穏やかな入江に沿って東西に広がるとらうま町の市街地の、ほぼ真ん中辺りに高台がある。その南斜面、  
ふもとの市電「とらうま本町停車場」からちょうど50段ある長い石の階段を登りきった所に、わが家  
「葵壱號館」は建っている。  
3階建ての本館の屋根の上の物干し場からは、晴れた日には街と海が遠くまで良く見える。日差しを浴  
びてきらめく海と家並みを眺め潮風を浴びていると、「あー生きていてよかったなー」という気分になれ  
る。私は小さい頃からこの街が大好きだ。  
 
それはそうと、改蔵だ。  
「改蔵――、いいかげん起きなさいよ!」  
私は声を張り上げながら改蔵の居る5号室にずかずか入り込む。案の定、改蔵は惰眠をむさぼっている。  
私の普通の声くらいでは起きない男だ。私は腰に手を当て顔を近づけ、さらに大声を張り上げて言う。  
「今日は、大事な試合でしょっ。」  
そいつはむにゃむにゃ言いながら頭を掻き、のそーっと起き出した。  
「…うるせーなぁ、わかってるよ。」  
一応私の言ったことは聞こえていたらしい。  
 
私はこの下宿「葵壱號館」の大家の山田家の次女、改蔵は幼馴染で居候だ。大抵のばあい(これはうち  
に居候する前からなのだが)私が起こしに行くまでこいつは寝ているのだ。私は目覚まし時計代わりか  
っての。  
 
もちろん、改蔵の事は、生まれた時からだいっ嫌いだ。  
 
「あらあらまるで世話焼き女房ね。」  
「そ、そんなんじゃないわよ!!…ぶ!?」  
声の主、私が振り向いた先に居たお姉ちゃんは、寝巻き代わりの浴衣を着崩して派手なブラがほとんど  
見えるほど肩をはだけさせ、廊下の5号室の入り口脇をうろついている。この人も寝起きだ。  
「お姉ちゃん、またそんなカッコでうろうろして!!」  
「固いこと言わないの。」  
 
なんか酔ってるっぽい。朝、自室にいなかったところからすると、いつもみたいに空き部屋の6号室で  
友達と夜通し飲んでいたんだろう。6号室にはまだ房毛の女性(お姉ちゃんの友人だが、名前は知らな  
い)が寝っ転がっていた。確かに今日は日曜だけど、妹の私に家事全般させて深酒してることないと思  
う。しかもその格好だ。どうでもいいけど、着衣がこれだけ乱れているのに、自慢の外ハネのヘアスタ  
イルが全然崩れていないと言うのはどういう寝かたをしたんだろうか。  
改蔵は、お姉ちゃんを見て、鼻血を出していた。  
「エッチ!!」  
鉄拳制裁っ。  
これをやった後は、やきもちを妬いたとの誤解を得ないよう、必ず言っておくお約束なセリフがある。  
「ハッキリさせておくけど、私と改蔵が『いいなずけ』ってのは、親が勝手に決めたことで、私は認め  
てないからね!」  
「それはこっちのセリフだ!!」  
「なんですって!?」  
これもお約束だ。しかし、改蔵はそのあと、思いもよらないセリフを言った。  
「好きだ!!」  
私は固まった。言った改蔵も固まっている。というか、その場全体が固まっていた。  
「…なんてな。当番終わり。なに紅くなってんだよ?あはは。」  
改蔵は背を向けて顔を洗いに行ってしまった。  
 
