窓の外から、容赦のない陽射しが事務所内に照り付けている。
調子の悪いエアコンといい、ロクな依頼のないこの状況といい、どうしても俺の気分を良くさせるつもりはないらしい。
暑さに鈍る思考を少しでもごまかそうと咥えた煙草を吸っていると、ほっそりとした腕が視界に入った。微かな音と共に、テーブルの上にグラスが置かれる。
「先生、コーヒーをどうぞ」
「……ありがとう」
最近の楽しみといえばこれ位のものだ。数日前まではその味を忘れかけてすらいた、洋子君のコーヒー。
この暑さでホットは堪えると気を利かせてくれたのだろう、水滴のついたグラスのコーヒーの中には氷塊が浮き、持ち上げるとカランと軽やかな音をたてた。
縁に口を付け、一気に半分近くを喉に通すと、刹那頭に滲みるような冷たさが体を通り抜け、後に心地よい涼しさが残った。
「もうすっかり夏ですね……」
言いながら自分の分のアイスコーヒーを持ち、椅子に座る洋子君。涼しげな表情ではあるが、その首筋には幾らか汗が滲んでいるようだ。
この強い陽射しの中で外に調査に出る事もあるというのに、薄手の服からすらりと伸びた腕も、細い足も、透けるような白さを保っている。
その上この猛暑のせいか、近頃彼女は露出度の高い衣服をよく着ている。数週間前に再会した時に着ていたような、あれだ。
お陰でこちらとしては目の保養に……もとい、目のやり場に困っている訳だが……
「どうかしましたか?」
「……いや……」
短い答を返しながらも、俺の視線は彼女から離れない。じりつくようなこの熱は、今は内から込み上げるものの方が強い。
煙草の火を揉み消してゆっくりと席を立ち、洋子君の前に歩み寄る。怪訝そうにこちらを見ているのに気付いてはいたが、足を止める事は出来そうになかった。
強く掴めば手折れてしまいそうな程、細い腕。
少し力を込めればた易く痕を残せる程、柔らかそうな肌。
この手で、触れたい──
「……………」
彼女の隣まで歩み、膝を落とす。そして二の腕にそっと指を這わせると、彼女の体がぴくりと動いた。視線を上げると、戸惑ったように俺を見つめ返してくる。
「あ……あの、先生……」
見下ろす彼女の、すらりとした顔の輪郭を覆う髪が微かに揺れる。ふわりと香る栗色の髪の先端があまりにも間近く、思考が霞むような気がした。
首を少し伸ばし、顔を彼女の方へと近付ける。毛先が頬に触れるまで……、切れ長の眼を縁取る長い睫がよく見えるまで………
そしてこのまま、その僅かに濡れた唇を奪うまで──
「にゃ〜……」
その時、聞き覚えのある声が聞こえた。近頃やたらと俺の気分を逆撫でする、あの甘ったれた声が。
「え………」
はっと我に返ったように洋子君は顔を赤く染め、辺りを見回す。俺もまた、急に毒気を抜かれたような気分になり、彼女から身を離した。
……何をしているんだ、俺は。この暑さのせいか?
