「Trick or Treat!」
底抜けに明るい声を出し、万聖節前夜祭の定番である『悪戯か、それともお菓子か』という可愛らしい質問を開扉一番ぶつけてきたのは、意外な事にトリッシュだった。
『なんの用だ、ナランチャ』
と、用意していた台詞を飲み込み、余りの意外性に零しそうになったカプチーノを一口飲む。勢い余って、噎せた。
「…そんなに驚かないで欲しいわ、ブチャラティ」
可愛らしくむくれるその表情は、歳相応のものであり、普段見せている大人びた表情からは想像もつかない。
しかしまたなんという面倒事を。どうせ首謀者はナランチャだろう、このお姫様には少しおとなしくしてもらわないと、護衛の任務にも支障がでる。
「トリッシュ、申し訳ないが…」
「今日はハロウィンなのよ!ちょっと位乗ってくれてもいいじゃない」
−学校でも毎年、盛り上がったんだから。
今まで素直な感情表現をしなかった彼女の、ささやかな我が儘。そして、思い出。
(入れ知恵をしたのはトリッシュの方だったか…)
ブチャラティは部屋の外の喧騒…基い、ナランチャの喚き声に苦笑しつつ、このイベントを楽しむ事にした。
お菓子を持っていなかったミスタに悪戯と称し機銃掃射をぶっ放したナランチャをアリアリでおとなしくさせた後、自室に待たせてあるトリッシュの元へ急いだ。
「すまない。…全く、悪戯といっても限度というものが…」
ふと、広がる苺の香り。
見ればトリッシュが、美味しそうにカップケーキを頬張っていた。
おそらく、「Trick or Treat!」で、悪戯を畏れた人物に貰ったのだろう。だが、誰に。
「え、ああ。コレはフーゴに貰ったのよ。用意がいいわよね」
「…先に、フーゴの所に行ったのか」
オレより先に、とは、敢えて言わない。いや、そんな浅ましくて安い感情は、口に出せない。
だが、自分の中に芽生えた嫉妬心は、今更取り下げることは出来なかった。
「さあトリッシュ、オレからも質問だ」
「…え?」
「Trick or Treat!」
何らかの威圧を感じ取り、トリッシュはじりじりと、それこそノトーリアスを相手にした時のようにゆっくりと後ろに下がって行った。
「どうしたトリッシュ。答えないなら…悪戯だが?」
壁際までトリッシュを追い詰め、逃げられないように覆い被さる形にする。そのまま彼女の唇をペロリと舐めると、苺の味がふわりと広がった。
そっと、耳たぶを食みながら、「甘い」と囁けば、怖ず怖ずと緊張した声が僅かに聞こえる。
「あ…アノですね、ブチャラティさん。悪戯といっても限度が…」
文句など、最後までは言わせてやらない。言い終わる前に強引に口付ける。
悪態をつく為に開いた口は、容易にブチャラティの舌を受け入れる。抵抗する間もなく、トリッシュの舌はブチャラティに味わわれた。
「ん…は、ァ…」
首筋に指を這わせてやれば、切なげに吐息が漏れる。そのまま鎖骨をなぞり、脇のラインへ。
とうに抵抗などしていない。トリッシュの腕は、ブチャラティの背に回されている。
ぐいと腰を引き寄せ、口付けを深くし、更に背中をつつ…となぞる。トリッシュの身体が一瞬、びくりと震えた所で−−−
ブチャラティは、パッと身体を離した。
トリッシュはその場にへたり込み、何がなんだかわからないと言った風にブチャラティを見詰めている。
火照った身体は次の熱を求め、既に彼女の中はとろけるような熱さが渦巻いているというのに。
「言っただろう?悪戯だ」
「…限度が、あるわ…」
余裕たっぷりに、冷めたカプチーノに口を付けるブチャラティに再度悪態をつくと、彼はクスリと微笑み、優しく手を差し出した。
「おいで。まだ、…Treatを君に渡していない」
トリッシュが手を取ると、そのまま抱きすくめられ、再び深い口付けがされる。
ほのかに広がる、コーヒーの香り。
「甘いだろう?」
「…苦いわ」