6月の中旬。
山長では、達彦が客に会うため出かける仕度をしていた。
「小一時間くらいで戻るよ。」
「わかった。じゃあ帰ったらお昼ご飯にしようね。」達彦の着物の襟を整える桜子。
「ああ」と微笑み、達彦は空を見上げた。
「降って来たな・・・」しとしとと降り注ぐ雨・・・。
「今日あたりから梅雨入りかもしれんね・・・はい」傘を差し出す桜子。
「あのね達彦さん、今日のお昼の献立・・・」
傘を開く達彦に桜子が話し掛けた時、店に男が走り込んできた・・・。
「冬吾さん!?」驚く二人。
「よぉ〜」二人を見つめ、ニッと笑う冬吾。
「そこで雨に降られてまって・・・ちょこっと雨宿りさせてけれじゃ。」
大事そうに抱えたスケッチブックが濡れていないか見つめる。
「こっちに来とったの!?・・・もう・・梅雨時に傘も持たんで・・・」
桜子は冬吾の着物の雨粒を掃う。
あっけに取られていた達彦が、そんな桜子の姿をジッと見つめる・・・。
視線に気付いた桜子は
「あっ・・ほらっ達彦さん、はよう行かんと」と達彦を促す。
「出掛けるのが。行ってらっしゃい」ペコリと頭を下げる冬吾。
「あっああ・・・ほいじゃ、行ってきます・・」達彦は店を後にした・・・。
「八洲治に会いに大阪さ行った帰りだ。
東京は息苦しいはんで、あっちこっち寄り道さしてるんだぁ。」
手ぬぐいで雨粒を拭い、居間に腰を降ろす冬吾。
「ほうなん・・・八洲治さんと八重さんは元気だった?」桜子が訪ねる。
「ああ、桜ちゃんさ会いたがってたなぁ・・・達彦君は・・仕事が?」
「うん・・ほいでもじきに帰ってくるで、そしたらお昼一緒に食べまい」微笑む桜子。
「んだか。すまねえなぁ〜。」にんまり笑う冬吾。
「今日ね・・・カレーライスなんだよ・・・達彦さん好きだもんで・・・」
お茶を出しながら、嬉しそうに話す桜子。
そんな桜子をジッ・・・と暖かい目で見つめていた冬吾が、スケッチブックを開く。
「・・・ええ顔だな」呟く冬吾。
「え?」っと目を冬吾に向ける桜子。
「ちょこっと、じっとしててけれじゃ・・・」冬吾はデッサンを始める。
桜子は(しかたないなぁ)という顔でフッと笑い、冬吾に向き合った・・・。
「達彦君・・・元気そうだぁ。立派になったな。」筆を動かしながら話し掛ける冬吾。
「うん・・・すごく頑張ってくれとるよ」微笑む桜子。
「亭主としてはどうだ?・・・あいつは・・優しいべ」桜子の目を見てニッと笑う冬吾。
「うん・・・ほだね・・」桜子は幸せそうにふふっと笑い、照れてうつむく。
「・・・幸せなんだな。達彦君も・・えがったなぁ・・・。」微笑む冬吾。
「あいつは昔っからずーっと桜ちゃんが好ぎだったからな・・・。
東京さいた時だって、おめぇの後ばっか追いかけて・・・
ちょこっと帰りが遅いだけで、オロオロしてよぉ〜。」笑いながら描き続ける冬吾。
「ほうだったね・・・私・・そんなん気付かんで、喧嘩ばっかしとったよ・・・」
桜子も懐かしそうに笑う。
「んだな。んでも気付いて良がったでねぇかぁ。
・・・あいつは昔っからなんも変わってねぇ。戦争さ行って、いろんな思いすて・・・
んでも心ん中は昔のまんまだ。真っ直ぐで・・・心根の綺麗な男だな・・・」
「・・・うん・・・」桜子は達彦を想い、優しく微笑んだ。
冬吾はその慈しむような桜子の笑顔を見つめ、写し取る・・・。
