暗い闇。じっとりと背中から忍び寄る。
茨のように、まとわりついて離れない。絡まる。囚われる。苦しい。
怖い怖い怖い。お願い。誰か………助け、て………。
……───リィさん。ホリィさん?
落ち着いた、優しい声が届く。
闇の中に、一筋の光が差して、空条ホリィは覚醒した。
目の前には、彼女を心配げに見守る少年。
「あなたは………典明くん………?」
花京院典明。彼のことを、彼女はよく知っていた。
──だって、承太郎が友達を家に連れてくる事なんて、珍しいから。
いつも穏やかな瞳で、私を見ていた、彼。
ホリィは状況を理解しないまま、弱々しく微笑む。
「どうして……ここに?」
身体を起こそうとする彼女を留め、花京院はゆるく口の端をあげた。
「ぼくだけ、一足先に日本へ帰ってきました。あなたの様子が、とても気になって」
「あらァ? 心配してくれたの? あたし嬉しいッ、ルンルン?
承太郎や、パパたちは元気? 典明くん、今日は夕飯食べていくでしょ?」
矢継ぎ早に言葉を交わしても、花京院の微笑みは全てを見透かしているようで。
もはや体力も精神力も果てようとしている彼女を、瞳で静かにたしなめる。
「ママは………どこに………」
「休んでもらっています。 今は、ぼくが、あなたを守ります」
凛とした声。彼女を心から案じているのが、伝わる。
ホリィは、ありがとう、と小さく囁くと、そっと睫毛を下ろした。
薄く閉じたまぶたの裏に、すぅと影が落ちる。
誘われるように瞳を開けたホリィの目の前に、整った顔だちがあった。
「典明くん………?」
「静かに……しゃべらないで……」
息がかかるほど間近で囁かれ、彼女は動けなくなる。
そのまま、音もなく、重なる唇。
とくん、と弱々しい心臓の音が聞こえる。
──私の鼓動だろうか?それとも、彼の?………わからない。
霞がかった思考が、ホリィの頭の中を緩慢に駆けめぐる。
ただ、触れ合った場所から、暖かなものが流れ込んでくるのを感じた。
例えるなら、そう。生命のような。
「典明くん、どうしたの? きゃー、彼女と間違われちゃったのかしら?」
照れ隠しのように口にしたホリィの唇に、花京院の人差し指が触れた。
「いいえ、ホリィさん。 ぼくは、このために来たんです。
どうか怖がらないで。 ………どうか、ぼくを信じて」
そんな声で囁かれたら。そんな瞳で見つめられたら。
今は遠い空の下にいる、愛する夫の顔が、ホリィの脳裏に浮かんでは消えた。
───逆らえるはずが、ない。
ホリィの服が、見る間に取り払われてゆく。
男性にしては繊細な指が、遠慮がちに胸元に触れた。
撫でるようにさすり、時折くすぐるように。羽根のようなタッチで。
決して強引ではない。でも、決して逆らうことはできない。
花京院の舌が、彼女の首筋に触れた。
濡れた感触が心地よい。そのまま、這わせるように下へ。
母譲りの白い肌、その先端の赤い乳首を、花京院の舌がとらえた。
レロレロと、まるでチェリーを転がすようにされると、彼女の身体は素直に震える。
「ホリィさん………」
ああ、そんなに。縋るような瞳をしないで。
恋人にするように、囁かないで。宝物のように扱わないで。
高熱で朦朧とした意識を言い訳にするつもりはない。
彼女は、小さく頷き、彼に身を委ねた。
花京院の細身な身体が、いたわるように覆いかぶさる。
その背中に腕を回した時には、気付けば互いに、生まれたままの姿で。
体温が伝わる。その熱が、まるで彼女を生かすように。
湿った舌が、清めるように全身をはいまわる。
首筋を、耳を舐め上げるように、尖った乳首を弾くように。
潤んだ秘所を、味わうように。震える陰核を、口に含んで舐め転がす。
「典明くん………ダメェ………っ」
「ホリィさん………───綺麗だ」
絶え間なく与えられる快感に、ホリィの両脚はがくがくと震える。
背中の闇も感じないほどに。彼の与える快感に、飲み込まれてゆく。
閉じたまぶたの裏に、ちかちかと光が反射して。
彼女は、ずっと年下の少年の腕の中、達した。
こんなことをする体力は、彼女にはもう残っていないはずなのに。
不思議と湧いてくる疼きを、誰にも止めることはできない。
花京院の身体が、遠慮がちにホリィの脚を割り開く。
視線で許可を求められ、彼女はそっとうなずいた。
「あッ………ん、っく……───」
ゆっくりと押し広げる、その圧力に、思わず声が漏れる。
「ああ、ホリィさん、ホリィさん………」
彼女の息子と同じ歳の少年が、切なげに名前を紡ぐ。
その背徳感と、与えられる感覚に、ホリィの背中が弓なりにしなった。
「やぁ───……ッ、ん、あ、ふぁッ」
奥まで貫かれ、息をついた次の瞬間、ずるりと引き抜かれる。
再び、容赦なく突き上げられ、腰に電流が走った。
