夜が更けて午前の三時が近づいた頃、オレは停止した車内でペット入りのミネラル  
ウォーターを飲んでいた。  
助手席には女がいる。良く見知った女だ。車に乗せるのは初めてではない。  
「ねえミスタ、あんた未だに『四』が不吉だとか何だとか信じてるの?」  
 
(……なにを聞くんだ今更。この女は)  
 
「いいかトリッシュ、よく聞けよ?オレがまだガキの頃、近所でネコが四匹」  
「それ、ジョルノから聞いた」  
「あ………そう。他にもいろいろあるんだよ、『四』の魔力は。例えば」  
「もういいわ、その話は。聞いたってイイコトないし」  
「言い出しっぺはお前じゃねぇかよ…」  
   
限りなくマイペースなこの女とオレは、ついさっきまで食事と酒を共にしていた。今は  
駐車場に停めた車ん中で酔いを覚ましている。近いうちにトリッシュを家に送り届け  
るつもりだ。  
 
 トリッシュは、とろんとした顔つきでシートの背もたれに身体を預けている。アルコ  
ールの余韻が残っているようで、それはオレも同じことだ。胸がふつふつと煮上がるよ  
うな感覚が僅かに残っている。  
 
オレがトリッシュと二人で会ったのは初めてではないが、酒を交わしたのは初めてだった。  
こいつはどんな酒が好きなのか、どんな所で飲むのが好きなのか、そんなことはさ  
っぱり分からなかったのでとりあえず行きつけの酒場に連れていったら「うるさい上に  
狭いからイヤだ」などと言い始め、酒にも食事にも手を付けずに抜け出しやがった。   
次に、そこらの路上でトリッシュが適当に目を付けた店に入ったが、そこで一杯目に  
口を付けたあたりで隣りの席に座っていた客が煙草を吸い始め、禁煙席がないことに  
気付いたトリッシュは一気に不機嫌になって結局そこも逃げるように出ていった。  
三軒目になってようやくお姫様の機嫌を損なわない店に巡り会えたらしく、そこでや  
っとこさオレ達は腰を据えることができたのだった。  
 
おそらく、三軒目で落ち着いたことに誰よりも安堵したのはこのオレだっただろう。  
三軒目を逃したら、次は『四』軒目になってしまっていたからだ。本当に良かった。  
   
トリッシュとオレは特別な関係ではなかったが、ただ、この女は希に見る美人で、  
服装も派手なため周囲の目をイヤという程引いていた。イイ女を連れている男という  
ことで、それが誇らしい気分は常にあった。  
オレ自身は、別に大したことは何もしてないんだけど。  
 
 トリッシュは、見かけによらずよく飲んだ。  
 好みは相当偏っていたが、美味そうにグラスを何度も傾けた。  
特定のワインしか飲まないということだったので、三杯目を終えたところでオレは冗  
談半分にウイスキーを勧めてみた。オレには、一度こいつの頑なな常識をうち破って  
みたいという密かな欲望があったのだ。  
初めは「香りが下品だし味がきつい」と言って嫌がったが、水で割ったら案外飲めた  
ようだ。「目覚めるかもしれない」などと無防備に笑っていた。  
オレもかなりの上機嫌になって、結果的にはとても楽しい会合になったのだった。  
 
いつのまにか午前の二時を回っていた。酒を飲んだ直後の運転はマズイということ  
で、しばらく車内でミネラルウォーターを飲みながら話をした。  
 
そして三時を過ぎ、オレはトリッシュの家に向かって車をゆっくりと発進させた。  
 
 ひとしきり喋った後、トリッシュはすやすやと寝入ってしまった。  
(おいおい…オレお前ん家どの辺だか知らねぇよ。遠いんじゃないのか?  
ナビがいねーと分かりゃしねー。)  
 ……だが、気持ちよさそうな寝顔を見ると、どうも起こすのに気が引ける。  
 とりあえず分かるトコまで行ってから起こすという事にして、オレはアクセルを踏み  
続けた。  
 
(しかし、トリッシュもけっこうイケる口なんだなぁ……)  
 豪快に飲む女は好きだ。四杯も一気にグイグイ飲む姿は見ていて結構気持ちよかった.  
(これから時々飲みに誘うのもいいかもな。うん。ジョルノも交えたりして……)  
 
 ……ん?ちょっと待て。  
 
「おいっトリッシュ!起きろ!!」   
 オレは、左手でハンドルを握ったまま、右手でトリッシュの肩をドンと突いた。トリッ  
シュの身体が右にズレて、それからゴン!と鈍い音がする。アタマを窓ガラスにぶつ  
けたのだろう。だが、そんなことはどうでもいい。  
 
 その場ですぐに車のブレーキを踏んだ。すぐ後ろに車がいたらしく「なに、急に止ま  
ってんだ!」と怒鳴り声が聞こえたが、構っている場合ではない。  
「んー……なぁに、ミスタ……?」  
「お前、四杯飲んだよな?そうだよな?」  
「え……?ん…えと、白ワインと……赤二杯と……あと、ウィスキーの水割り」  
「まさか、四つ目で終わらせるつもりじゃねえだろうな?不吉が移るだろ、いいか次行  
くぞ!」  
「……冗談でしょ?もう…帰るんじゃないのぉ……?」  
「ふざけんな!このままじゃオレが眠れねぇんだよ。いざとなったら…そうだな、オレん  
家泊めてやるよ」  
「はあっ!?無理!!!あんたの家なんてどうせ汚いに決まってるっ!」  
(……寝ぼけてても相変わらず失礼な女だ。一瞬で元気になりやがる…)  
「バカ野郎、そんなことより早く五杯目引っかけるのが大事なんだよ!」  
 オレはトリッシュの両肩を掴んで揺さぶった。小さな頭が前後にガクガクと揺れる。  
「……っ、ちょっ、やめてよアタマ痛くなるっ……」  
「こうしてる間にも不吉は迫ってきてるんだ、分かってんのか!!!」  
 
 頭をブンブン振られて意識がシェイクされたんだろう、トリッシュは額に手を当てて  
苦しそうに呻いた。  
 ……やりすぎたか。仕方ないことだ。  
「…痛ぁ……もう無理よ、お店入るのめんどくさいわ」  
「じゃあオレん家来い!酒置いてあるから、それ飲んでから思う存分寝ろよ」  
「…変な事信じてるんだから………ゴミだらけの部屋で寝るのだけはゴメンだわ、あた  
しを入れる前にきちんと片づけるのよ」  
「あぁ、あぁ、分かったよ!」  
 オレはハンドルを切って車を反対車線に移動させた。その間、「おい!」だの「何曲  
がってんだよ!」 だのうるせー野郎の声が響いていたが、ゼブラ柄のパンツから拳  
銃を取り出して、銃口を見せてやったらあっさりと引き下がった。  
(細かい事をいちいち気にしてたらイイ人生なんか送れねぇっつーの、  
…ってオレもか。帰る途中で『事故』ったりしねーだろうな?)  
 
