夏の日差しが容赦なく神宮寺探偵事務所へと差し込んでくる。ブラインドをおろしてはみたが、暑さは緩和されず、冷房の隙間をかいくぐって真夏の暑さを体に知らしめてくる  
 洋子が書類を作成するキーの音だけが響く室内。調査中の依頼もないため、テーブルに座って神宮寺はのんびりと煙を肺へと流し込んでいた。  
 話しかけては邪魔になるだろう、と思ってはいたのだが、昨夜の熊野との話を思い出し、「熊さんが……」と洋子に切り出す。  
「久しぶりに海に行ったんだが、昔の海パンは履けなくなって新しいのを買ったそうだ」  
 キーを打つ音が止まる。くすりと洋子の笑う声が聞こえた。  
「他人事でもないのであまり笑えませんね」  
「ああ……俺も長いこと履いていないな」  
「私もです。久しぶりに着る勇気もないかもしれません」  
 そこでまた洋子は笑って作業へと戻る。  
 神宮寺は洋子のスタイルを改めて眺める。今、洋子はパソコンに向かっているので、当然ながら神宮寺に背を向けている。不躾に見ても不快に思われることもない。  
 洋子は若いながらも事務所ではあまり露出の激しい服を着ない。男と二人になる職場だから、彼女なりの防衛策かもしれないが、水着姿を想像しようとしても神宮寺の頭には浮かんでこないのだ。  
「洋子君も水着を持っているのか?」  
「……先生?」  
「いや、すまない」  
「若い頃に友達とノリのようなもので買ったものですけど……持っています」  
「君はまだ若いだろう」  
「先生もまだお若いです」  
 実年齢の若い洋子にそう言われ、どう返していいかわからず、神宮寺は黙り込む。  
 相変わらず神宮寺の脳裏に洋子の水着姿は浮かんでこなかったが、それだけにその姿に興味が湧いてきている。どうすれば水着姿が見られるのか。中高生の少年のように神宮寺の頭は口実をひねり出そうとしていた。  
 
「明日、どこか泳ぎに行くか」  
「では、依頼の方が来られたらお話は私が聞いておきます」  
 軽く呟いたつもりだったが、言葉が足りなかった。洋子は神宮寺が一人で泳ぎに行くと思ったようだ。  
 不測の事態に神宮寺は慌てて続ける。  
「君もどうだ?」  
「私……ですか?」  
 手を止めた洋子が振り向いた。性急すぎる神宮寺の提案を不審に思っているのは明らかだ。  
 何を必死になっているんだ――。  
 洋子の表情を見て、神宮寺は自身の失態を嘲笑う。  
「すまない。その……見てみたかっただけなんだ」  
 情けないついでだ、とばかりに神宮寺は心情を暴露する。  
 そう、ただ洋子の水着姿に興味が湧いた。それだけのことに、無理やり口実をつけようとするから醜態をさらすはめになったのだ。  
 神宮寺の言葉から察したのか、洋子は少し思案した後に言った。  
「先生も、見せてくれますか?」  
「なに?」  
「泳ぎに行く時間はありませんけど、明日、水着を持ってきます」  
 続けて洋子は小さな声で、着られるかわかりませんけど、と付け加えた。  
「わかった。俺も見せよう」  
 答えながら、神宮寺の頭はすでに自身の海水パンツの在り処を探っている。海もプールも、言った覚えが最近の記憶の中にない。自身の不精を思えば、徹夜で探索しなければいけない可能性まである。  
「楽しみにしていますね」  
 洋子は笑いながら作業へと戻る。  
 そうなのだ。神宮寺も『楽しみ』にしている。  
「やれやれ……とんだ約束をしたかもしれないな」  
 独りごちた神宮寺は、浮ついた心でにやけそうになる頬を、マルボロを咥えて抑えこんだ。  
 
 形ばかりの閉業時間がくる。基本的に神宮寺探偵事務所はドアの鍵を閉めたりはしない。いつ飛び込みの依頼――厄介ごとがくるかわからないからだ。  
 だが、今日は神宮寺が事務所のドアの鍵を閉めた。今夜ばかりは飛び込みの依頼があっては困る。  
 朝から二人とも水着の話題を出してはいない。だから、洋子が水着を持ってきているのか神宮寺は知らない。  
 洋子を見ると、パソコンのディスプレイには青空の壁紙だけが映されている。今日の仕事は終わったようだ。  
 デスク脇にかけていたバッグを取った洋子が、  
「応接スペースで着替えてきます」  
 と立ち上がった。  
 慌てて、神宮寺は彼女へ声をかける。  
「すまない。俺のは……ないんだ。洋子君だけになるが、それでもいいのか?」  
「見てみたい、と先生はおっしゃいましたよね?」  
 洋子の強い語調に神宮寺は虚をつかれる。  
「あ、ああ……」  
「では、着替えてきます」  
 神宮寺は、早足で応接スペースへ向かう洋子を見送るしかできなかった。  
 椅子に座って待っていたが、応接スペースから聞こえてくる衣擦れの音が、事務所に不似合いでどうにも居心地が悪い。神宮寺は立ち上がって音の聞こえない場所を探したが、狭い室内ではどこにいても聞こえてしまうのだ。  
「先生……」  
 洋子の声に慌てて応接スペースを見るが、彼女の姿はない。  
「終わったんですけど……ご期待にはそえないかもしれません」  
「君さえよければ、見せてくれないか」  
 神宮寺は大きく深呼吸をし、洋子をうながした。スペースから出てくるかどうかは彼女に任せるつもりだった。洋子はただの助手で水着姿を披露するのが仕事ではない。  
 
