いささかハードな綱渡りだろうとは考えていたのだが――  
自分がこんな状況に置かれるなんて思っちゃあいなかった。思うわけもなかった。  
物質に生命を与える、この『能力』、なにゆえ身についたのか分からないこの力を、  
まさか見破られてしまうなどとは、考えもしていなかったのだ。  
 
 ***  
 
彼女の手つきは、ギャング組織のひとつ『パッショーネ』の幹部、『ポルポ』に面会を  
希望していた彼にボディ・チェックを行ったときと同じ、周到かつ事務的なものであった。  
いいや、周到どころではない。執拗とも言うべきその動きに、金髪の少年はそろそろ  
額ににじむ汗と辟易とを隠せないことを感じはじめていた。  
しかし、その一因はまぎれもなく自分の行動にあったことも、同時に自覚している。  
 
『ポルポから、何も聞いてはいないのかッ!?』  
 
「ボディ・チェックを受けてください」。  
少なくとも少年にとってはほんとうに意外であった、その台詞に対する返答は……面会  
した者との"裏のつながり"を露見させてしまうようなものであり、『試練』を受けている  
彼にとってはおそろしく致命的なものだった。  
火の点いたライターを、24時間のあいだ守り続けなければならない――ギャング・スター  
になるという夢をかなえるためには、その試練は絶対にクリアせねばならないものである。  
街を浄化するため、幼い頃の自分に希望を与えてくれたあのギャングの存在に近づくために、  
こんなところで挫折してしまってはいけない。  
 
『く……ッ』  
 
じりじりと、ライターの炎が密着している指を灼いていた。行きのチェックを受けた時の  
ようにとはいかないが、このまま手の中にこれを隠していれば、背筋から腰へ向かって  
いる女刑務官の視線からは今のところ守ることが出来る。  
皮膚を容赦なく焦がす炎に、ときおり跳ねそうになる体を押さえつけながら、少年はただ  
ただ時間が過ぎるのを待っていた。刑務官の細いがしなやかな腕が自分の背にまわり、再度  
胸へともどり、無駄のない動作で衣服の上を幾度もすべらされる。  
 
と、彼女の視線がふいに自分の眼に据えられた。  
「何も問題はありません。ここを出ることを許可します」  
開放されたと思ったその瞬間に、一片の隙も無く結われた髪の、秀でた額がさらに近づく。  
「ただし手のひらもあけて……見せなさい! チェックしますッ!」  
ぐい、と左の手首を握られた力は存外につよく、思わずして手を開いてしまう。  
 
だが、それでいい。  
そのはずだったのだ。  
 
「いったい何をやったのかは知らないけれど……たいしたものね」  
完全に防音された密室のなかで、刑務官は狐のように口もとをゆがめてみせた。品のある顔に  
どこか下卑たものが色づいて、それは彼女を夜に舞う者たちのように錯覚させる。  
そして、その指は上目づかいにとげのある視線をやる少年の学生証をとりあげていた。  
「ジョルノ。ジョルノ・ジョバァーナ」  
15歳、と誰に向けるでもなくつぶやいて、値踏みするように彼の視線に自らのそれをぶつける。  
二人きりの鋼鉄の中で、少年――ジョルノは幾度目かの息をこっそりとついた。  
 
自分はあの時、たしかに『ライターを花に変えた』のだ。  
成長が終わるかどうかは五分五分であったが、炎を花びらのなかに隠して。  
本物の花にしか見えないそれをひとしきり観察した彼女も、一度は退館を許可しようとしたのだ。  
それなのに。  
 
「そのライター……消せない『わけ』でもあるのかしら」  
能力が消えた――花びらが完全に燃えたおかげで『消さざるを得なかった』それを見て、彼女は  
あざ笑う。時期を見計らって、「戻りなさい」ときびすを返す自分を引き止めた、彼女が。  
「あんた……私が『それを消す』と言ったら、なんと答えるつもり?」  
「やめろ、それだけは――やめてくれッ!!」  
致命的な言葉に、常からあったジョルノの敬語もなりを潜めた。額から頬にかけてにじむ汗は、  
先刻からまったく絶えることがない。  
 
