ベィビィフェイス戦前あたり。
椅子の影から伸びたしなやかな腕。
その手は誘うように、招く動作を繰り返している。
ボスの娘―トリッシュ―が今度は何の気まぐれを起こしたのか。
何の真似だと思いながらも、ブチャラティは注意するために側に行った。
「トリッシュ………ッ!?」
そこにうずくまっているものがトリッシュだという事を理解するのに、少し時間が要った。
衣服は傍らにまとめて脱ぎ捨てられ、身につけているものはブーツだけだった。
華奢な手足とは裏腹に、胸や尻はよく張り出して美しいバランスを誇っている。
睫毛の長い眼は挑発的な視線でこちらを見据えている。
ブチャラティはすぐに目をそらしたが、その全てが網膜に焼きついてしまっていた。
「やっとあんたの驚いた顔が見られたわ」
「いったいなんのまねだ?トリッシュ ちっともおかしくないぞ
冗談はヴェネツィアに着いてから付き合おう!」
「冗談ですって?女が冗談でこんな格好をすると思うの?」
ブチャラティの反応がお気に召さなかったのか、それとも予想の範囲内だったのか
トリッシュはその様子を鼻で笑って言葉を続けた。
「ヴェネツィアに着いたら、きっともうあなたとは二度と会えないんでしょう…
それとも『ボス』に知られるのが怖いの?」
ブチャラティは何も答えなかった。
「……意気地なし!」
言い捨てて傍らの衣服に伸ばした手をブチャラティは発作的に掴んだ。
そのまま、無理に引っ張って床の上に押し倒す。二人の目と目が合う。
しばらく見詰め合った後、ブチャラティは静かにトリッシュの唇を奪った。
いつも冷静な態度とは裏腹な情熱的なキスに、トリッシュの思考は溶かされていく。
「本当に……オレでいいのか」
トリッシュは答える代わりにブチャラティの首に腕を回し、今度は自分から口付けた。
(あなたでないと、嫌なの)
「……初めてだって、いつ分かったの?最初から?」
「さあ……」
「もう……またはぐらかすんだから」
拗ねたようにぷいとそっぽを向く。
「はっきりしないリーダーを持つと大変ね、ジョルノ」
「?!」
はっとしてブチャラティが見上げると
ジョルノがあっけに取られた様子で亀の中の二人を見下ろしていた。
何とも気まずい沈黙を破ったのは、努めて平静を装ったブチャラティの声だった。
「何見てんだい?うらやましいか?お前もしたいのか?」
体の下で、トリッシュがくすりと笑った。