「ねえ改蔵…私、アレが来ないんだけど…」
3月のまだ肌寒い朝、起床直後の二人のお部屋で私が言った。
改蔵はさすがに険しい表情だ。やっと治った風邪がぶり返しそうに動揺する。
「…遅れてんのか?いつからだ?ひょっとしてあの時のアレのせいか…?」
「うん、あの時のアレかもしれない…て言うか、出来てたとしたらアレしかないと思う…。」
『あの時のアレ』というのは、少し前、改蔵が風邪をひいてた時の出来事だ。
その日、改蔵は39度の熱を出して寝込んで学校を休んでいた。
(言っとくけど、まんがの中みたいに『熱を出すと天才に』って事はないのよ。)
おばさんは用事でうちを空けてたので、私が速攻で学校から帰ってきて制服のまま看病を。
「改蔵大丈夫?ごめんね、私の寝相のせいで。」
「いいよ別に…ゴホゴホ…ああ、せめて死ぬ前にいちど、やなせたかし氏に会いたかった…会って直接
『アンパンマンマーチ』の歌詞に突っ込みを入れたかった…」
「あーはいはい、わかったから寝てなさい。」
風邪の原因はセリフの通り。今の部屋はWベッドで仲良く一緒に寝てる(おばさんとかには内緒でだよ)
んだけど、まだ寒い夜中に同衾者に蹴飛ばされ全裸でベッドから落ちるのを繰り返してれば誰だって…。
で、その看病の最中、私は急に突飛な事を思いついたのだ。
ほんの出来心、ていうか、改蔵の風邪の間エッチしてなかったんで、欲求不満のせいかも。
「ねぇ改蔵…汗をいっぱいかくと風邪が治るって言うよね…」
言うなり私は改蔵の布団に入り込んだ。顔だけ出し彼に馬乗りになる。
「おい、ちょっとまて、なにする…こ、こら、やめ…ゴホッ、ゴホッ…」
制服のミニスカートをめくり、彼の股間に自分の股間を擦り付ける。パンツ二枚とパジャマのズボンの
合わせて3枚の布越しだけど、改蔵が刺激でボッキしてくるのがよくわかった。
キスをしつつ、パジャマのズボンから中に手を入れた。硬く脈打つ彼自身…じかに触ったのは初めて。
最初は半分冗談だったんだけど、指と掌で弄んでるうちに本気で欲しくなって…布団にもぐり、改蔵の
パジャマの下とパンツを無理やり下ろした。彼は抵抗したんだけど力が出ない。
この時、実は私は一瞬躊躇したのだ。避妊具つけないとまずいかな…と。だけど、いつもは改蔵が自分
でつけるので私はつけ方を知らなかった。改蔵は協力してくれないだろうし…
私は布団から顔を出し、馬乗りのまま自分のパンツを脱いだ。
「じゃ、挿れるね…ん、ん…っ」
「ちょ、ちょっと待てったら…ゴホッ…おい、羽美、こら…う…」
「…入ったぁ…改蔵、入っちゃったよ…う…動かすね…あ、あん…ああ…」
初めての女性上位。しばらくは二人のあえぎ声と改蔵の咳、Wベッドのきしむ音だけが続いた。
改蔵が何度か寒そうに震えたので、その度に布団を被り直した。
(たしか、立ち読みした女性誌に、お尻の穴をすぼめるとアソコも一緒に締まるって書いて…)
と思いつき、ギューッとすぼめてみたりとかもしてみた。
そして改蔵は限界に。私も良くなって、思わず、
「あ…あ…いいよ、いいよ…改蔵、出したいんでしょ、出しちゃっていいよ…!」
と言ってしまった。体力が落ちてて堪え切れなかったらしく、言った直後に私の膣内に熱いものがどく、
どく、どく、と…熱があるせいか、いつものより熱かったのを覚えてる。
私はくたっとあいつの胸に突っ伏した。熱い液は、まだどんどん出続けていた。
「あ、あいかわらず無茶苦茶だな羽美…ゴホゴホ…」
「でも…気持ちよかったでしょ…ねぇ改蔵?汗かいたね、風邪治るといいね…。」
その後、改蔵の風邪は治るどころか悪化しちゃったんだけど…それはまた別の話なので現在に戻ろう。
「医者は?検査薬とか使ったか?」
「ううん、どっちも。ごめんねこんな事になっちゃって…でも、お医者とかどこか知ってる?それに検
査薬をバレないように買う方法ってあるかなぁ?ねぇ、もし妊娠って事になっ…」
私はびっくりして言葉を飲み込んだ。お部屋のドアが少し開いてて、おばさんが立ってる。