「まぁ、そうでしょう。普通に運び出すだけならば、火を点けたままであるわけが無いものね」  
言いながら刑務官の指が、今度はジョルノのあごへと伸ばされる。  
「な、何を」  
能力を破られてしまったためか、普段より明らかに動揺してしまっている彼は、即座にきめの  
細かいそれを払いのけようとした。  
「抵抗するのなら、即座に『炎を消す』」  
「……!」  
硬い椅子に縄でなく縛り付けられ、のけぞる少年を立ったまま見下ろして、彼女は続ける。  
「さあ、ジョルノ・ジョバァーナ……」  
その着衣を、ゆっくりと脱ぎなさい。  
初春の外気に晒されているまるい額が、その時まぎれも無い興奮に光った。  
 
 
――てんとう虫の飾りがついたジッパーを、緩慢な動作で引きおろす。元々露出している胸元  
はともかく、決してたくましいとは言えないが引き締まった腹に、瞬間ひやりとした空気を  
感じた。彼女は硬直してしまった、華奢な線に無骨な骨格を持ち合わせた指先を凝視している。  
「手を止めることは、一切禁止します」  
嗜虐的な快楽にか、それとも単純な肉欲にか、そのまなじりはぴくりともしなかった。地の  
底から響いてくるようなかすれ気味の声は、静寂の中で鮮やかにジョルノの耳へ届いてくる。  
平らに張り詰めている鼠蹊部まで金属片をおろしたその勢いに任せて、彼は前開きの衣服を  
大きく左右へと開ききった。  
しかし、三つ取り付けているブローチのひとつで、ジッパーは止まっている。腕を大きく動かし  
た為に子供がするような脱ぎ方になってしまい、冷たいコンクリートの壁に肩甲骨が触れる。  
 
「ッ……は……、」  
この自分に限って、こんなことなどあり得ない。『丁寧』だが『嫌味』で『ふてぶてしい』とも  
とれる余裕をなくして、ジョルノは今にもくびり殺されてしまいそうな小動物のごとくにあえぐ。  
何よりも半端にめくれた袖から露出した二の腕に、強きに過ぎる羞恥心を感じてしまっていた。  
ぬめり、粘る汗がにじみだして、肌を霧のように包み込んでいく。  
「いい子ね」  
にやりとした笑みを絶やさない刑務官の台詞は、まるで幼子を褒める母親のようなものだった。  
 
「しかし、それでは腕は動かないでしょう」  
そこだけではなく、警戒心から浅く座った椅子の上で、体重を支えるために広げ気味にしていた  
脚ももう動かない。焦燥と浮遊の入り混じった感覚の渦のなかでは、ただ突っ張っているだけで  
精一杯だ。ことさらに股間を誇示するような姿勢をとっている事に、今頃になって気付く。  
 
「腰を、浮かせなさい。そちらのジッパーもおろします」  
ベルトに触れられた瞬間に、びくりと腰が波うった。  
いつの間にか大きく反応をしているその部分に気付いているのかいないのか、彼女は無機質な  
動きでバックルを外し、律儀に取り付けられたてんとう虫に指をかける。  
「う……くッ!」  
こらえていた声が漏れたのと同時に、硬直しきったそれが飛び出してきた。湿った下着の切れ込み  
から、ぬらぬらと透きとおった粘液を赤黒く光らせている。  
「なかなか『使い込んで』いるようだけど……さすがに元気がいいものね」  
「ち、違う……」  
挑発的な台詞に対し、ジョルノは熱に浮かされたように何度も首を振った。  
『ギャング・スターになる』という夢を叶えるために、チンピラ風情がやるような金稼ぎはひと  
とおりやってきたつもりだが、彼は『そのような事』は一切行っていない。セックスに付随する  
『無駄な事』――愛憎や妊娠などの弊害を、彼はその身で痛いほど理解していたからだ。  
子供が出来たからといっても、それを簡単に放りだした母親。その存在そのものを憎んでいるかの  
ように虐待を続けてきた義理の父親。愛情のあるなしに問わず、その行為は致命的だ。  
 
「頼む……もう、もうやめてくれないか……」  
「そう」  
茫洋と、常日ごろの輝きも消えかけた台詞に、相手の返事は素っ気無い。  
「言ったでしょう? 『抵抗すると、どうなるか』って……」  
「ぁうッ!!」  
言うが早いか、いきなりディープスロートで自身を咥えこまれる。生暖かい口内の粘膜が吸い  
付くようにすぼまりながら、緩やかだが確実に飢えている動作で上下に摩擦された。  
薄い舌がひるがえって、敏感な裏側からくびれた部分、鈴口にと、つよく押し込まれる。  
「抵抗する意志すら、あんたには『許可』されていないのよ」  
そんな台詞が聞こえたような錯覚とともに、するどい熱感が立体的にせりあがってくる。  
圧迫される感覚に抵抗するように、憎むべき生命の液体がびゅくり、と吐き出された。  
 