 車を正反対の方向へ走らせる。  
 オレの家はそう遠くはない。アクセル全開で突っ走るだけだ。  
 だが、運の悪い事に四つ目の信号で引っかかってしまった。無視して進もうかと思  
ったが、横から車が来たので慌ててブレーキを踏む。その弾みで、上半身が思いっき  
り前方に投げ出されそうになった。ベルトを締めていて何とか助かったが。  
(……これだから『四』はダメなんだ。ろくな事がありゃしねぇ!)  
 右と向くと、助手席でモロに前のめりになったトリッシュが不機嫌そうな顔をしていた。  
「悪ぃ。てかお前、ベルトしめろよ」  
 トリッシュは体勢を立て直し、背中を丸めたままノロノロした動きで髪をかき上げた。  
 シカトかよおい、と思ったその時。  
 
 ………オレはハンドルを握ったまま硬直した。  
 
 猫背になっているせいか、ただでさえ肌との隙間がある黒いブラジャー(なのか?)  
のカップの部分が緩んで、全部じゃないが、その……  
 
 ………微妙に…………『見えている』のだ。  
 
「……おい」  
「なに?」  
「………いや、何でもねぇ」  
 
(……オレは何を言おうとしたんだ?  
まさか、「『ブツ』が見えてるから隠せよ」とでも言おうとしたのかっ!??  
そんな事言った日にはブッ殺されるのが目に見えてるじゃねぇか!おい!)  
 
 車内に明かりなどないのに、何故か『ブツ』の周辺が光を放っているように見える。  
その輝きに、とっさに身構えカラダを引いてしまう。とんでもねー錯覚だ。  
 
「ボサッとしてんなよ。信号変わるぞ」  
 夢うつつらしいトリッシュは、オレの動揺など知る由もない。一層背を丸めて動かな  
くなったと思ったら…なんとそのまま寝息を立て始めやがった。  
 
(おい………)  
 
華奢な身体が、前に向かってゆっくりと傾いている。  
 
そして、首から上がガクンと垂れ下がった瞬間。  
カップが思いっきり膨らみから離れて……今度ははっきりと『見えた』。  
 
(おいおいおいおいっ!トリッシュおめー何やってんだよ!実は起きててオレを誘っ  
てる……ワケねーよな、ありえねえ!!…っておいおいおいおいおいおいカラダを揺  
らすな!おめーカップに詰め込みすぎてるから重力に負けるんじゃねーのかよっ!て  
ゆーかそもそも、そのブラおめーの胸に合ってねえんじゃねーのかぁ!?フツー前か  
がみになっただけで見えるわけねーだろーがよ、『ブツ』がよぉ……畜生、オレまで  
前かがみになっちまう…それはブラジャーなのか?そうじゃねーのか?もしブラジャ  
ーなら上に何か着ろ!そうじゃねーなら中に下着付けろよ!本来二枚なきゃオカシイ  
だろうが!!何で一枚なんだよおいっ!前にもこんな事あったよなぁ、だがあん時と  
今じゃワケがちげーっつーの!何考えてんだこのアマは!)  
 
「………おい、ちゃんと座席につけよ。信号変わったら飛ばすからな」  
 極めて冷静を装いながら、トリッシュの肩に手をやって座席の背もたれに寄り掛からせてやった。  
 自分の健気さに泣ける。  
 ベルトを締めてやり、これで一安心……ではなかった。繊細な心身の持ち主であるオレは、体内  
で盛り上がりつつある妙な気分に危機感を覚え……  
 
 とりあえず背筋の伸びない状況を打破しようと精神集中を始めた。  
 
(羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が四……はダメだ、ほらほら四匹目は五匹目と  
一緒に行けよ、いいな?よし……)   
 
 だが、信号が変わって疾走を再開した瞬間、集合した羊はバラバラに散ってしまっ  
た。オレは、今までにないくらいのハイスピードで夜の道路を突き進んでいった。  
 ハンドルにしがみつくような格好で。  
 
(あぁ……やっべーなぁ……とんだ『事故』だ。だからイヤな予感がしたんだ)  
 
 
「着いたぜ。起きろよ、トリッシュ」  
「うぅん……ここ?けっこう大きいのね。一人で住んでるんでしょ?」  
「まぁな。あ、そうだ。汚ねーのイヤなんだろ?部屋片付けてくるから待ってろよ」  
 オレはトリッシュを直視できず、返事も聞かないまま車を飛び出して自宅の門をく  
ぐった。  
 玄関の鍵をせわしなく開けてからようやく中に入ると、緊張の糸が切れたためか、  
オレは扉に背を預けてしばらく呆然としていた。  
 股間を見ると、そこは憎らしい程しっかりと山を作っている。  
 
(なぁにが羊だ、クソくらえ。何の意味もねーじゃねーか!ったくトリッシュのやつ  
何の気ねー顔しやがってあんなん反則じゃねーのか……くそっ、このバカ息子が言う  
こと聞きゃしねー。元気なのはイイことなんだがなぁ……)  
 
 その気になったらとことん頑固なオレのカラダのことは、オレが一番知っている。  
 一度こうなったらからには、きちんとなだめてやらなきゃ大人しくはならないだろう。  
 それが『コイツ』の厄介なとこでもあり可愛いところでもあるんだが……。  
 オレ自身の気分もどうやら高ぶりつつある。これはやばい。  
 
(そうだ。幸いリビングはそんなに散らかってない。この時間を利用してトイレでひ  
とまず一回抜いてくりゃ落ち着くかも……)  
 
 オレはスレスレの打開策に肩をなで下ろし、パンツのベルトに手を掛けながら一歩  
を踏み出した。そして玄関を上がろうとしたその時。  
 
「ミスタ?どうしたの。真っ暗じゃない」  
「あぁあっ!!?トリッシュッ!?」  
   
 ベルトを解き、既にチャックを半分ほど下げていたオレは、突然の声に大絶叫をあ  
げてしまった。どう考えても、名前を呼ばれた時の返事ではない。  
「何、その反応。外から見たら、別に散らかってる風でもなかったんで来ちゃったわ」  
「は……あぁ、そう。まぁな。オレ、意外ときれい好きなの」  
「そうみたいね。でも、夜まで帰らない日はカーテン閉めておいたほうがいいわよ」  
「あ、そう。気ぃ付ける。忠告どーも、はいはい」  
 振り返ることも出来ん。股間にておかしな手の動きをすることもはばかられる。  
 何よりオレは頭が真っ白になっていた。  
 
 ふと正面に掛かった時計を見ると…それはちょうど午前の四時を差していた。  
(『四』のやつが全ての元凶だ。くっそぉあの野郎、オレを苦しめて楽しいか?)  
 
