「なによっ、悪いのはあんたでしょっ。」  
金曜日、学校からの帰り道の私と改蔵。例によって口論の真っ最中。  
「なんだそりゃ。羽美がヘンな事言い出すからだろ。この電波女。」  
「うるさい、私は別に電波女じゃないっ。まんがの私と混同するな。」  
私は改蔵の頭をぺしっと叩いた。なんだよこいつと改蔵も私の頭をぺしっと叩く。結構人通りがあるの  
に、私たちは人目もはばからずぺしぺし頭やら肩やら叩き合う。二人ともだんだんムキになる。  
叩く私の手を改蔵の手が掴んだ。結構大きな力強い手…ちょっとドキッとする。  
最近たまにこういう気持ちになる。なんでなんだろう。  
でも私はそれを悟られないようにぱっとあいつの手を振りほどき、ちょうど来たバスに駆け寄った。  
乗りつつ振り向いて捨て台詞。  
「改蔵のばーか!」  
自分でも小学生みたいだと思う。けど、幼馴染同士なんて、大きくなってもこんなもんだ。違うかな?  
 
前の一戸建てを引き払って入居したボロアパートに向かうバスの中、私は考えてる。  
(電波女、かぁ…。)  
まんが「かってに改蔵」ってのは、私たちをモデルとして実際に起きた出来事をベースに描かれてるん  
だけど、まんがにする段階で、現実に対し誇張や脚色がかなり入ってる。  
まあ、確かにまんがって、現実をそのままなぞって絵にしただけでは売れないんだろうけど…。  
これは別に私たちのまんがに限った事じゃないらしいってのは知ってる。  
早い話(これは編集部の人に聞いた話で、あまり口外されると困るそうだ)「名探偵コ○ン」なんかで  
も、実際の現場ではコ○ン君以外の推理が当たって解決した事件もいくつかあるんだけど、それだとな  
んなのでたいていの場合コ○ン君が解決したって事でまんがにしてるらしいし。  
ただ、私たちの場合、デフォルメはストーリーだけじゃないのよね。  
センセイには、「私こんな毒電波振りまくような女じゃありません、少し表現を抑えてください」って  
言ってあるんだけど、なかなか…。改蔵も「まんがのお前のほうが面白い」って言うし。  
いつかみんな呪ってやる。  
 
バスを降り、停留所から自宅に向かう。私はまださっきの事で腹を立てている。原因?それは、まあ、  
他愛もない事で…。  
幸い、今回の喧嘩もまんがには出てこないと思うけどね。実際はあんな軽いひっぱたきあいはよくする  
んだけど、センセイや編集さんに「今日はこんな事しました」と定例の時に報告しても、まんがのイメ  
ージに合わないのか読んでみると大抵は描かれていないから。  
まあそれはいい、それより改蔵のアホの事だ。  
思い返せば、帰る前にさっき部室で「家族会議がどうたらこうたら」で盛り上がったときも、ずいぶん  
な事言ってくれたじゃないの。あー腹立つ、何であんなのと毎日顔をあわせないといけないんだろ…。  
「ただいまー。」  
アパートのドアを開けると、びっくりした事にママが目の前に立っている。待ち構えてたらしい。  
「羽美、おかえり。帰ってきたばっかで悪いんだけど、落ち着いてよく聞いてね…。」  
 
2時間後。  
私は勝家(改蔵んち)のダイニングで暗い気持ちであいつが帰宅するのを待っている。  
改蔵のただいまという声。  
(あちゃー…とうとう帰ってきちゃった…どんな顔すればいいのよ…)  
おばさん(改蔵のお母さん)がいそいそ席を立ち、玄関へ。  
「おかえり改蔵、ちょうどよかったわ。新しい家族を紹介するわ。」  
そういうと、おばさんは私を改蔵に引き合わせた。私は暗い顔でうつむいたままだ。  
「羽美ちゃんとこ今大変でしょ、お父さんがアレであーなってあーだから…それでしばらくの間、家で  
ひきとることにしたの。」  
私はおどおどと改蔵の表情を見た。ものすごく気まずい空気が、二人の間を流れる。  
 
