顔が、近づいてくる。  
頬が引きつらないように腹に力を入れるのが精一杯で、大きく見開かれた。  
目の前で髪が揺れ、近づきすぎてピントがぼける。  
息を詰め、トリッシュはその先を待った。  
しかし、いつまでたっても予測した結果がやって来ない。実際にはほんの  
2、3秒のことだったのかもしれないが、長い時間に感じられた。  
唇の3センチ先で、リゾットの訝しむ声がする。  
 
「目?」  
「キスするときは普通は閉じるだろう」  
「……そうなの?」  
 
不用意なトリッシュの返答に、リゾットの眉がピクリと動き、絡んだ視線が一瞬で  
真実を告げる。トリッシュが自分の失言を悟るのと、リゾットが全てを察するのと、  
ほぼ同時だった。  
 
トリッシュにまともなキスの経験などあるはずもなかった。  
「…嫌じゃないんだな?」  
 
煮え切らないリゾットに、少々苛つき始める。  
少し乱暴な仕草で、リゾットは肩を引き寄せた。  
鼓動が大きく鳴りすぎて、聞こえてしまうのではないかとさえ思う。  
手のひらは脂汗を握り込み、爪がめり込む。  
顔を引いたリゾットの顔にやっとピントが合った。  
 
「…何か言いたいことがあるなら、今のうちに」  
 
軽い口調とは裏腹に、紅い瞳が探りを入れて来る。  
緊張していることを知られたくなくてトリッシュは視線を外した。  
奇妙な沈黙が流れる。  
リゾットが戸惑う気配が伝わり、トリッシュは混乱し切った頭で状況をひとつずつ  
整理し始めた。  
自分からは初めてです、などとどう切り出したらいいのかもわからず、  
黙ってリゾットの出方を見た。  
無言でただ睨まれ、リゾットは溜息をついて頭を掻いた。  
 
唇を噛むトリッシュの髪に手を伸ばし、リゾットは指先でそれを梳く。  
優しすぎる指から逃れて、トリッシュはおもむろに服を脱ぎ出した。  
子供扱いされるのも初心者扱いされるのも腹が立つし、変に気を遣われたり、壊れ物のよ  
うに扱われるのは尚更居たたまれない。  
 
経験値が低いのは抗いがたい事実だが、せめて舐められないようにと、  
精一杯の虚勢を張る。  
自分を見るリゾットの瞳が少し眇められたのを見ない振りで、トリッシュは  
躊躇も何もなく一糸纏わぬ姿になった。  
さっさとベッドに上がる細い後ろ姿を見て、リゾットは腕を組み、天を仰ぐ。  
 
上着を脱ぎ捨て、リゾットがその後に続いた。  
 
「…あんまり見ないでよ…小さいから」  
「そうだな」  
 
あっさりと肯定されてちょっと傷ついたけど、その次の台詞にトリッシュは赤面する羽目になった。  
 
「可愛いな」  
「は?」  
 
リゾットはトリッシュの身体を乱暴に担ぎ上げ、貪るようなくちづけに溺れた。  
舌先を擦り合わせたり絡めたりして、充分に時間を  
かけて互いの唇を存分に味わう。唾液と吐息の交換だけで荒くなってゆく。  
 
「こっち向いて、俺のことを見ろ」  
 
包み込むように見つめられ、指先ひとつ動かせなくなる。囚われるのも怖か  
ったけれど、今はそれを喪う方がもっと怖い。重ねた唇を通して切ないほど  
の想いが伝わって来た。早く、素肌だけで触れ合いたかった。  
欲望を自分で握り込もうとする手を掴み取られ、シーツへ縫いつけられる。  
 
「…おっと、スタンドを出すなよ。やわらかくされては堪らん。」  
 
2度目の正直とは言うが事実、先日の一度目は緊張と意地っ張りの無意識でその能力で  
萎えさせられたのだ。  
そのときは先に手を出された事から初めてだと気づく事も出来ずプライドも同時に  
萎えたが今日この状況で初めて合点も行きリゾットの唇からは笑いが零れた。  
 
「笑…って……もっ…や……っ」  
「……」  
「…ふ…っ、はぁっ、はぁッ……っく」  
 
背中から上がベッドからずれて落ちそうになりながらただひたすら絶頂に  
向かって細い指を伸ばす。  
あと少し、ほんの少しで弾ける、というところで指を引かれて焦らされ、  
トリッシュは狂ったように首を振った。  
 
「…も……馬…鹿…」  
 
悔しそうに歪められたトリッシュの目尻から耳元へと、涙が伝う。心も身体も昂  
ぶりすぎて、もう何が何だかわからなくなっていた。  
とにかくイキたい、という気持ちで頭の中が一杯になり今にも破裂しそうになる。  
その挙げ句にあられもない言葉を口走り、益々リゾットを歓ばせることになった。  
 
「も…イかせ……っ」  
「どんな風にして欲しい?」  
「……お、く…奥、まで……」  
 
深い場所でリゾットを感じるためにしなやかな腰を浮かせる。  
「…ン…」  
 
 
 
快感に乱れ落ちる、愛おしく甘やかな肢体を眩しげに見つめ、リゾットはその  
狭い場所へ腰を進めた。  
 
「…あ、あぅ……ん…ッいッ痛ぅ……」  
追い込むような抽送に合わせ、奥の奥まで刺し貫かれてトリッシュの目の裏に  
真っ白な光が弾ける。ベッドが軋む音より高く細い悲鳴を上げた。  
 
「あぁっ、ア……っ……」  
 
沸き上がる愉悦で薄桃色に染まった身体をふるわせた。  
いくら蜜月の夜を重ねても、当分はふたりとも満腹にならないだろう。  
なにせ慣れるまではその能力ゆえに触らせることはかなわないのだ。  
それまで、どうやって愛してやろうかと考える。  
手首を拘束するしかないかもしれない。  
 
なにせ一度目の不可抗力を取り戻さなくては。  
おしおきも必要だな、と。  
すっかり痺れてしまった舌をトリッシュのそれに再び絡ませながら  
リゾットは、口元が弛んで行くのをどうにも押さえられなかった。  
 
 
 
おしまい。  
 
 
 

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