頬をなでられる感触で川尻しのぶは意識を取り戻した。  
見慣れた天井。寝室のベッドに寝かされている。そして目の前には愛する夫が覆いかぶさるようにして  
こちらを見つめていた。  
「…大丈夫か?」  
その言葉でぼうっとしていた頭が急速に覚醒した。  
(なにか…怖ろしい事があったのよ… そう、庭で足の爪がいきなり剥がれて…)  
 
 
昨日、あたしは猫を殺してしまった。彼は「事故だ」と慰めてくれたけれど猫が死んでしまった事は  
紛れもない事実だ。  
取り乱すあたしを落ち着かせて、あの人は猫の死体を庭へ埋葬した。どこに埋めたのかあたしは知らなかった。  
そして今朝、あのかわいそうな猫にお花を供えるために庭へでた。  
庭の隅に花を供えていた時、何かの気配を感じて振り向いたのだけど、そこには何もいなかった。  
気のせいかしら と思った瞬間、激痛が走った。  
 
…怖ろしかったわ 何も引っ掛けるものなんてないのに、いきなり足の爪が吹っ飛んだんですもの…!  
痛みと恐怖で叫び声をあげた。必死で家の中に戻って彼にリビングまで連れていってもらった。  
あの人は庭に様子を見に行ってしまった。足の手当てをしてから、怖かったけど あたしももう一度庭へ行った。  
そこで 何かを見た気がする。  
あの人の陰になってよく見えなかったけれど、何か植物のようなものが動いていたような…  
それを見た瞬間、あたしは倒れてしまったのだわ…  
 
 
「…あなた あたし怖いわ…!きっとあの猫の『たたり』よ…!!あたし どうすればいいのッ!?」  
恐怖が舞い戻ってきた。パニックを起こし涙が出る。  
すると彼は、彼女の頬を包み込むように両手を添えた。  
「大丈夫 あの猫はもうこの庭にはいない。 別の…遠い場所に埋めなおしてきた…だから落ち着くんだ」  
その言葉を聞き、嵐が吹き荒れるように混乱していた心が止まる。しかし今度は安堵の涙が頬を濡らす事となった。  
「…怖かった……怖かったのよ あなた…ッ!」  
子供のようにぼろぼろと涙をこぼし、しゃくりあげる。  
「…大丈夫 もう大丈夫だ …安心しなさい ぼくがついている…」  
 
吉良吉影は彼女を落ち着かせながら別のことを考えていた。  
(あの猫のような植物…とりあえず掘り出して屋根裏部屋へ移動させたが… しばらく飼ってみるのも  
 いいかもしれないな… 何かの役に立つかもしれん… 少々不安はあるが彼女に会わせなければ大丈夫だろう   
 何かあったらその時に始末すればいい…)  
そして彼女を見てまた考える。  
先程 彼女に対して感じたあの感情の正体を。  
今まで数え切れないほどの女を殺してきた。美しい手を持つ女達を。細い頸に手をかけ、絞め殺してきたのだ。  
そして物言わぬ骸となった『彼女たち』の腕だけを切り取ってきた。  
吉良吉影にとって女とは それだけのものでしかなかった筈だ。  
だが 猫草の攻撃を受け、彼女の無事を確認した時…心からホッとした。…ホッとしただと?この吉良吉影が!?  
…いいや、違う。彼女の身を案じての事ではないのだ。敵の追跡から逃れる為にはトラブルを起こしてはならない。  
彼女が死んだりすれば注意をひきつける事になりかねない。だから…  
…そう それだけのことだ。 ただそれだけ…  
 
 
「…あなた…」  
しのぶの震える声で我に返る。見るとどうやらだいぶ落ち着いたようだ。  
「…ごめんなさい あたし 取り乱しちゃって…」  
「…大丈夫だ 気にしなくていい あんな事があれば誰だって取り乱すさ」  
夫の優しい言葉にしのぶはまたポロリと涙をこぼした。  
(なんて優しいの… この時間じゃもう会社は遅刻のはず それでもあたしを心配して一緒にいてくれたんだわ…)  
 
男はその涙の行方を目で追い、ごくりと唾を飲んだ。  
涙は頬を滑り落ち、顎のラインを辿って首筋へと流れた。  
細く白い頸。 うすく透けて見える血管。 彼女が喋り、唾液を飲み込むたびにコクリと動く喉。  
彼女の頬に当てていた手がゆっくりと涙の軌跡を辿る。  
片手が頸にかかった時点でハッと我に返る。  
(何をしているんだ わたしは! …彼女を殺してはならない 殺せば奴等に見つかってしまう…)  
 
 
吉良吉影の殺人衝動は、彼が幼い頃に見たモナリザの絵に起因する。  
その美しく滑らかな手を見たとき、彼は勃起してしまった。そしてその美しい手を切り抜いたのだ。  
女を殺し、その手を切り取る。  
植物のように穏やかな人生を欲する吉良吉影が、最も興奮する瞬間だ。    
そして切り取った手を使い、欲望の全てを吐き出す。  
殺人を犯すとき、肉欲も共に湧き上がる。その二つは密接に結びついていた。  
二つの欲望を共に抑えること。それは彼に耐え難い苦痛をもたらした。  
 