(桜ちゃん・・・ええ顔してる・・・幸せそうだ。
達彦君ほどおめぇを想って、必要としてる男はいねえべさ。
桜ちゃん・・あんたは・・誰かに必要とされてる時が一番活き活きしてて綺麗だ。
ほんとに・・・えがったなぁ・・・。)
冬吾は微笑み、桜子を描き続けた・・・。
「もうそろそろ帰るかな・・・達彦さん、お腹空かせとるかな。」
ふと時計に目をやる桜子。12時を過ぎている。
「あいつは、三度の飯より桜ちゃんが好きだべ」
唐突な冬吾の言葉に「え!?何それ?」目を丸くして笑う桜子。
「ほら・・おめぇが進駐軍のクラブで演奏すた次の日・・・
あいつ朝から桜ちゃんの所さ訪ねて行ったべ。
あん時、おらここに厄介さなってたんだけんど・・・
あいつ、朝飯も食わねえでおめぇんとこさ行ってまったんだよん。
・・・うめえ飯だったのにぃ・・・。
ほんと・・・桜ちゃんの事になると、どうしょうもねえヤツだ。」
笑いながら仕上がった絵を眺める冬吾。
「ほうだったの・・・」(達彦さんらしいな・・・)と思いながら桜子も笑う。
「おれは・・・絶対飯の方がいいけどなぁ・・・」呟く冬吾。
「冬吾さん!そんなこと笛姉ちゃんに言っちゃダメだよっ」桜子が睨む。
「んだなぁ〜。まーたどやされるべ・・・」ため息をつく冬吾。
二人は声をあげて笑い合った・・・。
その時、店に戻った達彦が母屋へ向かう廊下を歩いていた。
居間から楽しそうな笑い声が聞こえ、ふと立ち止まる。
(なんだん・・・えらく盛りあがっとるなぁ・・・)
少し口を尖らせる達彦。
居間に着くと、桜子と冬吾が「おかえり」と迎える。
「ただいま。お昼、待っとってくれたのかん。
すみません。冬吾さん・・・お腹すいたでしょう?」達彦が謝る。
桜子は、さっきの話を思い出し、冬吾と目を合わせて吹き出して笑う。
達彦はなんの事か解らず
「なんだよ・・・気持ち悪いなぁ・・・冬吾さんまで・・・」
と言って、拗ねたようにムッとする。
「なんでもないよ。お昼すぐ用意するね。」桜子は台所へ向かった。
ため息をつき、桜子を見送る達彦。
視線を感じて冬吾を見ると、ニッと笑って達彦を見つめている。
「なんですか?」怪訝な表情の達彦。
冬吾はスケッチブックの紙を取り外し
「おめぇにやる」と言って達彦に手渡す。
達彦は絵の中の桜子を見つめた・・・。
桜子がカレーを居間に運んで来た。
「カレーかぁ・・・」嬉しそうな達彦を笑顔で見つめる桜子。
「いただぎます」冬吾がカレーをほおばる。「・・・うめぇ〜なぁ〜」幸せそうな冬吾。
「ちいっと味噌が入っとるんだよ。冬吾さん・・ほんとうに美味しそうに食べるね」
桜子が笑う。
達彦はそんな二人の顔をジーッと見つめていた・・・。
食事を終えると、冬吾は傘を借り、帰っていった。
その日は・・・夜までずっと雨が降り続いていた・・・。
寝室の布団の上に座り、冬吾からもらった絵を見つめる達彦。
(桜子・・・冬吾さんにもこんな風に笑うんだな・・・)
絵の中の、輝くような桜子の微笑み。
達彦はため息をつき、仰向けに寝転んだ・・・。
(やっぱり冬吾さんはすごいな・・・こんな風に桜子を描けるなんて・・・
桜子が惹かれたのも・・・無理ないな・・・)
自分がいない間に、桜子が冬吾に惹かれた事・・・それを責めるつもりは無い。
過去に桜子が自分以外の男性を想ったことがあるのは知っていたし
