絶望
セーラは窓から外を見る。激しい吹雪でまるで視界がない。
ゴオォォォォ…
唸るような音が城内に響き渡っている。
セーラの目には今までのような輝きは無い。
食事を用意した召し使いは困り果てている。
セーラ様、少しでもお食事していただけないでしょうか…
…いらないわ…
お体に触ります、どうか…
セーラには話す気力もなかった。
エミリの葬儀の日からすでに一週間が経とうとしている。
その間まるで食事も取っていない。セーラは目に見えて疲弊しきっていた。
セーラはエミリと過ごした日々を何回も振り返っている。
こんな事になるなんて…もっと一緒にいたかったのに。どうしてなの?
セーラの目に涙が浮かんだ。
…エミリ…
前触れ
パタパタパタ…
エミリは食事の用意ができた事をセーラに伝えて来た。
重い扉にノックが響く。
いいわよー。入ってちょうだい。セーラは答える。
失礼しまーす。
エミリはセーラの寝室に入る。
…あれ?
声はしたはずなのに、セーラの姿がない。
エミリはベットに歩み寄る。
えいっ!
エミリの背後から忍び足で近づいていたセーラは
エミリを抱きしめてベットに飛び込んだ。
セ、セーラさ、むっんっ
言うが早いか、セーラはエミリの唇に唇を重ねた。
すでに数えきれないほどセーラと交しているキス。
エミリも慣れてきている。
何?エミリ、顔が真っ赤よ。セーラは微笑む。
嫌だった?
もう!ずるいです!
今度はエミリからセーラにキスをした。
んっ、ふぅ。嫌な訳ないですよ、セーラ様。エミリは微笑む。
でも、もし見られたら大変ですよ。
別にいいじゃない。それに最近一緒に寝てないし…
そうですね。召し使いの方が一人来ましたし。
力仕事をお任せできるのはいいんですけど…
そうねぇ…。仕事は昼間ばかりじゃないから。
なんだかつまらないわね。
あ、ごめんなさいエミリは何も悪くないのよ。
はい。分かってます。…朝食に行きましょう。セーラ様。
セーラはエミリに着替えを手伝ってもらい部屋を出た。
例の召し使いが食事の準備をしている。
おはようございます、セーラ様。
おはよう。背筋を立て威厳を持って答えるセーラ。
自分の身分を考えるとさすがに下手な行動、言動が取れない。
セーラにとって息苦しいものになっていた。
それでは失礼致します。
召し使いは次の仕事に向かうためにホールを出た。
どう?行った?
セーラはエミリに召し使いがいなくなったのを確認させた。
はい。大丈夫です。セーラ様。
セーラは肩の力を抜いた。
ふー。息がつまっちゃうわね。
あの召し使い、なんかイカツイ感じだし。
確かに私もちょっと…
やっぱりエミリも思う?どうしたものかしらねぇ…
セーラは頬杖をついて愚痴を溢す。
セーラ様、冷めない内にどうぞ。
そうね、いただくわ。
当たり前ではあるが、広いホール、食べているのはセーラだけであった。
そうだ!いつか一緒に食事したいわね。エミリ。
…あ、はい!そうですね。エミリの様子が少しおかしい。
?どうしたのエミリ。考え事?
たいした事じゃないんですけど…ちょっと…
何?話してみて。セーラは急かした。
実はちょっとお暇をいただきたいんです。
前に注文していた物が出来上がったみたいで…
夜までには帰って来れると思うのですが…。
麓まで行くのね。
はい、そうです。
じゃ、私から召し使いに言っておくわ。その方がいいでしょ?
ありがとうございます!セーラ様!
では食器を下げさせて頂いてから、早速行って来ます!
え!もう行くの!?慌ててるのねぇ。
はい。あまり天気が良くないので。
それに、そろそろ雪が降り出す頃ですから。
そうねぇ…嫌な季節が来ちゃうわね。
冬になると、嵐のような吹雪がずっと吹き荒れ。
雪はすべてを覆いつくし、この城は外界と完全に遮断されてしまう。
くれぐれも気をつけていくのよ。エミリ。
はい。ありがとうございます!