「あら………どうしたの?お腹空いた?」
彼女が声を掛けるその方向には、『猫』がいる。もう居座ってからひと月は経つが……まだ出ていくつもりはないらしい。
確か洋子君が名前をつけるとか言っていたが………どうでもいいか。『猫』は『猫』だ。
ヤツは媚びるように鳴きながら、洋子君の足に擦り寄っている。優しくされるのをいい事に、彼女にすっかり懐いてしまったらしい。
素足にあの毛玉のような体でじゃれつかれては暑苦しいだろうに、厭いもせずに洋子君はヤツの相手をしてやっている。
……飯ならもう済ませたはずなんだがな。
「……食事はさっき用意してやったから、大丈夫な筈だ」
「あ、そうなんですか……」
デスクから席を立とうとした彼女に声を掛け、冷蔵庫から牛乳を取り出し、皿に注いだ。
おそらく喉でも渇いたのだろうと思い、ヤツの側にそれを差し出す。この程度の事で、洋子君の手を煩わせるまでもない。
「…………」
しかしヤツはちらりとこちらを見ただけで、中のミルクに手もつけない。
……喉は渇いていないのか、あるいは俺が用意したのが気に食わないのか。
あまり良い気はしないが、こんな事で腹を立てるのも馬鹿馬鹿しい。そう思い、皿を下げようとしたその時だった。
「あっ……」
ヤツは一瞬身を丸めたかと思うと、ばねのように跳ね、椅子に座ったままの洋子君の膝の上に飛び乗った。
そして、あろう事か驚く彼女の服に爪を立ててしがみつき出した。流石にこれでは邪魔になってしまう。洋子君は慌てて引き離しにかかった。
「ほら、ダメよ。後で遊んであげるから……」
「にゃあっ、にゃっ」
やんわりと諌める洋子君に構わず、ヤツは足をバタつかせている。
ヤツがもがく度に彼女の腕やら服やらにその足が食い込み、柔らかそうな肌や膨らみの形を歪ませる。
……意識してやっている訳ではないのだろうが、何とも憎たらしい。わざと力を入れて引き剥がしてやろうか。
* * *
ヤツはしばらくの内は抗っていたが、やがて疲れたのか、大人しくなった。
しかし膝の上から降りようとはせず、その場に伏せてしまった。まるでそこが自分の定位置であるかのように体をくつろがせ、居心地良さそうに目を細めている。
「……………」
「フフ……」
どこか楽しげに笑う洋子君……しかし、いつまでもこのままにしておく訳にもいかないだろう。
床に降ろそうと両手を伸ばすと、ヤツと目が合った。
動物の表情などよくわからないが、かなり不満そうに見つめているように見える……何なんだ、その睨むような視線は。
「あの……先生、別に私は構いませんよ」
俺とヤツとを見比べて困ったような笑みを浮かべながら、彼女が口を開く。
「書類も一通りまとめましたし、少し休憩頂いてよろしいですか?」
「………構わんが」
俺が応えると、洋子君は優しくヤツの頭を撫で始めた。
すると急に態度を変え、触れてくる掌に顔を寄せて喉を鳴らし出した。
「……………」
何となく居心地が悪い。
「……洋子君、少し外に出てくる。留守を頼むよ」
「あ……はい。お気をつけて」
……どこかで適当に時間を潰して、頭でも冷やして来るか。
* * * * *
「やれやれ……」
せっかく喫茶店で涼んで来たのに、事務所に戻る頃には首元にじっとりと汗が滲んでいた。
外に出たのは間違いだったかな……
「あ……お帰りなさい、先生」
中に入ると、まだ少し気恥ずかしそうな洋子君の声が出迎えてくれる。彼女の方を見ると、出掛ける前同様の光景が目に留まった。
「……………」
アイツ、まだあそこに居座っているのか……
「いつの間にか、眠ってしまったみたいなんですよ」
視線を上げると、洋子君が苦笑混じりに小声で言った。
彼女の膝上で頭を傾けてまどろむヤツの寝顔は実に幸福そうだ……羨ましい奴め。
「……………」
……羨ましい?何を考えているんだ、俺は。
「………先生?」
「ん………?」
『猫』をまじまじと見ている事を訝しまれたか、戸惑ったように呼び掛けてくる彼女。
「あぁ、いや……すまん。なんでもない」
……さっきの事があるせいか、どうにも気まずい。いっそもう一度出掛けて来ようか。
そんな事を考えながらコーヒーを注いでいると、洋子君が椅子をこちらへと向け、思い切ったように問い掛けてきた。
「………外出される前の事ですけど……どうかなさったんですか?なんだか、その……様子が、おかしかったような気が……」
「……………」
よりによってそれを聞いてくるか。
……言える訳がないだろう、「触りたくなった」なんて。
せめて酒でも入っていればそれを言い訳に出来ただろうが……なんて考えなしな事をしたんだ。
まともな返答が思い付く筈もなくただ固まっている俺をじっと見つめてくる彼女の頬は、少し赤く染まっている。
やはりさっきの事を思い出しているのだろう。
……そんな風に黙って待たれると、かえって言葉が見つからなくなるんだが……
「……………?」
………待てよ。
いつもの洋子君ならこういう場合、わざわざ話を蒸し返すような事はしないんじゃないのか?
