よく晴れた昼下がり、見渡す限りに広がるブドウ畑の中にぽつりぽつりと建てられた農家。  
その中の一軒にどうにも場違いな男達が人知れず潜んでいた。  
 
 
「なあ〜ブチャラティ ナランチャのヤツよぉ〜 やたら遅くねーか?やっぱ俺も行きゃあよかったかなぁ〜」  
その言葉の内容とは裏腹にのんびりとした口調で窓の外を眺めながらミスタが言った。  
「だからぼくは言ったんですよ『心配だ』って」  
少々イラついた口調でフーゴが誰にともなくこぼす。  
「おいオメーらいつまでもごちゃごちゃ言ってんじゃあねーぜ 今更言ってもどーもならねーだろーが」  
気だるそうに階段に腰掛けたままアバッキオが冷めた目付きで吐き捨てる。  
「…確かに遅いな… 何かトラブルがあった…と考えるべきか…」  
ブチャラティは顎に手を当て部下の安否に表情を曇らせる。  
「…彼が戻ってくるまでは何とも言えませんが…トリッシュに誰かついていたほうがいいでしょうね」  
ジョルノの発言にブチャラティは頷く。  
「…そうだな フーゴ、彼女についていてくれ」  
「了解」  
 
 
ちょっと遅めの昼食を手に二階へと向かう。ノックを二回。  
「トリッシュ 入りますよ」  
返事がない。構わずドアを開け、部屋に入る。そう広くもない部屋に視線をめぐらせる。  
正面に大きな窓。テーブルと椅子が三脚。四脚目がないのはミスタにとってはラッキーな事なのだろうが  
どうにも落ち着かない。目に付くものといえばそれぐらいの殺風景な部屋。  
しかしトリッシュの姿は見えない。ここは続き部屋になっていて、廊下へ出ずとも隣のベッドルームへ行ける  
構造になっている。  
(…寝てるのかな?)  
ベッドルームのドアに近づき軽くノックする。  
「トリッシュ…?フーゴです 開けますよ」  
ドアを開けると、案の定ベッドで眠る娘の姿が目に入った。  
とりあえず何事もないことを確認した後、フーゴは手にした昼食を三脚しか椅子がないテーブルへ置いた。  
 
(さて、どうしたものか…)  
トリッシュの護衛。それがいまチームに課せられた任務だ。そのためにこの隠れ家に潜み、敵の急襲にも対応  
できるよう周囲の見張りも行っている。  
任務を遂行するのは当然の事。失敗は許されない。ミスは即、死につながる。  
それがギャングの世界なのだ。が…  
ベッドの上で猫のように丸くなって眠るトリッシュを、ドア枠に寄りかかって見下ろしながらフーゴは思った。  
彼女が目覚めた時、側にいたらきっと彼女は気分を害するのだろうな、と。  
まだほんの僅かな時間しか共に過ごしていないけれど、彼女はそういう想像をさせるには十分なファースト・  
インプレッションをフーゴに与えていた。  
それでなくとも女性というのはあまり親しくない男性に寝顔を見られるのは嫌がるのではないか。  
しかしこのドアを閉めてしまっては、わざわざブチャラティに指名されてぼくがここにいる意味がない。  
そこまで考えた結果、ドアは開けたまま、ベッドルームには入らず、トリッシュの見える位置に椅子を運び、  
そこに腰を落ち着けた。  
 
固いパンをちぎって口に運びながら  
ナランチャはヘマをしていないだろうか あいつはド低脳だから今頃なにかやらかしているかも知れないな…   
などと考えていると視界の端でトリッシュがもぞもぞと身じろぎするのが見えた。  
「トリッシュ 起きたかい?昼食が用意してあるよ」  
そう声をかけた。すると予想もしなかった言葉が返ってきた。  
「…ん… ありがとう ママ…」  
「えッ?」  
思わず聞き返した。するとトリッシュはハッと息を飲み、こちらを睨みつけてきた。  
「…なによ あなた、そこで何してるの?」  
先程の穏やかな声とはまるで別人のようだ。  
「何を、というのならあなたの護衛を、としか答えられませんが。昼食を持ってきました。どうぞ」  
「…いらないわ レディの寝顔を盗み見るなんて最低ね」  
予想以上の強い拒否反応にフーゴは年頃の若者として少々傷ついたが、表面上は無感動を装った。  
「気分を害したのなら謝ります しかしこれもあなたの身を護る為の事なので理解して下さい。それと  
 食事はしっかりとって下さい。あなたの健康を害するような事は避けなければならない」  
事務的な口調で言った。  
 