久々に見る、おばさんの忍者モード。いや、そんなこと考えてる場合じゃなくって。
「そう…私ももう、おばあちゃんになるのね。」
おばさんはお部屋に入ってきつつ、さほど表情を顔に出さず言った。いつもの事だけど。
「5日遅れじゃまだわからないわね…お医者に行くのはもうちょっと待ちましょう。保険証は由美さん
(うちのママ)から預かってるから大丈夫。検査薬も買うのは私がするわ、それから…」
「あ、あの、おばさん…怒ってないんですか?妊娠したかもしれないって事は、私改蔵と…」
「だっておめでたいことじゃない、お互い好きあって結ばれたんですもの。それに母親から息子の将来
を考えたら、得体の知れない女とくっつかれるより、昔から良く見てる素性の知れた娘さんと一緒にな
ってもらった方がいいと思うわけ、わかる?」
無表情のままなんだけど、態度や口調からしておばさんはなんかウキウキしてるようだ。
「そうそう。この際、出来てても出来てなくとも籍だけは入れる準備しときましょうね。」
「え?改蔵と私のですか?」
「ちょっとちょっと、俺は18になってないよ、まだ半年以上先。それになったとしたって未成年だよ、
両方の親の全員の同意署名とか、いろいろややこしい事がいるんだろ?」
「そのへんはね…実はすでに済んでるのよ。もう2ヶ月前にね。」
おばさんは一旦自室に行くと、戻ってきて一枚の紙を差し出した。改蔵とそれを見る。
正真正銘の婚姻届。私と改蔵の、だ。
「…は?」
「あとは、あなたたちが自分の署名をするだけになっているわ。」
「あらかじめ作っといたって?2ヶ月前…暮れに、区役所へ届出用紙を色々取りに行ったあの時の…」
「そうよ改蔵。早めに婚姻届を作ろうって言ったのは由美さんなんだけどね、羽美ちゃんが来た日。私
は急ぐことないって言ったんだけど…作っといてよかったわ。まあ半年じっくり話し合って。」
うー。おばさん忍者みたいって思ってたけど…私が居候した日からって…実は予知能力者?
いや、作るって言ったのはうちのママだから、予知能力者はママ?あれ?
な、なんか混乱してきたな…。
「なんか色々裏で動いてると思ったら、こういうことかよ。」
「ごめんなさいね。ちょっと強引だったかなとは思ってるわ。もっとあっさりくっつくと思ってたもん
だからちょっと焦りもあってね…二人とも、いろいろ圧力かけて悪かったわね。」
「あ、あの、話が全然見えないんですけど?なんでもう婚姻届が出来てるの?圧力っていったい何?」
「羽美、オマエやっぱり気づいてなかったのか…おふくろが色々画策してた事。」
「え?え?え?」
私は二人を交互に見比べる。改蔵は気難しい表情だ。おばさんはすましてる。
ちょっと一人になれた。そうだ、ママに電話。
『あら羽美、赤ちゃん出来たってね、おめでとう。こっちから電話しようかと思ってたのよ。』
「…ちょっと待ってよママ。誰に訊いたのそれ、何で知ってんの、ビックリとか慌てたりとかしない
の?普通こんなことになったら怒るでしょ母親は、怒らないの?」
『別に。初めからこうなるもんだと思ってたから。男の子かしら女の子かしら、ああ楽しみ。』
「あのね、まだ、妊娠って決まったわけじゃないのよ?てか、なんで婚姻届が出来上がってんの、なん
であの日にはもう婚姻届を作ろうって言い出したの?いったいぜんたいこれはどういう事なの?」
『あら、ダメな娘ねぇ…その辺は空気をしっかり読んでれば、そちらにご厄介になった日には気づいて
るはずの事なんだけど。だいたいあんたそちらの嫁になるんだから、もうお姑さんに何を要求されてる
か訊かなくともピンとくるようにならなきゃダメなのよ?』
「嫁ってママ、ねえママ?なんか前提条件がどんどん先走って、私を置いてけぼりにしてるわよ?」
『あ、それからね。しばらくは身体冷やしちゃダメよ、もうあなた一人の身体じゃないんだから。まさ
か「産まない」なんで言い出さないでしょうね?だめよちゃんと産んで育てなきゃ。』
