてきたではないか。彫る時間の余裕など、物理的に有り得ない。  
ではシールなのか、否それも違う。あんな極めの細かい巨大なシールなど――  
 
どくん、どくん  
 
シールでも刺青でもなかった。平面に描かれたものとは、形状が似ても似付かない。  
半分は彼女の肌と融合して、残り半分は人面瘡のごとく肉が盛り上がっていた。  
黄色と黒の縞模様、長く伸びた肢、羽美の髪と同じ様に闇の中でも黒光りする表面は  
微細な毛にびっしりと覆われていて――  
まるで今の俺としえちゃんを笑顔で追い詰める羽美の姿そのものではないか。  
そいつは血液を全身に送る心臓にも似た、不気味なうねりを見せる。生まれた蠢きは、  
胸を伝ってそこから伸びた肢や頭を大動脈のように歪ませる。  
歪むのはそいつの姿だけではない。部屋中の空気と、俺達の精神も重苦しく揺れる。  
これが現実の光景だと言っても、誰が信じられるものだろうか。  
 
どくん、どくん  
 
出来るならこの場から逃げ出したい。逃げ出したいのだが。  
指先の末端まで凍て付いたように動かず、首も眼球も羽美の背中を捉えたまま動かない。  
本当は動かそうと思えば動かせるのかも知れない。だが暗闇の中、目に見えない極細の  
強力なテグスを全身に張り巡らされたような、そんな気がする。  
動けば即ち全身をずたずたに引き裂かれて死に至る、俺達が今置かれた状況を本能は  
そのように理解していて、無意識の内に動けなくなっているのだろう。  
有り得ない、そんな事がある筈がない――  
 
どくん、どくん、どくん  
 
本当にテグスが張り巡らされていても不思議ではない。そいつなら可能な芸当だろうと思えてくる。  
長く伸びた肢を羽美の肌から飛び出して擡げ、顎をかちかちと鳴らした。  
明らかに俺達を獲物と見定めて狙っている。クチクラの表面に並んだ二十四の瞳が、  
俺達のいる一点を見ていた。  
下っぱを殺ったのは矢張り羽美、いやその背中にあるこいつだったのだ。あの顎から  
血液やリンパ液に精液、細胞液に至るまで悉く吸い尽くされ、下っぱは苦悶の内に絶息したのだろう。  
二人とも下っぱのような変わり果てた姿になるのだろうか。  
――嫌だ、そんな結末は絶対に嫌だ  
近付いて来る。最期の刻を引き連れて迫って来る。  
 
どくん、どくん、どくん、どくんどくん  
 
話をしても恐らく通じまい。彼女は羽美ではないのだ。  
刺青にも肉腫にも似た、それこそが本体。羽美の裸身は、今はそれをぴったりと納める匣に過ぎない。  
それは羽美の付属物ではなく。  
羽美、お前が。お前こそが――  
 
どくん、どくん、どくん、どくんどくんどくんどくんどくどくどくどく―――  
 
――お前が蜘蛛、だったんだな――!!  
 
羽美の背中に見える、巨大なジョロウグモがその名に相応しい淫らな蠢きを見せていた。  
常軌を逸した現実の光景と、威圧感と、迫り来る生命の危機にまともな精神を押し潰された結果。  
改蔵が発した、脈動よりも遥かに大きな絶叫で――  
 
真夜中の住宅街で地響きがした、と思って頂きたい。  
 
<第三幕に続く>  

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