ハン、と鼻で笑ってトリッシュは見下すようにフーゴへ視線を向ける。  
「それもあたしの父から下されたあんたたちの任務ッてわけ?ばかばかしい そんなに食べて欲しいなら  
 食べてあげるわよ。ただし、あんたが食べさせてくれるならね」  
―できる訳ないわよね 仮にもギャングがそんな情けないマネは…―  
トリッシュの瞳に嘲笑が浮かんだ。  
ガタンと椅子を鳴らしてフーゴは立ちあがった。トリッシュはその大きな音にも微動だにしない。  
(怒ったのかしら?もしかして殴られるかも でも別に構わないわ そうなったらそうなったで…)   
しかしフーゴはテーブルに載った皿やパンの入ったカゴを手にし、ベッドへと近づいてきた。  
サイドテーブルに皿とカゴを置くとフーゴはベッドに腰掛け、パンを一口サイズににちぎって差し出した。  
トリッシュは目の前に差し出されたパンを目を丸くして見つめた。  
「…何のマネよ…?」  
「君が食べさせろって言ったんでしょう?さあ口を開けて」  
「…あんた…プライドってもんがないの?ギャングがこんな小娘にいいように使われて頭にこないわけ?」  
「…ぼくを怒らせようとしてたんですか?大変な事になりますよ フォークで刺してしまうかも」  
にっこりと笑いながら不穏な事を口にするフーゴに目元を引き攣らせた。  
 
ほら、と目の前に差し出されたパンを今更食べないわけにもいかず不貞腐れながら口に入れた。  
「…固くておいしくないわ」  
「そうですね でも今はこれしかないんです。ナランチャが戻ってくればもっとマシなものが食べられますよ」  
ミルクをポットからコップに注いで、それをトリッシュの口元まで運ぶ。  
「ちょ…飲み物くらい自分で…」  
「食べさせろって言ったのは君なんだから、おとなしく食べてください。ほら、こぼれてしまいますよ」  
傾けられたコップにトリッシュは慌てて口をつける。  
口に残っていたパンがミルクを含んで柔らかく溶けていく。それをゆっくりと飲み込んだ。  
口の端からこぼれたミルクをフーゴがナプキンで拭き取る。  
ちょっと困らせてやろうと思ってああ言っただけだったのに、トリッシュは今、自分の方が困惑してしまっていた。  
 
 
パンを一つ食べ終わった頃フーゴが問いかけた。  
「…君は何故こういう事をするのかな…?わざと人に嫌われるような事を?」  
葡萄を一粒、房から摘み取り丁寧に皮をむいてトリッシュの唇にあてた。  
つるりと滑るように口の中へと飲み込まれる。指先に唇のやわらかい感触が残った。  
「…別に…わざとじゃないわ あたしはこういう人間なの」  
硬く、冷えた声音でトリッシュはそう答えた。その表情はまるで人形のように感情を汲み取る事が難しい。  
フーゴはトリッシュの瞳をみつめる。トリッシュは耐え切れずに視線をそらした。  
「なによ あんたに関係ないでしょう?あたしがどんな人間だろうと、あんた達は任務を遂行する事だけが  
 大事なんだから」  
「任務を遂行することは大事さ だけどぼくは自分の護る人がどんな人なのか知りたいと思う。もしかして  
 この任務で命を落とすかもしれない。そんな時に自分が護ってきた人がどんな人だったか何も知らなかった、  
 なんてのはけっこうマヌケな話だと思わないか?」  
 