「っく……ぁ、はぁ……ッ」  
潮のように引いていく余韻のなかでも、浮かぶのは『彼ら』の顔だ。何かきたないと思わせ  
るものに向かって舌を伸ばす"ハエ"のビジョンに、ジョルノはとらわれている。  
この絶頂にも、彼は嫌悪しか感じなかった。自分でふと行うのはまだ良かったが、他人と  
のつながりのなかでは生々しい罪悪が泥のように襲ってくるような感覚しかない。  
自分の顔が、瞳が汚物にまみれたような、そんな錯覚がある。  
「やめろと言っても、体は正直ね」  
「あ、ああ……」  
それなのに、そうだ。いまだ若きにすぎる体はどこまでも正直だ。  
異常な環境の下で行われた射精の勢いに引きずられて、肉塊は再び脈動を始めようとしている。  
胴に比べて線の細い体は脱力して、とうとう床に尻をついてしまった。鉄の椅子に背中が当たり、  
痛みや冷たさをを感じるまでもなく、少年は肩口から首筋にかけての部分を震わせていた。  
はぁ、はぁと、滑稽なまでに胸が上下しているのに頭の芯の霧が晴れない。  
自分が象徴として抱いていたてんとう虫――太陽の光も、心には鈍くしか響かなかった。  
朦朧としているこちらの様子をどう思ったのか、彼女が膝をつき、話しかけてくる。  
 
「あんた、かわいいわね。これまで『会った』、誰よりも」  
「……どういう、ことだ」  
「『ポルポ』が、まさかあんただけに何かを寄越すわけがないでしょう」  
「ライターを、ヤツは、ぼく以外にも渡していたということなのか」  
「さぁ、詳しいことは分からなくても構わなかったからね」  
 
『あんた、彼を知らないの?』  
そう言ってこちらを嘲弄した時と同じく、彼女の笑みは凄絶なものであった。貰えるものは金  
であろうと体であろうと、命であろうと関係は無い。そんな凄みと冷酷さのある笑い方だった。  
そして、そこににじむ色気とも言うべきものに、ジョルノは絶対に気付くことが無い。  
皮膚に当てた氷が融けるように、少しずつ醒めていく彼の脳裏で、  
 
「ねえ、あんた……ジョルノ・ジョバァーナ。  
もしも私を満足させてくれたら、この『罪』は不問に――退館の許可を与えても構わないわよ」  
 
その言葉は彼の『希望』と言うべきものに、確かになった。  
 
「袖から、腕を抜いて――私の服を脱がせなさい」  
その命令に忠実に、しかし返事はせずに、ジョルノはゆっくりと立ち上がって上衣を脱ぎ去った。  
白すぎず、か弱すぎない程度に華奢な体の線に、女刑務官の瞳がちらりと輝く。一見平らだが  
厚みはそれなりにある胸板を、彼女は職業柄か『見ないようにして』見つめているようだった。  
引き締まった筋肉をまとわせている腕を伸ばして、少年は制服のボタンを着実に外していく。  
ベルトを外し、ボタンをひとつ、ふたつ、みっつ。上着を滑らせるようにして脱がせると、せり  
だした乳房が布一枚以上に身近なものに見えた。重力に逆らっているそれはカッターシャツの  
下で、淡い色をしたブラジャーのレースを透けさせながら静かに上下している。  
まずは、ネクタイに手をやった。無意識に波打つ鼓動を無視しながら、なるべく指を胸に近づけ  
ないようにして外す。黒に近い紺色のそれが取り去られると、その代わりとでもいいたげに明るい  
色の髪の毛がおりて首筋を彩った。  
 