「ママってばー。」
『安心しなさい、偶然出来ちゃった子だって頑張ればちゃんと…いや、その…それなりに育つもんだか
ら。じゃね。』
私が電話を終えた後、朝ご飯の食卓を囲む席でも話し合いは続く。おばさんが言う。
「学校の事は心配しないで。その辺は私が何とかするわよ、その手の交渉ごとは心得てるし。」
「そんな事していただくのは…」
「いいから。羽美ちゃん、あなたと改蔵の事で何かあったら力になるって言ったでしょ?で、問題は夫
婦になったとして、いかに自立できるようにするか、って事ね。」
おばさんはもう私と改蔵が夫婦になって子供を産むことを前提として喋ってる。
困ったな、ママもそうだったけど、私、そんな自信ないのに…私の戸惑いを知ってか知らずか、おばさ
んは自分の話を続ける。
「その辺も私が考えるわ。もしどうにもならないなら…この人の所で鍛えてもらうわ。ね、あなた?」
おじさんは味噌汁をすすりながら頷く。
うげ。
おじさん(改蔵のお父さん)の所で鍛えるって…おっと、これ以上はここでは無理。
あ、ちょっと弁解させてね。
おじさんは、急にここで出てきたわけではない。最初のシーンからずっといたんだよ。
ていうか、これまで一年弱にわたり話をしてきたけど、その間ず――――――っと…実はおばさんが出
てくるシーンでは8割方、おじさんはその場にいたの。
ただちょっと訳ありで、わざと触れずにいたんだけど…その訳ってのは言えない。言えない理由もね。
まんがでも改蔵のお父さん、意図的に描写を避けられてるでしょ?
そのうちどうしても登場させる必要が出てくるかもしれないけど、本当の事は描けないから、多分わざ
とリアリティのないギャグ設定で出てくると私は思う。
それは置いといて、てかこれ以上言えないから、先に進むね。
とりあえず登校。途中でも二人で話し合った(他人には聞かれないように)。
けど、ほんとに産んで育てられるのか結論なんて出っこない。出ないまま学校に着いた。
二人してなんとなく朝から部室へ。部長がPCでチャット中。
「あら、おはよう…どうしたの、何か浮かない顔ね、二人とも?」
そうだ、部長なら力になってくれるかも。
「うーん…実は…私たち、赤ちゃんが出来ちゃったかもしれないんですよ…」
あれ?部長が一瞬衝撃を受けたような…こないだの喫茶店を出た時のセリフが頭をよぎる。
でも、少したって「…そう」と言うと彼女はチャットに戻った。よかった普通じゃん。
と思ったら、いきなり改蔵が私を廊下に引っ張りだした。
「オマエ馬鹿か、なんであんな事いったんだよ?」
「え、何よ、私は別に…それにあの人、改蔵に抱かれたのは私たちを結びつけ直す為だって…」
「あん時の言葉が全部本気だと思ったのかよ、ちょっと考えりゃわかるだろ!?」
「わかんないよ!あんたこそそんな女心の奥底、一回のエッチで判るもん?実は私には内緒で、あの後
も何回か部長と寝てるんじゃないでしょうね?」
「アホかオマエは!?あー…出来たのか産むのか育てるのか問題山積みだってのに、さらに増やし…」
改蔵が言葉に詰まる。私も改蔵の向いてる方を見た。
地丹が全てを聞いていたのだ。このパターン、今朝2回目。
「いい事聞いちゃった。赤ちゃん出来たって?いけないなぁ。」
地丹はくひひと笑う。
「実はね、おとといおうちに遊びに行ったとき、タンスの裏から『いいもの』見つけたから冷やかしネ
タにしようと大量にコピーしといたんだけど…もひとつ、より強力な冷やかしネタが出来たねー。」
言いながら『いいもの』を見せびらかす。なんと、私と改蔵の『けっこんとどけ』を両面コピーだ。
「さて、教室に行ってこれをばら撒きながら『羽美ちゃん妊娠だって』って言いふらそうかなっと。」
「ま、まちなさーいっ!!」
私と改蔵は地丹を追いかける。校舎の中をどたばた走り回る三人。途中で気づいた野次馬がついてくる。
それもだんだん人数が増えて…なんなのよこれ、あーもう、どうすればいいのよ!
