目が覚めると、眼前には鼻梁の整った男が居た。室内は蒸し暑い。  
床下に枯れた薔薇が散らばっているのが目に入った。  
 ぼんやりとする頭を覚醒させようと、瞬きをニ、三する。男の顔  
が近づいた。男は耳元で、こう囁いた。  
 「オメーがボスの娘、トリッシュ・ウナだな?――」  
 その瞬間、ブチャラティ達が敗北したことを、少女は悟った。  
 
 
-------『 宵の明星 』-------  
 
 
 「亀」から出されると、「ペッシ」と一緒に後部座席に移された。  
運転は「プロシュート」が、隣には、「メローネ」という、奇妙な  
マスクの男が乗っている。これから「ギアッチョ」と合流するのだと、  
話しているのが耳に入った。  
 
 ――名前なんて、覚えるつもりも無いのに、と、自嘲するように思う。  
なるべく情報を得ること、そしてそれを覚えること――それは、この数  
週間前、ギャング達に攫われ、ブチャラティ達と行動するようになって  
から、心がけていた習慣だった。  
 
 自分の立ち位置を理解すること。これは、この状況で生き抜く上、必  
須と思えたが、滑稽でもあった。それは、今の自分の状況が良く表していた。  
 
 ――ナランチャ、って言ったっけ。私と同じくらいの歳の、甘いもの  
が好きで、良く喋る子だったのに――。  
 黒髪の少年は、ゆっくりと老いて、少女の膝の上で息を引き取った。  
ブチャラティも、ジョルノも。静かに、静かに老い、眠るように息絶えた。  
目が覚めた時に、ナランチャは自分の膝にはいなかった。ただ、自分の  
手の平には、彼の毛髪が抜けたときに一緒に取れてしまったヘアバ  
ンドがあった。  
 トリッシュはそっとそれを、自分のポケットにしまい込んだ。  
 
 「なぁ、アンタ――その、食べなよ、そろそろ、腹減ってるだろ?」  
 隣から、おずおずとペッシがハンバーガーのセットを差し出してきた。  
目線を逸らして無視していると、「いいから食え」と、プロシュート  
が口を出してきた。  
 
 「食事は食えるときに食っとけ。そういうモンだ」  
 俺が食わせてやってもいいぜ、トリッシュちゃん。という助手席  
からの言葉に、お前は黙って食え。とプロシュートが投げかけた。  
トリッシュは大人しく受け取って、かさかさのパンを、口に運んだ。  
 空は黄昏を帯びつつある。ギアッチョと合流したらさ、と、懲り  
ずにメローネが会話を続ける。  
 
 「どーすんの? アイツ、ペッシとトリッシュちゃんと一緒に、  
後部座席にすんの? ペッシじゃアイツを抑えることなんて出来な  
いからさ、俺がペッシと交代して……」  
 「心配ない。アイツは車で来ている。お前がギアッチョの車に乗れ。  
それが嫌ならトランクに入れたバイクで走れ」  
 「はぁー!? なんだよそれ! ……いやいや、プロシュート、  
ギアッチョの事だから乗って来た車なんてブチ壊している可能性も……」  
 
 問題ない。と、メローネの言葉にプロシュートは続けた。  
 「リゾットも来る」  
 初めて耳にする名前だ。と、トリッシュは思った。  
 
 空き地にはヘッドライトを点けた車。群青色をした空の下、そこ  
だけが異様に明るかった。プロシュートはライトを何度か明滅させ、  
合図を送ると、空き地にあった車のライトがふっと消えた。車を近  
づけ、停車すると、降りてくる男が二人。パーマの、眼鏡をかけた  
男と、闇と同化した、長身の男。プロシュートと何やらニ、三言葉  
を交わしたかと思うと、こちらに寄り、おもむろにトリッシュ側の  
ドアを開けた。ロックの外されていた扉は、何の抵抗もなくキィと  
開き、腕を掴まれ、外へと出された。  
 
 「――痛ッ!!」  
 強い力に、思わず悲鳴を上げる。  
 「――トリッシュ・ウナ、だな――?」  
 顎を持ち上げられ、男を見上げさせられた。息を呑んだ。見上げ  
た男の眼窩は暗いくせに、その双眸だけが狼や、コヨーテのように  
明るい。震えを気取られないようにしながら、「そうよ」と答えた。  
否定したところで無駄なら、虚勢でも、胸を張っていたかった。  
 
 「どうするつもり? アバッキオも居ないわ。  
 父と逢うことなんて、不可能よ」  
 炯々と光る眼を見据えて、声を絞り出す。フンと、虚勢を嗤うよ  
うに、男は嗤った。  
 「それはどうかな」  
 「……どういうこと? ムーディー・ブルースはアバッキオしか  
使えないんでしょう? あんた達に、メールを解読出来るわけ、無  
いじゃない」  
 「蛇の道はヘビ、と言ってな……」  
 ぴっと、男はトリッシュの眼前に一枚の写真を見せた。駅の写真だった。  
 「ペニーコロは死んだ」  
 びくり、と肩が震えた。自分をブチャラティの元へと引き渡すま  
で、面倒を見てくれた老人だった。彼もギャングで、恐らくは善人  
ではなかったのだろうが、少なくとも短い期間、トリッシュに対し  
て実の孫のように良くしてくれた人物だった。  
 
 「死因はピストル自殺。遺体の側にはこの写真の灰が落ちていた。  
恐らくはムーディーブルースとやらが分かるようにメッセージを残し、  
自害したのだろう。  
 写真は、灰から分析して、この写真だと分かった。後はこの場所  
を探すだけだ。」  
 「……メッセージを残すため、それだけのために、死んだって言うの……?」  
 
 「そうだが? 何を驚く? 奴は中でもお前の父親に忠誠を誓っ  
ていた。ボスのため、ボスの娘であるお前のために死ぬのならば、  
寧ろ喜んで命を差し出した事だろう。」  
 「……分からない。あんたたちが、あたしはさっぱり分からない……」  
 
 「分からなくていい、今は、まだ、な」  
 妙に含みのある言葉だった。自分は顔も見たことがない男の娘であり、  
彼の弱点となるかも知れない。或いは、秘密を握っているかもしれない。  
そうした「道具」という意味合いとは、幾らか異なるような、言葉  
の響きだった。  
 「どういう、こと……?」  
 男を見上げ、問いかけた。男は、「今に分かる」と、そのささく  
れた手で、トリッシュの柔らかな頬を軽く、撫ぜた。黒い男の向こ  
う側に、煌々と光る、宵の明星があった。  
 
 ギアッチョとメローネは写真の場所へと向かい、プロシュート、  
ペッシ、リゾット、トリッシュは車でその近郊へと向かった。行っ  
た所で、何も分からなかったらどうするつもりだろうかという疑問は、  
重圧でもって押し殺された。まるで必ず何かあると確信しているよう  
なそぶりだった。そして、結果としてそれはあっていた。写真の場  
所から、Discが発見されたのだ。  
 
 「サン・ジョルジョ・マジョーレ島。大鐘楼の塔の上まで、娘を  
連れてくること。エレベーターが稼動しているのは一機。護衛はひ  
とりのみ。通信機やナイフ等を持ってはいけない。他の者は船上に  
て待機」――指令はこんなところだった。  
 
 Discには、ネアロポリスから「列車」に乗った時点での入力であ  
ることが記されていた。そのため、皆が無事であるかどうか、暗殺  
者の数がどうであるかは分からないという事。この情報は暗殺者た  
ちを幾らか安堵させ、同時に苦い顔へとさせるものだった。  
 
 「俺らが残っていようと、いまいと、問題にはならない……ってことか……」  
 プロシュートの言葉に、微かにリゾットが頷いた。Discを手に入れて15分、  
舟を進めながら、父親の暗殺計画が練り上げられた。  
 
 護衛には「最も顔が割れていない」という理由、そしてそのスタ  
ンドの能力から、ペッシが出ることとなった。ぎりぎりまでプロシュ  
ートが自分が出ると言ってきかなかったが、リゾットからの言葉が  
あった事と、ペッシ自身、ここが正念場であり、自分もやれるなら  
ばやりたいという言葉が、プロシュートを引かせた。  
 
 無論、馬鹿正直に二人きりなど、きくわけが無かった。  
 
 「あたし、どうなるのかしら?」  
 エレベーターに乗りながら、ぽつり、とトリッシュは呟いた。  
 え? と、ペッシは答えた。近くには、無機物に化けたベイビィ  
・フェイスが居る。皆も、この会話を聴いている筈だった。  
 
