「は…っ…」  
 
か細い声が先ほどから絶え間なく出ていた。  
 
女は屈みながら  
小さい、という印象の口元を大きく開き、  
男の下半身に顔を近づけていた。  
熱を保つ男のものを、口に頬張り頭を乱らに動かす。  
 
女はトリッシュと呼ばれ、  
男はメローネと呼ばれていた。  
そんな二人が何故このような行為を行っているのか。  
その答えは誰も知らない。  
 
メローネはそのトリッシュの姿を上から見ていた。  
そして頬を撫でるとトリッシュはそれに気がついて  
視線を上げた。  
普段見れないその上目使いの表情が、  
メローネは一番好きだった。  
快楽に惹かれながらもトリッシュの頭を掴み  
メローネは自分のものを外させた。  
 
「ん…あっ」  
 
トリッシュの口からは糸が引き、  
色を含んだ声を自然と漏らした。  
快楽に陥るにはまだ足りない。  
 
急に引き離されたのでトリッシュは困っているようで  
だらしなく口を開け、虚ろな視線をメローネに送った。  
 
「足りないかい?」  
 
メローネが尋ねるとトリッシュはこくりと頷く。  
 
「夢中になって咥えてるけど、そんなにこれがおいしいワケ?」  
 
少しばかりの意地悪を含み、  
刺激を与えられ既に漏れ出していた欲を指先でいじりながら  
薄笑いを浮かべたメローネはそう投げかけた。  
そしてトリッシュはまたこくりと頷く。  
どうおいしいのか、とメローネが尋ねると  
 
「ぬるくて…、にがくて…かたくて…おいしい」  
 
呼吸が整っていない、トリッシュはぽつりと伝えた。  
その視線はメローネの顔から下半身へと移動する。  
 
「ふうん。そんなのがおいしいとは、変態だな」  
 
メローネは少しばかり面白くない、と思う。  
きっと男のものだったらなんでもいいのだ。  
この淫らな女は。  
 
そしてトリッシュの肩を掴み、ベッドへと押し付ける。  
足を撫でればその先が予想できたトリッシュは進んで足を開いた。  
その表情はまるで散歩に行く主人を目の前にした飼い犬のように思える。  
 
トリッシュの秘所に自分のものをあてがうとゆっくりと挿入した。  
 
「う、あっ…あっ!」  
 
下半身から序々にやってくる圧迫感、  
ぞくぞくといったものがトリッシュの背を走る。  
けれど一気にやってくる筈だったものは途中で止まってしまい  
トリッシュは疑問の視線を無言でメローネに送った。  
 
まだメローネの意地悪は終わっておらず、  
今度は浅く挿入したまま先端を擦りつけるだけしかしなかった。  
深く挿入(いれ)て直ぐに快楽に落としはしない。  
焦らしてもっと乱れるトリッシュが見てみたいという興味からだった。  
 
「あっ…あ…」  
 
ねだる様な、甘える様な声をトリッシュはメローネに投げる。  
 
「欲しいか?」  
 
メローネがそう尋ねるとトリッシュは即座にうなずいた。  
「だからちょうだい」という目で何度も何度も頷いていた。  
それでもまだメローネは浅い所で先端を擦りつける行為を繰り返している。  
もどかしさが強まって、トリッシュは自ら腰を動かしてメローネのものを含もうとするが  
そうすればメローネの方が腰を引かせて逃げる。  
トリッシュの口からは言葉は無く、鳴きながらシーツを掴み拳を作り、  
局部からは既に溢れかえるほどの蜜で潤っていた。  
このまま一気に攻め立ててしまいたい衝動に駆られながら  
メローネは奥歯を強く噛み、自分を抑えていた。  
 
切なそうな表情で眉間に皺を寄せるトリッシュからはとうとう涙が出ていた。  
お願いも聞かず、下半身は疼いて頭はおかしくなりそうだった。  
鳴きながら乱れきったトリッシュに限界が見えて、  
メローネはトリッシュの足を掴み全てを胎内(なか)に収めた。  
 
「…ひ、あぁっ!」  
 
快楽に鳴く声はメローネの耳にも届く。  
自ら腰を振ってその波に身を委ねていた。  
 
メローネは揺れた身体で目を瞑り  
トリッシュとの交わりに集中しながらそんな事を感じていた。  
そして高みに昇る予感を感じて、  
メローネはトリッシュの足を掴むと体位を変え、角度を急なものにする。  
トリッシュの声が震え、先に絶頂へと向かうと  
メローネも腰の動きを速めて  
トリッシュの胎内(なか)にありったけの欲を注ぎ込んだ。  
 
 
行為が終わってトリッシュは意識はありながらも  
四肢を投げ出しベッドに横になっていた。  
 
そして部屋から離れていたメローネが戻ってきて  
トリッシュは飛び上がるように身を起こした。  
 
「ほら」  
 
メローネの声も聞かずにトリッシュは夢中で手を伸ばす。  
子供のように言葉ない声を発してそれを欲しがっていた。  
メローネが持って来たのは硝子の器に入ったバニラのアイスクリーム。  
トリッシュは器を受け取ると即座にアイスを口にし始めた。  
夢中でスプーンを動かすトリッシュを眺めながらメローネはベッドに座った。  
 