「さぁ、どうしたの」  
 
と言われるまでに、素早く襟元のボタンに手をやる。  
小さく透明に近いそれは指にかかりづらく、幾度も爪に引っかかってしまい、何度やっても上手く  
外せない。かちり、かちりという音が先刻の動揺を生み出しそうで、それを懸念しているゆえか  
なおさらボタンは穴を通ってすらくれなかった。  
「慣れていないでしょう、こういう事……」  
先刻予想した台詞とはまた違うが、得意げで勝ち誇った態度の台詞が耳朶を刺す。  
かちり、と、響かない音が脳裏では鮮やかに反響している。  
やはり、外せない。慣れないというのが事実であっても、滑稽なまでに外せない。  
動悸が相手に聞こえるかと思うほど激しく、こめかみには汗がしたたっていた。  
 
かちり。  
かちり。  
かちり。  
 
「さぁ」  
『希望』が行ってしまう。そう考えると、自然と腕に力がこもってしまう。  
「ん……ッ!」  
次の瞬間、化繊のつなぎ目が音を立ててはじけた。  
 
「随分と乱暴なことをするものだわ」  
ばらばらと散ったボタンを見ながら、しかし彼女の言葉に失望の響きは無かった。  
「まあ、いいでしょう。これ以上制服を台無しにされるのはたまらないから」  
机の上に置いてある紙袋をみるに、何もかも予測済みだったのだろう。色目を使うような声音  
で、それとは真逆に事務的な動作で、彼女はスカートと下着を取り去っていく。  
「その乱暴さを、もう少し……ほんの少しだけ、別の方向に使って頂戴」  
言いながら、ジョルノの両肩に手を置く。そのまま椅子に座らせて、胸を顔の前へと差し出した。  
 
「まずは、あなたの思うとおりにしてごらんなさい」  
 
緊張を失わない白い肌に、少年はゆっくりと指先を伸ばした。本当に思うとおりにしてもいいと  
いうのなら触れないのが一番ではあるが、そうすると目的は永遠に達成されない。  
『……考えるのは無駄なことだ、"郷に入れば郷に従え"』  
自分の生まれた国でよく口にされる言い回しを頭の中でもてあそびながら、乳房を包み込んだ手  
をそっと動かした。自己矛盾の最たるものか、まったく知らなかったわけではないポルノ雑誌の  
誌面を思い出しながら、やわらかく揺り動かしてみる。  
「分かっている、みたいね……」  
体に触れた途端に、彼女の声にあった高飛車な部分が解け始めたようだった。角が取れた印象の  
その声は、攻め立てる側に回った彼にしてみれば決して悪い響きではない。  
左の手も伸ばして、両手でゆっくりと、焦らすように乳房を揉む。激情に任せて揉みしだくとまで  
いかないのは、単に彼が醒めているからだ。乳輪の付近で彼女のわき腹がぴくりと動いても、彼の  
体温が彼女の肌に移り始めても、彼は緩慢な動きを止めようとしなかった。  
既に指からこぼれる肉がしっとりと躍動し、中心の突起が存在を主張していくらも経っている。  
 
「ッ……ぁ……はぁッ」  
ふいに、ジョルノに意識が戻る。音もしなかったはずの刑務官の吐息が、いつの間にか甘いものに  
なっていた。切なく小さいそれは、図らずも聞いているこちらの胸まで締め付けていく。  
「ぁ、お、ねがいッ……もっと、ッ」  
そして締め付けられるほどに、ジョルノの心中はクリアなものになっていった。  
「もっと……何をして欲しいというんですか?」  
クリアになるほどに、生来の余裕もまた生みだされはじめた。  
――この気分も、悪くは無い。  
 
「何を、って……ぁあッ」  
ぐい、と、無造作に胸を押し上げられて、彼女はうめいた。この体を前にして、15歳の少年らしさ  
の欠片も無い責めたて方が、まったく理解できない。異常な状況の中で、大抵の男は必死になって  
こちらにむしゃぶりついてくるというのに、彼の場合はまったくの『逆』だ。  
余裕ですらない、平然と胸を揺さぶり続ける仕草には、恐怖に近いスゴ味を感じてならない。  
「ですから、尋ねているんですよ……『これ以上、何をして欲しいのか』とね」  
そうしているうちにも少年――ジョルノ・ジョバァーナは、悠然とした敬語で尋ねてくる。  
この状況は予想に無かったことだ。違う、違うと思う間にも、性感が体の芯を突き抜けていく。  
うずくような感覚は、とてもではないが自分を満足させることなど出来はしない。  
 
……まさか、それを逆手にとったとでも――?  
 
