11月の終わり。  
達彦と桜子は早朝の岡崎駅にいた。  
達彦が統制経済の今後を話し合う業界の会議に出席するため、東京へ向かう所だった。  
仕事は一日だけであったが、この機会に笛子家族やマロニエ荘を訪ねようと、桜子を伴い2泊3日の旅を予定していた。  
二等車両の中で、自分達の席を探す桜子。  
「ここだよ、達彦さん!」  
達彦は重そうなトランクを抱えて、手を振る桜子の後を追う。  
荷物を足元や網棚に置き、窓際に座る桜子をじっと見つめた。  
「・・・そこ、座っていい?」意味深な笑みを浮かべて訊ねる達彦。  
「?・・・何いっとるの?早よう座りんよ。」不思議そうな顔をする桜子。  
 (あん時俺に言った事、忘れとるんだな・・・)  
フッと笑い、達彦は桜子の隣に腰掛けた。  
達彦は受験のため、初めて二人で東京へ向かった時の事を思い出していた・・・。  
 
「桜子、見てごらん・・・富士山」達彦が指をさす。  
「ほんとだぁ!もう雪が積もっとるね!」  
二人は寄り添い、楽しげに車窓の景色を眺めた。  
「なんか・・・新婚旅行みたいだね」桜子ははしゃいでいた。  
「新婚旅行はまたちゃんと行かんと・・・ごめんな、なかなか連れて行ってやれんで・・・」  
謝る達彦に、「いいよぉ。私はこんで充分」嬉しそうに笑う桜子。  
達彦も目を細め微笑んだ・・・。  
 
暫くすると、桜子は窓にもたれてウトウトと眠りだした。  
達彦は自分の羽織を脱ぎ、桜子にそっと掛けてやった。  
と、桜子が寝返り、達彦の肩にもたれかかる。  
達彦は微笑み、桜子の頭に頬を寄せた。  
ふと視線を感じ、前の座席を見ると、途中から乗り合わせた上品な老夫婦が暖かい目で二人を見つめている。  
達彦は恥ずかしそうに唇を噛み、軽く会釈をした・・・。  
 
昼過ぎに東京駅に着いた二人は、その足でマロニエ荘へ向かった。  
戦後の東京の町はすっかり様変わりしていたが、下町を歩くと見覚えのある建物が目に入ってきた。  
マロニエ荘。  
空襲を逃れ、それはあの頃と同じく、怪しげにその場所に建っていた。  
「ごめんください!」達彦が中を伺う。  
「よお〜!よく来たなぁ〜!」「いらっしゃい!疲れたでしょう?」八州治と八重が出迎える。  
「ごぶさたしています・・・」  
感慨深げに二人を見つめ、深々と頭を下げ挨拶する達彦に  
「おめぇはぁ・・・相変わらずだなぁ・・・!」うんうんと頷いて達彦の肩を叩く八州治。  
「ほんと・・・こうして二人一緒の所見ると、嬉しくて泣けてきちゃうわ」涙ぐむ八重。  
「八重さん・・・ありがとう・・・」桜子も涙ぐみ、八重と抱き合った・・・。  
 
大阪に仕事を見つけ、一時東京を離れていた八州治と八重だったが  
冬吾の助けを借りて、またマロニエ荘に戻っていた。  
広間に入る二人。  
達彦は荷物を開き、土産の味噌を八重に渡す。  
「相変わらず汚ったねえだろ〜?おめぇらも物好きだなぁ、ここに泊まりてえなんて・・・」  
散らかった画材を片付けながら、呆れたように話す八州治。  
「すみません。どうしてももう一度来たかったんです。・・・僕のおった部屋は無くなっとるんですね・・・」  
思い出すように部屋を見回す達彦。  
桜子は部屋の奥にあるピアノのそばに寄る。  
指で鍵盤を叩くと、澄み切った音が響く・・・。  
「!八州治さん・・・これ・・・!」驚いて振り向く桜子。  
「ああ、冬吾のやつがよぉ・・・おめぇ達が来るんならって直してくれたんだよ!」嬉しそうに答える八州治。  
戦争中・・・鉄の供給の為に鳴らなくなった、二人の思い出のピアノ。  
宝物に触れる様にピアノを撫でる桜子に寄り添い、そっと肩に手を添える達彦。  
そんな二人の姿を、八州治と八重が優しく見つめていた・・・。  
 
