「あーよく寝たー。改蔵おはよー、涼しいねこの布団。」
朝。私は久しぶりに熟睡して気持ちよく目が覚めた。
そこに寝るだけで、冬は遠赤効果で暖かく夏は湿気を発散させて涼しいという、セラミック繊維織り込
みとやらの高価な寝具。おばさんが「試しに一組だけ買って、具合がよければみんなの分揃えましょう」
と言って取り寄せ、この部屋に敷いてあるのだ。前の晩までは改蔵がここで寝てたんだけど。
改蔵はどんよりとした目つきで押入れの上の段にうずくまっている。ほとんど寝れてないんだろう。
私たちの奇妙な同居生活はまだ続いている。あと数日で夏休み。
だいぶ前の脱衣所の事故みたいなキス以来、私たちはキス一回すらしていない。
毎晩同じ部屋で寝ているにもかかわらず、だから私はいまだに処女。
というのも…。慣れてくると互いの生活パターンがわかってきて、一緒に居ても大丈夫な時まずい時が
重ならないように自然に行動できるようになってきたのだ。その結果、今の所奇妙な平衡状態になって
て、どちらからも一線を踏み越えるきっかけも必然性も欲求もない状態なのね。
あ、欲求は、すこしあるかな。たまに独りで解消してるんだけど。
結局、あの時進めた一歩の後、二人の仲はほんの少しずつしか進展してないって訳。
でも、これはこれでなんか居心地が良かったりする。しばらくこのままでもいいかな。
おばさんがノックをしてからドアを開け顔を覗かせた。
「お早う。起きたみたいね…あら?なんで寝てる位置が逆なの?」
「あ、お早うございますおばさん。これは、あの…寝苦しかったんで、替わってもらったんです。」
「替わってもらったんですじゃねーだろ。無理やり入れ替わったんだろ。」
「…まあいいわそんな事。早く食事しなさい。またシーツ洗いましょうね。」
くずかごを覗き込みながらおばさんは言い、シーツを点検?して軽くそれを畳むと持ち去った。
しかし不思議だな、なんでおばさん自分でこの布団試さないんだろ、こんなに寝心地いいのに。それに
これ、セミダブルなんだけど…。
「ねー、私着替えるから、改蔵むこう向いてて。」
言うなり私はパジャマ代わりのTシャツを脱ぐ。その下は裸だ。おっぱいが揺れる。
上半身裸のまま私はタンスまで歩いて行き、私の段からブラと学校指定のブラウスを出し、ブラを手早
く着ける。
最近着替えるときはいつもこんな感じ。
改蔵はむこうを向いてるだろうけど、そうしてなくとも構わない。どのみち私を襲う気ないらしいし。
このうちに来た最初の頃の、鍵をかけトラップまで仕掛けてから着替えてたのが嘘のようだ。
パジャマ代わりのハーフパンツを脱ぎながら改蔵の方を見ると、あいつは律儀にむこうを向いて着替え
ている。プレイボーイのウサギマークのプリントのトランクス一枚になった所だ。
あいつのこんな姿を見るのも当たり前になった。最近はさほどドキドキもしない。でも、あまり見てる
とあいつの方からスケベ女とか言って来るので注視はしないけど。
私が靴下をはいてる最中に改蔵は着替え終わり無言で部屋を出て行った。これもいつもの事だ。
着替えのときがそんなだからといって、私たちがお互いに男・女を感じなくなってしまったわけではな
い。お互い結構意識してる。
たとえば、同居前の改蔵ってのは、私が部屋に来てみるとエッチな本(っていっても大した事ないレベ
ル)を部屋のそこら辺に無造作に置きっぱなしにしてあったりしたもんなんだけど、今では人目(すな
わち私の目)につかない所にさりげなくしまってたりするのだ。
まあ、部屋の片づけするのが私だから、結局すぐ見つかるんだけどね。で、私に見つかったなと気づく
と、今度は別な場所にしまったりする。
もしあいつが私に対し異性として意識してないなら、そんな真似しないよね。