あー、なんでこんな事になっちゃったんだろう。パパのリストラの事とかはとやかく言うまい。それよ  
り、あのボロアパートをさらに引き払ってもっと安くて狭いところに引っ越すからって、なんで私があ  
いつの家に引き取られなきゃならないのよ。さっき喧嘩したばっかだってのに…。  
 
日曜になった。改蔵のうちに居候してから2日経った事になる。  
私は、あてがわれた階段下の小部屋の入り口のドアに鍵をかけ、窓のロックも確認し、カーテンも完全  
に閉め、誰も入ってこれない、覗けないのを確かめてから、ようやく着替えにとりかかった。  
セーターを脱ぎブラウスを脱ぐ。スカートのボタンは右脇。外しながらも目と耳は油断なく辺りを窺う。  
パンツとブラお揃いの花柄の下着姿になった。ブラを外す。胸の先っぽがひんやりする。  
がっしゃん、と大きな音。  
私は反射的にばっとTシャツを引っつかんで胸を覆う。痛ってえ…といううめき声。  
「改蔵ねっ!?」  
私はシャツを速やかに被り、ジーンズも穿く。ドアを開け言った。  
「どうトラップに引っかかった感想は?人の着替えを覗こうとするからそういう事になるのよ。」  
「アホかお前は?誰がお前の着替えなんか覗くか、夕飯が近いから呼ぼうとしただけだぞ。」  
改蔵はうずくまって金だらいが落ちた頭を押さえ私を睨みつけている。  
 
2日暮らして判ったのは、まあ、いきなり二人が親密に、なんてありえないって事。こないだまで電波  
だスケベだ言い合って毎日のように喧嘩してたのが、一緒に暮らす事になったからってああそうですか、  
てな具合に急に仲良くできるわけないのだ。  
とにかく、私はこの2日間、必要以上にあいつと衝突している。  
「だいたいお前は着替えくらいで大げさなんだよ。ドアに鍵かけときゃ十分だろ。」  
「どーだか。あんたがスケベなのは知り過ぎる程知ってるわ。小5の時ポケットに私のパンツを…」  
「あれはお前がうちでジュースこぼしてお袋が洗ったの渡すんで持ってたんだよ、何度言わすんだ。」  
「小2から小4くらいまでは、1日3回は私のスカートをめくって…」  
「そんくらいみんなやってたろ、俺がお前に対してだけやってたわけじゃないだろ。」  
「極めつけは中1の時、改蔵の部屋であんたに気を許して上半身裸になったら、押し倒して胸を揉…」  
「あー悪かった悪かった、謝るから。な?トラップは止めろ。てかたのむから止めてくれ。」  
1時間毎にこんな口論だ。  
 
着替え終えると、私は自分の家から持ってきたぴよぴよエプロンをつけておばさんの前に顔を出した。  
おばさんが「どーしたのそのカッコ」と言う目つきをしている。察して私はしゃべりだす。  
「お世話になる代わりに、お役に立ちたいんです!!」  
「はあ?」  
「私、ただ飯喰らいできるほど鈍くないです、何かお手伝いします!!私、役に立つ女です、便利な女  
です、いいともでタモリに電話持っていくアナウンサー並に役に立つ人間です!!」  
「…それはまた実に微妙な役立ちっぷりね。」  
てなわけで、私は勝家の家事を手伝う事になった。だけど慣れない家事にドッタンバッタンしまくった  
りして。お皿は3枚も割るわ、洗濯機の水量間違えて溢れさせ床を濡らすわ、とうとう改蔵にまで、  
「もういい、お前は…何もしないのが、一番助かる。」  
と言われてしまった。うう、またセンセイこれを大げさに描くんだろうなー。  
 