「…そうだトリッシュ、車のキーは?」  
「あ、差したまま」  
「じゃ、取ってきてくんね?やり方分かるだろ?」   
「ええ。」   
 トリッシュは静かに去っていった。   
(……この機転!しかしこれから一時間は『四』時台だ。まだまだ注意が要る)  
   
 オレは急いで玄関と居間の電気を点け、ずり落ちてくるパンツを引っ張りながらト  
イレへと直行した。トリッシュが戻ってくるのがドアの音で分かる。  
「ミスタ、どこ?キー持って来たわよ」  
「今トイレにいるから、リビングに行っててくれ!そこら辺の雑誌読んでていいから」  
「分かったわ」   
 ヌシヌシヌシと足音が移動し、やがてリビングのカーテンを閉める音がした。  
 
 オレはパンツとトランクスを「これでもか」というくらい勢い良く下げ、便器の上にドカ  
ッともたれ掛かるようにして座りこんだ。  
 脚を広げ、思わずボーっとしながら目の前の分身を眺めてしまう。  
 天井を仰いでいる『モノ』は、自分で言うのも何だがかなりの百戦錬磨で、もちろん  
精力も抜群だ。喜ばなかった女はいない。  
 だが今は、そのツワモノの勢いがオレを惨めな気分にさせる。  
 
(……あいつでこんなんになっちまうとはなぁ……)  
 
 トリッシュに、女としての魅力がないという意味ではない。むしろとびきりの美人だ  
し、歳の割にずいぶん色気があると思う。色っぽい女はオレ好みだ。  
(あの脚なんか絶品だしなぁ……だが何ていうかあいつは、こぅ……事情が事情な  
だけに安易に踏み出しちゃいけねぇっつー特別な何かが……。  
あぁそうだよそれなんだよ。あいつはよぉ、手ェ出しちゃダメっつーかぁ)  
 と聖人ぶった事を思いつつ、オレの右手はしっかりと根本を掴んでいた。  
 そのままいつもの様にさっさと動かすと、ツワモノはダイレクトな刺激を食ってさら  
に勢いを増す。   
 それに呑み込まれるように、オレの意識も聖人モードを失っていった。  
 
(トリッシュ……ブチャラティのこと好きっぽかったけど………あれからどうなんだろ…  
…そういや何も知らねえ……んだよ畜生、気になるじゃねぇか………)  
 オレは夢中になっていた。トリッシュに早く『五』杯目の酒を飲ませることなどすっか  
り忘れていた。  
 
 思考はどんどんエスカレートし……  
 
(……あいつ処女かなぁ……?いきなり抱きついたらさすがにヤバイ…か…でも……  
…キスくらいは…ムリかなぁ?)  
 
 いつの間にか、夢中を通り越して必死になっていた。  
(オレじゃダメなのかぁ?なぁトリッシュ、どうなんだよ……!)  
 
 オナニーでここまで躍起になったのは初めてだった。  
 同じ屋根の下に本人がいるっつーのに。早く出なきゃ怪しまれるっつーのに。  
 
(…………やりてぇ……)   
 結局そんなモンさ。オレは聖人なんかじゃねーんだから。  
 
 だがイッた後に思った………これからどうしよう?  
 
 トイレから出て、時計を見たら既に十分を過ぎていた。  
(大でも十分はねーだろうよ……ま、吐いたことにでもしとくか)  
一回抜いて、カラダはとりあえず静まってくれたようだ。だが再び覚醒する可能性  
は充分にある。  
なにせ、この眠れる百戦錬磨に準備期間というものはない。精神・肉体問わず刺  
激が眠りを覚ますと同時に勃ち上がり、一気に血を巡らせて身を構える。その対応力  
と堅固さは頼もしいこた頼もしいんだが、オレ自身の精神がキちまってる今、それは  
仇以外の何モノでもない。  
「おいトリッシュ!今から酒出すからきっちり飲み干せよ」  
微妙に声が裏返っている……。  
 
「トリッシュ?」  
リビングで、トリッシュはオレの気に入りのソファーに横たわりすやすやと寝ていた。  
「なんだ、寝てたのかよ………ん、この雑誌、…エッ!?」  
ソファーの横には、オレがこないだ買ったばかりのエロ本が落ちていた。  
(オレだってまだ見てないのに……ってそうじゃねえ!くそっ、置き忘れてた。やっぱ見  
たんだよなぁ?オレ、袋に入れて置いといたんだもん……)  
エロ本は、裏表紙を上にした状態で落ちていた。オレは本を拾い上げて表紙を見  
た。ミディアムヘアーの女が、豊満な乳を寄せ集めて誘うような顔付きをしている。  
(この女、トリッシュに似てねーか?いやっ、他意はない。誤解すんなよマジで!)  
 表紙をまじまじと見ると……  
(『四』月号かよっ!なんでこんなモン買ったんだよオレは……)  
オレはエロ本を三メートル離れたゴミ箱にシュートしたが、それは表面のアルミに  
ぶつかって小気味よい音を立てただけだった。  
 
「トリッシュ……」  
オレは胸くそ悪いエロ本のことなど忘れてトリッシュの寝顔を見た。大人っぽく落ち  
着いてると思いきや、のぞき込んで良く見ると意外に年相応な危うさがある。  
 
(………かわいいじゃねぇか……)  
 
時々ぴくぴくと動く唇にオレは釘付けになっていた。思わず自分の唇を突き出しそ  
うになってしまう。  
気付いたら鳥のクチバシの様になっている自分に気付き、  
(…………アホか。冷蔵庫開けてこよ)  
とダイニングへ向かったのだった。   
 
そもそも何のためにこいつを家に連れてきたのかと言えば、ヤるため…などではな  
く、『四』を回避するためなのだ。そのためにこいつに『五』杯目の酒を飲ませなきゃな  
らんのだ。  
早急なる行動が望まれる。でないと、酒を飲ませた所で『四+一』杯になってしまう  
恐れがあるからだ。  
今ならギリギリセーフだろう。たぶん。水飲んだけどな。  
 
ただ、トリッシュが寝ちまってるのが気がかりだった。  
一般的に言って、飲んだ後眠りにつくって事はつまり「飲み会終わりました」って言  
うのと同じ事なんじゃあないのか…?  
いや、今のトリッシュは『仮眠』だ。目を覚まし,『五』杯目を飲むまでの仮の睡眠だ。  
完全な眠りとしての役割は果たさない……はず。たぶん。  
 
オレは冷蔵庫を開けて赤ワインのボトルを取り出し、それをグラスに半分くらい注い  
で再びリビングに戻った。  
ソファーの正面のテーブルにグラスを置き、その場に片膝をつく。  
「おいトリッシュ、起きろ。起きろって!」  
「んん………」  
「雑誌を読んでいいとは言ったが、寝ていいとは言ってねーぞ」  
「う〜〜ん………」  
トリッシュは起きそうになかった。オレが剥き出しの肩をペチペチ叩くと、身体を捩ら  
せて嫌がった。そしてまた静かな寝息を立てる。  
(やばいなこりゃ…『本寝』か?)  
呼吸に合わせて胸の膨らみが上下している。黒い布が、胸の丸みを守るように重  
なっていた。  
(仰向けになってる時は大丈夫なんだよ。でも、こいつ時々見えてるってこと気付いて  
んのかな。気付いてねーんだろうな。一番タチの悪ぃタイプだ。どこぞの知らないねー  
ちゃんなら嬉しいんだが、知り合いとなるとなぁ……)  
トリッシュは、穏やかな顔つきで眠っている。  
(こいつ、好きな男とかいんのかな…恋人はいねぇだろう。いや何の根拠もないが)  
 
