ソファーの上には、二つの人影があった。
細い女の影が、その下の男の体に今にも覆いかぶさりそうな体勢で、彼を見下ろしている。どこか、ぼんやりとした目で。
対する男も怠そうではあるが、戸惑いを含んだ表情で彼女を見上げている。
夜半であるが故ブラインドが下ろされ、電気も消してあるので室内は暗い。
音一つたたない暗闇の中で二人きりというこの状況は、今の彼の冴えない頭では冷静に受け止められそうになかった。
「……先生……」
溜め息と共に、思いつめたような洋子の声が零れる。
ソファーの背もたれに置かれていた彼女の手が動き、神宮寺の肩に押し付けられる。
心地よい温もりではあるが、それに浸る余裕などない。普段と明らかに異なる彼女の雰囲気が、それを許さない。
──何故、こんな状況になっているんだ。
酔って定まらない思考を、神宮寺は懸命に過去へと遡らせた。生温い女の吐息に、昂ぶりそうな自身を抑えながら。
* * * * *
大きな仕事を終え、ささやかな打ち上げと称して近場のバーで彼女と酒を飲み交わしていたのは、つい数時間前の事だ。
話が弾むにつれて酒も進み、気付けば終電の時間は過ぎていた。
タクシーを拾って洋子を帰そうにも、彼女も彼もだいぶ酔っている。
ひとまず酔いが醒めるまで事務所で休ませようかと、神宮寺は彼女を連れて店を出た。
「洋子君……歩けるか?」
「……はい……」
肩を貸す神宮寺に応える声に、勤務中の張りはない。
彼の腕に捕まるようにして歩き出すその足どりも、どこか危なっかしい。普段あまり酒を飲まないからなのか、相当酔っているようだ。
そもそも、洋子と酒を飲みに行く事など滅多にない。今回のような気まぐれがなければ、酔いつぶれた彼女を見るなどという事はなかっただろう。
絡めた腕、触れる肩から温もりが伝わってくる。酒が入っているので体温は高いが、不思議と熱苦しさは感じない。
彼が飲みに行く時は大抵一人だ。連れがいたとしても男ばかりで、こんな風に酔った女性を連れ歩く事にはあまり慣れない。ましてや、彼女なら尚更だ。
「……………」
ふと、神宮寺のしがみつかれている方の腕に不自然な力が入る。彼の肘に、柔らかいものが押し付けられた為だ。
丸みを帯びた、弾力のある感触。確かめずとも、何であるかは容易に分かる。
傍らの洋子を見ると、彼の肩に頭をもたれかからせ、うつらうつらしている。力が入らない為、自然と密着してしまうのだろう。
(……いかんな)
涼しい夜風に顔を上げ、一つ深く息を吸う。ゆっくりと吐き出して自身を落ち着かせると、止まりかけていた足を再び前へと歩ませた。
* * * * *
……そこまでは、鮮明に思い出せた。
それから事務所まで帰って来たは良いものの、酔いの醒める気配のない洋子をどうして良いか分からず、とりあえず上のフロアのベッドに寝かせる事にしたのだ。
その際、彼女を運ぶのに手間取ったのを覚えている。
半分眠っているような状態の彼女は、神宮寺にしがみついて歩いていた。
支えるにしても不用意に体に触れる訳にもいかず、それでも集中力の欠けた意識下でなんとか無事にベッドに横たえ、自身も下階のソファーに身を沈めたのだ。
──が、しかし。
寝転がってしばらく経って、感じた気配に目を開けてみると、上で寝ている筈の洋子がそこにいた。
寝ぼけて降りて来てしまったのだろうかとも思ったが、それにしても様子がおかしい。
神宮寺をじっと見つめて離れないその目は、少し潤んでいる。そして彼の肩に添えられた彼女の掌と指は、時折シャツ越しに感触を確かめるように動く。