夜まで手伝ったらくたくただ。なのに、私はガタン、という物音で目が覚めてしまった。なんかこの部  
屋って、たまに音がする。ラップ音かな?別に構わないけど。  
寝返りを打つ。おばさんの声がする。電話らしい。こんな夜中に?なんか、私の名前が出てる…。  
忍び足、居間に向かい聞き耳を立てる。  
「…なんですよ。喧嘩してますね。いえ、そういう喧嘩じゃないんです。心配なさらないで…ええ。え  
え。それは…はい…私も早くそうなって欲しいんですけどね。ご飯?良く食べてますよ。」  
どうやら私のママと話してるらしい。  
「…気が早いんじゃ…未成年ですから双方の両親4人全員の同意署名は確かに要りますけど、今から作  
っておくほどの事は…ええ。微妙ですね。どうしても上手くいかないようなら、ちょっと私から後押し  
してみようと思いますけど。はい、いくつか仕掛けは仕込んであるんです、それに…」  
後は聞かずに階段下の部屋に戻った。家族みんなはどうしてるかな…電話を聞いたら急に気になった。  
あの4畳半に3人で暮らすなんて大変そう、私のほうが恵まれてるって言えるのかな…。  
 
でも、おばさんの会話にあった、同意署名とか仕掛けって、何の事だろ?  
 
「なるほどね。羽美ちゃんも大変だわ。」  
科学部室。部長が、他人事の顔つき・口調のまま同情の言葉をかけてくれた。  
月曜になったので、学校でとりあえず部長にだけは私が勝家に居候になった事を話してみたんだけど。  
「で?改蔵くんとの初エッチの感想は?」  
「は?」  
「あら。してないんだ。もったいないわね。」  
「別に私は改蔵とそういう仲じゃ…私、改蔵と付き合った事ってないんですよ、知ってますよね?」  
「まあね。でも嫌いじゃないでしょ?理想のカップルになろうとか色々したじゃない。」  
「まあそういう事も…でもあれは私たちがまだ中等部2年だった時の話ですし、子供の考えなんで…。」  
「改蔵くんに『男』を感じたりしない?」  
私が「うーん」と唸ると、部長は思惑ありげに小首をかしげた。外ハネが揺れる。  
「ま、いいわ。でも、一緒にいるうち、あなたの知らなかった改蔵くんが色々見えてくるかもよ?その  
うちなんか彼に男を感じるようなイベントが起こるかもね。」  
そこに地丹くんが入ってきた。こいつはまんがでは体型とかはデフォルメされてるけど、性格は小心者  
で器の小さい所とかそのままだ。  
「羽美ちゃん、改蔵くんから聞いたよー。同居してるんだって?ぐふふ、やらしー。お邪魔しに行っち  
ゃおうかな?嫌なら、こないだの100円の借金、チャラにしてね。」  
「別にいいんじゃない、来れば?別に何もあるわけじゃないわよ。」  
ついで、改蔵が部室に入ってくる。もうそーなると後はいつもの馬鹿騒ぎ。  
私が「あんたどこ行ってもへこむ杭じゃん」って地丹くんに言ったのをきっかけに、地丹くんが取り消  
せだのなんだの突っかかって来て、横で聞いてた改蔵が、  
「羽美なんていまだにクラスになじめてないんだぞ!!かわいそうだ!!」  
とか言いだして(そんな事ないもん、ちょっと空気が読めないって言われてるだけだもん!)、さらに  
「羽美に限らずいつまでたってもなじめない人もいますけどね…」  
といいながら部室のホワイトボードに「●ノリスケの声の人」とか「●監督・水野晴郎」とかの例をず  
らずら書き出し、部長がしれっとコメントを入れ…。  
 