セーラは召し使いを呼び、エミリに用事を頼んだ事を伝え
自室に戻った。セーラは窓からエミリが歩いて行くのを見守っていた。
絶叫
遅いわね…エミリ…
すでに時計は夜の時刻をさしている。
昼過ぎに降りだした雪は、すでに真冬を思わせるほど吹雪いていた。
セーラは玄関のホールで、エミリの帰りを待っていた。
セーラ様!こんな所におられては、お体にさわります!
セーラを見つけた召し使いは言う。
いいから!居させてちょうだい!セーラは焦り出していた。
エミリったら。夜には帰るって言ったのに…
!ひょっとしたら…
セーラは考え込み、口を開いた。
外に出ます。用意して。
セ、セーラ様!外は!
いいから、早く!セーラは召し使いを睨みつけ言い放った。
は、はぃぃ!召し使い慌てて、セーラの防寒具を用意する。
セーラは着込み、思い切って玄関の扉を開けた。
ゴッと凍てついた風がセーラの顔を吹きつけた。
寒い!なんて風なの!セーラはおののいた。
セーラ様、私もお手伝いさせて頂きます!
召し使いも服を着れるだけ着込み、ランプを持てるだけ用意していた。
ありがとう。道案内お願い。
セーラはさすがに道が分からなかった。
もちろんです!ランプは道しるべに置いていきます。
召し使いは先頭に立って麓までの道を歩き始めた。
エミリー!セーラは声を振り絞って呼んだ。
召し使いも呼びかけつつ歩く。
ゴォォォ…
しかし、轟音の風で二人の声はあっさりとかき消されていく。
ど、どうしよう。セーラは声出す。
大丈夫です。召し使いはセーラを励ました。
エミリさんは私よりも長く働いておられます。
まず道に迷う事は無いでしょう。
恐らく風で立ち往生しているかと思います。
道しるべのランプが見えるまで、下ってみましょう。
セーラは召し使いを忌み嫌っていたが、この時は頼もしく思った。
しかし…吹雪は強くなる一方。雪は体にまとわりつき、すでにランプは手に持つ
一つだけになってしまった。
召し使いは後ろを振り返る。
セ、セーラ様…そろそろ引き返さなければ…
どうして!?まだエミリに会っていないのよ!
寒さで震えるセーラは言った。
すでに後ろのランプが見えなくなっています…。
これ以上は私達も危険です!
私はいいとしても、セーラ様は!
召し使いの目は真剣だった。
で、でも…セーラは今にも泣き出しそうになった。
…分かりました。もう少し下りましょう。
それでも見つからない時は、いかなるお叱りを受けてでも…
…分かったわ…セーラも覚悟も決めた。
大丈夫きっと見つかるわ。それに、まだ麓にいるかも…
かすかな希望を胸にセーラは歩く。
…あ、あれは?
セーラは、召し使いのランプの光の先に少し雪が膨らんているのを見つけた。
あれは何!?
セーラは召し使いの前に飛び出し、雪をかき分けた。
顔が現れる。
キャアア!エミリー!
雪で覆われていたのはエミリだった。
!!!!
召し使いはセーラの傍らでランプを照らす。
セーラは手袋を取り、エミリの顔に触れる。
氷のように冷たくなっていた。
エミリ!エミリ!!
セーラは必死にエミリを揺り動かし、目を醒まそうとさせる。
しかしまるで反応が無い…
セーラは意を決した。
こうなったら!
セーラはエミリを雪から出し、担ぎ上げた。
セーラ様!私が!召し使いはエミリを持とうとする。
いいから!貴方は早く城に戻って!
し、しかし!
いいから早く行くのよ!セーラの声には危機迫るものがあった。
わ、分かりました!くれぐれもご用心なさってください!
ランプは道しるべになるように置きます!
召し使いは城に向かい猛烈な勢いで雪をかき分け走り出した。
エミリ!エミリ!!しっかりするのよ!
セーラは力を振り絞って、来た道を登り始めた。
はぁっはぁっ…くっ。はぁ!