彼女がそれを意識しているかどうかを別にしても、男をその気にさせるには十分な誘惑だった。
「……洋子君」
それを振り払おうと呼びかける神宮寺の声には、力がこもらない。酔いと眠気のせいだけという訳でもない。
洋子の体を退かそうと腕を掴んだは良いが、その先へ動かす事が出来ないでいる。
迷う神宮寺を追い立てるように、彼女はその身をソファーの上に乗せ、彼の脚を跨いで座り込んだ。無造作にめくれたスカートの下の腿が、神宮寺の両足を挟み込んで広がる。
隙間から見える淡いピンク色の下着から慌てて目を逸らしながら、普段なら絶対にありえないこの状況の原因を神宮寺は察した。
彼女は、悪酔いしているのだと。
「洋子君、その……降りてくれないか?」
僅かながら冷静さを取り戻した声で、神宮寺は改めて呼びかける。
洋子が離れようとする気配はない。これほど近い距離で、聞こえていない筈はないのだが。
探るように見上げる神宮寺の視線が彼女のそれと交わった。
ずっと彼の顔を見つめ続けていたのであろうその目は、不満げに細められている。
──何故だ。気を悪くするような事をしただろうか。
気まずさに目を逸らす神宮寺。肘かけにもたれた彼の頭のすぐ傍に、洋子は顔を近づけてきた。
「……ひどい」
耳元でそう囁き、神宮寺の体の上にその身をそっと委ねる。
柔らかい膨らみが彼の胸板に触れ、その微かな重みに体が強張る。
落ち着かなければ──そう言い聞かせても、あまりに近すぎる女の感触に酔った彼の身は少しも言う事を聞かない。
「私の気持ち……分かってらっしゃるくせに」
これまでに聞いた事もない、拗ねたような声で洋子がぽつりと呟いた。
さらに頬と頬が触れそうな程詰められた距離で、甘ったるい吐息が耳をくすぐる。
夢かと思う程の、普段と今の彼女のギャップ。
それがこんなにも欲を煽るものなのかと、神宮寺は内で疼くものに惑っていた。
「……そろそろ、寝よう。明日も仕事が」
「私は」
神宮寺の言葉を遮って、真正面から顔を見つめる洋子。目が据わっている。
「そういう対象としては、見て頂けないんですか……?」
「そういう訳では……」
「じゃあ……」
起き上がろうと動かした彼の手に、自身の手を添えて阻む。
「どういう訳なんです?」
いつになく押しが強い。
酒で変わる人間はよくいるが、どうやら彼女もその内の一人らしい。
「……………」
答える言葉が思い浮かばず、動く事さえ出来ずにいる神宮寺に焦れてか、洋子はゆらりと体を起こした。
しかしながらまだ彼から離れるつもりはないらしく、ブラウスの襟元に指をかけ、ボタンを外しはじめている。
震える指先のぎこちない動き、そして躊躇うように伏せたその目を見るに、羞恥を感じてはいるようだ。
恥じらいながらも自身を晒そうとする女を前に、どうして昂ぶるものを抑えきれようか。
ボタンを全て外し終え、衣服を脱ぎかけた洋子の動きが止まった。
「……先生」
何かに気付いたような彼女の声に、神宮寺はまずい、と身を捩じらせたが既に遅く。
座り込んでいる彼女の股下に当たる、硬いもの。
それの意味するところを察し、洋子は顔を赤らめながらも口元を綻ばせる。
「嬉しい……」
ブラウスの前を掴んで肩まではだけさせると、その細い指で彼のシャツの襟元をつまんだ。
ひとつひとつ丁寧にボタンを外しながら、洋子は再び身を屈め、神宮寺の肩に顔を乗せる。
眼前で音を立てて動く喉仏に目を細めると、噛み締めるように呟いた。
「私でも……良いんですね」
「……君こそ」
