「おはようございます……」
普段通りの出勤時刻。
探るような控えめな声で挨拶をしながら、洋子は事務所内に足を踏み入れた。
神宮寺はまだ起きてはいないらしく、下りたままのブラインドの隙間から陽光が差している。
久方ぶりの休息。しかも数週間ぶりに自身の住処に帰って来たのだ。さぞかし疲れているに違いない。
洋子はそう考えるとブラインドを上げ、大きな音をたてぬように気遣いながら事務所内の清掃を始めた。
ようやく穏やかな気持ちで迎えられた朝。僅かな曇りもきれいに拭き取った窓に映る彼女の表情は明るい。
ここ数日、掃除をしている時間も余裕も無かった為、室内は多少埃っぽくなってしまっている。
だが洋子がテキパキと動いて回ると、みるみるうちに清潔感を取り戻していった。
すっかり元通りといった様子の事務所を見渡して、洋子はひとつ息をついた。
神宮寺がいつ起きて来ても良いようにテーブルの上に新聞を置いておく。そして椅子に座り、パソコンを起動させようとしたところで、ふと手を止めた。
84 名前:22 投稿日:2009/06/30(火) 21:57:10 ID:CJoBuIfW
定時を過ぎても、書斎の方から物音さえ聞こえてこない。昨夜はベッドで休んだのかもしれない。
昨日見た様子だと、書斎の中は随分と散らかっていた。あんな状態では満足に休む事など出来ないだろう。
それに彼の事だから、しばらくは片付けもせずに放置しておくのではないだろうか。
「……………」
洋子は腰を上げ、書斎へのドアの前に立った。
軽く、しかし聞こえる程度にドアをノックし、しばし黙って様子をうかがう。
返答は、ない。
人の気配も、やはり感じられない。
「失礼します」
小声で一言断ってから、洋子は書斎内に入った。
案の定、室内には誰もいない。床に散らばった本も、書籍の壁を取り払って剥き出しになった金庫も、そのままである。
洋子は足元に落ちている本を一冊拾い、縁にうっすらと付いた埃を払った。床や机の汚れ具合は、彼が失踪する以前から大して変わってはいないようだ。
勝手に書斎に入った事を少し申し訳なく思いながら、彼女は散らかった本やファイル類を集め始めた。
どの本がどの辺りに入っていたかは分からないが、巻数や種別で区別して入れておけば大丈夫な筈だ。
そう思いながら、あまり本が抜き出されていない棚をちらりと見て、洋子は唖然とした。
棚の端から順に、近代日本文学集、犯罪心理分析 下、身近に学べる生物学、日本文化の歴史 上巻、アメリカンジョーク全集、精神分析療法 第三巻……とある。
続き物の書籍の続巻を探してみると、下の段の棚やら、別の本棚やらにしまわれていた。規則性が、殆ど見られないのだ。
知らず知らずの内に、溜め息が零れた。
神宮寺が片付けが苦手だという事は洋子も十分に知っているつもりでいたが、まさかここまでとは思っていなかった。
片っ端から書籍を抜き取って整頓してしまいたい衝動に駆られそうになったが、彼女はそこをぐっと堪える。
ここは神宮寺の私室だ。ひどい有様であるとはいえ、むやみに手を出して良い領域ではない。
せめて床に放られている物だけでもと机上に置いたは良いが、元はどの棚にしまってあったかが分からない。
もっとも、こんな状態で彼が室内の物の位置を把握しているのかどうか疑わしいのだが。
洋子は無造作に本が詰め込まれている棚から離れると、どうしたものかと改めて周囲を見回した。その視線が、本に囲まれて一際目立っている金庫に向けられる。
この金庫の存在を、洋子は今まで全く知らなかった。
毎日のように接していても、分からない事などいくらでもあるものだ。
昨日見た時は何も入っていなかったが、普段は一体何を入れているのだろう。
少し興味が湧いてきて、洋子は金庫に近付いた。
昨日は急いでいてよく見ていなかったが、金庫の横の余ったスペースにも本が収納されているのが分かる。
棚の前部分に抜かれずに残った分厚い洋書達の端から、文庫本の背表紙が見えている……見た事のないタイトルだ。
