甘い甘い。砂糖菓子の様なかおり。  
 
自分の上で踊るのは愛らしい少女。  
 
蕩けるような快感が全身を撫でる。  
少女が唇を求める。それに答える。  
くちゅくちゅ……と甘美な音が部屋に響き、本能が刺激される。  
もっと、もっと繋がりたい。もっと求めあいたい。  
ぎゅっと手を握ると少女も同じように握り返す。  
身体を超えた……心地よい、心が一つになる瞬間。  
何度も何度も唇を求めあう。やがて、少女は顔を離すとにっこりと微笑んだ。  
「大好きよ、ミスタ……」  
 
 
「夢かよ……」  
『夢は一番良い所で醒めてしまう法則』は万国共通なのか。  
彼は一人、ベットの中にいた。  
チュンチュン……と外から聞こえる鳥の声で現在が朝だって事を認識する。  
カーテンから射す、光は夢の中の様な曖昧でぼんやりとした照明と違い  
随分と現実味を帯びていた。  
「うへぇ……」  
裸体で寝た性か、寝汗がねっとりと肌に絡み気持ち悪い。  
夢のお陰なのか下半身は元気なのに。  
頭をポリポリとかきながら、考える。  
 
ー俗に言う「淫夢」ってやつか?  
 
ちらりと隣を見るが勿論誰もいない。一人のベットだ。  
甘ったるい夢とから寒い現実のギャップが酷過ぎて、どうしようもない気分になってくる。  
そんなに溜まってるんですかい!?と  
セルフツッコミをした後、枕元のクッションを壁に投げつけた。  
 
ボスッ!と音を立て、落ちるクッション。  
 
こんな夢を見てしまうくらい、彼女……トリッシュとはご無沙汰だった。  
会っても無視。電話もメールも勿論無し。  
 
原因は解ってる。アイツが悪い。  
 
事件は2週間ちょっと前に起きた。  
 
その日トリッシュは朝からご機嫌で「今日は早く帰るの?」とか  
「こんな寒い日だもの、何か食べたいわよね」とか  
「あー!今日は暇なのよね〜」とか。やけに彼に絡んできたのだ。  
勿論、ミスタが彼女の精一杯のアプローチに気が付く訳でもなく  
「あ〜早い早い」と適当に返事をしてお出かけ。  
しかし甘かった、簡単と舐めてかかった『仕事』が  
相手側がヘマったお陰で伸びに伸び、帰宅が深夜になったのだ。  
後はご想像の通り。  
あー疲れた〜と扉を開けると、鬼の様な形相で腕を組む彼女がいたのだ。  
 
「今日は早いっていったじゃない!」  
「んなの断定できる訳ねーだろぉ!こんな仕事してるんだからよぉ!」  
「最悪!最悪!このワキガ!」  
「ワキガ関係ねーだろ!」  
 
ふぅとため息。本当に、『Niceboat』な展開にならなくて良かった。  
 
だいたい記念日でも何でも無い日にいきなり押しかけたのはトリッシュの方なのだ。  
いや、もしかしたら自分が忘れているだけで  
何か特別の日だったのかもしれない。(女は何でも記念行事にするからな)  
フーゴにもらった手帳を開いてみたが、画面は真白で綺麗なまま。  
得に何もなし。  
つまり……彼女の十番。ただの「きまぐれ」だったのだ。  
 
勝手に上がって、勝手に料理なんて作って、勝手に怒って……  
勿論、遊びに来てくれたり、料理を作ってくれたり、  
自分の帰りを待つ女がいるのはとても嬉しい事だ。  
しかし、その日彼はイラついていた。  
相手側のミスで取引に手間取った事。  
その日に限ってボスに咎められた事。  
 
だが……一番の原因は『アレ』だ。  
ミスタは額をポリポリとかく。  
 
トリッシュが「他の人だったらちゃんと帰ってくるわ!」と言った事だ。  
この流れで、『他の人』って言われれば  
ボスであるブチャラティの顔が浮かんでしまうのは仕方ない事だろう。  
 