 「……ごめんなさい。これ、ひとりごとなの。  
――だって、どっちに転んでも、わたし――」  
 
 言葉は、そこで途切れた。ペッシは急速に、自分の腕が引かれる  
のを感じた。踏みとどまって、具現化したスタンドで、餌である「  
トリッシュ」を奪われまいと、キリキリと糸を巻き取り、叫んだ。  
 
 「メローネ! 皆! 『釣れた』ぞ! 囲いこめぇェェエエエエエエエ!!!」  
 
 それから先は、大捕り物だった。ギアッチョのホワイト・アルバ  
ムで廊下に通った場所が分かるように、薄い霜を降ろした上で、全  
ての出入り口を氷付けし封鎖。物質化したメローネと、ペッシが居  
場所を絞込んだ。今一歩のところでボスは姿を消し、逃げられそう  
になったところで、静観していたリゾットがそれに気づき、出来る  
限りボスから釘やら剃刀やらを生やさせ、鉄分奪い呼吸を荒げさせ  
た。そこをプロシュートのグレイトフル・デッドで問答無用で体力  
を奪い、氷を纏ったギアッチョと遠隔自動操作であるベイビィ・フ  
ェイスで、止めを刺された。  
 
 「イールゾォやホルマジオがいれば、もっとスマートにやれたんだがな……」  
 リゾットがそう呟いていたが、氷付けとなり、物質化したものが  
あちこちに散らばり、様々なものが朽ちたこの現状では、あまり説  
得力が無いな、と立場も弁えずにトリッシュは思った  
 
 ――そして夜――、自分はまだ、生きていた!  
 
 その晩泊まったホテルは、安い、身を隠すような場所とは違い、  
寧ろ豪奢な、どう考えても羽振りの良いギャング達の泊まるような  
場所だった。祝いのつもりかしら? と一瞬トリッシュは思ったが、  
それにしては喜んでいるのはペッシだけで、他の皆にはまだ緊張感があった。  
 
 部屋は二人一部屋ずつ。ペッシとプロシュート、ギアッチョとメ  
ローネ、自分とリゾット……。  
 「行くぞ」とリゾットに手を掴まれ、促された。手を繋ぐことに  
不快感はなかった。ただ、父に切り落とされた腕が、痛かった。  
 
 シャワーの音が聴こえていた。椅子に腰掛け、空を見ていた。空  
には浩々と光る星があった。切り落とされていた腕に当てていた氷  
を外し、ふ、と、ため息を吐いた。  
 
 部屋に入ってすぐ、リゾットは冷蔵庫から氷を取り出し、当てて  
いろ、と傷口に向かって差し出した。ギアッチョから貰った氷は溶けていた。  
 
 ……分からないと、トリッシュは思った。あの男は死んだ。  
自分は、もう用なしの筈だ。だのにまだ、生きている。もしや自分  
は気に入られたのか? 自分のような小娘が? 暗殺者たちに?  
 ――まさか! 笑ってしまう。そんなの!  
 ――きっと、聞き出したい情報があって、それで生かされている  
に違いない。だが情報など、無い。だって自分はあの男の顔も、そ  
して、愛情すらも――  
 
 「あがったぞ」  
 声が響いた。顔を向けると、下半身にタオルを巻き、上半身を裸  
にした、リゾットの姿があった。  
 「お前も……と言いたいところだが、傷に障る。今日は身体を拭  
くだけで我慢しておくんだな」  
 告げると、まるで何事もなかったかのように、服を着始めた。ト  
リッシュは子どものように、椅子の上で膝をかかえると「アンタさ」  
と、呟いた。  
 「なんであたしを、生かしているの……」  
 子どもみたいな声だと思った。自信がなかった。今は、何に対し  
ても。抱えた膝に、顔を埋めていてると、  
 「死にたいのか?」  
 と、声がかかった。  
 「死にたいわけないじゃない! 生きたいわよ!」  
 
 「何故?」  
 「そんなのッツ……生きるために生まれてきたからに、決まって  
るでしょッ! どこの世の中に、死ぬために生まれてきた奴がいる  
って言うのよッ!!!」  
 攫われてから、初めて出したかもしれない、大声だった。そうだ。  
死にたくない。死ぬのは嫌だ。そのためなんかに、生まれてきたん  
じゃない。そう思うと、鼻の奥がツンとした。気を奮い立たせてリ  
ゾットを睨みつけると、何やら向こうはキョトンと、毒気を抜かれ  
たような表情を浮かべていた。それから口元に手を当てて、くつく  
つと、ほんのちょっとだけあどけない目で、可笑しそうに笑った。  
こういう表情も出来るんだなぁと思う反面、笑われたのでむっとした。  
 
 「……何よ?」  
 「いや……予想外の答えだった。てっきり、自分の夢やら、好き  
な恋人の事でも言い出すと思っていたのでな。『生きるために生きる』か、  
実にシンプルで、分かり易い答えだ……」  
 言い、また、くつくつと笑う。なにやら妙に和やかで、居心地が  
悪く思っていると、「さて」と、リゾットが真顔に戻り、言った。  
 
 「そろそろ質問に、答えようトリッシュ……」  
 足音も立てずに近寄り、切り落とされたトリッシュの腕を取った。  
カタリ、と降りた拍子に椅子が鳴る。指先には体温がある。リゾッ  
トが、彼女の腕をその能力で治してくれたものだ。  
 
 「ボスには『親衛隊』が居る。彼等はボスが死んだからといって諦めるか?  
答えはNon!(ノン) だ。  
 彼等はボスの敵討ちということで、我々を狙ってくる。そして、  
お前を保護しようとするだろう。『ボスの忘れ形見』であるお前をな……」  
 
 すっと、腰を引き寄せられた。自然、顔が男の顔を見上げた。  
 「どうしてよ? だって、あたし、あの男……父のことは、何も  
知らないわ。あたしは、本当に……」  
 
 俯いた。一瞬だった。あの男はエレベーターのボタンに触れてい  
たあたしの腕を斬って、あたしの気を失わせた。リゾット達が闘う  
最中で、あたしは意識を取り戻した。  
 その時、あの男の、父の顔を見た。顔はあたしとなんて、似てや  
しない。ただ、髪の色だけは似ていた。ママが、あたしの頭を撫ぜ  
るたびに、「あなたの髪はパパ似ね」と柔らかく笑んでくれるのが  
頭に浮かんだ。  
 
 悔しいことに、ママはあの男に惚れていた。愛していた。勝手に  
ママを孕ませて、放っておいたくせに、ママはそんな事、欠片も恨  
んでいやしなかった。あたしに産まれて来てくれて有難うと言って  
くれた。恥ずかしいから止めてと言ったのに、ママとあたしが暮ら  
した部屋には、ママと、あたしの写真とでいっぱいだった。中にも  
ある、若い頃のママの写真は、同じ年頃のあたしから見ても、綺麗  
なひとだと思わせるものだった。  
 
 自分の美しさを驕るわけでもないママにしては、若い頃の写真を  
飾るだなんて、らしくもないことだった。そうとう想い出深い場所  
なんだなと思った。ママにそれを告げると、「これはねェ……ママ  
の宝物なの。あのひととの想い出なのよ」と、心底幸せそうに笑う  
ものだから、そのまま黙った。今なら分かる。あの写真を撮ったのは――  
 
 『娘よ――』  
 男は言った。悪鬼のような形相で。血を吐いて、荒い呼吸で。釘  
を、剃刀を身に生やして。  
 『お前さえ、お前さえ産まれていなければ!!!』  
 
 どうしてパパがいないの? とあたしは聞いた。ママはその綺麗  
な顔を悲しそうにして、うちには居ないの。と言って、あたしの頭  
を撫ぜて、抱きしめた。パパの分まで、ママがあなたを愛すから。  
だから、泣かないでトリッシュ。そう言った。柔らかかった。泣い  
ているのはママの方だわと言うと、これは、トリッシュがママとい  
てくれるから、ママのところに生まれて来てくれたから、嬉しくっ  
て泣いているのよ。温かかった。優しくて、しなやかで、あたしは  
ママが大好きだった。あの男が捨てた分、あたしがママを幸せにし  
ようと、心に誓った。  
 
