命令は30分、遅れた。  
 
 
金属が、空気を切り裂く。  
「!!!」  
大きく開かれた瞳。  
柔らかな頬のすぐ横、鋭く光るナイフの冷たさ。  
「言え。お前の父親の事を」  
 
 
冬の寒い日。  
トリッシュは久しぶりに帰宅した。  
母親が死んでから、無意識に家に帰ることを拒んでいた。  
しかし、15の娘がいつまでも友人の家を渡り歩いている訳にもいかない。  
久しぶりに戻る我が家。  
太陽は沈み、闇に浮ぶ月だけが彼女とその家を照らしている。  
それが、余計に『自分は独りだ』という現実を思い知らせてくれる。  
取り出したキーをはめ、「ただいま」と一言。  
勿論、返事は無い。  
習慣って治らないよね……と  
ブーツに手をかけた瞬間、トリッシュは奇妙な感覚に襲われた。  
 
「……?」  
「え……?」  
何か奇妙だ。  
いつもと同じ風景。しかし、何かが違う。  
「まさか!」  
この違和感は気のせい。  
母の葬式以来まともに帰らず、久々に帰宅したから。  
ちょっとした不安を「勘違いよ」掻き消し、ライトをつけた。  
 
「えっ!!!!」  
そこで彼女が見たものは4つの影。  
何故かモデルの様に、部屋の中央で仁王立ちしてた。  
 
「あ……」  
瞳をゆっくり動かす。  
突きつけられた物が何なのか……  
この位置じゃ見えないけれど「ヤバイっ!」てのは肌で感じる。  
 
辛うじて動かせる目を使い、ゆっくり目を動かし男の顔を確認する。  
感情の読み取れない表情。黒い瞳。その口が開いた。  
「お前の父親の事だ。聞かせてもらおう」  
 
「こんなガキが……本当にボスの秘密なんか知ってんのかよー」  
後方では仲間であろうか……?  
『メガネをかけた男』が、ゴミ箱を蹴った。  
中から飛び出た紙くずが床に散らばる。  
 
「早く終わらせろよ」  
『独特のスーツに身を包んだホスト風の男』は写真立てを手にしていた。  
「ちょ……!かっ……勝手に触らないでよ!!」  
手を伸ばした瞬間―――  
「質問に答えろ」  
ピッと喉元に当たる切先。『黒目』だ。  
「ひっ!」  
「いいか。お前が口を開くのは『父親の事』のみだ。それ以上は許可しない」  
「あ……ぅ……」  
「わかったな」  
俯くトリッシュ。  
「……っ」  
「何だ?」  
 
「ふっざけんじゃねーーーーーわよぉおおお!!」  
瞬間、『黒目』の腕を両手で掴み全力で捻り上げる。  
「何―――――!!」  
ブシュウウウ!血の吹き出る音。  
不意を突かれた『黒目』は、なんとその手の中にあるナイフを己の手で己の顔に突刺したのだ。  
「リゾット!!!」  
『ホスト』が叫ぶ。  
リゾットと呼ばれた男はグラりとよろめいたが、後ろ足で踏ん張り  
ゆっくりと元の体勢に戻った。そして  
「なかなかやる娘だ」  
何事も無かった様に無表情で頷くリゾット。   
頬からは勢いよく血が吹き出している。  
「リーダー!血っ!血っ!!」  
騒ぐ『インディアン風』  
 
「さっきから……勝手に人の家に入るわ物動かすわ……!!  
 舐めてるんじゃねーわよぉおお!!」  
トリッシュは、リゾットから奪い取ったナイフをブンブン振りまわす。  
「いい!これ以上近付くんじゃないわよ!どうなっても知らないんだからぁああ!!」  
「うるせぇ!ガキが!調子に乗るんじゃねぇええぞ!」  
『メガネ』、ここでキレた。トリッシュの胸倉を掴み、拳を振り上げる。  
「きゃあああああ!!!!」  
瞬間、彼女の身体から幽体、スタンドが出現し、彼を殴り飛ばした。  
「ぐげああああ!」  
哀れ、吹っ飛ぶメガネ。  
「こ……こいつ……スタンド使いか!?」  
まさかの反撃に一同目を丸くする。  
「アンタ達が言ってるコレ……『スタンド』って言うのね」  
トリッシュは勇ましい雰囲気を醸し出している分身を見つめる。  
分身は一度だけ頷き彼女の中に消えた。  
そして、トリッシュはゆっくりと語り始めた。  
「最初は……何だか解らなかったわ。でも……この子が教えてくれたの。  
小さい頃から一緒だったのよ……アタシ達」  
ふぅと。溜め息。そして『メガネ』の方を向く。  
 