どんな本なのだろうかと思い、何気なく手に取ってみる。しかし表紙が視界に入った途端、洋子の顔が固まった。
目隠しをして衣服をはだけさせた女性の絵が、彼女の目を釘付けにしたのだ。
僅かな間をおいて、洋子の頬が真っ赤に染まった。
慌てて息を殺し、耳を澄ます。まだ事務所の方に人の気配が感じられない事を確認すると、洋子はふう、と息をついた。
そして改めて表紙を見つめる。これはやはり、"そういう類"の本なのだろうか。
「……………」
ごくりと一つ、喉を鳴らして洋子は本を開く。
ぱらぱらとページをめくり目を通してみるが、驚きと緊張のせいで内容は殆ど頭に入ってこない。
だが時折目に留まるあからさまに卑猥な単語や台詞が、"そういう類"の本である事を如実に語っている。
本から目を離し、洋子は先程よりも深い息を吐いた。
男性との交際の経験が皆無ではないし、こういう事を受け入れられない程幼くもない。
神宮寺とて男性だ。こういう物を持っていても不思議ではないだろう。普段そういった面を見せないだけなのだ。
そう自身に言い聞かせて、洋子は熱くなった頭をようやく冷ます。
驚きはしたが、納得するのにさほど抵抗はなかった。むしろ、彼がどういったもので解消しているのか、興味を持ってさえいる。
後ろめたく思いながらも好奇心が勝り、洋子は金庫の横をそろそろと探り出す。
視界を阻む洋書を退かせ、さっきの本を見つけ出した場所のさらに奥を覗いてみる。
すると、やはり秘め事を思わせるタイトルの文庫本が、数冊並んでいた。
思っていたよりも数が少ない事と、どれも比較的落ち着いたタイトルである事にどこか安堵しつつ、彼女は再び手にしていた本を開いた。
多少の落ち着きを取り戻した洋子の目が、並ぶ文字群とその内容を読み取っていく。
性的描写こそが主体だけあって、とても細かく、より扇情的に表現されている。それこそ、女性の目にはあまりに生々しく映る程だ。
女の肌や局部に這う男の手の動きを示す一字一句全てが、洋子の頭の中にそのイメージをぼんやりと浮かばせる。
そしてそれに対する女の反応や切れ切れの台詞が、浮かび上がったものに重なって淫らな想像を膨らませていく。
ほんの少し興味を抱いただけだった筈なのに、不慣れな欲求に徐々に心を引き込まれていく感覚に洋子は戸惑った。
恥じらう気持ちは確かにあるのに、ページをめくる手を止められない。疼く身を持て余して、熱のこもった息を吐き出す。
(私……も)
文章から目を離さぬまま、洋子は衣服の上から自身の体に指を置く。
(こんな風、に……)
胸の上辺りに触れただけでそれより先に動かせないのは、まだ残る理性が許さないからだろうか。
それでも文章から次々に浮かぶ情景が鼓動を高鳴らせ、速まらせる。
布越しでは、足りない。
ますます収まらなくなってくる内側からの熱を鎮めてしまいたくて、洋子はブラウスの襟元にそろそろと手をかけた──
「……洋子君」
低い声が、真後ろで響いた。
ボタンに触れた洋子の指先が、ぎくりと強張る。
刹那頭の中が真っ白になり、体中の熱を集めたかのように顔が熱くなった。
ドアが開く音にすら気付かぬ程に見入っていた自身を恥じながら、洋子は鈍った思考を巡らす。
声の主が誰であるかなど百も承知だ。だからこそ、振り向けない。どんな顔で、何を言えば良いのだろう。
「おはよう」
少しの間の後に、神宮寺は静かな声でそう言った。
その声に多少ではあるが、洋子は安堵した。元はと言えば、書斎に入ったのは片付けをする為だ。やましい事があった訳ではない。
平静を装って彼女は振り返った。手にしている本を閉じ、彼の視界に入らぬように、自身の影に隠しながら。
「おはようございま……」
挨拶を返そうとした洋子のぎこちない笑みが、固まった。
彼女の腕は神宮寺の手に捕らえられ、後ろまで動かす事は出来なかった。更に掴まれた手から、本が引き離される。
「あ……」
「……………」
表紙を一瞥してから、神宮寺は再び洋子に顔を向けた。