また、私のほうはといえば、最近は、改蔵のいる部屋に入るとき、あるいは自分が部屋にいて改蔵が向
かってくる音がしたときは、ぱっぱっぱと身づくろいをしてはしたないカッコのところを見られないよ
うにしたりするようになった。前髪を整え、上着の裾を直し、塵や糸くずがついてないかチェックした
りしてからでないとなんか不安で恥ずかしい。
同居前はそんなこと気にしなかった。改蔵の前ではボサボサの髪の毛で結構平気でいたりしたもんだ。
私も変わったなあ。
まあ、あのキスの時に感じた気持ちのどこまで私の本心なのか、まだわからないんだけどね。
あと、今朝の一件については、疑問に思う人もいるかもしれない。
「その高級布団から追い出された改蔵、階段下の小部屋に移動すればよかったんじゃないの?」と。
実は、階段下の小部屋は、私が改蔵の押入れに居ついた翌々日くらいに、私んち(名取家)の荷物が「4
畳半で3人で暮らすには多すぎるからいくらか預かって」というママの要請で収納されてしまっていて、
ドアを開ける事が出来ないくらいギュウギュウ状態なのだ。
中のお化けも大変だな。
一緒に登校。教室に入り、クラスメートと挨拶。
彼女達は私が改蔵んちに居候してることは知ってるけど、最近は冷やかされる事もなくなってきてる。
まあ、中等部の頃から私と改蔵を見てた子も多いし、まあ長い目で見てやろう、って気でいるんだろう。
と思ったら、授業中になったら、メモが回ってきた。
『改蔵くんと、本当は(←ここだけ3倍くらいの大きさで蛍光ピンク)どこまで進んでんの?』
今でも一応興味持ってる娘いるんだ。『何も進展してないわよ』ってマジ回答メモを返す。
わかるかな?私はクラスの女の子たちと、まんがにあるほど疎遠じゃないのよ。
だいたい、「山田さん」やその他、まんがの中のクラスの女子キャラ達は、実際はそのままの形では実在
しないのだ。実際のうちのクラス委員はメガネの小柄な娘だし。
うちは私立大付属の中高一貫校で、学校名もまんがとは違う。でもってまんが化する時にその辺を変えた
ほか、モデルの私たちは中等部だったのを高2という設定にして連載開始したのだ。それが、ぐるぐる
まんがに現実が追いついて、ほんとに私たち高等部2年になっちゃった。来年どうするんだろ?
まあそれは置いておこう。土曜日なのであっというまにもう放課後だ。
部室でまたムダ話の最中。部長は相変わらずしれっとしたままきわどい質問を単刀直入に訊いてくる。
「ふーん。で、抱いてもらえない事について、羽美ちゃんはどう思ってるの?」
「どうって…別に。今のままで居心地いいですし。」
「改蔵くんも居心地いいのかしら?」
「さあ…」
私は今、部長とテーブルを挟んで座ってる。っていうかテーブルの上のお皿の、残り一個になったオレ
オを挟んで対峙している。さて、どっちがアレを食べるか…。改蔵と地丹くんはむこう側で、色々な人
たちの「キレる最終ライン」について話してて私たちの話を聞いてない。
「改蔵くんもねえ。もう少し、『女の子の扱い方』が器用になると、色々面白くなるんだけどね…。」
「どういうことです?」
「ええと、ね。最近のあなた達のクラスの女の子達の態度、違ってきてない?改蔵くんに対して。」
「はあ?なんかあったんですか?別に会話してても普通ですけど。」
「あらそう…やっぱ羽美ちゃんには、その辺の空気を読むのは…」
部長が何か考え事に入ったように見えたので、私は最後のオレオをぱっ、と取って一口かじった。もう
これでこのオレオは私のー。部長はオレオを取られて怒るかと思ったら平然としてる。
ていうか(やっぱりわかってないわね)と言いたげな表情だ。なんでだろ?