なによ当番って?馬鹿にされた。馬鹿にされた。私は真っ赤になった。お姉ちゃんがくすくす笑ってい  
る。さらに紅くなる。私は「だんっだんっだんっ」と荒々しく階段を下り3階から2階に行くと、1号  
室の戸(といっても、単なる障子なのだが)を乱暴に叩く。  
「ラヴ影さん!いるんでしょ!家賃3か月分遅れてるんですよ、わかってます?!」  
返事がない。居留守だ。障子だから鍵はないが、中からつっかい棒でもしてるようだ。この女性は本当  
は有名な演劇の演出家だそうだが、夫がイガ天バンドに走り、いろいろあった後この下宿に流れ着いた  
んだそうだ。こういう家庭の娘に生まれなくて良かったと思う。  
2号室のジュンさん、3号室の坪内父娘は無視する。こんなときは絶対出てこないからだ。階をまた上  
がって7号室(古い下宿なので、4号室はない)の久米口さんの所へ行く。  
 
6号室の障子は開いていた。  
「久米口さん。今月はお家賃、早めに払ってもらいますよ。」  
「ぶつぶつ」  
「聞いてますか?お家賃。先月は1週間遅れてましたよ。今月は期日以前に払ってくださいね。」  
「ぶつぶつ」  
久米口さんは原稿に向かってぶつぶつ言っている。徹夜したのだろう、かなり憔悴している。まあ、聞  
こえたかどうか判らないが一応言うことは言ったから引き下がろう。そういえばそろそろ編集の方が来  
る頃だ。でも改蔵の試合も見に行きたいし、お姉ちゃんには来客にお茶を出すとかいう機転は利かない  
だろうし。改蔵にちょっと一緒には行けないと言っておかなくちゃ。5号室に戻る。  
「改蔵、あのね、私…あれ?」  
改蔵はいなかった。すでに出かけたらしい。  
朝御飯を、ちゃんと試合当日にあわせて、消化が良く且つエネルギーになりやすいものを作っておいた  
のに。もったいないので、お弁当箱に詰めて持っていこう。後で無理やりにでも食べさせてやる。  
 
「学校行事で出かける時は休日でも制服」という校則なのでセーラー服に着替える。私たち大家一家の  
居室は一階部分にある。お姉ちゃんと共同の私の部屋は北向きの6畳間。シャツを脱ぎ、スカートも脱  
ぎ、陽気がいいので薄手の物に替えようとブラも外す。ふとお姉ちゃんの大きな姿見に目がいった。  
木綿の白のパンツと靴下のみ身につけた、裸のショートカットの女の子が鏡に映っている。  
(そんなにスタイル悪くないよね…)  
姿見の前でいろいろ身体をひねって、出っ張り具合と引っ込み具合のチェックをする。  
一時期気になったおなかも引っ込んだ。晩夏、ビキニの水着の形にうっすら日焼けした肌。脚は太すぎ  
ず、細すぎず、結構気に入っている。お尻はちょっと小さいかな。  
ブラの締め付けから解放されたおっぱいがプルンと揺れる。乳首の形が左右ちょっと違うのが不満。お  
っぱい自体は、大きさはまだお姉ちゃんには負けるけど、巨乳で美乳の家系だそうなので心配していな  
い。ちなみに去年の水着はもう胸がきつくて着られなくて、全部新しく買い替えねばならなかった。  
なのに、改蔵の奴、私には目もくれず、さっきはお姉ちゃんを見て鼻血を…。  
やめよう。馬鹿みたいだ。  
 
6号室、編集さんにお茶とお菓子を出して、私は試合会場に向かった。高台の斜面を下る通称「50段  
階段」の途中から市電が停車場に近づくのが見えたので、2段抜かしで駆け下りる。何とか飛び乗った。  
海沿いの路面のレールを市電は走る。駆け下りて汗ばんだ肌に、車窓から入る潮風が心地よい。  
 
携帯が鳴った。クラスメートの羽美ちゃんだ。  
『山田さん、今日暇?泳ぎに行かない?神崎さんとかも来るの。』  
「ごめんね、今日は改蔵の試合の日だから…。」  
『あ、そうか。ごめんすっかり忘れてた。ダンナの大事な試合だもんね、しっかり応援しなくちゃ。』  
またこれだ。  
今時「幼馴染でいいなずけ」というのは新鮮なのか、私たちは学校中の冷やかしの対象だ。「結婚式はい  
つ?」とか「婚約指輪はしてないの?」とかよく言われる。ひどいのになると、「赤ちゃんはいつ?」と  
か聞いてくる。「親が決めたことで私たちは…」というのは言い訳にしか聞こえないんだそうだ。  
 
