大きな満月の下、一人の女が薄布だけをまとって踊っている。
女の表情は上気して笑みさえ浮かべていたが、それは優しさとは真逆の酷薄な笑みだった。
月光を浴びた肢体が躍動するたびに、歓声の代わりに悲鳴と鮮血が噴き上がった。
犠牲者は舞に見とれる間もなく、鋭い鋼の輝きをを網膜に焼き付けたまま絶命した。
変幻自在の凶器で十人を十通りの方法で血祭りに上げる、まさに死の舞踏だった。
やがてその場に息のある者は女一人しかいなくなり、残酷なショーは終わった。
この大殺戮をやってのけた女は、足元に転がる死体を一瞥し、興味なさそうに髪の乱れを直した。
仕事が終わった以上こんなシケた舞台にいつまでも留まっている事はない、あとは退場するだけ……と
ミドラーはその場を去ろうとする。
その時、鷹揚に手を打つ乾いた音が響き、ミドラーは思わず足を止めた。
いつの間にか離れたテラスに立っていた男が、ミドラーただ一人のショータイムに拍手を送っていた。
闇夜の中でその金髪は目を引くが、男の顔は逆光になって見えない。
「見事だ、プリマドンナ」
――見られていた!? なら殺さねばならない、とミドラーは咄嗟に『女教皇』を水中銃に変化させたが
狙いを定める前に、その男の姿は視界から消えていた。
(消えた!? どこに……?)
視線だけを動かして男を捜すミドラーの髪に、何者かが背後から触れた。
ミドラーは何が起こったか分からなかったが、背後からの圧倒的な威圧感に全身が凍えるような悪寒に襲われ
危険だと感じているのに身動きさえできなかった。
「血の匂いに誘われて来てみれば……思わぬ舞台を観る事ができた」
ゆるく波打つ髪を弄んでいた冷たい手が、首筋から肩へと降りて身体を引き寄せた。
なすがままに男と向き合う形になり、ミドラーははじめてその男の顔を見た。
力強さと美しさを備えた身体も、月光に輝く明るい金髪も、全てが一目見れば忘れられないような圧倒的な魅力だったが
しかし彼女が何よりも惹きつけられたのは、この世のものならぬ男の凍りつくような眼差しだった。
その視線に心まで絡め取られるように、ミドラーはまばたきも忘れて男に見入っていた。
「気に入ったぞ……殺そうとする瞬間、汗もかいていないし呼吸も乱れていない
どうだ? わたしのためにその力を使ってくれないか」
心が安らぐ声、優しくさとすような口調……その裏で圧倒的な優位を確信している。
何人もの悪党を目にしてきたミドラーは、この男のカリスマの奥に潜む残虐な本性をも見抜いていた。
もし否と言えばすぐさま自分を殺すだろう。
しかし抗う気は起きなかった。 ミドラーはこの男の全てに一目で魅入られてしまっていた。
「あなたは……」
「?」
「それであなたは、あたしに何をしてくれるの?」
男の唇が毒々しい笑みを含んで、ミドラーに答えた。
「お前の望むものは何でも与えてやろう」
金か? 地位か? 力か? それとも永遠の命か?
男は様々な誘惑を口にするが、ミドラーが欲しいものはもう決まっていた。
繊手を伸ばし、その彩られた指先で男の唇に触れた。
時が止まったように静かな夜の中で、二人は恋人同士のように見つめ合う。
彼女が望んだものは、すぐに与えられた。