好色な視線で見られることは慣れているし、逆にそれを利用して相手を油断させるのはいつもの手だけど
目の前にこんないい女がいるのに平気で無視しやがる、どこに目ェつけてんのよ!と言いたくなるような朴念仁もいる事はいる。
その中でも極めつけみたいなのが、ンドゥールという盲目の男。
どういう関係かというと、共にDIO様にお仕えしている同僚といった所。
殺し屋が自分の経歴や趣味なんか話すわけないから、ただそれだけしか知らないわ。
(でもまあDIO様を悪の救世主と奉っているあたり、少なくとも「人を見る目」はあるってことかしら)
目が見えないんじゃあ、あたしがどんなに綺麗に装っても、どんなに見事に踊ってみせても
当たり前だけどこの男には分からない。
そんなものは見せかけの美しさに過ぎないと暗に言われているようで、少し腹立たしいけど
彼はあたしの勝手な思い込みなど気付きもせず、ただ静かに沈黙を守っているだけ。
なんであいつがこんなに気になるのかしら……閨に上がる度にあたしの美しさを褒めて下さるDIO様のほうがいいに決まってるのに。
***
ンドゥールはひとり、植物園にあつらえられた蓮池のほとりに座り込んでいた。
広大なDIOの館の中でも、ここはひときわ静かな場所だ。
そこに近づいてくる何者かの足音を、ンドゥールは優れた聴覚で聞き取っていた。
(軽やかな歩調、若い女……マライヤとは靴音が違う……)
程なくして足音の主は植物園のドアを開けて現れた。
「あんたひとり?」
「…………」
この声の女は何と言ったか……そう、ミドラーだ。
自分に何の用があるのだろう、DIO様からの伝言か何かだろうか。
そう思っていたが、彼女の口から出たのはただのお喋りだった。
静かに瞑想でもしていたい所だったが、他愛もない話に淡々と相槌を打っているうちに
ミドラーは妙な事を言い出した。
「目が見えないと、それ以外の感覚が発達するって本当? 例えば、足音だけで誰か分かるとか……」
女とはいえ洞察力と直感に優れた殺し屋らしく、ンドゥールがかすかな音で自分を察知した事を勘付いていたようだった。
感心する間もなく、手を取られて顔に触れさせられる。
「どう? あたしの顔、どんなのだか分かる?」
好きに触れていいのよ、という言葉に誘われるように、長い睫毛、すっきりした鼻梁、ぷるぷると張りのある唇を
ひとつひとつ手探りで確認していく。
ンドゥールはそこでやめようとしたが、ミドラーはふざけているのか重なった手をそのまま下降させた。
しかし、どこまでたどってもただ滑らかな温もりが続くばかりだ。
そこでンドゥールは、おそらくここに来た時からミドラーが何も着ていない事に初めて気が付いた。
「……何のつもりだ、風邪を引くぞ」
してやったりとミドラーは妖しい笑みを浮かべたが、それはンドゥールには見えない。
先程自分がされたのと同じように、指先でンドゥールの唇をなぞった。
園内に咲く花の香りがより甘く、濃くなったように思えた。
「分からない? このあたしに誘われてるんだから、光栄だと思いなさいよ」
「お前はDIO様のものじゃあないのか、主のものに俺が勝手に手を出していいわけがないだろう」
うんと色っぽい声色で誘っても、ンドゥールは少し困った顔をしただけだった。
こんな時にまでDIO様の名前を出すか、普通? とミドラーは呆れたが
主が怖くて拒むのではなく、純粋にDIOへの忠誠から出た言葉なのだろう。
だからこそ、この生真面目な男を陥落させたいとミドラーは思った。
「このまま裸で帰すような真似したら、あんたは女も満足に抱けない腰抜けだってDIO様に言いつけちゃうから」
彼にとって絶対である救世主の名を盾に、ミドラーは半ば強引に唇を押し付けた。
あまり気の進まない様子のンドゥールだったが、媚薬を流し込まれるような口付けが長く、深くなるにつれて
次第にミドラーに溺れていった。
***
この女の肌がどんな色をしているかは分からないが、どれほど美しいかは触れているだけでもよく分かる。
絹の手触りによく似たそれは、今はしっとりと熱を帯びてンドゥールの掌に吸い付くようだ。