教室に行くはずがなぜか屋上に出た。改蔵が出入り口のドアを閉める。
「はあはあ、ドアにつっかえ棒をしたからしばらく野次馬は来れないぞ…要求を聞こうか。」
「要求?何それ改蔵?」
「こいつが単なる冷やかしでこんな事するわけがない。なんか取引をしたいんだろ、そうだろ?」
「そうだよ。僕の要求を呑んでくれれば、この紙もばら撒かないし秘密も言わないよ。」
『紙とか秘密って何だ、教えろ!』
と、野次馬はドアの向こうから叫び、がたがた開けようとしてる。
「僕の要求は2つあるんだ…1つはね、『科学部の次期部長は、僕にする事!』」
「いいよ。そうしよう。」
改蔵があっさり言う。地丹は拍子抜け。
「じゃ、次の要求だ、『改蔵君のうちに行っても追い返さないで飲み食いさせる事!』…どうだ!?」
…なにそのセコイの。ほんっと器の小さい奴…同時にドアが開き、野次馬たち登場。
「だめよ坪内くん、そんな事したらこの二人のエッチの邪魔になりかねないわよ?」
ほかの野次馬も「そうだそうだ!」とはやし立てる。なんか大騒ぎになって…
え?あれ?
なんでみんな、私と改蔵がエッチする関係だって知ってんのよ!?
「何だよみんな、僕は別にSEXまで邪魔する気はないぞ、飲み食いするだけだ!もー言ってやるぞ、
だいたい邪魔も何も、この二人は赤ちゃんが出来たかも知れ…」
「わー!やめてー!!」
「そりゃ子供だって出来るだろこの二人なら。だからって好きなだけ飲み食いはやりすぎじゃないか?」
「そうだ坪内、せめてそれは一日に一回だけ使える権利、とかにしとけ。」
「…うーんそうか、じゃそうしようか。」
「ちょっと、みんな待ってよ!?何で私と改蔵の仲がばれてんの?なんで私の妊娠に誰も驚かないの?」
「ばれてんの、って…秘密にしてるつもりだったの羽美ちゃん、それ?」
「てか、うちのクラスで『二人にいつ子供が出来るか』賭をしてたの、気づかなかったか?」
私は呆然。改蔵はなんか遠くの空を見ている。
「何してんの、もう一つ冷やかしネタは手元にあるんだよ?2番目の要求、呑むの呑まないの?」
「ねえ坪内くん、なんで二人の邪魔したいの?」
「だって羨ましすぎるじゃないか!前から言おうと思ってたけど…全ての幼馴染カップルが改蔵くんた
ちみたいにずっと一緒で仲睦まじく結ばれるわけじゃないんだよ!僕にだって、小さい頃よく遊んだ幼
馴染の女の子はいるんだ。でも今じゃ道ですれ違っても挨拶もしないよ、普通そういうもんさ。」
何人かの野次馬が頷く。
「羽美ちゃんさ、こないだ春一番が吹いて君のスカートがめくれてパンツが僕に見えて…改蔵くんが怒
って僕をどついた時何て言った?『ごめん、改蔵って小学生のころからこうなのよ』そう言ったよね?」
「え?それ、なんかへん?幼馴染の男の子って、大きくなってもみんなそうなんでしょ?」
「んなわけないだろー!!」
これは地丹だけじゃなく、複数の男の子で合唱に。
「ねえ君たち、自分たちがどんなに恵まれた幼馴染かわかってないよ。一緒に暮らせるなんて普通ある
わけ…とにかく少しくらい分けてくれよ!一日一回の権利、それだけだよ!?」
「わかった。その要求呑もう。」
改蔵が真摯な態度で答えた。うー…まぁしょうがないか。
「それと、オマエの幼馴染の事なら大丈夫だと思うぞ。たまに見るあの眼鏡の娘だったよな?きっと今
からでもうまく行くさ。」
あら、改蔵が人の恋路のフォローするなんて…やるじゃん、珍しく。
「彼女から2月にチョコは貰えただろ?なんせ俺だってチョコ貰えたくらいだしな、その娘からは。」
地丹の顔が、まんがの地丹が愕然とした時の表情と同じになった。