改蔵と地丹くんは「譲れない最終ライン」の話で盛り上がってきて、壁のホワイトボードにさまざまな
最終ラインをリストアップしてる(『まんが家→先週何を描いたか忘れる』などなど)。部長もそちらに
加わりたくなってきたらしい。立ち上がりつつ私に、最後の一言という感じで囁いた。
「羽美ちゃん、彼の男としての部分を過小評価してない?けっこう、急にムラムラッと来るものよ、男
の子って。二人の間の最終ライン、結構もろかったりしてね。」
翌日になって今日は日曜日。改蔵は「これは巡礼なんだよ」というと、アキバに行ってしまった。
今日はおばさんもいない。私は市民プールの監視員のバイトを監視が厳しすぎるって言う変な理由で首
になってるので外出する用がない。あー暇だなあ。
誰もいないのでノーブラにおへその見えるタンクトップ、そしてパンツのはみ出すショートパンツで過
ごしてる。いくらなんでも改蔵がいるときは出来ない格好だ。
テレビをつけっぱなしにしたまま冷たい飲み物を脇においてダラーっと横になってたりして。
セミが鳴いてる。高校野球も予選だと大差がついたりしてあまり面白くない。
ふと、昨日の部長の言った言葉、「急にムラムラ」と「最終ラインもろかったりして」を思い出す。
そうなんだよね…あいつには前例があるしね。
「前例」と言うのは、中等部1年生の時の事件の事だ。
あの頃、私は改蔵の信じきって…ていうか、なめきって…いた。すでにお風呂には一緒に入らなくなっ
て久しかったが、裸を見せても別に平気、ちょくちょくあいつの目の前で着替えとかしていた。
その日も、学校からの帰り、改蔵の部屋に普通に直行してだべってたんだけど、前日から着け始めた「ブ
ラジャー」なるものが肌に合わず、私は始終もぞもぞしてた。
で、ついに我慢できずに外すことにしたのだ。
私はいつも通りセーラー服を脱ぎ、ブラジャーも外して裸の胸を改蔵に見せた。何の羞恥心も感じずに。
あいつも一瞬はブラジャーのほうに興味を持ち、私のおっぱいは気にしてないと見えたのだが…。
改蔵が急に黙り込んだ。私のおっぱいを見つめたまま。
そして突如私を押し倒した。
この年頃というのは、女の子のほうが男の子より体格がいい。当時の私は背もあいつより少し高かった
し、喧嘩になったら負けない自信があったんだけど、事実は違ったのだ。おっぱいをわしづかみにされ
揉みまわされ、乳首をいじられ…。
私は泣き出した。憑物が落ちたように改蔵が冷静に戻った。しゃくりあげる私の顔を呆然と見おろす改
蔵の顔と、私が暴れたせいでゲームROMや『モー』が散乱していた部屋の様子を覚えてる。
改蔵は、私に馬乗りになったまま、おどおどと私の髪を撫で始めた。後で聞くと、他にどうすればいい
のかわからなかったんだそうだ。
涙が止まった数分後、おばさんが帰宅。私は慌てて改蔵を押しのけ、ノーブラのまま制服を被ると、謝
ろうとするあいつに目もくれず部屋を飛び出し玄関へ。一目散に我が家に戻った。
この事はしばらく誰にも言わなかったし、数日間あいつと全く口をきかなかった。
まあ、家族ぐるみで行ったり来たりしてたから、なし崩し的にまた会話するようになってたけど。
ただ、そのとき見えない一線「最終ライン」が二人の間に出来、それを未だに越えずにいるのだ…。
てな回想をしてたら、居間の時計がボーン、と鳴った。見上げてびっくり。正午になってる。
「え。」
連載200回記念としてサンデーの編集部から貰ったこの時計…ちょっと進みすぎてるんじゃない?
まんがのモデルになると、他の有名なまんがのモデルだった人に会えるとか、こういう時計とかの記念
品もらえたりとか、色々役得があるんだけど…実は見た目ほど高価な時計じゃないとか?