 『お前はわたしを本気で怒らせたッ!!!!』  
 病院のベッドはゆるやかな陽で満ちていた。病床の母は、痩せ衰  
えていたが、それでもやっぱり綺麗だと、あたしは思った。ごめん  
ね。と、母は言った。  
 
 「パパのこと……調べてもらったんだけど、分からないって……  
ごめんね」  
 そんなこと、と、あたしは言った。母はゆっくり、頭を振った。  
 「ママは、いいの。トリッシュがいてくれて、幸せだった。ただ、  
これからあなたが、一人で悲しんだりしないかが、とてもママは心  
配なの……」  
 「いいのよ、それに、父親なんて……」  
 そんな事、言わないで、と。母はあたしの頭を撫ぜた。優しくて、  
柔らかくて、温かい手だった。ちょっとがさがさしていたけれど、  
それでも大好きな、手の平だった。  
   
 ”ママは、あの人のこと、大好きだったんだから”  
 「――どっちがよッ!! このクソ親父ッ!!!!!!」  
 
 気がついたら、あたしは「スタンド」というものを発現していて、  
父の拳を、弾いていた。リゾット達はあたしがスタンドを出したこ  
とに驚いたようだが、それでもボスの娘であるし、この旅の最中、  
能力に目覚めていても不思議は無かったと、後に言った。  
 
 あたしは別に、スタンドが欲しいと願ったわけではなかった。た  
だ、母のようにしなやかで、柔らかく、強くありたいと願い、この  
親父を張り倒してやりたいと願った。そして、それは叶えられた。  
……そして、結果として、母の想いをズタボロした相手だったとい  
うことが、分かってしまった。  
 
 「――父は、あたしが産まれてくることを厭んでいた。あたしも  
本当、あの男の事なんて、どうでもいいって思ってた」  
 ふぅ、と、ため息を吐く。リゾットに軽く抱き寄せられたまま、  
顔を見上げて、軽く笑んだ。  
 
 「あたし、トリッシュ・ウナって言うの。ウナは、母親の姓よ。  
トリッシュって名前も、ママが付けてくれたの。あたし、この名前  
を気に入ってるわ。大好きよ。捨てる気なんて、さらさら無いわ」  
 
 「……ほう、それで?」  
 「あたしは、『ドナテラ・ウナ』の娘よ。昔から……ううん、  
あの男があたしを殺そうとした、そんな事の後だからこそ、そう言える。  
死んでもそれは変わらないわ。あんたはあたしをあっさりと殺せる  
んでしょうね。そうしたければそうするといいわ。あたしはあたしで、  
精一杯抵抗する。生きたいもの」  
 
 すっと、男の胸に手を置いて、そう告げると、ふぅっと男がため息を吐いた。  
 「少なくとも、まだ、死なれては困る」  
 言い、トリッシュの背中に手を伸ばすと、ひょいと抱え上げ、ば  
さりとベットにトリッシュを落とした。今更ながらまさか、と思い  
身を動かそうとするものの、圧し掛かられ、手足の動きを封じられ  
た。スタンドを呼ぼうとするものの、唇を奪われ、目を白黒する。  
 
 息をする暇も無いほど、舌を絡められ、軽く、緩急つけて強く吸  
われ、酸素が回らずくらくらする。  
 ブラを脱がされ、首筋にくちづけられる。やわらかく、胸を揉まれる。  
 「ちょ……やァっ!!!」  
 「どうした? 抵抗するんだろう? それとも、こっちの抵抗はしないのか?」  
 スカートを取られる。ストッキングは破かれ、下着も剥ぎ取られる。  
やわやわと、無骨な指で、繁みをいじられる。  
 
 ちゅ、と、胸元にくちづけが降りる。ぞわりとした悪寒に、枕元  
のランプコードを無我夢中で掴んだ。そうしてそのまま引き寄せ、  
ぶつけようとしたところで――  
 
 あっさりとランプはリゾットの手で受け止められ、がしゃん、と  
音高く床板へと散った。  
 「あ……」  
 ランプの金属で切ったのか。受け止めたリゾットの手に、僅かに  
血が滲んでいた。ふいに、何故だか、この状況で、自分でも笑って  
しまうが、罪悪感のようなものが浮かんで来て、縮こまった。  
 
 「ご、ごめんなさい……」  
 リゾットはふっと笑うと、ちろりと傷つけられた手を舐め、「ナ  
イス・ファイトだ」と囁いた。  
 「だが、残念ながら爪が甘いな」  
 「ひゃ? !っつきゃーーぁああああ!!!?」  
 言うが否や、荷物か何かを担ぎ上げるようにトリッシュを抱き上  
げると、そのまま風呂場に担ぎ込み、浴槽へざぶりと落とした。コッ  
クを捻ったのか、シャワーから湯がざあざあと降りかかって来る。  
あわや、溺れそうになったトリッシュを、大丈夫か? とリゾット  
が抱き起こした。  
 
 「あんたっ……今日シャワーは止めとけって言わなかった?」  
 「ああ、それは済まなかった。こっちにも事情があってな。  
――こうすれば、音が他には聴こえない。トリッシュ、聴いて欲しい」  
 
 場に反して、真摯な物言いに、何度か咳をし、飲んでしまった水  
で幾らか涙目になりながら、何よ? と問いかけた。  
 
 「先ほどボスには『親衛隊』が居ると言った通り、奴らはお前を  
奪い返し、そして奪い返した者達が次のボスの座を狙うだろう。お  
前をまぁ、『ボスの娘』という看板に据えて、な」  
 
 「……さっきも言ったけど、あたしは『トリッシュ・ウナ』よ。  
ギャングのボスなんて、知らないわ」  
 
 「分かっている。だが、聞け。  
 お前がどういう気持ちであろうと、お前は今後狙われる。お前の  
意思というものを、奴等は聞かないだろう。そして、狙ってくるの  
は親衛隊の奴等だけじゃあない。加えて、お前は女で、若く、美しい。  
『誰かのモノ』になっているということを知らしめないと、いらない  
トラブルが起こってくる。  
 ――プロシュートと俺と、どっちにするか話したところ、俺が受  
けることとなった。奴はマンモーニはペッシひとりで十分だそうだ。  
ペッシも先日の闘いでマンモーニを卒業しそうだし、プロシュート  
に新たに預けるのも良いかなと思ったのだがな」  
 
 「……『若く、美しい』とか褒められたのに嬉しくない理由ねソレは。  
じゃあ、何? ベッドルームで大騒ぎして、あたしをここまで連れ  
てきたのは、その、どこかでデバガメしている奴らにあたしはあん  
たのモノだって、知らしめるためだってこと?」  
 
 「幸いにもお前がランプをぶつけてくれたお陰で、こちらもいら  
ない体力を使わずに済んだ。……だから言ったろう?『ナイス・ファ  
イト』だと」  
 それに、盗聴しているのは親衛隊や、他のギャングだけじゃあな  
いからな……言い、リゾットは一点、天上から水滴を落としていな  
いタイルを睨むと、人差し指で指し、ひゅんと、金属をそこにぶつ  
けた。ギャン! と、どこかで聞き覚えのあるスタンドの悲鳴が聞こえた。  
 
 「……まぁ、アイツは誰のものだろうと余り関係ないのだろうが、  
俺も、人に覗かれて喜ぶ趣味は持っていないんでな。アイツには後  
できつく言っておく。適度なところで上がれ。  
 ――ああ、あとトリッシュ」  
 出る間際、未だバスタブに浸かっている少女に向かい、言った。  
 
 「お前には、幾らか同情するが、暫くの間、手放すつもりはない。  
頼むから、大人しくしていてくれ、殺さないし、守ると誓う」  
 
 ぴちょん、と、静かに天上から水滴が、落ちた。  
 「どんな神経しているのよ、アイツ……」  
 裸のままのトリッシュの呟きは、ぶくぶくというバスタブの水と混じって、消えた。  
 
 リゾットの言葉の通り、親衛隊は程なくして襲って来た。どれも  
強敵だと思ったが、元より暗殺を荷っているリゾット達の敵ではな  
かった。  
 
 トリッシュが昼食を摂っていると、「邪魔するぜ?」と声を掛け  
て来る影があった。プロシュートだった。  
 座っても良いかと尋ねもせずに腰掛けて来るところがこの男らし  
い。トリッシュはじろりと睨むと、新聞を広げるプロシュートにフ  
ン、と鼻で嗤われた。美形だとは思うが、性格に腹が立つ。  
 