そして『きょえ――――っ!!』と叫ぶと、二人のけっこんとどけを屋上から盛大にばら撒き始めた。
一言多いのは改蔵の悪い癖だ。それ言うと『オマエが言うか』って返されるけど。
地丹にコピーをばら撒かれた結果、今教室には人が押し寄せてる。
私の書いた懐かしい文面、また改蔵の書いた不発弾文面に誘われて皆は来たんだけど、そこに次々と妊
娠の噂は伝わり、もう手の施しようもない。
「やっぱ結婚して産む気なんでしょ?予定日は今年の暮れ頃だね。」
「出来たのって改蔵が風邪で寝込んでた頃だよな?あれほんとに風邪だったのかよ?」
あ、部長も来てる。改蔵が真っ赤になるたびクスクス笑ってる。やっぱこの人は大丈夫じゃん。
相当冷やかされたが、祝福もいっぱいされ、放課後やっと落ち着いた。
学校当局にも騒ぎは伝わった筈だけど、今の所何も言われてない。
「おふくろがなんか先手を打ったんだろ。それで済まないならおやじが出てきた、かな。悔しいけど。」
「つくづくあんたの両親ってすごい人たちだね。」
周りもいろいろ協力してくれてるんだ。もう二人とも覚悟決めるしかないよね。とりあえず私たち自身
に出来る事は、これから二人…いや三人で暮らしてゆく準備を整えておく事、かな。
「ごめんね今回の事は…発端は私なのにね、いけない娘よね…あ、もう『娘』とは言えないか。」
やっと二人きりになった廊下。私は改蔵に近づき寄り添った。少し冗談めかして言う。
「これからもよろしくね、改蔵パパ…」
「パパ、ねぇ…あー大変だなぁ。」
難しい表情の改蔵。しっかりしてよ、と言いかけたその時…下腹部に特有の感覚が。
「え…あれぇ…あ!あー!改蔵、来た――――――っ!!!」
「なんだなんだ、おい人を急に引っ張ってどこ行く気だ、そこは女子トイレだぞ!」
なんと5日遅れで始まったのだ。こんな遅れる事なかったのに…。
一応の処置をして個室から出ると、笑いながら改蔵の手を取った。
「アレ始まったよ、アハハハ…覚悟決めたのにバカみたい。なんか拍子抜け、アハハ…どしたの改蔵?」
改蔵は笑ってないのだ。私も気づく。
私たちを取り巻く状況は、ドミノ倒しのように連鎖的に変わってしまった。そして、ドミノ牌の最初に
倒れた一個が元通りに立ったからといって、連鎖で倒れていた他の牌はひとりではに戻らない。
それどころか、今こうしてる時点でもどこかで何か変わりつつあるかも知れないのだ。
「なによっ、悪いのはあんたでしょっ。」
一週間経ち今日は卒業式の日。もはやお約束なので、駅前商店街の店々のおじさんおばさんは「ああま
たか」って笑顔で二人のケンカを見てる。
どうも『けっこんとどけ』は風に乗り街中に飛び散ったらしいのよ。
ケンカの原因?それは、まあ、他愛もない事で…
要するに、また駅の階段で、私がパンツを下から他の男に見られた見られてないで揉めただけなのだ。
思い返すと、二人が一緒に暮らすことになった日の下校の時のケンカも同じ原因だったな。
仲直りして腕を組もうとする…そこで改蔵が急に電波系雑誌を買うのもお約束。
超文明とかUFOとか面白いのかなあ?どうせなら呪いとかそっち系統の本読みなさいよね。
この一週間いろいろあった。
私たちはまんがとは直接の繋がりはなくなっちゃった。定期報告ももうしない。
二人がデキちゃった事、編集部にも伝わったしね。まんがの中の「改蔵」と「羽美」をやりまくりカッ
プルとして描くわけにもいかないから、今後はオリジナルエピソードで続くんだって。
でも私たちのケースが初めてって訳じゃないんだそうよ、こんな風にまんがの予定してない所でモデル
の二人がデキちゃって、その後完全創作で描き続けられていくの。