血色の良い頬と唇を見ていると、ふいに下半身が再覚醒するのを感じる。  
(おいおい、誰が目覚めていいって言ったよ……)  
   
『第二波』がやってきた。  
ヤバイと思うと同時に…………オレは『ある事』を思いついた。  
 
 その『ある事』とは、会心の策かもしれないし、ただの汚い凶行かもしれなかった。  
 だがオレはコレを思い付いた時、自分はおそろしくアタマの切れるヤツだと信じて  
疑わなかった。なぜなら、オレは本来楽天家だからだ。  
 
「トリッシュ、起きろよ。起きねぇのか?」  
 『問いかけ』というよりも『確認』の気持ちを込めて聞いてみる。  
 高まる気分と裏腹に、発した声は随分と落ち着いていた。  
 
「飲む気がねぇんならよ……」  
 オレはテーブルに置かれたグラスを手に取った。赤い液体が揺れる。  
「……無理矢理にでも飲ませちまうからな」  
 グラスを僅かに傾けて、中身を口の中に含ませる。  
 
(おめーが起きないのが悪いんだからな!)  
 
 トリッシュの唇に覆い被さるようにして………キスをした。  
 
 おそろしくアタマが切れると言ったが、実は大したことではない。  
 何から何まで「コイツが悪い」と決めてしまえば良かったのだ。それだけなのだ。  
   
「……んっ……!?」  
 さすがの違和感にトリッシュも目を覚ましたようだ。だが、もう遅い。  
 ワインの漏れる隙間をなくすために、唇を吸うようにぴったりとくっつける。それか  
ら舌先を使ってトリッシュの唇をこじ開けようとするが、当然のことながらトリッシュは  
激しく抵抗してきた。頑なに唇を閉じたまま開こうとしない。  
「んんっ、ん、ん〜〜〜っ!!」  
 真っ赤な顔をしながらオレの肩をドンドンと叩いてくる。だが、女の力くらいじゃオレ  
の鍛え上げられた上半身(もちろん下半身もだが)は怯まない。  
 それに、必死に抵抗しているようだが「特殊能力」を使う気配はなさそうだ。それは  
オレを安心させた。  
 
 「イヤよイヤよも好きのうち」と、極めて都合よく解釈してみる。  
 
 その一瞬あとには、  
(イヤじゃねぇのに何で殴るんだ?社交辞令じゃあるまいし)  
などと、素朴兼極めて独りよがりな疑問を抱いていた。楽天家の特権だ。  
 
 トリッシュは、肩を叩くのをやめて今度はオレのセーターを掴んで引き伸ばし始め  
た。爪を立てて引っ掻いたりつねったりしている。  
(バ、バカ!カシミヤのセーター高いんだぞっ!……ん?)  
 
 密着させた唇から、細かい震えが伝わってきた。見ると、トリッシュは泣きそうな顔  
をしながらオレの方を見ている。眉毛が歪み、瞳までもが震えていた。  
「ん、んん……っ」  
(怖いのか?)  
 オレは唇の圧力をほんの少しだけ緩めて、トリッシュの頬をさらりと撫でた。犬にす  
る時のように顎の下をさわさわとしてやると、眉間の皺が少しだけ緩んだ。  
(怖くねぇって……)  
 反対の手で首筋を触ると、そこはヒヤリとしていた。首筋から鎖骨まで、手の平で  
温めるように包み込んでやる。手の平と指先を上手く使って撫でてやると、トリッシュ  
は次第に両目を潤ませ始めた。さっきまで何度もオレを痛めつけていた腕が、いつの  
間にかセーターを中途半端に掴んだまま抵抗を止めていた。  
 
 いったん唇を離してみた。唇が離れた途端にトリッシュは大きく息を吐いた。  
「はぁっ!はぁ…はぁっ……」  
 罵倒の一言でも出てくるかと思ったが、意外にもトリッシュは何も言わなかった。言  
葉が出てこなかっただけなのかもしれないけど。  
 困ったような顔をして、上半身を背もたれの方に回転させてうずくまった。  
「……っ、はっ……」  
 表情は見えなくなったが、肩がしきりに弾んでいるのがオレの心を打った。  
 丸めた片手を口元に当てて、荒い息を悟られないようにしている。  
 
(……感じてるんだな?)  
 
 何だか無性に嬉しかった。  
 オレはトリッシュの首筋にキスをして、それから顔を引き寄せてもう一度唇を重ね  
た。触れた瞬間に、力が入ってないのが分かる。舌で唇の境目をつつくと、今度はあ  
っけなく受け入れられた。上唇と下唇が重なっていた部分を舐めると、トリッシュは肩  
を上げてブルッと震えた。  
 両目が閉じられ再び眉間に皺が寄せられるが、それが拒否の意味ではないことは  
分かっていた。  
 両手で頬を包むと、肌が温かい、というより熱かった。  
 
(すげぇ………かわいい。何だよ、こんなにかわいかったのかよ)  
 
 オレは、口に溜めていた液体をゆっくり流し込んだ。  
 少ししか含んでいなかったので見た目には分からなかったらしい、トリッシュは突  
然の事に驚いてうめき声を上げた。…それがまた、小刻みで初々しいことこの上な  
い。  
 
 やがて、喉がこきゅこきゅと鳴った。トリッシュの喉元に手をやると、確かに、ほん  
の少し突出した部分とその周辺が、脈を打つように生々しく蠢いている。その感触に、  
オレはえらく興奮した。下半身が張り詰めて、スリムなパンツが伸びはしないかと要ら  
ぬ心配をしてしまう。  
「お前が寝てるから、つい無理矢理飲ませちまった。悪ぃ」  
 などと言っているが本当は「悪い」などとは露ほども思っちゃいない。  
「……最低…」  
 などと言っているが本当はまんざらでもないんだろう。そんなもんだ。  
(うーん……こりゃヤっちまうな。確実にヤっちまう。)  
「こっち見ろよ」  
(トリッシュ……たぶん、初めてなんだな。初めてだからって優しくは出来ねーけど)   
 
 酒の余韻も程々に、オレはワインが染みついたまんまの舌をトリッシュの口ん中に  
差し入れた。そのままもう一つの舌をすくい上げる。  
 
「ん……っ!?」  
 さすがにビビったようだ。だが、そんなことにいちいち構っていては先に進まない。  
 知らないから怖いだけだ。  
「イヤならイヤって言えよ」  
 一呼吸置いてから、オレは、脅えるトリッシュの舌を挨拶代わりにつついてみた。   
 だが、何度やってもすぐに引っ込んでしまう。見かけによらず臆病だ。  
 どうにかして、舌と舌を濃密に絡ませたいのだが。  
 
