「……ふう」  
部屋に荷物を置き、ベッドに腰掛けると花京院は溜め息をついた。  
スタンド使いと戦い、砂漠を越え、一昼夜をかけてようやくホテルに辿り着いたのだ。  
体力も神経も最早限界に近く、横になればすぐにでも夢の世界へと旅立てそうなほど、花京院は疲労していた。  
このまま眠ってしまおうかとも思ったが、着替えなければ制服に皺が寄ってしまう。  
絶賛無断欠席中とはいえ、一応は女子高生である花京院にとっては死活問題である。  
みっともない格好で承太郎の前に出る訳にはいかない。嫌われてしまうかもしれない。  
そんなことを考えて、花京院は思わず笑みを溢した。  
他人のことを――特定の誰かに好かれたいなどと、今まで考えたことは一度もなかった。  
少し前までは他人とは、決して分かりあえない存在であり、また分かりあおうとも思わない存在だったのに。  
もっと幼い頃は、当然のように友を欲し、愛情を求めていた。だが、特異を宿す身ではそれは許されなかった。  
畏怖、拒絶、侮蔑――向けられる視線に込められた感情は、刃となって花京院の心を傷付けた。  
 
いつしか花京院の世界は一色に染まっていた。他人に許されなかった少女は、他人を許さなかった。  
我が身だけを抱え込み、全てを諦めた孤独な籠城を続けて。  
 
それが今やどうだ。世界は様々な色に満ちている。紫、赤、銀――そして星のごとく輝く白金。  
彼らの眼差しは暖かで力強く、見つめられるだけで泣き出してしまいそうなほど優しい。  
諦めたはずのものを、それでも求め続けていたものを、ようやく手に入れた喜びを花京院は感じていた。  
日本を旅立ち、様々な敵と出会い、戦い、勝利してきた。  
ちっぽけな少女である花京院一人では、到底なりいかない旅路である。全て、彼らがいたからこそ。  
共に戦える仲間がいるということが、こんなにも心強いとは知らなかった。今ならきっと誰にも負けない。  
そう、あのDIOにさえ。何故なら、彼らのことを考えただけで力が湧いてくるのだ。  
 
だからこそ、力が湧いたんだから、いますぐ起き上がって着替えなければ。  
寝るのはその後!だらしない女だと承太郎に思われたらどうする!  
花京院はむずがる体を叱責し、どうにか立ち上がるとふらつきながらも着替え始めた。  
 
ふと、鏡に映った自分自身を眺めてみる。  
造形は悪くない。いやむしろ、自分でいうのもなんだが結構可愛い。事実、前の学校ではそれなりにもてていたのだ。  
スタイルだって悪くない。細い足を強調する、少し短めのスカートだって似合っている。だから問題は――  
花京院の視線は、枷から放たれた双丘へと注がれている。  
白く柔らかなその膨らみは、同世代の少女達と比べると少し小さい。  
こればかりはどうしようもないと分かっている。分かってはいるが、嘆かずにはいられない。  
恋する乙女にとってはかすり傷でも致命傷なのだ。  
「ホリィさん、結構大きかったし……」  
承太郎の母であるホリィは、40を越えているというのに美しく豊かな乳房を保っていた。  
そのことが花京院を更に悩ませる。  
「やっぱり大きい方が好きなのかしら……ねぇ、ハイエロファント?」  
 
虚空へ向けられた呼び声に応えるように、花京院の傍らに一人の亜人が現れる。  
薄翠に輝く体を持つ、花京院の無二の親友にして同一の精神。傍に立つ者「幽波紋」。  
付けた名はハイエロファントグリーン。「法王」の暗示を持ち、意味するところは慈悲と秩序。  
幻のように揺らぎなから、孤独な花京院が唯一信じられた友である。  
ハイエロファントに話しかけるのは、癖のようなものであり、大した意味はない。  
そもそも言葉を発する器官がない。しかし、ハイエロファントが何を思っているのかは、  
微かではあるが感じられる――いってしまえば、自分自身なのだから。  
だからこれは常人から見ればただの独り言であり、滑稽な独り芝居だ。  
観客もいない舞台で長らく続けられた孤独な喜劇から、花京院はなかなか脱け出せずにいる。  
「あなたはどう思う?」  
何気ない花京院の問いかけに、しかしハイエロファントは沈黙したままである。  
繋がっているはずなのに、何を考えているのか全く分からない。  
自分のことなのに、分からない。  
こんなことは初めてだ。  
「……ハイエロファント?」  
恐る恐る、もう一度呼び掛ける。今度はきちんと反応した。ただし、予期せぬ方法で。  
 
「……!?」  
ずるりと、足下から触手が這い上る。  
花京院がよく知るそれは、細くほどいたハイエロファントの足である。  
戦闘時には敵を拘束したり、こっそり追跡するときなどに便利な能力だが、  
それがいまは足首に絡み付き花京院の動きを封じようとしている。  
「は、ハイエロファント!?どうしたの!?」  
思いもよらぬ事態に一瞬判断が遅れた。  
それが命取りとなり、逃れようとした時には既に遅く、  
縦横無尽に絡まった触手によって、花京院の自由は一切奪われた。  
なによりも信頼していた友によって。  
発現初期のスタンドが、宿主の意思に関係なく暴走することは  
珍しいことではない。花京院も律する術を身に付けるまでは、  
言うことを聞かない分身に手を焼いたものだ。  
だが長い時を二人だけで過ごす内に、誰にも断つこと出来ないの絆で  
結ばれたのだ。少なくとも、花京院はそう思っていた。  
 