「明日は冬吾ん家に泊んだろ?今晩は、ここ使ってくれよ」  
桜子の使っていた部屋の戸を開ける八洲治。  
部屋は掃除してあり、隅には布団が二組積まれていた。  
「ここ使ってる絵描きがずっと旅に出ててよ。一階は今倉庫みたいになってんだ。  
 でもやっぱりこの部屋がいいだろうって、八重が片付けてくれたんだよ・・・」窓を開ける八州治。  
「嬉しい・・・。ごめんね、八重さん・・・無理言って・・・。」  
「ほんとにすみません。ありがとうございます。」  
申し訳なさそうに謝る桜子と達彦。  
「ううん、いいのいいの。ゆっくりしててね。積もる話はまた後で・・・。  
 私達、今晩の買い出しに行ってくるから・・・」  
八州治と八重は部屋を後にした・・・。  
 
達彦は窓際に立つ。秋の風が頬をくすぐった・・・。  
「ほんとに・・・変わってないなぁ・・・」達彦は目を閉じる。  
きしむ床・・・土壁と油絵の具の匂い・・・。  
部屋を黄色く染める日の光。  
悩みながらも、夢と希望に満ちていた青春の日々。  
傍にはいつも大好きなピアノと、自由でのびのびとした、弾けるような桜子の笑顔があった。  
ずっと続けばいいと思った夢のような毎日。  
でも・・・それは儚く、突然終わってしまった・・・。  
ふと目を開けると、そんな達彦を桜子が優しく見つめている。  
 (もう・・思い出しても辛くは無い。俺には桜子がいる・・・)  
達彦は心の奥底から取り留めない懐かしさが込み上げ、思わず桜子を抱き寄せた・・・。  
 
「・・・達彦さん・・・苦しいよ・・」強く抱きしめられた桜子が囁く。  
「ごめん。・・・色々・・思い出して・・・」達彦は腕の力を緩め、桜子の額に唇を寄せる。  
「私も・・・思い出しちゃった・・・」フフッと笑う桜子。  
「ん?」達彦が顔を覗き込む。  
「達彦さんに・・・いきなり抱きしめられた時の事。・・・ビックリしたんだよ、ほんとに・・・」  
桜子が見つめ返す。  
「ああ・・・あん時な・・・」  
桜子への想いが溢れ、思わず抱きしめてしまった達彦・・・。  
達彦の想いに初めて気付いた桜子・・・。  
二人は過去の思い出と対話するように、見つめ合あった・・・。  
 
「ねぇ達彦さん、聞いてもいい?」  
桜子が笑いかけた。達彦の袖を引っ張り、二人は窓際にもたれて座った。  
「私のこと・・・いつから好きだったの?」  
悪戯っぽい笑みを浮かべ、問い詰めるように桜子が訊ねる。  
「・・・え?」  
(どんなに私の事が好きか、言うてみん)と期待するような桜子の瞳。  
達彦はわざと目をそらす。  
「・・・ほだなぁ・・・。小さい頃から気にはなっとったんだ。  
 お前お転婆だったからなぁ・・・えらく目立っとったし・・・」はぐらかすように答える達彦。  
「何それぇ・・・」期待した言葉と違い、桜子は少し膨れる。  
「可愛い娘だなぁとは思っとったよ。  
 君のピアノは・・音楽が好きだっちゅう気持ちが溢れとって・・・  
 そんなお前を見て、俺もまた音楽を続けたくなったんだ。  
 ほいでも・・・こっちに来てからは、危なっかしくて、ほっとけなくて・・・お前から目が離せなんだ。  
 お前は・・・いっつも、俺につんけんしとったけどなぁ・・・」口を尖らせる達彦。  
「ほいだって・・・達彦さんはライバルだったし・・・あれこれうるさかったで・・・」苦笑いする桜子。  
「俺がどれだけ心配したと思っとるんだ。お前はダンスホールで男と踊ったり・・・  
 ・・・ほうだ!失恋したっちゅうて・・・泣いたりするしなっ」  
達彦はわざと怒ったような顔をして、桜子を睨む。  
「・・・ほっ、ほうだったいね・・・」桜子はバツが悪そうに笑い、うつむいた。  
 (そうだ・・・  
  事あるごとに突っかかり、俺の気持ちになんか少しも気付かない子供だと思っていたのに  
  お前は知らない男に恋をして、結婚までしようとしていたんだよな・・・。  
  見守るだけでいいと思っていたのに・・・あの時・・お前を誰にも渡したくないと思ったんだ・・)  
斉藤との事を普段から気にしている訳ではない。でも・・・やっぱり今でも少し妬ける。  
達彦の心にあの頃の想いが込み上げ、体中を揺すぶり出した・・・。  
 