「さぁ、はっきりと言ってください。あなたが、ぼくに何を望んでいるのか。  
ぼくは初めてで、何をどうやればいいのかも、実のところはよく分かっていないんです」  
一瞬の気づき。その隙を突くように、彼は緩やかに流れるような声音でこう言ってのけた。  
「初めて、なんて……ッ」  
乳首に触れない、ぎりぎりで自然さを保った指の位置。単調では決してない、緩急をつけた  
その動き。嘘でしょう、と言いもあえない鋭さが、その手つきにはある。  
「言わないと、ぼくはいつまでも分からないままだ」  
刑務官としての学習が無くとも、白々しいと分かる台詞だ。  
「あ……ぁ、うッ……」  
「それではあなたを満足させるなど到底かなわないし、もちろんぼくだって困ってしまう」  
自分の肉体が、自分のもので無いように揺れている。乳房と秘部の神経が直結しているように、  
少年の手の動きに合わせてじわじわと潤みはじめていた。  
「こうした状況下で、正直に思うところを言うことはなんの恥にもならない」  
もう立っていられないと思った瞬間に、腰が支えられる。  
「むろん、『罪』にもならないでしょう」  
背中に腕をまわされて、それでも緩慢な愛撫はやむことが無い。  
「さぁ、どうしますか」  
その台詞は勝ち誇っているというよりも、何故かとても爽やかなものとして彼女の耳に入った。  
 
「……お願い、"します"」  
それは、彼の発した声音のせいだったのだろうか。爽やかに吹き過ぎていく風のような、声の。  
「私の体を、触って"ください"……」  
この少年は、間違いなく犯罪者――年の頃からして、まず『組織』の人間ではあり得ない人間だ。  
「もっと詳しく、言ってください」  
職業柄、嗅覚には敏感な方だった。単純に何の匂いがすると言うだけでなく、犯罪の気配には  
人一倍注意をはらっているつもりだった。不審にすぎた彼の挙動と、少しのガスの匂いの正体――  
『点火されたままのライター』などと、おかしな物を持っているものだから、同じように足を止め  
させた男たちにやったように、ほんの少しばかり『遊んでやろう』と思っていただけだったのに。  
 
「私の、胸……ちくび、を――触って――」  
 
その言葉に応じて、彼の指がその部分に伸ばされた。位置を変え、彼女を椅子のほうに倒しつつ、  
少年は両方の指で硬くこわばって久しいものを愛撫しはじめる。  
「ッあ……ふ……んんッ」  
親指と人差し指で軽くつまみながら、ふいに指をひねる。そのまま押しつぶすようにして刺激を  
与えつつ、のこった指と手のひらとで乳房の方を弄ぶことも止めない。  
刺すように激しいが、それは決して快楽の澱を砕くことが無いような感覚だった。  
 
――彼は、まず間違いなく『分かっている』。おそらく、『初めて』などでは決して無いだろう。  
『嘘』は子供ですら、『罪』だと分かるたぐいの『罪』だ。  
それなのに。  
「それだけで……?」  
押さえつけられている太股に、濡れた感触がある。平静な状態のままで訊きながら、彼の体も  
同じように昂ぶっていた。興奮に荒い息の中で、彼は微笑んでいる。  
「…………ッ!」  
瞬間、切るように息を吸い込んだのはどちらだったのか。  
 