でも、テレビも正午のニュースだなあ。お腹もすいた。
ちくわを入れたカップめんをすすりながら、また部長の言葉と中1の時の事件を思い起こす。
最終ラインか…まあ、今すぐ越えたいとは思ってない訳で。
だからあの時みたいに突如襲い掛かられると困るな…もうちょっと自制しよう。自分の今の格好をしげ
しげと見る。まるで襲って欲しいといわんばかりの格好だな。あいつが帰る前には肌を隠さないと。
やっぱ、ほんの少しずつ距離が縮まってるのかな、という今の感じがいいんだし。
たとえばこないだは、部屋の整理をしていて、あいつが私の写真を隠し持っているのを見つけた。
「もうやだ改蔵ったら、こんなもの大事そうに…私写真うつり悪い方なのよ…」
で、改蔵に聞いたら、それは心霊写真でモーに投稿したら3万円くれたんだよとか言ってた。
確かにVサインしてる写真はそうかもしれないけどね。他の3枚の私(学校のプールで部長がいつの間に
か撮ったもの。結構やらしいアングルのもある)については言葉を濁してたなぁ、なんか赤くなりながら。
あ、整理っていえば…。
「そうだ、改蔵の部屋のかたづけをしなきゃ。」
しばらくしてなかったのだ。てきぱきかたづける。ふと「うしおととら」のコミックスが目についた。
(この『うしお』のモデルになった人には会ったけど、これどこまで現実でどこから脚色されてるのか
訊いとけば良かったな…)
そんな事を考えてぱらぱらめくってみる。やがて、筋を目で追い出す。それがだんだんのめりこんで…。
気がついたらもう午後4時。
「え。」
…誰かが私の時間を盗んでるんじゃないの?
みんなが帰ってくる前に、と思い、シャワーを浴びた。
身体を拭こうとしたら、脱衣所兼洗面所には改蔵がいる。帰宅して顔を洗ってるらしい。予定外に早い。
困ったな。改蔵は石鹸を使い始めたところらしく、洗面所から追い出すわけにもいかない。
しかもこの家、浴室内で体を拭こうにも、洗面所との間のドアを開けてないと湿気と熱気がひどく、拭
く意味がないのだ。そしてタオルは改蔵の向こうにある…仕方ないよね…まあ大丈夫でしょ、うん。
「改蔵…体拭きたいんだけど。そのバスタオル取って、目をつぶるかこっち見ないでいてね…。」
目をつぶった改蔵に背を向けて身体を拭き始めた。
鏡が目の前にある。私の背後の改蔵が映ってる。石鹸を洗い落とし終わった所だ。
私は気づいた。自分の顔を拭きながら、改蔵は薄目を開けてこっちを見てる。
今私はタオルを身体の前の側で使ってるので背中側は生まれたままの姿だ。改蔵はエッチな感情の時特
有のぎらつく目つきで私のお尻を見てる。ドキドキする、今襲われたらどうしよう…。
慌てて隠したりするとかえって刺激するかな。そうだここはわざと余裕のあるフリをしてみよう。落ち
着いてタオルを身体に巻くと、私は作り笑顔で改蔵に向き直った。その瞬間目を閉じなおす改蔵。
「さて。どうしようか?こっち見ないでって言ったのに見てたよねー。」
「見てなかったよ。アホか。」
「そう?そこの鏡に映ってたんだけどね。あはは赤くなってやんの。すけべー。えっち。へんたい。」
「…るせえな。見られたくないなら、俺が顔洗い終えるまで風呂場にこもってりゃ良かった話だろが。」
あ、そうか。それ思いつかなかった。改蔵は赤い頬を隠すように逃げ出て行く。ほっとする私。
だけど危なかった、ギリギリな綱渡りみたいなもんね。今夜は気をつけないとまずいかな…。
今夜も件の寝具を一人で占領して寝る。改蔵は押入れ。上の一件があったのでいつもより警戒してた筈
なんだけど…結局普通に寝入ったらしく、取り乱した改蔵の声で目が覚めた。
「…越えてしまった!!最終ラインを越えてしまった!!」
うーん…なによその最終ラインって…明るい、そっか、もう月曜の朝なんだ…でももう少し…。
「もうおしまいだ!まったく昨夜のことは覚えてない!!」
やめてよ…せっかくいい気持ちで寝てるのに…なに大声出してんのよ改蔵…しかも私のすぐ耳元で…。
へ?耳元で?なんで?