余計に気まずくなる事位、聡明な彼女には分かりそうなものだが……。様子からして、俺が何をしようとしていたか分かっているようだしな。
──もしや、これは──
「……洋子君……」
淹れたばかりのコーヒーをテーブルの上に置き、小さく彼女の名を呼んでみた。ただそれだけの事で、彼女の細い肩はぴくりと震える。
──誘っている……のか?
先程と同じように彼女との距離を縮め、目線の高さが彼女のそれと同じになるように腰を屈め、そっと手を伸ばす。
そしてその手で、未だ目を覚まさない『猫』の頭の上に軽く乗せられたままの手をとると、鮮やかなルージュの唇が、物言いたげに僅かに開かれた。
だが、そこから拒絶や戸惑いの声が漏れる事はない。
幾らか緊張した面持ちではあるものの、ただ小さく吐息を零すばかりだ。まるで、"その先"を待っているかのようにも見える。
──続けて……良いんだよな?
触れている洋子君の手の甲は、俺のかさついた手にはあまりにも柔らかい。そのまま上ヘと指を這わせれば、先程辿った細腕に行き着く。
冷めていた内側からの熱は、もうざわめき出している。あと少しきっかけがあれば、今度こそ唇を奪ってしまえるだろう。
「……いいのか……?」
問いを一つ、投げ掛ける。
「………続けても」
何を今更、と自分でも思ったが、流石にこれ以上は同意も無しで行為に及びたくはない。
……折角戻って来てくれたというのに、こんな事でまた壊してしまいたくないからな。
「……………」
俯いて黙り込んでいる洋子君。嫌そうな様子は見られないが……やはり躊躇しているのだろうか。
……しかしここまで来て拒否されてしまっても困る。触れている肌の感触が、すぐ傍にある震える唇が、微かに香る彼女の花のような匂いが、堪らない。
……聞かずに続けてしまえば良かった、か?
「…………」
辛抱強く待ち続けられそうもなく、掴んでいる腕をそっと撫でてみた。
すべらかで、柔らかい。少し汗ばんではいるものの、さほど不快ではない。というか寧ろ……触り心地が良すぎて逆に困るんだが。
そろそろ良いだろうか、という問いを込めて洋子君の顔に視線を戻すと、彼女も同じように俺を見つめ返してきた。
少なからず熱を含んだ目が伏せられ、顔が下を向く。そのままこくりと顎を動かし……小さく、頷いた。
「このまま、続けて──」
答を最後まで聞かぬまま、唇を塞いだ。
ふっくらとしたそれに押し付けるように自分の唇を重ね合わせ、温もりと感触とを感じ取る。
「……んっ……」
勢いに押されてか、椅子の背もたれに彼女の身が深くもたれかかり、上半身が反りそうになっていた。
それを抑えるようにうなじに手を添えながら何度も口付けていると、間近で見える彼女の肌が、より熱く、赤く染まっていく。
腕に触れている方の手を上へと持って行き、滑らかな丸みを帯びた肩に這わせると、彼女の吐息が、ふ、と俺の口にかかった。
……くすぐったいのか恥ずかしいのか、肌に軽く触れるだけで僅かながらも動揺を見せる彼女は何と言うか……とても可愛らしい。
………触れるだけではおさまりそうにないな、これは。
ふつふつと沸き上がる熱に任せて、下から服の中に手を入れ、少し汗の滲んだ背中を撫で回した。しっとりとした感触が、また何とも言えない。
そうしている内に、手の動きを妨げる物に指先が行き着く。これは……ブラジャーのホックか。
上手く指を絡め、片手で外そうと試みていると、啄んでいた温もりが離れ、洋子君の掌が俺の胸を軽く押し退けた。
途端に互いの距離が離れ、頭の中を覆っていた熱が僅かに失せる。