「もっといい事言ってくれると思うとったのに・・・なんか・・・責められとるみたいだな。」  
ため息をつき拗ねる桜子。  
「斉藤先生・・・って言ったかな・・・ほんなに好きだったのかん?」  
今度は達彦が桜子を問い詰める。  
「えっ?・・・どうだったかな?・・・忘れた・・・」  
桜子は困った顔で首をかしげ、はぐらかそうとする。  
今更大人気ないな・・・と思いながらも、達彦は困っている桜子の反応がおかしくて、可愛くてたまらず  
好きな娘をわざと苛める少年のように、桜子に詰め寄った。  
「忘れるわけないだら?婚約までしたんだろ?・・・ほんなにいい男なのかよ」  
達彦は桜子に顔を近づけ、じっと見つめた。  
「・・・もういいだら?・・・ほんなこと・・・」  
桜子は(もう許して・・・)という顔をして達彦を見つめ返した。  
 (そんな目で見られたら・・・かわいくてたまらんよ・・・)   
達彦はフッっと笑い、隣から桜子を抱きすくめ、奪うように唇を重ねた。  
「!んんっ・・・あふっ・・」  
舌を絡め、桜子の口の中に荒い息が吹き込まれる。  
達彦の手は着物の裾をかいくぐり、桜子の太ももに伸びた。  
指が・・・ピアノを弾くようにじわじわと内股を這い上がる。  
「あんっ・・・ダメ・・・達彦さん・・・」桜子は唇を離し、その手を抑えた・・・。  
 
そんな二人の様子に気付き、お茶を運んできた八重が、扉の前で微笑む。  
と、八州治が「・・・今日は勇太郎君も来るんだったよなぁ〜・・・」  
と、ブツブツ呟きながら廊下を歩いてくる。  
「やっさん・・・今だめ」八重が小声で囁き、二人の部屋に近づこうとする八州治を遮る。  
「へ!?・・・なんで?」八州治もつられてヒソヒソ話す。  
「二人で思い出に浸ってるのよ・・・新婚さんなんだから・・・そっとしときましょ」微笑む八重。  
「え〜〜っ!?来て早々もうかよ〜・・・」呆れる八州治。  
「いいじゃない。ほらっ、やっさんお酒買ってきてよ!」八州治の背中を押す八重。  
「なんだよなんだよ〜。どいつもこいつも、ここでくっついて、いちゃついてよぉ〜。  
 ・・・なーんで俺にはそんな話がねえんだよ・・・・」  
八州治はブツブツ呟きながら買い物に出かけて行った・・・。  
 
