その、悪魔の名を持つ男が初めて娘との邂逅を果たしたのはある夜の事だった。  
男が娘が待つ部屋に入った時、彼女は薦められるままに口にした茶に盛られていた薬のため  
父親に逢う夢でも見ているのか、かすかに笑みさえ浮かべて眠りに落ちていた。  
その寝顔の無邪気さときたら、彼女を護衛してきた者どもが見ればさぞ驚いた事だろう。  
自分に似た所はなくとも、男には確かに自分の娘だという確信があった。  
 
――撒いた事さえ忘れていた種から、これほど美しい花が咲こうとは  
 
この悪魔のような男といえども暫し眼を奪われ、かつて愛した女の面影を探しさえしたが  
男は手折れば萎れてしまう花をあるがまま愛でる事を知らなかった。  
何よりも、目の前の少女は男にとって『愛しい娘』などではなく、手ずから始末するべき  
『忌まわしい過去』に過ぎなかったのだ。  
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目的地にはすぐに到着した。  
男が所有する別荘地に作られたばかりの庭園――そこを娘の墓場と決めたのだった。  
眠れる娘を抱き上げて穴の中の棺に横たえ、二度と開かぬように厳重に蓋を閉ざした。  
かつて男が実母を生埋めにした時と同じ手際で、棺の上に幾重にも土を被せながら  
哀れ15の生を終えた娘のために祈りの文句でも手向けてやろうとしたが、結局それは思い出せなかった。  
やがて埋葬の作業を終えた男は一息ついて、周りを囲う蔓薔薇の垣根を見やった。  
この根は棺に絡みつき、いずれ娘の屍を糧として深紅の墓標を咲かせるだろう。  
 
庭園を後にする男の足取りは重く、絶頂の座を脅かす者を葬った安堵の代わりに  
冷たい鉛のような思いがその胸を支配していた。  
 
――違う  
――とどめを刺していないから不安になっているだけだ  
 
今までどのような残酷な所業を重ねてきても、罪の意識など感じる事は一度たりとてなかった男だったが  
ふと養父を殺し故郷を焼いた夜の事を思い出し、万が一の事もあると自分に言い聞かせながら  
男は元の場所に引き返していた。  
 
――やめろ、なぜ戻ってきた  
――このまま立ち去れば全てが済むのだ  
 
手が傷付き汚れるのも構わず必死で土を掘り返し、棺の蓋をこじ開けながらも  
男は自分の行動が信じられずにいた。  
今自分を衝き動かす感情を何と呼べばいいか分からなかった。  
棺の中には最後に見た姿のまま娘が眠っていた。  
生まれてはいけなかった娘。  
口元に手をやると、呼吸は停止していた。  
 
――!!  
 
血の気の失せた唇に自らのそれを重ねて酸素を送る。  
懸命な行為は永遠とも一瞬とも思えたが、果たして娘は息を吹き返した。  
緩慢にまぶたが持ち上げられ、母に生き写しのその瞳が男を見上げる。  
折りしも夜風で雲が吹き散らされ、影に覆われていた男の顔を月明かりが照らした。  
 
――トリッシュ  
 
目の前の男が父だと気付いているのか、名を呼ばれた娘はその声に答えた。  
数奇な運命の元に再会した父娘は言葉もなくただ見詰め合い、頭上では不吉な赤い三日月が  
嘲笑する口のように二人を見下ろしていた。  
奇跡的に命拾いした娘だったが、悪魔の素顔を知ってしまった彼女を  
もう二度と日の当たる世界に帰す事はできないと男は唇を噛んだ。  
何もかも身勝手な理由にすぎないが、それでも男は娘のためただ願った。  
あまりに長く二人を隔てた15年の時を消し飛ばしてしまえればいいと――  
 

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