今の桜子の、自分を愛する気持ちに嘘が無いことはよく解っている。
それでも・・・達彦の心は切なく波立った・・・。
(冬吾さんや・・・婚約しとったちゅう先生だったら・・・
どんな風に桜子を愛するんだろうな・・・
ピアノを続けさせて、もっと自由に生きれらるようにしてやるんだろうか。
やっぱり俺は・・・あいつの愛情に甘えて・・・
あいつの人生の邪魔をしとるんだろうか・・・)
達彦はボーっと天井を見上げていた・・・。
桜子も戸締りをし、寝室に入ってくる。
達彦の傍に寄る桜子。達彦は寝転んだまま目を伏せる。
「どうしたの?達彦さん。今日は元気が無いね。具合でも悪いの?」
心配そうに達彦の額に手を当てる桜子。
「いや・・違うよ・・」呟く達彦。桜子は床に落ちた冬吾の絵に目をやる。
「もしかして・・・昼間笑った事・・・まだ怒っとるの?」達彦の顔を覗き込む桜子。
「別に・・・怒っとらんよ・・・」目を合わせない達彦。
「怒っとるじゃん!・・・ほんとになんでもないのに・・・」
笑いながら達彦の体を揺する桜子。
「・・・冬吾さんがね・・・私のこと・・・幸せそうだって・・言っただけだよ・・」
桜子はそう言って、達彦に覆いかぶさり、口付けた・・・。
達彦の頬を手で包み、甘く優しく口付ける桜子。
鼻先を擦り合わせ、達彦の頬や首筋にも唇を這わせる。
桜子の腰に手を伸ばす達彦。体が熱くなってくる・・・。
達彦の耳にも舌を這わせる桜子。甘い吐息が達彦をくすぐる。
「桜子っ・・・!」達彦は激情がこみ上げ、くるりと体を入れ替え桜子を組み敷く。
自分の口で桜子の唇を包み込むように、激しく口付ける達彦。
荒々しい手つきで桜子の帯を解き、合わせを開く。
そして、乳房に強く吸い付いた。
「あっ・・・達彦さん・・・明かり・・消して・・」
達彦は桜子の言葉に構わず、乳房を掴み、乳首に吸い付く。
そして手を下着の中に入れ、秘所を弄る。
「んっ・・・達彦さん・・・痛いっ・・・優しくして・・・」思わず声をあげる桜子。
「・・・ごめん」達彦はハッと我に返り、桜子を見つめた。
桜子はううんと首を振り、達彦の頭を引き寄せる。
「もっと・・・優しく触れて・・・」達彦に頬ずりをする桜子。
秘所に触れる達彦の腕に手を伸ばし、擦る。
「・・こう・・か?」達彦は桜子の下着をずらし、指で花びらをそっとなぞる。
「・・うん・・・」桜子は熱い吐息を漏らし喘いだ・・・。
結婚して2ヶ月が過ぎた。
桜子に、初めの頃のような固さや緊張感は無くなり
肌を重ねるごとに心と体を開き、達彦を求めるようになった。
その度に達彦は全身で桜子の愛を感じ、男としての悦びがこみ上げた・・・。
達彦は人差し指で花芽を、中指で花びらを、蜜のぬめりを味わうようになぞる。
そして・・時折吸い込まれるように中指を桜子の中に滑り込ませた。
「ああんっ・・・・んん・・」甘い声で喘ぐ桜子。蜜がどんどん溢れてくる。
「桜子・・・そんなに・・感じるかん?」
笑みを浮かべ、うっとりと酔いしれる桜子を見つめる達彦。
「・・・うん・・・すごく・・いい・・・」達彦の頬に手を伸ばす桜子。
達彦の指は休むことなく、力を抜いたり・・・強く震わせたり・・・
桜子の秘所で、ピアノを奏でるように動き続けた。
桜子の頬は紅潮し、腰をよじり嬌声をあげる。