達彦は自分の手を抑える桜子の手を取り、着物の上から自分自身に触れさせた。  
すでに固く大きくなったものを感じる桜子。  
「・・・夜まで・・・待てんの?」そっと擦りながら困った顔で達彦を見つめる。  
「んー・・・」達彦は少し甘えるように桜子を見つめ返した。  
そしてまた吸い付くように桜子の首筋に唇を這わせる。  
「・・・待てん・・・」耳元で囁く達彦。  
「ん・・・ほいでも・・・八州治さん達が・・・」桜子は困惑する。  
「出かけるって、言っとったじゃん・・・」桜子の耳を舐め、軽く噛む達彦。  
手を下着の中に入れようとすると、桜子はあわてて腰を引いた。  
まだ八州治達が広間にいるかもしれない。  
それに、マロニエ荘の壁は薄く、桜子は自分の声が外に漏れる事を気にした。  
「!・・・ほいでも・・・今は出来んよ」達彦をたしなめる桜子。  
達彦は動きを止めるが、目は熱く桜子に訴えかける。  
桜子はまた達彦の下腹部に触れ(仕方がないなぁ・・・)という顔をして達彦を見つめた・・・。  
 
「ちょっと待って。そこに座りん」  
子供に言い聞かせるように囁き、体を離す桜子。  
窓を閉め、荷物から懐紙を取り出す。  
達彦は少し不満そうな顔をしたが、言われた通り積まれた敷布団の上に腰掛け、帯を解く。  
桜子は膝をつき、達彦の着物の裾を肌蹴させた。  
「こんで我慢して。・・・ね?」  
桜子は達彦の褌の紐を解き、剛直を取り出すと、優しく擦った。  
達彦が桜子の髪を撫でると、桜子は目を閉じ、ゆっくりと口に含んだ。  
太ももを擦りながら、桜子は口いっぱいに含んだ達彦を吸い上げる。  
「う・・・」達彦は眉間にしわを寄せるが、口元にはかすかに笑みが浮かんでいる。  
達彦は桜子の顔を見つめた。  
自分のものを吸い上げる桜子の頬はくぼみ、唇は唾液に濡れ光る。  
快感に酔いしれながら、達彦の欲情はさらに熱く高ぶっていった。  
「桜子・・・舌、出して・・・」桜子の頬に手を添える達彦。  
桜子は言われるままに舌を出し、頷くように首を動かしながら達彦を舐め上げる。  
そしてゆっくりと目を開き・・・(こう?)と訊ねるように達彦を見上げた・・・。  
 (・・・なんて目で見るんだよ・・・)  
あどけない少女のような桜子の瞳。あの頃と少しも変わらない。  
触れたくて、抱きしめたくて堪らなかった桜子。  
今自分に施されるこの淫らな行為を、頭の中に思い浮かべ・・・  
桜子の向かいの部屋で・・・眠れぬ夜・・・何度自分を慰めたことだろう・・・。  
 (桜子・・・もう・・・お前は俺の妻なんだ・・・!)  
達彦のわずかに残った理性は吹き飛んだ・・・。  
 
桜子の顔を手で覆い、噛み付くように口付ける達彦。  
そのまま桜子を畳の上に押し倒す。  
「!あっ・・達彦さん・・・!?」  
桜子が呼びかけても、達彦は応えず、首筋に吸い付いた。  
「んんっ・・・ダメだよ・・・」桜子は体を離そうとするが、達彦は強い力で抑え込む。  
「・・・お前が欲しいっ・・・」耳に荒い息をかけながら、低い声で囁く達彦。  
達彦は桜子の太ももを擦り上げ、下着の中に手を入れると、いきなり指を花びらに挿し込んだ。  
「ひぁんっ!」いつもより乱暴な行為に、桜子の体はビクンと跳ねる。  
「お前の中がいいんだ・・・」桜子を熱く見つめながら、達彦は指を震わせた・・・。  
 
男の欲情をむき出しにする達彦。  
普段の穏やかな佇まいからは想像も出来ない荒々しさ。  
時に強引で、自分勝手なように思えても  
その先にある心と体の充足感を知ってしまった桜子の体は、いつも抗う事が出来ない。  
自分を抱くときに見せる達彦の激しい姿は・・・体中で好きだと叫んでいるようで・・・  
強く求められるほど、桜子はそんな達彦が愛しくてたまらなくなった・・・。  
 