結局、ゴールデンウィークも中間試験も何事もなく乗り切った。そろそろ梅雨だ。世間は2002ワー  
ルドカップに向け盛り上がってる。最近は晩御飯の配膳の手伝いも慣れてきた。  
今夜も呼ばれる時間だ。その前にいつも通りトイレに行っておこう。  
パンツを足首まで(癖なのだ)下ろす。洋式便座に腰掛けつつ、この前、部長に言われた事を思い出す。  
『改蔵に「男」を感じるか』かぁ…。  
その言葉が最近ずっと頭の片隅にある。で、改蔵を見てて、ふと男っぽい所を見つけドキッとする事も。  
じょろろ…と音がしだす。  
なんか勢い良過ぎ、しぶきかからないかな、とスカートをたくし上げ覗き込む。  
そしたら何の前触れもなく、正面のトイレのドアが開いた。  
脚を大きく開き、部屋着のワンピースのスカートをおへそが見えるまでたくし上げたまま私は凍りつく。  
私は改蔵の顔を見上げてる。改蔵は私の顔じゃなく、もっと下、私の両脚の付け根を見てる。  
あいつは2秒ほど間を置いて無表情のままドアを閉じた。立ち去る足音、そしておばさんとの会話。  
『あら?トイレじゃなかったの?随分早かったわね?』  
『んー。まー。なんつーか…』  
『どうして顔が赤いの?』  
『別に…てか、あの一階のトイレの鍵、直したんじゃなかったっけ…』  
『また壊れたの。ロックできたように見えるのに開いちゃうのよ。羽美ちゃんにも言っとかないとね。』  
…おばさん、もう、遅いです…。  
 
おしっこしてるの見られた…あんな勢い良くほとばしり出てたのを…それに多分、アソコそれ自体も…。  
何とか平静を装いダイニングへ。でも、晩御飯中の私たち、最高にギクシャクしている。  
気まずさにおばさんも気付いて色々と話題を振ってくれるんだけど、私も改蔵も上の空だ。  
しまいにおばさんは、大きくため息をつき、もうこれ以上話題がない、という表情でつぶやいた。  
「羽美ちゃん、今のお部屋、変な音とかしない?」  
「…は?音、ですか?」  
「いやね、あの階段下の部屋、誰も使ってなかったでしょ?どうも…お化けが出るみたいなのよ。」  
 
夜中。私は緊張と恐怖で寝られそうにない。  
私は血とか霊とかは平気なんだけど、お化けは嫌い、怖いのだ。肝試しとか苦手。  
矛盾してるとか言われるけど…だって、血は私にも流れてる。幽霊とかは人が死んだ霊魂だから、基本  
的には人の形だ。  
だけどお化けは、目が三つあったり首が伸びたりヌリカベだったりで異形の者達だ。そういうの駄目。  
一人、階段下の小部屋の布団の中でビクビクしている。  
対改蔵トラップをかけるのも忘れてる、ていうかどうでもいい。トイレシーンを見られた屈辱とかそん  
なのもどこかへすっ飛んでしまった。  
(おばけなんてないさ、おばけなんてうそさ、ねぼけたひとが、みまちが…)  
ガタン、と物音。そしてもう一度。  
「かいぞ――――――っっ!!!」  
私は気がつくとパニクって改蔵の部屋に駆け込んでいた。  
薄暗い部屋の中で何かに(恐らく改蔵だ)躓いて転がる。いてえなと改蔵の声。  
「お願い、改蔵、今夜はココで寝さして!あの部屋お化けが出るのよ!!」  
「あん?アホかお前出る訳ないだろ、大体お前あの部屋に何度も寝泊りしただろ昔…その時出たか?」  
「だって出たんだもん、音したもん!もうやだ、あんなとこじゃ寝れないわ!!ここで寝るのー!!」  
私は改蔵の布団にもぐりこんだ。がたがた震えて改蔵にしがみつく。脚まで絡みつかせて…。  
暖かい。私と改蔵の息遣い、時計の音だけが聞こえる。  
そういえば、昔はよくこうやって一緒に寝たっけ…と懐かしがった次の瞬間。  
私は、私の下腹に触れてる硬いものの正体に突然気づいた。  
「ぎょえ〜〜!!!」  
布団から飛び出す。  
「な、なんて男よ!こんな時ボッキさせるなスケベ!もうやだ、こんなとこじゃ寝れないわ!!」  
と、部屋を出ようとしてはたと固まった。なぜこの部屋に来たか思い出す。  
『前門の虎、後門の狼』と、授業に出てきた成句が無意味に頭をぐるぐるしたりして。  
 