達彦は登りつめようとする桜子の顔に何度も口付け、見つめ続ける。
「はぁっ!・・・んんっ・・・ぐ・・達・・彦・・さんっ・・」
桜子は眉間にしわを寄せ、達彦の腕を強く掴む。
・・・息が途切れ、体を硬直させる。
「うぐっ・・・ああっ!!・・ああ・・・」
桜子の体は痙攣し、絶頂を迎え・・・ぐったりと脱力した。
達彦の指と掌には、溢れる蜜が絡み付いていた・・・。
「桜子・・・(こんなに濡れて・・・)」
達彦は肩で息をする桜子を、愛おしそうにぎゅっと抱きしめる。
「感じとるお前の顔・・・すごく・・・綺麗だよ」耳元で囁く。
そして・・・桜子の震える唇に熱く口付けた。
桜子も達彦の背中に手を回し、しがみつく。
「桜子・・・俺が・・好きか?」深い息をつき、問いかける達彦。
「・・・うん」桜子はうっとりと達彦を見つめた。
「・・・ほんとか?」達彦は桜子を熱く切なく見つめ返す。
「どうしたの?・・・どして・・そんな目で見るの?」達彦の頬を撫でる桜子。
「いいから・・・答えて・・・」達彦は桜子に額を合わせる。
「好きだよ・・・大好き・・・」優しく囁き、達彦の頭を抱く桜子。
「達彦さんも・・・感じて・・・」
桜子は熱く固くなった達彦の下腹部に手を伸ばし・・擦った・・・。
達彦は起き上がり、浴衣を脱いだ。桜子に微笑み、明かりを消す。
桜子の下着を取り、蜜に濡れた秘所やお尻の割れ目までを舐めあげる達彦。
「はぁっ!・・ああんっ」桜子が喘ぐ。
達彦は桜子の膝を抱え、自分自身を花びらにあてがい、ゆっくりと沈めた。
桜子の中は熱く・・・まだ震えている。
達彦は桜子を見つめながらゆっくりと腰を動かす。
(俺が・・好きか?)
問いかけるように桜子を貫く達彦。
「はあっ!・・ああん・・達彦さんっ・・・!」
熱く潤んだ瞳で達彦を見つめ、また登りつめようとする桜子。
達彦の顔にも苦渋が浮かび、腰の動きが激しくなる。
「ううっ・・・好きだ!・・・桜子っ・・」
達彦は桜子に体を重ね、強く抱きしめながら精を放った・・・。
桜子は布団の中でうっとりと目を閉じる。
達彦はそんな桜子を見つめながら、優しく髪を撫でた。
『人は、誰かの邪魔したり、迷惑を掛けねえでは、生きていけねぇもんだよ』
冬吾の言葉が頭をよぎる。
(またクヨクヨして・・・ダメだな・・・俺は・・・
お前がこんなに俺を愛してくれとるのに・・・
俺・・・お前にふさわしい男になるよ・・・頑張るから・・・)
「ごめんな・・・桜子・・・」桜子を抱き寄せ、呟く達彦。
「え?・・・何?」桜子が不思議そうに訊ねる。達彦はううんと首を振り
「・・・大切にするから・・・」と言って、ぎゅっと桜子を抱きしめた・・・。
桜子は手洗いに立ち、身じまいをして部屋に戻る。
達彦は眠っていた。
桜子は達彦を起こさないようにそっと布団に潜り込む。
達彦の安らかな寝顔を見つめる桜子。愛しさがこみ上げる。
と、達彦がピクッ・・と眉間にしわを寄せ「桜子・・・」と名前を呼ぶ。
(寝言か・・・)
桜子はふふっと笑い達彦の頭を胸に抱く。
「うん・・・」達彦は眠ったまま桜子の胸に顔をうずめる。
(私は達彦さんが好き・・・。何よりも大事・・・。
だからここにおる。・・・ずっと・・・ここにおるでね・・・)
桜子は、冬吾の絵と同じ微笑みを浮かべ、達彦の頭を優しく撫でた・・・。
(おわり)