しんとした闇の中を、滑るように移動していく影がいる。ジョカは闘技場の廊下を小走 
りに急いでいた。  
たったひとつ、確かめねばならないことがある。目指すのは、黒衣の戦士たちの控え室 
・・・・・・。  
胸に手をあてて、そっと呼吸を整えると、思い切ってドアノブに手をかけた。が、それ 
はジョカが回すよりも先に、内側から開かれる。思わずバランスを崩して、ジョカは部 
屋の中に転がり込んだ。  
「こんな時間に何の用だ?」  
聞き覚えのある声だった。ジョカは懐かしい声の主を見上げた。  
「ナタク・・・?」  
ジョカはその場を取り繕うようにえへへと笑った。  
ナタクの対応は冷ややかだった。  
「何しに来た。」  
「えっ!あっ!うん、その、ひさしぶりだね! 元気にしてた?」  
「トプカが心配してるだろう。早く帰れ。」  
ナタクはジョカと目も合わせずに言った。取り付くシマもない。ジョカはナタクの部屋 
に来た事を、少し後悔し始めていた。精一杯、明るく振舞おうとしていた心が、見る見 
るうちに萎んでいく。  
 ―やっぱ、、あたしたちのこと、敵だと思ってるのかな、、、、。  
俯いてしまったジョカを見て、ナタクは小さく溜息をついた。  
「・・・・なんか食うか?」  
「うんっ!」  
 
「これおいしー!なんていうの?」  
たちまち機嫌を直したジョカは、寝台に腰掛けて、元気良くお菓子を頬張っている。  
食い意地が張っているのも相変わらずらしい。ナタクはやれやれといった顔で白湯を手 
渡した。  
「まあ携帯食のようなものだ。旅行中は腹が空くからな。」  
ナタクは子供にするようにジョカの頭を撫でると、  
「今頃きっと、トプカやリカオンが心配してるからな、ちゃんと部屋に帰るんだぞ?」  
はーい、と機嫌良く頷きかけて、あわててジョカはここに来た理由を思い出した。  
「ちょ、ちょっと待って!あたしはあんたに話があって来たんだからっ!!」  
「話?」  
「そうだよっ!! ルーンのことだよっ!!」  
ナタクの目付きが鋭くなる。ジョカはゆっくりと白湯を飲み込んでから話し始めた。  
「ナタクはさ、ルーンを手に入れて、何をしたいの?」  
これだけは聞いておかねばならない、大事なことだ。  
「ヌアラ王に献上するの? それとも自分がアス=ランになる?  
 あんたも、ヌアラ王やフーギみたいに、世界を征服したいと思ってるの?」  
ジョカはナタクをまっすぐに見上げた。ナタクは昔とはずいぶん面差しが変わっている 
ように思えた。  
肩幅も広くなった。2年前には、自分と同じくらいの大きさに感じられた手足も、今は 
力強い筋肉に  
覆われている。何となく気恥ずかしくて、ジョカは足をブラブラさせた。こんな時は、 
自分の長い手足をひどく持て余した気分になる。  
 ナタクはしばらく躊躇した後、少しずつ語り始めた。  
「俺は、、この世界を変えてみたいと思っている。」  
それは、ずっと心の中にくすぶっていた思いだった。  
神聖王アス=ランに忠誠を誓う神の使徒としては、異端ともいえる危険な思想。  
「今のカルディアのやり方は間違っている。こんな強引な事ばかりしていては、異民族 
の反感はますます高まるだろう。それはカルディアにとって、良くないことだ。」  
 
「じゃあさ、あんたが王になったら、教会の連中のやってるひどい事を止めさせてくれ 
る?」  
ジョカはこれまでの旅の途中で見た、『神の使徒』たちのおこないを目に浮かべた。  
略奪、異端審問、処刑―。それらは、神の名のもとに行なわれていた。ジョカ自身もま 
た、反乱分子として命を狙われ続けてきたのだ。  
「ああ。」  
ナタクは低い声で頷いた。ジョカは満面の笑みを浮かべた。  
「あんたなら、きっと、良い王になれると思うわ。」  
そう言うと、ジョカはナタクに飛びついて抱きしめた。  
ナタクは顔を真っ赤にして硬直していた。  
「なっ・・・・なんだいきなり・・・・・っ!」  
「あたし、あんたになら上げても良いと思ってるんだ。」  
「な・・・っ?!!」  
ジョカは明るい声で言った。  
「ずっと思ってたんだ。あたしみたいな、何の力もない子がルーンを持ってちゃいけな 
いって。あたし、あんただったら、信用できるもの。」  
「い、、いや! それはダメだっ!」  
ジョカの思っても見ない行動に、ナタクはすっかり狼狽していた。  
「大体おまえ、金属アレルギーがあるんだろ! どうやってルーンを渡すんだ。」  
「そ、それは・・・・。出来るだけガマンするわよ。」  
実のところ、あまり自信は無かったが、とりあえずジョカはそう答えた。  
鋭い刃が肌に触れたとたん、全身全霊で暴れまわってしまうだろう自分の姿は、容易に 
想像出来たが。  
「おまえ、ほんっっ当に我慢なんてできるのか?」  
幾分、落ち着きを取り戻したのか、ナタクはジョカに詰め寄った。  
 