やっと決心がついた。  
「私、今夜はここの押入れで寝るわ。いい?開けないでね、絶対に!!開けたら呪うわよっ!!」  
そういいながら私は押入れの上の段によじ登り、しまわれてた布団の間に強引にもぐりこんだ。そして  
乱暴にふすまを閉める。  
改蔵のため息と、どうにでもしろという呟きが聞こえた。  
 
押入れの中は寝心地が悪く、熟睡できない。うとうとしつつ何度も目が覚めた。  
(さっきちくわ磯辺揚げ美味しかったな)とか…(改蔵、夕食後なんで2度もトイレにいったんだろ、  
それも二階の)とか…どうでもいい事が頭に浮かんでは消える。ああもういいから早く寝よう…。  
でもまた浅い眠りを繰り返す。今度で何度目だろう…なんか明るい…と思って薄目を開ける。と、おば  
さんの呆れた顔が目の前にある。あわてて飛び起きた。いつの間にか朝だ。  
「…おはよう。何でこんなとこで寝てるの?」  
「いえ、その、あの、その、お化けが。お化けです。だから。で、あのその。」  
「そう…お化けが怖いならしょうがないわね。今後、うちにいる間はずっとそこで寝る?」  
「は?あの、私、今回限りのつもりで…」  
「でも他に部屋ないわよ。でしょ?決まりね。電灯とか色々しつらえてあげましょうね。」  
私の答えを待たずにおばさんは改蔵に対して喋り始める。なぜかくずかごを覗きながら。  
「改蔵、早く起きなさい。シーツ洗うんだから。汚れたタオルとかはない?」  
「シーツは洗ったばかりだよ、それになんで俺がタオルを汚し…ちょっと、強引に剥がなくても…」  
私は最後まで聞かずに階段下の部屋に行く(明るければ平気)。着替えを終わって、困ったな、この荷  
物全部押し入れに持ってくの?とか考えてると、ドアをノックされた。  
「羽美ちゃん、下着の洗濯とか必要ない?」  
「え?いえ…別に汚れてませんし…」  
「あら…そう。ま、それはおいといて、今後まだ家事とか手伝ったりてくれるつもりある?なら、台所  
関係はもういいわ。かわりに改蔵の部屋の掃除と整理その他の世話、お願いしていいかしら?どうせ同  
じ部屋にいる事が多くなるんだろうし、いいでしょ?」  
 
そんな訳でとりあえず私は改蔵の部屋の整理整頓をする事にした。この部屋ろくなもんないんだけど。  
朝は部屋自体を掃除したので、学校から帰ってきてからはクローゼットの中を整理し始めてる。  
このまま押入れで寝るのに慣れれば、平穏無事な日々が続くかなあ、とか考えながら。  
ドアの開く音。改蔵が部屋に入ってきた。  
私は整理の手を休めることなく改蔵を眺める。クローゼットのドアはスリットがいっぱい入ってるの  
だ。暗いこちらからは部屋の中が良く見える。あいつは私がここにいるのに気づいてないようだ。  
制服を脱ぎだす。その下のボーダーのシャツも脱ぐ。  
クローゼットの中にもボーダーのシャツたくさんあるのよね。ほんっとこのシャツ好きだなあ。  
そう思ってる間にも改蔵は服を脱ぎ続ける。ちょっと待って、どこまで脱ぐのよ?  
久しぶりに見る、改蔵の全裸。  
さほど間をおかずにタンスから下着を出して身に着け、室内着に着替えて出て行った。  
 