ようやく零れ出た神宮寺の声は、普段にもまして低くひそめられていた。やむなくといった響きではあるが、欲を含んでいるのも事実だ。
ほのかに香る艶やかな黒髪に顔を寄せ、指を絡ませながら続ける。「俺でも、良いのか?」
洋子が顔を上げると、指の隙間から髪がするりと離れる。
ほんの一瞬、見つめ合った後の口付け。
それを答と受け取り、神宮寺は彼女の手に指を添え、唇を啄んだ。
手の甲を撫でる指先の動きに、ふ、と洋子が息を漏らす。
僅かに開いた唇を押し開いて舌を入れると、酒の匂いと彼女の温もりを舌先に感じた。内側へ這わせていくと、次第に甘い熱が舌を、意識を包まんとするのが分かる。
彼女もおそらく同じものを感じているのだろう。重ねた指先は小さく震え、時折開くその眼はうっすらと細められている。
交わらせた彼女の舌は神宮寺のそれに合わせて動くが、受け止めるのがやっとといった様子だ。
押しの強さの割に、攻める事には慣れていない。
それが少しおかしく思えて、揺さぶってやりたくなった。
「んんっ……」
息を継ごうとする洋子のうなじに手を当てて顔をさらに寄せると、詰まらせた声を喉から零す。
それだけに留めず、彼女の舌裏を探り緩急をつけてなぞると、重ね合わせた互いの唇の中からねちゃりと音が立つ。
それに昂ぶりを覚えたのか、洋子は鼻にかかった声音を漏らしながら肩をぴくっと震わせた。
しばしぬめる口内を味わう内に、彼女の目はすっかり虚ろになっていた。
自重を支える腕の頼りなげに揺らぐさまを一瞥すると、神宮寺は一旦顔を引いて唇を離した。押さえていた手が離れると力が抜けたのか、彼女の頭は再び彼の肩へと埋まる。
離した唇から甘い熱を逃がすように、洋子は大きく息を吐いた。
「はあっ……はぁ……」
温かな重みに心地よさを覚えながら、神宮寺は彼女の顔を覗き込む。
官能の余韻に浸り潤みを増した洋子の瞳も、次をせがむように彼を見つめ返す。艶に満ちたその眼差しに、神宮寺は思わず嘆息した。
「先生……」
呼吸を懸命に整えつつ、洋子が呟く。「すごく……上手」
──これは、褒められていると思って良いのだろうか。
そんな事を思いつつ、神宮寺は彼女の体に手を伸ばす。
「他の女性とも、こんな風に……?」
ぽつりと尋ねて、洋子もその手をシャツの隙間から覗く厚い肌の上に滑らせ、呼吸に合わせて動く胸板を指で撫でる。
「……他?」
ささやかな愛撫にくすぐられながら、神宮寺は彼女の言葉の意味を計りかね、問い返した。
半端に脱げかけたブラウスの内側に通した両腕が動きを止めたが、一瞬の後にブラジャーのホックを外す。
するりと落ちたブラジャーをソファーの背もたれにかけ、あらわになった乳房を掌で覆うと、柔肌の吸い付くような手触りを感じた。
指をそっと押し付けて撫でるように動かすと、白い素肌に徐々に赤みがさし、体の内の高まる熱を感じられるようだ。
「っ……んん……」
洋子が肩を小さく揺らしながら、濡れ光る唇の隙間から声を漏らす。
唇を少し震わせて、切なげな目で言葉を発する。
「いるんでしょう……? そういう人」
「……どうして、そう思う?」
問いかける合間にも、彼の手は止まらない。
下向きに椀型になった胸をまさぐる手にもはやぎこちなさなどなく、張りのある膨らみに指を食い込ませ、緩やかな動きで揉みほぐしていく。
硬くなった桃色の突起を親指で何度か転がすと、引き締まった体の上で洋子の指がぴくぴく震えた。
「あぁ……」
上擦った声と共に、密着した下半身がもどかしげに動き、神宮寺のものをズボン越しに擦る。
神宮寺は少しばかり息を詰まらせながらも、ソファーに預けていた身を持ち上げ、洋子を足に乗せた状態で向かい合った。