私は布団の中で体を反転、声のほうをむいた。
改蔵の愕然とした顔が、すぐ近くにある。なんと、同じ布団の中にいるのだ。上体起こしてるけど。
「な、何でこの布団にいるのあんた?いつ入ってきたの?まさか…私に…変な事…」
改蔵は否定しない。血の気が引いた。『ちょっと危険、距離をとらなきゃ』と思い始めた所なのに。
「し、したの?私が寝てるうちに…そういえば、夜中になんだか胸揉まれたような…」
改蔵が自分の手を見る。なぜか胸のお椀の形を手で作り、それを揉んでみる仕草。ぼそっと言う。
「…やわらかかったな…」
引いていた血の気が一瞬で逆流、カーッと頭にのぼる。
「このーっ!このこのこの!!」
「ぐえええ、首、首絞めるな、ぐるじい…」
「乙女の胸を!乙女の胸ををを!!」
「しぬしぬしぬ…」
「私の処女を返せ!!さあ返せ今返せすぐ返せぇぇ!!」
そこではっとなった。改蔵を殺す前に、確かめるべき事がある。
改蔵の首から手を離しすばやく背を向けると、寝巻きのハーフパンツの前を開け下着の前ゴムもびろー
んと延ばし、パンツの股間の部分を確かめた。
血は出ていない。別にアソコも痛くない。でもそれだけでは…。
まさか破れてないかどうか鏡でここで確かめるわけにもいかない。本人に訊くしかないか。
「ね、ちょっと、どこまでしたの?胸揉んだだけ?そのほかは?」
「うー。ていうか、なんでここで寝てんのかも覚えてねーし…」
「ちょっと、ちゃんと思い出してよ、人の純潔のピンチなのよ!!」
「してねーよ、してたらこんなに溜まってない…」
「は?」
「い、いやなんでも…つーか、俺自分で下りてきて布団に潜り込んだとはとても思え…」
「へったな言い訳。あんたがここに自分で入ってきたんじゃないとしたら誰が移動させたってのよ?後
はおばさんしかいないわよ、おばさんが寝ぼけてあんたをここに運んだとでも?何のために?」
「しらねーよ。わかってるのはこの…手のひらの柔らかい感覚だけ…」
ううう、こだわるなー。こいつがおっぱい好きだってのは知ってたけど、こんなにこだわるか。
だいたい…
「あのねー。さっきからその手の格好するけど、私の胸、そのお椀の格好ほど小さくないわよっ!」
「だって、たしかこんくらい…」
「さっきより小さいじゃないのー!もっと大きいわよ!こんなもんよ!」
私は自分の胸に自分の手を当て、その大きさで手のお椀を作って見せた。
「ほら、あんたが作ったお椀と比べると…大きいでしょ!?」
「だってなあ…確かにこんな感じ…」
「あーもう!!ほら、これでどう!?実際の大きさはこうよ!?」
「おわ…やっぱ、やわらかいもんだなぁ…でも前からだとさっきとはやわらかさの感触が違うような…」
「わかったわよ、もー頭来る!!ほら、さっき寝てたときと同じ、後ろからこうやって…ほら、これで
どうよ、夜触った時のやわらかさと同じでしょ!?大きさだって…」
背後の改蔵を見ようとして、視界におばさんの顔を捕らえた。
いつの間にか部屋の入り口に立っていたらしい。
騒ぎを聞きつけてきたのか…相変わらず、足音がしない。忍者なのこの人?