「別に改蔵を応援に行くわけじゃないのよ。大事な試合って聞いてるし、お弁当も作っちゃったし。」  
『だからぁ、お弁当とか、お裁縫とか、そういうのが「世話女房」とか「奥さん」って呼ばれるゆえん  
なのよ。それはそうと、こないだ押し倒されたって本当なの?』  
うげ、今頃この話か。彼女は空気が読めないのか、人が避けたい話題を時間差で振ってくる名人だ。  
「いや、だから…それは…こないだっていうか6月の出来事だし…。事故だったのよ、事故。」  
『身体中いじられたって聞いたけど…。』  
「違う、違う。つまずいて倒れこんで、胸をちょっと掴まれただけよ。あ、それと、二人とも裸だった  
って言うのもデマよ。私はパジャマを着ていたし…」  
『え?なんで?パジャマで改蔵君と一緒にいたの?』  
「ああっ、い、今の間違い!なしなし!!」  
危ない危ない。クラスの皆には、私たちが同じ家で暮らしているのは内緒なのだ。これ以上の冷やかし  
ネタが重なってたまるもんですか。  
試合会場に着いた。これ以上話してるとドツボだ。バイバイを言い携帯を切る。  
 
試合はちょうど始まるところだ。私と同じ水色と白のセーラー服の娘がたくさん試合を観に来ている。  
実はこの制服はあまり好きではない。可愛い制服の高校も近くにあるのだが…これも改蔵のせいだ。  
 
改蔵にボールが渡る度、女の子から歓声が上がる。改蔵の追っかけは、隣町の私立女子高にまでいるら  
しい。何人かの娘が私に気づき指をさしヒソヒソ話をする。私を勝手にライバル視する娘も多いのだ。  
 
私は試合を応援しながら、頭のどこかで別な事を考えていた。  
6月の事件の話、羽美ちゃんに言った釈明は少し嘘だ。胸を掴まれた後、私たちはなんとなく変な気分  
になり、倒れたままほぼ一年ぶりにキスをしたのだ。すると改蔵の胸を掴む手に力が入り、それ以上の  
事を始めそうになった。私はふりほどいて逃げ出した…怖くなったのだ。あの時の改蔵の体の重さと、  
胸を掴む手の感触は今でもはっきりと覚えている。  
そもそもの話、改蔵がうちに居候するようになったのは、去年の暮れからだ。  
あいつの家は葵壱號館の斜向かいで、父親同士が幼馴染。改蔵の親は長期出張で一人息子を置いていく  
にあたってうちに預けていった。もっとも、それは表向きの理由だ。お父ちゃんに言わせると、「夫婦に  
なる前にお互いを慣れさせる」のがこの同居の本当の目的だそうだ。  
改蔵の両親が帰国して、私たちが高校を卒業したら、正式に婚約させるとか言ってる。困った話だ。  
私には、「人を好きになる」ってどういう事なのか、よくわからない。ドラマとか漫画とか見ると、好き  
なら胸がドキドキするものらしいんだけど…。改蔵に対し、ドキドキってしたことないなあ。  
 
などと考えているうち、試合は勝った。改蔵には何発か惜しいシュートがあったが決まらなかった。  
選手控室に行く。改蔵にお弁当を差し出すとさっそく「愛妻弁当〜」とか冷やかしが始まるが、このく  
らいはいつもの事なので気にならない。キャプテンが私に変な質問をする。  
「奥さん、今朝、改蔵にちゃんと『好きだ』って言われた?」  
そう言えば今朝改蔵に唐突に「好きだ」って言われたっけ。私はきょとんとして頷いた。皆笑う。訳が  
わからない。改蔵だけ顔が紅い。へんなの。私は無理やり改蔵にお弁当箱を押し付けた。  
改蔵はぶつくさ言いながら、お弁当の中身を見られないよう皆から離れ、それでも残さず平らげる。  
一緒に帰りたかったが、「これ以上冷やかされてたまるか」と改蔵が言ったので、一人で帰った。  
 