セーラは息を切らし、雪にまみれながらも城まで戻ってきた。
自分の事はどうでもよかった。ただエミリの容体を心配している。
最悪の結果もある。しかし、セーラはそれを認めない。
開けて頂戴!
召し使いを呼び、玄関のドアを開けさせホールの床にエミリを下ろす。
人形のように力無く横たわるエミリ。
そして召し使いは、風を押し返すように重い扉を閉めた。
セーラは顔を近づけエミリの呼吸を、胸に耳をあて拍動を見る。
よかった…でもこのままじゃ…
極々微かに感じられた呼吸と拍動。しかし今にも消え入りそうだった。
召し使いはエミリを担ごうとする。
しかしセーラはその手を払いのける。
いいから!準備はできてるの!?
はい!セーラ様のお部屋の暖炉にくべれるだけの薪を!
こちらに毛布と毛皮を用意しました!
分かったわ!セーラはまたエミリを担ぎあげた。
セーラはエミリを担いだまま小走りに部屋に向かう。
召し使いも後につく。
部屋の前に着き、召し使いが部屋のドアを開けた。
暖炉からの熱気がセーラとエミリを包む。
ありがとう!これでいいわ。
滅相もございません!しかし…エミリさんは…
まだ分からない。私は諦めないわ!セーラは部屋に入る。
あなたも早く体を暖めて!セーラは召し使いに言い残し、扉を閉めた。
セーラはとにかくエミリを暖める事だけを考えていた。
まず、エミリの着ていた服をすべて脱がす。
メイド服に普通の上着。やはり軽装だった。
下着も溶けた雪で濡れていた。
そして、セーラも着ている物すべて脱ぎ捨てた。
セーラは毛皮を暖炉の前に敷き、
エミリを呼吸を妨げないように優しく抱きしめる。
そして毛布を被った。
幾度と無く、抱きしめたエミリの体は、今はとてつもなく冷たく固い。
エミリ、起きて!お願い!
セーラは自分の体温をすべてエミリに注ぐかのように
脚を絡め、手を握りエミリを包み込んだ。
貴方がいなくなったら私…どうしたらいいの…
暖炉の薪がバチバチと音をたて部屋に響いていた…
棺
セーラはエミリを暖め続けた。
しかし…朝になってもエミリは目を覚まさなかった。
セーラ様…セーラの部屋の前に召し使いが立つ。
何も返事が無い。召し使いは部屋の扉を開けた。
セ、セーラさ…!!召し使いは絶句した。
セーラは呆然として座り込んでいた。何も着ていない事も分かっていない。
その傍らで、もう起きる事の無いエミリが横たわっている…
召し使いは膝から折れ、その場で頭を抱え込む。
な、なんてことだ…召し使いにとっても最悪の結果だった。
しかし、出来る事をしなくてはならない。その義務感が召し使いを動かす。
呆然とするセーラに服を着せ、エミリを毛布で包み暖炉から遠ざける。
セーラ様!セーラ様!!半ばしかりつけるかのように、セーラに呼びかける。
え、ああ、どうしたの?セーラの意識は今の現状を認めようとしない。
セーラ様!…エミリさんはもう亡くなられたのです!
嘘…そんなの嘘よ!!目を覚ますはずよ!
セーラ様…召し使いの目にも涙が浮かぶ。
セーラ様、エミリさんのお体を棺に移させていただきます…
このままでは、綺麗なお姿では…召し使いの口からはそれ以上なにも出ない。
…そんな…どうして…セーラは現実を受け止めつつあった。
グゥッ…クッ…
召し使いは歯を食いしばり棺を用意するためにセーラの部屋を出た。
召し使いは棺を用意して、セーラの部屋に戻った。
セーラは何も見ようとしない。
そして、召し使いはエミリを棺の中に入れる。
セーラ様…エミリさんをエミリさんのお部屋にお連れします…
…はい…セーラは力なくかすかに返答した。
エミリの部屋に着き、召し使いは棺を運び込む。
そして、安置した時にはセーラは棺をしがみつくように泣き崩れていた。
セーラ様…しっかりなさってください…
召し使いの声はまるで届かなかった。
セーラの狼狽ぶりに召し使いはなすずべがない。
…。召し使いは何も言わず部屋を出た。
セーラはエミリの傍らでエミリとの日々を思いだしていた。
思い出が涙となってセーラの頬を伝わる。
セーラは一晩中泣き続け、自室に戻った。
召し使いは少しホッとした。しかしセーラを見て愕然とする。
目は輝きなどなく、生きる屍のようになっていた。
セーラの中にはエミリとの思い出だけが残っていた。
何回も何回も思い出し流れていく思い出。
エミリは埋葬され、部屋に引きこもったまま一週間が過ぎた。
そして何も口にせず、眠る事も無くなっていたセーラは
誰もいない自分の部屋で一人倒れた。
意識が遠のく中、セーラはこのまま死んでもいいと思った。
…このまま死んだらエミリに会えるかな…会いたいな…
悪夢
ン…ンン…ここは…?