(……そうだ)  
 オレは一旦トリッシュの唇から離れた。色っぽく盛り上がった鎖骨の影に何度かキ  
スをして、それから舌先を尖らせてツツツ…と首筋に沿って項まで舐め上げた。  
「あ、ぁ……っ」  
 トリッシュの顎が反り返ってぴくぴくと痙攣する。初めて聞いた喘ぎらしい喘ぎは、  
オレの鼓膜をイヤという程刺激した。思わずアタマがクラッとしてくる。  
 オレのボディは刺激をエンジンとして加速するが、まだ大丈夫だ。  
 
(悠長にやるつもりはさらさらないが…舌も気持ちイイんだってこと教えてやる)  
 柔らかい項から耳の後ろまでを舌で辿る。耳朶の裏側をゆっくり舐めてやった。  
「……ミ、ミスタ……変なこと、しないでよっ……!」   
 オレはその言葉を無視して、さらに耳朶を甘く噛んで柔らかい肉を弄んだ。そして、  
反応を見ながら耳の穴に舌を軽く差し込む。  
 トリッシュは、目を堅く閉じながら首を横に振った。カールされた睫毛が震えている。  
「……やっ……」  
「ホントにイヤなのか?」  
「……ミスタ……そういうこと、言わないで」  
「何でだよ」  
 オレは、トリッシュの顔を強引に引き寄せた。  
「イヤじゃねぇんならイヤって言うな。イイって言えよ。気持ちイイって」  
「なんで……」  
「決まってんだろ。そっちの方が興奮すんだよ、オレは」  
 はやる気持ちを抑えられない。  
 唇を強引に奪い、今度こそトリッシュの舌を捕らえた。  
 必要以上に唾液を絡ませてしまう。  
 
 オレはコイツが好きなんだな、と思った。  
 
 トリッシュが、苦しそうな顔をしながらオレの首に手を回してくる。そのままオレはソ  
ファーに身体を上げ、トリッシュの身体に跨った。  
 両膝と左の肘で体重を支え、右手でトリッシュの乳を揉む。どうやらブラジャーの  
パッドが異様に厚くなってやがるので、揉みが行き届いてるか今ひとつ不安だった。  
 だが、やってるうちに喘ぎのような声が揉みに合わせて発せられるようになったの  
で、それなりに効果はあったのだろう。  
 熱い息がオレの唇を温める。  
「はぁ……ん、あ…い、いやっ……」  
「おい……」  
「分かってるの、……でも」  
「なんだよ?」  
「つい、いやっ…って言っちゃうのよ…っ」  
「…そうか……じゃあ、おめーのイヤはイイって事でいいんだな?」  
 オレはトリッシュの背中を起こして、オレと向かい合わせに座らせた。  
「イイならイイって言えよ、ここは。分かんねーから」  
 両手をギュッと握ると、トリッシュは恥ずかしそうな顔で「いいわ」と言った。  
「……そ。お前、そう言ったからにはもうオレのこと拒否できねぇんだからな、もちろん  
分かってんだろうな」  
「わ………分かってる、わよ……」  
 オレは立ち上がり、トリッシュの手を引いて寝室へと向かった。  
「なに?どこに行くの?」  
「オレが寝てる部屋だよ。あんなとこでやってたら腰が痛くなっちまう」  
「…………」  
「それに、汚れるかもしれないだろ。そのくらい分かるだろ?」  
 これでトリッシュが処女でなかったらオレはただのバカだな。  
 ……とはちっとも思わなかった。トリッシュは処女なのだ。これは確定事実なのだ。  
    
 トリッシュは答えなかった。その代わり、文句も言わなかった。  
 
  寝室の電灯を点けて、トリッシュを先に入れた。  
 寝室は、居間と比べると狭い上にかなり汚い。なにせこの部屋ではやる事が多い  
のだ。この家の中で、オレの本拠地は寝室だと言って過言ではないだろう。  
 正面の窓際にベッドが置かれている。ベッドと壁の隙間にお気に入りのエロ本や  
エロDVDのケースがいっぱい挟まって落ちてるのを思い出したが、一度見られたと思  
えば特に気にはならなかった。  
 
 入り口で突っ立ってるトリッシュに、後ろから抱きついた。  
「カーテン、閉めても…?」  
「意味ねーよ。どうせ誰も見てないし」  
「……部屋片づけてって言ったじゃない。どうしてこんなに汚いのよ」  
「これがイイんだよ。それより…お前のこと、ずっと抱きたいと思ってたんだけど」  
「………え。うそでしょ?」  
「ホントだよ」   
 大嘘だ。本当はついさっきの、しかも「車ん中で乳首を見てムラムラした」という極  
めて野獣的な欲望の結果として今に至る。だが嘘も方便ってことで。それに実際、口  
に出してみるとマジにそうだったんじゃないかという気がしなくもない。  
 こうなりゃ自分にマインドコントロールだ。敵を欺くにはまず味方から、ってコレは違  
うか。  
 
「お前、オレの雑誌見たんだろ?表紙見ただろ」  
「……見たくて見たわけじゃ……あんなトコに置くから!」  
「それはイイんだよ。それより、表紙の女、アレお前に似てると思わない?  
そう思って買ったんだけど」  
「あ、…あたしも、似てると……思った」  
「だろ?」  
「最悪……」  
「しょうがねーじゃん、好きなんだから…」  
 もちろん嘘だ。本当は、仕事帰りに寂れた本屋のボロ棚の一番手前にあったやつ  
を適当に取ってきたに過ぎない。しかも、買ってから三日も袋を開けてなかったヤツ  
だ。  
 
 トリッシュは顔を赤くして、腹に回されたオレの腕に手を重ねてきた。  
(あのエロ本、『四』のくせにオレの役に立つなんてシャクな野郎だな。畜生。   
 ………しょうがねえ、後で見てやるかぁ……)   
 
 トリッシュを振り向かせ、立ったままオレ達は抱き合った。  
「きゃっ!」  
 トリッシュが突然飛び上がるが、何てことはない。オレがトリッシュの尻を掴んだだ  
けの話だ。  
 手の平を広げて、全体を把握するように撫でさする。体型が華奢な割に、尻は案  
外ふっくらしているのに驚いた。  
(そうか。尻がデカいから、脚が色っぽくなるわけだ。何で気付かなかったんだ?)  
 