うちに帰るとお姉ちゃんはどこかへ遊びにいってしまっている。家事はぜ――んぶ私に押し付けて、だ。  
お父ちゃんかお母ちゃんのどちらかが常にうちにいてくれると助かるんだけど…。今月は隣町で経営し  
ている「葵弐號館」の改修問題で忙しく、昼間はほとんどうちに居ない。  
 
家事一通り終えたら汗だくだ。水浴びでもしよう。  
うちのお風呂は古い檜の風呂桶にスノコ敷きの洗い場だ。シャワーはついていない。脱衣所などはなく、  
お風呂場の隅に脱衣篭があるだけだ。裸になると、木桶で水を汲み、立膝で水を3度浴びる。顔と脇の  
下とアソコとお尻だけ石鹸で洗い、もう一度水を浴び、やっとさっぱりした。  
身体を拭こうと立ち上がって出入り口の方に向き直った。同時に、あろうことか改蔵がいきなりお風呂  
場に入ってきた。私が「風呂場使用中」の札を外の戸に掛るのを忘れていたせいだ。  
 
改蔵は私の悲鳴でかえって固まってしまった。目だけ動いている。私が両腕で胸を隠すことを思いつい  
た時は、改蔵の視線はすでに私のアソコに移動していた。しゃがみこもうかどうしようか迷った挙句、  
私は背中を向けた。お尻は…もう、この際見られても仕方ない。私の悲鳴がやっと止まる。  
改蔵が逃げるように去り、シーンとなったお風呂場で、私は羞恥心に耐えていた。自分に言い聞かせる。  
気にするな。初めて見られた訳じゃない。改蔵が居候してから、胸を見られたのが2回、下着姿なら5  
回は見られてる。全身全裸は久しぶりだけど、どうって事…。何とか平静に戻った。  
 
まあ、小さい頃はよく一緒にお風呂に入ったわけで。お尻の青あざのくらべっことかしたもんだ。冷静  
になってしまえば、その夜、晩御飯のとき顔を合わせて紅くなる改蔵がちょっと可愛かったりする。  
様子がおかしいのに気づいたお姉ちゃんが、寝るとき電気を消した後訊いてきたので教えてあげた。  
お姉ちゃんは笑いながら、「じゃ、さっきの改蔵君のおかず、あんたなんだ」と言った。私は「おかず」  
の意味がわからず尋ねる。お姉ちゃんの答えに頭に血が昇る。晩御飯時の可愛さなどけし飛ぶ。  
「か、改蔵って、わた、私の事そんなふうに…!」  
「晩御飯前、たまたま5号室の前を通ったら、中からやたらティッシュを引っ張り出す音がしてたから  
急に変ねとは思ったのよ。健康な男の子だしね。オナニーは普通よ。そうそう、あの子、あんたが制服  
姿で50段階段を上る時、下からミニスカートの中を見てない振りして見る仕草、なかなか微笑ましい  
わよ。その直後とか、海でビキニ着たあんたと過した日の夕方とか、いつもティッシュの音してたわ。」  
「…ぐええ。不潔。やだ、もう、私改蔵といっしょに歩けない。」  
「あらなんで?いずれ夫婦になる二人でしょ?自分の身体に欲情されたら、喜ばなきゃ。私、あんたと  
こんなふうに布団を並べて寝てられるの、あと何ヶ月も続くことじゃないと思ってるんだけど。」  
私は暗い室内で絶句した。  
 