全く女を知らない訳ではないが、それでもいつまでも触れていたいと思うこんな肌の女はそういないだろう。
その事を口に出すと、よく分かってるじゃない、と驕慢な自信に満ちた台詞が返ってきた。
しかしその実、ンドゥールの飾り気も何もない素のままの言葉はかえってミドラーの琴線に触れ、一層情欲を燃えさせていた。
「ふぅ……あぁ……」
乾いた指先が肌を這い、輪郭をなぞって確かめるように動く。
ンドゥールが鋭敏な指先で自分自身を「見て」いるのに気付き、ミドラーは羞恥を覚えた。
性急な男なら何人も相手にした事があるが、こんなにゆっくりと触れられるのは今までになかった。
わざと焦らしているわけではないのが余計憎らしい。
誘惑するつもりがンドゥールのペースに乗せられている事に気付き、ミドラーは苛立ちともどかしさに甘く溜息をついた。
ンドゥールの服の隙間へと指を忍ばせ、自分からも弄って堪らなくさせてやろうと試みる。
暗闇の中でも感触と吐息と香りとで自己主張するミドラーの媚態は
澄んだ湖面に波紋が広がるように、次第にンドゥールの内側をも波立たせていた。
「……む」
まだ愛撫の途中だというのに、いきなり細い腕に首を絡められ豊満な谷間に顔を押し付けられた。
もちもちしてよく弾んで、枕代わりにしたらさぞ気持ちよいだろうと思ったが
顔面を圧迫されて窒息しそうになり、ンドゥールは苦しいぞ、と控えめに抗議した。
「もう、いいかげんにしなさいよ……! こんなに焦らして……」
「……焦らす? そんなつもりはない」
「いいからっ……! はやく……」
胸からじかに伝わる激しい鼓動は、それが嘘や演技ではない事を証明していた。
これ以上待たせるのは酷だと思い、ンドゥールはミドラーを膝の上に招いた。
脚を抱え上げた拍子に、華奢なつま先にひっかかっていたサンダルが蓮池に落ちて小さな飛沫を上げた。
「あぁ……ふぅっ」
ミドラーが軽く手を添えて手伝うだけで、それは収まるべき処へ沈み込んでいった。
硬い芯の通ったような肉で征服され、満たされる感覚に切ない息が漏れた。
膝の上に乗って抱き合う格好で、肩にすがって腰を上下させる。
二人が交わっているシュロの葉の陰から、汗で光る白い背中がちらちらと見え隠れしていた。
「蕩けたようになっているな……それに襞が多く、きつく絡んでくる」
「なッ……何言ってんのよ、バカッ! んっ、あはぁっ」
自分の内がどうなっているかあからさまに評されて、ミドラーは喘ぎながらも悪態をついたが
ンドゥールの方もかすかに汗をかき、息を荒くしている。
こいつも気持ちいいんだわ、と分かって少しばかり優越感を覚えた。
ンドゥールに見えていないのをいい事に、ミドラーは滅多にないほど派手に乱れていた。
彩られた指先もつま先も、星の飾りが揺れる耳も、乳房の先端で主張する小さな突起も、
肢体の末端部はみな上気して薔薇色に染まり、匂い立つほどに艶かしい。
もしンドゥールがそれを見ることが出来たなら、どう思っただろうか?
ミドラーのしなやかに跳ねる腰を抱え込みながら、ンドゥールもそれに合わせていたが
見えない分、耳のすぐそばで響く甘く濡れた息遣いにどうしても煽られてしまい
か細い声を上げてミドラーがしがみついてくるのと同時に、一際きつく襞に締め上げられ
この体位では抜く事も堪える事もできず、そのまま奥に放ってしまった。
清浄な水とは違う白濁した精と淫靡に粘つく蜜が溶け合い、ミドラーの花から細い糸を引いて滴り落ちた。
***
裸じゃ部屋に帰れないじゃない、と床に敷いていた日よけのマントをミドラーにぶん取られ、
それを羽織っているのか衣擦れの音が聞こえる。
「DIO様に言いつけないのか?」
事後の甘さが残るミドラーの吐息に、かすかに笑ったような響きが感じられた。
「マントはくれてやるが、杖は返せ」
「あら、バレてた?」
いつも通りの冷静な態度も今は滑稽なものでしかない。
ミドラーが頬に残したままの鮮やかな口紅の痕に、ンドゥールはいつ気付くだろうか。
二人が植物園から立ち去った後、情事の気配は花の甘い香りにまぎれて次第に薄れてゆき
さざ波さえ立たない蓮池には、一際美しい薄紅の花が静かな水面にただ浮かんでいるだけだった。
<END>