。。。  
コンコン。  
あたしは今、屋敷幽霊の戸をノックしている。傍目には刑務所のボロっちい壁を叩いている様にしか見えないのだろうけど。  
看守に何か言われたら建物の“耐震強度を調べてたんです”って言えばいい。  
コンコン、コンコン。  
誰もいないのか。  
クソッ。折角マナー本で読んだ通りに礼儀正しく参ってるのになあ!  
ええい待ちきれない、もう中に入ってしまえ。  
「ちょいと邪魔するぜ」  
「……何をしに来た、フー・ファイターズ」  
部屋に踏み込んだ瞬間、やや大柄な体躯が真っ先に目に入る。  
「ウェザー、あんた居たのか」  
「ああ、一時間は前から居る…」  
ならばさっきのノックを無視する事はないだろうと問い詰めたら、“聞こえなかった。ここは音楽室だから全体が防音壁なんだ”と、軽く返された。  
畜生、幽霊のくせにそんな変なところはキッチリ出来てるんだよなあ。  
 
「ところでもう一度聞く。…お前は何をしに来た?」  
ああ、危うく本題を忘れるところだった。  
「どうにも水気が足りなくてさ、ここのバスルームを借りに来た。…アイツはどうしてる?」  
「エンポリオならソファで仮眠中だ」  
確かにちらりと奥を見ると、この部屋の主が年相応の寝顔で休息をとっている最中だった。  
「ふうん、まあいいや。必要なのはお前なんだ」  
「…何がだ」  
「幽霊のシャワーじゃ体をすり抜けちまうから、アンタのスタンドで雨雲を出して欲しいんだ。頼む!」  
軽くため息をつきながらも面倒見の良いウェザーは、すぐに了承してくれた。  
 
「…仕方がないな」  
 
ああ、やっぱりウェザーはいいなあ。アナスイみたいにお高く止まってないし、落ち着いてるし。  
徐倫もあんなヤツよりもウェザーと付き合っちまえば良いのに。  
 
 
(バスルーム)  
 
 
ザァー、ザァー。  
 
ああ、生き返る。  
水が全身の細胞一粒一粒にまでまんべんなく染み渡る。  
あたしは段々気分が乗ってきて、浴槽脇のマットに腰をおろして雨雲を操るウェザーにちょっかいをかけることにした。  
 
「あ、何見てんだよウェザー。アンタも浸りたいのか。ほら、場所も空けてやるからこっちに入りなよ。冷たくて気持ちいいぜ?」  
「いや、遠慮する」  
「そうかあ、そりゃ残念。あんたの子供なら孕んでもいいって、あたしの半身も満更じゃあない感じだったんだけどね」  
「半身、……エートロの事か。」  
どうやらウェザーはもう片っぽの“あたし”に興味をもったらしい。  
「ああ、エートロの魂は大分前にどっかにいっちまったけど、記憶や癖なんかはあたしの“知性”とは独立して存在してるんだ」  
「…記憶を失くして体だけが残されたオレとは全く逆だな。……フー・ファイターズの理論でいけば、オレは“半分しか無い”状態らしい」  
少しだけ悲しそうなウェザーの眼。  
ああ、そういえばウェザーは記憶が無いんだった。あたしは無神経な事を言ってしまったのかもしれない。  
 
 
こんな時どうすれば良いのかあたしは知らない。どうしよう、どうしよう。  
 
…気が付いたら、あたしはウェザーの体をギュッと強く抱き締めていた。  
「…いきなりどうした、フー・ファイターズ?」  
「……勘違いするなよ。これはあたしじゃなくてあたしの中のエートロの仕業だ。“大事な人を慰めたい時は優しく抱き締めてあげるのよ、フー・ファイターズ”…そう言って勝手にアンタに抱き付きやがった」  
 
だからあたしは謝らない、と言ったらウェザーは“そうか”と一言呟いてちょっとだけ微笑ってくれた。  
ありがとう、ありがとうエートロ!  
あたしだけじゃあんな顔させる事は決して出来なかった。  
 
「…それと、これはあたしの意見だけど」  
「ああ」  
「ウェザーは“半分だけの存在”なんかじゃない。記憶がなくたってアンタには“心”がある  
…それはあたしにとっての“知性”と同じ位にキラキラ煌めいていて、とても大事なもので…だからアンタもとても大事な存在で…ああ、クソッ! 何を言いたいのかよくわからなくなってきた!」  
ポロ。  
ポロポロ。  
興奮したら目から水が溢れてきた。もったいない。  
「…オレの為に泣いているのか。フー・ファイターズ」  
「クソッ! だから勘違いするなよって言ってるだろ! この目や鼻から出てくる水もエートロの生理現象だ! アンタの事も恋愛対象として意識してる訳でもないからな!1!!!」  
「そうか」  
何がそうかだウェザー。  
あたしの鼻先三センチの距離で喋るんじゃあない頭をナデナデするんじゃあない!  
優しい眼をするんじゃあない腰を抱き寄せるんじゃあない唇にキスするんじゃあない!!!  
 
「それでもオレはお前にお礼を言うよ。ありがとう、フー・ファイターズ」  
 
 
そう言ってウェザーはもう一度、あたしにキスをした。  
 

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