「よく、見た方が良いわ。アンタのそこ」  
すっと指指したのは先ほど殴り飛ばされた『メガネ』の股間。  
「な……なんじゃこりゃああああ!!!」  
尋常では無いメガネの悲鳴に皆振りかえった。  
「俺の股間が……や……柔らかい!いやよ、別に毎回固くしてる訳じゃねぇぞ!  
でもよ、こんなに柔らかくなっちまってる!!!」  
「何ぃいいいい!!!!」  
ゴゴゴゴゴゴの効果音と共に、トリッシュはニヤリと微笑む。  
「アンタ達……人を拉致るって事は反撃されるって事を覚悟してきてる人間よね。  
まさか、『唯の娘』を拉致るのに、そんな覚悟必要無いと思った?  
だったら………残念だったわね」  
 
「アタシの能力…全ての物を『柔らかくする』!  
 柔らかくなるという事は、何をしても立たない!」  
ドドーン!!!  
「な…何―――――!!!!」  
「いいの!それでも!!!色んな意味で再起不能よぉおお!!!」  
 
「な……なんてガキだ……」  
「ギャングを脅すのか……」  
 
これくらいで「脅す」とか「脅される」とか  
些か情けない話だが、健全な男子にとってこれは死活問題だろう。  
この年で再起不能はキツイ。  
 
完全にブルっちまったギャングども相手にトリッシュは一気にまくしたてた。  
 
「いい。よーく聞きなさい!アンタ達のボス……そんな奴会った事も無いし、アタシは知らない。  
でも、思い出す努力はしてあげる!!約束するわ!  
その代わりアタシの身の安全を約束しなさい!そうよ、アンタ達が!  
アタシを守るの!!  
いい……ちょっとでも変な事したら、アンタ達のソレ柔らかくするんだから!!」  
 
思いっきり振り上げられた手は、びしぃっと股間を指差す。  
「げぇ!」  
瞬間、マジでビビルギャングども。  
「こ……このガキ……」  
「オレ達を脅してるつもりか……?」  
「いや、こんなんでビビる俺達もどうかと思うぜ……」  
イルーゾォ(インディアン風)の最もなツッコミに反応は無し。  
 
「うむ……本当にやる娘だ」  
「リーダァアアア!!!血!血ぃ!!」  
ぴゅーっと流れ出る血は今だ止まらず  
「ロォオオォオ」  
メタリカが一匹?流れていった。  
すっと、トリッシュに歩みより、その手を取るリゾット。  
その顔は先ほどには無い小さな笑みが浮んでいた。  
「いいだろう、お前の身の安全は俺が保障しよう」  
トリッシュもふふっと笑う。  
「交渉成立ね」  
 
「なっとくいかねぇええええ!つーか、元に戻しやがれぇええ!!!」  
股間を押さえ叫ぶ『メガネ』。  
とりあえず、暫くは『柔らかいまま』だろう。  
 
「ぶっ殺す!!ぜってぇえええ!ぶっ殺す!!!」  
 
 
ここは郊外の一角。どこにでもありそうなアパート。  
「くるくる巻き髪メガネ」の怒号が窓をカタカタ鳴らす。  
「ぶっ殺すって……まだ手がかりの一つも聞き出してないぞ」  
彼をなだめるのは黒目のリーダー。  
「うるせぇ!ぶっ殺すって言ったらぶっ殺すんだよ!」  
「ギャングの世界じゃ、『ぶっ殺す』って言葉は終わった後に使うものよ」  
ティーカップに口をつけ、優雅に紅茶を飲む少女。  
この少女こそ、彼らが捜していた『ボスへの手がかり』なのだ。  
 
いたいけな15の娘、トリッシュ。  
母の四拾九日も終わらぬまま  
彼女は謎の父親を調べてるオモシロ4人組によって拉致られた。  
……本来ならここで彼女のお先は真っ暗。  
彼女の運命は情報を聞き出され、運が悪ければ拷問…そしてお魚さんのエサという  
お決まりのコースを辿っていただろう。  
しかし、彼女は運命を切り開いた。己の「スタンド」で。  
ギャングどもにボスの娘としての威厳を見せつけたのだ。  
 