再び身を寄せようとすると、どこか惑っているような目で俺の動作を阻んだ。
……まさか、今更寸止めという訳じゃないだろうな。
意を汲み取ろうと彼女をじっと見つめると、遠慮がちに切り出してきた。
「あ、あの……ここで、このままなさるんですか?」
「……不満か?」
──こっちは大いに不満だ。
この茹だるような暑さの中、求めているものがこんなにも傍にあるというのに、さっきからやたらと邪魔ばかり入る。
苛立っているのを気取られたか、洋子君の表情はさらに困惑の色を濃くする。
「……だって……」
俺に向けられていた視線がおずおずと下へ下りていく。その目の先には……
「……………」
──また、こいつか。
彼女の膝上で眠ったままの『猫』。こいつがいるのをすっかり忘れていた。
こいつを退かしてから……あるいは場所を変えてからにして欲しいと、そういう事なのだろう。
だが──
「えっ……や、せっ………んんっ」
待てる訳がないだろう。
支えていた首を引き寄せ、抗う艶やかな唇をもう一度塞いだ。今度は開いた口に舌をねじ込み、続く言葉のその先をも奪う。
そして背中に回したままの手でホックを外し、その手を彼女の膨らみに押し当て、遮るもののない肌をまさぐった。
……柔らかいな。それに掴みやすい。
程良い大きさの胸を揉み解している間にも、彼女の抵抗が止む事はない。細い五指が俺の肩を掴み、押し離そうと力を込めてくる。
「んっ……ふぅ……うん、ん……」
……いや、これは抵抗というよりも……ただ単に耐えているだけなのか?
口内に押し込んだ舌で内側を撫で回したり、手の内に包んだ膨らみを刺激したりする度に、唇の隙間から小さく息が漏れ、彼女の手が俺のシャツの袖をぎゅっと掴む。
さらに、時折開かれる目は、内から滲み出す熱のせいかじわりと潤み、どこかぼんやりとしているようにも見える。
試しに舌を動かして彼女自身の小さなそれと重ね合わせてみると、ゆっくりとではあるが、俺の方の動きに合わせて舌を絡めてきた。
そして唐突に動かすのを止め、唇を離すと、問い掛けるように顔を覗き込んでくる。「してくれないのか」と、せがむような瞳で。
……なんだ。結局その気になっているんじゃないか。
半端に前屈みになったままの体勢がきつくなってきて、彼女の体を上方から押さえるようにして、背を少し曲げてみた。
「んっ……」
こっちの負担は幾らか軽くなったが、代わりに洋子君の方が苦しくなってきたようだ。
反らせた胸がさらに大きく上を向き、背もたれがぎしりと音を立てた。
その音に驚いてびくりと震える彼女の肩をぐっと押さえ、そのまま体重を乗せるように覆い被さろうとした。
……この体勢でそんな事をすれば、後ろのデスクにぶつかるような形になってしまう。それ位分かりそうなものだが、正直この時は周囲の事など考えている余裕がなかった。
そして案の定──
「きゃっ──」
バランスが、崩れた。
ぐらりと椅子が後ろに揺らいだ所ではっと気付き、背もたれごと洋子君の体を支えた。
「っ!!」
しかし宙に浮くような形になった彼女の足を押さえてやる事は出来ず、重みが一気に傾いた椅子に加わり、俺は床に彼女を押し倒す形で倒れ込んだ。ついでに膝上に居座っていた『猫』をも振り落としてしまう。
唐突に、実に思わぬ形で眠りから目覚めたヤツは、上手く体勢を立て直し、俺達から離れた場所からこちらを見つめている。
……猫が驚くと毛が逆立つとは聞いていたが、本当だったんだな。
「………すまん。大丈夫か?」
俺の体の下にいる洋子君に声を掛け、目を向けた。特に怪我などはなさそうだが、やはりかなり驚いているようだ。
「あ……はい……」