「ああっ・・・はぁんっ・・・」桜子の体からはだんだんと力が抜け、喘ぎ声は甘くなる。  
達彦が体を起こし、下着を剥ぎ取ると  
「ダメ・・・着物が・・・汚れるで・・・」と言って桜子が体をよじる。  
達彦は積まれた布団の中からシーツを取り、桜子の腰の下に敷く。  
そして桜子の着物の裾を肌蹴させ、下半身をあらわにさせると、また秘所に手を伸ばした。  
桜子の花びらからは蜜が溢れ、達彦はわざとくちゅくちゅと音を立てるように指を動かす。  
「・・・聞こえるだら?桜子・・・」桜子の耳元で囁く達彦。  
「はぁぁ・・・や・・ほんな事・・・言わんで・・・」桜子は恥ずかしさに固く目を閉じる。  
「・・・そんなに・・・嫌かん?」  
桜子の体が熱く高ぶっていると解っていて、達彦はわざと手の動きを止める。  
「・・あっ・・」快感に昇りつめようとしていた桜子は、思わず許しを乞うように達彦を見つめた。  
「なんだよ・・・ちゃんと言えよ」  
桜子の顔に口付けながら、ゆっくりと指を出し入れする達彦。  
桜子は嬌声を上げながら、達彦の下腹部へと手を伸ばす。  
「・・・お願い・・・」消え入りそうな声で呟く桜子。  
達彦が笑みを浮かべ、自身を花びらにあてがおうとすると  
「あんっ・・待って・・・ほいでも・・・帯が・・・」と言ってうつ伏せになろうとする桜子。  
「後ろからじゃ・・・お前の顔が見えんじゃないか」  
達彦はそれを許さず、膝を抱え、位置を定めた。  
「・・もう・・・ほんな・・・見んでよぉ・・・」  
達彦は羞恥に耐える桜子と目が合うのと同時に、自分自身を花びらに沈めた・・・。  
 
「くうっ・・・んんんっ・・・」声をこらえ、喘ぐ桜子。  
達彦が花びらに沈むたびに、繋がった部分から湧き出すように蜜があふれる。  
「桜子・・・全部見えとる・・・えらい事になっとるよ・・・」桜子を見つめながら達彦が囁く。  
「んっ・・・はぁぁ・・いや・・・見んで・・・」  
恥ずかしさと高まる快感で、桜子の顔は真っ赤に染まる。  
達彦から淫らな言葉を浴びせられる度、桜子の体はいっそう熱さを増していった。  
達彦は蜜を指に絡めとり、充血し膨れた花芽に擦り付ける様になぞった。  
「うぐぅっ!・・・いっ・・達彦さ・・んっ・・・!」  
桜子は体を仰け反らせ、粘膜は達彦をさらに締め付けた。  
自分だけに開かれた桜子の体。  
その中を貫き、腕の中で悦びに喘ぐ桜子を見つめながら、達彦の男の欲求は満たされていく。  
「うっ・・・ああっ・・・いいよ・・・桜子っ・・・!」  
達彦の顔にも苦渋が浮かび、腰の動きが早まる。  
「もうっ・・・もうっ・・・あっ・・・あんっ!」  
達彦の動きに合わせて、なんとかこらえていた桜子の喘ぎ声は、高く大きくなっていく。  
達彦は倒れこむように桜子に覆いかぶさり、口付けながらさらに奥を突き続けた。  
「うぐっ・・・ふんんっ・・・!」  
達彦に塞がれた桜子の唇から、こもった喘ぎ声と熱い息が途切れる事なく漏れる。  
「うっ・・・はぁぁっ!・・・」唇を離し、大きく息をつきながら体を痙攣させる達彦。  
お互いの荒い息使いを顔に受けながら、二人は絶頂を迎えた。  
相手の震えを受け止めるように、強く抱きしめ合う二人・・・。  
 