「巻きメガネ」の傍にひょいひょいと近付く人物が一人。  
左右非対称にカットされた髪がゆらりと揺れ、  
その中から妖しげなマスクが見える。  
「ねーね〜ギアッチョォ〜質問があるんだけどさ〜」  
この目を輝かせているのが彼の(自称)相棒のメローネ。  
「……なんだよ」  
「お前のチ●ポ、柔らかくなっちゃったてホント?ねぇ?ホント?」  
メローネは相当嬉しそうだ。  
キラキラ少女漫画目で股間周りを必要以上に覗きこんでくる。  
「うるせぇええええ!見るんじゃねぇええ!」  
「うぼぉっ!!!」  
哀れ、右ストレートは相棒の顔面に見事決まった。  
 
「おい!テメェら、俺達の目的は何だ!?クソガキの保護なんかじゃねぇよなぁ!  
 俺達の目的は『ボスへの手掛かりを捜す』だろ!」  
「ああ」  
「だったら、こんなガキサッサと拷問にでもかけて情報の一つや二つ、聞き出す方が早ぇんじゃ  
 ねぇか!オイ!」  
 
「だから、記憶の中から思い出してる最中だって言ってるでしょ」  
拷問とか殺すとか物騒な事を言われた方はたまったもんじゃない。  
トリッシュはムっとした顔でティーカップを置く。  
 
「あ…あのさ……」  
蚊の鳴くような声は後方で聞こえた。  
「オ……オレは反対だよぉぉ。こんな……まだ子供を始末するなんて……」  
この心優しきマンモーニはペッシ。  
「面倒だな…そのうち思い出すだろ……それまで我慢くらいしろよな」  
とソファーにふんぞり返る兄貴の肩を揉んでいる。  
 
「俺は保護に一票だ」  
先日の件でこの勇ましい少女が気にいったリーダー。  
勿論「保護」派だ。  
余談だが  
彼はトリッシュを「暗殺チームの一員にどうだ?」と兄貴に相談をし、止められている。  
 
「くそっ!このロリコン野郎!」  
 
ギアッチョピンチ!既にチームの半分は「保護」派に回った。  
 
「拷問大好きホルマジオ!お前は拷問したいよな!!」  
一瞬、(うっわー俺に振るんじゃねぇよ)と顔に出したホルマジオ。  
ワザと目を逸らしてから  
「オ…俺の好きなのは、アホなクソガキを拷問する事だから……」  
と意味不明な言い訳。彼も必死だ。  
「オイ!イルーゾォ!」  
……既に、鏡の中。  
 
「保護」派3人、「ぶっ殺す」派1人、「棄権」3人。  
 
「決まりだな。民主主義的な多数決の結果、『保護する』だ」  
 
「って…マジかよてめぇら……」  
まさかの結果。リゾットとペッシは保護派に回る事は予想できた。  
しかしまさか他のヤツらまで「保護」に回るとは!  
ギアッチョは後悔した。  
メローネを殴り飛ばし気絶させた事は間違いだった。  
もし、ここでメローネが居れば……!  
 
「俺も面白そうだから『保護』に一票ーーー!!」  
「かわんねぇえええええ!!!」  
いと哀れなり、メローネ。  
「ぐばぁああ!」  
復活早々左ストレートを顔面に食らった。  
 
「ふふ……!残念だたわね!メガネ!」  
ゴゴゴゴの効果音と共に宿敵、クソアマ登場。  
この「ふふんアタシ勝者デス★」という態度。ギアッチョの沸点は再び越えた。  
「だとアマァアアア!!変な髪形してるクセによおお!」  
自分も人の事言えないクセにとホルマジオは思ったが口にすると厄介なんで黙った。  
 
「うっわー!ムカツク!メガネには何も教えてやんないからっ!」  
「メガネって言うんじゃねぇ!クソアマ!!犯すぞ!コラァ!!」  
「ギアッチョ、大人気無いぞ」  
この勝負、トリッシュに采配が上がった。  
さっと、リーダーの後に隠れるトリッシュ。ちょこっと顔を出し、  
「バーカ!」  
「くぉのクソアマァアアアア!!!」  
「落ちつけ。メガネ」  
「てめぇまでメガネ言うなあああああ!!!」  
 

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