 ゆっくりと洋子が応接スペースから出てくる。その全身を見た瞬間、神宮寺はおもわず感嘆の息を漏らしていた。  
 ビキニタイプの水着から露出された肌は、少しも無駄なところがなく、むしろ洋子のスタイルの良さを際立たせている。ただ、洋子が若い頃に買ったというその水着は、一部、サイズの合ってない箇所があった。  
「洋子君……」  
「あまり、見ないでください」  
「俺が言うことでもないと思うが、胸が……きつくはないか?」  
「こんな場所でも成長するものなのですね」  
 恥ずかしそうに笑いながら洋子は腕で胸を隠す。  
 洋子の胸はそれほど大きいとは言えないが、水着にしめつけられた胸は痛そうで、さらに隠そうとする彼女の仕草が神宮寺の中の何かを刺激した。引き寄せられるように近づき、洋子を腕の中に包む。  
 洋子の背中の水着を少しめくると、赤い線がついていた。神宮寺は指でなぞる。  
「痛いだろう」  
「大丈夫ですから……」  
「俺のためではないかもしれないが……ありがとう」  
「先生、がっかりなさっていませんか?」  
「いや、むしろ……」洋子の髪から甘い香りがした。「惹かれたよ」  
 そう囁いて、神宮寺は洋子の背を――肌を撫でる。  
 神宮寺の少し荒れた指でも、洋子の肌のきめ細かさはわかる。自身の中から、撫でるだけでは物足りない何かが這い上がってくるのを神宮寺は感じていた。  
 突き動かされるようにブラ部分の結び目を解く。洋子の胸が締め付けから解放された。  
「えっ、先生?」  
「嫌なら逃げてほしい」  
 両手いっぱいで洋子の胸をつかんで撫でる。  
 洋子の体を拘束するものは何もない。彼女が逃げれば神宮寺はそこでやめるつもりだ。欲は収まらないだろう。だが、そこは独りででも何とかなる。洋子の意を無視したくはなかった。  
 
 洋子は黙って神宮寺の愛撫を受けているが、神宮寺の緩めた胸元にかかる吐息は熱い。  
 下を見れば自分の手に揉まれて形を変える洋子の胸がある。  
 かがんで洋子の乳首を口に含む。舌で転がすうちにそれは徐々に固さを増した。  
 ――と、洋子の手が神宮寺のシャツを握り締めた。引き離そうとしているのではない。何かに耐えるようにただつかんでいるのだ。  
 もう、止めるつもりはなくなっていたが、同意もなく及んだ行為だ。洋子をいつでも逃がす気持ちは変わらない。  
 水着の中へと手を入れて、秘所を確かめる。胸を少し愛撫しただけだったが、洋子のぬめりは神宮寺の指を濡らした。  
「せん……せい」  
 洋子は言葉で抵抗しているが、その指は神宮寺の肩をつかんで離さない。  
 秘所を撫でて指を濡らし、神宮寺はゆっくりと洋子の中へ潜り込ませていく。  
 ああ、と切ない声をあげて洋子が神宮寺へしがみついてきた。と同時にきつく閉じた彼女の腿が神宮寺の腕を挟み込む。予想以上の力なので神宮寺は手が動かせない。  
「洋子くん……?」  
「……だから、ですか?」  
 かすかに呟かれた洋子の言葉を全て聞き取ることができない。  
 動きを止めて、洋子が再び言葉を紡ぐのを神宮寺は待つ。  
「先生の前にいた女性が私だから……」  
「俺は……」洋子が何を言わんとしているのか神宮寺にも理解できた。即座に彼女の言葉を遮る。「それほど器用な男ではない」  
「でも、先生の周りには素敵な女性がたくさんおられます」  
 神宮寺は内心で驚いていた。『素敵な女性』に洋子自身も含まれるというのに――。  
 今、神宮寺は洋子を心から愛しいと思って抱いている。そのことを他ならぬ洋子自身に責められているような気がしたのだ。  
「洋子くん、俺が君を抱くのは……おかしいことなのかい?」  
 思っている気持ちをそのまま言ってしまえば、洋子の同意も得やすいだろう。だが、神宮寺は器用ではない。自身でもわかっている。こういう言い方しかできないのだ。  
 洋子の腿の力がわずかに緩む。  
 