行動力も人望も、力や年齢でさえ自分より遥か上の彼。  
何よりもトリッシュの好きな人と噂された人物だ。  
 
思わずカッとなり、「じゃあソイツの方に行けばいいだろ!」なんて怒鳴ってしまった。  
あの時の彼女のあの表情……。  
 
「はぁ」とため息一つ。  
ふよふよ浮いていたNo5が心配そうに顔を覗きこむ。  
「モウコッチカラ謝ロウヨ〜」  
「なんでオレが!!」  
そこで割り込むNo1  
「素直ジャネェヨナ〜」  
「うるせぇ!」  
「セッカクノクリスマスナノニ……」  
あ、とカレンダーを見る。  
12月24日。そういえばクリスマスだった。  
思えば、トリッシュとはどちらかが決死の覚悟で「好きです」と思いを告げた関係ではない。  
お友達から友人、自然とセックスをする様になり今日にいたる、  
彼と彼女はそんな奇妙な関係なのだ。  
しかし、  
……今頃トリッシュは他の誰かの所にいるのか?  
「ちっ…」  
そんな事を考えるだけで嫌な気分になるのも事実。  
 
あんな事を言ってしまったが、心の奥底ではトリッシュが自分以外の  
誰かとクリスマスを過ごすが酷く嫌なのだ。  
誰かと笑う彼女。誰かに抱かれる彼女。  
想像するだけで胸にドス黒い何かが満たされるのだ。  
 
再び空を見上げるとちらちらと白い雪が降っていた。  
まさにホワイト・クリスマス。  
『サンタさん。オレにもプレゼントをくださいな』  
 
と、突然、パタンと音を立てドアが開いた。  
「あ」  
「あ」  
ああ、何と言う贈り物。  
信じてもいないサンタさんが運んできたのは夢にまで見たトリッシュ。  
「あ……」  
お互い不意打ちを食らい、間抜けな顔で突っ立てる。  
数秒の沈黙後、先制攻撃は彼女から。  
「なによ」  
「何でいるんだよ……」  
「何で起きてるのよ?」  
「……」  
「……」  
暫くの沈黙。  
『こいつ……まだ機嫌悪いのかよ!』  
非常に不貞腐れた顔を見るにつれ、ミスタは段々腹がたってきた。  
ーこっちは柄にもなく嫉妬なんかしちまったってのに!!  
朝一番に喧嘩を売られたのだ。黙ってはいられない。  
「あー!嫌なもん見た!もう一眠りすっかなー!!ピストルズ、起こすなよ!」  
「なっ……!」  
売り言葉に買い言葉。心もない事を吐いてベットに潜り込む。  
「な……何よその言い方……」  
トリッシュの声がプルプルと怒りに震える。  
「何よ!何よ……!せっかく来てやったのに!」  
「だーれーがー頼んだんだよそんなの」  
ミスタは掌だけ出すとシッシッと『帰れ帰れ』のポーズを取る。  
これで、トリッシュは完全に切れた。  
「馬鹿!やっぱりアンタなんて大嫌いよっ!」  
トリッシュは怒りに任せ、落ちていたクッションやティッシュケースなど次々に投げつける。  
「おい!危ねーな!何すんだよ!」  
ミスタの静止も聞かず、次々と手頃な物を投げつける彼女。鬼気迫る彼女は  
ほっといたらその内、テーブルまで投げてしまうんじゃないのか?  
危惧してる内にその一つがシーツの中の彼に当たった。  
「てめ……このヒステリー女ッ!!何すんだよ!!」  
シーツから飛び起き彼女に向かって怒る。  
 