そして、思い出していた。  
少し前の事。  
今、トリッシュとこのような行為に何度も及んでいる経緯を。  
 
メローネはトリッシュと出会い、話をして、  
次第に特別な感情を抱いた。  
もちろんそれは持ってはいけない感情。  
いつ、こんな事が知られて  
トリッシュの信頼の表情が崩れるか、と恐れていた。  
恐れていながらも、伝えたいという想いは日々募った。  
 
トリッシュが欲しかった。  
トリッシュしか要らないと素直に思った。  
いつも胸が苦しくて、伝えられない想いに押しつぶされた日には。  
 
ギャングである自分なんて始めから捨てれば良かった。  
ギャングのボスの娘であるトリッシュなんて眼中に入れなければ良いのだ。  
 
そう答えを見出すと、メローネの頭は妙にすっきりした。  
物事の整理、というよりは  
黒に染まりすぎて何も見えなくなった目の前に清々しさを思うよう。  
何人が間違っている、と言っても関係ない。  
誰にも否定なんてさせない。  
 
そしてトリッシュがメローネの自宅に資料の書類を取りにやってくる日。  
インターフォンが鳴って、メローネはドアを開けた。  
 
『メローネ、こんにちはー書類取りに来たわよ』  
 
普段見る服装とは違うトリッシュ。  
 
『やぁ。今書類持って来るから上がって待っててよ』  
『うん。お邪魔します』  
 
そう言ってトリッシュは何の躊躇なくメローネの家へ上がり込んだ。  
 
『じゃ、これ書類な』  
『ありがとうございまーす』  
『無くすなよー』  
『あはは。多分大丈夫』  
『そうだ、貰いもんのアイスあんだけど、食ってくかい?結構いいトコのらしいぜ』  
『あ、食べたい』  
 
トリッシュは素直にそう言うと  
メローネは『じゃあ待ってろ』と笑顔で言いキッチンへと向かった。  
 
リビングでトリッシュはテレビを見ながら待っていた。  
冷凍庫からアイスクリームのボックスを取り出し  
硝子の器にアイスを盛り始める。  
機械的な動作でそれをするメローネのその表情は“無”だった。  
 
キッチンから戻ってきたメローネに気がついてトリッシュは振り向く。  
 
『ほら食え』  
『頂きます』  
 
トリッシュはスプ−ンを持つとアイスを掬い口へと運ぶとその顔は直ぐに緩んだ。  
 
『うわ、美味しーい。…でも何か入ってる?』  
普段知っている味わいとは少しばかり違うのでトリッシュが尋ねると  
『少しリキュール入れてる。そっちの方が美味いんだと』  
『へぇ』  
 
かけているものが隠し味となっているためか、  
バニラの味がただ甘いだけでは無くなっていて舌を擽る。  
トリッシュは新しい味に関心しながら益々アイスを口に運び始める。  
 
その動作を一秒とも逃がさずメローネはじっと見詰めていた。  
 
美味しい美味しいと食べていたトリッシュだが、  
途端、その手が止まった。  
 
スプーンを持つ手が震えだし、彼女自身もそれに気がつくと  
『あれ?』と思うがその次には全身が震えだし、  
スプーンを落とすと頭が揺れるような感覚に陥った。  
 
『…!?』  
 
ガクリ、と倒れそうな所で手をついて前屈みになり止まる。  
トリッシュは混乱したような表情で、メローネを見上げる。  
 
『メロー…』  
 
助けを求める視線。  
メローネはそれを冷静に見下ろしていた。  
 
先ほどトリッシュの前に出したのは、リキュールをかけたアイスクリームなどではなく、  
ネットで簡単に手に入れた、非合法の薬をかけたものだった。  
その効果は今目の前の光景を見れば解る。  
 
汗ばみ、頬を紅潮させているトリッシュは自然と色めいていて。  
 
『おいで』  
 
そう一言と共に、メローネは手を差し出した。  
 
それからトリッシュは、メローネの思い通りに  
乱れ、堕ちていった。  
 
薬の味に魅入られ、トリッシュは初めて食べた時のアイスを求める。  
それが満たされると今度は性欲に駆られてメローネと性交に及ぶ。  
とんだ悪循環ながら、メローネはそれに満足していた。  
 
手に入れたのだ。トリッシュを。  
形がどうあれ、そんな気がしていた。  
 
恍惚の表情でアイスを食べ終えたトリッシュは  
まだ食べたいとメローネに腕を伸ばし求める。  
 
「んぅ…ん…」  
「おかわりは無いぞ」  
 
最初の頃よりトリッシュの言語力は劣りつつあった。  
 
首にまきつく腕も愛しくてメローネはその二の腕に口付ける。  
それからトリッシュと深く唇を重ねた。  
ゆっくりと味わうように口付けて、口の周りのアイスを舐め取る。  
甘さの中にある誘惑の味が、メローネの思考も蝕んでいた。  
 
トリッシュを家に閉じ込めて数ヶ月。  
彼女が家やアジトに帰らず行方不明の騒ぎになりながらも  
自分は疑われること無く知らん顔して過ごしていて。  
メローネはトリッシュと何日も何日も共に身体を重ねて愛しんで  
 
 
(トリッシュを手に入れた)  
 
 
前のトリッシュはもう居ないと解っていて。  
 
 
(やっと手に入れた)  
 
 
ぎゅう、っと抱き締めた感触を味わいながら。  
 
「一生、好きだから」  
 
その呟きは虚ろに空を掴もうとしているトリッシュの耳には届いていなくても。  
 
 
メローネは今この瞬間、確かに幸せだった。  
 
 

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