「…ちょっと待ってよ 『命を落とすかも』ですって?冗談はやめてよ」  
眉をひそめて口元に苦笑を浮かべながらそう言った。  
「冗談?何を言ってるんだ君は。なぜ君に護衛がついているのかよく考えた事があるかい?怖がらせるつもりは  
 ないが君を狙っているのはその辺のチンピラじゃない。ギャングなんだ。組織を裏切ってまで君を狙うって事は  
 そいつらも命がけって事さ。だが君には指一本触れさせない。ぼくらが護るから安心してください」  
また一つ葡萄をむいてトリッシュの口に運ぶ。  
だがトリッシュは固まったまま動かない。  
「…トリッシュ…?」  
「…なんなのよ あんた達!!なんで関係ない人間の為に命を懸けるとか…馬鹿なんじゃないの!?」  
突然、叫ぶように言葉をぶつけた。  
「あたしは!!ついこの間まで普通に暮らしてたのよッ!学校へ行って、友達とカフェでお茶して、ママとたった  
 二人の家族だったけれど、それでもあたしは幸せだったッ!!   
 なのにママが死んだ途端に訳のわからない男たちが現れて『君は命を狙われている』!『君の父親はギャングの  
 ボスだ』!!『だから君を保護する』!?冗談じゃあないわッ!!  
 友達にさよならも言えなかったのよッ!  
 父親なんて知らない!一度も会った事ないのよ それなのにそんな人の為に命を狙われるなんて あたしに  
 どーしろッて言うのよ!!」  
流れる涙を拭いもせずに、トリッシュは一気に心の内を吐き出した。  
 
 
トリッシュが初めて見せた強い感情にフーゴは驚き、そして理解した。  
そうだ。彼女は自分にとっては初めて出会ったときから『ボスの娘』だった。  
しかしほんの少し前まで、彼女は普通の『女の子』だったのだろう。  
ギャングになんか関わりを持たない、陽の光の下をなんの後ろめたさも持たずに歩いていける、そんな少女で  
あったはずだ。  
それが暗黒街から現れた男達に拉致同然に連れまわされているわけだ。  
ぼくたちは闇に接して生きている。いつ、誰が死んでもおかしくない。むしろそれが日常だ。  
しかし何も知らない女の子が、いきなりそんな暗闇に放り込まれたら?  
不安にもなるし自暴自棄にもなるだろう。パニックを起こしても仕方のないような状況で彼女は健気にも必死に  
感情を抑えてきたのだ。  
それが彼女に『無表情』の仮面を被せ、しかし抑え切れなかった部分が『高慢な態度』としてぼくたちには  
映ったのだろう。  
 
 
フーゴは葡萄を口に含み、涙を流すトリッシュを引き寄せて口付けた。  
突然の事に驚き一瞬固まっていたトリッシュだが我に返ると腕でフーゴの胸を押し、身体を離そうとした。  
だがその両腕も片手で簡単に押さえ込まれてしまった。華奢に見えてもやはり男だ。そのまま押し倒される。  
唇の間から ぬるり と何かが入りこんできた。生ぬるい、でも酸味のある滑らかな物体。先程食べ損ねた葡萄だ。  
舌で奥へと押し込まれ、飲み込んだときには抵抗する力が抜けていた。まだ涙は流れ続けている。  
フーゴはその涙を舌で掬い取りまた口付ける。塩辛さに唾液の量が増え、舌を絡ませると くちゅりと水音がした。  
唇を離す。はあはあと荒い息が部屋に響いた。  
首筋に顔を埋め、何度も唇を落とす。鎖骨に沿って舌を滑らせた。  
 
「んッ!…んぅ…ッ」  
ぞくりと背筋が粟立つ。熱い舌が自分の身体の上を滑っていく。耳たぶを甘噛みされ、ぴちゃぴちゃと音を立てて  
耳を舐められる。舌で耳を犯されているようだ。  
両手はもう自由になっていたがフーゴのジャケットを掴んでいることぐらいしかできない。  
そのため、まるで自分から抱きついているような格好になった。  
フーゴのスーツは所々に穴が開いているデザインで、それはズボンも同じだった。  
トリッシュはといえば黒い片ストラップのデザインブラでへそは丸出し、スカートもスリットがかなり深めに  
入っているので太腿は丸見えになっていた。  
今、この密着している状況ではそのスーツの穴から素肌が直接触れる事になる。  
所々に触れるその人肌の温かさがやけに刺激的だった。  
 
