神宮寺は右腕を庇いながら、雪道を下っていた。
なぜ洋子が突き落とされた。
それをただ見ていたのは、
もしも、洋子が、
腕が真っ赤で動かないのは、
知らない誰かを殺した、
早く、もっと早く…
冷静でいられない、
止まらない、流れ落ちる血より多く、頭に血が滾る。
浮かぶ思考、その全てが抑えきらない怒りに変わる。
昂っている、
目頭がただ
脈打つ傷口よりもずくずくと、まるで泣いてでもいるように熱かった。
絶対に失いたくない
かつて、こんな不安があっただろうか。
冷静さは、底知れない恐怖との戦いで消え失せてしまった。
怒りに滲んだ視界に探すのは、
最後に見た洋子の、淡い服の色ばかりだった。
はやく、はやく、この手に、この腕に―――。
あと僅かで、神宮寺は洋子の倒れていた場所に着くだろう。
そうして残された、知らぬ男の足跡を辿るのだ。
その雪に、赤い雫を重ねながら。
――――――――――――――――――――――――――――――
「まだ、」
そう聞こえた途端、支えを失った身体が宙におちた。
激しい水音と衝撃に、洋子は意識を取り戻した。
そこは四角い木の箱の中、とぷんと溜まった湯の底だった。
ごふり 小さな泡の息を吐き出すが、次を吸う為に起き上がる力は、
洋子の身体に、もう残ってはいなかった。
あたたかい、と思った。
じんわりと湛えた湯の底で、涙は溶けてゆく。
願いはひとつだけでいい。
どうか、どうか無事でいて。
そうしてくれたら、もう私に後悔はありません。
あたたかな温度の中で、洋子はゆっくりと
まぶたを閉じた。
でも、先生
最後、最後に、ひとめだけ、会いたかった。
ほんとうは、さいごに、わたしに 触れてほしい。
ゆるされるのならば、あなたが わたしの すべてと―――
平たくなった肺から、最後の空気が漏れ出した時、
洋子はわずかに微笑んだ。
伝えたかった
私は、せんせいがだいすきでした
水底で、うごかなくなった女の髪を、
男が水面に掴みあげる。
またあの奇妙な笑みを浮かべて、力なくなめらかな 洋子の体を見つめる。
そして
つぷりと、洋子の口に深く指を入れ、のどをかき回した。
苦しそうに血の混じった水を吐いて、湯は、わずかに赤くなった。
気を失ったままの静かな表情、薄く開かれた唇に、男は自分の唇を押し付ける。
「まだ、しなないで。」
青痣だらけの洋子の体を抱えあげ、その男もまた全裸だった。
洋子を居間に寝かして、すぐにそこに覆い被さった。
秘所をまさぐって、鼻を押しつけて、それから丁寧に舐めあげた。
入り口に己の先端を押し当てて、なんの躊躇もなく力のままに挿入し、
内側にこすりつけながら、ゆっくりと出入りを繰り返し、
吸い付くような感触を、楽しむように最奥を目指す。
瞳は僅かに開いていた。
だが洋子は死んだように、動かなかった。
いつから続いているのだろうか、この行為は。
男にも洋子にもわからなかった。
真っ白く生気を失った肌は、まるで雪のようだった。
時折、折れた右足が微かに痙攣する。
打たれて赤く染まった頬には、いく筋もの涙がひかれ濡れ光る。
激しい痛みにも、返す声はとうに無く、消えそうに浅い呼吸。
体重をかけられた胸が痛くて苦しくて、
それに抵抗する力はもう残ってはいない、どこにも。
気だるい表情に、いくつもの苦痛の色が塗り重ねられていく。
終わることの無い律動にゆるゆると 誘われるように、
生理的な涙が流れては、冷たい床にぱたぱたと落ちる。
何度も何度も、気を失っては殴られて、この苦痛に引き戻される。
いつからか視界が 暗くなった。
もう何も、なにもみえなかった。
洋子から、どろどろと、伝い落ちる、
男の欲望の印しが、凍える床をぬるぬると 汚していく。