惚けた表情のままで神宮寺の体にもたれかかってくる彼女。ブラウスの内側に手を伸ばして背や腰を撫で回すとぞくりと身をわななかせ、喉元に甘い息を吐きかけてきた。
「だって……なんだか手慣れてらっしゃるから」
そう答え、洋子は探るように彼を見つめる。
期待と不安が半々の視線を、彼は真っ直ぐに受け止めた。
熱のこもった眼差しと向き合う事、数秒。
少しの間を置いて、神宮寺は口端をうっすらと緩める。
「……想像に任せるよ」
正直に白状しても良いと思いながらも、神宮寺は敢えてはぐらかしてみせた。
あまりに真剣な目で見つめてくるから、本気になってしまいそうだったのだ。
──何故、よりによって自分なのだろう。
寄ってくる男はいくらでもいるだろうに。もっとましな付き合いが出来る男も選べるだろうに。
そんな彼の心中の問いを洋子は知る由もなく。
しばし神宮寺を見つめた後、彼の首筋に唇を這わせた。
小さな音を立てて吸い付いた箇所に赤い痕を残し、囁く。
「抱いてください……その人みたいに」
鬱血した部分をちろりと舐める様子は、素面の彼女からは考えられない程淫らだ。切なそうな表情と相乗して、劣情を掻き立てる。
「……すぐ戻る」
誤解させたまま否定もせずに、神宮寺はそう告げて立ち上がった。
応接室を出て行く彼を不安そうに見上げながらも、洋子は黙ってそれを見送る。
酔いが醒めて冷静になった時、諦めてくれたらいいと神宮寺は考えていた。こうして交わる事を受け入れておいて、今更と思いながらも。
さほど時を置かずに戻って来た彼は、無言のまま洋子の座り込んでいるソファーに腰を降ろし、彼女の腿を指で撫でた。
まだ続けてくれるのだと気付いて安堵した彼女は、神宮寺のズボンのベルトをそっと緩める。
彼の指はやがてスカートの中へと滑り、秘部を覆う下着へと辿り着いた。
生温かく湿ったそれをずらして、茂みの下の割れ目をなぞる。ぬるりと粘る液が指先を濡らした。
陰唇を掻き分けて中をまさぐると、ちゅくちゅくとキスのような音を立てて柔肉が指に絡み付く。
「ん、ふっ……あぁ……」
内側を擦る度に足をぴくぴくと震わせ、洋子は掠れた声を漏らす。
神宮寺のスラックスに伸ばされた彼女の手は、快感に翻弄されてなかなか思うようには動かない。
それでもなんとかジッパーに指をかけてそこを開き、布越しの神宮寺の昂ぶりに触れた。
「温かい……」
クスリと微笑む洋子の顔は普段見るそれと変わらないのに、朱に染まった頬と彼女の手の動きが、それをいかがわしさに満ちたものに変える。
トランクスを両手でそろそろとずらしていくと、半勃ちになった彼の陰茎が洋子の視界に現れた。
間近で見る事に慣れていないのだろう、頬も耳も真っ赤にして、わななく指先でそれをなぞる。
洋子の膣を充分に潤いほぐれるまで愛撫した神宮寺は指を引き抜き、男根を前にぎこちなくなっている彼女をどこか楽しそうに眺めると、何事か耳打ちした。
僅かに身を硬くした洋子だが、こくりと頷いて両手を彼のものに添え、亀頭に口付けた。
ぷるりと弾力のある唇で触れては離れを繰り返し、神宮寺の様子を確かめながらゆっくりと手をスライドさせる。
「んむ、ふっ……んぅ……」
こわごわとした手つきと不規則な呼吸は、口淫をし慣れていないのだという事を示している。
だがそのおぼつかなさや、これで良いのかと時折目で問い掛ける仕草が、男の胸中に疼くものを感じさせた。
先端から幹へと唇を降ろしていくにつれて、零れる吐息で湿った熱を帯びていく男根。