内緒との約束の下、そんなまんがの例を編集部はいくつか挙げてくれた。教えられないけどね。
私が妊娠してなくて、ママは大落胆。よっぽど孫の顔が見たかったらしい。おばさんはさほどでもない
んだけど、教えてない私のアノ日の周期をなぜか正確に把握してたのが引っかかるなあ。
クラスでは私の妊娠不発で少しの間しらけた。でも今は、結局学校が何も言ってこなかったのをネタに
『学校公認やりまくり同棲カップル誕生〜!』とはやしたて盛り上がってる。
あと自分で驚いたのは、妊娠してなかったのを私が少し残念に思ってる事。
もちろん今すぐまた赤ちゃんが欲しいって訳じゃないんだけどね。
そして、二人の仲は、この事件で少し成長した…と思える、かな。
二人は喫茶店に。部長(正確には『前部長』なんだけどね)とお茶の約束なの。
彼女も卒業しちゃったけど、多分頻繁に遊びに来てくれるよね。お店に入ってきた私たちに気づいた。
「いらっしゃい。ちょっと昨日、編集部で面白い話を聞いてきたのよ、興味あるでしょ?」
「『精神病院オチ』ですか…」
「そうよ。あのまんががすぐ終わるって訳じゃないの、まだ1年…もっと続くかもしれない。ただもう
この機会に、最終回のオチはそう決めたんだって、センセイが。」
彼女は昨日はお別れの挨拶でサンデー編集部に出向いて来たのだ。
「不満?二人とも患者でした、まんがの中の出来事は全部病院内で起きた事を病気のフィルターを通し
てみた半分妄想のストーリーでした、って事になるみたいだけど。」
「オレたち、治って終わるんですか?ならいいんじゃないですか?特に羽美なんか、患者だったって事
にでもしないと問題な事ばかりしてますからね。」
「まんがの中では、でしょ?まあ、私も特に不満って事は…」
しばらく無駄話の後、珍しく部長が支払いをし、喫茶店を出た。彼女の家はここからだと反対側だ。
「じゃ今日はこれで。さて、卒業のけじめだし…決着をつけとかなくちゃね、改蔵くんの事。」
「え…じゃ、やっぱり部長、改蔵の事を…」
「まあね。これでも私ずいぶん悩んだのよ、見た目わかんなかったかもしれないけど。で、結論はね…」
言いつつ彼女は携帯でメールを打ってる。誰に送るんだろと思ったら、私と改蔵の携帯に同時に着信。
『二人に 幸あれ。』
目の前の彼女は私たちに微笑んでる。今まで見た部長の笑顔の中で最高の、とびっきりの笑顔。
軽く手を振るとすぐに踵を返し、彼女はそれきり振り向かずに去って行った。
そして春休み。この家に居候してもうすぐ1年になる。いい天気の朝。
「ねえ羽美ちゃん、ちょっと…」
「はいなんでしょうお義母様っ!お茶でしょうか食器洗いでしょうか、ええと、掃除はもう…」
「あのね、そんな無理に私の要求を先読みしようとしなくともいいのよ、もっと自然に…」
「うう…マリッジブルーですわお義母様!」
「こらこら飛躍しない。それとその『お義母様』ってのやめてね、恥ずかしいから。ま、ぼちぼち仕込
んであげるわ。ちょっときついかもしれないけど覚悟してね。」
おばさんは軽く微笑む。私はちょっと後悔。
「色々教えなきゃね…料理、洗濯、将来に備え育児関連…お望みなら『夜のテクニック』もね。」
「い?いえ、そこまではっ。」
私は今度は慌てた。おばさんは冗談でなくそういう事を言う時があるのよね。
「あっそ。それはそれとして、今日の私とうちの人の予定は知ってるわね?」
「はい、今日は平日だし、いつも通りお仕事にお出かけですよね。」
「そうよ。だから昼御飯と晩御飯は羽美ちゃんの考えで作って食べてね。あとは…」
細かく言われ、私はメモに取る。
え?おばさん達を送り出したら、家事をほっぽり出してエッチばっかりするんだろうって?