改蔵のおかずにされてるなんてと、ここ2日ばかり距離を置いている。  
いつだったか、改蔵を起こしに行ったら、ボッキしてた事が何回かあったたっけ。「朝はそういうもんだ」  
と言い訳したけど、あれも私にいやらしい事を考えていたに違いない。6月の事件だって、つまづいた  
フリをしてわざとだったりするのかも。とにかく改蔵はいやらしい奴だ。私はそう決め付けた。  
 
ところがその私が、次の夜、いけない夢を見た。  
私は男に押し倒されている。男の下半身が私の両脚の間に強引に割り込む。私は声をあげようとするの  
だけれどなぜか出ない。両腕がその男の両手に捕まれて抵抗できない。そいつの体重が私にのしかかる。  
泣きながら身をよじる。そいつの顔はなぜか見えないが、改蔵のような気がする。  
改蔵は私の両脚を力づくで左右に開く。改蔵の別な指先が私のアソコを押し広げて弄る。(この辺よく考  
えると手の本数が多すぎる。)嫌がって抵抗しているはずなのに、鈍い快感にそこが濡れてくる。そして  
改蔵のものが私の中に侵入を…。  
そこで目が覚めた。  
時計は夜中の3時を示している。お姉ちゃんが隣で寝ている。私は呆然とした。またこの夢だ…。  
 
アソコが熱い。恐る恐る触れてみると、やはりぐっしょりと濡れている。恥ずかしい。  
忘れて早く寝よう、そう言い聞かせて目を閉じる。でもなんか体が疼いて眠れない。何でこんな夢見る  
んだろ…。もう3回目だ。レイプ願望などあるはずないのに。嫌だ嫌だ嫌だ。顔を枕に埋める。  
アソコに触れていた指が勝手に動き出す。始めはわずかになぞるように動いていたのが、次第に敏感な  
部分をはっきりと刺激し始める。指先がぬるぬるしてくる。こんなことするのも3回目だ…。  
(したくないけど…こうでもしないと寝られそうにないから…仕方ないから…。)  
自分に言い訳をしながら没頭してゆく。左手は胸を揉む。クチュ…クチュ…と指使いの音がする。頭の  
中では、直前の夢の中の改蔵と、6月に私の胸を鷲掴みにした現実の改蔵の記憶がごっちゃになって私  
を苛めている。お姉ちゃんが起きないよう背を向け、私は左手で乳首を右手でアソコを弄り続けた。  
2分もしないうちに、私は高みに昇りつめた。息が荒くなり、思わず声が少しだけ洩れる。  
「は…あ…っ…かい…ぞ…う、改…蔵、ん、んくぅ…っ…。」  
一瞬だけの突き抜けるような快感があり、体が強張った。快感の波はあっけなく引いてゆく。残るのは  
虚しさと後ろめたさだけだ。罪悪感にさいなまれながら私は眠りに落ちた。  
 
朝になった。改蔵をいやらしい奴なんて言えない。私こそいやらしい女の子だ。  
朝食後のトイレでも自己嫌悪していた。トイレのすぐ外、4連の洗面台から、歯を磨いている改蔵とお  
姉ちゃんの会話が聞こえて来る。最初普通の会話だったのだが、お姉ちゃんは急に話題を変えた。  
「…ところで、あんたたちいいなずけで一つ屋根の下で暮らひてんのに、なんでSEXしないわけ?」  
「へ?」  
「いやさぁ、あの娘もなんか欲求不満みたいれさ、ゆうべあんたをおかずに一人エッチしてたのよ…」  
「ちょっと!ちょっと!ちょっと!!」  
私はトイレの中から叫ぶ。このヒト、あの時起きてたんだ!  
「あら、なんだ、そこにいたの?」  
「いたのじゃないわよっ!でまかせ言わないでよ!改蔵、信じちゃ駄目よ、そんな話!」  
改蔵は固まってるらしい。お姉ちゃんは口をすすぐ。私がすぐには出て行けないのを知り、饒舌になる。  
 
