「……お帰りなさい。先生……」
一日の調査を終えて事務所に戻った神宮寺を、洋子はいつもの言葉で出迎えた。
「ただいま、洋子君。留守中に来客はあったかい?」
「いえ……だ…誰も……」
問いに答える洋子の声は、いくらか掠れている。デスクの上に置かれた彼女の手はぎゅっと握られ、何かに耐えるように震えていた。
しかしそんな様子を気にかける事もなく、神宮寺はジャケットを脱ぎ捨てながら声を掛ける。
「……コーヒーを淹れてもらえるかな」
「あっ……」
大抵は彼が帰って来る頃にはすぐ差し出せるようにしてあるのだが、今日はそれが出来なかった。
咎められている訳ではないのだろうが、洋子の体はびくりと震える。
「は、はい……今すぐ……」
慌てて席を立とうと腰を上げた彼女だったが、足が縺れ、その場にへたりと座り込んでしまった。
「……………」
「あ、すっ、すみません……今……」
頬を赤らめながら必死で立ち上がろうとするが、なかなか立てないでいる洋子。その側に屈み込み、神宮寺はそっと問いかけた。
「……ずっと"挿れた"ままだったのか?」
「……っ………!!」
洋子ははっと顔を上げた。
潤んだ瞳に、寄せられた眉。震える唇から零れる吐息は熱く、そして荒い。
その様から見て取れるのは、苦痛や嫌悪などではなく、艶を帯びた懇願──
「ちゃんと言われた通りにしていたんだな」
「せ、先生が……そうしろって……んっ……おっしゃった、から……」
薄く笑う神宮寺に、彼女は言い訳じみた言葉を紡ぐ。
「抜いても良かったんだがな……」
耳元に息を吹き掛けられ、彼女はまた一つ体を震わせる。
言われた事を守らねば、更に堪え難い行為を強いられる。分かっているから逆らわない。逆らえない──
「じゃあ、そろそろ……」
言いながら神宮寺は立ち上がり、彼女から少し離れた。
「どうなっているのか、見せてもらおうか」
意地の悪そうな目付きで見下ろされ、洋子はぐっと息を詰めた。
彼が自分に何を求めていて、それがどんなに恥ずかしい事か知っている。
だが、従わなければならない。そうでなければ、彼は自分を解放してはくれない。
「……………」
洋子は床に座り込んだままで、スカートを少したくし上げた。彼と目を合わせぬように努めながらその中に両手を入れ、下着を下げていく。
秘部を覆っていた箇所がぬめる液体で塗れたショーツが両の足から抜き取られ、その白く細い足がおずおずといった様子で開かれた。
見るからに柔らかそうな茂みは湿り、恥丘に張り付いてしまっている。
その内側からは微かに音が聞こえる……それは、機械から発せられる振動音のようだった。
「よく電池がもったな……」
呟きながら神宮寺はスカートを更に上げ、割れ目の中に指を突っ込んだ。
「あぁっ……!」
無造作に指を押し込まれても、彼女の口から零れる声に拒絶の響きは感じられない。
長時間の責めによって慣らされた内部は、骨張った指さえた易く受け入れ、寧ろ物足りないと訴えるかのように蠢いている。
「あっ……んん、ぅ………ふあぁっ」
しばらく膣内を掻き回していた指が引き抜かれ、同時に最奥への孔を塞いでいたものをも取り除いた。
指ほど細くもなく、男性器ほど太くもないそれは、彼女の中で分泌された粘液に包まれてぬるつきながらも、決してその振動を止めない。
「こんなオモチャでも、結構楽しめたろう……?」
指とバイブに纏わり付いた愛液をねぶりながら問う神宮寺に、洋子は真っ赤になって俯いた。
"楽しめた"どころではない。
彼が調査に出てから今まで、まともに立てなくなるほど中を弄られ続けていたのだから。
「……これなら」
そう言ってベルトに手をかける彼の目に宿るのは、快感で曇った視野にも明らかな情欲。
「そのまましても構わないな」
有無を言わせぬその口調と視線に、洋子の心身は刹那震えた。
これから為される事。もはや日常とさえ思えるほど重ねてきた営み。
行為の全ては彼の言葉から始まるが、想いそのものを告げられた事は一度もない。
時折彼が気まぐれに思いついた悪戯めいた責めに翻弄される度に、この男性にとって自分は何なのだろうと思い悩む事も、少なからずある。
それでも離れられないのは、拒めないのは──
「……っ……!」
突然鳴り響いた、携帯電話の着信音。
神宮寺は僅かに体を強張らせたが、すぐにズボンのポケットから携帯を取り出し、通話ボタンを押した。
「……もしもし」
その声はやや不機嫌そうな響きを伴っている。
「……ああ………分かった。……そうだな……」
相手と言葉を交わしながら、ちらりと洋子を見る。一瞥されただけだというのに、彼女の鼓動は跳ね上がった。
「………すぐ行く」
それだけ言って電話を切ると、彼は衣服を整え、再びジャケットを羽織った。
「先生……?」
「急用だ。行ってくる」
控え目に呼び掛ける洋子に、神宮寺は横目で見つめ返す。
ドアに手をかけながら少し考え込み、神宮寺は軽く振り向いた。
「遅くなると思う……あがってくれて構わないよ」
返事も聞かず、彼はドアの向こうに消えた。
「……………」
解放された安堵感からか、自然と溜め息が零れた。
しかし本当に"安心した"だけなのだろうか、と洋子は自身に問い掛ける。先程以上の行為から逃れられたというのに、心はどこか空虚で、体の疼きはまだ冷めない。
本当は気付いているのだ。拒めないのは、彼への気遣い故だけではない事に。
洋子はよろよろと立ち上がり、デスクの上の書類に手をつけ始めた。
今夜もまた、彼が戻るまで彼女は待ち続けるのだろう。彼が自分に望むものが何なのか分かっていても。
必ずここに帰って来る彼を、いつものように、いつもの言葉で迎える為に。