しないわよ。お正月の時とはもう違うの、私たち。ちゃんと節度をわきまえてるんですからね。
1時間かけ、改蔵にも手伝わせて家事を一段落させた。トイレ休憩しよう。
個室に入りパンツを足首まで下げたら、急にドアが…あいつもトイレ休憩を考えてたみたい。
改蔵に見られたままおしっこをする私。
「スケベ、2階のトイレ行ってよ!」
「…スカート下げて隠せばいいだろ。なにもヘソが見えるまでたくし上げてなくとも…」
「しぶきがかかるから駄目よ。改蔵出て行かないの?ね、ここの鍵、何で壊れやすいの?前の時だって。」
「1年前のアレか?オマエ、おふくろのしてた策略まだ気付いてないんだな、アレは壊れたんじゃなく
って細工されてたんだぞ。アレが二人を深い仲にするきっかけになったと言えなくもないのに。」
「策略?細工?きっかけ?何の話よ?」
「いいよ、オマエは最後まで気づかないよきっと。だけどよく出るな…なあ、もっと脚を開いてくれ。」
「あんた変態?エッチの時とは違うの、こんなとこ見られるのすっごい恥ずかしいんだよっ。」
私は脚を広げ、おしっこを続けながら言う。改蔵は顔を近づける。
「うー、結局モジャモジャでよく見えないな…なあ、部屋に行ってもっと…」
「やあよ、トランプで負けた時、思う存分見せたでしょ?」
「SEXしたくなったんだよ。嫌か?なら独りでするさ、あの頃を思い出して。思えばあのトイレ以来、
オマエの着替えの盗み見とかオカズに2階のトイレで…早く一つになりたいって思いながらしてたな。」
「そ…そうだったんだ…実はあの頃は、私も同じ事…」
おしっこは終っちゃった。そして私、改蔵としたくなってる…
ごめん、さっきの『節度』の話は撤回ね。
お部屋に行き裸になり、Wベッドであちこち互いにキス。彼は手早く避妊具を被せ、私に挿入す…
「かいぞーくーん、うみちゃーん、いるー?いるんだろー?」
…地丹くんだ。改蔵は勃起がおさまらないので、私がさっと服を着て応対。
「なによ何しに来たのよ、私たちそんなにヒマじゃないのよ?」
「ラフな格好だね羽美ちゃん、いかにも慌てて着た感じ…おっとそんな殺人鬼みたく睨まないでよ。こ
ないだ約束した例の権利を行使に来たよ。」
地丹は結局1時間居座って、ケーキとコーラを飲み食いしてやっと帰った。
私は醒め切っちゃってたんだけど、二人に戻るとすぐ改蔵は私を押し倒しせっかちに裸に剥いた。
改蔵はこの時とばかりに私の例の弱点を攻める。電気のように強い快感が身体を駆け巡り、身体がカー
ッと熱くなる。アソコも濡れて息も荒くなり、ついに甘ったるいおねだり声が出始めて…
「ごめんくださーい。名取様いますかー?」
…私は上っ張りだけ羽織って玄関へ。おどおどした女の子が立ってる。
「あ、名取様、今いいですか?あのですね、こないだの、ヌンチャクの片方にヘンなものをつけて意外
性を狙うって件なんですけど、イマイチいいのが思い浮かばなくて…」
「生肉でもつけとけば?」
てきとーに言ったんだけど。彼女は物凄く納得した表情で、ツインテールを翻し帰って行った。
「ごめんね改蔵、あの娘ね、まんがの私とこの私をごっちゃにしてて、私の家来になった気で…」
改蔵は憮然としてる。やっと一つになれそうって所で玄関に出ちゃったもんね私。
うーん仕方ない、おわびに指と唇と舌で彼のモノを可愛がってあげちゃおう…ほら、改蔵も再び昂ぶっ
てきた…こんなに硬く大きく…
「改蔵くーん、いるー?ねーねーみんなでカラオケいこー、久しぶりに改蔵くんの『実写版鉄腕アトム
の主題歌』が聞きたいなー。羽美ちゃんなんかほっとけばいーじゃん、ねーねー。」
私はキレかかり、半裸で構わず玄関に。
「改蔵は今はカラオケなんかしませんっ!!あんたらなんか、一生の間ずっとしんでろー!!」
でもなぜか今日はその後も、私たちがいよいよ繋がろうとする度に邪魔が入ってくる。
私の弟が「改蔵が探してたレアカード見つけたから」とやってくるし、怪しげな自称霊能者が「この家
の階段下の小部屋にはお化けがいると聞きましたが」と除霊に来るし、ついには竿竹屋まで…。
急に改蔵がハッとした。何よ、何か原因に思い当たったの?