 両手を使って、初めは服の上から、次はスカートのスリットから手を差し入れて  
下着越しに肉を触った。手をスカートの中に入れる瞬間、黒いパンティーのレースが  
ちらりと見えた。  
 処女のくせに(何度も言うようだが根拠というものはまるでない)、黒とは随分生意  
気なヤツだ。しかも勝負用でなく、日常的に身に付けているというのだから関心してし  
まう。  
 
 オレの手のサイズは人並み以上だと思うが、それでも脇から肉がもれるくらいだか  
らこいつの尻は相当デカいと思う。  
 だが、揉んだり持ち上げたりして思ったのは、尻がデカいと言っても中年のオバち  
ゃんのようなハリのない肉ではない。むしろ、強く圧迫するたびにオレの指をゆったり  
と押し返してくる、生命力のようなものを感じる肉なのだ。  
 
 女はやはり、こういう柔らかい部分があるのがいい。デブ女かガリ女どちらがマシ  
かと聞かれたら、オレは迷うことなくデブ女と答えるだろう。  
 ふわふわしたものを触っていると、つい恍惚となってしまうのだ。  
 
 気付かれないように溜め息をついていると、ふと背中に刺すような痛みを覚えた。  
トリッシュが強く抱きついてきて、オレの背中に爪を立てたのだ。ちょうど肌が出てい  
る部分に、爪が鋭く食い込んでくる。  
「痛えよ、血が出ちまう」  
 トリッシュは、ハッとしたように指を丸めてオレの胸に顔をすりつけた。  
「気持ちイイんだな?」  
「……うん……」  
(泣いてるワケじゃねーよな?まさか。)  
 切なそうな声に催促されてる気に(勝手に)なり、次のステップに進もうと右手の中  
指を尻の間に滑らせた。  
「オレの首につかまって、背伸びしてな」  
 少しだけ前屈みになりながら指を進め、少し窪んだ部分に到達した。  
「あっ……!」  
 窪んだ部分とはつまり、女の一番大事な場所だ。  
 布越しでも、温かく熱を持っているのが分かる。指の腹を使って何度かさすり、布  
を窪みに挿すようにすると、一気に温度が上がると同時にじわりと湿った感触がした。  
 
 こいつも濡れるんだなぁ、などと失礼極まりないことを思う。  
 
 だが、それも一重に感動したからなのだ。  
 
「トリッシュ……すげーな、お前…」  
「ん……あっ、だって……」  
「泣くほど気持ちイイか?」  
「…ミスタ……だめ、なんか、……っ、…っ」  
「やっぱり泣いてたか。お前、今からそんなんじゃこれから狂っちまうぞ」  
「気持ちイイから…っ、…っていうか、……なんか……  
まさか、あんたに…こんなことされると、思ってなかった…から……っ」  
「オレはずっとお前にこうするつもりでいたけど。なぁんも変わっちゃいねぇよ」  
「………っ!」  
    
 オレの嘘に騙され(だが今のオレはマインドコントロールにより真実だと思い込ん  
でいるので罪悪感など全くない)、何も知らぬトリッシュは感極まったのかオレの首に  
がっしりとしがみつく。  
(あいててて、首折れるっつーの!)  
 睨み付けるような眼差しを向けてくるトリッシュ。両目から涙を流している。  
(こいつのこんな顔を見たのはこの世でオレ一人だろうな)  
 オレは右手をトリッシュの膝の裏に当て、いわゆる『お姫様だっこ』の体勢でベッド  
へと運んだ。  
 
 トリッシュをベッドに乗せてから、オレはてきぱきと服を脱いだ。始めに帽子を取り、  
その次にセーターを脱ぎ、パンツを脱ぎ、トランクスに手をかけた。  
 腰ゴムを下げようとしたところで、トリッシュが涙を拭きつつ慌てて制止にかかる。  
「ちょ、ちょっと待って!いきなり目の前で出されても、こ、困るんだけど!!」  
「出すって何だよ……」  
 その様子は、初めてキスした時よりも初めて乳を揉んだ時よりも確実に狼狽してい  
る。オレとしては、正直、複雑な気分だ。  
「もったいぶったってしょーがねーだろ?」  
「そうだけど!」   
「お前も脱げよ。後ろ向いててやるから」  
    
 オレはベッドの縁に座ってトランクスを下げた。つま先に引っかけて放り投げる。  
(おー…いいアーチだ)  
 トランクスは見事な弧を描いて飛んでいき、ドア付近に積み上げたCDケースの塔  
にパサリとかぶさった。狙い通り。  
(よし。オレはまだクールだ)  
 全裸になると、急に肌寒い感じがした。  
(早くあったまりてーなぁ……)  
「おい、脱いだら脱いだって言えよ」  
「ええ、ぬ、脱いだけど」  
 振り返ると、トリッシュは膝を折り曲げながら背中を向けて座っていた。てっきり全  
裸になったのかと思っていたが、オレが先程ノゾキ見した黒い下着を身につけたまま  
だった。  
 
「オレ、全部脱いでって意味で言ったんだけど」  
「ごめんなさい……」   
 オレは尻を引きずりながらトリッシュに近づき、両脚で挟むようにしてカラダを引き  
寄せた。  
「まぁ…いいよ……」  
 トリッシュの背中を胸板に寄り掛からせるようにして収める。百戦錬磨の野郎がト  
リッシュの尻に当たって、びくんと跳ねそうになった。  
 クールだと自負したばかりだというのに、早くもオレは急いている。  
 トリッシュの顔を振り向かせて、キスをしながら左の膨らみに手をやった。  
 
 直に触ると、乳も尻に劣らず柔らかかった。特別デカくはないのだが、呼吸に上  
下しながら熱い鼓動をオレの手に伝えてくる様は、視覚にも触覚にも十二分にこたえ  
るものだった。おまけに、キスの合間に濡れた唇が甘い声を発してくる。オレは目眩  
がした。女を愛撫してるつもりが、実は逆なのではないかという気がしてくる。  
 全身がブルブルッと震える。  
 股の間で身構えている『モノ』を、思わず強く押し付けた。  
「トリッシュ……オレ、我慢できねーよ。分かるだろ?」  
「……ん…ミスタぁ……」  
「怖いか?」  
「うん」  
「えらく正直じゃねーか、おい。…大丈夫だよ。怖いのは始めだけだ」  
 
 乳揉みを続けながら、右手を下着の中心部へと伸ばした。指先で触れると、既に  
そこは充分すぎるほど湿っていた。下着の横から指を入れようとしたが、トリッシュが  
脚をまっすぐ伸ばして閉じてしまっているため上手くできない。  
「脚、開いてくんねーと」  
「あ、だめ、だめ…ミスタ……怖いわ…」  
「お前こんなに濡れてんだから大丈夫だよ。気持ちイイってそれだけ考えてりゃいいんだ」  
「でも……」  
「オレはさ、お前を怖がらせる為にやってんじゃねーんだよ」  
「……わ、分かったわ」  
    
 オレはトリッシュの膝を立ててから大きく広げて、中指を下着の中に入れた。  
「あっ……!」  
 そのまま第一関節あたりまでを沈めて、浅く引っ掻くように動かした。  
「あ、あっ!あ……」  
 指がかなり圧迫される感覚はあるものの、トリッシュは特に痛がる様子もない。こ  
れは案外楽にいけるかもしれないな、と思いながらオレは指をさらに沈めていった。  
「はぁ…あ、あ……痛っ!」  
「痛いか?」  
「痛い……」  
「でも全部入ったぞ。一本だけだけど」  
    
 指をゆっくりと出し入れした。トリッシュは険しい顔をするが、なにせ壁が潤ってい  
るので滑りがとてもいい。調子に乗って途中の壁を腹でさすったり、根本まで深く押し  
入れたり、いろいろやってみた。吸い付くようでありながらオレを苦しめない、優しい感  
触に愛しさが倍増する。  
 
「おい、何も言わないけど大丈夫か?」  
「……………うん、なんか……ヘン」  
「何だよ?ヘンって」  
「…うん、なんか……きもちいいの……」  
(なんだよ、怖えー怖えー言ってたくせに!ああ、ちくしょう、嬉しいな……)  
    