状況を、整理しよう。
私は改蔵と寝巻き姿で一つ布団の上に座ってる。そして改蔵に胸を揉ませている。後ろからだっこされ
るような体勢でだ。途中から見られたらどう解釈されるか、火を見るより明らかだ。
私は反射的に改蔵を突き飛ばした。
「おばさんっっ!!おは、おはようございますっっ!!これは、あのですねこれは…」
「いいのよ、気にしてないわ。若い二人だもの…ね。洗濯する物があったら出してね。じゃ。」
と言いおばさんは去っていった。ちょっと、誤解されたままなのは困るぅ。去り行く背中に声を飛ばす。
「ちょ、ちょっと、おばさ…ちがうんですこれ、そうよね改蔵!?っていうか何で改蔵がこの布団に?
おばさん知ってません?知らない?おばさん夜にこっち来ました?ねえ改蔵もなんか言ってよ!!」
返事がないと思ったら、改蔵は私に突き飛ばされハロの模型の下で気絶してた。
おばさんの誤解を解くのには半日以上かかった。
そして今日は水曜日、終業式の日だ。
『明日は私、朝4時起きして外出するから。食事の用意は冷蔵庫にしておくから食べてね。』
夕べそう言った通り、おばさんは今朝はいない、二人きり。月曜の朝にあんな事があったばかりなのに。
私たちは過ちを起こさないものと安心しきってるのかな?
当然私が久しぶりに台所に立った。すると改蔵は私の料理は怖いと言って箸をつけない。
「大丈夫だって!ほら、食べれるでしょ?どのみち盛り付けとレンジでチンをしただけなのよ。」
「だって、その過程で針とか砒素とか混入するかもしれないし…」
「入らないっつーの。黙って食べろこの電波男。」
もくもく食べる改蔵。私はその横顔をじーっと見てる。なんか最近ふと見つめてしまう…。
今度私の手料理食べさせてあげようかな。何がいいかな、ちくわカレー、ちくわ鍋、ちくわハンバーグ。
「…何見てんだよ、お前は食べないのかよ。」
エプロンのまま改蔵の対面に座り、私も食べ始める。なんか新婚さんの朝みたい。
ダイニングの小型TVで、CMのナレーションが『生命保険は○○○』と連呼してる。
「このナレーションの声の人、別のCMで『お墓の相談は×××へ』とか言ってなかった?保険とお墓
両方やってるなんて、どっちに転んでも儲かっていいね。」
「ほんと葬式とかのCMだと敏感だな。別に儲からんだろこの声の人。てゆうかそれダメ絶対音感。」
「あーそんなのあったねー。すぐセンセイがそのネタでまるまる一話を描いたよね。」
「あれ実際には音楽室で一瞬盛り上がっただけなんだけどな。うまく話を膨らませて一話にしたもんだ、
さすがプロ。ただあれだと、俺は随分と声優オタクだったりその他オタクみたいなんだが。」
「オタクでしょあんたは。まんがのあの話のままよ、本質的にはね。もうちょっとマトモな事に興味を
持ってくれると私、あんたを今よりもっと好きになるんだけどな…」
おっと、いけないいけない。口が滑った。改蔵は箸を止めた。
「あーうー…ううん、いまのは…なんでもない…ほ、ほら、早く食べようよ、遅刻しちゃうよ。」
困った。恐らく私の顔真っ赤だろう。どうしよう、どうすればこの空気を変えられるかな?