呼吸が少し落ち着くと、達彦は傍らにあった懐紙を取り、繋がった部分にあてがう。  
そして自分自身を引き抜いた。  
「・・・ごめん」達彦は桜子を抱きしめ、耳元で呟くように囁いた。  
「・・・達彦さんの・・・意地悪・・・」桜子は達彦の肩を叩く。  
さっきまでの激しさが嘘のように、苦笑いをしながら桜子を見つめる達彦。  
その申し訳なさそうな顔がちょっと情けなくて、桜子は笑いそうになったが  
「・・・もうっ」っとわざと膨れ顔で睨みながら、達彦の鼻を指で摘む。  
「痛っ・・・ほんと・・・ごめんな」達彦の顔が歪み、桜子は思わず吹き出した。  
二人は笑いながら甘い口付けを交わした・・・。  
 
「達彦さん・・・髪・・・伸びたね・・・」  
桜子は達彦の顔にかかる髪を優しくかき上げる。  
達彦の顔は窓から射し込む西日に照らされ、キラキラと輝いていた。  
あの頃から・・・いつも自分を見守ってくれていた優しい瞳。  
この人の気持ちに気付いて本当に良かった・・・。  
桜子は愛しげに達彦の頬を撫でた。  
「桜子・・・俺・・お前をいつから好きかなんて・・・思い出せんよ・・・。  
 俺には・・・お前だけなんだ。・・・ずっと・・・お前だけなんだよ・・・」  
達彦は桜子を切なく見つめ、優しく囁いた。  
こぼれるような笑顔で、うんと頷く桜子。  
「・・・嬉しい・・・」  
桜子は達彦の顔を引き寄せ・・・二つ並んだ頬のほくろにそっと口付けた。  
初めて・・・達彦に唇が触れた・・・その場所に・・・。  
 
日が沈み、八重と共に台所に立つ桜子。話に花が咲く。  
達彦は八重の娘の敏子にせがまれ、ピアノを奏でた。  
モーツアルトのソナタ・・・明るく軽快なメロディー。  
そんな達彦の傍で敏子は楽しそうに体を揺らす。  
八州治は磯の息子、和之を相手に酒を呑んでいた。  
「達彦〜!お前もこっちに来て呑めよぉ〜」  
すでにでき上がっている。  
勺をしてもらい、ぐいっとコップ酒を飲む達彦。  
「おめぇ、いけるじゃねぇか!・・・ほんっとに大人になっちまったんだなぁ・・・  
 ・・・酒も・・・女の扱いも・・・すっかり覚えちまって・・・」  
八州治は感心したように達彦を見つめ、ブツブツと小声で呟いた。  
「は?・・・なんですか?」達彦が聞き取れず訊ねると八州治は  
「ハハハッ!はぁ・・・いいねぇ〜新婚さんは!」っと言って達彦の背中をバシッと叩く。  
達彦はむせて咳き込んだ。  
皆で食卓を囲んでいると「こんばんわ〜」と言って勇太郎が部屋に入ってくる。  
その後ろから、秋山が顔を出した。  
「秋山さん!どうして?」驚く桜子。  
「俺さ、時々秋山さんの演奏聞きに行っとるんだ。父さんに似てきたんかな〜」  
にこにこと笑う勇太郎。  
「よぉ!勇太郎くんに桜ちゃんが来るって聞いて・・・またあんたとセッションしたくなってさぁ!」  
秋山も嬉しそうに笑った・・・。  
 
懐かしい顔が集まり、宴は盛り上がった。  
食事が終わると「桜子・・・一曲弾いてみろよ」と、達彦が促す。  
「え・・・ほいでも・・指がまわるかな・・・」自信なさげな桜子。  
「弾け弾け〜!パーッと賑やかなの頼むよ〜!」八州治が囃し立てる。  
「指なんか回んなくたっていいんだよ!音楽を楽しもうぜ!」秋山が誘う。  
桜子はにっこりと頷き、ピアノの前に座った。  
「桜ちゃん、何がいい?」秋山もサックスを取り出す。  
桜子は達彦を見つめた。微笑み、頷く達彦。  
「じゃぁ・・・あれがいい。『サニーサイド・オブ・ザ・ストリート』」  
桜子が呼びかけると、「OK!」秋山が応えた・・・。  
 
