5歳の岸辺露伴にキスされて、17歳の杉本鈴美は固まった。
ああ、ファーストキスだったのにと嘆く間もなく、半開きだった唇の間から小さな舌が入り込み、ますます鈴美は固まった。
もちろん子供の拙い技術では、舌を絡めるということはできずに、そのまわりをぺちゃぺちゃと動き回るだけである。
とりあえず事態を打開しようと試みたが、小さな手が顔を押さえていたので、鈴美は顔を引きはがせなかった。
息が苦しくなったのか、露伴は顔を離し、べとべとになった口元をぐいと拭った。
「な、なに、露伴ちゃん、今の・・・?」
岸辺露伴は生意気で利発そうな目をぐるりと回して答えた。
「リアリティだよ、リアリティ。甘ったるいラブストーリーなんかうんざりだけど、この僕に描けないものがあるのは嫌だからね」
あこがれの先輩にでもとっておこうと思ったファーストキスを10以上も年下の子供に奪われてしまった(しかもディープで)その理由がリアリティなどという抽象的なものであること、鈴美は憮然とした。
「露伴ちゃんにはまだ早すぎるわ。こういうのは好きな女の子のために取っておくものなのよ」
「じゃあ、大きくなったら鈴美お姉ちゃんをお嫁さんにしてあげるよ」
何かと大人ぶる露伴の子供っぽい発言に、鈴美は可笑しくなった。
「僕は、絵の才能にもストーリーテリングの才能にも溢れているからね。将来売れっ子漫画家になるのは間違い無しだ」
確かに露伴の描く絵は、幼さから線が危うげだったり歪んでいるように見えても、確かに特徴を捉えていて、デフォルメも性格であった。
彼の語る奇想天外な物語は、個性的なキャラクターと起伏に富み、そんな絵を描く露伴を見たり、話を聞いてあげたりすることが鈴美には楽しかった。
「それに、時々は鈴美お姉ちゃんのデッサンを描いてあげよう。未来の人気作家にこんな風に言われるなんて、間違いなく君は幸せ者だね」
小さな体にありったけの自尊心を詰め込んで言い放つ露伴の姿に吹き出しそうになりながら、この子はきっと大物になるだろうと、なぜだか鈴美は確信した。
「そんなに自分勝手だと、女の子に振られちゃうわよ。でも・・・」
鈴美が露伴の頭を撫でると、彼はむすっとしたようなまんざらでもなさそうな表情をした。
「15年後にまだわたしが結婚していなかったら、なってあげてもいいわ」
そのころには30を過ぎていることだし、まさか本当になることはあるまいと、鈴美は軽く請け負った。
「ちゃんと言ったね、鈴美お姉ちゃん。言ったからには約束なんだから、忘れないでよね」
どこまでも自分勝手で傍若無人でかわいげのない露伴を、それでも案外気に入っていたからこそ、軽々しく約束したのかも知れないと鈴美は思った。
15年の年月は、二人にとってあまりにも大きかった。
岸辺露伴は杉本鈴美より背も高くなり、前言通り人気作家となり、さらに彼女より年上になってしまった。
鈴美の体は永遠に時を止め、殺人鬼を告発するために、今もこの世を彷徨っている。
「ねえ、アーノルド。露伴ちゃん、あの約束のことも、きっと忘れちゃったよね」
15年後に再会した彼は、幼い頃のおぞましい記憶を綺麗になくしているようだった。
けれど鈴美は、なぜだか子供の他愛ない約束を、殺されてかもずっと憶えていた。
「わたし、まだ結婚していないのにね。」
鈴美は15年間血の滴り続けているアーノルドの首に顔をうずめた。
背中に走る深く長い傷が、熱く疼いた。