開いた唇で側面を咥え控えめに吸い付いていく内に、硬さを増したそれはやがてぴんと反り返った。
眼前でそそり立ったものに鼓動を高鳴らせて、洋子は上目遣いに彼の顔をうかがう。
物欲しそうに訴える眼差しを見れば、次に何を求めているのかは明白だ。
神宮寺は目配せして洋子に顔を上げさせ、ズボンのポケットから何かを取り出した。
小さな薄い袋を開封した中から出てきた物は、コンドーム。先程、応接室を離れた際に取りに行っていた物だ。
ごく自然な動作で準備をする彼をなんとなく複雑そうに見つめつつ、洋子もスカートと下着を脱ぎ下半身を露わにする。
乱れたブラウスも脱いでしまおうとしたところで、洋子の背はソファーに深く沈められた。
「……上はそのままで良い」
そう言ってじっと見下ろす神宮寺。洋子は意味が分からず、ただただ不思議そうに彼を見上げる。
──衣服を全て取り払ってしまうより、この方が扇情的だ。
そんな事はさすがに口にはしない神宮寺だが、瞳に宿った情欲の熱は隠せない。
その視線を真っ向から受け止めて潤む彼女の目は、色濃い期待に満ちていた。
それに応えるべく、神宮寺は彼女の足を開かせ、蜜を湛える秘唇に先端を押し当てる。
ぬちゃ、という水音と共に触れ合った箇所が、相手の熱を求めてじんと疼くのを感じた。
欲するままに腰を進め、狭く温かい肉の穴を彼自身の形に馴染ませていく。
「ん……あ、うん……はぁっ」
膣内を深く浅く開く度に耳に入る、上擦った洋子の声。
圧迫する異物に耐える苦しげな響きは、やがて甘く艶めいたものに転じていた。
ゴムの中できつく張り詰めた側面で粘膜を擦り、先端で奥をぐりぐりと刺激すれば、感じる悦びに悶えてがくがくと腰を浮かせる。
その度に彼女の中の襞は肉棒にまとわり付き、離すまいとばかりに強く締め上げるのだ。
「あっ……は、あぅっ……! せん、せっ……せんせぇっ」
快感に咽びながらの女の呼び声が、彼の内の感情をより激しく高まらせる。
彼女の気が済むまで、今この時だけ──そんな言い訳めいた理屈を押し退けて、自身の欲の求めるままに彼女と繋がっていたいと。
諦めて欲しいなどという少し前までの考えは、もはや神宮寺の頭の片隅にすら残っていなかった。
絶頂が近付くのを感じてか、洋子の腕が首に絡み、ぐっとしがみついてきた。
同時に秘部の締め付けが増し、摩擦の勢いを一層激しいものにする。
耳に心地よい女の喜悦の声を堪能しながら、神宮寺も彼女の体を抱いて果てに行き着いたのだった。
* * * * *
顔に当たる光の眩しさに、神宮寺は重い瞼を押し上げた。
ブラインドの隙間から差し込む陽はまだ柔らかいが、寝不足気味の眼にはやけに滲みる。
ついでに体も怠い。二日酔いだけのせいでは、決してない。
痛む頭を押さえながら上半身を起こし、自身の状態を確かめる。
シャツの前は開きっぱなしだが、下着もスラックスも履いている。後始末も済ませて寝たようだ。
周りを眺めると、すぐに向かいのソファーに横たわる女の姿が視界に入った。
こちら側を向いて寝息を立てている彼女の肩から腰にかけては、すっかりシワの寄ったブラウスに覆われている。
しかし前のボタンがはずされたままである為、鎖骨から胸元までよく見える。
また、下半分も脱いでそのままなので、秘所こそ上からかけておいたスカートで隠れているものの、白く張りある太股は剥きだしなのである。
──寝起きには、刺激が強すぎる。
釘付けになりそうな視線を無理矢理引き剥がしたが、次に目に留まったのは、背もたれに引っ掛けたままのブラジャー。
