(プロローグ「芋たこなんきん」の世界にて)
1998年(平成10年)。
「いやー、素晴らしいわー」
大阪在住の小説家・花岡町子は、ある小説を読み終えて感嘆の声をあげた。
その小説とは…このたび、有名文学賞『河合譲治賞』を受賞した「花火の山―純情記」。
愛知県岡崎市を主な舞台に『昭和の天才画家・杉冬吾』の次女にあたる作者が、
自分の家族と親族をモデルにして書いた作品だ。
「家族のことをよう観察して、緻密に描写してはるわ」若い才能を賞賛する、70歳の町子。
「私もまだまだ、負けてられへんな」。
『恋愛小説の巨匠』と呼ばれるまでになった町子も「花火の山―純情記」に登場する
有森三姉妹、それぞれのラブストーリーには感じ入ったようだ。
三姉妹の三女にして、作者の叔母である有森桜子と夫・松井達彦にも、純愛の物語があった。
桜子の亡き後どうなったかは、小説に書かれることは無かったが…。
桜子が結核で亡くなって、間もなく1年になろうとしていた頃。
彼女が遺(のこ)した一粒種・輝一も大きくなり、今が可愛い盛りである。
達彦もまた、最愛の人を失った悲しみから立ち直り「山長」の仕事に精を出していた。
それでも。時々、たまらなく寂しくなることがある。
折にふれ「こんな時、桜子が居(お)ってくれたら…」と思う時もある。
ある夜のこと。寝室で眠りについていた達彦の耳元で、誰かが呼んでいる。
「達彦さん…」
どこかで聞いたような声−まさか。
「達彦さん…達彦さん」
達彦の意識が、次第に清明になっていく。この懐かしい声は…
「桜子!?」
そう。それは間違いなく、達彦の最愛の妻・桜子だった。生前いつも着ていた桜草(さくらそう)柄の
ピンクの着物姿で現れたのである。
「達彦さんと輝一ちゃんが心配だで、様子見に来たんだわ。寂しい思いしとらんかな、って」
「寂しい?そ…そんな、たわけたことがあるか」ぷい、と顔をそむける達彦。
「そんなに無理しんで」くすくすと笑う桜子。そのまま、達彦の横に寝ている輝一の所に座る。
「輝一ちゃん…大きくなったね」桜子は優しい母の表情になり、輝一の頭をそっと撫でた。
「もう、立って歩くようになっとるよ」嬉しそうに話す達彦。彼もまた、父親の表情になっている。
「抱っこしてみるか?輝一を」達彦が勧めたが
「ううん、起こしたらかわいそうだで」遠慮する桜子。
「達彦さんも、よう頑張っとるね」達彦に寄り添う桜子。
「あのなあ。お前が居らんでも、俺は大丈夫だ!輝一のことだって…んっ」反論する達彦の唇を、
桜子がキスで塞ぐ。
久しぶりに味わう、甘い感触−優しくも濃厚な口づけをするうち、強がる心も溶かされてしまった。
そして唇を離したところで、やっと達彦の本心が出た。
「逢いたかった…。お前に」
桜子は徐(おもむろ)に着物を脱ぎ、裸になった。そしていつの間にか、達彦の股間に手を伸ばしている。
本人の戸惑いとは関係なく、達彦自身は既に固くなっている。それを手でしごきあげる桜子。
「うふふ…久しぶりだね」嬉しそうに微笑む桜子。
「ちょ…輝一が目ぇ覚ますだら。やめりん」横に居る幼子を気にして、焦る達彦。
「ほんでも達彦さん。このままやめる?」桜子は愛撫する手を止めない。
「…いや、やめんでくれ」
達彦は迷いを振り切った−というより、快感が高まるにつれ、迷いが薄れていった。
『これは夢なのか?それとも現実なのか?桜子は幽霊なのか?それとも生きとるのか?』
…いや。そんなことは、もうどうでもいい。今はただ身を任せて…。
「桜子、お尻をこっちに向けて」
寝ている達彦の上半身を、桜子が跨(また)ぐ形になった。そのまま、桜子の花びらに吸い付く達彦。
「ああん…」甘い声を漏らす桜子。そのまま達彦の剛直を口に含んで、ちゅぱちゅぱと吸う。
「ううっ…」桜子の唇と舌に刺激されて、達彦の唇も桜子の花芽をついばむ。
こうやって愛し合うのは、何年ぶりだろう。それでも、一緒に居た日々が昨日のことのようにも思える。
「はああ…達彦さん、熱いよ…」桜子から蜜があふれ出し、腰がかすかに震えている。
「桜子…もっと強く吸ってくれ」達彦もさらなる刺激を求め、桜子の喉を突き上げる。
「んっ、んぐぐ…」達彦のものを咥え込んだまま、身悶えする桜子。快感がどんどん高まり、
極限に達しかけている。
達彦はそんな桜子の、いちばん敏感な場所−花芽の先を、舌でこするように愛撫した。
「達彦さん、そこは…あ…ああああーっ!」花芯がドクン!と脈打ち、桜子の下半身を痙攣させた。
「はあ…はあ…」脱力し、肩で息をする桜子。達彦は体を入れ替え、その桜子の背後に回った。
震えの治まらぬ花びらに、後ろから剛直を挿しこむ。
「きゃあっ!」休む間もなく攻められ、思わず声を上げる桜子。
