10月も半ばをすぎ・・・秋の虫の声も息を潜めるしんと冷えた夜だった。  
風呂から上がった桜子の耳に、ピアノの音色が聞こえる・・・。  
「・・・達彦さん・・・?」桜子は応接間へ足を向けた。  
廊下を歩きながら音色に耳を傾ける桜子。  
ベートーベンピアノソナタ「月光」・・・切なく悲しげなピアノの旋律・・・。  
応接間の扉の前で、桜子はしばしたたずんでいた・・・。  
 
ガチャっと扉を開け、部屋に入るとピアノの音が止む。  
達彦は明かりも付けず、ぼうっとピアノの前に座っている。  
ガラス戸は開け放たれ、部屋は冷たく冷え切っていた・・・。  
「達彦さん、こんな時間にピアノなんて・・・珍しいね。  
 この部屋寒いよ・・・。達彦さん、湯冷めしちゃうよ・・・。」  
桜子が話しかけると、「・・・ああ」と呟いて達彦は窓際に向かった。  
ガラス戸を締め、空を見上げる・・・。憂いを帯びた悲しげな後ろ姿。  
桜子もそんな達彦にそっと寄り添い、ガラス越しに空を見上げた。  
・・・青白く、少し欠けた月が、澄んだそらに浮かんでいる。  
「綺麗な月だね・・・」桜子が語りかける。  
「・・・ああ・・・そうだな・・・」達彦の横顔が青白く月に照らされていた。  
その表情に、桜子は胸がきゅっと締め付けられた。以前にも見たその横顔。  
澄んだ瞳は憂いを帯び、どこか遠くを見ている・・・。  
「どうかしたの?達彦さん・・・」桜子は心配そうに優しく訊ねた。  
「・・・うん・・・ちょっと・・・外地での事を思い出してな・・・」達彦が呟く。  
「・・・そう・・・大丈夫?・・・良かったら話して・・・。」桜子はそっと達彦の手を握った。  
・・・冷たく冷えた達彦の手に、ふわっと桜子のぬくもりが伝わる・・・。  
ふっと達彦は少し我に返ったように桜子に視線を向け、二人は月を背にしてソファに腰掛けた。  
・・・達彦は呟くようにゆっくりと話始めた・・・。  
「戦争中・・・大陸で敵の猛攻撃にあっとる時な・・・塹壕の中で・・・  
 俺は重傷を負った若山と肩を並べて座っとった・・・。  
 上官から退却命令が出たが、俺はあいつを残してはいけん・・・  
 俺もここでこいつと死んでいくんだ・・・そう思っとったんだ・・・。  
 ・・・辛くは無かった・・・やっとこの苦しみから解放される・・・ そんな気持ちだったんだ・・・。  
 気付いたら、敵の銃声が止んどってな・・・しんと静まり帰っとった。  
 塹壕の屋根は崩れとって・・・そこから澄み切った夜空が見えてな・・・  
 今夜みたいな青白い月がぽっかり浮かんどったんだ・・・。  
 ・・・ほしたら・・・若山がな・・・『この月を、姉さんも見とるんだろうか・・・』って呟いたんだ・・・。  
 ・・・俺は・・・月を見ながら・・・お前を思ったよ・・・。  
 出征するときに最後に見たお前の顔・・・手に触れた頬の柔らかさ・・・。  
 ・・・ほしたらな・・・勝手に涙が流れてきて止まらんかった・・・。若山も泣いとった・・・。  
 そしたらあいつ・・・あいつな・・・俺の手から自決用の手榴弾を取ったんだ・・・。  
 ほいで・・・黙って俺に頷いた・・・。・・・俺は・・・俺はな・・・。」達彦の声が震えた・・・。  
「もういいよ・・・達彦さん・・・」桜子は達彦の肩に額を寄せる。  
「・・・辛かったね・・・苦しいよね・・・。」・・・涙が頬を伝った・・・。  
達彦はフッっと息をつき  
「いや・・・大丈夫だよ・・・。お前のお陰で、俺の中では整理が付いとる・・・  
 だから話せるんだ・・・。もう前のように引きずっとらんよ・・・。  
 ・・・ただ・・・ただな・・・忘れちゃいかん・・・絶対に忘れてはいかんと思っとるんだ・・・。」  
達彦の目には今にもこぼれそうな涙が溜まっていた・・・。  
桜子はたまらず、達彦に腕を回し、横からそっと抱きしめた。達彦の体は冷たく冷え切っていた。  
「・・・こんなに冷えきっとるじゃん・・・。」桜子は達彦の体を擦った。  
 
達彦の心にある戦争の影。純粋で繊細で、真っ直ぐな心をおおう影を拭いたい。  
冷たく冷えた心を暖めたい・・・。  
桜子は顔を上げ、達彦の頬を手で包み込み、口付けた・・・。  
 
桜子は達彦の頭を撫でながら、包むように唇を重ねる。  
達彦の瞳からは涙がこぼれ、頬をつたう。  
桜子はその涙を拭うように、達彦の顔に唇を這わす。  
いつも自分を優しく見つめる真っ直ぐな瞳・・・目の下のほくろ・・・美しい鼻筋・・・  
・・・そして、体中に愛を伝える唇・・・。  
桜子は愛しむように、そのひとつひとつに優しく口付けた・・・。  
 