「できるわよ!」  
「自分で言った事なんだから、ちゃんと責任を持てよ?!」  
「当たり前でしょ!」  
何だか、何の話をしているんだか、お互い訳が分からなくなっているような気がしなく 
も無かったが、とりあえず、この場では気にしないことにした。  
「そうか、じゃあ横になれ」  
ナタクは寝台を顎で示した。ジョカは靴を脱ぐと、さっさとその上に横たわった。少し、 
自分でも意地になっているのかもしれない。  
ナタクは手袋を外すと、引出しから小刀を取り出した。唇を軽く舐める。  
「待ったはなしだからな。」  
呟くと、そのまま、ジョカの上に馬乗りになる。  
「な・なに?!」  
「暴れない約束だったろ」  
「う」  
ナタクは素早く、自身の膝でジョカの両足を割った。  
「手は下におろせ。そう、背中に回して・・・・。動かすなよ?」  
「わ、わかってるわよっ。」  
吐く息が感じられるほど近くに、ナタクの顔があった。怒ったように、唇を引き結んで 
いる。  
ナタクの手が肩に触れる。ジョカは反射的に目を瞑った。  
(やだ、、、さっさとすませてよ、、、、)  
シャツが小刀で切り裂かれる音がした。上半身を覆っている布が取り払われ、素肌が空 
気にさらされた。  
「声を出すなよ・・・・・。」  
耳元で低くささやく声が聞こえた。ジョカは泣きそうになりながら唇を噛んだ。  
体が熱い。  
ナタクはジョカの唇を強く指でなぞった。痛みを感じて、思わずジョカは声を上げそう 
になる。  
「!」  
 
わずかに開いた唇の隙間から、ナタクの指が進入してくる。息が苦しくなって、思わず 
ジョカは首を振った。  
そのとたん、耳たぶに鋭い痛みが走った。  
「大人しくしろと言った筈だ。」  
(やだ、、、怖い、よ、、、、、)  
太い指が、思うさま腔中を弄り尽くす。ナタクはやがて、首筋から胸元にかけて舌を這 
わせた。  
ジョカは体の芯が痺れたようになって、動けなかった。  
「傷が痛むか?」  
ナタクはジョカの怯えた様子を見て、少しだけ優しく問うた。ジョカの左胸から肩にか 
けて、まだ新しい傷跡が残っていた。それは、この闘技場での聖痕戦士たちとの戦いに 
よるものだった。  
ジョカは微かに首を振った。  
(ちがう、、、、傷が痛いんじゃなくて、、、、、)  
ナタクは反応を楽しむように、ジョカの目を覗き込んでいた。ジョカは何となく嫌な予 
感がした。  
(あんた、、、、もしかして、この状況楽しんでない?)  
「どうする? このまま続けるのか?」  
ジョカは無言でナタクを睨み付けた。  
(後で思いっきりブン殴ってやるから)  
ナタクはジョカの形の良い乳房に指を滑らした。十分にその感触を楽しむと、乳首を口 
に含む。  
舌先で転がしては、ジョカの身体が細かく震えて反応するのを、じっと見ていた。  
 
(いい加減に、、、、っ!)  
そろそろ忍耐力の限界に達したジョカは、ナタクの指に思い切り噛み付こうとした。  
が、一瞬早くその手は抜き取られてしまう。  
「・・っと。やっぱジャジャ馬だな。」  
「あ、あんたなんか、あんたなんか!」  
口が自由になったことで、ジョカは一気に捲し立てた。何だか悔しくて仕方が無く、涙 
が両目からぼろぼろとこぼれ落ちた。感情にまかせて振り上げた右手は、いとも簡単に  
ナタクに払いのけられてしまった。  
「あんたなんか!! だいっっきらいっ!!!」  
ナタクは僅かに顔を歪ませると、体を起こした。ジョカから離れたところに腰掛ける。  
「・・・・じゃあ、もう、俺に近づくな。」  
「あんたなんかだいっきらいっ!!」  
 もう一度繰り返すと、ジョカは靴を小脇に抱えて、脱兎のごとく部屋から飛び出して 
いった。  
足音がやがて小さくなる。  
「・・・・・・・ふん。」  
ナタクは相変わらず怒ったような顔でそっぽを向いていた。ジョカといい、トプカとい 
い、他人をすぐに信用しすぎるのだ。これに懲りて、もう俺に近づかなければ良い。  
俺は、もう、何もかも、出会った頃の俺とは違ってしまったのだから―。  
 東の空が静かに白んできた。また、戦いの一日が始まる・・・・・。  
 
END  
 

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