はじめに気付いたのは、億泰だった。  
 おい! ありゃコーイチだぜ……と指した先には、  
私服に着替えたら小学生に間違えられても仕方がないくらいの、小柄な少女がお茶をしていた。  
 コーイチは同じ学年の友人で、彼女自身はほぼ無関係だったというのに、  
持ち前の人の良さと正義感から仗助らのトラブルに巻き込まれたのにも関わらず、  
交友関係を持っている少女である。  
 コーイチという男名は、彼女が産まれた際、標準よりもずっと小さな身体を不安に思った両親が、  
健やかに育つようにと付けた名らしく、生まれて暫くは男の子として育てられたと彼女は苦笑いをしながら言っていた。  
 
 幸いにも大きな病もなく育ってきたから、  
親の心配は取り越し苦労だと彼女は笑っていたが、少女の掌の中では大きく見える缶ジュースを見て、親の気持ちが少し分かった。  
   
 そんな少女のどことなく落ち着きがないさまに、  
仗助はどうしたのかと僅かに疑問を覚え、億泰が声を掛けようと口を開いた。  
その次の瞬間、少女の行動を、合点した。  
 
 コーイチの席に座ってくる男がいた。カフェの席はどこも空いており、  
コーイチと待ち合わせをしていたことは明白だった。  
艶やかなくせのない長髪をした、かなりの美形。  
コーイチが男と二人っきりとはねェ〜〜〜と、思わず仗助も驚きに目を見開き、  
言葉を洩らした。  
 
 急に肩を掴まれ、壁に隠れろ! 偵察すんだよーっ! と億泰に促された。  
男は億泰と同じクラスの山岸ユカだという。双眼鏡と盗聴器が欲しいと、  
億泰は呟き、二人はコーイチ達にこっそりと近づいた。  
 
 
 迷惑でしたか? と、目の前に座した男子学生は言った。  
切れ長の、整った目鼻立ちを前に、思わず少女は頬を紅潮させながら、  
迷惑だ…なんて…と、返した。  
 
 「でも、何の用かなって思って。  
 ボクで役に立つかなぁ? 宿題のノートを見せて欲しいって言うなら、  
ボク、あんまり成績良くないし、字が汚いンだ……。  
 お金だったら、千円位ならなんとかなるけど、それとも、ひょっとして、週番を変わってくれとか?」  
 
 こきゅり? と細く小さな首を傾げた。  
 そういうことじゃあ、無いんだ。という相手の言葉に、思い当たるフシを挙げてみるが、どれも違うと言う。  
何であろうかと首を傾げていると、思い切って言います。と彼は言った。  
 
 「僕、広瀬さんの事が、好きなんです」  
 「え?」  
 
 世界が、止まった。  
 やがて、徐々に意味が浸透してくる。  
告白されたのだという事態に、無性に笑みがこぼれてくると同時に、  
からかわれているんじゃないかという不安が胸に押し寄せて来た。  
 自分の容姿は、自分が一番理解している。  
 ちびで、ぺちゃぱいで、どっからどうみても小学生だ。  
大学生の姉のように、女性らしい魅力なんて、どこにも、ない。  
 
 「あの……ひょっとして、ボクをからかっているんですか?」  
 「僕は真面目ですっ!  
 広瀬さんはその……ここ最近、きゅうに顔が優しくなりました。  
前からそうだったけれど、特に柔らかく、温かくなったって言うか……。  
 優しさと強さをもった女の顔って感じです。  
でも、笑うと、その……すッごくカワイイし……」  
 
 それはいえるぜ、たしかによ。と男の話を聞いて、仗助は呟く。  
 彼女は見かけによらず正義感に溢れており、その正義感は恐らく他者を思い遣る「優しさ」から起こっている。  
 だから、大事な家族や、友人、街の人々が危険に晒されるとなると、  
自分の身の安全よりも危機を救う方へと行動する。  
 
 そして、とても寛大なのだ。或いは単純なだけかもしれないが、  
一時は億泰によって生死の境さえも彷徨ったというのに、  
気にも留めずに彼を友人と見なしている。  
 
 自分では、とてもじゃないが、そうは出来ない。  
 自分の周りの、大事な人を傷つけられて、許すなんて、とても。  
――家の近くにある、ブサイクな岩を、ふと思い出した。カワイソウとは思わない。今でも、まだ。  
 
 「そ……そんなに、も……持ち上げられると……。こ、困るよ……」  
 
 視線を戻すと、男の言葉にしどろもどろとなっている、少女がいた。  
 「僕みたいな、カッコ良くない男の子、嫌いでしょうね?」  
 
 そんなことないけれど、と真っ赤になりながら少女は手を振る。  
 億泰がイケメンじゃねえかコンチキショウ! コーイチ、さっさとオッケーしちまえよッ! と何故かコーイチ並に興奮している。  
 
 「僕の事……嫌いですか?  
 ――好きですか?」  
 
 少女は真っ赤になって、緊張で汗をわたわた掻きながら、返事に窮している。  
傍から見ているとかなり面白いが、動揺が手に取るように分かって幾らか同情も禁じ得ない。  
 こういう状況が、経験ないのも手伝って苦手なのだろう。最早何を言っているのか分からない。  
 
 「どっちなんだよッ!?  
 俺の事、愛してんのかッ!? 愛してねェのかッ!?  
 さっさと答えやがれッ! こんだけ言ってンだろォオがよォッ!!」  
 
 「え!」  
 
 「アアァーッ! コーヒーこぼしちまったじゃねェかッ!  
 オメェーのせいだかンなッ!!」  
 
 真っ白いテーブルクロスに、どぷどぷとコーヒーの真っ黒い染みが広がってゆく。  
少女があっけに取られていると、男は我に返ったのか、ごめん、僕ってば……と呟き、  
唇を噛締めて顔を伏せた。  
 
 ふくらんだ風船がしぼんだ気分だ、と億泰は言った。  
コーイチには知らんふりをしていよう、と仗助も応える。  
 男は少女に背を向けたまま、また逢ってくれるかと告げて、去っていった。  
 
 少女は突然の出来事に唖然としながらも、気を取り直そうと、  
テーブル上のコップを手に取り、ストローに口づける、中々吸えず、  
突如、口の中に入って来た異物に、吐いた。  
 
 「なに、この、コーラ! か、髪の毛が……こんなに入ってる」  
 
 
 
 →続かない。  
 

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