「お、お願い……最後まで、してください……」  
「――それで、ぼくが解放されるというのなら」  
 
ジョルノの背にきつく腕を回して、彼女は息を吐くのと同じ大きさでこう口にした。  
 
「冷たいでしょう」と言って、彼は彼女の体の下に自分の衣服を敷いた。  
氷のように熱い印象と持つその顔のほうが冷たいと、彼女の方は感じていた。  
 
「さあ、どうしましょうか」  
イタリアの女性に珍しく、組み敷いても重力に逆らうことをやめない乳房になんの関心も  
示さないまま、ジョルノは短く言い切る。  
「もう、尋ねなくても、分かっているでしょう……?」  
「分かっていましたか」  
「私を舐めないで……」  
恋でも愛でもなく、ただ甘い心地で、彼女はジョルノの奇抜な形をした髪を撫でる。金色の  
それは思ったよりも柔らかく、指の間に入り込んだ。  
その頭が、少しだけ下のほうに降りる。  
「……ああッ!」  
全体に中性的な、ジョルノの体。その部分だけ無骨で男性的な指が、しとどに潤っていた  
その場所に入り込んだ。淡い紅色の襞をかき分けて、中指がつと深部に埋まる。  
「処女ではない……ですよね?」  
事実を確認するだけの淡々とした言葉にも、彼女は深いうなずきを繰り返した。  
「ええ、大丈夫――」  
その返答に返ってきた微笑は、一体なんなのか。  
それを考える暇も無く、彼は行動で返事をする。  
「ぁ……ん、はッ……ああッ」  
緩やかな動きに反して、響いた水音はくちゅぐちゅと盛大なものだった。  
「へえ、ずいぶん濡れるものなんですね」  
「い……や、言わないでッ」  
これじゃあ水分の無駄だ、と誰にとなくつぶやいている、彼の指は自在に動く。長いそれを  
最大限に生かして肉襞をかきまわし、片方の手は再び乳房へと伸ばされた。  
「あぁ、あッ、そこ……」  
「ここ?」  
再び抱きしめられながら、ジョルノは彼女が示した部分に触れる。  
包皮の剥きあがっていたそれは肥大して、硬く息づいていた。ねっとりと濡れ光りながら、  
うずいて指を待ち受けている。  
 
「声が聞こえたら……どうしますか」  
『ここは完全防音の部屋だと言われているもの、気にすることは無いわ』  
「うッ、あ……あぁあ……」  
襞の中でもざらつきの多い部分、内部で最も感じやすい部分を擦られながら、親指で突起を乱暴  
に押しつぶすようにして弄ばれている。乳房の手もはじめのようにではなく、適度な力に任せて  
テンポよくふくらみを揉みしだいていた。  
じわり、じわりと、ヴァギナからは『無駄だ』と言われた潤滑があふれ出してくる。  
返事も出来ないほどに、彼の技術は素晴らしいものだった。  
――このまま登りつめてしまいたいけれども、しかしそれが惜しい。  
『満足させてくれたら』、それが『最後』だとみなされていたら、どうすればいいのだろうか。  
 
「あッ、待って……ジョルノ」  
そう思った瞬間に、自然と声が出た。  
「……どうしました?」  
彼の声は快でもなく不快でもないようだが、自分の名前を知られていない事も惜しかった。  
「もう、いいわ。入れてちょうだい……私の中に」  
そんな感情も一瞬で飛び、彼女は欲望のままに両脚を開いてみせる。  
「…………」  
その姿を見ているジョルノの眼に、不安な光が差した。  
「どうした……の?」  
自分が何か『いけない事』をしたのだろうか。そう思うと、背筋に寒気がはしる。  
幅広の椅子の上で、彼女の足の間で膝をついたままの彼はぽつりとつぶやいた。  
 
「コンドーム、などは……無いんですか」  
 
「え?」  
「ですから……コンドームを。無いのなら、他の避妊具でも構わない」  
「別にいいじゃないの、そんなもの……」  
微笑みが張り付いたように離れない彼女を、少年は悲しそうな目で見つめる。  
 
「それじゃあ駄目だ。絶対に、駄目だ」  
 
「駄目なんだ……。避妊具を付けたセックスは『無駄なこと』かも知れないが、それ以上に  
駄目なんだ、許せないんだ。……無軌道なセックスはそれこそ『無駄』なんだ……」  
先刻までの、自信にも似た態度はどこにいったのか。年相応の揺らぎやすさを前面に押し出し、  
ジョルノはいやなものを思い出したような表情でぶつぶつとつぶやいている。  
「――どうしていつもいつも、大人ってやつは『そう』なんだ?  
何をするもしないも個人の自由かも知れないが、産まれてくる子供に自由は無いんだぞッ!」  
憎しみと悲しさに光った瞳は、刑務官ではない、ひとりの大人の女性に向けられていた。  
 