空になった部屋を見ながらぼんやり私は考える。  
前に改蔵の全裸を見たのは、小6の頃だった筈だ。あの頃見たのとぜんぜん違ってた。  
結構筋肉がついてたな…それでいてきれいな肌。それに…。  
大人になると男の子は先端の皮が…ってのは保健体育で習った。今まで小さかった頃見たパパのしか知  
らなかったから、教科書の模式図って剥け方がオーバーだな、って思ってたんだけど…あれはパパのが  
普通じゃなかったのか…。  
『女の子は、男とは違い、異性の裸や性器を見ただけでは欲情しない。』  
一般論としては、それは正しい。  
だけど私は今、改蔵の裸に単純に反応して欲情してしまっている。条件次第では女だってこうなるの  
だ。私のせいじゃない。持って行き場の無い熱い淫らな気持ちをなだめようと必死になる…。  
体の芯が熱い。唇が乾く。触ってみるまでも無く、アソコが濡れてるのがはっきりわかる。  
もう駄目、抑え切れない。  
下着を下ろす。うわ、駄目だこのパンツ、後で手洗いしないと…。  
指を持っていく。凄く敏感になってる。ちょっと触っただけで電気みたいなのが走る。声が出そう。  
 
いままで一人エッチのおかずはタレントとかが多かった。改蔵でするのは初めてだ。  
私は普段は胸をいじって自分を慰める事が多い。乳首を触ってるだけでイッてしまう事もあるんだけど、  
今日は状況が状況だけに、アソコへの刺激に集中してる…。  
さっき見た改蔵のものが、こないだ布団の中でのように硬く反り返って、私のココに入ってきて…。  
こんな具体的な内容を妄想しながらするのも初めて。  
今までは漠然とした貧弱な、なんかもやもやしたイメージでしてたのだ。  
でも今はイメージが具体的過ぎ。改蔵のものが私の中で往復して…そして…ああ、だめだよ改蔵…。  
狭いクローゼットの中で、あっという間に私はイッてしまった。  
大きく脚を広げ涙目の虚脱状態の中で私は、最近おぼろげに感じてた事…自分の心の中に「改蔵に抱か  
れたがってる私」がいる事…が事実なんだと知らされていた。  
 
トイレに寄る。そして、洗面所でパンツをこそこそ手洗いする。  
洗いながら考える…改蔵のほうは私に「女」を感じてないのかなあと。こないだ私のあんな所を見た訳  
だし、私とのいやらしい事を妄想しながら一人でしたりしないんだろうか。  
してるのに私が気づいてないだけなのかな。  
洗い終えて、ドライヤーでパンツを乾かす。改蔵が洗面所に。あわててパンツを隠す。  
「何やってんだこんなとこで。ドライヤー?部屋で使えばいいだろ。」  
「うっさい。いいの。」  
「こんな時間に髪でも洗ったのか?」  
「うるさい、黙ってってば。すこーしずつ違いのあるボーダーシャツとキーチェーンに、着用の曜日を  
決めて書き込んで、順に並べて置いておくような男に指図されたくないわ。」  
改蔵がハッとなる。あれ?  
「…な、な、なんでおまえ、その事知って…」  
「え?ちょっと前、ていうかさっき、あんたの着替え中に、クローゼットの整理してたからすぐわか…」  
「知ったな!!」  
妙に大仰な形相で改蔵は叫んだ。  
 