 「……何の用? 用があるから座ったんでしょ? 集合時間はま  
だの筈よ。時間じゃなくても『見て』るんでしょうけど」  
 「まぁ、そうカリカリすんな。可愛い顔が台無しだ。今日は礼を  
言おうと思ったのと、雑談でもしようと思ってな」  
 
 「……礼?」  
 「助けられただろ。ほら、この間の親衛隊のヤツのさ、死んだ人  
間のスタンドの、動くものを片っ端から襲うヤツ」  
 「……あぁ!!」  
 「――忘れてたのかよ。存外、肝が太いなアンタ。まぁ俺らから  
したら有難いことだが――」  
 
 「失礼ね。そういう意味で声を上げたんじゃないわよ。忘れたり  
なんてするモンですか。本気で死ぬかと思ったんだからね!」  
 「ああ、俺も思った。アンタの力と、ギアッチョの力がねぇと勝  
てなかった。だから助かった。――有難うな」  
 
 べ、別に! と、声を荒げた。  
 「別に、アンタたちのために闘ったわけじゃないわ! ただ、死  
にたくなかっただけよ!」  
 「俺もむざむざ死にたかねぇよ。だから、今、生きてて良かった  
とアンタに礼を言ってる」  
 
 ――カプチーノが運ばれて来た。周りからすれば、恋人どうしの  
会話にでも聴こえているのだろうかと、ふと思った。  
 「――ねぇ、どうして、アンタたちは、そうもホイホイ命を投げ  
出すの? どうしてそうも――命をチップに換えられるの?  
 ペリーコロさんも、親衛隊のひとたちも……あたしにはさっぱり  
分からないわ。お金よりも命がとか、そういう、ヒューマニズムな  
ことを言ってるんじゃないわ。クスリやお金、富が魅力的なのは、  
分かる。でも、あなたたちが本気で、それだけのために動いているっ  
て感じが、あたしにはしない……」  
 
 クスリ、と言ったところで、ぴくん、とプロシュートの眉が上がっ  
た。いつ聞いた、と問い掛けて来る。気圧されずに、ブチャラティ達  
と共にする辺りから、とトリッシュは答えた。周りの話を聞いてい  
れば分かる、と。  
 
 「悪いことだわ。賛成は出来ない。でも、今のあたしにそれをどう  
こう言う権利は無い。ただ、あんた達がそれだけの為に動いている  
のだということに、納得出来ない。そういうタイプの人間に、見えないもの」  
 「聞きたいのか? 聞いたら――戻れねェぞ?――」  
 「あら? 戻す気あるの?」  
 いや。と、プロシュートはひとつ、苦笑した。  
 
 「リーダー次第だな。あいつの判断に、俺たちは従う。ただ、聞  
いたら一層、あんたが生きて、まっとうな生活に戻れる可能性は低  
くなる。それでも聞くか?」  
 
 プロシュートの言葉にこくりと頷くと、プロシュートは二人分の  
会計を済ませ、道行きながら、話をした。  
 
 始めは単なる、分け前の少なさからの不満だったんだ。と、道す  
がら、プロシュートは言った。自分たちは、仕事の中でも最も汚い  
部分を担当する。その分、信頼できる仲間も少ないし、その上、分  
け前も少ないとなれば、不満も溜まる。チームの仲間のうち二人が、  
ボスを脅すネタを探し始めた。そうして、報復を受けた。  
 
 「殺されたのは、別に良いんだ。あいつらは自分の思ったことを  
やった。そうしてそれに敗れた。俺たちの仕事はそういう仕事だ。  
その覚悟があるものだけが生き残る。あいつらもそれを分かってい  
た筈だ。ただ、そのやられ方が、俺は許せねえと思った。」  
 
 そこで言葉を切り、プロシュートは道端の花屋で赤々とした薔薇  
の花を、一本買った。  
 そして来い、と、路地裏へとトリッシュを導き、人目が無いのを  
確認して、目の前で瞬時にその花を枯らして見せた。  
 
 「……オメーはこの光景が、『醜い』と思うか?」  
 枯れた花を手に、プロシュートはトリッシュに問い掛けた。分か  
らないわ、と、トリッシュは答えた。胸が痛かった。ポケットに手  
をやった。少年の髪留めが、そこにはあった。醜いとか綺麗とか、  
そういうものでは無かった。ただ、ただ――  
 
 「――悲しいわ――」  
 そう、答えた。プロシュートは口角を上げて微かに笑むと、ひょ  
い、と枯らした薔薇を、トリッシュに渡した。  
 
 「本当は踏みにじろうと思ったんだがな、気が変わった。アンタにやるよ」  
 言い、スーツのポケットに手を入れ、一、二歩、ぷらぷらと子ど  
ものように前を歩いた。トリッシュの返答が、思ったものと違い、  
「当てが外れた」様子だった。  
 
 俺は、な。と、プロシュートは言った。  
 「俺は、その光景が、いっとう好きなんだ。生きて、朽ちて行く、  
その瞬間が。だから、こんな生業なんてやってる。生きてる奴らが  
ぶつかりあって、散っていく。だからこそ、俺は美しいと思うんだ。  
 ボスが、仲間を殺したこたぁ、別に良い。だが、そのやり方が許  
せねぇ、あいつは、ぶつかりあうこともせずに、玩んだんだ。陰湿で、  
悪趣味だ。俺ァ許せねェ……」  
 
 俯いた後姿には、不思議と大きな影が落ちて見えた。  
 
 「あんたの情報が入って来た時、一にも二もなく飛びついたのは、  
俺とギアッチョだった。リゾットの奴は最後まで悩んでいた。俺ら  
の仕事は何時だって生か死かだったが、中でもこれは大博打だった  
からな。なんたって、ブチャラティ達を殺った後にボスが、そして  
ボスで終わりってわけじゃあ、ねぇ。その後ギャングを纏め上げる  
大仕事が待っている。でも、よ、やっておきたかったんだ。  
 ――ぬるま湯みたいな命から、抜け出したかったんだよ」  
 ……でも、と、擦れた声で、トリッシュは言った。きゅと、枯れ  
た花を、握り締めた。  
 
 「花が枯れるのは悲しいわ。……悲しいわよッ!……」  
 ぽろぽろ、と、涙がついて出た。泣き出したら止まらなかった。  
そういえば、涙を流すのも久々だった。泣いている暇さえ、ずっと  
無かった。一度涙が出てくると、次から次へと堰を切ってあふれ出  
て来た。ひっく、うっくっと、子どものように無きじゃくっている  
と、マンモーニめ、と、頭にぽんと手の平が乗せられた。  
 
 ブチャラティ達のことは、と、言葉が降って来た。  
 「謝らねぇよ。あいつらも、護衛を受けた時点でどうなるかは分  
かっていた筈だからな。……まぁ、あいつらの場合、本気でボスが  
あんたの事を保護するとか、信じていたかも知れねぇが……。  
 あいつ等との、特に、ブチャラティとの勝負は、楽しかった。久  
々に、生きてるって実感できる、良い勝負だった。  
 ……花が枯れる、枯れないは、俺らの勝負だが、枯れた花を見て、  
泣くのはあんたの自由だからな、その、上手く言えねえが……泣き止めよ」  
 
 そう言って、胸元に引き寄せられ、子どものように背中を軽く撫  
ぜられた。朴念仁どもめ、と、心うちで毒づきながら、トリッシュは盛大に、泣いた。  
 
 路地裏からの帰途、陽は暮れかけていて、空には宵の明星が降り  
ていた。あ、と、トリッシュが星を指差し、言った。  
 「この間も出ていたわ、あの星。何て星かしら?」  
 「金星だろ? ルシファーの星」  
 「そうなの?」  
 「夜から明け方まで輝きを残すが、太陽には勝てない。驕  
りと嫉妬により堕天したヤツの星だって聞いたぜ」  
 「誰から?」  
 「……リーダーから……」  
 「意外。詳しいのね……彼、そういうの、好きなの?」  
 トリッシュの言葉に、ぽりぽり、とプロシュートは首筋を掻いた。  
俺が言ったって言うなよ、と決まりが悪そうに、告げた。  
 「からかわないでやってくれよ……アイツ、あれでも割と、ロマ  
ンチストなんだからよ。  
 それよか、上手くやれてんのか? アイツと」  
 「は?」  
 「『は?』じゃねーだろ。『ギシキ』だろ儀式。お前、ホントに  
アイツの女になったんだろうな?」  
 