桜子は立ち上がり、浴衣の帯を解いた・・・。月明かりの中に照らされた桜子の白い裸体。  
達彦はその透きとおるように美しい姿を静かに見つめていた。  
桜子は腰掛ける達彦の前に膝を付き、達彦の帯を解く。そして合わせを開いた・・・。  
達彦の首に手を回し、達彦の体を愛撫する桜子。  
突き出た喉仏・・・鎖骨のほくろ・・・胸の傷跡・・・達彦はふううっと息を漏らし、目を閉じる。  
 
桜子の唇は達彦の体を這いながら下がっていき、その手が達彦自身に触れる。  
ピクンっと達彦の体が小さく動いた。  
桜子は下腹部を擦りながら、褌の紐を解く。そして、達彦自身を口に含み、舌を動かした・・・。  
「・・・う・・」達彦は目を閉じたまま、ざわざわと押し寄せる快感の波に身を任せた。  
桜子は達彦を吸い上げ、懸命に舌で舐めあげる。  
桜子の口の中で、達彦は固く大きく膨らみ、時折ピクピクッっと脈打つように震える。  
「ああ・・・桜子・・・」達彦の顔に苦渋が浮かび、思わず声が漏れる。  
達彦は自分自身を愛撫する桜子に目を落とし、手で髪をかき上げ、柔らかい頬にふれる。  
桜子は顔を上げ、達彦の手に愛おしそうに頬ずりし、唾液に濡れた唇で、そのしなやかな長い指に口付け、舌を絡め愛撫した。  
そして、達彦を見つめ、手を添えたまま自分の乳房に触れさせた・・・。  
「桜子・・・!」達彦は桜子の体を抱き起こし、すがりつくように、しっかりと胸に抱きしめた。  
桜子もぎゅっと抱き返し、二人は熱い口付けを交わした・・・。  
達彦は乳房を揉みながら、片方の手で桜子の体を擦った。  
桜子は吐息を漏らしながら、達彦の肩に吸い付く。  
達彦の指が桜子の花びらに触れ、粘液が絡みつく。  
「・・ああんっ・・・」桜子は甘い声で喘いだ・・・。  
 
達彦はソファに浅く腰掛け、背もたれに体を預ける。  
桜子は達彦の下腹部にまたがり、ゆっくりと腰を沈めた。熱く柔らかな粘膜が達彦を包み込む・・・。  
桜子は熱い吐息を漏らしながら、達彦に口付け、耳元で優しく囁く・・・。  
「達彦さん・・・愛してる・・・こんなに・・・私を感じて・・・」  
そしてゆっくりと腰を動かした。達彦は息を漏らし、目を閉じる・・・。  
桜子を感じながら、達彦の心は柔らかく暖かい光に包まれるように癒されていった。  
その心地よさの中で、達彦は快感の波に抗うことなく身を任せた・・・。  
 
快感をむさぼるように相手を求めているのではない。  
ただ達彦の心を近くに感じたい・・・受け入れたい・・・癒したい・・・。  
桜子は包み込むように達彦を抱きしめながら、腰を振り続けた・・・。  
 
達彦の息遣いや表情から、絶頂が近い事が伝わる・・・。  
「・・・桜子・・・俺・・・」達彦は切なく、熱く潤んだ瞳で桜子を見つめる。  
「・・・いいの・・・達彦さん・・・感じて・・・もっと私を感じて・・・」桜子は達彦を強く抱きしめた。  
達彦は桜子のお尻を両手で抱えるように掴み、激しく腰を突き上げた。  
「うっ・・・ああっ!・・・ああ・・・」体を震わせながら達彦が精を注ぎ込む。  
桜子は震えを受け止めるように達彦を抱きしめた・・・。  
 
桜子は達彦の頭を撫で、二人は暫くそのまま繋がっていた。  
「桜子・・・俺・・・」達彦は切ない声で桜子に囁く。  
「ううん・・・いいの・・・」桜子は達彦の頬に顔を寄せる。  
「ありがとう・・・ありがとな・・・。」達彦は桜子をぎゅっと抱きしめた。  
「私は達彦さんの味方だで・・・これからも・・・ずっとね・・・。」  
桜子は優しく囁き、達彦を見つめた。  
達彦は目を細め、大きく息をつくと、桜子を強く抱きすくめ、熱く口付けた・・・。  
 
達彦は膝の上に桜子を乗せ、浴衣で包むように抱いていた。  
「あったかいな・・・」「うん・・・あったかい・・・」お互いのぬくもりに包まれる二人・・・。  
(トクン・・トクン)と達彦の穏やかな鼓動が桜子に伝わる。  
達彦が生きて、傍にいる幸せを噛み締める桜子。  
「こうしてると・・・気持ちいい・・・なんか眠くなってきちゃった・・・。」うっとりと目を閉じる桜子。  
「・・・眠ってもかまわんよ・・・こうして・・抱いててやるから・・・」達彦が優しく囁く。  
すう・・・っと桜子は息をつき、ウトウト眠りに落ちた。  
達彦は、無垢な・・・少女のような桜子の寝顔を見つめていた・・・。  
 
(桜子・・・お前に愛されて・・・俺は生かされとるんだな・・・。  
 俺は・・・お前に何を返せるんだろう・・・。  
 桜子、俺は・・・ちゃんと・・・お前を愛せとるか?)  
 
桜子の髪を優しく撫でながら、そっと額に口付けた・・・。  
 
(おわり)  
 
 

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