「煮え切らない子達ねぇ。私だったら、引っ越してきた当日の夜にしちゃうけど。もう何ヶ月になる?」  
「だからっ、私たちはっ!別にそういう感情はっ!持ち合わせてなくってっ!」  
「じゃ、ゆうべ…ちょっと改蔵君逃げちゃだめよっ…じゃ、ゆうべオナニーでイク時改蔵君の名前呼ん  
でたの何よ?いや違うって、女の子がオナニーするのが悪いとか言ってるんじゃないってば。正直にな  
んなさいって事よ。抱かれたいんでしょ改蔵君に?あんた『いいなずけとしての証』欲しくないの?」  
 
「いいなずけの…なにそれ。」  
「早いとこ処女をあげちゃって、自分が改蔵君の実質的な妻だって既成事実作っちゃいなさいって事。  
今の曖昧な状態が不満だからオナッたりしてるんでしょ?早くしないと誰か他の娘に改蔵君を寝取られ  
ちゃうわよ。ま、処女と童貞でいきなりSEXなんてハードル高いかも知んないけど。」  
「あ、あの、俺は朝練があるのでこの辺で…」  
「待ちなさいって、重要な話なんだから。ていうかさ、私だって改蔵君とは幼馴染じゃない?ちょっと  
間違えば、私が改蔵君といいなずけになったかもしれないのよ?そうだ、いっそのこと、今夜私と…」  
「おーねーえーちゃーんっ!!」  
私はパンツを上げるのと水を流すのとドアを開けるのをいっぺんに行なってトイレを飛び出した。改蔵  
が逃げる。お姉ちゃんはしれっとして微笑んでいる。私はぜいぜい言ってお姉ちゃんを睨みつけながら、  
急ぎすぎてパンツの中に巻き込んでしまった制服のミニスカートの裾を引き出した。  
 
 
金曜になった。そんなこんなで、今週はずっと改蔵と学校で口をきいてない。  
(もういいよね…なんか淋しいし…帰ったら声をかけようかな…。)  
とか考えてたら、下校途中に改蔵のほうが追いついて話し掛けて来た。市電は混んでるし、歩いて帰る。  
 
「何で最近、口聞かないんだよ?」  
「だって、お姉ちゃんにあんな事言われたら、気まずいでしょ?ね、あの話、信じないでね?」  
「あの話ってどの話だ?」  
「どのって…馬鹿。」  
私の一人エッチのことだよ、鈍感。わかってないならまあいいや。ふと別な疑問が湧いた。  
「ね、日曜の起きぬけ、いきなり『好きだ』とか『当番』って言ったの、何だったの?」  
「いや、その…うちの部にある言い伝えっつうか…ジンクスっつうか…。」  
改蔵は真っ赤になってしどろもどろだ。どうしたんだろ。  
「何よ?言いなさいよ?こら、言え。」  
「法則があるんだよ…試合前、先発メンバーのうち誰かが、女に『好きだ』っていうと勝てる、って。」  
「はぁ?それがジンクス?だから勝つために言ったってゆーの?あっきれた。くーだらない。」  
「仕方ねーだろ。当番制なんだよ、持ち回り。俺が言う番だったんだから。」  
あの日お弁当を持ってった時のキャプテンの質問、それの確認だったんだ。  
「要するに、誰でも良かった訳ね、『好きだ』って言えば?お姉ちゃんにでも言えばよかったのよ。」  
「…それじゃ、効果ないんだとさ。」  
改蔵は何か決心したようだ。普段なら、ここは適当な嘘でごまかす所だった。しかし…。  
「本心から言える相手じゃないと、駄目なんだとさ。」  
言葉の意味がすとん、と胸に落ちる。  
自分がドキドキしだすのを感じる。そうか…ドキドキするって、こういうことなんだ。  
 