この優しげな少年のどこに、そんな情熱が隠されていたのか。
そんなことをふと思うほど、花京院はがむしゃらに、彼女を攻め立ててゆく。
「ホリィさん……気持ちいいですか……?」
小刻みに突かれ、いきなり大きくグラインドさせて。
彼はいやらしく、耳元を舌でくすぐりながら、問いかける。
「典、明くんッ………ゃあっ、そんなこと聞かないで………」
羞恥に頬を染め、ゆるゆると彼女はかぶりを振った。
「口にしてくれないと、わかりませんよ」
どこまでも穏やかな声で。意地悪な問いを投げかける。
ぐちゃぐちゃと、淫らな水音が、触れ合った部分から部屋中に響いて。
電流のような快感が、繋がった部分から痺れるように流れてくる。
「気持ち、いい………ッ………」
半ば無意識のうちに、彼女は呟いていた。
彼は満足げに唇を上げると、更に深く身体を重ねてゆく。
引くときは緩やかに。攻めるときは激しく。
絶妙な緩急をつけながら、花京院は腰を打ち付ける。
いやらしい音色が響き渡り、下半身が溶けるように感じる。
交じり合う快感。互いの腰から、頭の中までも。
やがて、一際高い、快感の頂が見えてくる。
「あ、あ、あ……典明く……ん───もう、だめェッ………」
互いを求める淫らな腰つきは止まらぬまま、ホリィはそれだけ口にした。
その声に応えるように、花京院は微笑みを浮かべる。
誰よりも、切なげな、どこまでも穏やかな笑みを。
引き合うように唇が重なる。
そのまま、強く強く突き上げられると、ホリィは押し上げられるように、頂点を極めた。
同時に、内部に熱を感じる。花京院の放った、彼の証。生命の熱を。
その刹那、ホリィの身体に、どくん、と力が流れ込んだ。
強く抱きしめられた腕から。貫かれた腰から。深く重なった唇から。
それは確かに、彼女の隅々まで行き渡り、静かに、溶けた。
あたたかな口付けが、ゆっくりと離れる。
そっと瞳を開けると、部屋に差し込んだ光の中に、花京院の姿が見えた。
その姿は儚く、強く抱いたら壊れてしまいそうなほど、清らかで。
「典明………くん………?」
「これが、今のぼくにできる……精一杯……です………
受け取って……ください……………伝わって…………
………ください───………」
彼の言葉が、まるでノイズが入ったように、途切れ途切れに響く。
ホリィは思わず身を起こし、花京院に触れようと、手を伸ばした。
だが、届かない。こんなに近くにいるのに。
もう決して、届かない。
「ぼくの………さいごの力を………
ホリィさん───あな………た………に………」
微笑む。はじめて言葉を交わした時のままの、優しい声で、瞳で。
「典明くん………?」
さようなら。
彼の整った唇が、そう、形どった。
───………ホリィ!ホリィ!
呼ぶ声が聞こえる。その声が届いた瞬間、彼女は再び覚醒した。
ゆっくりと辺りを見回すと、そこにもう、花京院の姿はない。
「おかあ……さん………」
母であるスージーQが、涙を浮かべて彼女を見下ろしていた。
「ホリィ……──! ああ、良かった、本当に良かった……」
典明くんは、どこ?
ぽつりと呟いた彼女の髪を、スージーQは優しく撫でる。
「混乱しているのね、ホリィ。 無理もないわ。
大丈夫、峠は越えたのよ。 本当に、目を覚ましてくれて良かった。
きっと……………誰かが守ってくれたんだわ……………」
ああ、きっと、その通りなのだろう。
高熱冷めやらないまま、ホリィは、彼の微笑みを思う。彼のくれた力を思う。
生きなくてはならないと。決して、負けてはならないと。
〜エピローグ〜
───数日後。
ホリィは、帰ってきた承太郎、そしてジョセフと、感動の再会を迎える。
ふたりの顔を交互に見回して、ホリィは言った。
「ねえ、アブドゥルさんと……──典明くん、は?」
「……ああ、アブドゥルは、祖国へ。
花京院は、家へ帰ったよ。 遠くへ、越すそうだ」
ジョセフが、ホリィの目を見ないまま答える。
その瞬間のふたりの表情で、ホリィは全てを悟った。
きっと知っていた。でも、気付かないふりをしていた。
目的を達するため。彼女を救うため。
彼は、勇敢に戦って、そして、死んだのだと。
「……そうなの。 それじゃ、今度お礼をしなくっちゃあね?
承太郎、パパ! 今夜のお夕食は、何がいい? ふふ、ハンバーグ?」
「ホリィ………? 泣いているのか………?」
あれは、彼の意思だったのだろうか。あの、ひとときの逢瀬は。
あるいは、熱に揺らいだ意識が見せた、単なる夢のひとつ?
今となっては、確かめることはできない。
ただ、あの、誰よりも優しい微笑みを。誰よりも穏やかな声を。
二度と感じることはかなわないと理解して───
彼女は、泣いた。
《おわり》