メロディーが流れ出すと「勇太郎君、踊りましょ!」と八重が勇太郎を誘う。  
「え!?・・はっはい!」勇太郎は服で掌を拭い、八重と踊り出した。  
「僕と・・・踊ってくれるかな?」  
達彦が敏子に手を差し出し、優しく訊ねると、敏子は嬉しそうにピョンと立ち上がる。  
「八州治さ〜ん、僕らも踊りましょうよ〜!」  
和之が八州治の腕を引っ張り、強引に踊らせる。  
「おいおい〜なーんで俺だけヤローと踊らなきゃなんねえんだよぉ〜!」  
ブツブツ文句を言いながら、酔っ払った八州治がヨレヨレと踊る。  
皆は笑いながら、思い思いにリズムに合わせて踊った。・・・あの時のように・・・。  
大陸へ渡る八州治の壮行会に、皆で踊った曲・・・。  
その場にいた・・・誰にとっても幸せな時間だった。  
その後訪れた冬の時代を乗り越え、今またマロニエ荘に明るい音楽が響き渡る。  
達彦は、笑顔でピアノを奏でる桜子を、眩しく見つめていた・・・。  
 
夜は更け、勇太郎たちはそれぞれの家に帰っていった。  
桜子は部屋で着物をたたんでいた。  
「楽しかったな。お前のピアノ・・・えらく良かったよ。聞いとると、気持ちが明るくなる」  
布団の上に横になり、達彦が話しかける。  
「ほうかなぁ・・・久しぶりだで・・・間違えてばっかだったよ」  
達彦に褒められて、嬉しそうに笑う桜子。  
「なぁ桜子・・・秋山さんが前に言っとったみたいに・・・  
 時々東京に出てピアノを弾くっちゅう方法もあるんじゃないか?  
 お前がそうしたいなら・・・俺は構わんよ」  
達彦は、桜子が自分と結婚したことで、音楽を続けられていない事が気がかりでならなかった。  
桜子はそんな達彦の気持ちを感じ取り、優しく語り掛ける。  
「ねぇ達彦さん。岡崎におっても、私は音楽を忘れとらんよ。  
 店におっても、家事をしとっても、私の中にはピアノがなっとる。  
 今までだって、楽しい時・・・きつい時・・・寂しい時・・・いっつも音楽が支えてくれた。  
 音楽家になるっちゅう夢は夢のままでも・・・ピアノは一番大切なものを私にくれたんだよ。  
 達彦さんと私を・・・結びつけてくれた・・・。達彦さんを生きて帰してくれた・・・。  
 私・・・本当にそれだけで・・・すごく幸せなんだよ・・・」  
「ほうか・・・」達彦は桜子の言葉に感激して、胸がいっぱいになった。  
「それに・・・一人で東京になんて・・・嫌だもん。達彦さんと・・・離れたぁないもんで・・・」  
桜子が甘えるように達彦を見つめると、達彦は嬉しそうに微笑み、うんと頷いた。  
「桜子・・・こっち・・来いよ・・・」  
達彦は起き上がると桜子に手を伸ばし、ぐっと抱き寄せた・・・。  
 
桜子が達彦を見上げると、達彦はゆっくりと唇を重ねた。  
微笑み、お互いを見つめながら、会話をするように優しく甘い口付けを交わす二人。  
また達彦は桜子をぎゅっと抱きしめ、大切そうに頬を寄せ、髪を撫でた。  
桜子は達彦の胸に顔をうずめ、幸せそうに微笑む。  
達彦は桜子の浴衣の帯を解き、胸に手を差し込み乳房を揉みながら布団の上に寝かせた。  
「ん・・・もうみんな・・・寝たかな・・・」桜子が心配そうに呟く。  
「ほだなぁ・・・ここ・・・壁薄いからなぁ・・・」達彦は手を止めると  
「ちょっと待って」と言って起き上がり、部屋の戸をそっと開けて廊下の様子を伺う。  
「一階には誰もおらんよ。大丈夫。八州治さん・・・結構飲んどったしな・・・」  
自分の浴衣の帯を解きながら、また布団に潜り込む達彦。  
合わせを開き、乳房に唇を寄せると  
「達彦さん・・・今度は意地悪せんでよ・・・」桜子が甘えるように呟く。  
「わかった・・・ごめんな・・・」  
達彦は顔を上げハハッと笑い、桜子の頬に優しく口付けた・・・。  
 