そこから先は早かった。  
その日、うちに帰った時は、二人は当たり前のように手を繋いでいた。  
翌日のうちに、ごく自然に抱き合って何度もキスを交わしあう仲になっていた。  
さらに翌日…つまり日曜…の昼には、人目の無い所で身体を触り合い感じあう関係になっていた。  
そして、日曜の夕方、私は彼に「いいなずけとしての証」が今夜欲しいと告げた。  
 
日曜の夜になった。私は5号室にいて改蔵と向き合っている。すでに二人とも下着しか身に付けていな  
い。灯りは消されている。街灯の光が障子から漏れ、わずかに室内が見える。  
改蔵はキスをしながら私の胸に触り始める。すでに敷いてあった布団に私を横たえ、おずおずと胸や首  
筋にキスをする。私の下着を脱がす。  
彼は、不器用なりに私を愛撫している。舌で乳首を舐める、指でアソコを弄る…。私が自分でする時ほ  
ど気持ちよくない。でも信じられないくらい身体の奥が熱くなる。これが身体を見られている恥ずかし  
さから来るのか、好きな人に愛されているからなのか、破瓜に対する不安と恐れなのか、それともそれ  
らが入り混じっているのかわからない。  
気がつくと少しずつ声が出始めている。自分にこんなエッチな声が出せるなんて知らなかった。おっぱ  
いが揺れる。彼が嬉しそうに揉みしだく。乳首に赤ちゃんのようにしゃぶりつく。お願い、どうか左右  
の乳首の形が違うのに気がつかないで…。  
 
改蔵が自分の下着を下ろす。私は目を逸らす。痛くありませんように…何か別なことを考えたくなる。  
こういう時は…人っていう字を書いて飲み込むんだっけ…羊の数を数えたほうがいいかな…。  
などと考えているうち、彼が入ってきた。  
 
身をよじる。搾り出すように声が漏れる。改蔵の胸に、必死でしがみつく。涙が流れる。ゆっくり動く  
改蔵が、薄暗がりの中、涙で歪んで見えている。汗の匂い。私の苦痛に耐える声と彼の荒い息使いだけ  
が5号室に聞こる音だ。神崎さんの嘘つき、「私そんなに痛くなかった」って言ったじゃない…。  
 
だいぶ経ったのにまだ痛い。改蔵には申し訳ないけど、彼と一つになれた感動どころではなかった。も  
うずいぶん経ったよね、そろそろ終わるよね、それともまだ終わんないのかな…。夢中でそんなことば  
かり考えていた。だから急に改蔵が動かなくなったのに、気づくのがわずかばかり遅れた。  
(…あれ?…どうした…のかな?)  
まだ痛みは残っているが、それより荒い息をして私に倒れこんでいる改蔵が気になる。改蔵の顔を覗き  
込んだり、体を触ってみるがわからない。  
(私、何かいけないこと、したのかな?)  
そうじゃない…痛みに混じって、わずかだが別な感覚がある。アソコの中が妙に熱い。どく、どく、と  
何かが私の奥へと注ぎ込まれている…。  
 
ああ、そうだったのか…。私は、ようやく二人が結ばれた事を実感した。涙が頬をつたう。  
 
 
あの日から約一ヶ月経った。街はもう秋の装いだ。  
あれから私たちは3日に一度くらいの割合で愛し合っている。もちろん、私たちが結ばれたのは、家族  
もクラスメートも内緒。  
皆に気づかれずにするのはかなり気を使う。私は最近2回に1回はイクようになり、どうしても大きな  
声が出る。同じ階にある7号室は夜通し起きているので、何とか誤魔化さないといけない。あと、両親  
や特にお姉ちゃんに気づかれずに起き出して5号室に行き、気づかれずに戻ってくるのも大変なのだ。  
あれ?  
そういえば今…6号室は取材旅行で明後日までいないし…お父ちゃんとお母ちゃんも、葵弐號館の改修  
工事が佳境で住み込み同然、今夜は帰らないって言ってた…。  
ということは、お姉ちゃんさえ何とかすれば、好きなだけ今夜は…。  
やめやめ、そんなことばかり考えてちゃ。けだものじゃないんだし。  
窓から外を眺める。空はモクモクな入道雲ではなく、刷毛で刷いたようなすじ雲になっている、まだそ  
れほど赤くない赤とんぼが宙をすべる。今日は学校が休みな土曜日。また例によって朝から洗濯と掃除  
だ。お姉ちゃんはまだ寝てるらしい。また一人でやるのか。  
 