「ああ…すごいよ、桜子」脈打つ粘膜が、達彦を吸い上げてくる。
桜子の中は、温かくて柔らかい。彼女が元気だった頃の、そのままの感触だ。
結合したまま、達彦は膝の上に桜子を乗せて座る。そして後ろから抱きしめた。
「いつもこうして、輝一を抱っこしとるよ」その膝の上に、今は桜子が居る。
「ふふ…いいお父さんじゃん」息を弾ませながら、桜子が笑う。
「当然だがね。俺はいい父親だ」自信たっぷりの達彦。「日本一かわいい子供の、日本一の父親だで」
他愛ない会話をして、笑いあう二人。しかし笑いながらも、達彦は腰を突き上げている。
「あっ、ああっ、あん…」突き上げられると同時に乳房を揉まれ、快感に酔う桜子。
「桜子…いくよ」達彦の快感も、極まる時が来た。「ううっ…ああ…はああ…!」どくん、どくん…と
静かに、強く精を放った。
しばらくの間、達彦は桜子を抱きしめていた。この幸せな温もりが、ずっと続くものと思っていた。
が。
「もう大丈夫だね、達彦さん」桜子は達彦のもとを去ろうとする。
「待ってくれ桜子!どこにも行かんでくれ!」達彦は桜子を捕まえ、強く抱きしめた。
が。桜子は達彦の腕の中から、すっと消えてしまった。
『ダメだよ、達彦さん!』桜子の姿は見えないが、声だけが聞こえる。『達彦さんはあたしの分まで
しっかり生きて、輝一ちゃんやお店の人を守ってもらわなかんでね』
そして輝一にも呼びかける声が。『輝一ちゃん…お母さん、さよならは言わんでね。
ずっとあなたを守っとるよ…』
桜子の気配が消え、寝室の中は再び静まり返った。
「桜子…」空っぽの両手を、しばし呆然と見つめる達彦。知らぬ間に涙があふれて来る。
達彦の手のひらに、白濁の滴が飛び散っていた−それはまるで、散り残りの桜の花びらのようでもあった。
翌朝。達彦は目を覚まし、昨晩のことを思い返した。「夢か…。」そして考える。
あれは本当に、夢だったのだろうか…と。
その日。達彦は輝一を連れて、有森家を訪れた。達彦が仕事で忙しい日は、
輝一を預かってもらっているのだ。
出迎えてくれた桜子の次姉・杏子と、その夫・鈴村浩樹に、達彦は打ち明ける。
「ゆうべ、桜子の夢を見たんです」
「桜子さんの夢、ですか?」と鈴村。
「はい」達彦は遠くを見た。
「どんな夢だったん?」杏子に尋ねられて
「あ、いや…」さすがに詳細な内容は言えないが。「どじかられ(強く叱られ)ました…
いつまでも落ち込んどったらいかんよ、って。この歳になって、叱られるとは思わんかったです」
苦笑しながら、頭をかく達彦。
「そう…」杏子は顔をほころばせた。「私も時々、桜ちゃんの夢を見ることがあるの。
達彦さんや輝一ちゃんや、みんなを見とってくれてるんだわ。きっと」
「どこに居ても、何をしていても…どこかで見守ってくれている。桜子さんも、きっとそうですよ」
東京大空襲で前妻と娘を亡くしている鈴村にも、その思いがわかるのだった。
「見守ってくれている…!」そうだ。命がけで輝一を産んだ桜子のため、「山長」を守ってきた
職人や店員たちのため、これからも頑張らなきゃならんのだ。
「俺は負けんぞ」達彦の中に、新たな決意と勇気が芽生えた。もう桜子に、余計な心配をさせてはいけない。
「けど…時々はこっちに出てきて、俺を叱ってくれよな。桜子」
達彦は秋の空を見上げた。そろそろ、今年の味噌樽の仕込みが始まる。
(エピローグ〜人生の最終楽章)
それから数十年後。
齢を重ね、老紳士となった達彦は病の床に伏していた。
ある日、目を覚ますと…枕元に誰かが居る。
「桜子…!?」白いドレスに身を包んだ桜子が、達彦のそばに立っていた。その姿は、天使のようでもある。
そして自分たちが、雲の上のような場所に居ることに気付く。
「迎えに…来てくれたのか?」
優しく微笑む桜子。『お迎えが来る』とは、まさにこのことか…。
「行こまい」桜子は達彦の手をとった。
「また、お前と一緒になれるんだな…。お前ともう一度、ピアノ弾けるんだな」
「あたしは、ずっと達彦さんと一緒だよ。今までもずっと見守ってきたし、これからも」
「桜子…本当にありがとう」起き上がり、桜子をそっと抱きしめる達彦。
今度はいつぞやの夢のように、腕をすり抜けて消えることはなかった。
「達彦さん…」桜子も、達彦を抱きしめる。いつしか、二人の姿は消えていた。
「なあ、桜子。お前が居(お)らんくなった後、俺の人生は輝いとったかなあ。
短いけれど輝いとった、お前の人生…それに負けんぐらい、輝くことができたかなあ」
これからは二人で、輝一やその子供たちを見守ろう。彼らが音楽を忘れない限り、その心の中に
生き続けることはできるのだから。
-END-