『さおや――、さおだけ――――』
朝っぱらから竿竹屋のスピーカーのテープの声が遠くから聞こえる。それだけ静かなのだ。
そうだここは逆転の発想だ。
「ねえ改蔵…キスしない?」
「へ?なんだそれ?」
「だって…こないだ、ハプニングみたいに唇が重なって、それっきりでしょ?ね、口直し。」
「だからなぁ、人にラヴコメを強要するなって…」
改蔵が言葉を飲み込んだ。
『さおや――、さおだけ――――』
テレビを消すと、部屋の中には、竿竹屋の声がさらに強調されて聞こえてくる。
二人とも立ち、歩み寄る。無言。改蔵が私の肩を掴む。私は少し背伸び。改蔵の顔が近づいてくる。
私は目を閉じた。
柔らかな暖かいものが私の唇に触れる。一瞬だけ触れて離れ、そしてまた触れた。今度は少し長く…。
「…好きっていったの…ほんとだよ…」
また改蔵の唇が私の唇をふさぐ。
抱きしめあう二人。私の胸が彼に押し付けられ、改蔵の股間が私の下腹に押し付けられる。
(バカ、こんな時に何で欲情してんのよ…もう、しょうがないなぁ…。)
あいつの右手が私のお尻から太腿に触る。その手は前にまわって私のエプロンの裾、そして制服のスカ
ートの裾をめくりあげる。改蔵の股間がさらに硬くなる。
ちょ、ちょっと待って…唇をふさがれたまま私は抗いはじめた。
でも改蔵は左腕で私の抵抗を封じ込め、自分の右手をスカートの中に入れ、私の内股を、そして…。
「ちょ、ちょっと…改蔵…やだ…それは今はだめだよ…ね、遅刻しちゃう…」
やめてくれない。生まれて初めて、自分以外にアソコを刺激されてる…たとえ布の上からでもそれは…。
「やだ、だめだよ…あ、あん…かい…ぞう…だめだよ、だめだよ…あ、あ、あっあっ…」
『さーおや――。さーおだけ――――。10年前のお値段です。軽くてさびない物干し台も…』
竿竹屋が大音量でうちの前まで来て停車。お向かいが竿竹を買っているらしい。
『古い物干しの下取りもいたします。さあいらっしゃい。さーおや――。さーおだけ――――――。』
…改蔵は完全に萎えてしまった。
登校途中。駅前商店街に入り、人通りも多くなってきたが、改蔵はまだ言い訳してる。
「だからな、あれは単なるもののはずみだって。別に竿竹屋が通らなかったとしても、あれ以上は…」
「嘘ばっか。やっぱ、あの家にいると私、バージンの危機かなー。」
「アホ、お前にあれ以上の事なんかできねーよ。地雷を踏むようなもんだ。」
「すけべー。えっちー。へんたいー。改蔵の電波人間。」
「お前は電波女じゃねーか。」
「でんぱにーんげーん。でんぱにーんげーん。」
「何で電波人間とキスしたんだよ…人にラヴコメを強要するから悪いんだろ。」
私は言い返そうと振り返った。ところが振り返った先にあいつがいない。
磁石に吸いよせられるように本屋に入っていったのだ。何かと思ったら、『モー』の今日発売の9月号
を買い、ホクホクとした表情で出てくる。
私は呆れ顔。全く、そんなディープな本買ってこないでよ。だから電波なんだよ、あんたは。
ため息をついて空を見上げる。朝っぱらから入道雲。今日は暑くなりそうだ。
電車に乗る。つり革につかまったまま、電波系雑誌を読む改蔵。
初めてその雑誌を見つけて目を輝かせながら読んでいた小学校の頃とちっとも変わってない表情。
なんだかなー。「私の彼、好きな事に身を入れ込んでる時は子供みたいに純真な表情なのよ」ってのは
のろけ話でよく聞くが、こういうのじゃねえ…。
ふとさっきのキスとその後の改蔵の愛撫の感触を思い出す。キスだけで身体の芯が熱くなったし、指で
は結構感じちゃったし…ていうか、じつは軽くだけどイッちゃってた…これは内緒、内緒。
そういえば、好きだってことばれちゃったな。ま、いいか。
電車が混んできて二人の間に人が割り込む。でも私はまだ首を伸ばして見つめてる。視線の先は、さっ
きダイニングで私にキスとエッチな事をした男の横顔。
あいつは改蔵、私と将来を誓い合った事もある幼馴染の男の子だ。
そして、その誓いは、二人がこのまま進むと…。
―つづく―