「こ、これは…家庭訪問に違いない。」
「は?」
「きっと今週は家庭訪問が解禁なのだ。誰がどの家を、家庭訪問してもいい週なのだ!!」
素っ裸のまま改蔵は力説し始める。私も引きずられて全裸で突っ込みをいれる。
「アホかあんたは、家庭訪問って、何でクラスメートとかが来んのよ、普通来るのは教師でしょ?」
「教師が家庭訪問なんかしたら、家庭教師になってしまうではないか。」
「…わけのわかんない事言わないでよ!?」
「家庭教師なんていたら大変だぞお…『マツダユ●サクに殴られたり』とか『シンゴちゃんにポスター
隠されたり』とか…それに…」
「わー改蔵壊れないでー!そんなことよりいいことしよっ!ほらっコレ好きでしょっ!」
私は小ぶりながら弾力には自信のあるおっぱいの間にあいつの顔を埋めさせ、ムギューと抱きしめた。
「うう…このプニプニ感は…いや、それより…家庭菜園で聞いたこともない野菜…」
「えーいしつこい、これでもかー!」
「おお、やわらかいなあやっぱ…家庭…家庭用サウナで…普段かかないような色の汗…ん…んむ…」
むりやり乳首を口に含ませた。よしよし一心にしゃぶり出した。なんとか精神崩壊は押しとどめたかな。
舌使いにも調子出てくる。私も気持ちよくなって来た…ああ、やっと愛してもらえる…
『あら、家庭訪問のネタいじりはもう終わりなの?』
『代わりにおっぱいいじりを始めたみたいな会話してるぞ。』
ちょっとちょっとちょっと、窓の外で聞いてんじゃないわよ!!
「おいオマエ等、さっきからなんなんだよ、邪魔するな!」
改蔵がカーテンを開けて言う。皆は笑うだけだ。私はシーツで身体を隠し真っ赤な顔。
「地丹くんまでいるじゃない?あんた今日の分の権利行使は終わったでしょ?何でまだいんのよ!?」
「あ、今度は伝言だよ。センセイがね、もし二人が結婚とか本当に妊娠って事になったら教えてほしい
んだって。話はオリジナルで続くんだけど、そういうイベントはまんがに入れておきたいらしいんだ。」
「え?」
「前の部長の提案らしいけど。じきメールが二人にも入ると思うよ。今日のこの事も報告しとこうか。」
じゃ、私たちが結婚したら、次かその次の週あたりで、まんが「かってに改蔵」でもオリジナルの話の
途中に、急に二人の入籍のシーンが挟まる…って事?
私はそんなことを考えてたけど、改蔵は違ったらしい。『帰れこのヤロ!』とギャラリーを追い払うと、
突然服を着始めた。
「ダメだ羽美、この家じゃ…ラブホかどっか行こう、でないと続きができねえよ。」
「え?続き?まだする気なの?おばさんに言われてた家事の残り、そろそろ始めなきゃいけないのに?」
「オマエ、もう続きしなくともいいのか?」
「…したいけど。」
皆に気づかれないよう、そーっとうちを出た…筈だったんだけど。
「あ!いたわ、逃げてどっかでエッチする気よ、追いかけて!」
私たちは逃げる。二手に分かれたり藪を抜けたり…だけど連中も追いすがる。いつの間にか桜並木の下。
「ハアハア、なんか楽しいー!ねえ改蔵、私、すぐにでも改蔵のお嫁さんになりたいのー!」
「は?何を急に電波な事…ハアハア、ほら逃げないと!」
「改蔵お願い聞いて、私あなたの妻になりたいの、奥さんになりたいの、『勝 羽美』になりたいの!」
「まてー!待つんだ二人とも…ハアハア、新部長の命令だぞー!!」
「あなたの赤ちゃんたくさん産みたいの、夫婦仲良過ぎだねって冷やかされるようになりたいの!」
満開の桜の下、私たちは花見の人々の間を縫うように走る。見知った顔もいる。私はなお言う。
「30才40才になってもエッチいっぱいしたいの、ハアハア、えっとそれから…」
「してやるよ、だから急げ、追いつかれるぞハアハア…」
少し遅い私の手を取ろうと、走りながら自分の手を差し出すあいつ。
「だいたい、何をいまさらな事言ってんだよ!それって俺たち小さい頃から誓い合ってた事だろう!?」
聞いてた花見客たちが『おー!』と賞賛する。私は自分の表情がぱあっと明るくなるのがわかる。
「そうだよね!私言ったもん、『うみはかいぞうくんのおよめさんになることをちかいます』って!!」
走りながら私も手を伸ばす。まだみんなは追いかけてきてる。手がもうすぐ届く…掴まえた。
桜の花びらが舞う中、私は駆け抜ける…幼い頃と同じように手を取り合って、大好きな人と。
あいつは改蔵、私と将来を誓い合った事もある幼馴染の男の子だ。
そして、その誓いは…
―完―