 
頸にかかった手はそのまま、親指で彼女の顎を押し上げた。  
そして筋の浮き上がる白い頸に唇を押し当てる。先程 指で辿った涙の跡を今度は逆に舌先で遡る。  
舌先が彼女の睫に触れる。そのまま眼球を舐めてやった。  
目を見開いている彼女にかまわず、深く口付ける。我慢など出来なかった。  
今ここで肉欲だけでも吐き出してしまわねば気が狂ってしまいそうだった。  
 
しのぶは夫の突然の行為に驚いていた。  
ここ最近、アプローチをしてはみたものの、彼は全然のってこない。ストイックなその態度に逆に熱を上げていた。  
しかしその夫が今、こんなにも激しく自分を求めている。   
劇的ともいえる豹変振りにちょっぴりの怖さと、それを吹き飛ばすほどのときめきを感じていた。  
 
 
噛み付くような激しい口付け。歯列をなぞり、舌を絡ませ唾液を彼女に流し込む。  
サマーセーターと一緒に下着も乱暴に捲りあげた。柔らかい二つの膨らみがふるりと揺れる。  
鷲掴みにし、力を込めると程よい弾力で跳ね返してきた。さらに力を込める。  
「んッ…ぅんん…ふ…」  
苦痛をにじませた声が彼女の喉から漏れ、それは直接 男の脳へと響いた。  
顔を離すと彼女の赤い唇からとろりと唾液がこぼれた。  
細い頸へと舌を這わせ、浮き出た首筋をぞろりと舐め上げる。  
「ぅあぁッ…はッ あぁ…」  
彼女はどうやら頸が性感帯のようだ。その声に興奮し、執拗に攻める。強く吸い付き痕を残す。  
歯を立てて噛み付き さらに舌でぐりぐりと押し付けるように舐めた。  
 
硬くなった乳首を抓み捻るように刺激する。痛いのか、彼女は逃げるように身を捩る。  
それでもかまわず愛撫を続ける。  
「あ…あなた ちょっと…痛いわ もう少し優しく…」  
彼女が言う。その声を聞き、顔を上げ彼女の顔を見た。  
上気した頬と潤んだ瞳。切なく歪んだ眉。それは吉良のサディスティックな部分を刺激した。  
「…君はこういうのは嫌いだったかな…?そんなはずはないなぁ これだけ濡らしているのだから」  
そう言って彼女の下着に手を滑り込ませた。  
「あッ!…はッ んん…」  
熱く火照った身体は敏感に反応し、とろりと蜜が流れ出た。  
「ほーら こんなに濡れているじゃあないか こんなに下着を汚して、いけないな」  
「…あ…そんな……」  
くちゅり と音を立て蜜を掬い取ると彼女の目の前に差し出した。  
その指は光が当たってぬらぬらと輝き、いやらしく糸を引いた。  
「君はこういうのが好きなのさ…自分で気が付いていないだけでね フフ」  
羞恥でしのぶの顔が赤く染まる。  
「嫌ならいいんだ 無理強いはしないよ… どうする?止めるかい?」  
 
「…や やめない…で…」  
少しの逡巡の後、しのぶはそう言った。吉良はその顔を満足そうに見つめた。唇を笑みのかたちに歪めて。  
「そうか 君がそういうのなら続けよう だがその前にぼくの方も気持ちよくしてもらおうかな」  
言って立ち上がる。彼女もベッドから下ろさせ床にひざまづかせた。  
「さて、どうするか分かるな?」  
しのぶは震える手で夫のベルトに手をかけた。ズボンを下着と共に引き下ろす。  
すると天を指すように勃つそれが目の前にあった。ごくりとつばを飲み込む。  
手を使わずに、根元からゆっくりと舐めあげる。先端に口付けると苦い男の味がした。  
そのまま飲み込むように口に含む。唇を窄めて絞るように吸い付き、頭を前後に揺すった。  
「…ふ そうだ 上手いぞ」  
そういって吉良はしのぶの頭を押さえつける。がくがくと頭を揺らされ、しのぶの目には涙が滲んだ。  
喉の奥にあたって苦しい。しかしそれさえも興奮にすりかわってゆく。  
ぐいっと肉棒が口から引き抜かれた、次の瞬間 熱いものがしのぶの顔にかかった。  
「!あ…あぁ……」  
「…いい顔だな その顔を見ているだけで興奮するよ」  
フフ と笑いながらまたしのぶの口に肉棒を咥えさせる。  
「さあ、きれいにするんだ 上手に出来たらさっきの続きだぞ」  
その言葉に身体が疼いた。しのぶは言われるままに夫の精を吸い出し、舐めとった。  
 