彼女は小さく頷き、戸惑いがちに俺を見上げてきた。さっき俺を引き止めたものと、同じ眼差しで。同じ訴えを込めて。
仕方なく体を離し、洋子君が起き上がり、落ち着くのを少し待った。
だが、いちいち場所を変えてやるつもりなどなく、彼女の背を壁際まで追い詰め、もう一度衣服の下の柔肌に手を伸ばす。そのまま顔を首筋の辺りに埋め、うなじをそっと啄んだ。
「ん……っ、せん、せ……」
呼び掛けるか細い声が、耳に甘く響いてくる。
「ん……?」
「だから、その……──あっ」
おそらくまだ抗おうとしているのであろう声を遮るように、胸の先端を指で擦り上げてみた。
……感じやすいんだな。もうだいぶ硬くなっている。
「ここで、する……のは……んっ……」
もう一方の手をスカートの中の太股に這わせ、何度も撫で回す。温かくて、柔らかくて、心地良い。
そのまま膝へ、脛へと動かして、その滑らかな感触を掌に刻み込みながら、彼女の肌が赤く染まっていく様を愉しんだ。
「……どうした?声が小さくて、よく聞こえないんだが」
息が吹きかかるようにわざと耳元で囁いてやると、彼女はそれを振り払おうと首を振り、乱れる意識を整えようと、きゅっと唇を噛む。
耐えている顔が堪らなく愛らしくて、もう少しそうしていて欲しいとも思った。
だが、焦らしている余裕もあまりなく、腿に添えた手を秘部へと伸ばす。僅かに湿った下着越しに花弁を探り当て、指で擦り上げた。
「あっ……!や、やぁっ……」
布越しでも感じてはいるらしいな。声の甘やかさが増している気がする。
言葉を思うように紡げず、それでもふるふると首を振って抵抗の意を示している様がどこか儚げで、少し揺さぶってやりたくなった。
「嫌……?なら、そんな声を出したら駄目だろう」
そう言いながら、秘唇の中心に指を突き立てた。下着の外から膣を弄ると、指を押し付けた箇所がじわりと水気を増す。
「……誘っているように見える」
意地悪く言ってやると、否定の言葉を弾き出そうとしてか、俯いていた顔がぐっと持ち上がる。
しかし膨らみを掴んで捏ね回し、秘所を愛撫する動きを幾らか速めるだけで、刹那睨むように強められた彼女の眼は一転し、再び潤みを帯びはじめた。
「んっ……ううん、ふっ……ぅん……」
微かに開いた口から漏れる声は、柔らかくて耳に心地良い。あと少し攻めてやれば、落ちるだろうか。
割れ目に下着を食い込ませ、膣口に触れていた指をやや上に持って行き、付け根の辺りにそっと擦り付けた。
まだ分かりにくくはあるが、そこに確かに息づいているのであろう突起を探って動かしていく。
「ぃ……んっ……!」
……ここか。
「どうして欲しい……?」
見つけた突起を刺激しすぎない程度に撫でながら、洋子君の頬に顔を近付けた。
優しすぎる愛撫では足りないのか、俺の問いに答を出せずに戸惑っているからなのか、ルージュの唇が開かれ、それでも言葉を発さずに小さく動く。
目で何かを伝えんとしているのは分かるが、それが何なのかまでは悟れない……続けて欲しいのか、それとも、まだ止めようとするのか。
「……言わないと、分からない」
胸を揉み解しながら、彼女に次を促させようと試みる。甘い声を出さないようにとそろそろと息を漏らす表情が、実に艶やかだ。
見ているだけで体が熱くなる。
「こ………ここじゃ、嫌っ、です……んっ……」
やっとの思いで口にしたものと思しき、確かな抵抗の意。
「……上まで行っている時間が勿体ない」
そう言って、彼女の願いをすぐさま拒否する。
「それだけ感じてるんだ。我慢出来ないだろう?」
……というか、俺が待てない。