「たしかにこの『試練』は大事だが――あなたはこの行動の結果に、『覚悟』がもてるのか?」  
 
「あ……ッ、」  
どろどろとした肉欲は、いまだ体の中でうずいている。彼の重い言葉は、その精神に沈み込んだ。  
では、ではどうすればいいのか、その結論が出てこない。  
――『覚悟』とはいったい、何なのだ?  
「満足したいのか、したくないのか。責任を負いたいのか負いたくないのか、どちらだ!?」  
『その場合』は、ぼくも責任を負わなければならないがと、彼ははねつけるように言った。  
センシティヴな恐怖とうしろめたさに、精悍な印象すらあったかんばせが歪められている。  
「あんた……今まで、気持ちよかったの?」  
「……分からない」  
闇におびえる子供のような声が、その質問には返ってきた。  
がっくりと力を抜いている彼の体で、男性器だけが緊張を保って脈動を繰り返している。  
おびえている対象は女性ではなく、責任ではなく――もしかすると、その二律背反にか。  
震えを抑えないまま呼吸だけをする彼を見て、彼女の『覚悟』は固まった。  
 
「分かったわ。このままでも構わない。このまま私を満足させて頂戴」  
「……!?」  
「怖がらないで。色々と問題はあるけれど、こういう関係も決して悪いだけでは無いものだから」  
椅子の上に彼を横たわらせて、大きく息を吸う。  
「いいわね。私に任せて、気を落ち着けていなさい」  
自分の指で、少しだけ襞を開く。  
数瞬の後に、彼女は深く突きこまれていく剛直を体全体で感じた。  
 
「う……っく……」  
狭く、やわらかく、そして熱い肉の中は、何故か懐かしいものだった。  
鼓動とともに締められながら、痛みは感じない。根元までしっかりと包まれているあたたかさは、  
まるで自分が今まで求めて決して得られなかったものによく似ていると思った。  
「あ……あぁ、」  
静かに結合していたのも束の間、湿った音を立てて彼女の腰が浮いた。幾重にもかさなった襞に  
引きずられるようにしてペニスも摩擦され、反り返った部分にぬめった体液がからむ。  
快感をそれだと認識し、理解している間にも、彼女の動きは連続していく。  
「っ……ふ、ぅ、う……」  
「かわいいわね、ジョルノ」  
こうしている時にあえぐ男なんて初めてだと言って、彼女はとげもなく微笑む。  
笑っていながらも、彼女の内部は蛇のようにみっしりとジョルノを食い絞めていた。  
「だけれど、他の子とする時はなるべく黙っておいた方がいいわ」  
「あなた、は……」  
先刻までの激しさは消え、彼女はまったく急くことのない動きをしていた。  
経験がまったく無い自分は、それでも着実に追い上げられていく。すでに粘膜が持っている熱の、  
どこまでが自分でどこまでが彼女なのかがまったくと分からなくなっていた。  
けれど。  
「これでは……『試練』は……ッ」  
もう、長くはもたない。体の内部の『外側』で、肉がじりじりと溶けていく。気が遠くなりそう  
な感覚の渦で、ただ一点つながった部分だけが鮮明だ。  
けれどそれに流されては、自分の『夢』は果たせない。  
その言葉を受けて、女性の瞳が一瞬だけ刑務官のものになる。  
「私はすでに、ディ・モールト……非常に、満足しています。というよりも――  
満足していなかったなら、こんな反応はしないわね」  
きゅ、と音でも立ててしまいそうに、内部が激しい蠕動をはじめていた。  
反射的に逃れようとするジョルノを押さえつけて、彼女は少年の瞳を見つめる。  
「うぁ……ッ」  
「さあ、分かる? いっしょにいくのよ……」  
どくん、どくんと、体の深部が脈うっている。その流れに乗って、生命の流体が体外に出て行く。  
 
それはどこまでも心地いい感覚だった。  
 
 ***  
 
「O.K.……退館を許可します」  
ひととおりのボディ・チェックをすませて、彼女はうなずいた。容赦の無い詮索の手から逃れて、  
面会に来た女性はどことなくほっとした面持ちで逃げ去っていく。  
 
――と、そこに、人影を見つけた。  
女性の挙動を何を思うことなく観察している彼は、たとえ忘れたくとも忘れられないキャラクター  
というよりも、そういう『髪型』をした少年だ。  
彼の胸には、あの頃と変わらないてんとう虫のブローチと、  
「あら」  
あの『組織』のバッジがある。  
しかし、あれはただのバッジではない。通常のものとは微妙に違う、あれは間違いなく――  
「お久しぶりです」  
と、悪びれることも無くつぶやく彼は、  
 
「……そこで止まりなさい。ボディ・チェックをします」  
 
『立派な』ギャング・スターとなっていた。  
 
 
 

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