それが裏切られた。そう、これは立派な裏切りだ。  
敵のスタンド攻撃なんかじゃない、ハイエロファント自身が  
行動しているのだと花京院は確信していた。  
怒りよりも悲しみが深く、そしてそれらを飲み込む絶望があった。  
ほんの数分前までは、確かに仲間との繋がりを感じていたのに、  
今花京院は独りだった。なによりも忌み嫌い、恐れていた孤独。  
振りきったはずの孤独に再び囚われ、抵抗する意識が消えていく。  
子供の頃から慣れ親しんだ諦めを、花京院は思い出した。  
 
相手が動かないのをいいことに、触手が拘束をより確かなものへと  
変化させようとうごめく。両手は後ろで縛られ、  
乳房を取り囲むように触手が回り、数本が股をくぐる。  
腹に六角を作るその形を見て、花京院の頬に赤みがさす。  
亀甲縛り――知識として名前くらいは知っていたが、  
まさか自分が体験するとは思わなかった。  
鏡に映る姿が、自分自身だとは到底信じられない。  
中途半端に着たままの制服の上から、少ない胸を強調するように  
絞られた触手は僅かだが震えていて、  
そのせいか頂点の蕾がじんわりと熱を持ち始めている。  
 
甘えるように、ハイエロファントが肩に顔を乗せた。  
下半身は殆ど残っていない。全て花京院を縛り上げ、  
振動責めに費やしてしまっている。  
ハイエロファントの左手が胸へと伸び、指先が更に別れて糸より細くなる。  
その先が、固くなりつつあった蕾に殺到した。  
「――――!」  
突然の刺激に声も出ない。  
痛みとも痒みともつかない奇妙な感覚に翻弄される。  
触手は根本をきつく縛り上げたかと思うと、束になって押し潰し、  
はたまたさわさわと触れるか触れないかという  
微妙な距離を保ったまま優しく撫ですさる。  
一体どこで覚えたのか、千変万化の多彩な責めに  
花京院は知らず翻弄される。こわばっていた肩から力が抜け、  
ただでさえ疲労の溜っている体では立っていられなくなる。  
それを察したのか、ハイエロファントは  
空いていた右手をしゅるりとベッドまで伸ばし、  
花京院を縛り上げたまま移動した。  
身動きの取れない体は衝撃を逃がすことも出来ずに  
頭から枕に突っ込んだ。それによって花京院は  
幾らか自分を取り戻した。  
このままでは取り返しのつかないことになると、  
ようやく思い至ったのだ。  
 
「ハイエロファント!止めなさい!すぐにこれをほどいて!」  
しかし出来ることといえば、声を荒げて叱りつけることだけだ。  
それすらも口調に反して内心は効果を疑っている。  
相手に伝わらないのではないかという考えが  
頭から離れないせいだ。花京院は混乱している。  
相手はいわゆる自分自身だというのに。  
そんな状態でハイエロファントが命令を聞くはずがない。  
後ろから花京院を抱きかかえ仰向けに寝かせると、  
右手を下半身へと伸ばす。  
何をされるのか気付いた花京院は必死に身をよじって  
逃れようとしたが、そんなものがハイエロファントの拘束に対して  
なんの問題にもならないことはよく分かっていた。  
「……ふっ、あ」  
下着の上から形を確認するようになぞられ、思わず声が漏れ、  
恥ずかしさに耳まで赤くなる。  
まるでホテル中に声が響いているような錯覚に陥る。  
下半身を縛っていた触手が緩み、  
代わりにハイエロファントの指が直に触れる。  
濡れ始めている入り口をゆっくりと撫で回し、更なる潤いを求める。  
次第に水音が聞こえだし、不本意ながらも準備は整ったようだ。  
 
耐えられずに花京院は固く目を閉じた。  
だがそれは、意識を行為へと集中させる以上の意味はなかった。  
くちくちと中を掻き出すようにハイエロファントの指が動く。  
当たる場所全てが快感を生み出し、  
視覚を絶っているせいで余計に深く感じる。  
奥歯を強く噛み、声を堪える。  
そうしなければ、はしたない声を際限なく上げてしまいそうで怖かった。  
弱い所を知り尽くしている指の動きを、花京院の体は貪欲に求めた  
。何故ならそれは花京院がよく知っているもの――  
自らを慰める時の動きと全く一緒だったからだ。  
それに気付いた瞬間、痴行を晒されていることに心が耐えられなくなった。  
「止め、て……ハイエロファント……おねが、い……」  
叫びたいのに喉から出るのは弱々しい懇願だけで、  
それすらも嬌声に混じり意味を成さない。  
情けなくて泣きたくなった。それ以上に仲間に――承太郎に申し訳なく思う。  
こんなことをしている場合ではないのに。  
一刻も早くDIOを倒さなければホリィの命が危ないというのに、  
自分はスタンドの制御も出来ずに痴体を晒しているだけではないか。  
これではただの足手まといだ。いや、それすらにも劣る。  
 

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