下着を脱いで椅子に座るよう指示された。小さな不安が心をよぎる。  
(いままでのあの人なら あたしにこんな事はさせなかった… あの日…初めて料理を作ってくれたあの日から  
 なにかが違っている この人は本当にあたしの知っているあの人なのかしら?)  
そう思いながらもしのぶは逆らう事が出来ない。  
革張りの椅子に座ると、熱くなった身体にヒヤリと冷たかった。  
「スカートを捲って 脚を広げてごらん ぼくによく見えるようにね」  
「な……そんなこと… で 出来ないわ 恥ずかしくてとても…」  
「できない?そんなことはないさ 君はぼくを愛しているのだろう?君の全てをぼくに見せてくれないか」  
そう言ってしのぶの膝に手を当て、ゆっくりと開かせていく。  
右足を持ち上げ、爪先に向かって指を滑らせた。  
「…こんな怪我をして…かわいそうに まだ痛むんだろう?」  
包帯の上から口付けする男の顔には 優しい言葉とは裏腹に妖しい微笑が張り付いていた。  
 
どくどくと血が全身を駆け巡るのが分かる。それに伴って傷口も脈打つように熱くなる。  
息苦しい。この全身にかかる重圧感はなんなのだろう。まるで怖ろしく深い渓谷で綱渡りをするかのような。  
それが恐怖によるものだと認めたくなかった。  
浅い呼吸を繰り返しながら しのぶはゆっくりとスカートを持ち上げた。秘所が男の目に晒された。  
「…やれば出来るじゃあないか 最初から諦めていては何も出来ないんだ… フフ かわいいな  
 ヒクヒクと動いているぞ」  
しのぶはあまりの恥ずかしさに顔を覆いたくなったが、スカートを持ち上げている為それも叶わない。  
せめて、と両目を思い切りつぶった。  
膝から内腿へ滑らかに指がすべる。その指は中心へ辿りつくと くちゅり と音を立て花弁を広げた。  
「ぁ…やめて……そんな みないで…」  
ふうっとふきかかる彼の呼吸にその位置を感じ取り、僅かに腰を引いた。  
「どうしてだい?君はとてもかわいらしいよ…もちろんココもね…」  
突然 ぬらり と秘所を舐められ自分でも驚くほどの声を上げた。  
 
蕾をざらりと舐めあげられる。ぐちゅぐちゅと音を立て二本の指で体内を掻き回されていた。  
「あぁッ…あ はん…んッ」  
しのぶの顔が快楽に歪む。吉良はその顔を見上げさらに激しく刺激した。  
革張りの椅子はしのぶの蜜と吉良の唾液とで滑り、しっかりと座っていられない。  
吉良は立ち上がると、しのぶを抱えるようにして立たせ 机に押さえつけるようにして両手を付かせた。  
そしてスカートを尻の上まで捲り上げ、己の先端をしのぶの秘所へ添えるといきなり根元まで勢いよく挿入した。  
「んあッ!あッあ…はッ」  
先程 一度射精したとは思えないほど、吉良の雄は硬く力強かった。  
自分の中が苦しいほどに満たされる。立ったまま挿入されている為、ごつごつと腹まで突き上げられた。  
貫かれるような衝撃が背骨を伝って脳天にまで響く。両手を後手につかまれ、胸が反る。するとさらに奥まで  
這入ってきた。  
 
「気持ちいいかい…?そんな大きな声を出して ご近所さんに聞かれてしまうかな?立ったまま後ろから犯されて  
 感じているんだ… フフ なんていやらしいんだろうね…」  
胸を鷲掴みにしながら覆いかぶさるようにしのぶの耳元で囁く。  
嗜虐的な台詞にしのぶの感覚が刺激され、吉良の雄をさらに締め上げる事になった。  
「…いや…おねがい……そんなに虐めないで…」  
「虐めるだって…?ぼくは君の事を虐めてなどいないさ… こんなに可愛がっているというのに君には  
 わからないのか…?」  
そう言って上気してうっすらとあかく染まった頸に手をかけた。  
少しずつ少しずつ その手は絞まっていく。  
苦しくて腹に力が入る。するとその分膣はきつく締まる。息苦しさと共に快感がしのぶを襲った。  
腰を打ち付ける速度が速くなる。しのぶの瞼の裏で世界は白く染まり、ちらちらと星が舞った。  
ああ、死んでしまう そう思った。 この人になら ころされても いい ・・・  
ぐっと頸が絞まり喉が詰まる。そして味わった事のない快楽にしのぶは意識を手放した。  
 
 
気が付くとベッドに寝かされていた。  
(…あたし……いったい…?)  
「…大丈夫か?」  
声のしたほうに視線を向けると、夫がいつものスーツを着て身支度を整えている。  
「ぼくはもう会社に行かなければならない…君はゆっくり休んでいるといい」  
先程までの出来事がまるで夢のように思われた。  
(いつもと変わらない…そうよ この人をちょっとでも怖いと思うなんて あたしどうかしていたんだわ)  
自分に言い聞かせて しのぶはそっと頸を撫でた。紅く残る指の痕に気付かずに。  
そして優しい声で愛する夫に向かって言うのだ。  
 
 
「いってらっしゃい 早く帰ってきてね」  
 
 

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