 瞬時に、ぼっと。赤くなった。プロシュートの言葉の意味は、つ  
まり、その、そういう意味なのだろう。多分、きっと。  
 
 「あ、あ、あ、アアアアアアア当たり前じゃない! い、い、い、  
いつも寝る時は一緒なんだからッ!」  
 ふゥん。と、疑うような、どうでも良いような目線を投げかける  
プロシュートに、だらだらとトリッシュは内心冷や汗を流した。  
 
 (嘘は吐いてないわ! 一緒に寝てはいるもの、寝ては!!)  
 ――そうだ、寝てはいる。ただ、彼が触れて来ない。否、触れて  
きても、いわゆる「本番」はしていない。それだけのことで、その  
「触れてくる」のも本当に『儀式』というもので、周りに『とりあ  
えず自分たちはデキていますよ』というのをみせるためのものだっ  
た。お陰で、喘ぎ声は大分上手くなったと褒められてしまったが、  
全然まったく、嬉しくなかった。  
 
 「なら良いんだ。今日、オメーと雑談してみて分かった。俺は多  
分、お前を引き止める事になると思う」  
 「え?」  
 「――ん、いや、分からないなら、分からないままで良い。そら、迎えだ」  
 顎をしゃくって示す先には、リゾットの姿があった。すたすたと  
いつものように近づくと、何事も無かったかとプロシュートに尋ね、  
頷きあうと、トリッシュの手を引き、宿へと向かった。  
 
 リゾットと自分とでは、かなりの身長差があり、当然、コンパス  
の差も異なる。トリッシュの手を引いたまま、ずんずんと進むリゾッ  
トに、トリッシュは軽くたたらを踏む。  
 
 「リゾット! もうちょ……ゆっくり歩いて!」  
 息を切りながらそう告げると、リゾットはようやく気づいたよう  
に、歩みを緩めた。繋いでいた手が僅かに揺るむ。その時、なんと  
なく、違和感を覚えた。本当に、なんとなく。こう考えるのは、自  
惚れなのかも、知れないが……。  
 
 (リゾット、ひょっとして、寂しがってない?)  
 どうしてそう感じるのかと言ったら、空気としか言いようが無い。  
寂しいときに出る空気というか、側にいてほしい感覚というか、そ  
ういったものは目に見えないが、分かるのだ。日は浅いが、それで  
も毎日(一応、仮にも!)床を一緒にしている身で、相手のことを  
見ている状態(警戒心も含むが)ともなれば、なんとなく分かる。  
 
 トリッシュはほんの少しだけ呼吸を整えると、きゅっと、自分から  
リゾットの腕に抱きついた。ぎょっと、この男には珍しく、ほんの  
僅かに身じろぎした。  
 「……どういう風の吹き回しだ」  
 「別に何も? あたしはあなたのモノってことに、なってんでしょ?  
 こうしないと疑われるでしょ?」  
 「……プロシュートから、何を吹き込まれた……」  
 「別に何も? ただ、無くなってから、悲しむのは、嫌だなぁっ  
て思っただけよ」  
 
 その晩の「儀式」は、恐らくそれまでで最も、「恋人」らしいも  
のとなった。交わされたくちづけから、差し入れられた舌に、おず  
おずと、トリッシュは拙いながらも舌で返した。リゾットはそれに  
やや目を大きくさせたものの、気を良くしたようで、背を支え、顎  
を持ち上げ、より一層、舌の動きを高めさせた。  
 
 目がとろりと溶け、頬の熱を持ったまま口を開くと、互いの舌が  
交差して、唾液がぽたりと、空へと落ちた。  
 トリッシュを肌蹴させ、柔らかく胸を揉み抱き、頂を音たて、弄  
る。ふァん! と声が洩れ、大腿部に触れられると足はがくがく震  
えていた。立っていられないのが一目で知れ、顔を紅潮させている  
と、抱き上げられ、ベッドへと横たえられた。  
 
 初めての時のように、身を起こすことはなかった。ざらざらした、  
筋張った男の手の平が、トリッシュの肌を這い、撫で、身体を少し  
ずつほぐして行く。秘部を撫ぜられ、指が表面を這い、うちへと入  
れられた。背筋がびくり、と震えた。  
 
 指が増える。一本、二本とぐちぐちと水音高らかに室内に響く、  
ちぅ、と頂が吸われた。うなじにも、くちづけが降りる。あッあ、  
ァアん! と、猫のような声が自然、こぼれた。指の速度が高まる。  
腰が熱い。何時の間にか、自分でもリゾットの手にあわせて、自然  
と腰を振っていた。  
 
 意識が飛んだ。弛緩した身体で荒い息を吐いていると、リゾット  
が額に軽くキスを落とした。今日はこれで、終わりらしい。背を向  
けてバスルームへと向かうリゾットに、「アンタはその……いいの  
?」と声を掛けた。  
 
 「何がだ?」  
 「だから……その、してないじゃない。アンタは。その、それで  
良いのかって、言ってるのよ。あたし、女だから上手く言えないん  
だけど……その、それって、どうにかしたいものなんじゃ、ないの……?  
 べ、別に入れなくなって、やり方なんて、あるわけだし……その、  
あたしそりゃあ、上手くないだろうけど……その……」  
 
 気だるい身をどうにか起こし、俯きながらそう告げると、フン、  
と鼻で笑う音が耳をついた。どこで知識を入れてきたのかは知らな  
いが、と男は告げる。  
 
 「人体急所をむざむざ晒すヤツが居るか。生憎、俺もまだ命は欲しいんでな」  
 言い、バタン! と扉を閉じた。ふるふると、怒りで震えた。ぼ  
すぼす! と、手近にあった枕を殴る。  
 
 「何よ! 何よアイツー!!」  
 (恥ずかしかったのに! 顔から火が出るくらい恥ずかしかったのに!)  
 ぼすっと、涙目になるのを抑えるように枕に顔を押さえつけた。  
こんな形でも良い。近づきたい、理解したいと思ったのだ。大して  
知りもしないのに、ただ、悲しむのはもうたくさんだ。どうせ泣く  
なら気合を入れて、きちんと泣きたい。そう思ったのに――!  
 
 スン、とトリッシュは鼻を鳴らした。ドアの向こうからシャワー  
の音が、どこか静かに響いていた。  
 
 その日、部屋に戻ると、血の匂いで満ちていた。後ろにいた今日  
の目付役であるメローネが、ヒュウ! と口笛を、上げた。  
 「こりゃあ随分、派手にやったな、リゾット」  
 「ああ……だが、これで反抗してきそうな奴らはあらかた叩いた。  
メローネ、『始末』を頼む。血は鉄に変えてあるから、匂いも換気  
をすればそのうち消えるだろう」  
 
 言われ、メローネはひょいと首をすくめると、手ごろなベッドに  
腰をかけ、パソコンをいじり出した。きっと、『ベイビィ・フェイ  
ス』で遺体を物質に換え、どこぞへ破棄するのだろう。  
 リゾットはすたすた、と歩き出す。慌ててトリッシュは後へと着いた。  
 
 「どこに行くの」  
 「適当な宿だ。血を流す」  
 「怪我は?」  
 「していない。返り血も浴びていない。匂いを落とすだけだ」  
 「ホテルに行くなら、あたしも行く。ふたりの方が怪しまれないわ」  
 言ったところで、ぴたりと、リゾットは足を止めた。まじまじと、  
トリッシュを見つめてくる。  
 
 「『トリッシュ・ウナ』」  
 そうして、フルネームで、名前を呼んだ。  
 「『暫くの間』はもうすぐ終わりだ。ペッシの部屋で、トランプでもしていろ」  
 
 「――それで、俺の部屋に来たのかよ……」  
 「仕方無いじゃない! あたしの部屋はまだ死体ばっかりだし、  
リゾットは着いていったらホントに殺しかねない勢いだったんだもの」  
 声を荒げて、トリッシュはばすばす! と抱き締めたクッションを殴った。  
 ふぅ、と溜め息を吐き、ペッシは手にしたトランプを混ぜる。  
 
 「……もうすぐ終わりって、どういう事かしら。あたし、今まで  
の生活に戻れるの? ――それともやっぱり、殺されちゃうの?   
あんた何か、聞いてない?」  
 
 うぅん……と、ペッシは唸った。多分、本当に聞いていないのだ  
ろう。この妙なところで正直な青年は、本気で困ったような顔で、  
「少なくとも、俺は聞いてない」と答えた。  
 そうしてポツリと、「出来れば俺は、殺したくない」とも。  
 