セーラは虚ろながらに、自分の状況を確かめる。
暖炉の火がゴウゴウと燃えている。自分は毛皮と毛布にくるまっていた。
そうだ!エミリを暖めていて…
セーラはエミリを暖めいるうちに眠ってしまった事に気が付いた。
な、何て怖い夢を見たの…
セーラは震え、顔には涙の後を感じていた。
しかしエミリの姿が無い。
えっ!?エミリ!?エミリー!
飛び起きて、声を上げた。部屋を探してみるも姿が見えない。
一体どこに…
セーラは毛布を被り部屋を出る。
すると…エミリがフラフラと歩いてきた!
何やってるの!!
あ…セーラさま。…お風呂の準備を…入っていただこうかと…
エミリに近寄ったセーラは、エミリのほほを思い切りひっぱたいた。
バシッ!
エミリはヨロヨロと壁にぶつかった。
驚いたエミリはセーラを見る。
セーラはエミリを見つめ、肩を震わせ大粒の涙を流していた。
ウッ…私が、どれだけ心…ぱい…し…
声になっていない。
エミリは自分のした事の重大さを理解した。
セーラ様…ごめ…
エミリはセーラに謝るまえにセーラに抱きしめられた。
よかった、よか…ウッ…セーラは泣きながらエミリを強く抱きしめる。
エミリから拍動が伝わってくる。
エミリもセーラの体温を感じとった。エミリの目から涙が流れ出す。
ごめんなさい、ごめんなさい…
二人は泣きながら抱き合い、お互いが確かに存在する事を確かめあった。
再会
さ。寒いでしょ戻りましょ。セーラは涙を拭った。
はい…。エミリも泣きながら返事をする。
セーラはエミリを支え、部屋に戻った。
二人は毛皮の上に座り寄り添うように暖炉の火に当たる。
もう…勝手にいなくなるんだもの…エミリったら…。
ごめんなさい…セーラ様眠っておられたものですから…
むしろ起こして欲しかったわ。ひどい悪夢を見たのよ。
どんな夢だったんですか?
エミリが目を覚まさなかった夢よ。私も死のうと思ったんだから…。
ご、ごめんなさい…。でも、嬉しいです。エミリは涙を溢した。
ほらほら泣かないで。セーラはエミリを抱き寄せる。
そうだ。召し使いはどうしてた?
二人で探したのよエミリを。
寝てました。服をストーブで干しながら。
あはは。そうなの。なかなか強いわねぇ。
え。なんです、それ。エミリは少し膨れた。
あれ?やきもち焼いちゃったエミリ(笑)
あ、知りませんっ。顔を真っ赤にしてうつ向いた。
フフフ。かわいいわねぇ。
もう!セーラ様…
ごめん。ごめん。セーラはエミリを抱きしめた。
でも…寝てるのよね…召し使い
確かにそうですけど…
お風呂の準備が出来てるのよね?
はい。できています。
エミリ…一緒に入らない?
はい!?
前に約束したわよね。セーラは念を押す。
はい、しました…。
じゃ!一緒にお風呂に入りましょう!
…
エミリは何も言えなかった。ただ顔は本気ですか!?と言っている。
そして、セーラの目がかつてないほど輝いていた。