フーゴの指先がゆっくりと脇腹をなぞっていく。ブラまで辿りつくと今度はブラと肌の縁を指が辿る。  
胸の谷間をするすると指が滑る。次の瞬間、柔らかく胸を掌で包まれた。  
「あッ…んん…!」  
生まれたての赤ん坊に触れる時のように優しく、その年齢の割に早熟な胸の膨らみを包み込む。  
想像していたよりも弾力がある。張りのあるその膨らみに軽く指を食い込ませた。  
そのまま掌をずらし、ブラの縁に指をかけた。ゆっくりと引き下ろしていく。  
指先が胸の先端を擦った。  
「んぁッ!あ…は…ッ」  
びくりと身体全体が跳ねる。  
桃色のかわいらしい飾りのように胸の先端を彩るそれは、その周りを指先でなぞるだけで硬くぷっくりと膨らんだ。  
初めて与えられる刺激にトリッシュの身体は敏感に反応する。  
その快感に飲み込まれてしまいそうで、トリッシュは急に怖くなった。  
「…んッ!は… や…いや!やめてッ」  
 
 
拒否の言葉を聞いてフーゴは素直に身体を離した。  
トリッシュは顔を両腕で覆って隠してしまっている為、表情がよくわからない。泣いているのか。  
感情に流されてとんでもないことをしてしまった。傷つけておびえさせてしまっただろうか。  
「…すみません あなたが…その とても魅力的だったので…」  
その言葉に嘘はなかった。いままでずっと、まるで人形のように感情を表さなかった少女が、自分の前で感情を  
あらわに涙を流した。――護らなければ。そう思った。抱きしめて、慈しんで――  
――彼女が壊れてしまわないように。  
 
ぱんッと乾いた音が耳元で聞こえた。トリッシュに平手打ちを食らったようだ。  
じんわりと頬が熱くなる。  
「…なんてことするのよ!こんな事してただで済むと思ってるの!?」  
…任務が無事終了してもボスにバレたら殺されるかもしれないな…  
そんな事をぼんやり考えた。  
「…そうやって『怒ってる』のでもいいから感情はもっと素直に出した方がいいですよ。そのほうがずっといい。   
 とはいえあまり怒りすぎてもぼくみたいになってしまうかも知れませんがね」  
クスリと笑いながらそう言ってトリッシュの手を握り瞳を見つめた。その手はとても温かかった。  
怒った顔もかわいらしい。さっきまでの人形のような顔なんかよりずっと。  
「…ねえ、トリッシュ ぼくらを ほんのちょっぴりでもいいんです 信用してくれませんか? 信用してくれない  
 人を護るのはそうでない場合に比べてやはり難しくなる」  
「な…なんなのよあんた!乙女の唇奪って胸まで触っといて、やっぱり任務が大事って事!?」  
また平手が飛んできたが、二度も殴られるほどお人好しではないので途中で腕をつかんで止めた。  
「だからさっきも言ったでしょう 任務は大事だ。 でもねトリッシュ、ぼくは君のことをもっとよく知りたい。  
 どんな音楽が好きか、好物は何か… 将来の夢やどんな映画で感動したか… それにどんな顔で笑うのか。  
 ぼくはそういうなんでもない事がとても知りたいんだ。 大切なものになら命を懸けられる。  
 それが大切な仲間なら…尚更ね」  
 
「…仲間…ですって?あたしが…?」  
「君が認めてくれるなら ね」  
戸惑うように瞳が動く。  
世界でたった一人なんだと思っていた。ママが死んでからずっと。でもそうじゃあないのかも知れない。  
一度も逢った事のない父親はどんな男性だろうか。ペリーコロさんは何も教えてくれなかったけれど ママの愛した  
男性だもの、きっと素敵な人に決まってる。  
自分を仲間だと言ってくれる目の前の少年は信頼に足る人物だろうか。  
まだ判らないけれどさっきの唇の温かさはとても心地よかった。  
抱きしめられた時は『求められている』って気がした。『狙われる』のではなく『求められている』  
それはなんだかちょっとだけ幸せな感じがする。  
とても細く、ほんのちょっぴりだけれど以前のように心に光が射したような気がした。  
もう涙は流れていない。  
 
 
ベッドから降りて立ち上がる。腕を組み、見下ろしながら言った。  
「あたしをギャングの仲間にしようって言うの?生憎だけれどあたしの趣味には合わないわ。  
 …でも任務だって言うのなら仕方ないわね 護られてあげるわ あなたたちに。  
 それに少しぐらいなら…くだらない話に付き合ってあげてもいいわよ」  
 
そしてトリッシュはまるで華がほころぶような笑顔を見せた。  
   
 

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