密かに所持していた物を見られた割には、あまり動じていないように見える。
気にしていないのか、表に出さないだけなのか。
むしろ洋子の方が、あからさまな程に動揺していた。
腕を掴まれ、半端に振り返ったままの体勢でおろおろとうろたえている。
それを黙って見つめていた神宮寺が、ふと小さく笑みを浮かべた。
「意外……だな」
本をデスクの上に置くと、神宮寺は洋子の腕を引いて自分の方へ寄せ、空いた手を滑らかな頬に這わせた。
「こういう本は、よく読むのかい?」
「よっ……」予想してもいなかった問いに、洋子は裏返ったような声を出す。「読みませんっ……! いきなり何おっしゃって……」
「その割に、随分読み耽っていたようだが」
洋子の反論の声が止んだ。目を逸らして、呟くような声で彼女が零す。
「……いつから見てらしたんですか」
「さあ、いつからだろうな」
そう言うと、神宮寺は洋子のブラウスのボタンをひとつずつはずしはじめた。
「え……先生、何……」
唐突な行動に疑問の声を発しようとする彼女の唇は、神宮寺の唇によって塞がれた。
驚き目を瞬かせる洋子の視界いっぱいに、神宮寺の顔が映る。
普段と変わらない落ち着いた眼差しの中に、言葉では表現しがたい凄みのようなものが見える。
抗えない──視線が、彼女にそう思わせた。
「ぅん……ふっ……」
唇の感触を確かめ合う内に、おさまりかけていた火照りが湧きだし、洋子の胸中を揺さぶっていく。
前を開かれ、その内側のキャミソールの上から胸をなぞられ、肩が震えた。
「ん……はあ……んむっ……」
息をうまく継げなくなって唇を開いたところに、神宮寺の舌が滑り込んできた。
思わず身を引こうとする彼女のうなじに手を添え、神宮寺はさらに深く口付ける。
互いの口内の温もりが混ざり、溶け合い生じる快感。
息をつく事もままならない中、ぼんやりと頭を覆う甘い痺れ。
忘れかけていた心地よさに浸る内に、洋子の体にこもっていた力は緩んでいった。
「……ぁ……」
不意に、唇が解放された。
僅かに繋がれていた唾液の糸も途切れ、彼女を一方で支え、もう一方で翻弄していた腕が離れる。
ふらつく足になんとか力を入れると、洋子は神宮寺の顔を見つめた。どこか、名残惜しそうに。
「少しは嫌がるかと思ったが」
そう呟いた神宮寺の目から、先程までの熱は失われていない。
「これは合意と見ても良いのか?」
上目遣いに彼を見る洋子の顔は、ますます恥じらいの色を増していく。
それでも言葉で拒絶する事もなく、その身を神宮寺から離しもせず佇む姿は、彼の言葉を肯定しているのと同じだった。
返答がないのに構わず、神宮寺は洋子のブラウスを大きく広げさせ、両肩を外に晒した。
そして細くも丸みのある肩から二の腕にかけて指を這わせながら、片手を下着の内側に突っ込んでブラジャーをずらす。
「……先生こそ」
少しは落ち着いてきたのか、洋子は言葉を紡ぐ。「よく読まれるんですか?」
「ん?」
「その……ああいう、ものを」
まだ恥ずかしさが消えないせいか、声が小さくなる。
「……まあ、それなりにな」
決まり悪そうに答える神宮寺だが、その手の動きは止めない。張りのある胸に直に触れ、五指をやわやわと押し付けている。
「幻滅したか……?」
耳に囁くぞくりとする程低い声に、洋子の鼓動が高鳴った。
「……………」
洋子は無言ながら首を振る。幻滅など、しない。
それに彼女自身も彼と同様に、あのような本で心身を昂ぶらせていたのだ。そんな事を思える立場ではない。
洋子の答を確認すると、神宮寺はやや慌ただしい動作で下着を引き上げ、露わになった乳房に顔を寄せた。
早急な動きに驚き揺らいだ洋子の背中が、本棚に押し付けられる。
「あの……先生」
「悪いな」
そう言った彼の唇が膨らみに触れ、硬い指が素肌に食い込む。
啄むような口による愛撫が徐々に胸の先端におよび、洋子は堪えるように身をよじった。
「抑えがききそうにない」
くぐもった声が、彼女の耳に届いた。
大きな両手で胸を捏ねるように揉まれて甘い息をつく彼女の目に、ブラインドの隙間から差し込む光が映る。