 「でも、もし命令を受けたら、あたしのこと、殺さなくちゃ駄目  
なんでしょ? ペッシ」  
 トリッシュの言葉に、ああ。と青年は素直に、頷いた。  
 
 「従わないと、俺が殺されるからな。俺、死ぬのやだもん」  
 「あたしだって嫌よ。ごめんだわ」  
 
 沈黙がおりた。ペッシはさ、と、やや間をおいて、トリッシュは尋ねた。  
 「なんでこのシゴトに、つこうと思ったの? あ、嫌なら答えな  
くっても良いから」  
 トリッシュの言葉に、一瞬眉を寄せたペッシは、それでも考える  
様子でしばしカードを弄った後、こう言った。  
 
 「俺の場合、何ていうか、親から捨てられて、アニキに拾われた  
んだ。この力は何ていうか、コソドロするのに使ってた。人を殺し  
たのも、ブチャラティ達と戦ったのが始めてた。  
 人を殺すのって、スゲー『悪いこと』だよな。俺、アニキはスゲ  
ー尊敬しているけれど、もっともっとスゲー、『悪いこと』がする  
の嫌で、怖くて、ずっとアニキから怒られてた。マンモーニって、言われてた。  
 ……でも、殺してみると、ほんとはなんてこと、無いんだよな……」  
 
 ぱらぱらぱらぱら、と、ペッシはカードをページのように角だけ、  
捲った。目はどこか遠くを、何か暗いものを見つめ、妙に空気が、  
リゾットと被った。  
 
 「俺らが魚を釣って、それをさばいて食うのと同じぐらい、何と  
も無い、ことなんだ。俺らは、……俺は、殺して食わねえと生きら  
れねえのに、俺は殺すことが嫌で、怖くて、ずっとアニキにそれを  
任せてた。アニキがマンモーニって俺のことを言うのも、当然だ」  
 
 「人は……殺しあわなきゃいけない、って事?」  
 俯いたトリッシュに、あ! と、ペッシは慌てて否定した。  
 
 「フツーの人たちは違うよ。だって、皆が皆そうしたら、あっと  
いう間に世界なんてぐちゃぐちゃだろ? そしたら俺らの手なんて  
いらなく……とまでは言わねえが、少なくとも値は下がるだろうな。  
それがフツーの事になっちまうんだから。  
 だからさ、フツーのひとは良いんだよ。人を殺すっていうのは、  
やっぱり恨みとか、返り討ちに遭う危険とか、色々ある。そうなら  
ないように、人を殺しちゃ駄目っていう社会の決まりがあって、フ  
ツーの人たちは、それを守って生きている。だから、まぁ色々破れ  
ているところもあるけれど、社会の網ってヤツに守られてんだ。  
 
 ――アンタもそうだよ。あんたら家族が、ボスから金を受け取っ  
てたっていうなら、話は別だけど、本気でボス、あんたらに何もし  
なかったからな。  
 ……だから、今のところ、アンタは完全に被害者、だと思う。  
俺らが言うのも、何だけど」  
 
 そう……と、トリッシュは呟いた。  
 「このシゴト、続けているのは、止められないから? それとも、  
『アニキ』が好きだから?」  
 
 「ああ、シゴトはよ、一応一定数、金を稼いで、チームに貢献し  
たら抜けられるようになってんだ。それで部署が変わって、あの灰  
になった写真のとかさ……分析とか、そっちに移動したヤツとかも  
いるんだ。完全に、は、ちょっともう、難しいだろうけど。でも、俺、さ。  
 好きなんだと思う。アニキは勿論、リーダーやメローネ、ギアッ  
チョたちのことが。確かにリーダーは取っ付き難いし、メローネは  
変態だなぁと思うし、ギアッチョは怖ェよ。でも、やっぱり頼りに  
なるし、多分あいつら、裏切らないだろうなぁと思うんだ。だから、  
俺も裏切らない。  
 
 死じまった、ホルマジオさんやイールゾォも、好きだったぜ。二  
人ともやっぱり変わってたけれど、ホルマジオさんとかほんとヤク  
ザだったけど、妙に気が良いとことかあって、好きだった。俺は好  
きなんだ。このチームが。……ボスに喧嘩を売るって言ったときは  
怖かったけど。やっぱり嫌だったけど。でも、死ぬならこのチーム  
の中で死にたかった。それは今でも変わらねぇ。好きなもののため  
には、命だって、投げ出せるんだ。」  
 
”……メッセージを残すため、それだけのために、死んだって言うの……?”  
 
”そうだが? 何を驚く? 奴は中でもお前の父親に忠誠を誓っ  
ていた。ボスのため、ボスの娘であるお前のために死ぬのならば、  
寧ろ喜んで命を差し出した事だろう。”  
 
 膝を組み、顔を埋める。頭の中に甦った言葉に、泣きたくなる。  
バカ親父、と心中なじる。ちらりと窓から空を見た、空には浩々と、  
ルシファーの星が瞬いていた。  
 
 薄明かりに照らされた廊下には、プロシュートが佇んでいた。リ  
ゾットの姿を認め、壁から軽く、背を離す。  
 「終わったか」  
 「ああ、これであらかた片付いた」  
 
 あの娘はどうするんだ? と、プロシュートが問い掛けた。どう  
もしないさ、とリゾットは答える。  
 「前のボスがアイツの母親にやったことを、そっくりそのまます  
るだけだ。情報の届かない所に逃して、生きさせる。アイツなら生  
きてゆけるだろうさ」  
 
 それでいいのか? とプロシュートが言った。何がだ、と、抑揚  
のない声で、リゾットが答えた。  
 「お前さんからしてみれば、ようやく手に入れたビーナスだ。む  
ざむざ手放す必要もねぇんじゃねえか、と言っているんだ」  
 
 「確かに、『ボスの娘』がいた方が、何かとやりやすいだろうな。  
ギャングの連中も、年端のいかない娘が懸命に自分たちを盛り立て  
ようとしていると思えば、気概が増すだろう。あいつらはそういう、  
映画みたいなのが好きだからな。……だが」  
 
 と、そこで言葉を切り、リゾットはじっとプロシュートを見据え  
た。そうしてゆっくりと、口を開いた。  
 「あいつは『トリッシュ・ウナ』だと言った。親父は知らないん  
だと……それが全てだ」  
 「優しい娘だ」  
 見据えたまま、プロシュートも返す。  
 
 「情に訴えれば、勝てるんじゃねぇか? モノにしてるんだろ?」  
 「まだ『抱いて』はいない」  
 つかつかと足早に通り過ぎたリゾットを、プロシュートは一瞬ぽ  
かん、とした顔をした後、慌ててリゾットの後を着いた。  
 
 「――何やってんだリゾット……! いやリーダー! 相手を屈  
服させるのにまずは肉体から、ってのはギャングの定石だろ? い  
や、確かに、あんたならもしやとも思ったが!!  
 何やってんだよ! みすみす『栄光』を逃すのか!? 俺はアン  
タには……もっと輝いた、落ち着ける場所にいて欲しいんだよ!!」  
 ぴたり、と足を止めて、リゾットは言った。  
 
 「優しい、娘だ――」  
 俯き、目を逸らす。淡い光に照らされて伸びる、自分の影を、見つめる。  
 「俺の事を、必死に理解しようとして来てやがる。手を出したら、  
多分、駄目だ。ボスの二の舞になる。今ならまだ間に合うんだ。俺  
はあの娘を手放せるし、俺の子が生まれるという事も無いだろう。  
 手を出したらきっともう、後戻りは出来ない。  
 ――裏切られたとき、きっと俺は――」  
 
 ふぅ、と、溜め息をつき、プロシュートはぽん、とリゾットのき  
き腕を叩いた。  
 
 「最悪のケースまで想定して動くのは、何時ものことだがよ……。  
ここまで色々、バクチを打って来たんだ。ここまで来たら、最後ま  
で打とうじゃねえか。行こうぜリーダー。アンタもそろそろ、俺た  
ちのことばかりじゃなく、自分のために、幸せを掴もうとしたって、  
いい時期だ。……ソルベ、ジェラート、ホルマジオ、イールゾォは  
死んじまったけどよ、あんたが動いてくれて、ホントに俺たちは感  
謝している。ついて来させてくれて、有難な。  
 