それはそうと、改蔵だ。  
「改蔵――、いいかげん起きなさいよ!」  
私は声を張り上げながら改蔵の居る5号室にずかずか入り込む。案の定、改蔵は惰眠をむさぼっている。  
私の普通の声くらいでは起きない男だ。私は腰に手を当て顔を近づけ、さらに大声を張り上げて言う。  
「今日は別に試合も練習もないけどっ。」  
彼はむにゃむにゃ言いながら頭を掻き、のそーっと起き出した。  
「…うるせーなぁ、ならいいじゃないか…。」  
改蔵はそう言うと、私の腕をつかんで布団に引き倒した。  
「きゃ?!ちょ、ちょっと、かい…ぞ…んっ」  
押し倒されて唇を塞がれる。シャツの裾から手を入れて、私の胸を揉みにかかる。私は唇を離すと、  
「ちょっと…朝っぱらから…なに…あん…そこ…だめ…あああ…かい…ぞう…ああん…。」  
と、抵抗してるんだか喜んでるんだかわからない声を出した。ブラウスのボタンを改蔵は器用に外し、  
私の胸を露出する。改蔵は私の乳首を舌で転がし始めた。私は抵抗できなくなり、息が…。  
 
「あらあらまるで新婚夫婦ね。」  
「お、お姉ちゃんっ!」  
私は飛び跳ねるように改蔵から離れ、シャツの前を合わせ、胸を隠した。改蔵はばつの悪そうな顔をし  
て股間を押さえている。  
例によってお姉ちゃんは寝巻き代わりの浴衣を着崩して派手なブラがほとんど見えるほど肩をはだけさ  
せ、廊下の5号室の入り口脇に立っている。  
「朝からエッチもいいけど、廊下から丸見えは良くないわね。閉めておいてあげるわ。さ、続きをどう  
ぞ。遠慮せずに。」  
そんな事いわれたって、できるかっての。  
 
葵壱號館の屋根の上の物干し場に、改蔵と登った。二人で洗濯物を干す。全部干し終えると一緒に景色  
を眺めた。海が遠くまで良く見える。日差しを浴びてきらめく海を眺め潮風を浴びる。私は伸びをする。  
「あー生きていてよかったなー。」  
「どっかのおばさんみたいだな。」  
改蔵がまぜっかえす。でも、気分がいいので怒らない。  
「もう、さっきみたいのは駄目よ。お姉ちゃんにばれちゃったじゃないの、私たちの関係。」  
「そうだな。」  
「何それ。反省してないの?男ってやーね。何時でも何処でもけだものみたいに。」  
改蔵の顔を覗き込む。潮風が二人の間を吹きぬける。  
「エッチは、夜まで待ってね。今夜はずっと一緒で大丈夫だよ…改蔵がその気なら、朝までしても…。」  
私は自分でこんなことが自然に言えるのが結構意外だ。さすがに頬は紅くなるが。  
改蔵両手が、私の脇から背中に回り、引き寄せる。私は目を閉じる。  
私たちは強く抱き合ってキスをした。  
 
誰もここに登って来る気配はない。洗濯物がひるがえりはためく。遠くから、波の音が驚くほどはっき  
りと聞こえる。空は青く澄み渡り、潮の香りが心をくすぐる。私たちはまだキスをしている。  
 
私は小さい頃からこの街が大好きだ。もちろん、改蔵の事は、生まれた時から一番好きだ。  
−完−  

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