桜子、お前は空からずっと俺達を見とってわかっとるかもしれんが、  
輝一も俺も、店の者たちも、有森の家の人達も、それぞれの義務を  
務めながら、なんとか生きてきた。  
輝一は立派な大人になって、子供が3人も授かり、その孫達もみな  
元気に成長し、上二人はもう成人している。 輝一はな、赤ん坊の  
時から有森の家の人達や子供らによくしてもらってきた。普段は俺  
が店の仕事から離れられんかったから、輝一は昼間は有森の家に世  
話になって、賑やかな中で大きくなったんだ。とても元気な子で病  
気一つせずにありがたかったよ。中学生ぐらいまで、毎日、夕飯ま  
で有森で世話になって、夜には俺が迎え行った。小さい頃は背中に  
おぶって、大きくなってからは、歩きながら、色んな話しをして毎  
日家まで歩いた。 輝一は誰に似たのか、ものすごく元気がよくて  
な、それに男のくせに口が良く動くおしゃべりで、少し大きくなる  
と、喜劇役者のセリフを憶えおもしろいことを言って大人を笑わせ  
たり、少年漫画の主人公の真似をして、少し高いところから飛び降  
りて皆を驚かせたりして、ケガしないか心配したが、賑やかで明  
るい子供だったよ。 いたずらをしたり、約束を守らなかったりし  
て叱ると、バケツをひっくり返したように大泣きしてダダをこね、  
嬉しいときや面白いときは思いっきり笑い転げる、喜怒哀楽がハッ  
キリして、竹を割ったような性分だな。そう、お袋そっくりなんだ。  
 
小さい頃から家では音楽をかけてやったり、有森の家ではピ  
アノを聞かせたりしたが、特にピアノを弾きたいとは言わんかった  
な。 外でかけ回ったり、飛んだり跳ねたりすることのほうが好き  
みたいだ。それでやっぱり輝一も味噌桶に何度もよく落ちたよ、お  
前譲りなんだな。それでも、音楽聴いて育ったせいか、音感豊かで、  
よく色んな歌を大きな声で上手に歌っていたな。 お前が輝一のた  
めに作った曲も何度も聴かせたから、自然に耳についたのか、メロ  
ディをよく口ずさんでいた。   
学校の勉強も頑張って良くやってくれたよ。   
俺が音楽学校受験のために途中で辞めた八高を無事卒業し、東京に  
出て会社勤めをする時も、その後、2度の外国転勤にも俺は反対し  
なかった。 輝一に店を継いで欲しいと言ったことはなかったし、  
輝一と店を継ぐ継がない、という話しをしたことはなかった。山長  
を継ぎたいと思ったら店に入ってくれればいいし、他にやりたいこ  
とがあれば、そこで自分の意思を貫いて欲しいと思ったんだ。  
 
輝一は26の時に結婚した。お前から預かった輝一を育ててきて、  
嫁をもらう立派な大人になった。少しだけ肩の荷が降りた気がした  
よ。 輝一を小さいときから世話してくれた周りの人達にも、本当  
にありがたい気持でいっぱいだった。 有森のお姉さん達は、桜子  
お前に、輝一の晴れ姿を見せたい、と感無量の涙を流してたな。で  
もお前はちゃんと、空から見とってくれてたんだろ?  
 
俺は後妻をもらうことを考えなかったのかって? そうだな、お前  
が忘れられんくて、というわけではないんだ。  
おかげで店は繁盛して忙しくしていたし、その合間を縫って俺  
は輝一の面倒もけっこう良く見とったんだよ。お前がいなかった分、  
余所の父親よりは、輝一は俺に良く懐いてくれてたと思う。輝一が  
這うようになり、つかまり立ちをして歩き、言葉を覚  
え、、、あいつの成長が楽しみで嬉しくてな。それにあいつは、口が  
達者で元気良くて明るい、俺もあいつが居る事で、随分助けられた。  
母親が居ないことで輝一が寂しい思いをしたり、母親を恋しく思っ  
て泣いたりしないか、それが気がかりだったが、盆や正月は俺も輝  
一も有森の家に呼ばれて良くしてもらった。 女将仕事や奥のこと  
は、また従姉妹のみつ子夫婦が店に入ってよくやってくれとって間  
に合っていたしな。 周囲の皆のおかげで輝一は、俺が心配するほ  
ど寂しい思いはしなかったようだし、店もなんとか回っていた。  
輝一と二人でなんとかやってきて、あっという間の、歳月が過ぎて  
しまったな。  
 
輝一がお前のお腹にいることが分かった時、結核のお前の体を守る  
ために、赤ん坊を諦めろ、と医者に言われたことがあったな。 俺  
も、最初は医者の言うとおりにしようと思った。しかしあの時、あ  
のまま諦めて産む選択をしていなかったら…。 今ここにいる輝一  
には会えんかったんだなと思うと、お前が命がけで守って産んでく  
れた輝一は、まさに運命の授かりものだ、いとおしく思わずにはい  
られない。 そのことはな、輝一には小さいときからよく話してや  
っていたんだ。お前が残したあのノート?もちろん、輝一に読んで  
聞かせてやっていたよ。  
あいつはあのノートを大事に持っている。輝一は会ったことなくて  
も、お母さんがどこかで見てるような気がする、と言っていた。 お  
前の気持は、充分伝わっているよ。 輝一の嫁もお前のノートに涙  
していた。  輝一は35歳の時に、会社を辞めて、自らの意思で  
東京から岡崎に戻ってきて店に入った。 東京の大きな企業で一人  
前に仕事をしてきたと言っても、親の目から見ると、つい厳しく当  
たってしまったが、最近ようやく、なんとか老舗山長当主としてや  
っていけそうな目処がついた。   
 
お前が命がけで産んだ、生まれたばっかの、しわくちゃで真っ赤っ  
かの小さな輝一を、手術室から出てきた看護婦さんに渡されて、初  
めて腕に抱いた時のこと、俺は今でも忘れとらんよ。 とても小さ  
いのに、指の一本一本に爪がちゃんとついとって、目鼻口、髪の毛  
もちゃんと生えとった。そんな輝一が、大人になって人の親となり、  
中年にさしかかり、そして山長の暖簾を受け継ごうとしている。  
俺も随分長い時を生きてきたんだな。そしてお前と別れてからも長  
い歳月が。。。その間、周りの皆に助けられてここまで来れたが、お  
前もずっと見守ってくれていたんだな。  
お互いの事情や、戦争によって、長い間離れ離れだった。復員して、  
ようやくお前と一緒になれたが、お前は短い生涯を閉じた。また会  
えてもどこかへ行ってしまわないか、不安だ。ずっと一緒にいられ  
るのか。今度こそ、ずっと傍に居ってくれ、桜子。  
 

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