 本番に向けて指を増やしていった。一番長い指が始めに入ったので、あとは一本  
ずつ増えてもそれほど負担はなかったようだ。時間はかかったが、やがてトリッシュは  
すっかりカラダの強張りが解けて、脚を広げながらオレにもたれかかるようになった。  
 
「もう大丈夫だな?そのまま力抜いてろよ?」  
 指を入れながらトリッシュのカラダをベッドに腹這いにし、指を引き抜くと同時に、  
怒張した『モノ』を押し当てた。  
 その先端からは、すでに我慢の限界によって熱い汁がうっすらと出始めていた。そ  
れを見ていると、何故か一種のナルシシズムに似た感情が芽生えたりする。  
(『コイツ』はオレの内に秘めたる感情を表面に出してくる、いつもながら何ていじらし  
いヤツなんだ…なんだかんだ言って、オレはこの豪傑が大好きだってワケだな。思え  
ば『ブツ』を目撃してからのお前はつらい思いばかりだった……)  
    
 ヤってる最中にこんなことを思うのはオレくらいか。  
 オレは女のカラダはもちろんのこと、自分のカラダも大好きなのだ。  
    
 苦しそうに滲み出ている汁を、入り口に塗り込めながら腰を沈めていった。  
 
「いいか…?おめーは力抜いて寝てりゃいいんだ」  
 指を初めて入れた時のような奇妙な感覚が、何倍にも膨れ上がってオレを包み込  
んでくるような気がする。そういえば下着を脱がすのを忘れていた。だが今はそれどこ  
ろではない、早くコイツとひとつになる実感を得たいのだ。  
「…お前、変わってんな……きついのに……スッと入るんだけど……」  
「…待って!すごく痛いっ……あぁっ、痛い!…っ」  
「痛いくらい…分かるだろ。今お前、オレのもん入れてんだよ」  
「ミス、タ……キス…してっ……」  
   
 トリッシュが上半身を返らせながら、オレに唇をねだってきた。オレはそれに応えな  
がら、欲望の塊をついに根本まで入れてしまった。オレ達は思わず微笑み合った。  
「なんだよ、楽勝じゃねーか」  
「全然…すごく痛いんだから」  
 
 ゆっくり入り口近くまで引き抜いて、また入れるという動作を緩慢に行う。  
 痛い痛いと叫ぶが、コイツはおそらくすぐに良くなるだろうと思って繰り返した。悶え  
ている割に、肝心の部分が粘るような圧迫でもってオレを離さないのだ。つい、腰の  
動きを速めてしまう。  
「あっ、…あぁっ!ミスタ!!」  
「なんだ、まだ痛いかっ?」  
「ううん、いたくない…!ぁん、ミスタ、ミスタぁ…!!」  
 運動を速めれば速めるほど、渦のような激しさに引きずり込まれる危険を感じる。  
「…トリッシュ……」  
 
(なんだ…?おかしいな、このままイっちまいそうな気がする…いつもはこんなんじゃ  
…ないんだけど……)  
 
(………だめだ!!)  
 オレは運動の途中で思わず『モノ』を引き抜いた。  
「…はぁ、はぁ……ど、どうしたの……?」  
「いや……体勢変えよう。もう平気だろ?お前が上に来い」  
「いい、けど…上って?」  
「お前がオレにまたがってくれればいいの」  
「……それ、恥ずかしいんだけど。初めてでやることなの?」  
「初めて…そうか。そうだお前」  
 オレは下の方に目をやった。白いシーツに、赤い血の染みが僅かに付いている。  
 
「お前、処女だったんだな。ごめんな……ありがとう」  
 
…などとはもちろん言わず、思わず、オレは当然のごとく「見ろよ」と指差した。  
「これ……破れた?」  
「破れたっつーか、ま、そうだな」  
「ミスタ……」  
「……なんだよ、その顔」  
 倒れるようにトリッシュが抱きついてきた。背中に手を回し、痛いほどにオレのカラ  
ダを締め付けてくる。いつもは計算高くセットされているはずの栗毛が、ぐしゃぐしゃに  
崩れているのに気が付いた。  
 オレは返事代わりに、下着を脱がせながらトリッシュのカラダに強く唇を押し付ける。  
 赤い痕が点々と残った。  
 
 オレは仰向けになり、左手で『モノ』を支えながら右手でトリッシュの腰を誘導した。  
「ゆっくり入れろよ」  
「ええ」  
 細い腰を少しずつ落としていく。女のカラダに呑み込まれる瞬間ってのは、何度や  
ってもグッとくる。トリッシュはオレの両脇に手をつきながら、大きく息を吐いた。  
 
「お前さぁ…開き直ったか何だか知らないけど、胸丸見えでも隠さねーのな」  
「えっ!?わ、忘れてたのよ!ちょっと、見ないでよ」  
「なーに言ってんだ、今さら!オレだって素っ裸なんだぞ」  
 オレは笑った。つられてトリッシュももじもじと笑う。  
 
「ほら、ちゃんと膝つけよ?」   
 笑いながら、根本まで埋まったモノを下から押し上げた。  
 騎乗位は奥まで刺さるから、初めは慎重に。  
 腰を動かしながら、両手を伸ばして揺れる乳を持ち上げた。全体を強めに揉みな  
がら親指の腹で乳首を引っ掻いてやる。イヤイヤ言いながら背筋を伸ばしてよがる姿  
は、もはや初々しいというよりはヤらしい感じがした。  
 
「…なぁ…おまえ、カワイイって言われたことある?  
 顔のことじゃねーぞ、性格っつーか。全体で。」  
「えっ?はぁ、…あ…あんまり…ない……」  
「お前、美人だけど、カワイイ…って感じじゃねーよなぁ……普段は」  
「…なによっ、なんなのっ…?」  
「いや、すげーカワイイよ。今のお前」  
「な…なに言ってんのよ、バカじゃないのっ……!?」  
 オレは両手でトリッシュの腰を握るように掴み、徐々にスピードを速めていった。  
「お前こそ何言ってんだよ。オレが言うんだから間違いないんだよ。  
……って、聞いてんのか?」  
「ミスタ、だめよっ!!あ…あたし…っ!」  
 トリッシュは髪を乱しながら息も絶え絶えに叫んでいた。カラダのところどころに、  
オレの付けた赤い痕が鮮やかに残っている。下から突き上げる度にそれが残像のよ  
うに揺れ、いやがおうにもオレの網膜を熱く刺激してきた。  
 
 何度も繰り返すうちに、オレの息も上がってきた。額に汗が浮き出るのが分かる。  
「はぁ……お前…って、けっこう……エロいんだなぁ………」  
「そんな……や、やめてよっ…!そんなつもりじゃ……」  
「いや、褒めてんだよ………オレすげー好きだよ、エロい女……」  
 