再び別の所へ目を向ければ、簡単に折りたたまれた彼女のショーツが。
「……………」
易々とは崩されぬ理性を持っていると、彼自身疑っていなかった。
だが、このような光景を目の当たりにして無反応でいられるなら──男ではない。
立ち上がり、洋子のいるソファーに近付いた。場所をとるテーブルを少しずらし、彼女の前に膝をつく。
さほど広くないスペースで足を折り曲げて眠る姿は、少々窮屈そうだ。
乱れた髪を軽く撫でつけながら、穏やかな寝顔を見つめる。
整った顔立ち。安らかに伏せられた睫。透明感ある頬。
微かに開かれた唇を指でなぞりながら、数時間前の彼女を思い返す。
──この唇が言ったのだ。抱いて、と。
「………ん」
不意に彼女の眉がしかめられ、唇が声を漏らした。
うっすらと開いた目。眠たそうに数回瞬きする。
その様子を、神宮寺は黙って見ている。
「……………」
見つめ合う事、数秒。
「……っっ……!!」
みるみるうちに表情が凍りつき、洋子の体はがばりと勢いよく跳ね起きた。
「おはよう」
「せ、せっ、先生っ……! わ、わたし……」
とりあえず落ち着き払って声をかけてはみたが、神宮寺は心中穏やかではなかった。
酒癖の悪い人間の中には、酔った時の記憶を失くしてしまう者もいる。
彼女がその手のタイプなら、この状況では彼の方から襲ったと思われかねない。
しかし、実状は語るにはあまりにも……
「もっ……申し訳ありませんでした」
「…………?」
洋子の消え入りそうな声が謝罪の言葉を発した事で、神宮寺の思考は一瞬止まった。
改めて彼女の様子を窺う。
右手でブラウスの前をぎゅっと握り締め、左手で下を隠すスカートを掴んで俯く姿から、心底から恥じらっているさまが見てとれる。
が、自分の有様を見て訳が分からず混乱しているといった様子ではない。
想像していたような、怯えたり詰ったりという態度からは程遠い。
昨夜の事を覚えていないという訳ではなさそうだ。
ひとまずの安堵に深く長い溜息をつく神宮寺だが、洋子の方は気が気でない。
酒の勢いに任せて秘めていた想いを吐露した上、半ば強引に関係を求めてしまったのだ。
さかんに乱れた髪に指を絡め、彼の様子をうかがったり、慌てて目を逸らしたりしている。
「洋子君」
静かに呼ばれて、ぎくりと肩を強張らせる彼女。
「一応言っておくが……」
視線を逸らしたまま、洋子は彼の言葉に耳を傾ける。
──なんて事をしてしまったのだろう。どうしよう。何を言われるのだろう。
きっとそんな声ばかりが脳内に渦巻いているのであろう、彼女の切迫した横顔。
滅多に見られない光景に口角が緩みそうになるのを抑えながら、焦らすには充分な間を置いて口を開いた。
「誰かと寝たのは、昨夜が久々だ」
「………え」
おずおずと神宮寺の方に顔を向けた洋子。切れ長の目を見開いて、ぱちぱちと瞬きする。
「……そんなに驚く事かな」
「あ、いえ、そういう訳では……」
洋子が驚くのは無理もないだろう。彼女が予感していたであろう気まずくなるような反応が、一切なされなかったのだから。
彼女がされて当然と思っている反応をする気は、神宮寺には毛頭なかった。恥をかかせるだけだからだ。
そもそも何とも思っていない女性なら、受け入れる事さえしなかっただろう。
「出来れば……」
まだうろたえている洋子の体を押し倒し、赤く染まった耳に囁く。
適当な言葉ではぐらかして勘違いさせたにもかかわらず、本当の事を告げたくなった。
理由は言うまでもない。
「これきりには、したくないんだが」
この女性を、諦めてしまいたくなくなったからだ。