 ……ほら、行けよ。あんたは前のボスでもなけりゃ、あの娘はド  
ナテラでもない。もっと包容力と、柔軟性をもった、『トリッシュ  
・ウナ』っていう娘で、あんたはそれをモノにしたいっていう、そ  
れだけの事なんだから……」  
 
 室内に戻ると、既にトリッシュも戻っていた、部屋にそのまま居  
ても、埒が明かないので、夕食時であるのを良いことに、外へ食事  
に連れ出した。食事の間、互いに何も、喋らなかった。普段なら何  
かと物言う少女の口も、今はただ、食べる以外には口を噤み、ただ  
澄んだ眼だけが、何か物言いたげに、時折、こちらを見つめた。  
 
 ……待っているのだと、自然に、悟った。  
 食事を終えると、外はとっぷりと陽が暮れていた。街灯の光が、  
二人の影を伸ばす。頭の上にはいくつもの小さな星たちが瞬いていた。  
 
 トリッシュ、と名を呼んだ。ええ。と、少女は応えた。  
 「……今日、言ったとおり、これで、反乱分子はほぼ除かれた。  
あとは皆を纏め上げ、新しいボスが決まったことを広めるだけだ。  
 そこで、お前に話がある……。  
 これから、お前の道は、ふたつ、ある。  
 ひとつは、俺たちのことはすっぱり忘れ、一切の関係を絶ち、生きてゆく道。  
 もうひとつが、……お前が新しいボスという看板……ギャング・  
スターとなって生きる道だ。実質の指揮は、無論、俺が執る。お前  
が『やらねばならない』ことは当面の間、無いだろう。だが、危険  
が伴う。……それはお前の子にも及ぶと、そう思った方がいい」  
 
 リゾット、と少女の声が、闇に響いた。  
 「最後に教えて。どうして貴方は、暗殺者になろうと思ったの?」  
 少女の言葉に、男は眉を寄せた。その質問に答えることは、道を  
狭める。そう答えると、それなら私は、三つ目の選択を取るわよ。  
そう、静かな声で、娘は答えた。  
 
 「――三つ目?」  
 「あたしとあなた、命を賭けて闘うという選択」  
 ふぅ、と。溜め息を吐いた。少女の側に寄り添い「馬鹿者め」と、  
軽く睨んだ。  
 
 「ひとが折角、道を示してやっているというのに……。何故わざ  
わざ、道を封じるんだ」  
 「馬鹿ね。人間って、やりたいと思った道を選ぶのよ。愚かでも、  
何でも。そうでしょう――?」  
 
 ちろり、と見上げて男に告げると、男はまた、溜め息をついて両  
の腕で囲いをつくり、少女をそのうちへと閉じ込めた。  
 
 「聞けば、選択は本当に二つしかなくなる。それでいいのか?」  
 リゾットの言葉に少女はこくりと、頷いた。  
 
 従妹が死んだのだとリゾットは言った。交通事故だったと。理由  
は酒気帯び運転。引かれた従妹に、罪は無かった。だのに、ドライ  
バーに科せられた刑は数年の刑罰だった。  
 
 「とある警視高官の息子だった。奴らはああだこうだと理由をつ  
けて、従妹にも罪があったとしてきやがった。引かれた従妹は車の  
ドアにも背が届かないチビだぞ? 小さいからこそ人の言うことを  
良く聞く、ガキだった。その日だって、社会の大人たちが言うよう  
に、礼儀正しく、きっちり普通に道を歩いていたさ。……それだけだ。  
 
 18の時だ、俺は、そのドライバーに見ず知らずの人間を装って、  
その時のことを尋ねた。あいつは欠片も覚えちゃいなかった。いや、  
言えば思い出したさ。そうして、ヘラヘラと笑って自慢話をし始め  
やがった。ガキを引いたのは初めてで、びっくりしたが、俺の親父  
の力をもってすればこんなものだ。判決が出たときの被害者の家族  
の顔といったら無かった。バカ面をして、そう言いやがった。殺そ  
うと、決意したよ。そして殺った。  
 
 『殺したところで従妹は還って来ない』そんな事は、分かってる。  
ただ俺は、許せなかったんだ。あのドライバーを。  
 『目には目を』じゃあ、社会が成り立たないのも分かってる。だが、  
俺みたいに人を殺したい奴も、世の中にはいるんだって事が分かった。  
なら、俺が引き受ければいい。そっちの方が、ずっと胸に良かった。  
……俺には、痛みを許してやりながら、社会で生きて行くことは、  
出来そうになかった……」  
 
 ぎゅっと、トリッシュはリゾットの身体に腕を伸ばした。身体が  
潰れそうになるくらい、抱き締めた。  
 「スタンド使いになったのは21の時だ。それから、今まで以上に  
人を殺した。痛みを覚えることも、悲しむことも少なくなってきた。  
ただ、どんなに動いてもボスからは信用されない。それが、歯がゆかったさ。  
 ……トリッシュ、俺は……いや、俺たちのチームは、暗闇にいる  
んだ。闇の中のもっとも深いところにいる。それが暗すぎて、どれ  
ほど暗いのか、分からなくなっていたんだ。段々、損得勘定が、チ  
ームのうちに入って来て、じんわりとした不満が、ゆっくりと浸透  
していった。そうして、仲間のうち二人が、ボスに反旗を振りかざ  
し、制裁された。  
 
 犯罪者だったさ。だが、このチームになってから随分と互いに長  
生きをしたメンバーだった。キてる奴だったが、嫌いじゃなかった。  
……ああ、そうだ……  
 ――失うってのは、悲しいモンなんだな――」  
 
 沈黙が降りた。リゾットの手は、胸にしがみついているトリッシ  
ュの頭を優しく撫ぜた。  
 
 「……分かるか、トリッシュ。これから俺がお前を誘おうとして  
いるのは、そういう場所だ。暗く、果てしない闇の中だ。それが、  
いつまで、ではなく恐らくは生涯続き、子までも引き継ぐ。そうい  
う世界だ。  
 ――答えてくれ、トリッシュ。裏表無い、お前の答えを。これが、  
最後の道になる――」  
 
 わたし、とくぐもった声が、リゾットの胸元から聞こえてきた。  
 「あなたに、闇を教えてあげられるかしら? これが闇なのよっ  
て、暗いわって、言えるかしら?  
 ……ううん。言うわ、ちゃんと。あたし、あなたをきちんと照ら  
してあげる。闇の深さを、教えてあげる。きちんとその暗闇が計れ  
るように、そうして、みんな、誰かの大事なひとなんだ  
ってことを、けして忘れたり、しないように――。  
――ギャング・スターに、あたしはなるわ――!!」  
 
 
 部屋に戻ると、どこか二人、了解しあった空気を持っていた。初  
めての日のように、リゾットがシャワーを浴び、トリッシュは椅子  
に腰掛け、空を眺めていた。父親から斬られた腕をさする。傷痕は  
もう、そこには無かった。  
 「あがったぞ? どうする、入るか? それとも――」  
 言葉を続けようとするリゾットに、そっと歩み寄り、身をもたせかけた。  
 「――トリッシュ?」  
 「あたしは、『トリッシュ・ウナ』  
 父親のことは、知らなかったけど、でも、あたし、あんたの事、  
好きよ。それで十分だわ。違う?」  
 言い、顔を上げて、にこりと笑った。十分だ。とリゾットは答え、  
深く深く、くちづけを落とした。  
 
 啄ばむように数度。舌を絡め、深く、息が詰まるほどに、幾度も。  
互いに生まれた姿で抱き合い、リゾットの節ばった手と、トリッシュ  
の柔らかく、小さな手とが重なり合った。  
 
 くちづけは首筋へ。首筋から胸へ、頂へ。いつもよりもじっくりと、  
味わうように、リゾットが胸をなぶる。甘い甘い、吐息が洩れる。  
 
 ゆるゆると、舌は移動する。腹部へ、ちいさな臍を下り、繁みの  
うちへ――舌が貝のうちに届くと同時に、そういえばそこを舐めら  
れたことは無かったトリッシュがひゃン! と声を上げ、慌てて身  
を起こそうとするのを、リゾットが制する。心配するなと制し、不  
安そうに、両の手を口元に持ち、涙を湛えた眼差しで、少女は再び  
横たわり身を、男に任せた。  
 
 ぐちゅ、ちゅち、ちゅ、じゃぶ、ち、ちゅちち……卑猥な、音が  
連続していた。舌と共に、親しんだ男の指が幾度も出し入れされる  
のが分かる。がくがくと、脚が震え、熱を抱くのに気がついた。登  
り詰めたい一心で、りぞ、リゾットぉ! と、男の名を呼んだ。  
 