「じゃ、じゃあ……せめて、書斎に──」
言いかける洋子君の声を、下着の隙間に差し入れた指で秘部を掻き混ぜて遮る。
「はあぁっ!!」
上擦った声と、指先に絡む生暖かい粘液とが、彼女の昂ぶりを明らかにしている。このまま最後までしても構わないだろう。
それでも彼女の口から求めて欲しくて、秘所を音を立てて掻き回してみた。
そしてもう片方の手で下着を脱がせ、腿からその上の双丘にかけてを撫でて追い撃ちをかける。
「んんっ……あぁっ、せ、せんせ……」
さっきよりもずっと小さな呼び掛けに顔を上げると、白かった頬をすっかり上気させ、息を荒げる洋子君が視界に入った。
涙を浮かべてとろんとした眼。ぴくぴくと震える睫。緩んだ口元に滲む唾液。内と外との熱に侵された頭には、その全てが自身を猛らせる要因となって──
「ひうっ!!ぃっ……ああぁっ……!」
すぐ傍で、彼女が掠れた嬌声を上げた。
勢いに任せて引っ掻いた陰核はぷっくりと膨れ上がり、彼女が達しても尚この指を滑る。
それを弾く度にわななく開ききった脚が、俺を煽っているようにしか見えない。
………限界だ。
彼女の言葉を待ってからにしようと思ったが、無理だ。今すぐ挿れたい。
僅かに残る理性を働かせ、書斎のデスクから避妊具を取り出す。ついでにまだぐったりとしている洋子君を書斎内に運び込み、ソファーにそっと下ろしてやった。
ベルトを外してズボンに手をかけ、その内側に息づく自身に触れた。
引き抜いたそれは、中に血を上らせて硬くそそり立ち、快感を求めて疼いている。
充分に勃起したそれをゴムの中に収め、意識を浮かばせたままの彼女の体を引き寄せた。
「ぅん……あ……」
先端を入口に当てると温かい蜜がゴム越しに塗り付けられて、ますます頭の中が茹だってくる。
洋子君はもはや何を言える状態でもないらしく、ただ成すがままに俺自身を受け入れようとしている。
焦点の合わない瞳が、近付く俺の顔へと向けられる様が、とても愛おしいものに思えた。
「……っく……」
彼女の腰を持ち上げ、少しずつ俺自身へと下ろしていく。
下りてくる割れ目に亀頭を浸し、その奥の温もりの中へ。
生暖かい彼女の胎内。膣壁はまだ解れておらず、俺をきつく締め付けて収縮するが、逆らうように下半身を打ち付けた。
「んっ……くあっ、あぁ……!」
下からの律動に身を反らせ、声を震わせる彼女。達したばかりで力が入らないのか、動かす度にぐらりと揺れる華奢な身体を、腕と背を押さえてしっかりと支えてやる。
それでも勢いをつけて突くと、耐えきれないのか俺の肩にくたりともたれかかってきた。
耳元で響く彼女の喘ぎが、より濃厚な昂ぶりへと俺を誘っているように思える。
すぐ傍にある赤らんだ首筋に舌を這わせると、そこにうっすらと滲んだ汗の味がする。
その感触や匂いを感じ取るだけでさえ、今の俺にとっては快感だった。
「んはぁっ、あんっ!……せん、せぇっ……!」
呼び掛ける声に顔を振り向かせると、頬も耳も真っ赤に染めた彼女と目が合った。
少し上から見下ろすような形で俺を見つめ返すと、自ら腕を俺の背中に回し、ぎゅっと抱きついてくる。服越しとはいえ、柔らかい胸の感触が……堪らないな。
「随分、きつくしがみついてくるな……そんなに欲しかったのか?」
強く突いてやった時の顔があまりにも淫らだったから、少し虐めてやりたくなった。
「んぁっ……!やっ……そんな……っ!!」
髪が乱れる程首を振って否定する洋子君の声はしかし、艶めいて聞こえる。それに──
「……腰が動いてるぞ、洋子君」
「え、っ……?嘘ですっ……そんなの……!!」
……自覚していないのか?