が。その瞬間、空気が凍った。いや、彼女の時が止まった。  
怒りに満ちていた彼女の顔から紅が引き……いや更に真っ赤になり……  
 
そして時は動き出すー。  
 
アパート全体に響く悲鳴。  
「きゃああああああああああ!!!!」  
「うるせぇエエエエ!!!」  
あまりもの大音響に思わず耳を塞ぐが、  
「きゃああああああああああああああああ!!!!」  
叫んだ。彼女は更に叫んだ。まるで夜道で下半身露出した変態に襲われたかの様に!  
「何だよ!トリッシュ!何が起こったんだよ!ま……まさか!?スタンド攻撃でも受けたのかよ!?」  
ミスタはベットの上に立ったまま、きょろきょろと回りを見回す。  
特に異常は無し。もしや、『姿が見えない』タイプのスタンドか!?  
「ピストルズ!弾に戻れ!」  
『習慣』のお陰で枕元にあるリボルバーを取ると、空に向かって構える。  
しかし……  
「ミスタァ……」  
覇気の無い顔……もといオロオロと居心地の悪い顔で飛んで来る相棒達。  
「何ふ抜けてんだ!スタンドだ!トリッシュがスタンド攻撃された!!  
まだこの部屋にいるかも知れねぇ!」  
しかし、彼らは一層困った様な声で  
「ソ…ソレ…」  
と一点を指差した。  
「はぃ?」  
ミスタは不思議そうにピストルズの意味不明の行動を追い  
彼らが指した先を見た……  
 
きっと、ジィさんになってからだったら、  
自慢話か笑い話になるんだろう。たぶん。  
ミスタはようやく、トリッシュが叫んだ意味を『頭』では無く『心』で理解したのだ。  
 
シーツを跳ね除けた事で解る事実。悪夢の偶然。  
裸体の彼の下半身のリボルバーは、若さゆえまだまだ元気だったのだ。  
 
「最低!最低!本当に最低よォオオオオ!!!」  
半狂乱になったトリッシュが、手短なモノを投げつける。  
「まて!!!これは誤解だ!そ……そうだ!スタンド!レクイエムだ!」  
「何がレクイエムよ!この変態!変態!変態!」  
まるで聞く耳を持たない。当り前だろう。  
喧嘩しながらおっ立ててなんて!しかもそれを惜しげもなく見せるとは!  
普通の神経じゃ考え付かない。暗殺チームの某変態もビックリの隠し技だ。  
 
(や……やべぇ……)  
ミスタは今、自分の彼女に特殊な性癖の持ち主と思われている。  
このままでは激昂したトリッシュがキッチンに行き、  
本当に『Niceboat』な展開になってしまう!  
(『ミスタ死ね』とかで画面が埋め尽くされるなんてゴメンだぞオイ!)  
 
 
だが、最悪の事態は免れた。  
 
 
ある意味、もっと最悪な事態によって。  
 
トリッシュが無我夢中で投げたティッシュケースが  
どういう弾道を描いたのか、彼のリボルバーを直撃したのだ。  
「ぐあああああ!!!」  
 
哀れ鶏を絞め殺した様な声をあげ、彼は撃沈した。  
 
「え……ちょ……」  
 
月モノの痛みを男が解らない様に、女にこの痛みが解る訳ない。  
ミスタの想像を絶する絶叫にトリッシュが目をパチクリさせる。  
ゆっくりと、ベットに沈む彼に急いで駆け寄るり、  
「だ……大丈夫?」  
トリッシュは痛みで丸まったミスタの体をユサユサと揺らす。  
「あああああ動かすなぁあああああ」  
喉の奥から搾りだされる咆哮に、さすがのトリッシュも事の重大さを理解した様だ。  
「ご……ごめんなさい……まさかそ……そんな所に当たるなんて……」  
「ごめんで済んだらギャングいらねぇえよぉおおし…死ぬぅうう」  
「え!?冗談でしょ!?」  
 
実際には狙いが多少それてた様で、致命傷にはならなかったので  
先ほどから少しづつ痛みは引いている。  
 
しかし……  
 
チラリと横眼で彼女の顔を覗く。  
オロオロ必死に心配するトリッシュ。  
さっき怒ってた顔がすぐにこれ。本当に一緒にいて飽きない奴だ。  
その時、彼の頭にピコンと『閃きの電球』が灯った。  
「ミスタ!ミスタァア!大丈夫?大丈夫なの?」  
泣きそうな声で心配する彼女に、さも死にそうな声で呻く。  
「ああああああ〜〜〜ダメかもしれねぇえええ」  
「いやああ!!しっかりしてよぉおおお!!」  
 
(二週間も訳解らない事に振り回された上に、散々変態扱いされたもんなァアアアオレは……)  
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!だから死なないでぇ!」  
 (よ〜しよしよし、コイツにその仕返しをしてやる……!)  
 
必死に自分を心配しているトリッシュの横、ミスタは  
心の中で舌を出し、「しめしめどうしてやろうか」とほくそ笑むのだった。  
 

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