「……ぅん……ん、ふう……」
薄闇の中に響く、甘やかな女の声。
それに応えるように荒くなる男の指の動きと、低い呼気。
シーツの上で絡み合う身体は互いに火照り、奥底から湧き出る情欲を明らかにしていた。
男が柔らかな膨らみを揉み解しながら女の首筋に鬱血の痕を刻むと、彼女は小さく息を吐き、広い背中を優しく撫でた。まるで、慰めるように。
それでも男の愛撫は決してその強さを留めず、押し潰すように彼女の胸を覆う。
痛みに呻きながらも、女はただ黙って彼のなすがままになっていた。
そうする事でしか、男の心を安らがせる事は出来ないと分かっていたから。
「んん……くっ、あぁっ……!」
秘所にまで行き届く彼の指の温もりに、その愛撫の巧みさに、女はやはり艶を含んだ声を上げる。
蜜を垂らして震えるそこを弄られて、頂きへと押し上げられてしまうと、理性が溶け出して淫らな言葉さえ口にしてしまいそうだった。
だがそれでも、男に向けられた彼女の眼差しには、求められる事に対する悦びよりも、どこか寂しげで憐れむような色が濃く映っている。
そして男の目に宿るのもまた、女に対する愛情やいたわりよりも深く、憂いにも似た鬱々とした感情を含むものだった。
彼女は気付いていた。
今、彼の想いが向けられているその相手が、自分ではない事に。
そしてその女性はきっと、もう二度と彼の手の中には戻らない。
だから彼は、欠けを補いたくて"別の誰か"を抱いている……自身の胸中の寂しさを紛らす為に。
「うっ……く……」
血を上らせた男の棹を膣で深々と受け止め、彼女は堪えるような声を漏らした。
速まる男の腰の動きに合わせるようにして、柔らかな肢体を厚い胸に押し付けて温もりを重ねていく。
その感触が心地よくて、愛おしくて、思わず男に呼び掛けようとして、女は唇をきゅっと閉じた。
──呼んではいけない。今この人が想っているのは、自分ではないのだから。
だからこそ行為の最中、この人は一度も自分の名を呼ばないのだから。
「はぁっ……!あう……ん、んんっ、くうぅ……っ」
中を掻き回す動きが激しくなり、女の感じやすい箇所を強く刺激してくる。
突き上げられる度に上がる彼女の声は、次第にか細いものに変わっていく。
"自分"を求められている訳ではないと分かっていても、こうして体を繋いでいるだけでも十分だと思っている自身に対して、女は哀憐の笑みを浮かべた。
彼女が彼に抱かれるのは、これが初めてではない。
だが、男の方から求める言葉を口にする事はこれまでに一度もなく、現に今も、彼女に促されて肌を重ねている……表向きは。
彼が温もりを欲しがっているであろう時に、彼女から手を差し出して、抱きとめる。
それが、いつしか二人の間に築かれていた関係だった。
大切にしているのだという事を態度では示すものの、望んでやまない時にさえ、男は彼女に自分から手を伸ばそうとはしない。
過去の負い目から来るものだという事も薄々気付いてはいたが、それは尚更彼女を哀しませる。
これは愛し合うが故の営みではなく、心の虚を体で満たそうとするだけの不毛な行為でしかない。
分かっていても、彼女は自分の在り方を変えられなかった。
こちらから手を伸ばさなければ、彼は独りで遠くへ行ってしまうような気がしたから。
「……………」
腰を止めぬまま、男が何事か小さく呟いた。
それからあまり間を置かない内にその体がびくりと震え、唐突に律動が収まる。
頂きに行き着いて息を詰まらせる男の体を抱き締めながら、女は先の彼の言葉を反芻した。
──すまない。
抱かれる度に告げられる謝罪の言葉。
そんなものを望んで傍にいる訳ではないのに。
女は男を抱く腕に言葉にならない想いを込め、そっと目を伏せた。
もしこの先もずっと、こんな形でしか交わる事がないのなら……
この人が傷ついて俯いた時にしか、求められないのなら──
いっそこのまま、朝なんて来なければ良いのに。