「グ…グエル先生?」  
僕の体の下で、セロ君がそう、ささやいた。  
驚いてはいるけれど、怯えてはいない。  
それがまた、癪に障るんだ。顔には出ないらしいけど。  
だから、セロ君は、気づかない。  
今、自分が何をされようとしているのかを。  
 
「あ…勝手にスミマセン、例のごとく体についた色をとってもらいに  
来たんですけど、先生がいなかった上、日差しが暖かくてですね、つい…」  
エヘヘ、といつもの調子で笑う彼女の口を、自分のそれでいきなり塞いだ。  
 
柔らかい。その柔らかさに初めて、僕はこれをずっと求めて、  
恋焦がれていたんだとわかった。  
僕もセロ君のことは言えないくらい、鈍感なのかな。  
 
でも、気づいてしまったから、後戻りはできない。  
僕だってそこまで大人ではないから。  
 
―-傍若無人なたれ目には、渡さない。  
 
「ん!!?……むぅっ!?」  
この期に及んでもセロ君はまだ、自分が何をされているのかわかっていないらしい。  
いったん唇を離すと、ぷはっ、といった感じで息をつく。そして、一言。  
 
「あの…先生。もしかして寝ぼけてます?」  
………寝ぼけてるのはセロ君のほうでしょ。  
さすがに脱力しそうになったけど、踏みとどまった。  
というより、もう踏みとどまれないところまで来てしまっていた。  
 
もう一度、今度は深く口付ける。  
「ぐ…ぐえうひぇんひぇい、めをひゃまし…んっ」  
起きてるってば。唇の甘さに、絡めとった舌の感触に、脳天が痺れる。  
流れのまま、今度は首筋に口付けた。  
「ひゃっ!!」  
ムードのない声だね。でもそれも、セロ君らしいけど。  
 
「ちょ、ちょっと待ってください、グエル先生!」  
さすがにやばいと気づいたらしく、ようやく彼女が抵抗を始める。  
「待てないよ」  
一言で切り捨てて、キャミソールで半分隠された、彼女の胸元に口付けた。  
「んっ…」  
手は僕を必死で押し戻そうとしてる。  
(どうしちゃったんだろ、グエル先生らしくない)とか、思ってるんだろうな…。  
 
自分でもそう思うよ。僕らしくないって。  
自分の中に、こんな感情が残っていたなんて。  
自分から何かを手に入れたいと、こんなに強く願うなんて。  
誰にも渡したくないと、こんなに強く何かに執着してしまうなんて。  
でも、それは、君だから。他でもない、セロ君だから。  
 
手を滑らせて、キャミソールの肩紐をずらす。  
確かにマネの言うとおり谷間はないけど、小ぶりで形のいい、二つのふくらみ。  
その頂点の突起の片方に、軽く口付けを落とすと、セロ君が「ひあっ…」と震えた。  
その反応に気をよくして、今度は吸い付くようにその突起をなめあげる。  
「んあっ」  
ちょっと声に甘さが混じった。  
そのままもう片方のふくらみを、手のひらで包んでやわやわとなでると、  
さらに声に甘さが増す。  
「ん…先生、やめ…ひぁぁっ、ん」  
右の乳房は強く吸い上げて。左の乳房はやわやわと。  
二つの異なる感覚に、僕に押さえつけられた体が身をくねらせる。  
 
「…セロ君、かわいい」  
手を止めて、そう耳元に囁くと、潤みを帯びた大きな瞳が僕をねめつけてきた。  
「先生…どうして…」  
「……フェンネ君と、あんなところで何してたの」  
彼女にとっては唐突な問いかけ、問いを問いで返されたかと思っただろう。  
けれども僕にとっては「どうして」の答えとしては十分すぎるくらいだよ、セロ君。  
 
校舎裏。普段なら、誰も近寄らないようなところ。  
けれども僕の医務室からは、嫌なくらいよく見えてしまうんだよ、あの場所は。  
何か囁いたあのたれ目に、天真爛漫な笑顔を見せる君も。  
そんな君の肩をずうずうしく引き寄せて、髪に顔を近づけた、あのたれ目も。  
嫌になるくらい、よく見えてしまうんだ。  
 
あんな笑顔の君を、僕は知らない。  
君が僕に向ける笑顔は、どこか大人びた、緊張したようなものばかりで。  
同学年というだけで、あんな笑顔を向けられる。  
あの傍若無人なたれ目が、ただ羨ましくてたまらなかった。  
そんな悶々としているときに、医務室のベッドで無邪気に眠る君の姿を見せられて。  
それで、何もせずにいられると思う?  
「答えて、セロ君。何してたの、あのたれ目と。」  
「ぐ…グエル先生、質問の答えに…」  
「なってる。」  
 ああ、これは、告白したのも同然だな。  
 ずれているけれども聡いセロ君も、さすがにそれでわかったようで。  
口をあんぐりとあけたまま、ぽかんと僕の顔を見上げてる。  
 
 呆れられたかもしれない。もう、医務室に来てくれなくなるかもしれないな。  
でも、触れずにはいられなかったんだ。おかしいんだよ、セロ君。  
何で君のことになると、僕はこんなに、歯止めが利かなくなってしまうのかな。  
 
けれども、セロ君は。  
「せ…先生。もしかして、いま、すごく困ってます?」  
………驚いた。参ったな。どうして君にはわかってしまうんだろう。  
僕の怒りも、みにくい独占欲も、自分自身でもよくわからない、この今の葛藤も。  
 
…思わずこっくりとうなずいた僕を、さらに驚いたことに…  
セロ君はその両腕で、ふわりと包み込んでくれた。  
「せ…セロ君?」  
びっくりして腕の中でもがく僕にセロ君は、自分でもわからないといった口調で。  
「あ…いや、その…ですね。なんだか急にこうしたくなったというか。  
 グエル先生が可愛…じゃなくて、え、えーとですね、なんと申しますか、  
さすがにびっくりはしたんですけど、でも、何か、えーと、オルガには申し訳ないんですけど、  
わたしも、その…嬉しくなくはなかったこともないことはないというか…」  
…えーと。それは。思わず顔を上げた僕の瞳と彼女の瞳がぶつかる。  
「嫌じゃない、ってこと?」  
こんなことをした僕を、嫌いにならないでいてくれるの?  
「き、嫌いだなんて、滅相もありません!・・・・・・      」  
 最後は小声だったけど、それでもこの至近距離で、聞きまちがえるはずがない。  
 僕は思わず目を見開いて。それから無表情が売りのはずの自分の相好が、  
頬からだらしなく崩れていくのを感じていた。  
 
セロ君が後日語ってくれたところによると、  
僕はそのとき、「滅多に見られないような、子どもみたいな笑顔」をしていたらしい。  
セロ君は一瞬、息が止まったような表情をして。  
それから、まるで彩色したような、真っ赤な真っ赤な顔になって。  
それからゆっくり顔を崩して、あの「天真爛漫な笑顔」を見せてくれた。  
 
僕はそんな彼女を抱きしめて、ふんわりと額に口付けた。  
これが僕たちの、新しい関係のはじまり。  
 
 

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