「トリプルファイターみたいって言うなあぁ!!」  
「!?そうは言ってないけど…」  
「頼むから誰にも言わないでくれぇ…」  
「え…」  
「どうかこのことはご内密に!!なんでもしますから!!」  
狭い洗面所、改蔵が両手を合わせ頭を下げる。どうしよう?なんなのかしらこの嫌がりっぷりは…。  
ふと、変な事を思いついた。恐らく改蔵はこれに応じられないはず、面白くなりそう…。  
「そう…じゃあ、ねえ改蔵…キスしてよ。」  
「キ?キス?」  
「せっかく男女が一つ屋根の下に住んでるんだもの。二人きりになってキスは定番でしょ?昔は良くし  
てくれたじゃない。なに?そんなに嫌?嫌ならいいのよ。改蔵のヒミツばらす…から…え?ちょっと…」  
改蔵が真顔で私の両肩を掴んでいるのだ。  
ほ、ほんとにする気だ…。  
なんかドキドキする。改蔵の顔が近づいてくる。息がかかる。私は目を閉じた。  
ああ、改蔵とキスするのも久しぶりだ…。  
「…やめた。」  
「へ?」  
私は目を開けた。何よ急に、いいとこなのに。  
「さっきの話、良く考えると俺が着替える所をクローゼットから黙ってずっと見てたって事だろ?素っ  
裸になって下着から全部替えるのまで…やらしい女だな、人のナニを見といてキスが欲しいってか?」  
「なな、なによ!?か、改蔵だって、私の…アソコ見たでしょ、この前トイレで!!」  
「見たさ。だからあいこだろ?」  
「や、やっぱり見たのね…あいこって何よ、こういうのは女の子の方が受けるダメージの量は…」  
「そうか?昔からの全部合わすと、俺の方が受けたダメージの総量は多いと思うぞ、挙げてみるか?」  
「何それ!もういい、あんたとはね、二度と、金輪際、土下座して頼まれたってキスなんかしてやら…」  
突然二人の唇が重なった。  
 
おばさんが洗面所に入ろうとドアを開けたのだ。ドアが改蔵を私に向かって押して、そのはずみで唇同  
士が…。久々の柔らかく暖かい感触。  
「あ、いたの?こんな所で何…あら、二人とも真っ赤っ赤よ、どうしたの?」  
答えられない私たち。でも、おばさん、近づく気配が全くなかった。忍者みたいだ。第一、私たちの話  
し声聞こえてた筈なのに「あ、いたの?」って…そんな鈍い人じゃないと思ってたんだけどなぁ。  
 
次の朝になった。  
私は、押入れから出ると、改蔵の布団を思いっきり引っぺがした。  
「改蔵、おっはよーっっ!!」  
「???」  
「朝だよ改蔵、ほらいい天気。早く起きないと学校遅れるよ。久しぶりに一緒に学校に行こうよ。」  
改蔵はきょとんとしている。  
「ほら起きなさい。ほら、ご飯も出来てるっぽいよ、ちゃんと起きて、時間に間に合うよう支度して。」  
私は腰に両手を当て、わざと世話女房みたいな口調でそう言う。改蔵はまだきょとんとしてる。  
『二人の関係を、一歩だけ進めてみよう。』昨夜寝ながらそう決めたのだ。  
朝一番にわざとらしく、その手のまんがとかに良くある幼馴染の定番をやってみたのはそのためだ。  
一歩進めたその先、さらに進むのかそこで止まるのかそれはわからない。でも…。  
一緒に登校する。住宅街を抜ける道、二人は並んで歩いてる。改蔵はまだぶつぶつ言ってる。  
「ったくなんだよさっきのは。マジでベッタベタなラヴコメじゃねえか。」  
「いいじゃん、ラヴコメで。ね、ラヴコメついでに、手をつながない?」  
「つなぐかアホ。あまり近づくな、こら腕組むな。人にラヴコメを強要するな。」  
手をつなごうとしたり、払いのけられたり。改蔵が迷惑そうにすこしだけ早足になる。私は後を追う。  
目の前を歩く、いつの間にか成長した少し大きな背中。  
あいつは改蔵、私と将来を誓い合った事もある幼馴染の男の子だ。  
そして、その誓いはひょっとすると…。  
 
―つづく―  
 

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