日中、しかももう開業時間も近いというのに、こんな事をしていて良いのだろうか。
隅に追いやられていた理性が、これ以上は駄目だと洋子に呼びかけてきた。
そうしている間にも、神宮寺は彼女の体の感触を味わい続ける。
柔らかく、そして張りのある肌に指先や掌を擦りつけては、その滑らかさを堪能し温もりに浸っている。
「……ん……っ」
男の手のあまりの心地よさに、きつく結んだ唇から声が漏れかけた。
欲求のままになびきそうな自分を抑えて、洋子は懸命に神宮寺の体を押し離そうとする。
「…………?」
問うような視線を向けてくる彼に、彼女もまた視線で訴えかける。窓の方をちらりと見ながら。
「ブラインドなら降りたままだが」
外から見られてしまう事を懸念しているのかと思った神宮寺は、それだけ言って愛撫を続ける。
「そ、そういう事ではなくて……」
止めるべきなのに、やめて欲しくない。
相反する思いにもどかしげに言葉を濁らせる洋子を、神宮寺は見つめた。
少しして、彼の手が洋子の身から離れた。
察してくれたのだろうかと安堵し、同時にまだ疼く身に恥じらいを覚え、洋子は神宮寺から目を逸らした。気が緩んだその時を見計らったように──
「あっ……!」
彼女の体は、今度は彼に背を向ける形でデスクに押し付けられた。その勢いで、積まれていた数冊の本がバサバサと滑り落ちていく。
ひんやりとした机の表面に露わになった胸が触れ、洋子はびくりと身を震わせる。
驚き戸惑っている内に手首を掴まれ、耳元に熱い吐息と共に声が届いた。
「今更、やめろなんて言わないよな?」
返事も待たずに神宮寺は後ろからスカートをたくし上げ、下着越しに双丘を撫でる。
「せ、先生っ……」
洋子が頭を振って懇願するように呼びかけるが、神宮寺の手は止まらない。
左手で洋子の腕を押さえたまま、右手で秘所の辺りをまさぐり、指で筋をなぞる。
布を通した湿りけが、荒れた指先に感じられた。
「濡れているな」
ひそりと告げられ、洋子の顔がかっと赤く染まる。
「い、言わないで下さい……」
「たいした事はしていないんだが」
羞恥に声を震わせる彼女を煽るように、神宮寺は言葉を続ける。首筋に息を吹きかけながら。
「……本を読んで、感じていたのか?」
「……っ……」
彼の言葉を否定する事が出来ず、洋子は顔を背けた。熱のこもった頬が机に触れてひやりとする。
「男の部屋で、無断であんなものを読んで……」
見過ごせないな、と続ける彼の声は、洋子が聞いた事がない程に熱っぽかった。
クロッチ部分をずらして、硬い指が直に茂みを探る。思わず零した彼女の息が、机上を僅かに湿らせた。
「あぁ……」
溜め息混じりの声は艶めいて、刺激を与えられる度に心地よさそうに震える。
指で撫で回されてくちゅくちゅと音をたてる割れ目はだいぶ潤っていて、時折その唇を物欲しそうにひくつかせる。
指を咥えるような動きをしてみせる秘部の様子に笑みを浮かべ、神宮寺は試すように問い掛けた。
「我慢、出来ないだろう……?」
顔を覗き込み答を求める彼に、洋子はぎゅっと目を瞑って抗う。
そうでもしないと、欲しいと言ってしまいそうだったからだ。
だが視界を閉ざしてしまうと、他の開かれた感覚は研ぎ澄まされる。
自分の吐息。神宮寺の吐息。秘所を弄る音に、そこからじわじわと湧き出す快感──
昂ぶらせるものばかりを感じとれるのに、その先にまでは行き着けない。
辛そうに頬を机に擦りつける洋子を攻める愛撫は膣内に及び、彼女の燻りを僅かに慰める。だがそれでは足りないと、欲求は彼女の迷える思考に訴え続けた。
それに乗じるように、机と体に挟まれて苦しそうな胸に神宮寺の手が伸びる。
温かく、少し汗ばんだ掌に乳房を揉まれて身体を揺らす洋子の姿は淫らで、切なそうな表情が艶を一層濃く見せた。
「せん……せ……」
しばらくして吐息の隙間から漏れた彼女の声は、すっかり熱に浮かされていた。
一旦手の動きを止め、神宮寺は洋子に呼びかけの先を促す。