 すると、するりと下身にあったものが、離れた。  
 「え……?」  
 とまどいながら、男を見上げる。身体はまだ、昂ぶったままである。  
見上げた男はするりと下身につけていたタオルを取り、再度、トリッ  
シュへと覆い被さった。トリッシュの腕を取り、己の背へと回させ、  
爪を立てて良い、と囁いて。  
 言葉と共に、巨大な熱量が、押入って来た。  
 
 熱い。そして、洒落にならないほど痛い。ぎちぎちと身体が悲鳴  
を上げているのが分かる。冗談ではない。こんなことを皆やってい  
るというのか。子どもを産む前からして一苦労である。  
 
 歯を食いしばって耐えていると、トリッシュ、と頭上から声がし  
た。見ると、彼自体も辛いのだろう。柄にも無く汗をもち、不安そ  
うなリゾットの顔があった。  
 なんだかそれが可笑しくて、大丈夫、と途切れ途切れの声で、にっ  
と笑った。  
 ――非常に不躾な話だが、父と、母がこうして睦みあって自分が  
生まれたなら、自分にも出来ないはずが無いと、そう思った――  
 
 笑んだ拍子に、ぐいっとそれは、入って来た。じんじんと奥が熱い。  
酸素が足りず、荒い息がこぼれる。熱に溺れるようなようすに、リゾッ  
トが名を呼び、くちづけを落とす。 ひきつりながらも、同じよう  
に唇で返し、目線と、唇の動きだけで、それを告げた。  
 ――そうして、リゾットも、動き出した――  
 
 息が絶え絶えになりがらも嬌声は上がる。やがてそれは少しずつ、  
色を帯びたものへと変わり、目の前がちかちかと明滅し、背筋がびくん!  
と弓なりになると同時に、リゾットのものが引き抜かれ、トリッシュの身に、飛び散った。  
 
 荒い息を吐きながら、リゾットは、眼前にある少女を眺めた。齢  
十五歳の筈のこの娘は、張りのある美しい肌と、肉体とを弛緩させ、  
リゾットの放った精で汚れていた。頬と唇は赤く、目は陶然とした  
色を湛えている。下肢からは、やはりというか、処女だったのだろ  
う。リゾットのものと、少女の穢れの無きことを証明する鮮血が、  
ぽつぽつと、ついていた。  
 
 トリッシュ、と名前を呼ぶ。ゆっくりとだが、焦点をあわせて少  
女は笑み、どうにか肉体を持ち上げようと、肘をついた。  
 「からだ、べとべと」  
 困ったように、にこりと笑った。見れば顔にも数滴か、自分の放っ  
たものが飛び散っていた。出たはずの下身が、また熱くなるのを感じた。  
 
 「洗おう」  
 そう告げると、両腕で少女の身体を持ち上げ、バスルームへと運ぶ。  
あの、でもっつ! と、男の行動に、慌てて少女は言葉を続けた。  
 「あ、あのね! やりたい気持ちはあるんだけど、あたし、ちょっ  
ともう、あ、脚が……!」  
 何やらとんでもない発言をしている娘に笑いを噛み殺し、「大丈  
夫だ」とリゾットは告げた。  
 「……『別に入れなくなって、やり方なんて、ある』んだろう……?」  
 耳元でそう囁くと、トリッシュは唖然として、次にきっとリゾッ  
トを睨みつけ、最後に赤くなって、頷いた。  
 
 シャワーの音が響いていた。泡を作って、トリッシュの身を撫ぜ  
ると、身体を押し付けて、トリッシュは柔らかな胸で、リゾットを洗った。  
 いきり立ったものを眼前に差し出すと、トリッシュはやや、躊躇  
しながら、ピンク色の舌を伸ばして、それを舐めた。  
 
 「歯は立てるな。ときどき口の中に入れ、筋から先まで、舐める  
んだ。……そう。そうだ」  
 生娘なので当然言えばそこまでだが、トリッシュの技巧は稚拙だっ  
た。そんな娘が奉仕しようとしていたのだから、なんとも可笑しい。  
だがそれと同時に、胸へと浮かぶ、数年来置いて来てしまった感情  
に、心がほぐれた。  
 
 少女の赤い唇の中に、自分のものが出し入れされる。優しく頭を  
撫ぜ、胸を使ってみろと、支持を出す。すぐに了解したようで、両  
胸を押し出し、男のものを挟み込む。出し入れされるその先を、ち  
らちら舐める。どうしようもない快感に、リゾットのものはトリッ  
シュの顔へと、吐き出した。  
 
 「……あぅン! う、うそつきィ……! も、もォしないって、  
言ったくせにィ……!」  
 バスルーム。泡と、精液、シャワーで同時に流れながら、ふたり  
は睦みあっていた。  
 
 「そうか。だが、やりたい気持ちがあったのなら、男としてはそ  
れに応えんとな」  
 言い、トリッシュの形の良い尻を持ち上げながら、その背を壁に  
押し付け、少女の身を貫いた。ざぁざぁ、と、シャワーの音が肉壁  
のぶつかり合いを、掻き消してゆく。  
 
 「あ、明日、あたし、歩け…ひゃ…! ないィっん! だか、らァっ!!」  
 「大丈夫だ。明日は何処にも行かない。――そばにいてやる――」  
 「……えっちぃこと、しないでね?……」  
 少女の言葉に、それは保障できないな。と男は流し、そのまま少女を貫いた。  
 
 
 空には、宵の明星が輝いていた。やれやれ、とギアッチョとメロ  
ーネが屋敷の前で大きく伸びをした。  
 「しッかし、あの娘がギャング・スターかァー。舐めてるよなァー」  
 「ま、良いんじゃないか? 寧ろ俺は歓迎だね。むっさい親父守っ  
てるより、ねーちゃん守ってるほうが燃えるって、絶対」  
 
 「そこは否定しねーけどよ。何か、色々変わるみてーじゃん?   
俺ら、暗殺チーム件、ボス……トリッシュの親衛隊にして麻薬取り  
扱いのなるって事か? 忙ッしい話だなァー」  
 
 ぼりぼり、とギアッチョがパーマの頭を掻いた。  
 「ま、麻薬のほうは管轄俺らになるけど、様子を見ながら管理し  
て、ちょっとずつ規模縮小してゆくっぽいぜ」  
 マジで!? と、ギアッチョは目を見開いて問い返した。マジで。と、答える。  
 
 「何でだよ? それマジでリゾットが言ったのかよクソ! クソ!」  
 「マジで。リゾットが言ったんだよ。残念だけどねギアッチョ君。  
でもまぁ、悪い案じゃねえな。麻薬のルート担当が俺らになるのは  
良いけれど、下手に拡大し過ぎたら管理し切れねえだろ。それでメ  
ンバー増やしたらまた内部分裂が起こるし、結局どっかに暗殺チー  
ムみたいのを置くことになる。それじゃあ、また同じことの繰り返  
しだ。それは嫌だったんだろ」  
 
 はぁああああ!? なんだよそれぇええええ!! と、不満の声が上がった。  
 
 「……もしかしなくても、俺ら、イイヒトたちになってねぇ?」  
 「もしかしなくてもそうだよギアッチョ君。所謂『悪の力をもっ  
て正義をなす』とかそーゆーのになっていますよ、ギアッチョ君」  
 
 文句を垂れながら、ギアッチョはふと、空を見上げた、群青帯びた  
空にはひとつ、明るい星が見えていた。  
 
 「そぉおいやぁあよぉおおおお、知ってるかメローネ。金星って  
よぉ、ローマ神話じゃあ美の女神ビーナスの星だって言うのに、キ  
リスト教とかじゃあルシファーの星なんだぜ? 舐めてるよなぁぁ  
あああ! 同じ星だってんのに、どぉおおおおして女神と堕天使の  
星なんだってんだよ! クソ! クソ!」  
 
 「下から見れば同じ星、見る目を変えりゃあ、違う星……ってな。  
ま、行こうぜ、ギアッチョ。ギャング・スターがお待ちかねだ!」  
 
 言い、文句をこぼすギアッチョを引きつれ、メローネは屋敷の門  
を潜った。門外の空には、金星が浩々と輝き、星ぼしの訪れを告げていた。  
 
 
--------- FIN ---------  
 

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