今はそんなに激しくしていないのに、ぐらぐらと揺れているような気がするんだが……まあ、いいか。
「──っく、あぁ……」
……熱い、な。
この灼かれるような感覚が、膣内からもたらされるものなのか、暑気のせいなのか、よく分からなくなってきた。
官能と、圧迫による苦しさと、目が回るような奇妙な感覚に、思考がついていかなくなる。
「……っ……く………」
自身が果てたのと、意識を手放したのと、どちらが先だったのだろう。
頭の中が真っ白になって……洋子君の甘やかな呼び声だけが、耳に、残って──
………………
………………………
* * * * *
「………………」
目を開けると、見慣れた天井が視界に入ってきた。
まだぼんやりしている意識を起こそうとして頭を動かすと、またあの脳が痺れるような感覚に不快感を覚えさせられる。
同時に額に乗せられたタオルの湿った冷たさにも気付き、気分の悪さが僅かながらも薄れる事に安堵した。
視線をゆっくりと横に向けると、書類や本の散らばった机と、適当に書籍を詰め込まれた本棚が目に映る……あぁ、書斎か。
「気がつかれました……?」
ぽつりと降ってくる、控えめな声。
目線を下にずらすと、心配そうに洋子君がこちらを見下ろしていた。既に衣服は整えられており、行為の名残は見られない。
動くと騒ぎ出す頭を押さえながら身を起こし、自分の方を確かめてみると、ベルトは外されて緩められてはいるものの、自身はズボンの中に収まっている。
どういう事かと目で問うと、洋子君は赤くなった顔を少し伏せた。
実は夢だった……なんて話にはならないようだな。
「……びっくりしました。先生、急に動かなくなってしまって」
「…………?」
……どういう意味だろうか。
疑問符を浮かべる俺を見つめる彼女の表情は、どこか怪訝そうに見える。
「あの……気付いてらっしゃらないんですか……?先生、随分熱があるみたいですよ」
…………熱?
そう言われて額に手を当ててみると……成程、確かに熱い。道理で最近やたらと熱苦しい訳だ。
少し前まで雨の降る中で調査をしていたからか……風邪でもひいたのかもしれない。
「……そんな状態で………あんな事なさるなんて……」
呟くように小言を漏らす彼女の頬は、やはりまだ赤みを帯びている。
……そういえば、まだ途中のまま、眠ってしまったんだったな……
「………先生。腕を離して頂けますか?」
「さっきの続きを──」
「ダメです」
ぴしゃりと言い放つ洋子君……手厳しいな。
「ちゃんと休んで下さいね。出来れば、上で」
そう言って、彼女は書斎を出て行った。しばらくするとその外側からもドアが閉まる音が聞こえて、そこでようやく、もう彼女が帰る時間になってしまっていたのだと気付いた。
「………ふう……」
……満たされていないという訳でもないが、何となく物足りなさを覚える。
お陰で、まだ微かに掌に残る柔肌の感触や、あの滑らかな髪の残り香に浸る羽目になった。
彼女の名残をこの身に感じ取りながら、ぼんやりと部屋の中を眺めていると、がりがりとドアを引っ掻くような音がした。
見るといつの間に入って来たのか、『猫』が書斎を出ようと躍起になっている。
「……………」
……うるさくてかなわんな。
頭に響かないようにゆっくりとした動作でドアを開けてやると、待ち詫びた様子で事務所の中に入って行き、例の如く洋子君の椅子に身を落ち着けた。
……もはや見慣れた光景となってしまったが、あまりの遠慮の無さにかえって呆れるな。
今にも眠りそうなヤツに背を向けて書斎に戻ろうとしたが、そのまま放っておいてやるのがどうにも癪で、つい口を開いてしまう。
「今度は、邪魔をしてくれるなよ」
「……………」
聞こえているのかいないのか、ヤツは小さな欠伸でそれに答えた。