桜子の乳房に唇を這わせながら、達彦はまた不思議な感覚に捕らわれていった。  
「・・・桜子・・・ほいでも・・・頼みがあるんだ・・・」  
「ん・・・何?」達彦の優しい愛撫に酔いしれながら、桜子が聞き返す。  
「今夜・・・有森・・って呼んでいいか?」  
桜子の顔を見つめ、少し遠慮気味に訊ねる達彦。  
「!・・・ほんな頼み?・・・どうしたの?・・・変な達彦さん・・・」  
達彦の意外な言葉に、驚いたように笑う桜子。  
達彦も少し恥ずかしそうに笑った。  
「ほだな・・・俺・・・どうかしとるな。・・・この場所が、そうさせるのかもしれん。  
 ほいでも今日は・・・あの頃みたいな気持ちで・・・お前を抱きたいんだ・・・」  
少し遠い目をする達彦。  
桜子も思い返すようにそんな達彦の話を聞いていたが、急にしかめっ面で達彦を見つめる。  
「あの頃って・・・もしかして・・・」  
「・・・ん?」我に返ったように見つめ返す達彦。  
「達彦さん・・・私のこと見て・・・いっつもいやらしい事考えとったの!?」  
問い詰めるように目を細め睨む桜子。  
「えっ・・・ほんな・・・別に・・いつもって訳じゃないよ」  
少したじろぐ達彦。思わず白状してしまう。  
信じられない・・・という顔で達彦を見つめる桜子。  
「仕方ないだろ。若かったんだから」達彦は開き直る。  
そして、もう黙って・・・っというようにまた乳房を愛撫しはじめた。  
「あっ・・ん・・・ほんなに・・・私が好きだったの?」  
陶酔したように乳首を舐める達彦の頭を撫でながら、桜子が訊ねる。  
「ああ・・・好きで好きでたまらなかった。・・・今は・・・もっとだ。  
 自分でも呆れるほど・・・お前に惚れとるよ・・・」  
達彦はまた桜子を熱く見つめ、吸い付くように深く激しく口付けた・・・。  
 
「・・・有森・・・」  
桜子の体を愛しながら耳元で囁く達彦。  
「はぁぁ・・・ん・・・懐かしいね・・・もっと呼んで・・・達彦さん・・・」  
桜子はうっとりと目を閉じる。  
「有森・・・好きだよ・・・有森・・・有森ぃ・・・」  
達彦は桜子を強く抱きしめながら、何度も・・・何度も優しく呼びかけた。  
マロニエ荘での夜・・・二人は思い出の囁くままに・・・熱くお互いを求め合った・・・。  
 
絡み合う二人の真上・・・二階の八州治の部屋・・・。  
「・・・眠れねぇ・・・」憔悴した顔で布団の上に座る八州治。  
 (お二人さんよぉ・・・忘れちまったのかよぉ・・・マロニエ荘は・・・  
  壁だけじゃなくて天井も床も薄いんだよぉっ!  
  まさか・・・おめぇ達の「あれの時」の声まで聞かされるとは思わなかったよぉ〜・・・  
  まぁさぁ・・・冬吾んとこのよりはましだけどさぁ・・・ブツブツ・・・)  
「・・・俺も嫁さん欲しいよぉ〜・・・」布団を頭まで被り悶える八州治・・・。  
 
・・・眠れない一夜は・・・始まったばかりだった・・・。  
 
(おわり)  
 
 

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