「すみません、でした」  
 洋子の表情を見て、神宮寺はいたたまれない気持ちになった。このまま抱いてしまえば彼女の弱みにつけこむようなものだ。  
 秘所から指を引き抜いた神宮寺は、水着のズレも直して洋子から離れる。  
「見せてくれてありがとう、洋子くん」  
「先生……」  
「もう着替えてくれてかまわない」  
「先生……!」  
 神宮寺は洋子に背を向けた。  
 しばらくじっとそうしていたが、洋子の足音すら聞こえない。神宮寺と同じく、彼女もまた、その場から動いていなかったのだ。  
 息を吸い込んで神宮寺は振り返る。  
 先ほど直したまま、水着姿の洋子がそこに立っていた。  
「もう、いいんだ……」  
 洋子へ湧き上がってくる欲を振り切るように言う。  
「私も、いいんです、先生」  
「どういうことだ?」  
「先生にこの姿をお見せした時から……どこかで期待していたのかもしれません」  
 洋子は恥ずかしそうに目を伏せる。その仕草が神宮寺の欲を煽ることなど彼女は知らない。  
「俺はもう止めるつもりはない」  
「……はい」  
 神宮寺の欲を再び解放するのに、その返事だけで十分だった。強い力で洋子を引き寄せて抱きしめる。  
 ブラ部分をはずし、洋子の体から抜き取った。秘所へと指を滑らせれば、そこはまだぬめりを失ってはいない。  
 洋子の吐息と漏れる声に煽られるように、神宮寺は秘所の中に潜り込ませた指を動かす。先ほどとは比較にならないほど淫猥な音が室内に響く。  
「先生、せん……んっ」  
 喘ぎのような甘い声が出る洋子の唇を強引に塞ぐ。こみあげる愛しさのまま、神宮寺は激しくその舌を絡めとった。  
 
 口からか秘所からか、どちらからかわからないほどの水音。その音に煽られたのは神宮寺か洋子か――二人は互いの熱い吐息を飲み込む。  
「も、もう……」  
 洋子の言葉が何を指しているのかは、熱に浮かされた神宮寺にもわかる。洋子からいったん離れ、とある場所に隠しておいた避妊具を取り出し、椅子に座ってベルトを緩めた。  
 おぼつかない足取りで洋子が神宮寺の前に立つ。  
「洋子くん」  
 うながすように洋子を呼ぶ。  
「いいんですか?」  
「なにが、だ?」  
「私……軽くはないです」  
「重くもないだろう?」  
「はい」  
 洋子がゆっくりと向き合って神宮寺の腿にまたがる。  
 神宮寺は避妊具をつけた己のものを持ち、洋子の水着を指でよけて昂ぶりを中へ沈みこませていく。  
「あっ……先生……」  
 洋子が神宮寺にしがみついてくる。神宮寺もまた腕をしっかり回して彼女を抱きしめた。  
 久しぶりの女――愛しい女の中は予想以上の快感を神宮寺へ与えてくる。片手で洋子を支えながら、自然と腰が動いていた。  
 動きに合わせて出される洋子の耐えようとする声は、神宮寺の耳朶を甘く刺激する。聞いたことのないほど甘い洋子の声に、欲情はさらに高まっていくのだ。  
 神宮寺の頭には洋子の声と重なる水音だけが響いている。  
 やがて、洋子の嬌声と共に神宮寺も果てた――。  
 
 
 神宮寺は、余韻が抜けてないであろう洋子の中から自身のものを抜き取る。  
「あっ……」  
 神宮寺が手を離すと、洋子はそのまま床へへたりこんでしまった。  
 下半身をさらしたまま助け出すのは少々間抜けだ。手の届く場所にあったティッシュを引き寄せ、役目を終えたものを包み、自身のものを拭きとって仕舞う。  
「洋子くん、大丈夫かい?」  
 ほとんど裸で座り込んでいるのに呆然としたままの洋子に、神宮寺は苦笑しながら彼女を抱き起こす。  
「はい、ありがとうございます……」  
 神宮寺が支えながらも、洋子は自力で立っているが、その目はどこかうつろだ。床に落ちている水着を拾い上げ、応接スペースへと向かっていく。  
「明日は休むといい」  
「大丈夫です。助手は私一人ですから休むわけにいきません」  
 『助手』という言葉にどこか引っかかるものを感じた神宮寺は、洋子の背に声をかける。  
「俺は、ただの助手を抱くほど器用な男ではない」  
 洋子の足が止まる。振り向いた彼女の目は少し潤んでいた。  
「……本当ですか?」  
「本当だ。君が一番よく知っているだろう?」  
「……はい」  
 洋子の顔に笑みが広がる。  
 助手ではない、一人の愛しい女性が神宮寺の前で微笑んでいた。  
 
 
 ◇終◇  
 

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