 上半身を引き寄せてキスをする。熱いボルテージのまま舌を絡ませ、カラダを反転  
させて正常位になった。これでひとまずフィニッシュするつもりで(なぜかというと、もち  
ろん『三』つ目の体位だからだ。もしくは『五』か、これは常にオレのカラダにインプット  
されている)。  
 特別な体位をやってるワケでもねーし、オレにとっちゃごくごく普通の流れだ。しか  
し、常時高ぶるテンションにアタマがだんだん参ってくる。だからこそ何の工夫もない  
流れしか思いつかないのだ、今のオレは。それでもトリッシュは最高に喜んでいる。  
 
 バカみたいにひたすら腰を動かしていた。こんな自分の動きは絶対に第三者の目  
からは見られたくない。誰だってそんな時があるだろう。今のオレがそれだ。  
 額から浮き出た汗がオレの頬を伝って顎から落ち、それをトリッシュの左頬が受け  
止める。オレの汗は、トリッシュの汗とひとつになって流れていった。それを見ていると、  
どうしようもない程の激情に襲われる。  
「あっ!あ、あ…ミスタっ…!」  
「お前、好きなのかっ!?」  
「ええ、きっ、きもちいい……」  
「ちげぇーよ、トリッシュ!!」  
「な…なに?」  
「オレのこと好きなのかって聞いてんだよ!!」  
    
トリッシュが面食らったような顔でオレを見る。  
「……なに…言ってんのっ!?」  
 
「好きなら好きって言え!どうなんだ、えっ!?」  
「あ、あぁ……っ!!…す、」  
「あぁ?もっとデカイ声で言えっ!」  
「す、す、す…き……」  
「誰がだよ、ちゃんと文にして言えっ!!!」  
「えぇっ!??…ミ、……ミスタが、好きっ!」  
「どんくらい」  
「………す、すごく……」  
「じゃあ、『大』好きって言えよ」  
「そ…そんなのっ、恥ずかしいわよっ!」  
「恥ずかしくねーよっ!  
オレはおめーが大好きだよ……正直、このままイっちまうのが惜しいくらいだな」  
「………な、なにそれ…」  
「ほら、言ってみろってんだよ」  
「…………あたし、も……大…好き、ミスタが」  
「マジだな?」  
「あ、当たりまえでしょっ……?あんたこそ、どうなのよ」  
「オレは……大〜〜〜マジだぜ、トリッシュッ!!」  
 
 オレは最高にハイになっていた。トリッシュがついさっきまで処女だったということを  
すっかり忘れ、心の赴くままにカラダをかき抱いた。それにいちいちトリッシュが見合う  
反応を返してくれるものだから、オレは止まりようがなかった。  
 
「もっと…もっと言ってくれっ、トリッシュ!」  
「あ、ああっ、好きっ…大好き、ミスタ!ミスタ、好きっ…!」  
「あー……サイコーだ!オレがイくまでずっと言ってろよ、いいな!あ…?言っ、とくけ  
どっ!シャレじゃねぇかんな!今の…」  
「えっ…!?な…に?なにが…なんかっ、言った!?」  
「あぁっ!?く、くだらねーこと…二度も、言わせんじゃねぇっ!!はぁ…そ、そんなこ  
たどーでもいいんだよっ!!!もう限界だ…トリッシュ、イくぞ!いいかっ!??」  
「え、ええっ……!?」  
「いいならいいって早く言えっ!!!俺を殺す気かっ!?」  
「……ええ、い、いいわっ!!ミスタ、好きよ、大好きっ……」  
 
 トリッシュの言葉が頭の中で何度もこだまして溶けていく。  
 オレはトリッシュの唇に、強く押し付けるようなキスをした。  
「ああ、オレもだ!トリッシュ……っ!!!」  
 
 そうしてオレはイった。  
 …その時の高揚感と言ったら!!言葉なんかにゃ出来やしない。  
 
 ただ一言いうとすれば、「最高だった」…と、それだけだ。  
 
 オレ達は、『モノ』を抜くのも忘れてしばらく無言で見つめ合っていた。無言とはいっ  
てもハアハア言ってるのでこの上なくやらしいわけだが……。  
    
 オレを見つめるトリッシュの顔は、もう処女の戸惑い顔ではなかった。汗の筋をいく  
つも流しながら、この世の幸せを手に入れたような穏やかな笑顔を浮かべている。  
 トリッシュは、いっちょまえに実の付いた『女』になっていた。  
 オレの『女』になったのだ。  
 
 オレは少しカラダをずらしてトリッシュの横に寝転がった。  
 ふと、床に落ちている目覚まし時計が目に入る。  
 
 午前『五』時。  
 
 嵐は過ぎたのだ。  
(………これで一安心、ってわけか)  
 しかしこの嵐とやら…果たして不吉なものだっただろうか?  
 
 
 その後、夜明け前ということもあって二人とも力尽きたように眠りについてしまった。  
 そして、目覚めた時には既に正午を回っていた。トリッシュはオレの腕枕で寝てい  
たはずだが、横を見るとそこはからっぽだった。  
「トリッシュ?」  
 しばらくすると、トリッシュがバスタオル姿で帰ってきた。勝手にシャワーを使ってい  
たらしい。トリッシュの右手には、見覚えのある雑誌があった。  
「……ホント、パラパラと見た程度よ。その程度なんだけど……中に」  
 ミスタに似た男もいる、と言って例のエロ本を突き出してきた。オレはそれを奪い取  
るようにして中を開いた。トリッシュが布団に潜ってきてページを繰る。  
「どこどこ?……えっ、これ?はっ?」  
「似てるわやっぱり。あのね…それ見てたから、あんまり抵抗なかったのかも。最初」  
「えっ!?」  
    
 その男は、薄っぺらな誌面上で左向きに横たわる肌の白い女の脚を広げていた。  
 しかし、言うまでもなくメインは女なのである。男は顔どころか、肘から下しか写っ  
ていない。しかも左腕だけだ。  
 
「わけわかんねー。なんでこんなんで似てるって思うんだよ」  
「分からない……」  
 肌の白い女とは、表紙に写っているトリッシュそっくりの女だった。  
「………指かしら?特に、薬指のあたり…」  
(てコトは何だ。つまりこの、世にも奇妙なエロ本のおかげってワケかぁ?)  
 
 何気なくページの端に目をやった。  
(……『四十四』ページ、かよ)  
 
 ふと『五』杯目のグラスのことを思いだした。すっかり忘れていたが、アレは一口目  
を飲ませたままだった。リビングに置きっぱなしのグラスには、まだ中身が半分以  
上残っている。  
 飲み干してない酒をカウントすることはできないのであって……  
    
 つまり、トリッシュは『四』杯しか酒を飲まなかったのだ。  
 
 オレは思った。  
 もしトリッシュが店で『四』杯飲んでいなかったら、今頃オレは一人で冷たい布団の  
中にいたのだ。  
 
(なんだよ…『四』のくせに……)  
 
 雑誌を枕元に置いて、ゴロンと仰向けになった。トリッシュが腕を絡ませてくる。  
「……ヤるか?」  
「うん」  
 
(…………『四』も、たまにはイイかもな……)  
 
 
 おわり  
 

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