愛撫と衣擦れの音が失せた室内はとても静かだ。その中で、洋子の荒い呼吸と、ごくりと唾を飲み込む音がやけに響く。
うっすらと開かれたままの唇が動いた。
声は小さく聞き取りにくかったが、察する事は出来る。
乞うような彼女の目に、拒絶の意思は見えない。
「待っていてくれ」
一言告げて、神宮寺は洋子の視界の外で何かを探り出す。少しして彼女の秘唇に押し付けられたものは、スキンで覆われていた。
この部屋にはこんなものまで置いてあったのか。
洋子は心の内でひそかに笑った。
やはりここは男性の部屋なのだ。自分が勝手に入って良い場所ではなかった。
そう自身を窘めながらも悔いはせずに、洋子は熱の塊を受け入れていた。
「は……あぁ……」
拡げられ、埋められる。
下腹部から生じる幸福感にも似た官能に身をわななかせ、彼女は喘いだ。
途中で膣肉に押し返されながらも、神宮寺は腰を引いては押し込みを繰り返し、内部をゆっくりほぐしていく。
充分に潤んだ彼女の内側は、そう時を置かずにスムーズな律動を促す。
開かれ貫かれる痛みを殆ど感じぬままに、洋子の意識は悦びに溶かされていった。
「はぁっ……あっ、先生……もっと……!」
洋子自身、信じられないような言葉が口を突いて出てきた。
ほんの一瞬動きが止まったが、直後彼女に応えるように、腰を打ち付ける動作が速まる。
同時に彼女の中を攻めるものは硬さを増し、より強い弾力をもって膣を擦り上げ、互いの快感を高めていく。
「あっ……んん、は、ぁ」
突かれる度に体を前後に揺さぶられ、机上で洋子の上半身ががくがく震える。
尻に強く叩きつけるような深い挿入を施されて出てくる声は甘く、まるで泣いているようにも聞こえる。
上擦った声を漏らしながら、洋子は内心で驚いていた。これまでに見た事がない彼の一面に。
普段はそのようなそぶりを少しも見せない彼が、欲にまかせて女性を求めている。
そして求められたのが自分なのだという状況に、洋子は言い知れない喜悦と昂ぶりを覚えていた。
背後の神宮寺は言葉も発さず、きつさを増した彼女の中を行き来している。
表情こそあまり変わらないが、呼吸の荒さは隠せない。律動のペースも、次第に上がってきているようだ。
その激しさに合わせて彼女の体は反応し、膣内を埋めるものを離すまいと締め付ける。
するとそれに抗うように、彼自身の突きもより深いものとなる。
互いの興奮を感じ合い欲を満たし合う内に、終わりはほどなく訪れた。
頂きに行き着いて嘆息する洋子の目にぼんやりと映ったのは、壁にかけられた時計だった。
もう、とっくに開業時間を過ぎてしまっている。
それでも今少しの間だけこの心地に浸りたくて、洋子はゆっくり目を閉じた。
* * * * *
カチャカチャという金属音を聞いた洋子の目が、うっすらと開かれた。
彼女がデスクから顔を上げると、既に神宮寺は衣服を整え終えていた。
今更ながら気恥ずかしくなり、洋子は慌てて背を向け、すっかり乱れた服に手をかける。
ブラウスのボタンをぎこちなく閉じていると、神宮寺は事務所へのドアに手を伸ばし、口を開いた。
「……朝食を済ませてくるよ」
その後に少し小さな声で、すまない、と付け足される。
「先生、あの……」
どこか気まずそうにその場を後にしようとする彼を、洋子は引き止めた。
「勝手に部屋に入って……すみませんでした」
「いや……」
「でも」
神宮寺の声を遮り、洋子は微笑む。
「少しは書斎の掃除をした方がよろしいかと」
しばし神宮寺は不意を突かれた様子で洋子を見つめていた。その唇が、ふと綻ぶ。
「……分かったよ」
ドアを開けながら応じる彼の苦笑混じりの声から、ぎこちなさは消えていた。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
神宮寺をいつもと変わらぬ笑顔で送り出した洋子は、怠い体に力を入れた。
今日はまだ、仕事を始めてすらいないのだ。今から疲れてなどいられない。
自身を鼓舞して書斎を後にする彼女の足取りは、心なしか軽かった。